緩やかな風に吹かれて   作:晴貴

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2話

 

 

「……で、落ち着いたか?」

 

「う、うん。いきなり抱きついてごめんなさい……」

 

「いやまあ、それはいいんだけど」

 

 正確にはよくないが。天津風からの視線が痛い。

 でもあの状況で抱き止めないのは人としてあり得ないだろ?しかたなくね?

 それはともかく、泣き止んだ清霜にこれからどうするか聞いてみる。

 

「それで清霜、お前はこれからどうしたい?元の鎮守府に帰りたいか?」

 

「……帰りたくはない、かな。今はまだ心を整理したいっていうか……」

 

「そうか。じゃあ答えが出るまではここにいればいい」

 

「え、いいの!?」

 

「構わねぇよ。戦えない、帰る鎮守府もないお前を海に放り出すほど俺も鬼じゃない」

 

「ありがとう司令官!」

 

 清霜がにこっと笑う。天真爛漫を絵に描いたような笑顔だ。

 が、直後にそれは恐怖と混乱に染まることになった。

 

「ちょっとー、様子見るだけでどんだけかかってるのー?」

 

 部屋の中を覗き込むように、ひょこっと顔を出した黒髪の少女。

 その姿を見た清霜は少しの間固まり、そして次の瞬間に悲鳴を上げた。

 

「ひゃあああああ!し、深海棲艦だーーー!」

 

 もんどりうってベッドの陰に姿を隠す清霜。何とは言わんが水色か。

 それと天津風、無言で俺の足を踏むのは止めてくれない?世の中には不可抗力というものがあってだな……。

 ってそれどころじゃねぇわ。

 

「おい(なぎ)、いきなり出てくんなよお前」

 

「何よ、目を覚ましたのにまだ説明してないの?」

 

 まるで悪びれる様子もなく、凪こと軽巡棲鬼は肩をすくめた。

 

「さっき起きたばっかなんだよ。そこでお前みたいな恐怖映像を目の当たりにすればこうもなるわ」

 

「誰が心霊現象か」

 

 仮説だと深海棲艦はかつて海で沈んだ人や船の怨念が形になったものって言われてるし心霊現象なのは間違っていないような気もするけどな。

 ああでも艦娘も過去に沈んだ軍艦の魂が宿った存在だって話だし、どっちも亡霊みたいなものかもしれん。

 

「し、司令官……どど、どうして深海棲艦がここに……っていうか楽しそうにおしゃべりしてる……?」

 

 いかん、清霜がパニック状態だ。

 本当ならもっと順を追って説明するつもりだったんだけどな。その細い両肩を掴んで言い聞かせる。

 

「とりあえず落ち着け清霜。あいつは深海棲艦だが敵じゃない」

 

「敵じゃ、ない……?」

 

「そうだ。信じられないかもしれないが、あいつは人間や艦娘を攻撃しない」

 

「で、でも……」

 

「ほら、よく見てみろ。武器も持ってないし足も生えてるだろ?あいつは普通の軽巡棲鬼じゃないんだよ」

 

 そう、軽巡棲鬼の凪には本来ないはずの両足がしっかりある。

 本人曰く「ある朝、目が覚めたら生えてた」とのことらしい。超生物すぎない?

 

「足……?あ、ほんとだ……」

 

「足の有無で恐怖の対象か否か判別されるって、本物の幽霊みたいね」

 

「……ははーん、さてはやきもち焼いてるのね」

 

 機嫌の悪い天津風の様子を見て、凪はニヤニヤと笑う。前に霞にも似たようなことして一発KOされたってのに学習しねぇなこいつ。

 まあ天津風は霞と違って手が出るタイプじゃないからな。からかわれた反応は「ふん!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いただけで終わった。

 その顔は羞恥心で赤みがさしている。

 

「ま、いいわ。それで貴女、名前は?」

 

「き、清霜っていいますぅ……」

 

 なんとかコミュニケーションは可能になったがまだビビりまくっている。

 艦娘の本能に深海棲艦は敵だって刻み込まれてるからこうなるのはしかたのないことではある。これが好戦的な性格の艦娘だったらこの場で攻撃してたかもしれない。

 そうなれば凪は負けるだろう。こいつクソ弱いからな。そうと分かればここまで恐れることもなくなると思うんだが。

 

「ふぅん。あたしは凪よ」

 

「な、名前があるの?」

 

「ええ。といっても渉がつけてくれた名前だけどね」

 

「同じ屋根の下で生活するのに名前がないと不便だからな」

 

 ちなみに名前の由来は、こいつと出会った時の海が凪ぎの状態だったからだ。

 安直もいいところである。

 

「もしかして、凪……さんも?」

 

「ああ、ここで暮らしてるぞ」

 

「ええ!?」

 

 深海棲艦が住む鎮守府。まあ前代未聞だよな。

 しかもそれが占拠とかじゃなくて人間や艦娘と共同生活してるってんだからにわかには信じられない話だろう。清霜の驚きも当然だ。

 

「な、なんでそんなことに……?」

 

「そうねぇ、あたしは戦争なんてしたくないのよ。痛いし怖いし疲れるし」

 

「しかも超絶弱いしな」

 

「うるさいわね!」

 

「でも事実でしょ?」

 

「むぐぐ……」

 

 さっきの意趣返しか、天津風。

 お前も案外大人気ないところあるよな。

 

「よ、弱い……?でも軽巡棲鬼は鬼クラスで……」

 

「深海棲艦にも個体差があるみたいでな。凪はたぶん低練度駆逐艦のワンパンで沈むぞ」

 

 もしかしたら駆逐イ級にも負けるんじゃなかろうか。

 それくらいの弱さなのである。

 

「さすがにそこまで弱くはないわよ!」

 

「はいはい」

 

「まったくもう……それで話を戻すけど、そういう諸々の事情であたしは戦争なんてしたくなかったの。でもその代わりやりたいことがあったわ」

 

「やりたいこと?」

 

「そう、それはね……」

 

 凪が一旦言葉を切る。

 果たして彼女のやりたいことは何なのか、と清霜はのどを鳴らして息を飲んだ。

 

「――普通の女の子として人生を楽しむことよっ!」

 

 その宣言を聞いて、さっきとは違う意味で清霜が固まる。

 まあそうなるだろうな、というのが俺や天津風の感想だ。

 

 人類を、艦娘を追い詰めている深海棲艦。その中でも強力な力を持つ鬼クラスである軽巡棲鬼。そいつが「戦争はイヤ、人生を楽しみたい」とか言い出しちゃ理解が追いつかないのも頷ける。

 ただこの弱っちくてかなりポンコツな深海棲艦は、何の冗談でもなく真剣にそう思っているのだ。

 

「ある日あたしの住処に流れ着いた人間の雑誌を読んで衝撃を受けたの。いえ、あれは革命が起こったとさえ言えるわ。その雑誌に載っていた人間の女の子は、写っていた世界は、全部キラキラと輝いてた!」

 

 あ、これ自己陶酔モードに入ってますね。

 この話を何度も聞かされている天津風があとは任せるわ、とでも言いたげな視線を残して去って行った。俺もそれに続きたいところだったが、いきなり清霜と凪を2人っきりにするのはまずい。

 しかしそんな俺の心中なんて察することもなく、凪は熱弁を奮う。もはや演説に近かった。

 

「あたしの夢は雑誌に載っていた女の子みたいに、可愛くて素敵なものに囲まれた世界に行くことなのよ。渋谷、原宿、表参道……そこにあたしの求める全てがあるわ!その夢を叶えるためには戦争なんてしてる場合じゃないし、そんな世界を壊そうとする深海棲艦はアホかと思うわ!」

 

 俺はお前の方こそアホの子だと思うぞ。まあ憎しみに支配されて人間ぶっ殺そうとする平均的な深海棲艦と比べれば100万倍いい奴ではあるんだけど。

 で、一方の清霜はといえば絶句だった。口を開けてポカーンとしている。

 ティーン雑誌を読み込んで人間の女の子に憧れ、深海棲艦をアホ呼ばわりする深海棲艦とか古今東西、過去現在未来を探してもこいつくらいのもんだろう。清霜の中の深海棲艦に対するイメージが崩れ去っていく音が聞こえるようだ。

 

 清霜にもこれまでに深海棲艦に関して築いてきた常識ってものもあるだろうけど、凪にはそんなもの一切通用しないんだわ。

 こいつは人間が知る深海棲艦に対する尺度じゃ計りきれない存在なのだ。あまりにも予想外すぎるぶっ飛び方をしてるせいでな。

 

「なあ清霜、凪はずいぶんと流暢に日本語をしゃべると思わないか?」

 

「そ、そういえば……どうしてそんな風にしゃべれるの?」

 

「勉強したのよ!」

 

「べん……きょう……?」

 

 ドヤ顔で胸を張る凪。清霜は深海棲艦と勉強という単語がうまく結び付けられないでいるが。

 まあかいつまんで言うと、ティーン雑誌を拾って人間の世界に興味を持った凪は、雑誌の少女達に近付くために日本語を学ぶことにした……らしい。

 

「道のりは困難を極めたわ。人間って基本的にあたしを見ると逃げるし、艦娘に見つかれば攻撃されるし」

 

「当たり前だろ。っていうか何度か見つかったくせによく生きてたよな」

 

「あの時はもう本当に必死になって逃げたのよ……」

 

 それでも諦めずにここまで自然に話せるようになったんだから見事なもんだ。

 俺が凪と出会ったきっかけも、こいつが神南島のとある島民に日本語を教えてもらってたからだしな。

 

「そして極めつけがこの足だよ。なんでお前に足があるのか清霜に教えてやれ」

 

「ふふん、聞いて驚きなさい。あたしの『可愛い女の子になりたい』っていう強い想いがこの足を生んだのよ!」

 

「……えっと、そのぉ……言ってる意味がちょっと分かんないかな~って……」

 

「安心しろ。俺も分かんないから」

 

「なんでよ!あたしの想いが奇跡を叶えたってことで「うるっさい!」

 

 凪がさらなるヒートアップをしかけたところに割り込んだ突然の怒号。

 その声の主は神南島鎮守府の2大おかんこと朝潮型(あさしおがた)駆逐艦・10番艦の霞だった。

 夜間巡視を終えて、帰還中に大破した艦娘曳航してきた上の徹夜明けでついた眠りを妨げられりゃキレるか。マジですまん、騒ぎ過ぎた。

 

「あんた達のせいで落ち着いて寝れやしないじゃない!だいたい怪我人が寝込んでる部屋でいつまで――」

 

「霞ちゃん!」

 

 お説教を遮って、清霜が霞に飛びついた。

 初対面のはずだけど……ああ、そういや霞と清霜は過去の戦争――つっても深海棲艦とじゃなく人間同士で争ってた時代の戦争で一緒に戦ってたんだっけか。

 

「き、清霜、あなた起きてたの?」

 

「うん!霞ちゃんもこの鎮守府にいたんだね」

 

「ええ、まあね」

 

「っていうか大破してた清霜を発見して鎮守府まで連れてきたのは霞だぞ」

 

「そうなの!?ありがとう、霞ちゃん!」

 

 清霜は霞の右手を両手で掴んで上下にぶんぶんと動かす。

 輝きを増したその瞳は喜び、感謝、信頼……そんな感情が込められている。よっぽど嬉しかったんだろう。

 真正面からの素直な感謝に慣れてない霞はそれに戸惑ってるけど。

 

「もう、分かったから離しなさいってば」

 

「えへへー、もうちょっとだけ」

 

 だが俺には分かるぞ霞。実はお前も今、めっちゃ喜んでいるということが!

 しかしここで凪みたいにニヤニヤしようもんなら俺までワンパンKOされてしまう。なのでここは変則的に、それでいて王道で攻めることにした。

 

「そうだ、霞」

 

「なによ司令官」

 

「清霜な、しばらくここにいるから」

 

「霞ちゃんがいるならずっといようかな~」

 

 すっげぇ締まりのない顔しながら清霜は霞にべったり引っ付いている。

 これは霞が強硬な態度に出られない系の攻撃だ。まあ本人もまんざらじゃなさそうだからいいか。

 

「ふ、ふ~ん、そう」

 

「そんなわけで今夜、清霜の歓迎会やるぞ!」

 

「「ええ!?」」

 

 霞と清霜の声が揃って部屋に響く。

 そんな中、凪は右手を勢いよく上げてすかさずこう言った。

 

「あたしホットケーキ食べたい!」

 

「なんでお前がリクエストする側なんだよ……」

 

 まあいい、とりあえず善は急げだ。

 早速準備に取り掛かるとしよう。まずは鎮守府のメンバーに歓迎会の旨を通達だな。

 

「じゃあ俺は行くから。あ、霞は清霜のこと見といてくれな。時間がくるまで食堂に近寄らせないように!」

 

 それだけ一気に言い放って俺は部屋を出た。

 背中に「そんなこといきなり決めるんじゃないわよ、このクズ司令官!」という霞の罵声を浴びながら。

 

 

 

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