緩やかな風に吹かれて   作:晴貴

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3話

 

 

「そんなこといきなり決めるんじゃないわよ、このクズ司令官!」

 

 霞ちゃんが司令官に向かってそう叫ぶ。

 クズなんて言っちゃって大丈夫なのかな……?司令官は気にした風でもなく走って行っちゃったけど。

 でも歓迎会か~。そういうのしてもらえるのって嬉しいなぁ。

 

「まったく……それで清霜、体の方は平気なのね?」

 

「うん!ほんとにありがとね!バケツまで使ってもらちゃったって言うし……」

 

「気にしなくていいわよ。ここじゃバケツなんて滅多に使わないんだから」

 

「え?なんで?」

 

「色々特殊なの。凪を見れば分かるでしょ?」

 

 うぅ、凪さんかぁ……。横目でチラッと覗き見る。

 司令官や霞ちゃんはこう言うけど、やっぱりすぐには仲良くできそうにないよ……。

 

「やれやれ、お邪魔みたいだしあたしももう行くわ」

 

「あ……」

 

 私の物言いたげな視線を感じてか、凪さんは部屋を出て行こうとする。

 嫌な気分にさせちゃった……よね?でも、なんて声をかけたらいいか分かんないし……。

 

「別に気にする必要なんてないわよ」

 

 ドアノブに手をかけたところで凪さんは首だけ振り向いて私にそう言った。

 

「え?」

 

「あたしが深海棲艦なのは事実だし、それが艦娘にとって受け入れ難いことなのは分かってるつもりだから。それにあなたの反応なんて会ったばかりの霞と比べれば可愛らしいものだわ」

 

 じゃあまたあとで、と言い残して凪さんは出て行った。

 い、今のって私のこと気遣ってくれたんだよね?

 

「霞ちゃん、凪さんって……」

 

「清霜が戸惑うのも分かるけれど見た通りの“人”よ。少なくともこの鎮守府の司令官や艦娘はそう思ってるわ」

 

「そうなんだ……だとしたらやっぱり悪いことしちゃったなぁ」

 

「そんなこと気にする奴でもないけどね。清霜がそう思うならあとで謝っておきなさいな」

 

「うん、そうするよ!そういえば霞ちゃんは凪さんと初めて会った時どんな反応だったの?」

 

「問答無用で主砲をぶち込んだわ」

 

「……まあそれが普通の反応だよね」

 

 霞ちゃん改二だし。それだけ深海棲艦と戦ってきたってことだもん。

 でもそんな霞ちゃんが認めてるんだから、凪さんはいい人なんだと思う。それなら私も仲良くできるよね!

 

 そう思ったら体から緊張感が抜けて、体がすっと軽くなった。

 司令官や天津風は優しそうだし、霞ちゃんがいるし、凪さんも深海棲艦だけど敵じゃない。この鎮守府はいい人たちばっかりで、安心したら……急に、眠気が……。

 重くなったまぶたをこする。霞ちゃんはそんな私の頭を撫でながら諭すようにこう言った。

 

「大人しく寝てなさい。傷は治ったけど体力はまだ戻っていないんだから」

 

「うん……起きたら、たくさんおしゃべりしようね……」

 

「ええ。だから今は安心して眠るといいわ」

 

 その優しい声と温かい手のひらの感触に誘われて、私は眠り落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでこんな時間まで清霜と一緒にお昼寝してた、と」

 

「何よ、悪いの!?私だって徹夜明けで眠かったのよ!」

 

 霞が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

 その後ろでは腫れぼったい目をした清霜がオロオロしていた。

 

「誰も悪いなんて言ってないだろ?」

 

 むしろいいもの見せてもらったぞ。

 1つのベッドで清霜と手を握りながら眠る霞、という貴重映像はこの目でしっかり堪能させてもらった。無論映像機器でも録画してある。

 グッジョブ明石。

 

「じゃあそのニヤけた顔をやめなさいよ、あんた達!」

 

「えー?」

 

「何のことだ?」

 

「別にニヤけてなんかないよ?」

 

 凪、俺、鈴谷がそう口答えする。

 これはニヤけてるんじゃなくて……そう、可愛いものを見る微笑ましい表情だ。ニヤけてるように見えるのは霞の心が気恥ずかしいと感じてるからだよ、うん。

 ちなみに昼寝する2人を見つけて俺達に報告し、あまつさえ録画した明石はすまし顔である。どういう神経してんだお前。

 

「か、霞ちゃん霞ちゃん」

 

「なによ?」

 

「あのさ、清霜の見間違えかもしれないんだけど、あそこに座ってるのって……」

 

 霞の背後でオロオロしていた清霜が、何かに気付いて恐る恐るそう尋ねる。

 清霜の視線の先を確認して、霞は彼女が何を言いたいのか理解したようだ。ただその反応はえらく淡白である。

 

「言い忘れてたけどこの鎮守府にいる深海棲艦は凪だけじゃないの」

 

「じゃああの子って本物の……」

 

「ええ、北方棲姫(ほっぽうせいき)よ」

 

 背丈が低いため幼児用のイスに腰かけ、テーブルの上のごちそうに釘付けになっているその姿は紛う事無き神南島鎮守府の天使(マスコット)、北方棲姫のほっぽちゃんである。

 隣に座った天津風の袖をクイクイと引っ張りながら「アレ、タベタイ」とおねだりの真っ最中だ。

 それを「少しだけ待ってなさい」とあやす天津風。母と子のようにしか見えない。

 

「ほっぽの我慢も限界だしそろそろ始めるか。じゃあ清霜、簡単に自己紹介して」

 

「い、いきなり!?ええっと、夕雲型駆逐艦の清霜です!危ないところを助けてくれてありがとうございました!これからしばらくお世話になるのでよろしくお願いします!」

 

「はい拍手ー、そしてカンパーイ!」

 

 乾杯、という声とグラスの鳴る音が重なる。

 それをきっかけに場が一気に騒がしくなった。その筆頭は鈴谷である。

 

「やっほー、アタシは鈴谷だよ。ねえねえ清霜はどこから来たのー?」

 

「私がいたのは岩国鎮守府ってところで……」

 

「げ、それって最前線の鎮守府じゃん。そこで生きるのは鈴谷じゃムリだなー」

 

「そらせやろ。アンタ実戦はおろか演習もろくに出たことないんやから」

 

 半日で沈むで、とご尤もなツッコミを入れるのがこの鎮守府唯一の空母・龍驤(りゅうじょう)

 胸部装甲がかなり手薄なことにさえ触れなければ気のいいお姉さんである」

 

「……キミ、途中から声に出てるで?」

 

「出したんだよ」

 

「ほ~う、ええ度胸やないか。そのケンカ買うで」

 

「いいだろう。天津風、とっておきの酒を出せ」

 

「出さないわよ」

 

「なんでだ!?」「なんでなん!?」

 

「争い合うふりをしてお酒を飲もうって魂胆が見え見えよ。清霜にあなたや龍驤さんの醜態をさらすのは気が引けるわ」

 

「提督は脱ぎ魔、龍驤はキス魔ですからね」

 

「服を脱ぐのは天津風と霞の前だけにしてもらいたいクマ」

 

 天津風の言葉に明石と球磨(くま)からも援護射撃が入った。

 

「なななな、いきなり何を言ってるの!」

 

「何がクマ?霞は提督とケッコンしてるんだから目の前で脱がれても困らないはずクマ」

 

「困るわよ!」

 

「待って霞ちゃん!霞ちゃん、司令官とケッコンしてるの!?」

 

「霞だけじゃなく天津風もねー」

 

「ふ、二股……じゃなくて……重婚?司令官ってもしかしてプレイボーイってやつなの……?」

 

「駆逐艦限定ですけどね。清霜も注意してください」

 

「いらんこと吹き込むな、明石!」

 

 前霞に「このロリコンクズ司令官!」って罵られた時に結構ダメージ受けたんだから!

 

「でも駆逐艦(ようじたいけい)の子とだけケッコンしてるのは事実でしょ?」

 

 勝ち誇ったように笑う凪。

 まさか昼間の意趣返しがここでくるとは……。

 

「そうだよねー。普通ケッコンって燃費向上のために戦艦や空母とするものだけど、駆逐艦となると完全に趣味っていうか」

 

「うちには戦艦いないけどな。唯一の空母である龍驤もスタイル的には天津風や霞に引けを取らないが俺は手を出してない」

 

「つまり生粋の駆逐艦(ロリ)じゃないとダメ、ということですね」

 

「無駄にいい顔して何言ってんだお前」

 

「幼児体形とかロリとか、あなた達は私と霞にケンカを売っているのかしら?」

 

「そうだって言うなら容赦しないわよ」

 

「ええで~、やったれやったれ!」

 

「酒瓶振り回すのは止めるクマ!」

 

 喧々囂々、それぞれが好き勝手に言い合う。そこには上下関係も、人間だ艦娘だ深海棲艦だとかいう種族の違いもない。

 とても小さくて、深海棲艦との戦いに押され続け終末一直線の人類にとっては何の救いにもならないだろう。だけどこの光景こそ俺が望んだものだ。

 俺がこの戦争の中で、叶えたかった世界の未来だ。

 

「……まあそれももう無理な話か」

 

 グラスを傾けながら誰にも聞こえないように呟く。

 もう、なのか。それとも最初から、だったのか。どちらにせよ今からじゃどうしようもない。そう遠くない未来、人類は完全に敗北する。そう言い切ってしまえるほど人類は追い込まれている。

 その最後の時がやってくるまで俺はここで夢に見た世界を守り続けよう。たとえ無意味なことだとしても、こいつらがこの場所を求めてくれる限り、俺は神南島鎮守府の提督であり続けると決めたからな。

 

「何を考えてるの?」

 

「どうせろくでもないことでしょ」

 

 気が付けば俺の両サイドには天津風と霞が座っていた。どうやら結構な時間ボーっとしてたらしいな。

 

「どうにも酔ったみたいだ」

 

「……嘘が下手なんだから」

 

 中身のほとんど減っていない俺のグラスを見て、天津風はため息を吐いた。

 その態度に思わず小さな笑いがこぼれた。

 ああ、俺は幸せ者だ、となんの疑いもなく思える。この救いのない時代に生まれてよかった。勝機の見えない戦いに身を投じる運命でよかった。

 こんな絶望に染まった世界だからこそ、本当に大事なものが輝いて見えた。だから真っ先にそれに手を伸ばして、ちゃんと掴むことができた。幸せに生きて死んでいたら、この場所を手にすることはできなかっただろうから。

 

「この世界の行く末がどうなっても、俺は最後までこの鎮守府の提督だ」

 

「何よ突然。そんなの当たり前でしょ!」

 

「今さらじゃないかしら。それに最後なんて簡単にこさせないつもりよ、私と霞は」

 

 俺の両手に、それぞれ2人の手が重なる。

 それはどんな温かみよりも優しく感じられた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 たとえこの世界に俺達だけが取り残されたとしても、俺は最後まで抗い続けよう。

 こいつらとだったらどんな絶望の中でだって生きていける。

 

「天津風、霞。俺はお前達を愛してるよ。死ぬまで愛し続ける」

 

 2人から返ってくる言葉はなかった。でも聞こえなかったってことはないんだろう。

 重なっている手のひらが両方、少しだけ強く握られた。

 それだけで、俺にとっては充分だった。

 

 

 

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