緩やかな風に吹かれて   作:晴貴

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5話

 

 

 清霜がほけっとした顔を見せる。

 いきなり“深海棲艦とは可能な限り戦うな”なんて言われれば、艦娘の清霜がそんな表情になるのもしかたないのかもしれない。

 

「そ、それってどういうこと?」

 

「言った通りだよ。うちの鎮守府は戦力が薄い。そして戦力を整えるための建造ができるほどの資材もない」

 

 日々の巡視や島民が漁に出る際の燃料、それを護衛する艦娘の燃料を確保するだけで結構カツカツである。その中で定期的に本土に戻るための燃料も確保しておかないといけないわけで、深海棲艦と毎日ドンパチやってたら資材はあっという間に底を尽く。

 もちろん万が一の時に備えて備蓄はそれなりにしてあるが、それに手をつけるということは神南島鎮守府が存続の危機に立たされる時がきたということを意味する。ひいては島民の命も危険に晒されるだろう。

 

「深海棲艦と交戦する条件は主に2つ。巡視や護衛の最中に襲われた時か、この島を攻められた時だけと決めている」

 

「でも、それだけで大丈夫なの?」

 

 大丈夫、というのはそれだけで深海棲艦という脅威を排除できるのか、という意味で聞いたのだろう。

 まあそう思うのは当然だ。

 

「普通はムリだな。凪やほっぽがいなけりゃこんな方法で生き延びることはできてない」

 

「凪さんとほっぽちゃんが……?」

 

「ああ。こいつらを見てれば分かるだろうけど、深海棲艦は全てが足並みを揃えて人間を襲ってるわけじゃないんだよ。凪やほっぽみたいに戦争を忌避するやつや、そもそも人間に関心のないやつも少数ながら存在する」

 

 この辺は俺が大本営にいた時から考えていた通りだ。

 人型に近い深海棲艦の思想は統一なんてされていない。必ずや例外が存在する、と。

 

「そういうのをまとめて“穏健派”と俺は勝手に呼んでる」

 

「穏健派……」

 

 清霜がチラッと凪の方を見る。

 すやすやと眠っていた。顔の血色もよくなってきたし目が覚めれば二日酔いも治ってるだろう。

 

「まあ穏健派の深海棲艦なんてこの2人にしか会ったことないんだけどな。探せば他にもいるはずだ」

 

「じゃあそういう穏健派を集めれば戦争が――「終わらない」

 

 清霜の言葉を遮って、俺ははっきりとそう言った。

 確かに穏健派の数が一定数以上いればそういう道も開けたかもしれないが、凪の話を聞く限り今の戦況に影響を与えられるほど穏健派は存在しない。深海棲艦全体の1%にも満たないだろう、というのが俺の見解だ。

 ……まあ仮に穏健派が全体の半数を占めていたところで和平なんてあり得るか、といえば甚だ疑問である。深海棲艦が現れてから半世紀以上の間、お互いに殺し殺され、禍根を残しすぎた。

 

 大本営……本土から離れ、神南島で人類と深海棲艦の戦争から距離を取ってようやくそれに気付いた辺り、俺も冷静じゃなかったんだろう。

 理想はあくまでも理想で、現実からほど遠いからこそ理想と呼ぶんだ。

 

「この戦争はもうどうやったって止まらない。終わるのは人間か深海棲艦、どっちかが滅んだ時だ」

 

 そして人類はそう遠くない未来に負けるだろう。それはわざわざ口にするまでもなく、天津風や霞はもちろん、岩国鎮守府で戦っていた清霜も薄々勘付いてはいたんだろう。

 提督室に少しばかり重い空気が流れる。

 

「……話が少し逸れたな。本題は深海棲艦の足並みが揃ってないってところだ」

 

 その空気を払拭するために俺は説明を続ける。

 

「実は深海棲艦っていうのは、いくつものグループの集合体で出来上がってる」

 

 そのグループは大小様々。

 1番大きなグループとなると複数の鬼・姫クラスを頂点に据えた、イロハ級まで含めれば500を数えるほどの大規模なものになる。しかしその巨大さ故か遊撃には向かず、特定の海域や島を根城にして、その周辺地域を侵食していく。

 現状、この規模の深海棲艦に1度でも定住されたら取り返すことはほぼ不可能だ。こいつらのせいでオーストラリアは丸々占拠されちまったしな。このままいけばまずは南半球が深海棲艦の手に落ちることになる。

 

 次いでは100~200体ほどの中規模グループになり、こいつらのトップも鬼・姫クラスだが、その数は多くても5体以下だ。

 普段は特定の海域に住んでいて、その近海をイロハ級が常に回遊し、遠征中の艦娘などを発見すれば攻撃に移る。こいつらも基本は島かなんかを拠点にするのが多いが、中には海底に根城があると考えられているグループもある。潜水艦でもないのに海に潜るとかとんでもないやつらだ。

 しかも時たま船団丸ごと出向いて人間が住んでいる場所に進撃してくることもある。撃退できればいいが、失敗すれば四国や九州のようにこれまた地上を占拠されることになる。

 

 で、次がイロハ級の中でも人型に近く、鬼・姫クラスには劣るものの自我と戦闘能力を有している空母ヲ級や戦艦レ級を頂点としたグループ。これまで人類と艦娘が最も戦ってきた相手だろう。

 こいつらは特定の海域に住むということはせず、常に回遊して艦娘を攻撃する習性を持っている。そのためあまり数は多くなく、大きな戦力がないからか地上に攻め込むということはしない。

 ただイロハ級グループには2通りあって完全に野良か、中・大規模グループの偵察で行動してしているものに分けられる。

 

 そういったグループが800から1000ほどあるとされている。

 その大多数はイロハ級のグループなのだが、年月を追うごとに中・大規模のグループが徐々に増えてきているのが実情だ。

 

「これらのグループはそれぞれ棲み分けをしていて、中規模グループ以上になると余程のことがない限り干渉をしないらしい」

 

 これは凪から聞き出した話だ。

 イロハ級の小さな集団は中・大規模グループに取り込まれることも普通にあるとのことだが、ある程度大きなグループになると、行動指針はその中でトップに立つ深海棲艦が決めるのだという。

 まあその大半が人間に対して憎悪の感情を抱いているので、結果的に深海棲艦のほとんどが攻撃を仕掛けてくるのだが。見方を変えれば各個撃破をしやすく、圧倒的な物量を誇る深海棲艦相手に何とか踏みとどまれている要因の1つと言える。

 こいつらが示し合わせて一斉攻撃でもしてくれば人類はあっという間に滅びかねない。そしてそういった知恵をつけた深海棲艦が現れないとも限らないんだよな。

 

 凪を見てるとそう思わずにはいられない。こいつは日本語を修得し、俺達と共同生活するようになってから飛躍的に知恵や知識を身につけ、思考能力も上昇した。

 もし凪が今から人類に敵対し始めれば、各グループを取り持つように動き、連携させるはずだ。当人は弱っちくても嫌らしい指揮を取ることだろう。いつまでも渋谷に憧れてるだけの女の子でいてもらいたいもんだ。

 

「ここまで言えば分かるか?深海棲艦は違うグループには不干渉、グループのトップは鬼・姫クラス、そして今この鎮守府には鬼クラスの軽巡棲鬼と姫クラスの北方棲姫がいる」

 

「まさか……凪さんたちがいるから、この鎮守府は他のグループの深海棲艦に攻撃されないってこと?」

 

「そういうことだ。沖に出れば野良の深海棲艦も多いからそういうのは排除しなきゃいけない時もあるが、他の深海棲艦からすればここは中規模グループの棲み処なんだよ」

 

 なんて偉そうに種明かししてみるが、実際のところいくつもの幸運が重なって作り出された環境でしかない。

 この島は要塞化されはしたが戦況の悪化で鎮守府が放棄され、同時に人がほとんどいなくなった。

 深海棲艦の習性の中に、人間が多く住まう場所を攻撃対象にするというのがある。当時はそんなこと知られていなかっただろうが、鎮守府の放棄と島民が大量に本土へ渡ったことでもぬけの殻になった神南島は深海棲艦の攻撃対象から外れたのである。

 

 そしてそのままであればいずれ深海棲艦の棲み処にされ島民の命もなかっただろうが、そんな時にちょうど棲みついたのが凪だった。

 弱かろうとも鬼クラス。こんなんでも当時からそれなりのグループを率いていたのである。

 つまり凪は図らずもこの島を縄張りにすることで島民の命を守っていたわけだ。

 

「これは艦娘を増やさないの理由1つでもある。いくら他グループの縄張りと言えど艦娘がうろうろしてちゃ攻撃対象にされる恐れがあるからな」

 

 だから神南島鎮守府にきてから建造したのは2回だけ。設備がちゃんと動くか確認するために稼働させた。

 当初から資材の不安があったから回したのはどちらも最小値レシピ。駆逐艦2隻でいいやってところで建造されたのが軽巡の球磨と、なぜかしらんが重巡の鈴谷だった。鈴谷って最小値(オール30)じゃ建造できないはずなんだけど……。

 

「そして面白いことに、グループに所属してるイロハ級の行動原理ってのはトップの思想に多大な影響を受ける。凪とほっぽの傘下であり島の周りを回遊してる深海棲艦は人間や艦娘に対して敵対行動を取らないんだよ」

 

 そうして完成したのがこの環境である。

 人間の生活に憧れる軽巡棲鬼と、そもそも人間に興味のなかった北方棲姫。そんな特殊過ぎる深海棲艦と出会ったのが提督のくせに深海棲艦との共生を主張する頭のイカレた男。

 どんな確率なんだか。奇跡と言っても過言じゃない。

 

「……」

 

 俺の説明を聞いた清霜は無言だった。

 呆然自失とまではいかないが、なんて言ったらいいのか分からない。そんな顔だ。

 まあいきなりこんなことを言われて受け入れられるかと言えば難しい。特にずっと深海棲艦と戦ってきた艦娘からすればなおさらだ。

 さてどう声をかけるべきか、と思案し始めたところで、話題の中心だった凪が目を覚ました。

 

「う、うぅ~ん……ふわぁ」

 

「また大きなあくびね」

 

「よく眠れた証拠よ」

 

 霞の皮肉に動じることもなく、寝っ転がったままぐーっと背伸びをする凪。

 どこか猫を彷彿とさせる動きだ。

 

「二日酔いは治ったみたいだな」

 

「ええ、バッチリ。ありがとね、天津風」

 

「次はあまり飲み過ぎるんじゃないわよ?」

 

「気を付けるわ」

 

「このやり取りももう何度聞いたかしらね……反省なさいったら」

 

 凪が目を覚ましたことで提督室の空気がいつも通りに戻る。清霜も難しい顔から打って変わって小さく笑っている。

 本人に自覚はないだろうけど、うちのムードメーカーはこいつだ。

 ここは世界から見れば取るに足らない、本当に小さな鎮守府。だからこそ人間も艦娘も深海棲艦も、誰1人欠かせない場所なんだ。

 

「なあ清霜」

 

「なーに?司令官」

 

「さっきは深海棲艦に警戒されないために艦娘は建造しないって言ったけどさ、駆逐艦をもう1人迎え入れるくらいの余裕はあるんだ」

 

「司令官、それって……」

 

「強制はしない。ただ清霜がここに残りたいと言ってくれることを俺は望んでる」

 

 俺達の世界を選んでくれるなら、俺達の在り方を肯定してくれるなら、こんなに嬉しいことはない。

 現実から目を背けてるだけなんだってのは分かってる。勝利を諦めずに戦ってる連中からは愛国心のない……深海棲艦に取り入った売国奴だとでも罵られるだろう。

 だが、それがどうした。この島と鎮守府を守れるならどんな汚名を被せられたって痛くもかゆくもない。

 

「どうするかはお前の自由だ。ただ答えを出す時に、俺がそう思ってるってことは覚えておいてくれ」

 

「うん……分かった。そう言ってくれて嬉しいわ、司令官!」

 

「うわー、会って2日目の駆逐艦をもう口説きに入ってるわ。筋金入りのロリコンね」

 

「この空気でそんなセリフぶっこめるお前に感心すら覚えそうだ」

 

 ムードメーカーではあるが、裏を返せば空気を読めないところがあるってことだ。

 

「清霜的にはどうなの?渉とのケッコン」

 

「ケッコンなんてそんな……!さすがにまだ早いっていうか……ああ別に司令官とのケッコンが嫌ってわけじゃなくて!ただもう少しお互いのことを知ってからの方がいいかなって……」

 

「清霜はまんざらでもないみたいよ?」

 

「お前は俺を窮地に追い込んで楽しいのか?」

 

 天津風と霞の視線がすごく冷たい。

 

「とっても」

 

「いい笑顔だな紫」

 

「むらさき……?あっ!」

 

 グダグダとした体勢から一変、凪が飛び起きて姿勢を正す。

 その両手はスカートの裾をしっかり抑えていた。しかし色白な顔は羞恥の赤で染まっている。

 

「今さら隠してもおせぇよ」

 

「変態!ロリハーレム!」

 

「あなた、最低ね」

 

「このクズ司令官!」

 

 いかん、集中砲火がきた。

 

「待て待て、確かにデリカシーのない発言かもしれんがあれで見るなって方がムリだろ!あのスカートで俺の方に足向けて寝てんだぞ!」

 

「それってずっと見てたってことでしょ!」

 

「お前らのガードがゆるすぎるんだよ!前からスパッツとかはけって言ってんだろ!」

 

「ダサいから嫌!」

 

「あのなぁ……」

 

「ちょっといいかしら?」

 

 俺と凪の言い合いに、天津風が割って入る。

 その視線は依然冷たい。

 

「あなた今、“お前ら”って言ったわよね?正直に言いなさい。お前らっていうのはここにいる全員のことでいいのかしら?」

 

 ……ああ、これは墓穴を掘ったかもわからんね。

 

「い、いやー、別にそういう意味じゃなくて。ほら、艦娘の服装って露出過多じゃん?スカートとか特に短いし、覗く気なんてなくても不可抗力で見える時があってだな?」

 

「正直に、言いなさい」

 

「紫水玉水色黒でした」

 

「死ね変態!」

 

 そんな霞の言葉と共に顔面への衝撃を受けた俺の意識はブラックアウトする。

 意識が暗闇に沈んでいく中で、けれども俺はこう反論した。

 

 ――ちょっと前かがみになったり足を組み替えただけで見える方にも、問題はあると思うんだ……。

 

 

 




Q1 だれがどの色だったでしょう?

紫・・・凪
水玉・・・?
水色・・・?
黒・・・?

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