それでは、どうぞ。
2019/06/25 中央寄せなどの処理をおこないました。
響、翼、クリスの三人の装者たちは、今、「魔法少女事変」以来となる窮地に陥っていた。
ノイズを無限に生み出していた少女にもようやく限界が見え始めてきたという時に、かつてはS2CAトライバーストでしか倒す手段を見つけられなかった無限増殖タイプのノイズを出されてしまったのだ。
まだ通常のノイズも百数十体も残っているのが見られる中、下手な攻撃ではかえって数を増やしてしまうことになるノイズを出されたのは痛手であった。おまけに、歌でフォニックゲインを高めようにも、少女のヴォカリーズにより歌を封じられてしまう始末。
絶体絶命、まさに望みを絶たれたというにふさわしい、絶望的な状況であった。
――いや、まだ望みはある。
「……二人とも、分かっているな」
「ああ、歌は歌えねぇ、絶唱は使えねぇっていうこの状況でやれることなんて、もう一つしかねぇ」
「さっきはびっくりしちゃって忘れちゃったけど、今こそ使い時、ですよね!」
覚悟を決めた三人は、胸元に手を伸ばし、マイクユニットを取り外す。
『イグナイトモジュール、抜剣!』
――そして装者たちは、呪いの力をその身にまとう。
起動ワードによって鋭利な刃物と化したユニットに貫かれた装者たちのシンフォギアは、さっきまでの純白な装いから、闇のように黒い戦装束へと変わっていた。そして変身を終えた三人は、次々と無限増殖型ノイズへと向かっていく。
通常、増殖型は攻撃らしい攻撃をせず、ただその身を膨れ上がらせることしか行わない。普通の人間にとって、ノイズとは触れるだけで死をもたらすものであるから、どこまでも膨張していくノイズはそれだけで脅威となるのだから。
だが、このノイズもまた少女の忠実なしもべ。少女の命令通りに、分裂した個体は自らへと向かってくる装者たちを迎撃せんと突進していく。
「でやあああ!」
――MEGA DETH SYMPHONY
「はああああ!」
――蒼刃罰光斬
「うおおおおおおお!」
分裂し、襲いかかってくるノイズに対して、装者たちは各々の技で迎え撃つ。大型ミサイルが発射され、青い斬撃が放たれ、そして拳が撃ち抜かれる。それらは分裂したノイズたちに直撃し、そのあまりの威力に大爆発が起きる。
その様子から、装者たちの攻撃が先ほどとは比べ物にならないくらいの威力を持っていることがうかがい知れる。
「――ッ!?」
少女の表情が、驚愕に歪む。攻撃を受けたノイズに繋がる、命令を与えるための「ライン」が切れたことから、その攻撃で分裂増殖タイプが何体かやられてしまったことを感じとったのだ。
この少女にしか分からぬことだが、分裂増殖タイプのノイズは通常のノイズ数百体分のフォニックゲインを用いて作られており、そのために分裂と増殖をおこなうだけではなく、生半可な攻撃では簡単に滅することができないほど丈夫なつくりとなっている。
対ノイズ武装ともいえるシンフォギアでもこのノイズ相手では、通常の攻撃では滅するどころか、むしろ数を増やしかけない。だが、装者たちの攻撃は分裂増殖タイプに通用している。それを可能とする要因は一つであった。
――イグナイトモジュール
かつて魔法少女事変の折に、XDモード、絶唱に続く第三の決戦ブースターである。
融合症例というイレギュラーでのみ確認された、破壊衝動の増大による「暴走」を制御することにより、戦闘力上昇を実現するというエルフナインの発案のもと開発されたこの機能により、響たちは分裂増殖タイプを倒すことができている。
「暴走」とは、本来融合症例であった頃の立花響にしか見られない現象であり、彼女が怒りや絶望などの負の感情にとらわれた時などに起き、戦闘力が大幅に上昇するが、理性を失い、破壊衝動のままひたすら目前の標的を攻撃するだけの、文字通りの「暴走」状態となってしまうのである。
イグナイトモジュールは、人間誰もが心の奥に秘めている闇を増幅させる効果を持つ殺戮の魔剣「ダインスレイフ」の破片を組み込むことで、人為的に「暴走」状態を引き起こすことで出力を大きく引き上げるためのシステムなのだ。さらに、強い心と叡智によって理性を保つことで、暴走時と同等の出力でありながら、装者の戦闘技術と状況判断力を失わないまま戦うことを装者たちは可能としている。いまやイグナイトモジュールは、力と汎用性を兼ね備えた強大な切札となる。
無論、この心の闇を増幅させるシステムは、モジュール起動失敗時の心身へのダメージや暴走時による無差別破壊の危険性などの高いリスクも存在する諸刃の剣である。さらに、イグナイトモジュール――つまりは暴走――の力を多く使うほど、また、長時間使うほど、装者たちの心は闇に蝕まれ、理性を保てなくなり暴走する危険性が高くなってしまうのだ。
この暴走の危険を避けるため、三段階のセーフティが設けられており、さらに999カウントのセーフティタイムリミットも設けられている。なお、カウントが0になった場合、状況を問わずシンフォギアが強制解除され大きな隙を生むことになる。どちらにしろ、イグナイトモジュールを使った時点で、自分の意思で戦うことのできる残り時間は決められたものと言っていいだろう。
――つまるところ、装者たちも決着をつけにかかったということだ。
「喰らいやがれぇ!」
クリスの雄たけびとともに大型ミサイルが何発も発射され、増殖タイプ以降に新たに何十体も生み出されたノイズも消し飛ばされる。その威力は、もはや先ほどまでの攻撃とは比較にすらならなかった。
翼もまた、「風輪火斬 月煌」で、周りにいるノイズを次々と斬り飛ばし、燃やし尽くし、炭へと変えていく。響も同様に、腰部と脚部のバーニアの推力を利用した跳び蹴りや必殺パンチで、分裂したノイズを葬り去っていく。
生み出されてから凄まじい勢いで分裂・増殖を繰り返していたノイズだったが、今ではそれを上回るスピードで殲滅され、少しずつだが押されていっていることが少女にも分かった。おまけに、増援として生み出しておいた普通のノイズも、今まで以上のスピードで倒されていく。
この状況、まさに窮地に追い込まれたはずの装者たちによるどんでん返しで、優勢だった少女の方が追い詰められていると言っていいだろう。
無論、少女もヴォカリーズで装者たちを少しでも弱体化させようとはしているが、彼女のヴォカリーズで歌をかき消され続けても、イグナイトで膨れ上がった出力は残りのノイズを全滅させるのに十分すぎるほどであった。
装者たちは、破壊衝動に支配されないよう心を強く保ちながらも、自分たちの勝利を確信し始めていた。
◇
少女にとっては、この状況は信じられないものであった。
今までは、普通に自分のしもべを生み出し、襲わせるだけで大抵の人間は始末できた。しもべに対して何かしらの対抗手段を持っていたと思われる相手でも、先ほど生み出した、特別なしもべを使いさえすれば、一晩のうちに街ごと滅ぼすことができた。
だからこそ、全力で叩き潰すつもりでいけば自分が負けることはないと、少女は強く思っていた。
だが、結果として少女は追い込まれていた。
普通のしもべならいざ知らず、数百体分のエネルギーを使って生み出し、増殖・分裂を驚くべき速さでおこなっていく自分のしもべが、少しずつとはいえ、それを上回るスピードと力でやられていく経験なんて、少女にはなかったのだ。
ゆえに、少し特別な力を持っているだけの人間が、自分をここまで追い詰めていることが到底信じられなかった。
ノイズという力を手に入れてから、初めて遭遇してしまった窮地に、少女は呆然とする。そんな少女に追い打ちをかけるかの如く、事態はさらに急変していく。
少女がようやく現実を認識したとき、目の前にはミサイルがあった。
(は?)
少女の理性が疑問を感じた時、少女の本能は目の前に迫った危機から逃れるために鳥型ノイズから勢いよく飛び降りていた。その直後、先ほどまで乗っていた鳥型ノイズに直撃したミサイルは爆発し、周りのノイズは消し飛ばされ、少女は背中にすさまじい風圧を受け、受け身をとる間もなく地面に激突する羽目となった。
「ぐがっ!?」
地面にぶつかった少女の体は、ミサイルの爆発で巻き起こされた風によって十数メートル先まで転がっていき、そこでようやく止まった。融合症例ともいえる体とは言え、本人自体のスペックは常人よりも少し高いだけの少女の体は、地面に衝突したときの激しい痛みを訴えかけてきた。
痛みに耐えながら地面に手を突き、何とか上体を起こした少女の目の前には、それぞれの武器をこちらへと向けた赤い女と青い女がいた。少し離れたところからは、黄色い女がこちらを見ている。
「いろいろ驚かされたが、アタシらの勝ちだ」
「これ以上抵抗するなら、話はベッドで聞かせてもらう」
赤い女と青い女が何か言っているが、少女の知る言語ではなかったため内容は分からない。まあ、言葉が分かったとしても、少女に人間の言うことを聞くつもりなんてなかったが。
しかし状況は、少女にとって非常にまずいものになっていた。周りを見たところ、彼女のしもべは全部やられていた。時間をかけて作り出した増殖タイプすらも、どうやらあのまま押し切られてしまったようだ。
おまけに、先ほどの攻撃に気を取られてノイズの生産を中断してしまった。もし攻撃されてもノイズを生み出し続けていたら、少しは持ち直せていたのかもしれなかった。
少女は、己の不甲斐なさに歯を食いしばった。だが、少女の目にまだ敵意と闘志が宿っていることは、装者たちは知っていた。
ここまで追い詰められても、少女には諦めるつもりは毛頭なかった。彼女の人類への負の感情と、絶対に果たすと決めた使命が、どんな絶望的状況にも抗い続ける意思の原動力になっているのだ。
そしてその揺るぎない意思は、少女に覚悟を決めさせたのだ。
(……
少女には、まだ切り札があった。
増殖分裂タイプも、確かに切り札と呼ぶにはふさわしい殺傷能力を持っていると言えるだろう。しかし、彼女がこれから生み出そうとしているノイズは、他のノイズとは一線を画す存在であった。
増殖タイプが数百体分なら、そのノイズは千体以上のノイズと同等のエネルギーを対価とすることで作ることができる。だが、それ以上に生み出す条件として重要なのが、彼女の「負の感情」である。
彼女の人間に対する、怒り、憎しみ、殺意を、莫大なフォニックゲインとともにありったけ注ぎ込むことによって、彼女が生み出せる中では最高のスペックを誇るノイズを生み出すことができるのだ。
ただしリスクも大きく、そのノイズに吸い取られてしまうかのように、少女の体力は大幅に失われ、同時に、一時的に負の感情が少女の中から失われ、精神も不安定な状態になってしまうのだ。果たすべき目的がある以上、自分の心身が衰弱するような事態はできるだけ避けたかったため、少女はこのノイズをあまり使いたくなかったのだ。
だが、対価が大きい分、生み出されるノイズの能力は、少なくとも彼女にとっては保証されているものだった。通常よりも高い攻撃力と防御力を持っているだけではなく、通常のノイズと違い
さらに、彼女の感情を注ぎ込んでいるためか知能もそれなりにあり、
最も頼れるしもべを誕生させることを決断した少女は、悟られないよう、地べたに這いつくばりながら準備をひそかに進める。その行いが、自分の心を追い込むものだったとしても。
◆
「装者たち、分裂増殖タイプも含め、すべてのノイズを制圧完了!」
「ノイズの発生源である少女も、衝突の影響で戦闘不能と思われます! ノイズの発生も停止しています!」
オペレーター二人の喜色交じりの状況報告に、弦十郎も笑みを隠せない。さっきまで厳しい表情だったマリアや緒川も笑みを浮かべ、切歌と調はハイタッチまでして喜んでいた。
ここにいる誰もが、ノイズを無限に生み出し、歌を無効化し、さらには無限増殖タイプのノイズすらたやすく作り出してしまう少女に驚愕し、今までの敵の中では上位に入る脅威だと感じた。だが、それ以上に、どんな困難でも乗り越えてきた三人なら、絶対に勝利してくれるという強い信頼があった。
そして今、イグナイトモジュールを使ってノイズをすべて倒し、響たちが少女に勝利した場面を見た彼らの心のうちには、よく勝利してくれたという三人への賛美と喜びが溢れていた。特にイグナイトの開発に携わったエルフナインは、自分が三人の勝利に役立てたという実感の分、大きな喜びを感じていた。
「三人のイグナイトが、強い思いが、ノイズに勝った……!」
「一発逆転! 大勝利デース!」
少女に対して大きな恐れを抱いていた分、響たちが勝利したときの切歌と調は大変な喜びようだった。二人よりは抑え目な様子だが、マリアも満面の笑みだった。
なぜあの少女がノイズを生み出すことができるのか、あの少女は何者なのかという疑問はあったが、まずは三人に保護してもらい、本部に移送してから話を聞くことを弦十郎は優先した。これが終わった後は三人を労らってやらないとな、と考えながら、弦十郎が現場に指示を下そうとしたとき、状況がまたもや急変した。
画面の中の少女から、前触れもなくノイズが出現した。それも、さっきどころか、最初のころとは比較にならないほどの勢いで大量のノイズが飛び出し、周りにいた装者たちを押し流していく。そのままの勢いでノイズは湧き出し続け、装者たちはノイズの波に呑まれて少女からどんどん遠ざかっていく。
この光景は、少女はもうノイズを生み出すことはできないだろうと考えていた本部の人員たちの度肝を抜いた。急に変わってしまった状況に対応するため、オペレーター二人は急いで報告をする。
「再び少女から、大量のノイズが出現! 装者、ノイズに押し切られていきます!」
「この数……一秒に百体以上は出現しているものと予想されます!」
「何だとぉ!?」
まさか、今までのは本気ではなかったというのか!? そう考える弦十郎だが、直後に少女が疲弊した様子を見せていたことを思い出し、最後の抵抗に、体への負荷を無視した数を生み出しているのではと思い直す。
敵とはいえ、死なせるわけにはいかないと強い意志を抱いた弦十郎は、すぐに現場の装者たちに指示を出す。
「イグナイトはまだ使える! そのまま押し切って少女を確保――」
「司令! 少女の動きに異変が!」
藤尭からの悲鳴じみた報告に、弦十郎はスクリーンの少女に目を移す。先ほどまで浮かれていた切歌と調も、安堵していたマリアや緒川も、スクリーンに映し出された少女に思わず目を移す。
少女はノイズを無限に生み出し続けながらも、よろよろと立ち上がり、分裂増殖タイプを生み出した時のように両手を胸の前にかざす。ただ、少女の様子は、その時とは比べ物にならないほど荒々しく、まるで激しく燃える憎悪のオーラを身にまとっているように見えた。
『――アアアアアアアアァァァ!!』
少女は吠えながら、手の中に新たなノイズを生み出していく。間もなく彼女の手によって誕生したそれは、S.O.N.G.の面々に、少女が歌をかき消した時と同じくらいの衝撃を与えた。
波のように押し寄せてくるノイズに攻撃を加えていきながら、装者たちは距離が離れてしまった少女へと接近していった。
「くそっ! まだこんなに絞り出せたのかよ!?」
「だが! ダメージが残っている以上、そう簡単に動けないはずだ!」
「早くノイズを止めないと!」
例え大波のようにノイズが襲いかかってきたとしても、イグナイトモジュールの圧倒的な攻撃力の前では敵ではない。迫りくる大群を一気に吹き飛ばし、炭に変え、少女を止めるために先へと進む。少女の叫び声が三人の耳に飛び込んできたのは、その時だった。
「――アアアアアアアアァァァ!!」
その雄たけびに反応し、三人が少女の方を見ると、少女は手をかざし、その中に新たなノイズを発生させようとしていた。わざわざ普通のノイズの発生を止めてまで「それ」を生み出そうとしていることから、そのノイズが増殖分裂タイプ以上に厄介なものだと想像がつく。
装者たちはなんとかそのノイズの創造を止めようとするが、先ほど彼女が大量に生み出していたノイズが邪魔をしてくる。三人は、彼女がノイズを大量に生み出し、さらに自分たちを遠ざけたのは、切り札を用意するための時間稼ぎのためだったのだと悟った。
なんとか全てのノイズを倒し、装者たちが少女のもとにたどり着いた時、そのノイズは既に完成していた。
「バカな……」
「おい……冗談だろ……」
「そんな……どうして……」
そのノイズを目にしたとき、戦場にも関わらず、三人は思わず呆然としてしまった。しかし、それも仕方ないことだろう。
その、
「『カルマノイズ』まで出せるのかよ……!」
カルマノイズ。それは、完全聖遺物「ギャラルホルン」の起動によって平行世界とのつながりができた事件の際に、たびたび装者たちの前に立ちふさがったノイズである。
姿かたちこそ通常のノイズを黒くしただけだが、通常のノイズとは比較にならないほどのエネルギーを持ち、それに見合うだけの能力を持つ強敵である。知能、戦闘能力が高いだけにとどまらず、人間のみを無尽蔵に一方的に炭素分解することすら可能であり、このノイズ単体でも存在する限り犠牲者は増え続けるのである。
さらに、このカルマノイズ自体が、人に破壊衝動を植え付ける「呪い」を持っており、この特性によって自身だけではなく他の人間にも 殺戮をおこなわせることすらできるのだ。
様々な面で厄介なカルマノイズだが、何よりも、破壊衝動を植え付ける「呪い」こそが、装者たちを苦しめる最大の要因だった。
「! ぐうううううぅぅ……!」
「ぐああああああああ!!」
「うああああああああ!!」
カルマノイズが完全に誕生した直後、装者たちは突如苦しみだした。イグナイトモジュールを起動しているあいだ、制御できていたはずの破壊衝動が大きく膨れ上がり、装者たちの理性を飲み込もうとしているのだ。
これこそが、カルマノイズが厄介な敵である理由なのだ。
カルマノイズ相手にイグナイトモジュールを使用すると、イグナイトの核である魔剣「ダインスレイフ」の呪いとカルマノイズの呪いが重なり、通常なら抑えることができるはずの破壊衝動に飲まれてしまうのだ。よって、装者はイグナイト無しでの戦いを強いられることになるのだが、カルマノイズの性能は通常のノイズとは段違いなため、単体相手でも非常に厳しい戦いとなる。
しかし、今回のカルマ化したノイズの出現は、彼女たちにとってまさに絶体絶命な状況であった。イグナイト無しでもかなり厳しい相手であるのも関わらず、今はノイズの発生源たる少女のヴォカリーズにより、歌でフォニックゲインを高めて出力を上げることすらままならないからである。
歌うこともできず、イグナイトも暴走の危険が出てきた。まさに八方塞がりな状態であった。
装者たちは、カルマノイズを前にしながら、自分たちの心を侵食してくる破壊衝動に抗うことで精いっぱいだった。カルマノイズから、破壊衝動が流れ込んでくる。カルマノイズの、いや、カルマノイズに注ぎ込まれた少女の人間に対する負の感情が、「人間を殺せ」と訴えかけてくる。装者たちは、自らの心でそれ抵抗するのがやっとだった。
(破壊衝動に……飲み込まれそうになる……)
(ちくしょう……そんなのありかよ……)
(なんとか……カルマノイズだけでも……)
破壊衝動に抗うなかで心が衰弱していき、ついに衝動に身をゆだねてしまいそうになった時、彼女たちはふと気づいた。
少女の姿が消えていることに。
ほんの一瞬のことだった。ほんの一瞬だけ目を離したすきに、少女はこの場所から音もなく去っていたのだ。
本来なら、重要参考人である少女を逃がしてしまったのは彼女たちにとって痛手であった。しかし、このタイミングで、この状況で、歌をかき消す彼女がいなくなったのはまさに僥倖であった。
「あの少女がいなくなった! 今なら歌を歌える!」
「素直に喜べねぇが、今しかチャンスはねえよな!」
「少しきついけど、やれないことはない!」
そして、「歌を歌うことができる」という希望が、闇に飲まれかけた三人の心を取り戻させるきっかけとなった。装者たちは一気にカルマノイズを倒すため、勝負に出た。
響が翼の剣の上に乗り、翼はそのまま己がアームドギアである剣を巨大化させる。さらに、クリスが巨大になった剣に大型のミサイルをつけ、方向をカルマノイズに調整し、発射した。
――TRINITY RESONANCE
「うおおおおおおおお!!」
発射された剣を踏み台にし、響はカルマノイズに向かって大きく跳躍する。そして、腰部のバーニアが火を噴き、さらに勢いをつけた状態でノイズに突っ込み、必殺パンチを繰り出した。
響の拳がカルマノイズを貫き、さらに追い打ちをかけるかのように巨大な剣が切り裂き、ミサイルの爆発によってカルマノイズは跡形もなくなった。
ここに、少女と装者たちの初めての戦いは、装者たちの勝利によって幕を閉じたのであった。
『三人とも、よくやってくれた。事後処理は我々に任せ、君たちはゆっくり休んでくれ』
「司令、あの少女の行方は……」
『……分からん。こちらからも反応が完全に消えてしまっている。おそらく追跡は不可能だろう』
「……申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに……」
『いや、彼女の存在は我々の想像をはるかに上回っていた。君たちのせいではない。
それに、先に彼女のことを伝えられなかった俺の落ち度もある。彼女についての話は、また後日することにしよう。お前たちは本部へ帰還して、休息をとってくれ』
「……分かりました、ありがとうございます」
そう言って通信を切った翼の顔は、はっきり言って、カルマノイズという強敵に勝利したにも関わらず暗い表情であった。クリスや響も、悔しさだったり落ち込みだったりと若干混じっている感情に違いはあるが、同じような様子だった。
無理もないだろう。いなくなったと思っていたノイズの再来。ノイズを生み出し、身にまとう少女。その少女のヴォカリーズによりかき消された自分たちの歌。ついさっき必死の思いで倒したカルマノイズでさえも、彼女の手によって生まれてきたものだ。今まで自分たちが想像もしていなかった強大な力を持つ脅威の出現に、装者たちはこれからの戦いに強い不安を覚えたのだ。
パヴァリア光明結社に引き続き現れた、人類の災厄たるノイズの操り手。次の戦いに勝てる自信すら持てないけれど、守るべきもののために、翼とクリスは戦う覚悟を深めた。
◇
場所は変わり、バビロニアの宝物庫内。先ほど装者たちと対峙していた少女は、ここにいた。
カルマノイズに自らのフォニックゲインと、体力、それにありったけの負の感情を注ぎ込み、消耗しきった彼女は、魂に刻まれたソロモンの杖の効果でここに逃れるしかなかった。今は、体内のフォニックゲインを使い、体力を少しずつ回復させているところだった。
正直なところ、撤退を選ぶのは彼女にとっては不本意なことであった。殺すべきだと決めたやつらに背を向けることに対する屈辱もそうだが、なにより「生死を確かめられない」ことが問題だった。引くしかなかったとはいえ、自分に、ノイズに対抗できる手段を持った人間に確実に始末しておかないと、後でどんなことになるか分からなかったからだ。
だが、一度は追い詰められた時点で引くしかないことは承知だった。ゆえに彼女は、最も信頼できるしもべに後を任せ、自分は背を向ける道を選んだのだ。
彼女にとって、カルマノイズは、ノイズの中でも最も頼れるしもべである。なにせ、人間同士を勝手に殺し合わせてくれるからだ。すべての人間の抹殺を望む彼女にとって、現在、これほど頼りになる存在はいなかった。
だが、それでもそれを呼び出すときには高いリスクが伴う。それは、ノイズ千体分のフォニックゲインでもなければ、彼女の体力の多くでもない。
彼女は今、廃人も同然の状態だった。
「…………」
少女の顔は、先ほどの敵意に満ちたものから無表情となり、口からよだれがだらだらと垂れている。激しく燃えていた憎悪が失われ、虚無しか映さなくなった目からは涙がとめどなく溢れ続ける。あれほど心の内を満たしていた人間への負の感情はなくなり、少女の心はほとんどからっぽになっていた。
少女の心は、とうの昔に壊れていた。その壊れてしまった心を今まで支えていたのは、人間に対する負の感情だけだったのだ。
ゆえに、カルマノイズを作り出す際、負の感情をありったけ注いでしまった彼女は、心を支えるものが無くなり、廃人となってしまったのだ。
もう彼女の心は、「人間を滅ぼす」という目的のもとでしか保つことはできないのだ。
ここで廃人になってしまっても、また心の底から人間への負の感情が無尽蔵に湧きあがり、再び彼女は心を取り戻すだろう。彼女が「ヒト」である限り、「人間」を憎み続けることはなくならない。逆に言えば、「人間」を憎むことをやめてしまったら、もう彼女は「ヒト」ではいられなくなるのだ。
だが、壊れた彼女の心には今だ憎悪は戻らず、それでも涙は頬を伝う。一体その涙は、何の涙なのだろうか。それは、本人にしか、あるいは本人にも分からないものなのかもしれない。
オリジナルキャラの挿絵などもあった方がよろしいでしょうか?(作者自身が描くが、画力は期待しない方がいいレベル。描くならペイントか手描きの二択)
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挿絵はあった方がいい(ペイント)
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挿絵はあった方がいい(手描き)
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挿絵はない方がいい
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どちらでもよい