その少女は、災厄(ノイズ)であった   作:osero11

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 ついに新章、開幕です! 張り切って一万字も書いてしまいました。
 オリ主の出番が最後くらいにしかないですが、そこはどうぞご了承ください。今回の話は、1話のAパートのようなものなので。
 小説オリジナルの「戦記絶唱シンフォギアMXW」編を、どうかお楽しみください。

 それでは、どうぞ。
 


人類を滅ぼすリュウの災厄(MXW)
災厄の報復


 ――そこは、地獄であった。

 

 建物への被害は、信じられないほど少ない。しかし、人的被害で言えば、間違いなく大災害であった。

 

 空中には、()()()()()()()()黒いものが塵となって浮かんでおり、こころなしか空気がよどんでいる。そこかしこに、原形を失った人間の遺体が、炭となって散らばっていた。

 生き残った者たちもちらほら見られるが、その者たちはこの状況であるにもかかわらず、容赦のない殺し合いを繰り広げていた。やがて生き残った人間たちも、死神に生命を刈り取られて黒く染まって崩れ去る。

 

 その悲惨な光景は、まさに地獄。この世に顕現した、罪人たちを罰する国。

 

 あまりにも残酷な光景を前に、一人の少女が泣き叫ぶ。そんな少女に、死神が近づいていく。死神は、弾丸となって少女に襲い掛かり――

 

 

 

「てやあぁぁ!!」

 

 

 シンフォギア装者――立花響の拳によって、吹き飛ばされた。彼女は、泣いていた少女を抱え、速やかにその場から飛び去る。周りを死神に囲まれている状況では、この行動が目の前の命を救うために

 

 響の一撃にとって少女から距離を取らされた死神――カルマノイズは、再び少女と響に狙いを定め、飛び掛かる。素直に受けてやる必要はなく、少女を抱えながらも、その攻撃をよけていく。

 だが、やがて周りの()()()()カルマノイズにも存在を気づかれ、襲い掛かってくる。四方八方からの死神の鎌を、響は跳躍することで避ける。

跳躍した響を待ち受けるように、着地地点に集まっていくカルマノイズ。もはや少女の命はここまでかと思われたその時――

 

 

 

 何体ものアルカ・ノイズによって、カルマノイズたちは分解されていった。

 

 

 

 赤い粉塵が舞う中に着地した響。今までは敵として戦ってきたアルカ・ノイズだが、そのアルカ・ノイズたちに、響を攻撃しようとする気配は見受けられない。

 そのまま響は、少女を腕に抱いたままアルカ・ノイズのあいだを走り抜ける。そして、救護担当のもとにようやくたどり着いた。

 

「この子を、お願いします!」

 

 そう言って、救護担当に少女を預ける響。その表情に一切の疑念はなく、()()のことを信用していることがうかがえる。しかし、その相手は――

 

 

 

「分かりました」

 

 ()パヴァリア光明結社の錬金術師、リリス・ウイッツシュナイダー。そのホムンクルスであった。

  

 彼女は少女を受け取ると、テレポートジェムを砕いて、安全な場所まで転移していく。また、数分もしないうちに戻ってくるだろう。

 

 響は、他に救助を必要としている人がいないか、辺りを見回し、耳を澄ます。

 だが、聞こえてくるのは、分解の音。目に映るのは、アルカ・ノイズによって赤い粉塵へと崩れ去っていく、カルマノイズの分裂体。とりあえず、彼女が救うことのできるだけの数は、救うことができたと言っていいだろう。

 

 今回も、多くの命が失われてしまった。最短で駆けつけても、どうしても少なくない犠牲者が出てしまう。そのことに響は、ひどく心を痛めた。

 なかば自業自得だからと言って、因縁がある国だからと言って、その国に住むすべての人に罪があるわけではない。しかし彼らは、自分たちの頭が犯した過ちにより、その巻き添えを喰らっていた。

 

 

 その彼らを助けるために、彼女はここにいる。しかし、敵は強大だった。

 彼女の拳は、決して弱くはない。しかし、分身といえども、かなりの強さを誇るカルマノイズ相手では時間がかかってしまい、本来の目的である救助ができなくなってしまう。

 だからこそ、こうして《協力者》の力を借りて、相性的に有利なアルカ・ノイズにカルマノイズを相手してもらうことで、彼女は救助活動に専念していた。

 

 響の心には、どうしようもないモヤモヤがあった。

 米国政府の独善的な判断に巻き込まれ、命を危険にさらされる人々。未曽有の大災害に、助けられなかった多くの人々の命。そして、この災厄を引き起こしたのが、あの少女だということも――。

 

 名前すら知らない少女のことを思いながら、響は空を見上げる。

 空は、これからの先行き不安な未来を示すかのように、灰色の曇りを見せつけていた。

 

 

 

 

 

 

 パヴァリア光明結社の錬金術師との一件が解決してから数日、世界は一旦の平穏を取り戻していた。しかし、それも束の間のことだと思い知らされたのが、今回のことだ。

 

 リュウの少女によって再生した「禁忌の地」、および生き物たちの存在は、そう時間がたたないうちに周辺の国々に確認され、突如として出現した森林地帯と生態系は、国連の議論を引き起こすことになった。

 世界的にも大々的に報道され、学者たちが「異常な気象が引き起こしたもの」と見解を述べたり、宗教家たちが「自分たちの求める楽園が現れた」と語るほか「世界の終末が来た」と不安を煽ったりするなど、一大ブームとなった。

 

 もちろん、この異常事態は異端技術に端を発するものだと事情を知る者には推測されたので、S.O.N.G.にも声がかかるはずなのだが、実際に彼らが動くことを許されたのは、さらに数日は経過した頃だった。

 

「急に集まってもらって済まない。これから現在の状況を説明する」

 

 S.O.N.G.本部の司令室に集まった、いつものメンバー。その顔はどれもが神妙なもので、ふざける余裕などないようにも感じた。

 パヴァリア光明結社との決戦を、局長であるアダムを打倒したことで終わりに導いたと思った矢先に、この事態なのだから、無理もないと言える。中東に突如出現した異種族の巣窟については彼らも知るところであり、緊張感が場を包んでいた。

 

 開始の宣言とともに、弦十郎の口から今回の事件の経緯が語られた。

 

「君たちも知っていると思うが、中東の北部、今までは砂漠しかなかった地に、まるでどこからか移植してきたかのように、森林地帯が形成されていたことが確認された。国連の調査によると、枯れ果てていた土壌すら豊富な水を蓄えていたらしい」

 

「ああ、アタシもニュースで見た。『神が起こした奇跡』とか言われてたっけな」

 

「実際にソレと戦った身としては、冗談でもやめてほしい表現ね……」

 

 クリスの何とはなしに放った言葉に、マリアが顔をしかめる。パヴァリアとの戦いの中で神を一生懸命に宥めた経験は、結構辛かったのだ。ああいうことはしばらく勘弁してほしいというのが、マリアの偽らざる本音であった。

 

「神……か。あながち、間違いでもないかもな」

 

 ()()()からある程度の事情を聴いていたために、弦十郎が漏らした一言に、思わず身構えてしまう装者たち。それを見た弦十郎は、「いや、少なくともパヴァリアの『神の力』によるものではないと思われるから、落ち着いてくれ」と失言を訂正し、話を戻した。

 

「俺達S.O.N.G.は、異端技術の存在が関わる荒事には介入できる。逆に言えば、武力を必要とする事態でなければ、関わることもできない。

 もし、『不毛の地から大自然が生じた』だけで話が終わっていたら、俺達の出番はなかっただろう」

 

「しかし、我々がこうして行動を起こそうとしているということは……」

 

「その通りだ。あそこには、人類の脅威が存在しているらしい」

 

 アレを映してくれ、と弦十郎はオペレーターに声をかける。その意図を組んだオペレーターが、モニターにとある画像を映し出す。

 その画像に、驚きの声を漏らす装者たち。そこに映っていたのは、彼ら現行の人類が、今まで目にしたこともないような生き物の姿だった。

 

 全身が翡翠の色の鱗と白い体毛に覆われており、腕や肩、下あごと尻尾には黄色い外骨格が備わっている。角は威風堂々という言葉が似合いそうなほど太く伸びており、三本の指の外側から飛び出そうなほど突き出した爪は、鉄すら切り裂きそうだ。

 まるで神話の世界からやってきたかのような姿だった。かつて聖書に存在を記された完全聖遺物とも戦ったことのある彼女たちだからこそ、自分たちの力が必要とされた理由が分かった。

 

「《情報提供者》によると、この生き物は《竜》と呼ばれる種族で、先史文明期に滅んだことが確認されたらしい。

 それが今の時代に、当時の生息地ごと蘇ったのが、今回の事件の概要、といったところか」

 

「生き物……? 聖遺物じゃないの!?」

 

「ああ、自律型の聖遺物ではなく、生物として存在している。事実、この竜と同じ姿をした生物が複数体確認されている」

 

 ネフィリムと同じような存在だと思っていたマリアが驚きの声をあげ、弦十郎がその証拠をモニターに映し出させる。確かに、同じ種と思われる生物が何体か同じ画像に映っていた。

 はるか過去のこととはいえ、あのような生き物が地球上に存在していたことに驚きを隠せない装者たち。しかし、竜とは、このオオカミを連想させる種だけではないのだ。

 

「さらに言えば、蘇った竜という種族は、この種類に限った話ではない。他にも多くの種類の生物が、あの森にいることが確認されている」

 

 そしてモニターに映し出されるのは、数々の竜たちの画像。そのどれもが、今まで確認されてきた生物のどれとも一致することがなく、古くも新しい生物たちが存在していることを画像は如実に伝えてきた。

 

「何より、恐るべきは内包された熱量だ。観測されたデータによると、竜は従来の生物を大きく上回るエネルギーを、その身に宿しているらしい」

 

「それは……一体、どれくらいなのデスか?」

 

 疑問を抱いた切歌が尋ねる。現実に存在したドラゴン(に比較的近い生き物)にかなりの興味が出てきた切歌だったが、流石に興奮をあらわにするのは憚られたので、若干テンションを抑え込んだような声色だ。

 

「低いものではノイズ一体分ぐらいだが、高いものだと、シンフォギア装者一人分、といったところか。しかし、本当に恐るべきところは、他にある」

 

「デス?」

 

「総数で言えば、数万体。先ほど挙げた装者に匹敵する竜だけでも、百体は超えるといったところだ」

 

「デーーーーース!?」

 

 弦十郎の口から放たれた衝撃の事実に、切歌は思わず叫んだ。

 

「まさか!? いくらなんでも、シンフォギアと互角の生き物が、そんなに多いはず――」

 

「だが、これが現実だ。俺も報告を聞いた時は、耳を疑ったよ。

 あの生き物たちが、積極的に人類に攻撃を仕掛けてこないことが幸いだな。現時点では、の話だがな」

 

 弦十郎の言葉を聞き、装者たちの雰囲気が重くなる。つまり、手出ししなければ危害はないかもしれないのに、上からの命令でこちらから攻め込むことになると理解したからだ。それも、自分たちと同等クラスの敵が百体近く、そうでなくても未知の敵であふれかえった場所へ。

 正直に言えば、明確に誰かを守る戦いならまだしも、こういう作戦に乗り気な装者などいない。気持ちが若干落ち込んでしまうのも当然だろう。

 

「……それで、作戦は? 流石にそんなのを相手に、無策で突っ込むわけにはいかないと思うのだけれども……」

 

「ん? 何を言ってるんだ?」

 

『え?』

 

 だが、装者たちの懸念は、見事に外れていた。

 

「えっと……私たち、これからあそこに攻め込むことになるのでしょう?」

 

「? ……ああ、すまない。勘違いさせてしまったようだが、この地に対して我々がどうこうするようなことはない」

 

「はあ!? だってさっき、この地にいる竜たちはアタシたちとタメはれるだの、数万体もいるだの言ってたじゃねーか!?」

 

「今回の作戦は、あの森と竜たちが無関係とはいえないが、内容は先遣隊ではなく救護活動であり、場所もあそこではなく米国だ。

 事件の経緯を話すうえで必要な情報を伝えたつもりだったが、早とちりさせてしまったようだな」

 

 弦十郎から装者たちの誤解を解く言葉を聞かされ、響たちは一安心した。しかし、弦十郎の説明に一つの疑問を覚えた翼は、質問をおこなう。

 

「司令。事態は中東で起こったにも関わらず、なぜ米国での作戦行動になったのですか?」

 

「……そうだな。ここから先が、俺達S.O.N.G.に要請がかかった経緯になる」

 

 翼から呈された疑問に対し、弦十郎は神妙な顔になって答えようとするが――

 

 

 

「――そろそろ、私にも説明の機会を与えてくださいませんか」

 

 

 

 その場にいた装者たちは、突然の後ろからの声に驚き、振り返った。

 そこには、銀髪のローブを纏った女性がいた。彼女は、無機質な笑みを浮かべながら、少女たちへと語りかける。

 

「まずは自己紹介を。私の名前は、リリス・ウイッツシュナイダー。

 完全だけが自慢の男がトップをしていた集団で、モノづくりをしていた錬金術師です」

 

「錬金術師……パヴァリアの残党か!」

 

 目の前にいる相手が結社の構成員だった者だと知った装者たちは身構える。首領のかたき討ちに来たと思った彼女たちはリリスの動きに注意し、首にかけられてコンバータに手を伸ばす。

 

「待て! 彼女は我々の協力者だ!」

 

 しかし、司令である弦十郎が待ったをかける。彼の指示を聞き、シンフォギアを纏おうとするのはやめた少女たちだが、それでも視線は怪しい錬金術師から外さなかった。

 6人のシンフォギア装者から警戒されている状況に対し、リリスはやれやれと言わんばかりに息をつき、そして口を開く――。

 

「さて、まず今回の事態を引き起こした人物は――」

 

「いやちょっと待て!」

 

「なんですか急に」

 

 さっきまでのやりとりガン無視で話し始めたリリスに、クリスが突っ込みを入れる。

 

「この状況! フツー最初に皮肉を言うとか協力することになった訳を説明したりするだろ!

 なんでいきなり本題に入ってるんだよ!?」

 

「だって敵だった私がここで何を言ったところで、あなたたちには暖簾に腕押し状態じゃないですか。だったら、余計なことは話さずパパっと説明したほうがいいでしょう?」

 

「だからって――」

 

「話を戻しますね」

 

「聞けよ!!」

 

 クリスの突っ込み虚しく、そのまま説明を続けようとするリリス。そんな彼女たちのおかげで、司令部の空気が少し和らいだ気がした。

 

 

 

「今回の事態は、あなたたちが『少女V』と呼称する存在によって引き起こされました」

 

『!?』

 

 

 

 最も、彼女の一言で、その空気もぶち壊されたわけだが。

 

「アイツが……どういうことだよ!」

 

「詳しい説明は後でしますねー」

 

「だから聞けって!!」

 

 クリスの問いかけも雑に返されて、リリスの説明は続く。

 

「彼女は、自らの歌を用いて竜たちと『禁忌の地』を復活させました。そして、彼女自身もそこで暮らすつもりだったようです。しかし、そこに米国がちょっかいを出してきました。では後の説明は、司令殿にお任せしますね」

 

「なんだろう……説明自体は短いのに、ツッコミどころが多すぎる……」

 

「しかも登場のインパクトが凄いのに、本命の説明がおざなりデスよ……」

 

 リリスのマイペースさに、調と切歌がげんなりする。

 

「米国は、中東北部に突如出現した森林地帯、およびそこに生息している生物を脅威だと断定し、反応兵器の使用を国連に強く訴えた。

 パヴァリア光明結社の神の件のこともあり、各国の意思によって否決されたのだが、再びの発射を許す結果となってしまった……」

 

「それじゃ、あの子は……」

 

「いや、反応兵器は、どういうわけか想定外に過ぎる下からの急な強風により、目標地点とは全くの別の場所で起爆。例の森に被害はないらしい。

 ……むしろ、下手に動いた方が大きな被害に見舞われたというべきか」

 

「それはどういう……」

 

「彼女からの報復として、米国政府は壊滅状態になった」

 

 米国政府の、壊滅。その言葉がもたらした衝撃は、大きい。

 あの大国が、この数日の間にそんな事態になるなど、ここにいる装者たちに予測できるはずがなかった。少し前の世界各地の国々と同じように。

 

「な、なんで……そんな事態に……」

 

「原因は、これだ」

 

 モニターに、動画が映し出される。その動画には、何体もの黒いノイズが、街中で人々を襲っている様子が記録されていた。

 

「まさか、カルマノイズ……!?」

 

「しかも、増殖分裂タイプのカルマノイズだ」

 

 増殖し、分裂するカルマノイズ。そんなふざけた存在に、装者たちは言葉を失う。

 しかし、このノイズこそが、S.O.N.G.が動かされることになった要因なのだ。

 

「一発の反応兵器に対する報復は、一体のカルマノイズだったと推定される。だが、ただでさえ強力なカルマノイズに、分裂し、増殖するという厄介な特性が合わさった結果、このような事態になった。

 米国も、なにもしなかった訳ではなかった。通常兵装とはいえ、戦車やミサイル、果ては民間人への被害も顧みず反応兵器すら討伐に使用したそうだ。しかし、位相差障壁で攻撃が通らないどころか、逆に攻撃の衝撃を利用されて分裂と増殖を助ける一因にされたそうだ」

 

「プラナリアさながらに増殖したカルマノイズは、米国各地に拡散。ニューヨークやロサンゼルスなどの人口が多い都市を中心に姿を現し、今なお被害を出しているそうです。

 カルマノイズの出現は二日前だと確認されたのですが、それでも死者・行方不明者は数百万に及ぶかと……」

 

 緒川の口から語られた数は、装者たちの予想をはるかに超えていた。

 増殖分裂タイプもカルマノイズも、決戦機能を使わなければ相当の苦戦を強いられるほどの敵だということは分かっていたが、たった数日で百万以上の人々の命を奪うことができるとは思っていなかった。

 

 あまりにも大勢の人々が犠牲になっていたことを知り、強いショックを受ける少女たち。そんな彼女たちに同情しながらも、弦十郎は話を進める。

 

「その犠牲者の中には、現職の議員や政府高官も数多く含まれており、そのせいで政府の機能は停止してしまっているらしい。大統領の行方も不明のままだ。

 この事態を把握した国連は、米国政府が事実上壊滅しているため彼の国以外の協議で介入を可決した。

 君たちの任務は、カルマノイズの被害にあっている都市での救護活動だ。一人でも多くの人命を救うために、行動してほしい」

 

「救護活動……? カルマノイズへの対処はどうなるのかしら?」

 

 襲われている人々の救護活動なら望むところではあるが、カルマノイズの殲滅が弦十郎の言う任務に入っていないことに疑問を呈するマリア。

 彼女の疑問に答えたのは、弦十郎ではなく装者たちが警戒している錬金術師であった。

 

「それは私の方で処理させていただきます」

 

「……正直に言って、信用ならないのだけれども」

 

「アルカ・ノイズは通常のノイズに対して優位に立てることが明らかになっています。

 カルマノイズと呼ばれている個体に関しては情報が足りませんが、数と時間の観点からアルカ・ノイズの利用が適切かと」

 

 もともと敵だった人物に重要な役目を任せることに対して抵抗を露わにするマリアだが、そんな彼女の態度に構わず、リリスは合理的な観点から物事を語る。

 

 そんな彼女の態度に業を煮やしたのだろう。不機嫌な顔をしたクリスがリリスにつかつかと近づき、胸ぐらをつかみ上げた。

 

「クリスちゃん!?」

 

「いい加減にしやがれ! ついこの間まで敵対してた奴を、そうホイホイ信じられるわけねーだろ!」

 

 大声を上げて、自分の苛立ちを目の前の錬金術師にぶつけるクリス。そんな彼女を、リリスは無機質な瞳で見つめていた。

クリスは、バルベルデでの悲劇に手を貸していたパヴァリア光明結社に対し、強い敵意を持っていた。未来のために過去を引きずることはやめた彼女だが、それとこれとは話が別である。自分たちもカルマノイズを相手にできる力を持っている以上、そんなパヴァリアの残党に頼るなんて真似はしたくなかった。

 

「……つまり、敵だった私が信用できないから、手を貸してもらう必要はないと?」

 

「当たり前だ! 猫の手も借りる必要はねぇ! アタシ達だけでカルマノイズをぶっ倒してやる!」

 

 

 

「その選択で、助かる命が減ったとしてもですか?」

 

 

 

 その言葉に、固まるクリス。リリスは彼女の手を胸元から離してから、落ち着いた様子で口を開く。

 

「今、米国の至る所で無数のカルマノイズが人々の命を奪っています。都市と都市を結ぶ距離は、少なくとも数百キロになります。

 それを、たった6人の武器だけで撃破する? きっと被害総数は、今の何倍にも膨れ上がるでしょうね」

 

 シンフォギアを纏って戦う、()()()()()()()()()()装者に厳しい現実を突きつける錬金術師。

 彼女の言う通り、たった6騎しかないシンフォギアで、アメリカ各地に散らばった増殖分裂タイプのすべてを片付けることは不可能に限りなく近い。仮に自分たちの力だけで成し遂げようとした場合、リリスの言う通り被害は際限なく増え続けることになるだろう。

 

 シンフォギアの欠点。それが彼女たちだけでは救えない命があるという事実に、まだ若い少女たちはうつむいてしまう。

 装者たちの口を閉じさせたリリスは、「失礼しました」と弦十郎に頭を下げ、自身も黙る。

 

「ウイッツシュナイダー氏の言う通り、米国各地に散らばったノイズを相手にするには、装者の数が絶対的に不足している。ここは彼女の提案に従い、君たちには民間人の救助に専念してもらいたい」

 

 弦十郎の言葉に、少し落ち込みながらも少女たちは了承の意を示した。クリスは不承不承といった感じだが、流石にそちらのほうが理にかなっていると分かっているため、文句を言うようなことはなかった。

 

「早速だが、移動を開始する。まずはヘリに乗って――」

 

「その必要はありません」

 

 弦十郎の言葉を遮るようにリリスが発言をし、赤い結晶を自身と装者の足元に投げつける。彼女たちの足元に赤く輝く陣が展開され、体が光に包まれていく。

 

「なっ!? これは――」

 

「まさか、テレポートジェム!?」

 

「一瞬で目的地に行ける手段があるのに、使わない手はないですからね。

私は現地で誤魔化しをしますので、裏方の皆さんは、装者たちが正規ルートで目的地に言ったようにうまく偽装してください」

 

 リリスの言葉の直後に装者たちの姿は消え、気づけば彼女たちはアメリカの地にいたというわけだった。

 

 

 

 

 

 

「よう、大丈夫だったか?」

 

「あ、クリスちゃん」

 

 空を見つめて呆けていた響に声をかけてきたのは、学校での先輩であり職場の同僚であるクリスだった。

 

「にしても、急すぎる出動だったな。日本からいきなりアメリカだぞ」

 

「アハハ、あれはびっくりしたよね~」

 

「おっさんたちもいないからどうしたものかと思ったけど、全部アイツが裏方やって、どうにかなったのは良かったな」

 

 そんな会話をしていた二人だったが、急に途切れてしまう。やがてクリスが、重々しくも口を開く。

 

「……今日も、助けられない奴が出ちまったな」

 

「……うん」

 

 彼女たちは、悲しそうに街中を眺める。空中には粉みじんになった炭が漂い、地面には人間だった黒いものがあちこちに転がっている。中には、カルマノイズの呪いにかかって狂暴化した人間に殺された遺体もある。

 ここ数日、いろんな都市や街を回ってきたが、こんな光景を目にするばかりであった。まるで、お前たちは無力だと嘲笑うかのように。

 

「……正直な話、『ソロモンの杖』を起動したときは、ここまでノイズが凶悪なものだなんて……いや、言い訳だな。

 こういうもんだって分かったうえで使ってた。それが原因で、今はこんなにも多くの人間が死んじまった」

 

「クリスちゃん、それは――」

 

「ああ、この光景はアタシが望んだものじゃねえし、カルマノイズを作ったのはあの女だ。

 でも、そもそもの原因である杖を現代に呼び起こしちまったのは、他ならないアタシなんだ」

 

 この惨劇は自分のせいだというクリスの言葉を、響は否定しようとするが、彼女の罪の意識は消えることはない。

 しかし、未来のために過去を乗り越える術を知った少女は、決意を込めた瞳で宣言する。

 

「だからこそ、元凶とは必ず決着を付けなきゃいけねえ。

 カルマノイズは錬金術師任せにするしかなくても、あの女だけは絶対に倒す。もう二度とこんなことを起こさないために」

 

「――うん」

 

 クリスの覚悟を目の当たりにして、うなづく響。そしてクリスは、自分と響の分の飲み物を取りに行くと言って離れていった。

 

(そうだ。これ以上の犠牲なんて、許すわけにはいかない)

 

 響もまた、クリスと同じように、これ以上の悲劇を防ぐために戦う覚悟があった。自分の拳は、そのためにあるという信念のもとに。

 

(……でも)

 

 それでも、それ以上に手をつなぐことを信条とした彼女は、どうしても捨てることができない想いがあった。

 

(あの子もまた、自分の正義を握りしめた結果がこれだとしたら……)

 

 響の脳裏に浮かぶのは、人類の敵であり、この惨劇を引き起こした張本人の姿。

 その所業は、どうあっても許されるものではない。しかしそれでも響は、彼女と分かりあいたいと思わずにはいられなかった。例え、一度は憎しみを覚えた相手であっても。

 

(あの子は、どうして……)

 

 どうして人間を殺すのか。どうして竜たちをよみがえらせたか。どうしてそんなにも悲しい瞳をしているのか。

 その憎しみに彩られた瞳が、他人事のように思えないために、神殺しの少女は人殺しの少女と理解しあいたいと願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――そろそろ、始めよう)

 




 お読みいただき、ありがとうございました。

 突然ですが、新しいアンケートを大幅に開かせていただきたいと思います。
 理由としましては、感想をもっと欲しくなってしまったもので、ログインユーザーではない方も書けるようにした方がいいかなと思ってしまったからです。
 ただ、我儘かと思われてしまうでしょうが、あまり批判的な内容を書かれてしまうのも正直辛いので、皆様に、感想を書けるようにしても問題はないかどうかお聞きしてから決めたいと思います。
 前に同じようなアンケートにお答えいただいた方には申し訳ございませんが、ご協力のほどお願いいたします。期限は来週の日曜日までとさせていただきます。

 次回もよろしくお願い申し上げます。ご感想などがあれば、お書きいただきますようお願いします。

オリジナルキャラの挿絵などもあった方がよろしいでしょうか?(作者自身が描くが、画力は期待しない方がいいレベル。描くならペイントか手描きの二択)

  • 挿絵はあった方がいい(ペイント)
  • 挿絵はあった方がいい(手描き)
  • 挿絵はない方がいい
  • どちらでもよい

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