狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第1話 犬渡聖哉~黒き白狼天狗~

 この世界には、“幻想郷”と呼ばれる異世界が存在する。

 

 人間の中では幻想の存在とされる妖怪、妖精、果ては神々が暮らす最後の楽園。

 

 危ういバランスながらも、その地は一応の平穏に包まれていた。

 

 これは、そんな幻想郷に存在する一匹の白狼天狗の物語……。

 

 

 ◆

 

 

 美しき景色が広がる山、その名を妖怪の山といった。

 その山中を走り抜ける1人の白狼天狗、犬走(いぬばしり)(もみじ)の名を持つ少女は厳しい岩肌も軽々と飛び越え、森を駆け抜け、その奥にある洞穴へと足を運んでいた。

 彼女の能力である“千里眼”にて、洞穴の中に目当ての人物が居る事を確認してから、椛は大きく口を開き声を飛ばす。

 

「先輩!! 私です、犬走椛です!!」

 

 大きく声を張り上げ、洞穴の中どころか周囲に響き渡る音量で椛はその人物の名を呼んだ。

 それから数秒後、のっそりといった様子で洞穴の奥から1人の青年が姿を現す。

 

「……椛、そんなに声を張り上げなくてもちゃんと聞こえる」

 

「寝ていると思いましたので、すみません」

 

 ぺこりと頭を下げる椛だが、そこに謝罪の意はあまり込められてはいない。

 とはいえいつもの事だと青年は受け流し、大きな欠伸を放った。

 

「やっぱり寝ていたんですね?」

 

「交代の時間までまだ余裕があると思ったんだが……もしかして、前のように寝過ごしたか?」

 

「いえ、ですがそろそろですので……」

 

 そうか、短くそう告げ青年は再び洞穴の中へと戻っていってしまった。

 逃げたわけではない、いつもの衣装に着替え仕事に取り掛かる準備をしに戻っただけだ。

 相変わらずの姿に椛は苦笑するが、そこには青年に対する親しみの色が込められていた。

 

「……すまん、待たせた」

 

「いえ、それでは行きましょう先輩」

 

「いや、椛はもう俺と交代するんだろう? ならその引継ぎはやっておくから、お前は休め」

 

「大丈夫です。それくらいで先輩の手を煩わせるわけにはいきませんから!」

 

「……お前さんは、本当に真面目だな」

 

 感心するように短くそう告げ、青年は飛び立つ。

 椛もその後を追い、2人は妖怪の山にある白狼天狗用の宿舎へと向かったのだった。

 

 ◆

 

 青年の名は、犬渡(いぬわたり)聖哉(せいや)といった。

 

 種族は妖怪、その中でも上位に存在する天狗の一員だ。

 とはいえ彼は末端の存在である白狼天狗であり、普段は他の白狼天狗と同じく妖怪の山の哨戒任務に就きながら日々を過ごしている。

 二十代前半程度の若々しい外見だが、既に二百年近く生きている彼は白狼天狗の中では年長だ。

 

 支給される白狼天狗用の天狗衣装に身を包み、背中には六尺(約180cm)という長身の彼と同等の長さを誇る片刃両手剣を担ぎ、初対面の相手には威圧感を与える外見だ。

 しかし彼には他の白狼天狗とは違う見た目――漆黒のように黒い髪と尻尾を持っていた。

 

 彼は純粋な白狼天狗ではなく、鴉天狗と白狼天狗の間に生まれた混血児なのである。

 同じ天狗とはいえ白狼と鴉とでは種族が違うと言っても過言ではない違いがあり、だからこそ彼の髪や尻尾は他の白狼天狗とは違い白ではなく漆黒の色になっている。

 しかし彼は鴉天狗の特徴ともいえる背中の羽根は生えておらず、どちらの血も中途半端に受け継いで生まれてきてしまった。

 

「悪かったな椛、わざわざ迎えに来てもらって」

 

「いえいえ、お気になさらず。それに先輩が寝過ごしてしまうのを未然に防ぐ意味もありますから」

 

「……否定は、できないな」

 

 前にそれをやらかして、年配の白狼天狗にこっぴどく叱られた事を思い出し、聖哉は僅かに身体を震わせた。

 

「だが、あまり俺に関わると面倒事に巻き込まれるぞ? ただでさえ俺は“中途半端”なんだ」

 

「……好きに言わせておけばいいんです、そんな連中の心無い言葉になんか何の意味も価値もないんですから」

 

 吐き捨てるように答える椛に、聖哉は失言だったと自らの発言に反省する。

 ……先程も述べたように、犬渡聖哉という白狼天狗は“中途半端”な天狗として生を受けた。

 鴉天狗の羽根も受け継がず、白狼天狗の髪と尻尾も周りとは違う。

 

 ただそれだけ、しかし周りからすればそれで充分に彼を“異端”の存在に仕立て上げる事ができる材料となった。

 故に幼年期から彼に対し心無い言葉を浴びせ、嘲笑し、嫌う天狗が存在している。

 尤も、幼年期からそんな奴等を見返そうと剣の鍛錬を続け、白狼天狗随一の剣士となった今では、微塵も気にしなくなったが。

 そんな自分に何かと世話を焼こうとしたり気に掛けてくれる椛には感謝しているものの、そのせいで彼女まで心ない言葉を浴びせられるのは許容できない。

 

 だがその話題を放つ度に彼女はまるで自分の事のように怒るのだ、もう何度もこの光景を見ているのだがつい気がつくと彼女を遠ざけようとしてしまう。

 椛は白狼天狗の中でも頭一つ抜け出した実力の持ち主だ、まだ妖怪としては若く女性の身でありながらも隊を率いられる点を見てもそれが判る。

 更に器量良し、やや頭が固く生真面目な点もあるもののそんなものは短所の中には入らない、小柄で可愛らしい見た目も相まって男女問わず人気が高い。

 そんな彼女だからこそ、一部の者に疎まれている自分の傍に居るべきではないと考えているのだが……あまり言うと今以上に怒り出すので、彼は強く言えないでいた。

 

 

「――こんにちは。相変わらず仲睦まじいですねお二人さん」

 

 

 強い風が吹いた。

 それと同時に椛の表情が露骨に嫌そうなものへと変わり、聖哉は苦笑しつつ……風と共に自分達の前に現れた鴉天狗の女性に、恭しく頭を下げる。

 

「こんにちは射命丸様、この間の『文々。新聞』はとても読み易く有意義なものでした」

 

「本当ですか? いやー、嬉しいですねー」

 

 上機嫌に羽根をパタパタと動かしながら笑顔になるこの女性の名は射命丸(しゃめいまる)(あや)、鴉天狗でありながらその力は天狗の中でも上位に位置する聖哉達の上司である。

 天狗の中では珍しく下っ端である白狼天狗に対しても友人感覚で接する点や、その容姿と短く切り揃えた艶やかな黒髪のせいか椛と同じく人気が高い。

 しかし聖哉は彼女の事が少し苦手だ、椛に至っては時折親の仇のような辛辣な態度を見せる時がある。

 というのも、彼女の笑みがとてつもなく胡散臭く裏があるように見えて仕方がないのだ、だからこそ鴉天狗でありながら更に上の立場に居る大天狗や天狗の長である天魔にすら一目置かれているのだろうが。

 

「……文様、これから先輩は任務ですので用が無ければ消えていただけませんか?」

 

「おや椛、相変わらずあなたは固いですねえ。聖哉さんのように気軽に文と呼んでくださっても結構ですのに」

 

「いえ、私はそんな軽々しい呼び方をした覚えはないんですが……」

 

「冗談は顔だけにしてください、これでも公私混同は弁えているつもりですので。どこかの誰かさんと違って」

 

 どこが弁えているんだ、というツッコミをしたくなるほどに椛の文に対する態度は辛辣そのものであった。

 しかし当の文はさして気にした様子もなく、自らの用件を聖哉に話し始めた。

 

「聖哉さん、今日の任務はお休みです」

 

「えっ?」

 

「大天狗様がお呼びですよ、今すぐに屋敷に行っていただけますか?」

 

「…………」

 

 今度は聖哉が露骨に嫌そうな表情を浮かべ、文と椛はそっと彼に合掌を送った。

 しかし妖怪の山は縦社会、上司の命には逆らえない。

 

「……了解、しました」

 

「めっちゃ嫌そうですね」

 

「その理由、わかりませんか?」

 

「いえ、もう十二分に理解できます。十中八九面倒事なのは間違いないですからね」

 

「なら見逃してくださいませんか?」

 

「それが無理なのも、わかりますよね?」

 

「…………そうですね、無茶な事を言って申し訳ありませんでした」

 

 眉間にしわを寄せ、大袈裟に溜め息を吐きながら聖哉は進路を変え大天狗の居る屋敷へと向かう。

 そのどこか哀愁漂う背中を見て、椛は再び合掌を送る。

 

「大天狗様も人が……いや天狗が悪い、わざわざ彼を呼び寄せるなんて他の天狗に対する()()()()ね」

 

「ですが、『大天狗様に信頼されている』という箔が付けば、周囲の評価も変わってくれる筈です」

 

「……そうだといいわね」

 

 椛の甘い考えに嘲笑したい衝動に駆られつつ、文はとりあえず同意の言葉を紡ぐ。

 ……もしそうなら、とっくの昔に彼に対する周囲の評価など変わっている。

 彼女は知らないだろうが彼が大天狗に呼ばれ、面倒事に巻き込まれた事は一度や二度ではない。

 けれど彼はその度にきちんと結果を出しているからこそ、白狼天狗でありながら大天狗に呼ばれるというある意味では名誉な立場に居られるのだ。

 

 だが、優秀なのがそのまま周囲の高評価を得られるわけではない。

 幸か不幸かそれを体験していない椛だからこそ、理解するには至らない。

 

(さて、今回の面倒事は一体何なのかしらね……)

 

 どんな内容にしろ、彼にとって負担になるのは間違いないだろう。

 貴重な購読者が故に、文は彼の精神が擦り切れないようにそっと祈るのであった……。

 

 ◆

 

「よく来てくれた犬渡、まあ座れ」

 

「お久しぶりでございます、大天狗様」

 

 片膝をつき、頭を垂れる聖哉を迎えるのは、巨人に見間違うかのような巨体を持つ天狗、大天狗。

 天狗社会では幹部クラスの存在を前にして、暢気に座る事などできるわけがなくそのままの体勢で聖哉は相手の言葉を待った。

 

「そう固くなるな、ワシ達はお前の事を戦友だと思っているのだぞ?」

 

「勿体無き御言葉にございます。ですが私はあくまで白狼天狗、それも“中途半端”な存在ですので……それ以上の言葉は、大天狗様達の威信に関わる事ですので」

 

「むぅ……物分りが良すぎるのも考えものよな。まあよい、お前の言葉にも一理ある以上この話はここまでじゃ」

 

「ありがとうございます。して……今回の用件とは?」

 

 やや性急に訊ねる聖哉に、大天狗は何故か言い難そうに表情を強張らせ始める。

 ……今回の面倒事は前よりやばそうだ、少しだけ痛くなった胃を密かに擦りつつ次の言葉を待っていると。

 

「――天魔様と、戦ってくれない?」

 

「失礼致します」

 

 速攻で立ち上がり、踵を返す。

 

「ちょ、ちょっと待て聖哉。いや待ってくださいお願いします!!」

 

「放してください大天狗様、今回の頼み事は引き受けかねます!!」

 

「そこを何とか!! というかこの子めっちゃ腕力強っ!?」

 

 長身の聖哉の三倍近く、およそ五メートルはあろう大天狗に掴まれているというのに、聖哉は大天狗ごと引っ張りながら部屋を出ようとしていた。

 

「休暇出すからー!! 特別手当も出すから~、だから話だけでも聞いてくださいお願いします!!」

 

「…………わかりました、わかりましたから大天狗様、そんな情けない御声を出さないでください」

 

 こんな場面を他の天狗に見られたら、余計に面倒な事態に発展する。

 立ち止まる聖哉に「ありがとう~」と何度も頭を下げる大天狗、そこに幹部としての威厳なんてものは存在していなかった。

 とりあえず涙目になっている大天狗を元の場所に戻し、片膝をつき直してから聖哉は改めて話を聞く事に。

 

「じ、実はな……天魔様が急に「山も昔と比べて平和が続いておる、白狼天狗達が鈍っているかもしれんからわしが鍛えてやる!!」と言い出して……」

 

「……今の言葉だけで、理解できました」

 

 天狗の長、天魔はかつての山の支配者である鬼に匹敵する実力者だ。

 そんな歩く災害のような存在が天狗達と戦えば……待っているのは死屍累々な地獄絵図だけである。

 

 何故急にそんな事を言い出したのか……まあ考えなくても判る、単なる()()()だ。

 鍛えるなどというのはあくまで建前、どうせ日がな一日机に齧り付いて仕事をしているのが嫌で嫌でしょうがないから暴れたいだけなのだろう。

 実力が鬼と拮抗しているだけでも面倒だというのに、唐突にこういう意味不明な思考回路になるのは勘弁願いたい。

 

「大天狗様達で止められなかったのですか?」

 

「いや無理だから、あんな破壊の権化みたいなの相手にしたくないから。

 そもそも、270年くらい前に天魔様が「たまには身体動かしたい!!」と言い出してワシ等大天狗達をボコボコにしたし……もうあんな思いはしとうないんじゃい!!」

 

「だったらなおさら私だけに相手をさせるのはおかしいじゃないですか!!」

 

「いやほら、前に天魔様の気紛れで白狼天狗達をかき集めて親睦会という名の拷問をしただろう? その時に、天魔様がお前の事を気に入ってな……」

 

「……あれ、ですか」

 

 その記憶は比較的新しい、確か今から30年程前だろうか。

 部下達と親睦を深めようという天魔のそれはもうありがた迷惑な提案によって、白狼天狗達全てを巻き込んでの親睦会が開かれた。

 これまた鬼に匹敵する酒豪である天魔を前にして、次々に屍の山を築いていく白狼天狗達。

 そんな中、最後まで酔い潰れなかった聖哉を気に入ったらしいが……控え目に言って、ふざけるなである。

 

「あの時、天魔様と無理矢理呑み比べをやらされて半月ぐらい意識が戻らなかったのですが?」

 

「……うん、あの時は本当にゴメン」

 

「いえ、大天狗様が謝る必要などありませんが……そんな非常識をまた相手にしろと?」

 

「結構言うね君……このままだと間違いなく白狼天狗が全滅する未来しか見えんからな。お前なら最悪でも首の皮一枚で生き残るじゃろう? 天魔様も代表者としてお前を指名するならと了承してくれた」

 

「大天狗様、斬っていいですか?」

 

「真顔で言わんといて!? 冗談に聞こえないから!!」

 

「本気ですが?」

 

「ヤメテ!!」

 

 抜きかけた大剣を元に戻す聖哉、後少し止めるのが遅かったらマジで斬られていたと大天狗は冷や汗を掻いた。

 

「……拒否権は」

 

「無理。そんな事したら天魔様が不機嫌になってワシ等のストレスがマッハで死ぬ」

 

「言葉がおかしいですよ。…………手当、厚くしてもらいますからね?」

 

「も、勿論だとも……あ、でも山の財政が傾くレベルのはやめてね?」

 

「どんだけがめついと思われているのですか……それとその模擬戦は三日後でお願いします。こっちにも準備がありますから」

 

「うむ、頼むぞ」

 

 一礼をしてから、聖哉は部屋を後にする。

 今日は休みになったので、後は自由に行動できるが……正直、もう何もしたくない。

 

「……勘弁してくれよ……」

 

 もう今日は自棄酒して寝ようそうしよう。

 聖哉がそう思いながら屋敷の外に出ると、入口で待っていた椛が駆け寄りながら彼に声を掛けてきた。

 

「先輩、お疲れ様です」

 

「椛か……どうしたんだ?」

 

「その、先輩の事が気になって……すみません」

 

「たいした用事じゃなかった。心配してくれてありがとう」

 

 しゅんとする椛の頭を、あやすように優しく撫でる聖哉。

 子供扱いされているようで不満そうな顔を見せる椛であったが、彼女の本心を示すかのように尻尾は忙しなく動いていた。

 可愛らしい彼女の反応に、自然と聖哉の口元が綻んだ。

 

「これから飲もうかと思うんだが、椛もどうだ?」

 

「はい、お供します」

 

「よし、それじゃあいくか」

 

 今夜は、華のある自棄酒になりそうだ。

 椛のおかげでほんの少しだけ憂鬱な気分を脱する事ができた。

 聖哉は心の中で椛に感謝し、夜になるまで彼女と2人で住処の洞穴にて飲み耽ったのだった。

 

 

 




【簡潔なキャラ紹介】

・犬渡聖哉
主人公、ムキムキマッチョマンな変態……ではなく、天狗。
犬走椛という頼れる後輩が居るリア獣、けど過去は割と良いものではない。
特製の大剣を扱う一流の剣士、白狼天狗の割には実力者なのでよく面倒事に巻き込まれる苦労人。

・犬走椛
聖哉の後輩、狼だけど聖哉に甲斐甲斐しく世話をする姿はわんちゃん。
しかし実力容姿共に天狗の中では高く、分隊長を任されている優等生。

・射命丸文
聖哉と椛の上司、2人を弄るのが趣味だが結構な割合でカウンターを返され返り討ちにされている、この作品だと恐らく一番の弄られ者。

・大天狗
山の幹部、名前の通り巨人のように大きな天狗。
ちなみに今回の話に出てきた大天狗の名前は清十郎、大天狗の中で唯一の聖哉の理解者である。
威厳はあるが冷たい態度をとられると一気にカリスマブレイクする、男のカリスマブレイクとか誰得。
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