狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第96話 刻まれる亀裂~歪みの始まり~⑤

「……二代目の、博麗の巫女?」

 

 藍の発言に、椛達の表情が固まる。

 ……死んだ存在が目の前に居るという事実には既に驚きは無い、何故なら既に死者が徘徊し里の脅威となっていたからだ。

 しかしである、その脅威がかつての博麗の巫女だと聞かされれば、驚愕するのは当然であった。

 

「霊歌、死んだお前が再び現世に戻った原因などは問わない。――だが、何故博麗の巫女だったお前がこのような事をする?」

 

「………………は?」

 

 女性――霊歌のその反応は。

 本気で、藍が何を言っているのか理解できないといったものであった。

 呆けた表情はやがて怒りの表情に変わり、霊歌は再び激昂する。

 

「そう……そうよね、アンタ達みたいなのには理解できないでしょうね。

 私は“人間”でも“妖怪”でも“化け物”ですらなかった、都合の良い“道具”でしか無かったんだから。理解できる筈も無かったのよ」

 

「……?」

 

「まあそんな事はもうどうだっていいわ、理解されたいわけでも同情されたいわけでも謝罪されたいわけでもないんだから。

 私は私の思うままに行動する、この腐りきって間違いでしかない失敗作の世界を……消し去るために戻ってきたんだから」

 

 瞬間、空気が一変した。

 秒にも満たぬ速度で霊歌は霊力を開放、およそ人間が持つとは思えぬ総量の力に椛達は一瞬怯むもののすぐに身構え。

 

――夢想封印・瞬の極光が、彼女達を呑み込んだ。

 

 先程と同じ、回避も防御も許さぬ不可視の速攻。

 もう少し苦しめて殺してやればよかった、そう思いながらも里の者達を皆殺しにしようと霊歌はその場を後にしようとして。

 

「っ」

 

 銀光が、彼女の脳天へと振り下ろされた。

 咄嗟に反応し手元に出現させたお祓い棒でその一撃を受け止める。

 瞬間、霊歌の全身に痺れるような重みが襲い掛かり霊歌の表情に初めて驚きの色が宿った。

 

「……驚いた、あなたただの白狼天狗じゃないのね」

 

 そう言いながら、霊歌は初めて自身に斬撃を叩き込んだ椛へと意識を向けた。

 

「少し相手をしてあげましょうか?」

 

「そうやって死ぬまで侮っていればいい!!」

 

 そう叫び、椛は力任せに霊歌を後方へと弾き飛ばす。

 すぐさま間合いを詰め、怒涛の連撃を繰り出していく。

 

(霊夢さんに藍さんも負傷している……それにこれ以上この里の中で戦うわけには……!)

 

 目の前の相手は強敵だ、故に周囲の被害など気にして戦う事などできない。

 だからこそまずは霊歌をこの里から離れさせなくては、そんな思いで戦う椛だが。

 

「――呆れるわ。妖怪の癖に里の被害を気にするのかしら?」

 

 霊歌はすぐさま彼女の思惑を察し、嘲笑した。

 

「っ、仮にも博麗の巫女だった人間が何故里を滅ぼそうとする!?」

 

「里を滅ぼすんじゃないわ。私はこの腐った幻想郷を消し去りたいのよ」

 

「何故だ!!」

 

 刀の切っ先を霊歌の首へと合わせる。

 

「一の太刀――皇牙一閃突き!!」

 

 閃光が奔る。

 椛必殺の突きが、霊歌の首を食い千切らんと撃ち込まれた。

 

「――何故? どうしてそれを妖怪風情に説明しないといけないのかしら?」

「くっ……く……っ」

 

 渾身の一撃はお祓い棒によって受け止められ、どうにか押し込もうとするがぴくりとも動かない。

 

「あなたこそ、どうして妖怪の癖に里を守ろうとするのかしら?」

 

「旦那様がそれを望むからだ、何より私も……人が好きになった!!」

 

「人を? 妖怪が? ……寝言は寝て言った方がいいわよ。

 人間の恐怖心から生まれた怪物が、人を好きになる?」

 

「この幻想郷はゆっくりと変わってきている、異なる種族でも互いに尊重し助け合い、支え合う事だってできる筈だ!!」

 

「そんな世界なんて存在しない、ありえない、無意味で無価値で……存在してはならない世界よ」

 

「っっっ、お前が……旦那様の夢を侮辱するなっ!!」

 

 横薙ぎの一撃。

 椛の怒りを込めたそれは先程以上の速度と重さを以て霊歌へと放たれる。

 

「二重結界」

 

 さすがにまともに受けられないと判断したのか、霊歌は結界を展開。

 蒼い輝きを放つ結界が霊歌の前へと出現し、椛の剣戟とぶつかり合う……!

 

「っ……!?」

 

 ぱきん、という甲高い音が響いた。

 霊歌の張った二重結界を、椛の一撃が粉々に粉砕する。

 その破壊力に驚愕しつつ忌々しげに舌打ちをする霊歌は、一度離れようと椛から距離を取ろうとして。

 

「――だあっ!!」

 

 蹴り砕く勢いで放たれたお空の上段蹴りが、霊歌の顎へと叩き込まれた。

 脳が揺さぶられ、視界がブレる。

 僅かな時間とはいえ完全に動きを止めた霊歌に、お空は右手の制御棒を大きく振り上げ。

 

「こんのおおおおっ!!!!」

 

 力任せに霊歌の脳天へと叩きつけ、そのまま地面へと沈ませる……!

 

「お空さん、良い一撃でした」

 

「椛ちゃんが隙を作ってくれたおかげだよ、ありがとう」

 

 一度顔を合わせてから、2人は地面へと降り立つ。

 ……霊歌は、沈んだ地面から出てこない。

 もうもうと発つ土煙は消える気配もなく、如何に今の一撃の破壊力が高かったのかを物語っている。

 それをまともに受けた、並の妖怪であっても今の一撃は致命傷だ。

 

(……とはいえ、ダメージは殆ど与えられなかったでしょうが)

 

 椛がそう思った瞬間、土煙が一気に吹き飛んだ。

 そこから現れた霊歌は、額から血を流し服を汚しながらもさしたるダメージを負った様子は見られない。

 その姿に椛は小さく舌打ちをしつつ、静かに刀を構え直す。

 

「……少しは効いたわ」

 

(出鱈目が過ぎる、これがスペルカードルールが無かった時代の巫女の実力か……)

 

 霊夢ですら人とは思えぬ力を持っているというのに、霊歌はそれ以上だというのだから質が悪い。

 人間という種族を今一度考え直したいと思いたくなるくらいだ。

 

「ここから出ていけ、いくら人間で前の巫女だからって、同じ人間を傷つけようとするヤツは許さない!!」

 

「……」

 

「お前はおにーさんの邪魔になる、だから――」

 

「…………本当に驚いた、正気を失ってるかと思ったけど……あなた達、本気で人里を守ろうとしているのね」

 

「当たり前だ。ここはおにーさんが大好きな人間さん達が暮らしてる場所なんだから!!」

 

「そこのカラスが言ってる「おにーさん」と白狼が言ってる「旦那様」っていうのは、同一人物みたいね」

 

「それを訊いて一体何の意味がある?」

 

「別に。ただ……妖怪であるあなた達にここまでさせる存在に興味が湧いたの、一体どんな男なのかしらってね」

 

「消えろ。旦那様が汚れる」

 

 場の空気が変わる。

 椛の言葉に込められた覇気は、彼女の傍らに居たお空はもちろん霊歌すら威圧させた。

 

「――ますます興味が湧いたわ。だからあなた達をさっさと殺してその子を捜してみようかしら」

 

「やってみろ」

 

 一秒後の爆発に備え、椛は全神経を霊歌のみに向ける。

 瞬きの時間すら許さず一刀の元に斬り捨てる、そう決意して足に力を込めた瞬間。

 

 

 

 

「――おい女、誰が誰を殺すと言った?」

 

 

 

 

 張り詰めた空気を容易に吹き飛ばす程の声が、3人の耳に入ってきた。

 

「っ……!?」

 

 全員、視線を真横に向ける。

 

「え……おにーさん?」

「だ、旦那様……」

 

 酷薄な笑みを浮かべるその男は、たった今まで話の中心であった犬渡聖哉であった。

 しかし、椛とお空は味方である筈の彼の登場に、安堵ではなく驚愕の表情を浮かべる。

 ――強烈な違和感。

 視界の中に居る彼は間違いなく聖哉だと確信しているのに、本能がこれ以上あの男に近づくなと訴えている。

 

「ふうん……まあ白狼天狗が旦那様っていうくらいだから妖怪だとは思っていたけど」

 

 霊歌が呟くように口を開く。

 

「……」

 

 対する聖哉は、口を開く事なく……冷たい視線を、霊歌へと向けた。

 

「――――」

 

 瞬間、霊歌はその場から全力で離脱しようと跳躍した。

 ――逃げなければ、死ぬ。

 博麗の巫女としての勘と、生物としての生存本能が彼女の内からそう叫びを上げた。

 なりふり構ってなど居られない、何故ならそれ程までに……向けられた視線が、冷たかったのだから。

 

「ほぅ、流石にそれだけの力を持っているだけはある。生きる意志は最低限持ち合わせてるという事か」

 

 感心するように、嘲笑するように、聖哉は口を開いた。

 だが彼は逃げる霊歌を追おうとはしない、ただ冷たく見つめるだけ。

 けれどたったそれだけの行為だというのに、相手の心を裂くには充分過ぎる恐ろしさを秘めていた。

 

「お、おにー……さん?」

 

 知らず、聖哉を呼ぶ声が震えてしまう。

 好意を持つ彼が自分達を助けてくれたというのに、お空の身体は震えその場から一歩も動けずにいた。

 

「……」

 

 霊歌は既にこの場を離れ、気配も大きく遠のいている。

 けれど椛は構えを解かず、先程以上の警戒心を……聖哉へと向けていた。

 

「……どうした椛、どうしてそんな目でオレ(・・)を見るんだ?

 それにお空も、何故オレ(・・)を見てそんなに脅える必要がある?」

 

 聖哉の視線が、2人に向けられる。

 それはいつもの彼のものであり、同時に……まったく違うナニカに見られているように感じられた。

 

「……お空さん、不用意に近づかぬように」

 

「も、椛ちゃん……?」

 

「貴女にも判る筈です、あれは旦那様でありながら……旦那様ではないと」

 

「酷いな椛、愛する旦那様に言う言葉じゃないぞ?」

 

 本当に悲しそうな表情を浮かべそう告げる聖哉に、椛は一瞬だけ心を揺るがされる。

 だがそれも本当に一瞬だけ、その葛藤を表に出さぬ彼女を見て……聖哉は笑った。

 

「……ああ、流石は椛だ。そうでなくては……喰う愉しみが無いというものだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「っ」

 

 来る。

 どうしようもなく昏く、恐ろしい怪物が自分達を生きたまま喰らおうとやってくる。

 そんな悪寒めいたものを感じ取り、椛はまだ困惑する自分自身を制しながら先手を繰り出そうと踏み込んだ。

 

 猛る剣戟は上段から。

 躊躇いなどまったく込められていない全力の一撃、聖哉の身体を両断しようと放たれたそれは。

 

「――――」

 

 呆気なく、いつの間にか彼がその手に握っていた妖刀――“風王”によって受け止められてしまった。

 

「それは……風王? 何故、それは確か月に……」

 

「魂を込められた武器には意志が宿る、だから喚び寄せただけだ(・・・・・・・・)

 

「…………」

 

「この武器はオレを主と認めている、だからたとえ何処にあろうとも必ずオレの元へと戻ってくる、それだけの話だ。

 ――しかし椛、まさか夫であるオレに手を上げるとは夢にも思わなかったぞ?」

 

「くっ!!」

 

 間合いを離そうと、後方へと跳躍する椛。

 それを追いかけようとする聖哉だったが、突如として目の前の空間が裂けたので、その足を止めた。

 

 裂けた空間が広がり、その中から見えるのは数え切れぬ程の目玉が浮かぶ不気味な異界。

 その中から、金の髪を持つ絶世の美女が現れた。

 

「これはこれは……八雲様ではありませんか、もう“眠りの時”に入っているかと思いましたが?」

 

「……」

 

 嘲笑を込めた聖哉の態度に意を介した様子も見せず、美女――八雲紫は椛達を守るように聖哉と対峙する。

 

「紫さん……」

 

「安心しましたわ。聖哉に関わる事では節穴になりがちですからね」

 

「……否定はできません。でもあれは……」

 

「聖哉ですわ。貴女が愛する犬渡聖哉に相違ない」

 

「なら、あれは……」

 

 一体何だと、言葉ではなく視線で訴える椛に、紫は答えない。

 否、答えられないと言った方が正しい、何故なら彼女自身も聖哉の身に何が起きたのか理解できないのだから。

 しかしこれだけは判る、目の前の男は間違いなく犬渡聖哉であると。

 姿形を真似た出来損ないでは決してない、宿る魂はまごう事なき彼であると。

 

「聖哉、貴方は一体……」

 

「何故変わったか、とでも言いたげですね?

 それは違う、これが本来のオレなのですよ八雲様。

 いや、それも少し違うか……ただ、我慢するのを止めただけ。うん、これが一番しっくりくる」

 

「我慢?」

 

「オレはずっと憎んできました、オレを蔑み、貶し、陥れ、助けてこなかった者達を。

 だから全て喰らう事にしました、くだらぬ理性など忘れて獣のように……全てをね」

 

「……自身が誓ったモノを、忘れたというの?」

 

「いいえ、確かに人は守るべきモノ。ですがね……あくまでそれは二の次だ。

 オレはオレの目的の為に生きる、自分と他者を同じ天秤に乗せないだけ。それは生物として当然の考え方だと思いませんか?」

 

「そう、つまり貴方は……」

 

 聖哉の言葉で、紫は彼が何をしようとしているのかを察し。

 そんな彼女の聡明さを称えるように、聖哉は口元を醜く吊り上げた。

 

「オレの目的が果たされれば、八雲様も助かるでしょう? 御しえないクズなど、消えてしまった方が幻想郷の為だ」

 

「…………駄目よ。そんな事をすれば貴方はこの幻想郷にとって“歪み”になってしまう」

 

「……」

 

「聖哉、貴方はそんな事を望むような子ではなかった筈よ。本当に優しくて、本当に人間が好きで……幻想郷の平和の為を真に願ってくれる……」

「旦那様が何をしようとしているかは判りません、ですが今の旦那様がおかしいという事は私にだって判ります!!」

「椛ちゃんの言う通りだよおにーさん、いつもの優しいおにーさんに戻って!!」

 

 委縮し放つ言葉が見つからなかった椛とお空も、必死に聖哉へとそう訴える。

 そう思ったからこその必死な訴えはしかし……逆効果でしかなかった。

 

「…………まさか、椛やお空に否定されるとは思わなかったよ」

 

 呟く言葉は、ただ冷たく無機質で。

 3人がその声を耳に入れたと思った時には――聖哉の姿はこの場から消えてしまっていた。

 

「旦那様!?」

 

「……拙い、ですわね」

 

 予想を遥かに超える聖哉の速度に、紫は普段見せない焦りの色を表情に宿す。

 

「スキマのおねーさん、おにーさんは何処に行ったの!?」

 

「今の聖哉に何が起こったのか、それはわかりません。

 ですが強い怒りと憎しみに囚われている……だとすれば、彼が次にとる行動は……」

 

「――自分の怒りと憎しみの元凶に対する、復讐」

 

 椛の言葉に、紫は無言で頷きを返す。

 ……それが何を意味するのか、考えなくても理解できる。

 何故なら、かつて彼はそれを行いかけたのだから。

 

「聖哉は妖怪の山に向かいました、目的は……自身を蔑ろにしてきた者達の、抹殺」

 

「えっ……!? で、でも妖怪の山っておにーさんの暮らしてた場所じゃ……」

 

「少々複雑な事情があったんですよお空さん、それよりも早く旦那様を追わないと!!」

 

「お願い致しますわ。聖哉の事は2人に任せます」

 

「任せますって……」

 

「私には、私のやるべき事がある」

 

 聖哉の事は心配だ、それこそ今の彼の凶行を止めねば新たな争いの火種になるのは目に見えている。

 ただでさえ今回は新たな異変が起こっている、このままでは幻想郷のパワーバランスは間違いなく崩壊するだろう。

 しかしだ、博麗霊歌――二代目博麗の巫女が現世に現れたという事実を、このままにしておくわけにはいかない。

 彼女の存在そのものが幻想郷の闇を司る部分なのだ、“あの時”の真実を表に出すわけには……。

 

「勿論聖哉の事で協力してくれる者に声は掛けておきます、ですから2人は早く妖怪の山へ」

 

「おにーさんの事、大切じゃないの!?」

 

「……」

 

「やっぱりそうだ。さとり様も言ってた、スキマのおねーさんはおにーさんの力だけを利用する悪いヤツだって!!」

 

 強い怒りを込めた目で紫を睨むお空。

 しかし彼女は何も言わない、否定も……肯定もしなかった。

 

「お空さん、今は旦那様を止める事だけを考えましょう」

 

「けど椛ちゃん……!」

 

「時は一刻を争います。いきましょう!!」

 

「………………わかった」

 

 納得できないといった態度を隠そうともせず、お空は一度紫を睨んでから妖怪の山へと全速力で飛び立っていく。

 

「……紫さん、私は紫さんを信じていますよ」

 

「…………意外ですわね。貴女が一番私を信用していないと思っていたのに」

 

「確かに前まではそうでした。でもそれは私が視野の狭い子供だったからです」

 

 八雲紫は、犬渡聖哉の力を欲している。

 それは間違いないだろう、けれどきっとそれだけではないと今の椛は確信が持てている。

 だからこそ信じるのだ、彼女の力はきっと聖哉の支えになると。

 

「………………貴女は、素直で良いわね」

 

「褒め言葉と受け取っておきます」

 

「ありがとう。――その信頼を裏切る事は致しません、この八雲紫の名に懸けて」

 

 力強い眼差しと言葉、その姿はまごう事なき妖怪の賢者を名乗るに相応しいものだった。

 

「その言葉、信じます」

 

 そう言って、椛も急ぎお空の後を追った。

 

 

(旦那様、お願いです。どうか……どうか己の道を誤らないで………!)

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