狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第98話 覚醒する獣~憎悪の矛先~②

――黒い閃光が、炸裂する。

 

 先手は聖哉、風王の刀身に自身の黒いオーラを纏わせ、漆黒の刀身を横薙ぎに振るう。

 空はその場で背中の翼を大きく羽ばたかせながら飛翔、椛はその場で迎え撃つために刀に己の妖力を込め斬撃の軌道に合わせる。

 

「っっっ………っ」

 

 後の事など考えない、全開の妖力を込めた彼女の刀は、見事聖哉の斬撃を真っ向から受け止める。

 瞬間、椛の身体に意識が断裂しかねない衝撃が襲い掛かった。

 たった一撃、たった一撃受けただけで挫けそうになる。

 

(天魔様が負けるのも、頷ける……!)

 

 自身の想像など遥かに超えた相手の力に驚愕しつつも、椛はすぐさま己を取り戻す。

 戦力差は今ので理解した、ならば戦い方を変えればいい。

 

(攻撃を受けるのは不可能、次に防御すればそれごと吹き飛ばされるっ)

 

 “千里眼”を展開、それと同時に聖哉の二撃目が迫る……!

 今度は防御ではなく回避を選択、上段から頭部に向かって振り下ろされた斬撃を左に回避。

 斬撃は空を斬り――遥か後方の地面にまで大きな亀裂を刻ませ、大木や家屋を二つに分ける。

 

「し――――!」

 

 腰を低くしながら一歩前に出て、聖哉の胴を薙ぎ払おうと斬撃を放つ椛。

 全力の一撃、それは吸い込まれるように聖哉の胴へと命中し――黒いオーラによって受け止められる。

 

「くっ……!?」

「弱い、そんな程度でえぇぇぇっ!!」

 

 聖哉の反撃が椛を襲う。

 

「させないっ!!」

 

 そこへ、割って入ってきた空が聖哉の斬撃より速く回し蹴りを彼へと叩き込んだ。

 黒いオーラによってダメージは与えられないものの、その衝撃によって聖哉の体勢が僅かに崩れる。

 その隙を逃さず、空は左手に小型の太陽を思わせる超高熱の光球を生み出し、そのまま彼の腹部に叩きつけた。

 殴り飛ばしたかのように後方へと吹き飛ぶ聖哉、そして地面に倒れると同時に光球が破裂、巨大な火柱が彼を呑み込む。

 

「お空さん、畳み掛けてください!!」

 

「う、うん!!」

 

 再び跳躍する空、火柱が昇る場所に向かって制御棒を構える。

 

「おにーさん……ごめんっ」

 

 制御棒から放たれる熱線、それが火柱に命中し更にその勢いを増していく。

 近づかなくても肌を焼く程の超高熱の余波が里を包む。

 これこそが空が宿す太陽の力、“八咫烏”の力である。

 

「……おにーさん」

 

〈油断すんなお空、こんな程度で倒せるなら苦労はねえっ〉

 

「ヤタ君? 何を言ってるの、これをまともに受けたのに――」

 

〈それだけ規格外なんだよあのにーちゃんの力は、周囲の環境なんぞ気にしてないで常に最大出力で攻撃しろ。いいな!?〉

 

「う、うん……」

 

 そう言われたものの、大袈裟ではないかと空は思ってしまう。

 尚も火柱は立ち昇り続け、その中心に居る聖哉は今頃骨すら残さず消滅しているのではないか?

 何せ加減など微塵もしなかったのだ、如何にあのオーラによる防御があったとしても“八咫烏”の炎をまともに受けて……。

 

「え――――」

 

 そう思った瞬間、空は間の抜けた声を出しながら。

 一瞬で火柱が消え、中に居た聖哉が自分を見上げ笑みを浮かべている光景を、目にした。

 

――鈍い打撃音が、響く。

 

 いや、もはやそれは打撃音ではなくまるで鋼鉄の塊を弦で弾いているかのような不協和音に近い。

 そんな本来聞く機会など無い音が、空の身体から放たれ。

 

「っ、ぁ……ぐ、ば、げぶぅ……っ!」

 

 彼女の身体に聖哉の拳が六発叩き込まれ、尋常ではない血を口から吐き出し地面に落ちる光景が、広がった。

 背中から地面に叩きつけられる空、身体を大きく痙攣させ咳き込むように吐血する。

 

〈お空、おい、しっかりしろ!!〉

 

「が、げぼっ、ご、ぶ……っ」

 

 八咫烏の必死の叫びにも反応できず、空は吐血を繰り返す。

 激痛と衝撃で視界は赤一色に染まり、思考も一秒毎に消えていく。

 

「――へぇ、まだ原型を保てるとは恐れ入った。一発で粉砕できると思ったんだがなぁ」

 

「一の太刀――皇牙一閃突き!!」

 

 繰り出される必殺の突き。

 一条の光としか認識できない程の神速で放たれた突きは、頭蓋を砕かん勢いで聖哉の頭部へと命中し。

 

「っ、が……っ!?」

 

 命中した瞬間、甲高い音を響かせながら椛の刀が砕け散り。

 すかさず聖哉はそのままの勢いのまま近づく椛の首を左手で掴み、絞め上げてしまう。

 

「ぎ、は、ぁ……っ」

 

 ミシミシという音が、締め上げられている椛の首から響く。

 ゆっくりと、けれど確実に首を握り折ろうとする聖哉に、椛は抵抗できない。

 締め上げている力が強過ぎて、四肢すら満足に動かせなくなってしまっていた。

 

「このまま死ぬか? それとも苦しまずに握り潰してやろうか?」

 

「ぃ、ぎ……」

 

「……命乞いをするなら、助けてやるぞ椛。お前はオレの……」

 

「ぎ、ぐ……ふざ、けるな……!」

 

「――――」

 

 もう、殆ど意識が無い筈だというのに。

 聖哉を睨む椛の瞳には、凄まじいまでの気迫が込められていた。

 

「お前は、旦那様では、ないと……何度言えば判る!!

 命乞い? はっ……まだ私に未練があるとはお笑い草だ!!」

 

「……」

 

「が、は……っ」

 

「慈悲だったんだがな……もういい、死ね」

 

 絶対零度の言葉を放ち、聖哉は一気に左手に力を込めていく。

 それで終わり、数秒後には椛の命の灯は消え……。

 

「っ……!?」

 

 爆撃が、聖哉を襲う。

 黒いオーラによってダメージは受けなかったが、衝撃により椛と右手に持つ天空丸を放してしまった。

 ならばこのまま殴り砕いて殺してしまおうと、聖哉は右の拳を突き出そうとして――その腕に、巨大な槍が突き刺さった。

 鈍い銀の光沢を放つ西洋のランス、それが黒いオーラを突破して聖哉の右腕を貫いている。

 

 そして、その武器を持つのは一体の人形。

 否、身体は人形でも明確な心と人格を持つ彼女の名は――イリス。

 

「…………やるじゃないかイリス、暫く見ないうちに成長したな」

 

「『雷よ、迸れ』」

 

「っっっ……!?」

 

 聖哉の腕を貫いているランスから、凄まじい電撃が巻き起こる。

 身体の中で直接受けている為か、初めて聖哉は余裕の表情を消し苦悶の色を表に出す。

 

「『爆炎よ、踊れ』」

 

 続いてランスから放たれるのは、炎の爆弾とも呼べる光球であった。

 着弾と共に連鎖爆発を引き起こし、聖哉の身体を焼きながら吹き飛ばしていく。

 

「椛、大丈夫?」

 

「……がっ、げぼ、げほっ……」

 

 激しく咳き込みながらも、ゆっくりと呼吸を落ち着かせていく椛に、イリスは安堵の表情を浮かべる。

 

「げほ、イ、イリスさん……?」

 

「久しぶり……っていうわけでもないのかな? 事情は紫から聞いたわ、とりあえずピンチそうだったからぶっ飛ばしたけど」

 

「あ、ありがとうございます……それにしてもイリスさん、大きくなりましたね」

 

 前まで小柄な椛の半分もなかったというのに、今のイリスは椛より少し小柄程度まで成長していた。

 顔つきもまだあどけなさを残しながらも、確かな美しさを宿し始めている。

 

「ちょっと紫に色々されちゃってね、まあ成長できたし強くなったから良いでしょ」

 

「それで良いんですか……って、今はそれどころじゃありませんね」

 

 完全に呼吸を整えてから、椛はイリスと共に空の元へと駆け寄る。

 

「お空さん!!」

 

「がぶっ、……うぅー、げほっ」

 

「ちょっとお空、しっかりしなさい!!」

 

「げっ、ぶ……あれ? イリスちゃん、いつ帰ってきてたの?」

 

「言ってる場合か!!」

 

 血反吐を吐きながら呑気な事を言ってくる空に、イリスは思わず声を荒げてしまった。

 対する空は、その後何度か血を吐き出してからゆっくりとした動きで立ち上がる。

 

「お空、立ち上がったりして大丈夫なの?」

 

「えっ、うん……わたし、頑丈だから」

 

「いや、そういう問題じゃないような気がするんですけど……」

 

 何せ空の周りの地面は、彼女が吐き出した血で赤く染まってしまっている。

 相当量の吐血をしたのは明白だ、それで「頑丈だから大丈夫」という理屈は正直理解できない。

 とはいえそう告げる空の表情は無理をしているようには見えず、尚も心配そうに見つめる2人に空は言葉を続けた。

 

「そりゃあすっごく痛いよ、今だって身体中はズキズキするし意識も朦朧としてる。

 でも……今のおにーさんを止めないといけないのに、そんな弱音なんて吐いてられないよ」

 

「お空さん……」

 

「……凄いわねアンタ、改めて感心しちゃうわ」

 

 強い想い、犬渡聖哉という青年に対する好意が、彼女をここに立たせている。

 どんな痛みにも苦しみにも負けぬという不屈の心、それを目の当たりにして何故敬意を抱けないというのか。

 

「――おこがましいなイリス、主人であるオレに牙を向けるのか?」

 

「…………なんだ、まだしぶとく生きてるんだ」

 

 爆炎の中から現れる聖哉に、イリスは冷たい視線を向けながら呟く。

 

「酷いな、そんな事を言う子だったのか?」

 

「何を勘違いしてるのか知らないけどはっきり言ってあげるわ、アンタはセーヤじゃない」

 

「……」

 

「さっさとセーヤの身体から出ていきなさい、そして二度とその醜悪な姿を見せないで」

 

 明確な敵意と殺意を瞳に乗せ、イリスは聖哉を睨みつける。

 今の言葉は挑発の類ではない、彼女もまた椛と同じように……目の前に居る聖哉を犬渡聖哉とは認めていなかった。

 

「人形風情が……!」

 

「アイツは一度だってアタシを人形だなんて思った事はない。

 アタシをアタシとして……“イリス”という存在として見ていた、だからこそアタシはアイツを大切な主人だと認めてるの」

 

「そうか、なら――もう死ね」

 

 黒いオーラを全身から放出させながら、聖哉は地面に突き刺さった風王を右手で引き抜き……。

 

「…………ん?」

 

 引き抜こうとして……そのままの体勢で固まってしまった。

 

「……?」

 

「なんだ……抜けない……!?」

 

 顔をしかめ、どんなに右手に力を込めようとも……地面に突き刺さった風王は抜ける事はなかった。

 そんな事は本来ありえない、たとえどんなに深く刺さっているとしても、全力で引き抜こうとしているのだ。

 だというのに抜けない、そんな矛盾に聖哉は困惑し、イリスと空も怪訝な表情を浮かべる中で。

 

「この鈍が、オレを煩わせるか……!」

 

(…………そう。そうよね風王)

 

 椛だけが、目の前に広がる光景を理解した。

 ――真の武具には、魂が宿る。

 強き想いの果てに誕生した武具は、創造主の魂に応え自らの主人の為に己が全てを懸けて力を授ける。

 だからこそ真の武具は絶大な力を持ち、また同時に担い手もそんな武具に恥じぬように己を鍛え……強くなるのだ。

 

 しかし今の聖哉に――否、あの男(・・・)にそんな崇高な魂は存在しない。

 ただ有り余る力を無駄に消耗させ、己が怒りと憎しみを晴らすために目に見える全ての存在に災いを齎す。

 故に風王はこれ以上この男に自らを使われまいと抵抗しているのだ、それが椛には痛い程理解できた。

 

――だから。

 

「風王!!」

 

 椛は叫ぶ、真の主を待つ妖刀に。

 

「私はその男を止めたい、だが今の私にその男を止める武器はない。

 ――だがお前が自らの主を取り戻したいのなら、今だけでいい……私に力を貸せ!!」

 

「何…………うおっ!!??」

 

 空気が、震えた。

 椛の声が響いた瞬間――風王が男の手から放れ飛んでいき。

 

「――――いくぞ」

 

 前に突き出した椛の右手へと、吸い込まれるように握り締められた。

 

「なっ……」

 

 風王が椛の手に渡った事に驚愕する男だったが。

 すぐさま命の危機を感じ取り、防御の為にオーラを全開にした瞬間。

 

「ぐっ……!?」

 

 一息で間合いを詰めた椛の斬撃が、展開したオーラとぶつかり合った。

 その一撃の重さは凄まじく、全力で解放した男のオーラが揺らぎ、軋みを上げる。

 

「な、に……!?」

 

 なんだ、この一撃は。

 今までのものとは違う、連続で受ければこの防御ごと突破される剛撃。

 犬走椛では決して放てぬ筈の一撃、天狗の長である天魔すら上回る剣戟の破壊力に、男は驚愕する。

 

「椛、キサマ……!」

 

 男は彼女を睨む……暇すらなかった。

 絶え間なく放たれる斬撃、男の想像など軽々と超えた速度で黒いオーラを削っていく。

 ……これは、彼女だけの力ではない。

 彼女が持つ妖刀、風王が犬走椛を主と認め全ての力を開放していた。

 

「ぐ、おぉぉ……っ!?」

 

 軽んじれる状況ではない。

 このままでは確実に斬り捨てられると判断し、男も反撃に映った。

 

 放たれる黒き剣撃。

 オーラで形成された長剣は上段から椛の脳天に向かって振り下ろされる。

 

「っ、…………!」

 

 風王の刀身が黒い一撃を弾く。

 しかしそれだけに終わらず、返す刀で閃光の如し突きが男の首へと迫る……!

 

「うおぉぉ……!?」

 

 咄嗟に黒い長剣を動かし、その一撃をどうにか捌く。

 ――何なのだ、この状況は。

 形勢は完全に逆転し、男は完全に椛の猛攻に耐える事を余儀なくされていた。

 それが、男にはこの上ない屈辱であった。

 

「図に乗るな、女ァァァァァッ!!!!」

 

 獣の咆哮を上げ、放たれる長剣の一撃。

 それを。

 

「っ、あぁぁぁぁっ!!!!」

 

 それ以上の咆哮を上げながら、弾き飛ばし長剣を粉々に打ち砕いた。

 

「…………」

 

 瞬間、男は完全に丸腰になる。

 そして、彼は見た。

 相手の剣を砕いた椛が、自分を真っ直ぐ見つめながら剣を構え直す姿を。

 

「なっ……」

 

 防げない。

 たとえオーラを防御に回したとしても、次の一撃は防げないと男は理解する。

 理解するが――認める事などできなかった。

 

(なんでだ……なんで誰も、オレを犬渡聖哉だと認めない……!?)

 

 彼の怒りと憎しみから生まれた存在だというのに、何故なのか。

 彼の精神を打ち砕き、こうしてヴァンの力も彼以上に扱える自分が、何故認められないのか理解できない。

 ……男は知らない、それこそが過ちだと。

 

「…………!」

 

 この瞬間は逃せない。

 ここで決めると、椛は大きく剣を構え直し。

 

「四の太刀――絶狼剣!!」

 

 一撃を放ち、黒いオーラを切り裂きながら。

 風王の刀身が、男の身体を深々と貫いた……。

 

 

 

 

「……」

 

 男の身体を貫いた風王を、無言のまま椛は引き抜いた。

 傷口から溢れ出す紅い液体、それを男は茫然とした面持ちで見つめながら。

 

「…………なんでだよ」

 

 泣く一歩手前の子供のような声で、そう呟いた。

 

「……」

 

「オレは、犬渡聖哉がずっと内側に抱えていた怒りや憎しみから生まれた存在だ。

 だったら、オレだって犬渡聖哉だ。なのになんで……なんで誰も、オレを犬渡聖哉と認めない?」

 

 問いかけるような言葉はしかし、実際には椛達に向けられたものではなかった。

 男の視線は遠くを見つめ、その瞳は彼女達を映していない。

 ただ何故自分が否定されるのか、それを受け入れたくないかのように、呟きを繰り返す。

 

「……」

 

 その姿は哀れで、けれど。

 犬渡聖哉という青年の事を愛しているからこそ、椛はこの男の存在を認めるわけにはいかなかった。

 

「……確かに、旦那様は他の天狗を憎んでいたんでしょうね。

 私が豪厳によって拉致された時も、その片鱗を見せました。だからきっと……その怒りや憎しみは偽りのものじゃない」

 

「……」

 

「けど、たとえどんな闇を抱えていたとしても、あの人は決してそれに呑まれなかった。

 最後の最後で、己の願いと誓いを思い出して踏み止まった。そして自分とヴァンさんの力を正しい事の為に使おうと決めたんです。

 貴方のように気に入らない存在を無闇に傷つけるだけの使い方しかできない男が、私の愛する犬渡聖哉だと認められると思っているんですか?」

 

 そう、この男は全てを喰らい尽くそうとした。

 今まで犬渡聖哉が築いてきた全てを、無に帰そうとしたのだ。

 人が好きで、幻想郷が好きで、だからこそこの世界で人と共に生きていく。

 そう夢見ている彼の願いと想いを踏み躙ろうとしたのに、たとえ聖哉が抱えた負の感情から生まれた存在だろうと、認めるわけにはいかないのは道理だった。

 

「オレは、オレは犬渡聖哉だ……今までのヤツはもう消した。だからオレこそが……」

 

 だが、男に椛の声は届かなかったのか。

 まるで廃人のように、ブツブツと呟きを繰り返しそして。

 

――男の身体から、煙のように黒いオーラが溢れ出した。

 

「な、なんだ……!?」

 

 自分で放出しているわけではないのか、男が慌て出す。

 そうしている間にも黒いオーラは放出を続け、まるで黒い炎を吐き出しているかのようだ。

 一体何が起きているのか、場に居る全員が驚愕に包まれる中――声が響いた。

 

 

―――ナイスだ椛、助かるぜ。

 

 

「えっ……ヴァン、さん?」

 

 聞こえた声に、椛は聞き覚えがあった。

 直接脳裏に響くような男性の声は、かつて一度だけ会話を交わしたヴァンのもの。

 

 

―――イリスにお空も、本当に頑張ってくれたな。

 

 

「え、え……?」

 

「ヴァン、テメェ……なにをするつもりだ!?」

 

 男が叫ぶが、ヴァンからの反応はない。

 そして、男の身体が黒いオーラで完全に覆い尽くされた瞬間。

 

「きゃっ!?」

「わわっ!?」

 

 黒い極光が、椛達の視界を完全に黒に染め上げた。

 おもわず腕で顔を覆い、黒い光をやり過ごす。

 光の放出は暫く続き……漸く収まったのか、視界が戻ってきた。

 

 だが。

 視界が戻り、椛達が真っ先に男へと視線を向けたのだが……目の前に広がる光景を見て、完全に思考が停止してしまった。

 

「…………え?」

「…………は?」

「…………うにゅ?」

 

 3人の視界の先には、彼女達と同じように困惑した様子の男の姿があり。

 

 

 

 

「――よし、成功だな」

 

 そのすぐ傍には、眠っているのか目を閉じたまま動かない獣の耳と尻尾、そして背中に小さな翼を生やした小さな少年と。

 少年を守るように空中へと浮かんでいる、黒い球体が存在していた……。


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