狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第99話 決着~分離と思わぬ結果~

『…………』

 

 一体何が起きたのか。

 目の前に広がる光景に、椛達は我を忘れて呆けてしまっていた。

 しかしそれは彼女達だけではなく、敵対している筈の男もまた信じられぬといった表情をその光景に向けている。

 

 宙に浮かぶ黒い光球。

 その真下には幼い少年、それも人間の子供ではなく……白狼天狗の子供が横たわっている。

 穏やかな寝息をしているので危ない状態に晒されているというわけではないだろう、いやそれよりも何故このような場にこんな子供がいきなり現れたのか。

 それ以前に、この少年を何処かで見たような……。

 

「……あの子、おにーさんに似ているね」

 

「え?」

 

(確かに、旦那様の幼少期に似ている……)

 

 いや、似ているというよりも同一人物といってもいいくらいだ。

 ますます何が起きたのか判らなくなる中……男が我に返り、黒い光球に向けて声を張り上げた。

 

ヴァン(・・・)、テメェ……どういうつもりだぁっ!!」

 

(やはり、あの光球はヴァンさん……!)

 

 予想が確信に変わったと同時に、椛は地を蹴った。

 黒い光球――ヴァンと傍らで眠る幼き少年と男の間に割って入り、天空丸の切っ先を男に向ける。

 

〈助かるぜ椛、すぐに状況を理解してくれるとはな〉

 

「その声は確かにヴァンさんのものですね、しかしこれは一体……」

 

〈話せばちっとばかし長くなるが……まずここで寝てる子供は、お前達のよく知る犬渡聖哉だ。今はそれだけで充分だろ?〉

 

「っ……ええ、そうですね」

 

 何が起きたのか理解が追い付かない、追い付かないが……ヴァンの言う通り、今はその事実だけで充分今の自分がすべき事を理解できた。

 ――自分の後ろで倒れている少年を命を懸けて守り抜く。

 今はただそれだけを考え、目の前の脅威を排除すればいい。

 

「オレを裏切るのか!?」

 

〈裏切る? 何を言ってんだお前〉

 

「ふざけるな、オレは犬渡聖哉だぞ!? ならオレを相棒と認めたお前がこんな真似をするなんぞ……!」

 

〈――バカかお前?〉

 

 冷たい言葉。

 光球なので表情はない、だが上記の言葉には震え上がる程の敵意と冷たさが含まれていた。

 

「な、に……?」

 

〈オレは一度たりともテメエを聖哉だと認めた覚えはねえ〉

 

「ふざ、けるなっ!! オレは犬渡聖哉が抱えていた怒りと憎しみがヴァンの強い魂と干渉し合った結果生まれた存在。

 ならオレこそが犬渡聖哉に相応しい、かつてあらゆる神々を喰らい尽くした伝説の魔獣、闇よりも更に深い深淵に居るお前の相棒に相応しいだろうがっ!?」

 

〈……ああ、本来ならそうだろうな。深淵で生きるオレにとって、闇そのものであるお前が相棒に相応しいんだろうさ〉

 

「だったら……!」

 

〈オレが認めた犬渡聖哉はアイツだけだ、確かにお前も聖哉の一部分だろうが……そこまで歪んだお前は、既に犬渡聖哉とは違う存在に成り下がってんだよ。

 そんなお前を認める? 相棒だと? ふざけた事を、オレの相棒は……ここで眠っているコイツだけだよ〉

 

「ヴァンさん……!」

 

〈オレはあいつの行く末を見てみたい、誰からも必要とされずに生まれ、心無き者達に傷つけられ、それでも……力なき誰かの為にオレの力を使おうと誓ったアイツの行き着く先を。

 ――アイツは、一度は身体を奪おうとしたオレを許し、相棒と言ってくれた。

 お前に判るか? それがどれだけ嬉しかったのか……判らねえだろうな、その力を破壊だけにしか使えないテメエなんぞに〉

 

 だからこそ、ヴァンは禁忌を犯した。

 友を救う為に、聖哉の消えかけた精神を秘密裏に回収し、あの男が隙を見せるその時を待ち望んだのだ。

 そして椛達がこの男に肉体的にも精神的にも大きなダメージを与えてくれたおかげで、こうして分離させる事ができた。

 とはいえ殆どの魂の実権はあの男が握っている為、肉体と精神が形成できる必要最低限の魂しか分離させることができなかったが。

 

「えっと……ヴァン、なのよね?」

 

〈美人になったなー、イリス〉

 

「ヴァンって、おにーさんの中に居る人?」

 

〈そうだぞお空ちゃん、まあ人じゃないけどな。

 ……挨拶はほどほどにしとこうや、今は……アレを殺す事だけを考えてくれ〉

 

「殺すって……」

 

〈アレと聖哉の分離は成功した、後はアレの精神を完全に殺せば後はオレが分離した魂を元に戻す、そうすりゃあ聖哉は戻って来るぜ。2度とこんな事も起こらねえ〉

 

「それを聞いて、安心しましたっ!!」

 

 地を駆ける。

 正直な話、このまま男と戦い斬り伏せてしまえば聖哉は……と椛は思っていた。

 しかしヴァンが彼を分離したというのならば、もう迷う必要などない。

 このままトドメを刺す、そして愛する彼を取り戻そうと椛は一気に間合いを詰め。

 

「え――――」

 

 それは、完全なる不意打ちであった。

 今まさに男を斬り伏せようとした彼女に降り注ぐ、光の雨。

 繰り出された無数の凶器は、男に意識を向けていた椛を串刺しにしようとし。

 

「っ、『雷よ、穿て!!』」

「メガフレアッ!!!」

 

 彼女を守ろうと動いたイリスと空の攻撃が、光の雨を全て消し飛ばした。

 

「誰よ、出てきなさい!!」

 

 イリスが叫ぶ。

 その声に応えるかのように、近くの木々から穏やかな声が聞こえてきた。

 

「――悪いね、ここで彼を失うのは惜しいんだ」

 

 声の主が、椛達と男の間に割って入るような位置に着地する。

 ――僧衣を身に纏った、柔らかな表情を浮かべた男。

 対峙した者を安心させるようなそれはしかし、実際には悪鬼の如き空気を解き放っていた。

 

「貴様は……聖命蓮」

「久しぶりだね、白狼天狗の娘さん」

 

 瞬時に戦闘態勢に入り、射殺す勢いで睨む椛の視線を軽々と受け流し、男――聖命蓮はくつくつと笑う。

 ……その隙だらけな姿を見ても、椛達は何もできないでいた。

 相手は空手、獲物の類は持っていない。

 椛達に視線を向ける事なく目を閉じ笑うその姿は、どうぞ斬ってくれと言わんばかりの姿だというのに……一歩も踏み込めない。

 

「……ねえ、君に訊きたい事があるんだけどいいかな?」

 

 そんな椛達をよそに、命蓮は背後の男へと話しかける。

 まるで昔からの友人のような気安さで話す命蓮に、男は眉を顰めつつも口を開いた。

 

「テメェ、一体オレに何をしてほしいんだ?」

 

「……これは驚いた。思っていた以上に聡明なんだね君は、流石犬渡聖哉なだけはある(・・・・・・・・・・)

 

「ほぅ……? それが判っていながら、オレにのんびりと声を掛けるか。――どうやら殺されたいらしい」

 

「それは君が全快ならの話さ。今は正直殆ど動けないんだろう?」

 

「…………チッ」

 

「勘違いしないでほしい。僕は別に君を助けたいなんて偽善を言うつもりも仲間になってほしいなんて間抜けな事を言うつもりもない。

 ――ただ君はこの世界を破壊する目的も力もある、だから僕に……いや僕達に利用されてくれないかな?」

 

「はあ? ………………正気かよテメェ、その目……人間のモノとは思えねえな」

 

 嘲笑してやろうと思った、しかし男は命蓮の目を見て……彼の言葉は真実だと理解せざるをえなくなった。

 ――あまりにも淀んだ瞳、およそ人間ではない闇を抱えている。

 闇の住人である妖怪よりも更に、否、比較などできない程に昏く、恐ろしい瞳。

 これがかつて大僧正と呼ばれていた聖人の目なのか、男は気付くとぶるりと身体を震わせていた。

 

「それで……君達はどうするんだい? 僕と戦うのかな?」

 

「っ」

 

 ここで初めて、命蓮の視線が椛達へと向けられた。

 瞬間、息をするのすら躊躇う程の重圧が彼女達に襲い掛かり、凍り付いてしまったかのようにその場から動けなくなってしまう。

 それでも椛は天空丸を持つ右手に力を込め、どうにか踏み込もうと足に力を入れていく。

 

「へぇ、これは驚いた。

 前に見た時よりも遥かに強くなってるんだね君、対峙できるなんて思わなかったよ」

 

「っ、っ……」

 

 明らかに小馬鹿にされているが、椛には何も言い返せなかった。

 こうして対峙する事しかできないからだ、聖命蓮は……自分より遥かに強いと本能が悟ってしまっている。

 たとえイリスと空と協力して戦ってもよくて相打ち、それでは駄目だ。

 

「……今更、この幻想郷に何の用だ?」

 

「そんなの決まっているじゃないか。――この間違った世界を消し飛ばす、そして妖怪なんていう間違った存在を無かった事にする。要するに“外の世界”と同じにするだけさ」

 

「そんな事をすれば、貴様も……!」

 

「僕は人間だよ? 消える筈がないじゃないか」

 

「――――」

 

 今、この男は何と言った?

 自分は人間だと、本気で言ったというのか?

 ……馬鹿げている。

 このような邪気を放つ存在が人間で、否――生物で良い筈がない。

 

「……さて、もういいかな?」

 

「っっっ、イリスさん、お空さん、ヴァンさん!!

 二十、いえ十秒だけ時間を稼ぎます。ですから旦那様を連れて逃げてください!!」

 

「え、ちょっと椛!!」

 

「いいからいけぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 絞り出すように叫び、椛は強引に重圧を突破すると同時に駆けた。

 防御も回避も捨てた一撃、これならばたとえダメージを与えられずとも時間は稼げる。

 ……自分の命を懸けた時間稼ぎならば、逃がす事はできるだろう。

 

(旦那様、どうか……どうか、幸せに……!)

 

 悲痛な決意を胸に秘め、椛は命蓮へと向かっていく。

 そんな彼女を、彼は憐れむような視線を向けつつ、懐に腕を伸ばし――

 

 

「――そこまでにしませんか?」

 

 

 声が響く。

 それと同時に、椛と命蓮が放った斬撃が――間に割って入ってきた一人の女性に止められた。

 

「っ!?」

「……これはこれは、聖徳王ですか」

 

 椛は驚愕の表情を浮かべ、命蓮は椛を斬ろうとした一撃を防いだ女性――豊聡耳神子の登場に、不敵な笑みを見せる。

 対する神子は2人の攻撃をそれぞれの手で握り締めた宝剣で受け止めつつ、視線は命蓮へ。

 

「…………」

 

 ごくりと、命蓮の喉が自然と鳴った。

 ただ視線を向けているだけ、それだけだというのに戦慄する程の覇気を感じられる。

 さすがかつての王、尸解仙となってもその神々しさと覇気は人間のそれではないという事か。

 

「神子さん……」

 

「申し訳ありません、助けに来られなくて。

 ――事情は八雲紫さんから聞いていますよ、そして大体の状況も判断できました。しかし……この目で見るまでは、正直信じられなかったというのが本音ですけどね」

 

「人を治めていた王が、妖怪の味方をするのですか?」

 

「聖哉は私が尸解仙となって初めてできた友人です、そしてその妻である椛さんや友人を助けるのは当然の事。

 貴方こそ、かつてこれ以上ない程の大僧正と謳われていたというのに、そこまで堕ちてしまったのですか?――貴女の姉も、さぞかし無念でしょうね」

 

「――――」

 

 あからさまで安い挑発。

 しかしその内容は、命蓮の逆鱗に触れるのには充分過ぎた。

 彼の怒りに呼応するように溢れ出す法力、その重圧を前にしても神子は微塵も怯まず言葉を続ける。

 

「憐れな男だ。確かに妖怪を許せぬというその考え方は否定しない、だが今の君はただ己の負の感情に呑まれ動いているだけの存在に堕ちている。

 そんな男がたとえ歪んだ世界であろうとも、ここを破壊するなど愚の骨頂、君程度の男がどうにかできる程……幻想郷は小さきものではないのだから」

 

 刹那、光が奔る。

 神子の首を薙ごうと振るわれたそれは、命蓮の持つ金剛杵(こんごうしょ)に法力を込め生み出された光の剣による斬撃であった。

 それを神子は右の宝剣で易々と弾き、続いて横薙ぎの一撃が迫る。

 

 その後も繰り出される連撃、しかしその全てを神子は弾き、いなし、躱し、無効化していった。

 この場から一歩も動かず、すぐ後ろに居る椛達を守る為に、彼女は命蓮の攻撃を防いでいく。

 

「チィ……!」

 

「これ以上の戦闘はこちらも望みません、が」

 

「ぐっ!?」

 

 強い力で斬撃を弾かれ、後退する命蓮。

 すぐに体勢を立て直そうとするが、神子の追撃がそれを許さない。

 

「牙を向けるのなら討ちましょう。――消えなさい!!」

 

 宝剣に宿る黄金の光。

 その切っ先が命蓮へと向けられた瞬間。

 光が、巨大な砲撃となって命蓮を瞬く間に呑み込んでいく――!

 

「…………凄い」

 

 黄金の光をその瞳に焼き付けながら、椛は完全に魅了されてしまっていた。

 あの光はただの光ではない、高密度の霊力と……微量とはいえ神々のみが扱える力、“神力”が込められている。

 あれをまともに受けて無傷で居られる生物などこの世には存在しない、そう確信できる程の威力があると判るからだ。

 

(遠い……まだ、私の力は……)

 

「……逃がしたか」

 

「え?」

 

 光が消え、その先には……何も残っていなかった。

 黄金の光の前に消え去った、というわけではないのだろう。

 苦々しい表情を浮かべる神子を見ればそれが判った。

 

「椛さん、大丈夫でしたか?」

 

「はい、ありがとうございました神子さん。あなたが来てくれなければ私は……」

 

「お気になさらず、友を助けるのは当然の事ですからね。それに助けに行くのが遅れてしまったので偉そうな事は言えませんし」

 

 そう言ってにこりと微笑む神子。

 その笑みは見た者を安心させる力があり、椛達はおもわず見惚れてしまった。

 

(さすが、聖徳王というべきでしょうか……)

 

「……それにしても」

 

 神子の視線が椛達の後方――いまだに眠ったまま目覚めない幼い姿になった聖哉へと向けられる。

 

「あの子が聖哉とは正直信じられませんね……」

 

「それは……私もです」

 

「でもおにーさんだよ、ヴァンくんだってそう言ってたでしょ?」

 

〈ヴァンくんってオメェ……いや、別にいいけどよ〉

 

「はじめまして、というべきかなヴァンさん?」

 

〈別に挨拶なんぞいいぞ聖徳王さんよ、それに今はコイツを休ませてやってくれねえか?〉

 

「そうですね、では――」

 

 ここを離れましょう、そう口を開こうとした椛の動きが止まる。

 

「――待ちなさい、椛」

 

 場に吹き荒れる風、それと同時に聞こえてくる女性の声。

 今の風は自然のものではない、鴉天狗――それもよく知る彼女が起こした風だ。

 

「なんですか、文さん」

 

 風王を握る手に僅かな力を込めつつ、椛は自分達の前に現れた文と対峙する。

 ――誰かしらが、去ろうとする自分達を止めるのは予期していた。

 ここは天狗の里で自分達は侵入者、ならばここで生きる天狗達が自分達を行かせるわけがない。

 

「……安心しなさい、敵対するつもりなんてこれっぽっちもないから」

 

「ほぅ? 他種族に排他的である天狗とは思えない発言ですね」

 

「敵対しても此方にメリットが何もありませんからね聖徳王さん。それに……天魔様と清十郎様がそれを望んでおられません」

 

「……」

 

 その言葉に嘘偽りはないだろう、そしてその望みは2人だけのものではない。

 文もまた、聖哉の事が心配だからこそ今すぐに里を出るように促している。

 とはいえ彼女も山の天狗、表立ってそんな言葉は吐き出せないだろう。

 

「いきましょう、皆さん」

 

 なので椛は何も言わず、ただ心の中で文に感謝する。

 まずは人里に戻り彼を休ませ、状況を確認しなければならない。

 横たわった聖哉を持ち上げる椛、すると。

 

「……んっ……」

 

「っ、旦那様!?」

「セーヤ!!」

「おにーさん!!」

 

 聖哉が顔を歪め僅かに身動ぎをしたので、椛達は顔を近づかせる。

 やがて彼はゆっくりと目を開き……三人と視線を合わせた。

 

「……」

 

「旦那様……」

 

「よかったぁ……寝てるだけって判ってても、心配したわよ」

 

「おにーさん、おはよっ」

 

 心からの笑顔を浮かべ、三人は聖哉へと話しかける。

 だが、聖哉は目を開けたまま何も話さず……何故か椛達を見て驚き、固まってしまっていた。

 

「……ああ、もしかして御自分の御身体の事で驚いているんですか? 大丈夫ですよ、ちゃんと元に戻せますから」

 

「…………」

 

「? 旦那様?」

 

 ……何かが、おかしい。

 自分の身体の変化に驚いていると思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 彼の目が、自分達を見る彼の目が……まるで初対面の相手を見るかのように揺らいでいる。

 

――そして、彼は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………お姉ちゃん達、だれ?」

 

 幼き声で。

 椛達にとって、理解できない言葉を、口にした――

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