狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第101話 迷いと不安の先へ~前を向いて~

「――まずは皆様方に感謝を、この八雲紫の突然の申し出に応えてくださりありがとうございます」

 

 霧の湖の中心に存在する赤い館、紅魔館。

 その中にある大会議室と呼ばれる大部屋の中で、妖怪の賢者である紫は集まってくれた者達に上記の言葉を放ちつつ深々と頭を下げる。

 

――現在、この部屋には幻想郷のパワーバランスを担う重鎮達が勢ぞろいしていた。

 

 

 紅魔館の当主、レミリアスカーレット。

 白玉楼の主、西行寺幽々子。

 永遠亭の姫とその従者、蓬莱山輝夜と八意永琳。

 守矢神社に祀らわれる一柱、八坂神奈子と風祝の東風谷早苗。

 地霊殿の主、古明地さとりとそのペットの霊烏路空。

 命蓮寺の僧、聖白蓮と寅丸星。

 最近幻想郷に姿を現したばかりながらも、既にその力の一端を見せつけている豊聡耳神子。

 

 

 錚々たる顔ぶれである、そしてそんな彼女達からは少し離れた位置に射命丸文と姫海棠はたての姿があった。

 ……天狗は今回の招集には応じていない。

 とはいえ無視できないのだろう、代理としてこの2人を寄越したのは容易に想像できた。

 

「特にこの場を貸してくださった紅魔館の主の度量の大きさには感謝しかありませんわ」

 

「そんな建前なんかいらないよ八雲紫、それより時間が惜しい――さっさと本題に入ろうじゃないか」

 

「……そうですわね。

 皆様方、どうか今回の異変解決に協力してはいただけませんでしょうか?」

 

「無論その要請には応じるが、具体的にはどうするつもりだ? 今回の1件の詳細は天狗達の新聞で理解したが……元凶の捜索をしろという事か?」

 

「いいえ。向こうは近い内に必ず仕掛けてきます、ですので戦力を整えいつでも迎え撃てるように準備をしてほしいのです」

 

 後手に回ってしまうが、相手が何処に居るのか掴めない以上戦力を分散させるのは得策ではない。

 そんな紫の考えに、理に適っていると他の者達から反対意見は出なかった。

 

「相手の狙いはこの幻想郷そのものの破壊……そうなると、真っ先に狙われるのは人里かしら?」

 

「そうでしょうね。……ですがかといって守矢の皆さんはともかく妖怪である私達が里の中に常に居るのは難しいかと」

 

「ですのでこれから私が各々の居場所に人里へと直接繋がるスキマを展開しておきますわ、そうすれば有事の際にはすぐに対応できるでしょう?」

 

「……それは良い案だと思いますが、宜しいのですか?」

 

「無論。協力を要請しておきながらできる事をしないなどあってはなりません、今こそ今の幻想郷で生きる者達が手を取り合わなくては」

 

 ……正直に言えば、この手段は用いたくはない。

 幻想郷にとって人里とは、博麗大結界に続く重要な場所だ。

 故に各々の組織は里の掌握を秘密裏に望んでいる、里の支配とは即ち幻想郷の覇権を握るに相応しいからである。

 

 この世界の創設者の一人にして、賢者としての八雲紫は他の者達の協力を拒んでいる。

 しかし八雲紫という妖怪個人としての彼女は……上記の言葉が本音であった。

 人も妖怪も神々も関係ない、異なる種族であろうとも手を取り合い困難に立ち向かっていく。

 そんな未来を夢見ており、実現してほしいと本気で願っている。

 

「――安心なさいな」

 

 穏やかで雅な笑みを浮かべ紫に向けて上記の言葉を放ったのは、蓬莱山輝夜であった。

 まるで紫の心中を察したかのようなその言葉は、彼女の内に宿る迷いや不安を吹き飛ばしていく。

 

「貴女の不安も理解できる。けれどもう少し私達を信じてみなさいよ」

 

「あら、信用してるからこそ集まってもらったのですが?」

 

「少なくとも悪いようにはしないわ、だってここに居る誰もが今の幻想郷を気に入ってるし好きなんだもの。そうでなければこれだけ我の強い面々が集まると思う?」

 

「…………成程、真理ですわね」

 

 おもわず、くすりと笑ってしまった。

 そんな紫を見て輝夜は楽しげに笑みを深め、他の面々にも伝染していく。

 

「あ、あの……」

 

 綻んでいく雰囲気に遠慮してか小さな声で、空が口を開く。

 全員の視線が彼女へと向けられ、それに若干尻込みにしながらも空は自身がこの場へとやってきた最大の理由を口にした。

 

「お、おにーさんは……どうするんですか?」

 

「……」

 

 瞬間、場の雰囲気が元に……否、先程以上の緊張感に包まれる。

 それを見るに、この場に居る全員もまた空と同じことを考えていたのだろう。

 

「……記憶を失い身体も子供と同じようになったと聞く、当然ながら戦いには参加できんな」

 

「当たり前ですよ神奈子様、寧ろそんな考え方をしてる人は絶対に許しませんから!!」

 

「そんな考えを持ってるヤツなんかいないわよ早苗、でも……どうしたらいいかしら?」

 

「椛さんとイリスさんが常に聖哉さんを守っていますし、我々命蓮寺の者達も居ますしこのまま里で暮らさせた方が良いのでは?」

 

「正直不安ね。守るべき対象が多過ぎるわ、多数で攻められた場合……果たして貴方達だけで彼を守れるかしら?」

 

「紫さん、暫くの間聖哉さんは貴方の屋敷で保護するというのはどうでしょうか? あそこならばおいそれと責められませんし式神もいらっしゃいますから」

 

 そう提案したさとりの言葉にしかし、紫は首を縦に振る事はできなかった。

 できれば自分とて彼を保護して守りたいと思っている、しかし……今の自分は常に彼の傍に居る事は出来ない。

 やるべき事があるからだ(・・・・・・・・・・・)、それを果たさねばたとえ今回の異変を解決したとしても……。

 

「――ならば、聖哉は我々紅魔館が預かろう」

 

 レミリアの声が、場に響く。

 

「レミリアさん、預かるって……」

 

「この館は広いし世話を焼ける面々も居る、部屋も有り余っているし悪くない案だと思うが?」

 

「だ、だったらおにーさんはお空達が」

 

「地底の妖怪が闊歩する地霊殿に置くのは安全とは言えんと思うが?」

 

「吸血鬼の館も似たようなものでしょうに、彼は永遠亭が預かる事にしましょう。永琳もいいわよね?」

 

「ええ、勿論」

 

「ちょっと待ってください。友人である彼は仙界で暮らす私達が保護しましょう、そもそもあなた達に幼子の世話ができるとは思えませんし」

 

『あ?』

 

 ――その言葉が、始まりとなった。

 ウチで預かります、いやいやウチで。

 幻想郷の重鎮達がぎゃーぎゃーと騒ぎながら、何処の組織が今の聖哉を預かるのかの喧嘩が始まってしまった。

 

(これは予想外……)

 

 彼の交流関係は、紫が思っていた以上に広く深いものだったようで。

 驚くと同時に、沢山の者達が犬渡聖哉という存在を認め、友としてくれているのは嬉しかった。

 ……彼が独りだった時から見ていたからこそ、余計に嬉しさが募る。

 

「紫、嬉しそうね」

 

 そんな彼女に意地の悪い笑みを浮かべながら近づく幽々子。

 聡明な彼女の事だ、どうせ自身の心中を理解してからかっているのだろうと判り、紫は軽く友人を睨みつける。

 

「ただ自分のモノとして利用しようとしていたのに、いつの間にか彼の保護者みたいな立場を願ったのかしら?」

 

「……」

 

「後悔してるの? でもそんなもの無駄でしかないわ。

 だって今の紫は聖哉くんを駒として見ているわけではないのでしょう? ならそれでいいじゃないの、それとも聖哉くんに一生許さないとでも言われたのかしら?」

 

「そういうわけじゃ、ないけど」

 

 ただ、虫が良過ぎるのではないかと思ってしまうのだ。

 初めはただヴァンの力が覚醒すると同時に、式にするなり人形にするなりすればいいと思っていた。

 でも今は違う、この幻想郷の力になろうとしてくれている彼に感謝し、これからの行く末を見守りたいと、幸せになってほしいと思っている。

 

「聖哉くんは優しいから大丈夫。貴女が貴女のままで居てくれる事を願っているわ」

 

「……そうね、そうするわ」

 

 友人のありがたい言葉に感謝しつつ、紫はスキマを開く。

 まだ話し合いという名の喧嘩は終わる気配を見せない、しかしいつまでもこの珍景を見ているほど妖怪の賢者は暇ではないのだ。

 

「それじゃあ幽々子、貴女もさっさと帰った方がいいわよ」

 

「そうねえ……私も聖哉くん争奪戦に参加しようかしら」

 

「……好きにしなさい」

 

 意味深な笑みを浮かべる悪友を一睨みしてから、紫はスキマの中へと飛び込んだ。

 そのまま別の空間へとスキマを繋ぎ……辿り着いた場所は、博麗神社の境内。

 相も変わらず人気のない神社である、ふわりと柔らかく地面へと降り立った紫は、早速とばかりに目的の人物へと声を掛けた。

 

「霊夢、不貞寝していないで出てきなさい。今すぐに」

 

 声色そのものは柔らかいが、その中には有無を言わさぬ迫力と威圧感が込められていた。

 空気が一瞬で張り詰めたものへと変わり、それから少しして――神社の奥から霊夢が姿を現した。

 

「……なによ、うるさいわね」

 

 いつも通りの反応を返す霊夢だが、その態度に覇気はない。

 珍しい、というよりも初めて見せるナーバスで弱々しい霊夢の姿に、表には出さないものの紫は驚愕する。

 

「何黙ってるのよ。何の用も無いのなら帰りなさい、ここは神社なんだから妖怪の来る所じゃないっての」

 

「そういうわけにもいかないわ。貴女には強くなってもらわなくてはならないの、あの子を……霊歌を止めるのは博麗の巫女である貴女の役目なのだから」

 

「アンタ達が見捨てたアイツを私が止めたら、今度は私を見捨てるのかしら?」

 

「霊夢……」

 

「聞いたわよ博麗霊歌の事。まあ当時の事情とかそういうのもあるんでしょうけどね……あんな話を聞かされて、当事者の一人であるアンタにそんな事を言われて「しょうがないわね」なんて返せない」

 

「……では、巫女を引退すると?」

 

「…………わかんない。いきなり過ぎて……ちょっと、頭がこんがらがってるの……」

 

 俯き、ぼそぼそと言葉を紡ぐ霊夢の姿はいつもの彼女とはあまりにも違い過ぎていた。

 かつての博麗の巫女が蘇り、完膚なきまでに力の差を見せつけられ、幻想郷の闇を知った今の霊夢の心はすっかり弱りきっている。

 自分が何をすればいいのか、何をしたいのか、何をすべきなのかまるで答えを見出せず何もできなくなっていた。

 

「霊夢、今回の異変は他の組織にも協力を仰いだわ。皆快く要請を受け入れてくれた。

 だから――貴女はこのまま神社に居なさい、この異変は私達がなんとかするわ」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと紫……!?」

 

「今の貴女は戦えない。それなのに異変解決に赴いたら間違いなく命を落とす、そんな事はあってはならない。

 けれど誰も貴女を責める事なんてできないわ、だから今はゆっくりと身体と心を休める事だけを考えて」

 

 そう言い残し、紫はスキマの中へと飛び込んだ。

 すぐに八雲屋敷へと戻る、藍は橙の所に居るのか見当たらない。

 それに対し感謝しながら中庭の縁側へと座り込み、深い深いため息を吐き出す。

 

(あの子のあんな姿を見る事になるなんて……)

 

 いつでも自然体であり続け、相手の種族や立場などまるで関係なしに自分を貫く少女。

 博麗霊夢とはそういった子であったと認識していたが、今の彼女を見るとそれが間違いだったと思い知る。

 

(……けれど霊夢、たとえ貴女が私を憎もうとも……貴女が博麗の巫女である限り、立ち上がらないといけないのよ……)

 

 

 

 

「……」

 

 紫のスキマが消え、神社に再び静寂が訪れる。

 暫しその場に佇んでいた霊夢だったが、やがて踵を返しゆっくりとした足取りで居間へと戻り、そのまま倒れるように横になった。

 

「……」

 

 何もしない、否、何もする気が起きない。

 傷はまだ痛むし消耗した霊力も完全に回復したわけではないが、それ以上に心が摩耗してしまっている。

 

「……」

 

 ぶるりと、身体が震える。

 それは寒さからではなく、霊歌の圧倒的な力を思い出した事による“恐怖”であった。

 今まで様々な異変を解決してきた、正直命の危険を自覚した時だってあった。

 それでも博麗霊夢という少女は博麗の巫女としての責務を全うし、異変解決のスペシャリストとしての実力と実績を重ねていった。

 

「……」

 

 だが、そんなものなど何の意味もないと思い知らされる程に、霊歌の力は凄まじかった。

 何もかもが負けている、術も、霊力も、経験も、そして――覚悟も。

 お前の力など児戯に等しい、そう言われているかのような錯覚にまで陥ってしまう。

 

「――凄いな、辛気臭さなら魔法の森も形無しだ」

 

「…………魔理沙」

 

 いつの間に来ていたのか、左横へと視線を向けた霊夢の視界に魔理沙の姿が映った。

 呆れと驚きが半々といった表情で自分を見る友人の姿を見ても、霊夢は何のアクションも起こさない。

 

「おいおい、本当に大丈夫か? まさか思ってた以上に傷が深いとかじゃないだろうな?」

 

「……ちょっと痛むけど心配する程じゃないわよ、それより何?」

 

「いや、その、な……」

 

「?」

 

 途端に歯切れが悪くなる魔理沙に、霊夢は首を傾げる。

 しかしその理由をすぐに察する事ができ、霊夢はため息を吐いた。

 

「別に、同情なんかしなくていいわよ。博麗の巫女は幻想郷にとってシステムの一つなんだから」

 

「霊夢……」

 

「前々から判っていた事よ、まあ正直二代目の事は驚いたけどね」

 

「……お前はどうするんだ? 今回の異変は、今までのとは桁が違う」

 

「…………」

 

 霊夢は答えない、答えようがなかった。

 博麗の巫女としては異変解決に乗り込まなければならないだろう、だが博麗霊歌の過去が……彼女に巫女としての自分自身に対する存在意義を揺るがしてしまっている。

 このまま今まで通り博麗の巫女としての責務を果たしても、いずれは彼女のように見捨てられ踏み躙られる。

 

「霊夢……」

 

「ごめん、正直頭の中ごちゃごちゃでどうすればいいのかわかんないの。

 あんな事を聞いて博麗の巫女を続ける意欲なんかないし、かといって巫女以外の生き方なんて知らないから……自分が何をしたいのか、わからないのよ」

 

 だから何もしない、何もできない。

 

「……そうだよな。私も今はそれでいいと思う」

 

「ん……ありがと」

 

「けどな霊夢、私は……少なくとも私と聖哉は、お前を博麗の巫女としてなんか見てないぞ」

 

「……」

 

「私達だけじゃない、アリスだってにとりだってパチュリーだって早苗だって……お前を気に入ってる奴等はお前を“博麗霊夢”として見てる。

 だからお前がたとえ巫女を止めたとしても誰も気にしないし関係が変わるわけじゃない、それだけは判ってくれな?」

 

「……わかってるわよ、それぐらい言われなくても」

 

「そうか……それならいいんだ」

 

 ここで、会話が途切れてしまった。

 そのまま静寂が暫し続き、気まずくなったのか魔理沙は「じゃあ、しっかり休めよ」と言い残し箒に跨り飛んでいってしまった。

 それをボーっと見送ってからも、霊夢はその場で寝転がったまま何もしない。

 

「…………何やってんだろ、私」

 

 自問もすぐさま消え、このまま眠る……のは流石に拙いと思い、起き上がる。

 とにかく今は何も考えず眠りに就こう、明日になれば何か心境の変化が訪れるかもしれない。

 

 

 

――翌日

 

 

 

「…………はぁ」

 

 起きて早々、深いため息が口から零れた。

 ……心境の変化など、起きる筈などない。

 たった一日で変われる程単純な話ではないし、そもそも自分がどうしたらいいのか判らないのにどう変われというのか。

 

 のそのそとした動きで布団を畳む、その後は縁側に座り込み……ただ茫然と景色を眺める。

 冷たい風が吹くが、霊夢はその場から動こうともせずただ無為に時間だけが過ぎる中で。

 

「おはようございますっ」

 

 無邪気な笑顔を浮かべ、自分に挨拶の言葉を放つ小さな少年を見た。

 

「……アンタ達」

 

「おはよう霊夢、まだ起きていなかったのか?」

 

「おはようございます、霊夢さん」

 

 少年――聖哉の後ろには顔なじみの女性2人、椛と慧音の姿があった。

 一体何しに来たのか……霊夢がそう思っていると、心中を悟ったのか椛が事情を説明し始める。

 

「旦那様が、霊夢さんと一緒に朝食を食べたいと言いまして」

 

「聖哉が?」

 

「今の聖哉は幻想郷に関する知識も失っていてな、それで一から説明したのだが……霊夢が神社に一人で生活している事を知ったら」

 

「れいむおねえちゃん、いっしょにごはんたべよ?」

 

「と、いうわけなんです」

 

「……」

 

 成程、事情は判った。

 要するに聖哉は霊夢が一人で生活しているのが寂しいのではないかと思い、ならばせめて自分達と一緒に食事をしようと思ったわけか。

 小さくなっても彼は彼の本質を失っていないようで、それがとても。

 

 

――今の霊夢には、腹立たしいと思えた。

 

 

「……帰って」

 

「え?」

 

「帰って、って言ったのよ。聞こえなかった?」

 

「お、おい霊夢……そんな言い方は」

 

「別に私は一緒に朝ご飯を食べたいなんて言った事はないしそんなつもりも毛頭ない。

 そもそも何よアンタ、私は人間なのよ? それなのに、妖怪のアンタがずかずかと踏み込んでこないで」

 

 冷たい声と口調で、霊夢は聖哉達を拒絶する。

 有無を言わさぬ迫力に3人は押し黙り、しかし霊夢は言葉を続ける。

 

「人間と妖怪は敵同士なの、それを仲良しこよしなんて頭おかしいんじゃない?

 小さくなってもそういう所は変わらないのね、それがどれだけ迷惑なのかまるで判らないとか……子供だからってなんでも許されると思わないで」

 

「ぁ、ぅ……」

 

「霊夢、そんな言い方はないだろう!?」

 

「私は事実を言ってるだけよ慧音さん、それとも慧音さんは妖怪の味方なのかしら?」

 

「……一体どうしたんだ? 前までの君はこんな事を言うような子ではなかった筈だぞ?」

 

「当たり前の事だったから言わなかっただけよ、大体コイツだって今回の異変の原因の一つじゃないの。

 コイツが余計な敵を増やして、そのくせ自分は戦えもしない子供になって記憶まで失ってるなんて、お荷物もいいとこよ」

 

「っ、霊夢!!」

 

 地の底から響くような怒声を放ち、慧音は霊夢に向かって右手を振り上げる。

 今の言葉は聖哉を不必要に傷つけるものだ、決して許すわけにはいかない。

 だが。

 

「――だ、だめっ!!」

 

 手を上げようとする慧音を止めたのは、他ならぬ聖哉であった。

 2人の間に立ち、両手を左右に広げ霊夢を守るように立ち塞がる彼の姿に、慧音はおもわず足を止めてしまう。

 

「せ、聖哉……」

 

「れいむおねえちゃんを、いじめないで……」

 

「何故だ聖哉、今彼女は君を傷つける事を言ったのだぞ? それを君は許すというのか?」

 

「……そんなこといわれても、ぼくよくわかんないよ。

 でも、けいねおねえちゃんがれいむおねえちゃんをたたいたら、れいむおねえちゃんすごくいたいから……」

 

「なっ……」

 

「いたいのってすごくいやなことだもん、だからそんなことしちゃだめだとおもったから……」

 

「――――」

 

 その言葉に、慧音も霊夢も絶句してしまった。

 酷い暴言を吐かれても、傷つけられても、彼は怒るよりも先に霊夢を気遣った。

 ……理解できない、理解できないから……霊夢は思わず、聖哉へと問うた。

 

「…………どうしてよ」

 

「?」

 

「どうして、アンタが私を庇うの? 私はたった今、アンタに対してお荷物だの異変の原因だの言ったのよ?

 それなのに、どうして怒らないの? なんで悪口を言った私なんかを庇うのよ!?」

 

「えっと……その…………わかんない」

 

「判らないって何よ、今のアンタは記憶を失って私の事だって何一つ覚えてない、赤の他人なんだから庇う必要なんて……」

 

「うん、ぼく……れいむおねえちゃんのことしらないし、おもいだせない。

 だけど、だれかがいたかったりくるしかったりかなしかったりするのは……いやだもん」

 

「だから、なんで……!」

 

「ぼくね、れいむおねえちゃんとともだちになりたいのっ!!」

 

「…………………………は?」

 

「だってまえのぼくとれいむおねえちゃんはともだちだったんでしょ? もみじおねえちゃんがそういってた。

 だからいまのぼくもおねえちゃんとともだちになりたい、なかよくなりたいんだ」

 

 そう言って、聖哉は霊夢に向かって笑みを浮かべる。

 無邪気で、純粋で、暖かなその笑みを見て……霊夢は漸く理解する。

 

 ただそれだけで、充分だった。

 友達になりたいから、そんな小さく純粋な願いがあるからこそ、彼は自分を庇ったのだと。

 たとえ暴言を吐かれたとしても、拒絶の意を見せられたとしても、その願いの元に行動している彼には関係ないのだ。

 

 

 

――けどな霊夢、私は……少なくとも私と聖哉は、お前を博麗の巫女としてなんか見てないぞ。

 

――だからお前がたとえ巫女を止めたとしても誰も気にしないし関係が変わるわけじゃない、それだけは判ってくれな?

 

 

 

 魔理沙に言われた言葉が、脳裏に浮かび上がる。

 彼女も同じだ、自分を友人だと思っているからこそあの言葉を掛けてくれた。

 

「………………あぁ」

 

 正直、まだ迷いや不安は消えない。

 幻想郷の闇、かつての巫女である博麗霊歌が受けた仕打ち、それがいつか自分にも降り注ぐのかと思うと、博麗の巫女である今の自分が曖昧になって何をすればいいのか判らなくなる。

 知ってしまったからこそ変わってしまった事がある、けれど。

 

「――ねえ、聖哉」

 

「なーに? れいむおねえちゃん」

 

「………………さっきの言葉は取り消すわ、ごめんね。あとね……私と、もう一度友達になってくれる?」

 

 彼の優しさと、一番の顔馴染みである魔理沙。

 そして、自分を“博麗の巫女”ではなく“博麗霊夢”として接してくれる者達の想いに、応えたいと思った。

 それが正しい選択なのかそうでないかなど判らない、いつか自分も博麗霊歌のように人にも妖怪にも踏み躙られる日が来るかもしれない。

 

 それでも。

 この選択が、間違いではなかったと胸を張れるように。

 今の自分がすべき事、望む事をしっかりと前を向いてこなしていこう。

 

「うん、もちろんっ!!」

 

 元気よく頷き、嬉しそうに笑う聖哉を見て。

 霊夢は自分の心の中に、何かよく判らない何かが芽生えるのを感じ取った。

 その正体は何なのか、それによってどんな影響があるのかは何もわからないけれど。

 

「ありがとう、聖哉」

 

 それはきっと、決して悪いものではないだろうと。

 自分にとって大切なものになるだろうと、霊夢は不思議と確信できたのだった。

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