狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
第102話 原初の巫女~異界での修業~
「うん……よし、体力も霊力も完全に元に戻ったわね」
里での戦いから、三日後の朝。
目を醒ました霊夢はすぐさま自身の状態を確認し、万全の状態に戻った事に安堵し起き上がる。
いつも通り布団を畳み、朝食を作る……前に、境内へと足を運ぶ。
「――紫、ちょっと来てくれる?」
虚空に向かって霊夢は告げる。
するとすぐさま空間に歪が生じ、スキマが現れ紫が境内に姿を現した。
「……」
「悪いわね、急に呼んだりして。もしかして寝てた?」
「いいえ。でも……正直驚いているわ、もう貴女とは二度と会話もできないと思っていたから」
「……まあ、今でも思う所はあるわよ。
でも今はそんな事を言ってる場合じゃないし、それに……ちゃんと応えなきゃいけないなって思ったから」
「? どういうこと?」
「こっちの話よ。それより紫、前の神降ろしの時みたいに何か新術を教えて」
今の手持ちの力では、到底霊歌には通用しない。
霊夢が最も得意とする夢想封印を始めとした“博麗の秘術”も、霊歌のそれに比べればあまりにお粗末だ。
故に勝つ為にはそれ以外の何かが必要になる、それも短期間で習得でき尚且つ強力なものが。
「……そんな都合の良い話なんか無いわ」
「むっ……」
判っている、そんな都合の良い話なんか無いという事ぐらい。
しかし実際呆れられながらそう言われると、霊夢はなんだか恥ずかしくなった。
「けど、どうやら真面目に修業をする気が起きたと思っていいのかしら?」
「まあ……面倒だけどね、今のままじゃ何もできないもの」
それでは駄目だ、そんな事は許されない。
想いに応えると決めた、その為には霊歌に対抗できる力が要る。
「変わったわね、霊夢」
「そう?」
「ええ、今までの貴女は自分と周りの間に明確な壁を形成していた。
けど今はそれがない、とても素敵な女の子になったわね」
そう言って、紫は嬉しそうに微笑む。
その姿はまるで我が子の成長を喜ぶ親のように見えて……なんとなく、霊夢は気恥ずかしくなった。
「そ、そんな事より強くなれる方法を教えなさいよ。無いとは言わせないんだからっ」
「ふふっ、そうね。――来るべき時が、来たという事なのかしら」
「……?」
「来なさい霊夢、貴女の求める力を授けましょう」
尤も、本当に手に入るかは貴女次第ですけど。
言って、紫は歩を進め……裏手にある倉庫へと足を運んでいった。
おとなしくついていく霊夢、先を歩く紫は倉庫の前で一度立ち止まり、錠を外し扉を開けた。
「ちょっと紫、こんな所に一体何の用なのよ?」
儀式用の祭具や宴会で使う小道具が乱雑に置かれている倉庫の中へと入っていく紫に声を掛けるが、彼女からの反応はない。
なので霊夢も仕方なく中へと入る、掃除をついついサボっていた影響か中は埃っぽく明かりもないので薄暗い。
「霊夢、たまにでもいいからきちんと掃除なさい」
「わかってるわよ、それよりなんでこんな倉庫に入ったの?」
「すぐに判るわ。――霊夢、ちゃんと帰ってきなさい」
「は……?」
何言ってんのアンタ、霊夢がそう言おうと口を開いた瞬間。
「え――――」
浮遊感、それを自覚すると同時に視界が下がる。
――落ちている、真下に。
大地の感触はとうに消え、広がるのは数多くの不気味な目が浮かぶスキマ空間。
「ちょっと、紫!!」
すぐに霊夢は顔を上に上げこのようなふざけた行為を行った紫に怒鳴り声を上げる。
しかし彼女からの返答はなく、すぐさま彼女はこの空間を抜け出してぶん殴ってやろうと思ったが。
「………………何なのよ、これは」
その前に、霊夢はスキマ空間を抜け――見た事のない場所へと降り立っていた。
(
周囲を見渡し、霊夢はここが神社の施設の一つであると推測する。
出口の類は見当たらず、また部屋の中は先が見えない程に広い。
蝋燭による明かりはあるものの全体的に薄暗く、静寂に包まれた空間の中で聞こえるのは己の吐息のみ。
(とりあえず……進んでみましょうか)
ため息を一つ吐いてから、霊夢は警戒しつつ歩を進め始めた。
ギシギシと木造の床が軋む音が響く、暫しその音だけを耳に入れながら霊夢は前へと進んでいく。
一体何処まで続いているのか、歩くのが面倒になり始めここからは飛んでいこうかと思い始めた頃……霊夢はこの謎の場所の最奥へと辿り着いた。
(……何よ、あれは)
立ち止まり、霊夢は己の視界に映ったあるものへと意識を向ける。
――何かが、地面に刺さっている。
それは巨大な羽子板のような物体、陰陽玉が描かれた木製のそれが床に突き刺さっている。
まるで封印を施しているように注連縄が巻かれており、霊夢には実際にそれが強力な封印である事を見抜いた。
その周囲には退魔札に封魔針……霊夢が妖怪退治の際に使用する道具が壁に立て掛けられている。
武器庫だと思いたくなる程の量だ、しかし何より驚いたのが……その道具達が、自分が普段作成し使用するものよりも遥かに優れている事であった。
(込められてる術式も、霊力も、私が作る退魔具とは桁違い……)
間違いなくこの道具達を作った人物は強大な力を有している。
一体此処は何処なのか、改めてそんな疑問が浮かぶ霊夢の耳に……女性の声が響いた。
〈こんにちは、今代の博麗の巫女さん〉
「っ、誰!?」
すぐに身構え、右手に持つお祓い棒に霊力を込める霊夢。
〈慌てないで。わたしは貴女の敵ではないし目の前に居るんだから〉
声の主がそう言うと、封印されていた羽子板状の物体から淡い光が溢れ始める。
それは徐々に大きくなっていき、やがて人の姿を形作っていく。
「……」
〈――ふぅ、この姿になるのは初めてだけど上手くいったかしら〉
霊夢の前に現れる、一人の女性。
艶やかで長い黒髪を後ろで一本に束ねた巫女装束の女性は、霊夢に向かって友好的な笑みを浮かべながら口を開いた。
〈改めてこんにちは、今代の巫女さん〉
「……アンタ、何なの?」
構えは解かず、警戒心を露わにしながら霊夢は問う。
見た目は巫女にしか見えない女性だが、その身体は先程出現した淡い光で構成されており、明らかに人間ではないと判る。
しかし幽霊の類というわけでもないらしく、邪気を全く感じ取れないのが逆に不気味だった。
〈わたしは麗子、博麗麗子と言えば判るかしら?〉
「博麗麗子って……」
初代博麗の巫女、今の幻想郷にとってなくてはならない“博麗大結界”を賢者達と協力して作り上げた、原初の巫女。
そして……博麗霊歌を拾い育て上げた、彼女にとって母親とも呼ぶべき女性。
〈ここは幻想郷と外の世界の間に作り上げた異界、そしてわたしは博麗麗子の魂の一部……本人であって本人ではない存在よ〉
「……この退魔具は、アンタが作ったの?」
〈正確には生前の博麗麗子が、ね。
彼女は己が死ぬ間際に、自身に残された全ての霊力と魂を用いて次代の巫女達の力になる退魔具を作り上げたの〉
「成程ね……」
自身の肉体に対する負担も代償も考えなければ、これだけ強力な道具達を作れるのも納得できる。
とはいえこれらの道具の力はあまりにも強過ぎる、だからもしもの時にしか使用できないようにわざわざ異界を形成してまでここに保管したのだろう。
〈巫女である貴女がここに来たという事は、今の幻想郷は相当不安定な状態になっているのかしら?〉
「まあね。……ところで、アンタが出てきたその羽子板みたいなのも退魔の道具なの?」
〈羽子板……まあ、確かにそう見えるわね。
これは“
所有しているだけで霊力を底上げし、またこれ自体に霊力を込めれば鬼の宝剣にすら匹敵する破壊力を得る事のできる博麗麗子の最高傑作なの〉
「博麗の剣って……剣じゃないけど?」
〈いや、その……博麗棒とかじゃ格好悪いかなと思って……〉
「……」
存外に子供じみた事を言うので、霊夢はおもわず言葉を失ってしまった。
流石に自分でも今の発言はおかしいと思ったのか、麗子は霊夢から視線を逸らす。
――微妙な空気が、暫し流れる。
「…………別に、名称とか拘るのは悪くないと思うわよ?」
〈そ、そうよねっ。どうせ名付けるなら格好良い方がいいわよね!?〉
「ソウネー」
〈あ、あれ……? なんだかすごく呆れられてるような気がするんだけど……?〉
「気のせいよ気のせい、それより……これらの道具、使っていいのよね?」
〈そりゃあ貴女は博麗の巫女だからその資格はあるけど……どうしてなのか、理由を聞かせてもらってもいいかしら?〉
「……」
正直に話すべきか、霊夢の中で躊躇いが生まれる。
今の幻想郷の状況を話すという事は、博麗霊歌の所業を話すという事であり。
そしてそれは、博麗麗子にとって……。
〈……ねえ、その前に今の貴女にとっての幻想郷の姿を教えてくれないかしら?〉
「えっ?」
そう言うと、麗子は霊夢に隣に座るよう促す。
〈ここは時間の流れが外に比べて遅いから焦る必要なんかないわ。
一番最初の博麗の巫女として、今の博麗の巫女である貴女から幻想郷の姿を聞きたいの〉
「……」
もう一度促され、霊夢は無言のまま麗子の隣へと座り込む。
そして自分が博麗の巫女になってからの幻想郷の事を、ゆっくりと話し始めた……。
〈ふーん……スペルカードルール、弾幕ごっこ……わたしの時代とは、まるで違っているのねえ〉
「弱い人間が格上の妖怪と互角に戦える為……とかだけど、アンタにとってはそれこそ“遊び”にしか思えないでしょうね」
〈それは否定しないけど、とても素敵な決闘方法だと思うわよ。
そりゃあ昔は酷いものだったもの、たとえ人と妖怪の争いだとしても血みどろな死闘なんて起こらない方がいいもの〉
「意外ね。妖怪は問答無用で退治するものだって言うかと思った」
〈どうせならみんな仲良くの方がいいわよ。……わたしの時代では決して叶わなかったもの〉
「……それはしょうがないわよ。アンタの時代はそれが当たり前だったんだから」
〈まあねー、紫にも「貴女は博麗の巫女として甘過ぎる」なんて苦言を呈されていたし、霊歌も……ああ、霊歌っていうのはわたしの後を継いでくれた二代目の巫女の事なんだけど〉
「知ってるわよ。アンタが拾って育て上げたんでしょ?」
〈えっ? ええ……でもどうして知っているの? 紫から聞いたとか?〉
「……」
いい加減、話さなくては。
紫が強制的とはいえ自分をここに連れてきたのは、あくまでもここにある武器を入手させる為。
決して博麗麗子の魂と世間話をする事ではないと己にそう言い聞かせ、霊夢は口を開いた。
「――今の幻想郷を滅ぼそうとしている元凶の一人が、博麗霊歌なのよ」
〈………………えっ?〉
霊夢の言葉に、麗子の表情が固まる。
予想通りな反応を見せる彼女に、霊夢はそのまま事情を説明した。
博麗霊歌が、かつて彼女の力を恐れた人間と妖怪によって謀殺された事。
その死を紫達幻想郷の賢者が隠し、彼女の尊厳が踏みにじられた事。
そしてその霊歌が何者かによって蘇り、自身を裏切った幻想郷を憎しみのままに破壊しようとしている事。
包み隠さず、ただほんの少しの躊躇いと麗子に対する申し訳なさを抱きながら、霊夢は全てを話した。
〈…………………………そんな。あの子が……霊歌が、人間に〉
「悪いけど、私は霊歌に同情しても肯定はできないわ。このまま幻想郷を滅ぼされるわけにはいかないもの」
〈……霊歌の事を聞いているのに、どうして貴女は戦えるの? 自分がいつか霊歌と同じく利用されるだけされて裏切られると思わないの?〉
震える声で、麗子が問う。
その当然ともいえる問いかけに、霊夢は即座にこう答えた。
「思ったわよ、ううん……今だって思ってる」
〈だったらどうして? 自分が今の博麗の巫女だから?〉
「違うわ。――
〈えっ……?〉
「霊歌の事を聞いて、正直私は自分がどうあるべきなのかわからなくなった。
このまま巫女を続ける気には当然なれなかったし、かといってそれ以外の生き方なんて考えもできなかった。
霊歌に負けた事も殺されかけた事も恐かったし、このまま殻に閉じこもっていればきっといつか元の生活に戻れるって都合の良い事ばかり考えてた」
けれど、腐れ縁のお節介魔法使いが言ったのだ。
たとえ巫女じゃ無くなろうが関係ないと、友人であることに変わりはないと。
そして、もう一人。
魂を傷つけ、記憶を失い、それでも本質を変えなかった白狼天狗が言ったのだ。
友達になりたいと、人とか妖怪とか……そんなしがらみなど考えず、ただ純粋にもう一度願ってくれた。
「私は応えたい、私を私として見てくれた人達の想いに。
だから私は強くなると決めた、今度は負けないように……博麗の巫女としてではなく、博麗霊夢として」
言いながら、霊夢は自分自身に苦笑した。
妖怪退治の専門家が、妖怪を友人と認め力になりたいと思うなど……愚の骨頂ではないか。
(でも、それでいいんだ)
そう、それでいい。
たとえ愚かだとしても、他ならぬ己の心がそう願っているのなら突き進むのみ。
文句があるのなら好きに言えばいい、そんなもので揺らぐほど小さな誓いではないのだから。
〈……それが貴女の答え、そして貴女の覚悟なのね〉
「そんな仰々しいものじゃないわよ、だって……友達の為にってだけなんだから」
〈その想いが大切なの。大切に想う誰かの為に強くなるという事は、とても素晴らしい事だから〉
「……そうだといいわね」
なんとなく照れくさくなって、霊夢は麗子から視線を逸らす。
しかし紅潮した頬で霊夢の心中を察した麗子は、ついつい表情を綻ばせてしまった。
(この子は沢山の友達に囲まれている、そしてこの子自身もそんな友達の為に強くなろうとしている……)
力になってあげたい、霊夢を見て麗子は心からそう思えた。
だが。
〈――博麗霊夢、貴女の願いは真摯なもの。故にここにある武器を扱うに相応しいと判断しました〉
「じゃあ――」
持っていっていいのね、という言葉を放とうとして――霊夢は全身を強張らせた。
――空気が変わる。
悪寒が走り、霊夢は跳ねるように立ち上がり麗子から距離を離した。
「…………アンタ」
そして再び対峙した時には、既に麗子の纏う雰囲気は完全に別物へと変貌してしまっていた。
溢れる霊力のなんと強大な事か、向けられるだけで息が詰まりそうになる。
〈わたしとしては貴女に協力したい、けれど――霊歌のやろうとしている事を、否定する事はできないの〉
床に突き刺さっていた宝具――博麗の剣を右手で抜き取り、先端を霊夢へと向ける麗子。
その瞳には確かな闘志と……強い憤りと憎しみの色が宿っていた。
〈あの子は本当に良い子だった、博麗の巫女として人間を……幻想郷を守るんだっていつも言っていたの。
自分にできる事を一生懸命にこなして、優しさと強さを兼ね備えた子だった〉
血の繋がりはない、けれど麗子にとって霊歌は実の娘も同然だった。
成長を見届け、二代目の博麗の巫女になった時には感極まって泣いてしまった程だ。
麗子にとって霊歌は誇りそのもの、希望そのものだったのに……。
〈どうしてあの子が他ならぬ人間達に裏切られなければならなかったの? あの子が一体何をしたというの?〉
「……」
〈自身の総てを懸けて幻想郷の為に力を振るっていただけなのに、その尊厳を傷つけられ踏み躙られなければならなかったの?〉
納得などできるわけがない、許せるわけなどない。
だから――麗子はある決意を抱く。
〈わたしはここから出て、霊歌の助けになるわ〉
「っ、アンタ……本気なの!?」
〈勿論今のままじゃ不可能よ、だけど目の前にはわたしの“依り代”になれる肉体がある。貴女には恨みはないけど……その身体、使わせてもらうわ〉
瞬間、麗子の姿が霊夢の視界から消えた。
それと同時に全身から悪寒が走り、霊夢は自らの勘を頼りに右手のお祓い棒を真横に振るう。
「くっ……!?」
強い衝撃が右腕から全身に掛けて走り抜ける。
勘で振るったお祓い棒は、一瞬で間合いを詰めてきた麗子の一撃をどうにか受け止めていた。
「この……っ」
〈っ〉
力任せに弾き、再び両者の間に間合いが生まれる。
「何考えてんのよ、アンタは!!」
〈わたしにとって霊歌は娘よ、そんなあの子を見捨てた幻想郷なんて……守る価値なんてない〉
「その幻想郷を守る為にアンタは最期にここにある道具達を作成したんじゃないの!?」
〈今言った筈よ、あの子を見捨てた幻想郷に守る価値なんてないと〉
「くっ……」
駄目だ、もう麗子に此方の声は届かない。
(紫のやつ、「ちゃんと帰ってきなさい」っていうのはこういう事だったのね……!)
戻ったらあの胡散臭い顔面に夢想封印を叩き込んでやると、霊夢は強く心に決めた。
尤も――ここから生きて戻る事ができたのならだが。
「…………ふぅぅぅぅぅぅ」
深く深く息を吐き、精神を集中させる。
……相手は原初の巫女、その力は強大だ。
しかし勝たなくてはならない、勝たなくてはこの肉体は麗子によって使われてしまうし何よりも。
(何より、コイツに勝てないのなら霊歌にだって勝てないわ)
だからこの状況はある意味ではこの上ない“修行”になる。
チマチマ強くなるなど性に合わない、そもそも霊夢という少女は鍛錬のようなものが好きではないのだ。
〈ごめんね、貴女の気持ちは判るけど……わたしは霊歌が一番なの〉
「何勝手に勝ったつもりでいるのよ、逆にアンタをぶちのめしてここにある武器全部貰ってやるんだから、覚悟しなさい!!」
気力も体力も霊力も全開。
覚悟もある、後は何も考えず……勝つだけ!!
地を蹴り、真っ直ぐ麗子へと向かっていく霊夢。
対する麗子はその場から動かず、向かってくる霊夢を迎え撃つように身構え。
――両者の攻撃が、同時に放たれた。