狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第103話 玄武の沢~先制攻撃~

「――わぁ」

 

 目の前に広がる光景を見て、聖哉は感嘆の声を上げ瞳を輝かせる。

 

 妖怪の山に存在する“玄武の沢”に、現在聖哉はレミリア達紅魔館組と共に訪れていた。

 本日、ここでは河童達が開いたバザーが展開されており、数え切れぬ程の店が軒を連ねている。

 元気よく呼び込みを行う河童達と、思い思いにバザーを楽しむ人妖達。

 愉しそうな空気と暖かな平和を感じさせるそれは、聖哉の目にはテーマパークのように映っており判り易いくらいに興奮してしまっていた。

 

 感情の赴くままにその空間に飛び込もうと駆け出そうとして……その手を、フランドールが優しく握り引き止めた。

 

「駄目だよ聖哉、一人で走ったりしたら」

 

「はーい、フランおねえちゃん」

 

「ふふっ、ちゃんとお姉ちゃんの手を握っててね?」

 

「うんっ!!」

 

 元気よく返事をする聖哉に、フランはにっこりと微笑みを返す。

 ……傍から見ると、仲の良い姉弟のようで大変微笑ましい。

 2人のやりとりを見て、吸血鬼姉妹と共に来た咲夜と美鈴、椛とイリスの表情が緩むのも致し方ないと言えよう。

 

「妹様、何だか張り切ってますね」

 

「お姉ちゃんぶりたいんだろうさ、可愛らしくてたいへん宜しい」

 

「そうですわね、ええ……本当に可愛らしい……」

 

「咲夜、気持ちは判るが息を荒げるな」

 

 なんだかこのままいくと色々駄目そうな予感がしたので、しっかりと隣のメイド長にレミリアは釘をさしておいた。

 ……何故か鼻を押さえていた事に関しては、深く追求しない事にする。

 

「ぐぬぬ……見てて微笑ましいのは確かだけど、目の前でイチャつかれるのはちょっとムカつく……」

 

「まあまあイリスさん、いいじゃないですか」

 

「いいじゃないですかって椛、アンタはいいの?」

 

 普通に考えて、聖哉の一番のパートナーである椛こそ今の状況に不満を覚える筈だ。

 だというのにこの余裕である、おもわずイリスが問いかけるのも当然であった。

 

「今の旦那様は只の子供なんですから、そんな事考えたって仕方ないですよ。

 それに……常に私以外の誰かが傍に居てくれるからこそ、周囲に意識を向けられるんですから」

 

 言いながらも、椛は常に“千里眼”を用いて周囲の状況を確認する。

 全ては聖哉を守る為、戦えぬ彼が平和に過ごせる為に椛は神経を研ぎ澄ませていく。

 

「気持ちは判るけど、一人で聖哉を守ろうとしないでよ? ワタシだって居るんだから」

 

「わかってますよイリスさん、頼りにしてます」

 

 ならばよし、大袈裟に頷くイリスと顔を見合わせ椛は微笑み合う。

 幸いにも今はおかしな気配は感じられない、このまま何事もなく過ごせることを願いつつ椛達は先に行った聖哉達の後を追った。

 

「よってらっしゃいみてらっしゃい!!」

「安いよー、今なら利益度外視の大安売りだっ!!」

 

 四方八方から響く、出店の声。

 河童達が思い思いに自らの店で出している商品を売ろうと、大声を張り上げている。

 ……ただ、その殆どがよくわからないもので構成されているのはどういう事なのか。

 

 河童達からすれば立派な発明品なのだろうが、残念な事に周囲からは唯々「よくわからないもの」という認識しか生み出さないものばかり。

 現に歩いている人妖達は物珍しさから一度足を止めるものの、その殆どが首を傾げ通り過ぎてしまっている。

 

(河童達の発明した機械は外の世界のものを模倣して作っていますから、致し方ないんですよね……)

 

 完全に需要と供給を履き違えている、今に始まった事ではないが。

 ただ、とにかく珍しいものを好むレミリアは気に入ったのか、キョロキョロと忙しなく視線を泳がせながら店巡りを楽しんでいた。

 

「お姉様ー、そんなものよりもっと楽しいものを見ようよー」

 

「何言ってるのよフラン、見てて結構楽しいじゃない。何に使うのかよくわからないけど」

 

「ぶー……聖哉だってつまんないよね?」

 

「う、うん……でもレミリアおねえちゃんがたのしそうだから。べつにだいじょうぶ」

 

「……もぅ、ちっちゃくなっても聖哉は優しいんだから」

 

 そう言って苦笑するフランに、聖哉は首を傾げた。

 わからなくていいよ、疑問符を浮かべる聖哉にフランはそう言って彼の頭を優しく撫でる。

 小さくなり、記憶を失い、自分自身の事すら判らなくなっても彼の本質は変わらない。

 それを改めて理解してフランは嬉しくなった、勿論彼女だけでなく……他の者達も。

 

「――ありゃ、本当に小さくなってんだな。驚いたぜ」

 

 フラン達の背後から、そんな言葉が聞こえてきた。

 すぐに振り向くと、そこに居たのは若い人間の青年。

 少々軽薄そうな雰囲気を醸しつつ、若干の驚きの表情を浮かべながら聖哉を見下ろしている。

 

「……あなた、誰?」

 

 左手で聖哉を庇いつつ、右手で握り拳を作り青年に問いかけるフラン。

 警戒は全開に、おかしな行動をしたらすぐに攻撃するという意志を込めた視線を受け、青年は慌てて言葉を放つ。

 

「ちょ、落ち着いてくれよ吸血鬼のお嬢さん。オレは喜助っていって聖哉さんの友人だって」

 

「友人……? ホントに?」

 

「フランさん、大丈夫です。喜助さんは旦那様の御友人ですよ」

 

「そ、そうそう。椛ちゃんの言う通りだってっ」

 

「……なら、いいけど」

 

 椛の言葉で納得できたのか、フランは喜助に対して警戒心を解く。

 しかし彼に向ける視線は決して友好的なものではなく、そんな視線を受けた喜助は口元を引き攣らせていた。

 

(こ、こえぇ……見た目幼女なのにとんでもなくこえぇ、これが吸血鬼か……)

 

「――こらフラン、何をしてるの?」

「ふにゃっ」

 

 フランの頭を軽く小突き、レミリアは喜助の前へと出る。

 

「妹が失礼をしたわね」

 

「え、あ、ああ……いや、いいっすよ別に……」

 

「そう言ってくれると助かるわ。――わたしはレミリア・スカーレットというの、あなたの名は?」

 

「き、喜助っス……」

 

「覚えておくわ、聖哉の友人ならね」

 

「お、おす……」

 

(……喜助さん、完全にレミリアさんに圧されてますね)

 

 とはいえ普通の人間である喜助では、吸血鬼であるレミリアの強者としてのオーラには太刀打ちはできないだろう。

 しかしレミリアも趣味が悪いと椛は思った、あれは明らかに彼の反応を見て楽しんでいる。

 

「そ、それにしても吸血鬼がこんな可愛らしいお嬢さんだったなんて、驚きっすよ……」

 

「あら、お世辞でも嬉しいわね。ありがとう」

 

「いやいや、本心ですって」

 

「ふふっ……お上手ね、でもあまりそんな事を言っていると……食べられてしまうわよ?」

 

 妖艶な笑みを浮かべ、喜助を見上げながら上記の言葉を告げるレミリア。

 その姿は幼い見た目からは想像もできぬ程に妖艶で、喜助は頬を紅潮させおもわずごくりと喉を鳴らした。

 

「――お前、そういう趣味だったのか?」

 

「っっっ、そ、総司……!?」

 

 まるで罪人を見るかのような冷たい視線で友人を見やるのは、喜助と同じくバザーに来ていた総司であった。

 彼の少し後ろには里の子供達と共にバザーに来た慧音の姿もあり、彼女もまた喜助に対しなんともいえない表情を浮かべていた。

 

「喜助、確かに彼女は五百歳を超えているとはいえだな……その」

 

「いやいやいやいやっ、慧音センセーは一体何を誤解しているんですかねえっ!?」

 

「……大丈夫だ喜助、お前の趣味がどんなものでもオレはお前の友人をやめたりしないぞ」

 

「おいコラ総司、てめぇ判ってて言ってんだろっ!!」

 

(おや、なんだか面白い展開になってきたな)

 

 目の前に広がる光景を見て、レミリアは意地の悪い笑みを浮かべる。

 誤解を解くのは簡単だが、無論彼女にそんな殊勝な心構えなど存在しない。

 悪魔らしく、慌てて事情を説明しようとして引かれている喜助の滑稽な姿を見て、愉しむ事しか考えていなかった。

 

「良い趣味してるわね、レミリア」

 

「イリス、わたしは吸血鬼だぞ? 聖哉のような“良い子ちゃん”ではないんだ」

 

「それは知ってる」

 

 

 

――――数分後

 

 

 

「――すまない。騒がしくしてしまった」

 

 申し訳なさそうにしながら、慧音はレミリア達に頭を下げる。

 

「気にしなくていいさ」

 

「お嬢様が言える立場ではないと思いますが……」

 

「慧音さん達は、子供達の引率ですか?」

 

「ああ、寺子屋の課外授業のようなものでな。喜助と総司にも手伝ってもらっているんだ」

 

 ちなみに、すっかり弄られた喜助は隅っこで拗ねているがどうでもいいので割愛する。

 

「聖哉の方は……大丈夫そうだな」

 

 いつの間に仲良くなったのか、フランと人間の子供達と共に川辺で遊んでいる聖哉を見て、慧音は安堵の息を零す。

 

「わたし達が居るんだ、心配するだけ無駄だよ」

 

「……レミリア達の力を信用していないわけではないさ、ただ……つい心配になってしまう」

 

「その気持ちはよく判りますよ慧音さん、ありがとうございます」

 

「椛、困った事があったら遠慮なく言うんだぞ? 私のできる限りで力になるからな?」

 

「もちろん、その時は宜しくお願いします」

 

 椛の言葉に「うむ、ではな」と返し、慧音はまだ遊んでいる子供達と喜助達を連れ人混みの中へと歩いていった。

 

「フラン、あの子供達と仲良くなったの?」

 

「うん、最初は恐がられたけど……聖哉と一緒だったからかな、すぐに友達になれたの!!」

 

「フランおねえちゃんはやさしいきゅうけつきさんだよって、いっただけだよ?」

 

「…………そうか」

 

 吸血鬼が、人間と仲良くなる。

 それのなんと滑稽な事か、吸血鬼にとって人間など単なる食糧でしかない筈なのに。

 そして人間にとって吸血鬼など、滅ぼすべき悪魔でしかないというのに。

 

(だが……うん、悪くはないな)

 

 それはあくまで外の世界での常識だった、しかしここは幻想郷だ。

 人間と吸血鬼が仲良くなってもいいではないか、何より他ならぬフラン自身がそれを願っている。

 新しい関係性、新しい可能性の芽、それをレミリアは見れた気がした。

 

「ねえお姉様、今度寺子屋に行ってもいい? 通うわけじゃないけど、また遊ぼうって約束したから……」

 

「構わないが、自分の能力をもう少し上手く扱えるようになってからだ。だから帰ったら一緒に練習しましょう?」

 

「ホント!? ありがとうお姉様!!」

 

 余程嬉しかったのか、フランは満面の笑みを浮かべ飛び込むようにレミリアへと抱きつく。

 それを苦笑混じりに受け止めるレミリア、その光景に咲夜と美鈴は幸せそうに微笑んでいた。

 

「咲夜さん、なんか私達まで嬉しくなっちゃいますね」

 

「そうね。私もそう思うわ」

 

 願わくば、目の前の光景がずっと続いてほしい。

 2人はそう願い、その為にも何があってもレミリア達を守ろうと強く心に誓ったのだった。

 

 

 

――しかし。

 

――そんな平和な一時すら、呆気なく崩れ去る時がやってきてしまった。

 

 

 

「……」

 

「? 椛、どうしたのよ?」

 

 突如として立ち止まる椛の隣を歩いていたイリスが話しかける。

 だが今の椛の耳にイリスの声は届いておらず、彼女は全意識を己の嗅覚に向けていた。

 

(…………この臭いは)

 

 椛の嗅覚が、ある臭いを感知する。

 それはほんの僅かな、彼女ほどの第六感にも似た圧倒的な嗅覚を持っているからこそ気づくものであり。

 

(間違いない……人間の腐臭!!)

 

 決して、無視できぬ臭いであった。

 

(どこから臭っている……? 距離からしてそう遠くは無い筈……)

 

 周囲を見渡しながら、臭いの発生地点を特定しようとする椛。

 

「――うわああああああっ!!!??」

 

 遠くから響く人間の悲鳴。

 その声を聴き入れた者達は一斉に視線を悲鳴が聞こえた方向へと向ける。

 

「今のって……悲鳴ですよね?」

 

 身体に緊張を走らせ、美鈴は怪訝な表情を浮かべながら隣の咲夜へと問う。

 

「何か、催し物でもしているのかしら?」

 

「その割にはかなり切羽詰まった悲鳴だった気がしますけど――――っ!?」

 

 そこまで言いかけた美鈴が、一瞬で戦闘態勢へと移行すると同時に。

 周囲の地面が軽く揺れ、ボコボコという音を響かせながら――異形の存在が地面から這い出してくる。

 

「なっ!?」

 

「うっ、何よこのニオイ……!?」

 

 鼻が曲がってしまいそうな異臭が漂い始め、場に居た全員が顔をしかめる。

 この異臭の正体は、地面から這い出てきた異形――所々の皮膚を腐らせ、一目見ただけで生きていないと判断できる“元”人間達から発せられていた。

 

「うぇ……お姉様、あれ何ー?」

 

「……アンデッド、死した肉体が呪術によって動いている出来損ないのモンスターね。バザーの催し物としては品が無さ過ぎるけど……」

 

「いやいやいや、そんなわけないでしょうが!!」

 

 冗談よ、ツッコミを入れたイリスにそう答えながら、レミリアは自身の紅い魔力によって作った弾幕の光弾をアンデッド達に撃ち放つ。

 赤い光弾は動きの鈍いアンデッド達を一撃の元に粉砕していき、その悉くを停止させるが……まるで減った数を補充するかのように、地面から別のアンデッド達が這い出てきてしまう。

 

「気持ち悪っ」

 

 目の前でバラバラになる腐肉と漂う腐臭も相まって、おもわずフランは全身を震わせながら悪態を吐く。

 

「同感ね。――さっさと視界から消し飛ばしてしまいましょう」

 

 フランにそう言いながら、レミリアは再び光弾を撃ち放っていく。

 彼女が一撃放つ度に複数のアンデッド達が塵へと帰していき、更に攻撃に加わった咲夜のナイフや美鈴の気弾、イリスの槍によってアンデッド達はなす術もなく蹂躙されていく。

 しかし――それでも数が減らない。

 それこそ無限に湧いて出てきているのかと錯覚する程に、アンデッド達の姿が視界から消えてくれなかった。

 

「ふむ……雑魚とはいえこうまでしつこいと面倒だな、どうするか」

 

 たとえ数百数千という数が押し寄せてきたとしても物の数ではない。

 とはいえこのままでは今の状況が進展しないし、これはどうでもいいのだが……いずれ戦えぬ者達に被害が及んでしまうだろう。

 周囲に居た人間達は悲鳴を上げ逃げ惑い、河童達はそんな人間達を避難させようとしているが、あまり上手くいっていない。

 

「お姉様ー、フランも遊んでいいー?」

 

「貴女だとパワーがありすぎて周囲全てを巻き込むから駄目よ、“今は”我慢しなさいな」

 

 本音を言えばフランのパワーで全て薙ぎ払うのが一番手っ取り早いが、そうなれば周囲の人間や河童も巻き込んでしまう。

 それは駄目だ、決して情が移ったとかそういうわけではないが、そんな事をすれば色々と煩い連中が居るのである。

 

「貴女は聖哉を守ってあげて、こんな目が腐るような光景を今のコイツに見せるのは可哀想よ」

 

「もちろん、だからちゃんと目は塞いであげてるよ」

 

 そう告げるフランは、確かに自らの両手で聖哉の両手を覆うように塞いでいた。

 そんな聖哉は突然の事態に混乱しているのか、それともこの腐臭にやられたのか微動だにしていない。

 

「――さてどうする? さっきからそこでサボってる椛さん?」

 

 しっかりとアンデッド達を駆逐しながら、レミリアは先程から戦闘に参加しない椛へと声を掛ける。

 ――彼女は今、その場で棒立ちのまま佇んでいる。

 目を閉じ、微動だにしないその姿はあまりに隙だらけであり、武装したイリスが守ってやらねばとっくにアンデッド達に襲われているだろう。

 とはいえ、彼女が文字通りサボっているわけではないとレミリア自身判っていた。

 

(捜しているな、元凶を)

 

 無限湧きに等しいアンデッド達の相手をするだけ無駄、根元を絶たねば意味がない。

 それを逸早く察知したからこそ、椛は戦闘には加わらず自らの“千里眼”を開放してそれを捜している。

 そして、そんな彼女の勘の良さを察したからこそ――レミリアはフランに「今は我慢しろ」と言ったのだ。

 

「っ、見つけた……!」

 

「――フラン、椛についていきなさい。そこでならおもいっきり遊んで構わないから」

 

 椛が上記の言葉を放つのと、レミリアがフランにそう言い放ったのは同時だった。

 

「ホント!?」

 

「ただし、周りの地形を変えるのだけはやめなさい。約束できる?」

 

「うんっ、ありがとうお姉様!!」

 

「というわけだ椛、フランもつれていくといい。雑魚の相手はわたし達だけで充分だからな」

 

「助かります。――イリスさんはここに残ってレミリアさん達と協力して旦那様を!!」

 

「了解!!」

 

 イリスの返答を聞くと同時に椛は飛び立ち、その後をフランも追った。

 その姿を見送りつつ、イリスは聖哉を左腕で抱きかかえアンデッド達を見させないようにしてから、一度距離を離す。

 こんな程度の相手ならば全員で掛かる必要などない、ならば聖哉を守る事だけを考えられる。

 

「助かるよイリス。――咲夜、美鈴、イリスと同じ位置まで下がれ。一気に終わらせる」

 

「畏まりました」

「了解です!!」

 

 ほぼ同時にレミリアの後方へと下がる咲夜と美鈴。

 それを見届けた後――レミリアは一気に己の魔力を開放する。

 

(……相変わらず、デタラメなパワーね)

 

 その強大さにイリスは僅かに口元を引き攣らせる。

 今は日中、パチュリーが開発した日よけの魔法の加護があるおかげで日傘の世話にはならないとはいえ、今の彼女は弱体化している。

 だというのに、吹き荒れる魔力は肌を刺すかのような膨大さを放っていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ吸血鬼様、ここを吹き飛ばすつもり!?」

 

 他の河童と共に人間達の避難を手伝っていたにとりが、焦りを含んだ声で叫ぶ。

 だが彼女の言い分も尤もである、それだけ今のレミリアから放たれている力の奔流は大きなものだからだ。

 

「安心しろ、わたしがそんなくだらないヘマをすると思うな。――“運命の鎖よ、我が魔力に従い愚者共を捕らえよ”」

 

 力ある言葉を放つレミリア。

 すると彼女の目の前に六つの魔法陣が出現、そこから赤い魔力で錬られた鎖が飛び出す。

 それらは瞬く間に百近くまで増えていたアンデッド達に絡みつき、抵抗させる隙も与えずに地面に叩きつけてしまった。

 

「“ミゼラブル・フェイト”。――お前達程度には過ぎた技だな」

 

「流石ですわ、お嬢様」

 

「はい、相も変わらず出鱈目ですねお嬢様!!」

 

「美鈴、それ褒めてるのか?」

 

「――聖哉、大丈夫だった!?」

 

 脅威が去った事に安堵しつつ、にとりはイリスに庇われている聖哉へと詰め寄った。

 

「……イリスおねえちゃん、このおねえちゃんだれ?」

 

「っ、ぁ……」

 

 その言葉で、にとりは今の聖哉に記憶がない事を思い出す。

 ……しかし、これは、思っていた以上に。

 

(キツイね、大切な友達に誰って言われるのは……)

 

「セーヤ、この子は河城にとりっていって河童なの」

 

「かっぱさん……はじめましてにとりおねえちゃん、いぬわたりせいやですっ」

 

「…………よろしくね、聖哉」

 

 ――上手く笑顔を浮かべられているだろうか、今の自分は。

 そう思いながら、にとりは無邪気な笑みを浮かべる聖哉の頭を優しく撫でた。

 

「……お嬢様、増援が止みましたね」

 

「どうやら打ち止めのようだ、まあいくら人間の死体とはいえ数多く揃えるのは容易ではないだろうからな」

 

 ならばと、レミリアは鎖に更なる魔力を込め……拘束していたアンデッド達を完全に破壊した。

 

「さて、このまま紅魔館に戻るか……」

 

「えっ、妹様はどうするんですか!?」

 

「椛が一緒ならば余程の相手じゃない限り問題じゃないだろ、フラン自身も戦える。

 わたし達の優先すべき事は聖哉の守護だ、重鎮共との盟約を破るわけにもいかんし――――――っ!!??」

 

 瞬間、レミリアの全身が総毛立った。

 それと同時に彼女は本能のままに足を動かし、自分の正面に立っていた咲夜と美鈴を突き飛ばした。

 

「え―――」

「お嬢様……!?」

 

 突然の主の行動に、当然ながら困惑する2人。

 だが、その疑問の答えはすぐに訪れる。

 

 

――爆音が響き、玄武の沢全体が揺れ動いた。

 

 

 先程まで2人が立っていた場所、そこに巨人が扱うような巨大な戦斧による一撃が叩き込まれる。

 ――もしもレミリアが2人を突き飛ばさなければ、彼女達は舞い散る粉塵と同じ末路を辿っていただろう。

 その事実に2人は全身を震わせたが、そんな2人を庇ったレミリアは逸早く体勢を立て直し奇襲を仕掛けてきた者を睨みつける。

 

「……さっすが吸血鬼、不意打ち成功かと思ったんだけどなあ」

 

 奇襲を仕掛けてきた相手は――まだ年端もいかぬ見た目の少女であった。

 栗色の短い髪と紫の瞳を持つその少女の細腕には、先程の攻撃で使われた戦斧が握られている。

 そのちぐはぐさに困惑しそうになるが、少女の内側から溢れ出しそうになっている強大な“魔力”が、少女が人間ではなく“魔族”であると説明していた。

 

「お前は……確かセレナだったか?」

 

 かつて幻想郷にて聖哉と戦い、月でも暗躍していた魔族の一人。

 前に聖哉から聞かされていた特徴とよく似ている為、レミリアがそう訊ねると。

 

「あれ? もしかして聖哉から聞いてたの? いやー……こう言っちゃなんだけど聖哉もよく覚えてたねわたしの事」

 

 あっさりと肯定の意を示しただけでなく、何故か嬉しそうな態度を返してきた。

 そのあまりに敵意のない姿にレミリアは面食らう……わけもなく、瞳に怒りの炎を宿し一瞬で戦闘態勢へと移行する。

 

「――咲夜、美鈴、イリスと共にここに居る全員を連れて離れろ。今すぐにだ」

 

「え、あ、お嬢様は」

 

「口答えするな咲夜、聖哉を守る事だけを考えればいい」

 

「っ……畏まりました」

 

 そのあまりの覇気に、咲夜はすぐさまレミリアに頭を下げ行動を開始する。

 彼女に仕えるメイドとして、成すべき事を果たす。

 ただそれだけを考え、咲夜は美鈴に指示を出しながら後退していった。

 周りに居た河童達もセレナの力やレミリアの凄まじい覇気の影響もあってか、先程以上の速度で人間達と共にこの場から離れていく。

 

「お優しい吸血鬼様だこと、自分の所の子だけじゃなく周りの人間や河童の心配もするなんて」

 

「は? お前、何を勘違いしてるんだ? ――ただ単純に邪魔だっただけだ、なにせ」

 

 

 

―――お前相手に、加減などできそうにないからな。

 

 

 

 囁くようにレミリアがそう告げた瞬間――空気が完全に変わった。

 彼女の身体から放出される赤い魔力は天を貫き、大地を揺らし、空間に軋みを上げていく。

 

「……わーお、おたく……まだ五百歳くらいだよね?」

 

「ああ。まだまだ妖怪としては若いだろうな、だがな……今のわたしは、すこぶる機嫌が悪いから力の出し惜しみなんぞしないと決めた」

 

「めっちゃ怒ってるじゃないですかやだー。……そんなに不意打ちされたのが癪に障った?」

 

「それもある。だがな――――お前は今、咲夜と美鈴に手を出したんだ」

 

 それが、どうしようもなく腹立たしい。

 自分の所有物を、大切で大切で……“いつか”の時まで絶対に手放したくないと思っている存在を、容赦なく奪おうとした。

 だからこそ加減もしないし慢心なんかしてやらない、レミリア・スカーレットが持つ全力で目の前の存在を蹂躙すると決めたのだ。

 

「…………よっぽど大切なんだ、あの人間と妖怪が」

 

「当たり前だ。わたしがこれ以上ないと決めた2人だぞ?」

 

「そっか……あー……うん、なんかやりづらいなぁ」

 

 セレナの闘気が、少しだけ小さくなった。

 

「想いは力になる。だからそれを持ってるヤツと戦うのは……ちょっと辛いね」

 

「なら尻尾を巻いて逃げるか?」

 

「悪いんだけどそういうわけにはいかないんだよねえ。――雇い主がさ、動き出しちゃったから」

 

「……そうかい。まあ逃げようとしても追いかけるがな」

 

「じゃあなんで聞いたのさ!?」

 

「決まってるだろ。――――単なる戯れだよ!!」

 

 楽しそうにそう叫び、レミリアは地を蹴った。

 

「良い性格してるよ、レミリア・スカーレット!!」

 

 そんな彼女を真っ直ぐに見据えながら、セレナもまた地を蹴り。

 

 互いの一撃が真っ向からぶつかり合い、戦いが始まりを告げた――

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