狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第106話 それぞれの戦い~揺れる幻想郷~③

――地獄の業火が、全てを焼き尽くしていく。

 

「――アヒャハアアアッ!!!」

 

 狂気に満ちた笑い声を上げ続けながら、フランはレーヴァテインを振るい続ける。

 その一手はただ速く、重く、そして無茶苦茶な軌道を描いていた。

 

「フランさん!!」

 

 完全に正気を失っているフランに声を掛け続ける椛だが、返ってくるのはレーヴァテインによる攻撃であった。

 ――否、フランのレーヴァテインは椛を捉えていない。

 がむしゃらに、何も考えずに振るっているその姿は駄々をこねる子供のようだ。

 しかし振るっているのは棒切れではない、触れたモノを焼き尽くす魔剣であり、既に周りは火の海と化していた。

 

「くっ……!」

 

 これでは被害が増える一方だ、そう判断した椛は攻撃を仕掛けようと風王を構え直す。

 

「……」

 

 だが、踏み込めない。

 今のフランの隙を突くのはそう難しい話ではない、溢れ出ている狂気をパワーに変えて暴れ回っているが、冷静さなど欠片もない状態なので間合いを詰めるのは簡単だ。

 しかし――敵ではない彼女を斬る事など、椛にはできなかった。

 

「っ……」

 

 判っている、今の彼女を放っておけば妖怪の山に被害が及ぶ。

 それだけでは済まず、ここで止めなければ……フランは目に映るモノ全てを破壊し尽くすだろう。

 闇聖哉によって狂気の怪物と化してしまった彼女は、言葉では止まらない。

 かといって吸血鬼である彼女に対し手加減などできる筈もなく、されど一歩間違えれば……。

 

「壊レロォォォッ!!!!」

「っ!?」

 

 レーヴァテインが迫る。

 しかし迷いを見せた椛は反応が遅れ……。

 

「ギッ……!?」

 

 フランの身体が後方に弾け飛ぶ。

 椛へとレーヴァテインの一撃が振り下ろされる瞬間、フランの身体に真紅の槍が命中し、彼女を吹き飛ばした。

 

「――――フラン、何故」

 

 椛の前に降り立つ、一人の少女。

 フランに向かって真紅の槍――ハートブレイクの一撃を放ち椛を助けたのは、フランと同じ吸血鬼であるレミリアであった。

 

「レミリアさん……」

 

「ごめんなさいね椛、こんな事に巻き込んでしまって」

 

 吹き飛ばした方向に視線を向けたまま、レミリアは背後に居る椛へと謝罪の言葉を放つ。

 

「フランさんのあの状態は、一体何なんですか?」

 

「……わたし達妖怪には多かれ少なかれ“狂気”と呼べる激情をその身に宿しているのは知っているな?」

 

「え、ええ……妖怪の多くが好戦的である理由の一つだと言われていて、力が強い妖怪程その身に宿す“狂気”は多いとも……」

 

「わたしの妹は自我が呑み込まれる程の“狂気”を持って生まれてしまった、それに気づいた両親はすぐにこの子の狂気を封印したんだ。

 それによってあの子は吸血鬼とは思えない程に穏やかに育った、とはいえ時折物騒な事や残酷な事を平然と言ってのけるけど、妖怪としてはまあ……ごく自然なレベルに落ち着いてくれたよ」

 

「……では、今はその封印が?」

 

「200年程前、封印に綻びが生じた事があった。

 それだけあの子が宿した“狂気”は大きかったんだ、その時はお父様がなんとかしてくれたよ…………己の命と引き換えに(・・・・・・・・・)

 

 赤子の時とは違っていた、“狂気”を表に出したフランの力は想像を絶するものだったのだ。

 それこそ、レミリアとフランの父が命を懸ける程に……。

 

「お母様はお父様を喪い、そのせいかフランを愛する事ができなくなってしまった」

 

「……」

 

「そして精神は衰弱の一途を辿り……まあ、致し方ない事だったんだが」

 

 フランに責任はない、否、誰が悪いという話ではないのだ。

 ただ間が悪かっただけ、レミリア風に言うならば……“運命”だったに過ぎない。

 

「元に戻す方法は?」

 

「…………」

 

 レミリアは答えない、それが何を意味するのか……椛は理解してしまった。

 

「――元には戻せない、もはやフランに施された封印は完全に破壊されてしまっている。

 こうなれば後は自らの内に存在する“狂気”が、世界に破壊を齎すだけだ」

 

「そんな……! じゃあ、フランさんを……」

 

「これは姉であるわたしの役目だ。――お前は聖哉の元に向かえ」

 

 

「――ヒャハハハハッ!!!!」

 

 

 吹き飛ばされたフランが、レミリアに迫る。

 振り下ろされるレーヴァテイン、それをレミリアは両腕に魔力を込め交差して受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

 受け止めた、が、そのあまりの威力にレミリアの足が踝辺りまで地面に沈み込む。

 

「ヒヒ、オ姉様……オ姉様アァァァァァァッ!!!!」

 

「ぐ、ぉぉ……」

 

 レミリアの身体が更に沈んでいく。

 フランのパワーが想像を遥かに超えているのもあるが、セレナとの戦いでレミリアは大きく消耗してしまっていた。

 

「壊レチャエエエエエエエッ!!!!」

 

 レーヴァテインに、更なる力が込められる。

 このままでは両腕ごと両断させられるが、防御で手一杯なレミリアは逃げる事もできず。

 

「ギ、ッ……!?」

 

 両断される前に、間合いを詰めた椛の蹴りがフランを再び弾き飛ばした。

 後方の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいくフランには構わず、椛は膝を突き荒い息を繰り返すレミリアの身体を支える。

 

「もう殆ど余力なんか残されていない今の状態で、あのフランさんの相手をするのは無理ですよ!」

 

「…………そうかも、しれん。だがあの子を放っておくわけにはいかん」

 

 セレナとの戦いで魔力の殆どを喪い、更に陽の光による弱体化で回復もできない。

 椛の言う通り、今のレミリアでは暴走しているフランを止める事はできないだろう。

 

 ……だが、それでも何もしないわけにはいかない。

 あの優しいフランが、自身に宿す“狂気”によって誰かの命を奪う事などあってはならない。

 たとえこの身を犠牲にすることになったとしても、幕引きは姉である自分がしなければ……。

 

「レミリアさんは後退を」

 

「待て、お前は聖哉の元に――」

 

「旦那様の事は勿論心配です。ですがレミリアさんを今のフランさんと戦わせるわけにはいきません!」

 

 このままここを離れれば、確実にレミリアはフランに殺される。

 それが判っていてどうして離れられようか、今の自分のすべき事を決め椛は風王を構え直す。

 

「――ガアアアッ!!」

 

 周囲の地面を吹き飛ばしながら、上空へと飛翔するフラン。

 その瞳に自身の邪魔をした椛に対する怒りの色を宿しながら、彼女は背中の翼を大きく展開する。

 

「スターボウ……ブレイクゥゥゥゥッ!!!!」

 

 翼に付いている宝石のような物体が発光し、そこから機関銃の如し密度の弾幕が放たれる。

 数にして百近いそれは、地上に居る椛達をまとめて貫こうと撃たれ――その総てを椛は風王を振るい弾き飛ばす。

 防がれた事にフランはより一層その端正な顔を歪ませ、接近戦に移行しようとして。

 

「ッ!!??」

 

 風が吹き荒れ、それが檻となりフランを完全に閉じ込めてしまった。

 

「あれは……」

 

「――生きてるわね、椛」

 

 そう言って2人の前に降り立ったのは、風の檻を生み出しフランの動きを封じ込めた鴉天狗の女性――射命丸文であった。

 一歩遅れて文に同行していた姫海棠はたても地上に降り立ち、閉じ込められたフランを見ながら驚愕の表情を浮かべる。

 

「あの子って確か吸血鬼の妹さんよね……あの状態ってまさか」

 

「……“狂気”に呑まれましたか」

 

「わかるのか?」

 

「ええ、これでもあなたよりずっと永い時を生きていますからね、ああいった者の末路は……何度も見ていますよ。――――介錯、しましょうか?」

 

「…………………………やってくれるのなら頼むよ、椛には自分でケリをつけると言ったが思っていた以上に消耗してしまってまともに戦えん」

 

「ま、待ってください文さん、はたてさん。フランさんは」

 

「ああなった者は元には戻らない。

 妖怪は精神に依存する生物、故にあれだけの“狂気”に呑まれれば……それ以上は言わなくても、椛なら理解できるわよね?」

 

 淡々と、何の感情も乗せずに文はただ事実だけを口にする。

 もはやフランは助からない、だから諦めろ、と。

 山で生きる天狗として、文はフランを討つべき敵とみなしていた。

 

「……」

 

「何もできないなら黙って見ていなさい。……わざわざその手を穢す必要なんてないんだから」

 

 言って、文は椛から視線を外し意識をフランへと向ける。

 ……言葉になっていない叫び声を上げながら、フランは文とはたての2人がかりで生み出した風の檻を抜け出そうとしている。

 風によって自身の身体が切り刻まれるのにも構わず内部で暴れているフランを見て、文は憐れみの表情を向けながらも右手に持つ天狗扇に妖力を込めていく。

 

「――――」

 

 一撃の元にフランを滅しようとした文の動きが止まる。

 そして彼女は天狗扇に込めていた妖力を霧散させながら、後ろへと後退し。

 

――入れ替わるように、椛が前に出た。

 

「……任せていいのね?」

 

「…………」

 

 文の問いには何も答えず、椛はゆっくりとした動きで風王を両手で構える。

 

「――――ガアッ!!」

 

 風の檻が、力任せに破られる。

 それと同時に切り刻まれた肉体を瞬時に再生させていくフラン、だがその姿はあまりに隙だらけでありそして。

 

「――終の太刀」

 

 その隙を、最後の一撃を放とうとしていた椛が見逃すはずがなかった。

 しかし、彼女はそのまま風王を鞘に収めてしまう。

 何が起きたのか、文達3人共判らぬ中――椛は、既に最後の一手をフランに叩き込んでいた。

 

「ギ、ガァァッ!!??」

 

 鮮血が、フランの身体から噴水のように噴き出る。

 そこに刻まれたのは一閃の刀傷、それも誰が見ても致命傷だと判る程の深いものであった。

 

「…………ねえ、文。今の……見えた?」

 

「……いいえ」

 

「あれって……もしかして」

 

 ――天狗の剣技には、受けた者は斬られた事すら気づかないままその命を終える神速の剣戟がある。

 しかしその担い手は天狗の長である天魔だけであり、半ば伝説と化していた一撃。

 

(終の太刀――天瞬剣(てんしゅんけん)、まさかあの子が……)

 

「……すまないな椛、嫌な役目を押し付けてしまった」

 

「何を言っているんですかレミリアさん。――フランさんはまだ死んでいません(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「何だと……!?」

 

 すぐさまレミリアの視線が、血だまりの中で倒れているフランへと向けられる。

 離れた位置から見ても判る程の出血量、しかし……確かにまだ息をしているのが確認できた。

 

「どういうつもりだ椛、何故加減をした? 今の一撃ならばたとえフランでも」

 

「――私はフランさんを見捨てるつもりはありません」

 

「っ、そう思ってくれるお前の優しさは正直嬉しいと思う。だがフランに掛けられた封印は完全に破壊されたと」

 

「だから諦めると? 家族でありたった一人の妹さんであるフランさんを、このまま死なせると?」

 

「…………手はあるのか? フランの“狂気”を再び封印する手段はない、お父様とお母様が使用したのは最上位の封印術だ。

 それをわたしは扱う事などできないし、扱えたとしても今のフランの力が強過ぎて意味を成さない。

 しかしこのまま時間が経てば傷を癒したフランが再び破壊活動を行うのは目に見えている、そうなれば……もはやわたし達だけの問題では済まなくなるんだ」

 

 間違いなく、幻想郷の強者達が動き出すだろう。

 そうなれば如何に今のフランとて滅せられる、それも……相手側に多大な被害を齎すという結果を残して。

 

「手は……ありません。ですがレミリアさん、紅魔館ならば一時的に今のフランさんを隔離できる場所があるんじゃないですか?」

 

「……お前、まさかそれを見越して」

 

「正直運任せでしたけどね、あの一撃でフランさんが生き残るかは賭けでしたから」

 

 そう、椛が放ったあの一撃はフランを殺すつもりで振るった全力の一手だった。

 加減など一切していない、強化されたフランの再生能力に期待しただけで……生き残るとは思っていなかった。

 しかし結果としてフランはまだ生きている、ならば希望を捨てるわけにはいかない。

 

「急ぎましょうレミリアさん、このままじゃまたフランさんが暴れますよ」

 

「…………だが」

 

「――椛、私達は今回の一件で出会わなかった、それでいいわね?」

 

 そう言い放ったのは、先程まで事の成り行きを見守っていた文であった。

 上記の言葉の意味をすぐさま理解した椛達は、驚愕の表情を文に向ける。

 当たり前だ、つまり彼女は山の天狗でありながら……山にとって排除すべき脅威であったフランを見逃すと言っているのだから。

 

「文さん……」

 

「急ぎなさい、あなたはあなたの望む事をすればいいの。――これで少しは、あなた達への借りを返せればいいのだけれど」

 

 背中の翼を大きく広げ、椛達に背を向けこの場から飛び去る文。

 

「……まったく、素直じゃないんだから」

 

「…………」

 

 ……最後の言葉の意味は一体何だったのだろうか。

 そんな疑問が頭に過ったが、すぐにフランを紅魔館に連れて行こうと――

 

「え――――」

 

 視界が揺れる。

 ……前のめりに倒れ込んでしまった、すぐに起き上がろうとする椛だったが。

 

「あ、ぐ……」

 

 起き上がれず、そればかりか全身が凍り付いてしまったかのように動かない。

 力を入れようとしても一向に入らず、そればかりか段々と意識が……。

 

「椛!!」

 

「――――」

 

 自分を呼ぶはたての声が、何処か遠くから聞こえる。

 それに応えようとする椛だったが、視界は既に黒く染まり何も見えず。

 

(こんな、所で、倒れている……ばあい、じゃ……)

 

 最強剣の反動によって、彼女は完全に意識を手放してしまった……。

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