狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第107話 それぞれの戦い~揺れる幻想郷~④

「――――ふぃぃぃぃぃぃっ」

「……はぁぁぁ」

「ふぅ……ふぅ……」

 

 玄武の沢から人里へと戻ってきた人間達。

 その一行をまとめ先頭を歩いていた慧音、総司、喜助の3人は里の門を閉めた瞬間、疲労と安堵からかへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

――だが、状況は最悪なまま変わっていない。

 

 里には霊夢が施した結界が張られている、今までの事を考えると完全に……とは言えないものの、とりあえずの安全は確保できただろう。

 しかし、外には今も動く屍――アンデッド達が生きとし生ける者達を蹂躙しようと、徘徊を続けている。

 このまま立て籠もっていた所で事態は好転する事はなくしかし、打開策などある筈がなかった。

 

(とにかく、今は皆を休ませてあげなくてはな……)

 

 動きたくないと訴える自身の身体に喝を入れながら、慧音は一足先に立ち上がる。

 里の住人達は誰もが不安と恐れに支配されてしまっている、故に一刻も早い休息が必要だ。

 

「――皆さん、戻ってきたんですね!」

 

 そう言って慧音達の前に現れたのは、命蓮寺の住職である聖白蓮であった。

 彼女の後ろには星や一輪、雲山に村紗にナズーリン等……命蓮寺の関係者全員の姿があり、それらを見た里の人間達は僅かに安堵の表情を浮かべ始める。

 

「住職殿……」

 

「ね、ねえ!!」

 

 聖哉が、今にも泣きそうな顔で白蓮達へと声を掛ける。

 全員の視線が彼に向けられる中、聖哉は。

 

「イリスおねえちゃんたちを、たすけて!!」

 

 瞳から涙をぽろぽろと流しながら、白蓮達にそう懇願した。

 

「ど、どうしたのさ聖哉!?」

 

 涙を流す聖哉に困惑しつつ、彼を慰めようと駆け寄るぬえ。

 

「イリスおねえちゃんたちが、ぼくたちをたすけようと……」

 

「……慧音さん、説明を」

 

「あ、ああ……」

 

 妖怪の山での詳細を白蓮達へと説明する慧音。

 それを聞いて驚き、すぐさま助けに行こうとする一輪達だったが……それを他ならぬ白蓮が止める。

 

「いけません。我々はここで皆を守らねば」

 

「だ、だけどさ聖!!」

 

「相手の戦力は未知数、そしてこの里の中でも絶対に安全ではないと前の襲撃で判っている筈です」

 

「聖、イリスさんは前に我々を救おうと力を貸してくれました。そして彼女と共に戦っている咲夜さんと美鈴さんは聖哉さんの御友人。

 聖哉さんの友として、私は彼女達を見捨てるわけにはいきません」

 

「……」

 

 星の言葉で、白蓮は何も言えなくなったのか沈黙してしまった。

 ……白蓮とて、聖哉の懇願がなくとも力になりたいと思っている。

 しかしだ、それによって戦力を分散した結果……里の住人達を守れなければ意味がない。

 

「…………巫女様は、一体何をしているのでしょうか」

 

 ぽつりと、そんな呟きが人間達の一人から零れる。

 

「このような状況だというのに、巫女様が動いた様子が見られない……」

「確かに……一体巫女様は何をしているのかっ」

「そ、そうだ。おれ達がこんな目に遭っているのに、博麗の巫女が何もしないなんて……!」

 

 それが切欠になったのか、次々とそんな言葉が人間達の口から放たれていく。

 その全てが博麗の巫女である霊夢を責めるような冷たい言葉であり、慧音達がすぐに苦言を呈するが、一向に止まる気配を見せない。

 

「……」

 

 それを、ぬえは汚物を見るような視線で見つめていた。

 状況が状況とはいえ、里の人間達の様子は醜いと言う他ない。

 少しは自分で何かしようと思わないのか……そう思っていると、突如として目の前の空間が裂けた(・・・・・・・・・・)

 

 裂けた空間の先に見えたのは、数え切れぬ程の目玉。

 そんな不気味な空間から現れたのは……道士風の衣服に身を包んだ金糸の髪を持つ美女と、禍々しくも何処か暖かな漆黒の光を放つ光球であった。

 

「……八雲殿か」

 

「それに……ヴァンさん、でしたよね?」

 

〈ああ。そうだよ毘沙門天の嬢ちゃん〉

 

「山へと行っていた人間は、ここに居る全員ですか?」

 

「ええ、そうですが……」

 

「ではすぐに避難を。このスキマは仙界へと繋がっています、既に里に居た者達は避難していますので」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「安心してくださいな。向こうには仙人だけでなく全員でないにしろ守矢の神々もいらっしゃいます、何があっても皆様の安全は――――――っ!?」

 

 目を見開き、背後へと振り向く紫。

 

 

「――おい、勝手に逃げるんじゃねえよ。そいつらはオレが全員殺すんだからな」

 

 

 嘲笑う声が場に響くと同時に、あってはならぬモノ達が姿を現す。

 この幻想郷の平和を何の慈悲もなく打ち砕こうとする、悪鬼達。

 

「命蓮……!」

 

「それに、闇聖哉か……!」

 

「またその呼び名かよ……まあいいか」

 

 肩を竦めながら、闇聖哉は瞬時に戦闘態勢へと移行する。

 彼の身体から溢れ出す漆黒のオーラ、その力の奔流は見るだけで生きる意志を奪わんとする呪いの如し。

 

「ダメだよ、他の連中はいいけど姉さんだけはダメだ」

 

「……」

 

 命蓮の視線は、白蓮只一人だけに向けられている。

 まるで彼女以外の存在を視界に入れないよう、粘着質を孕んだ目で彼女を見つめ続けていた。

 

「姉さん、場所を変えよう。ここでは邪魔が多すぎる」

 

「…………いいでしょう」

 

「聖様!?」

 

「聖、貴女一人では危険です!!」

 

 すぐさま命蓮寺の仲間達が白蓮を止めようとするが、彼女は首を横に振って拒否の意を示す。

 

「この子の業は私が払わねばならない、たとえここまで堕ちた存在だとしても……」

 

「そうこなくっちゃね。――邪魔をするなよ塵芥共、これ以上囀るならお前達から……殺すよ?」

 

 穏やかに微笑みを浮かべながら、絶殺の意志を込めて上記の言葉を吐き出す命蓮。

 その矛盾めいた異常な姿に、星達はこれ以上何も口を挟む事ができなくなった。

 そんな彼女達の様子が滑稽に映ったのか、命蓮はますます笑みを深めながら、その場から飛び去っていく。

 すぐさま彼の後を追う為に飛翔する白蓮、しかし誰もその姿を視界に捉える事は出来なかった。

 

 何故か? そんな事をすれば、忽ち目の前の悪鬼に命を奪われると判っているからだ。

 

「どうしたよ賢者様、さっさとそのスキマを使って人間達を逃がしたらどうだ? さすがのオレもすぐに仙界に行く事はできねえだろうしなぁ」

 

 そう提案する闇聖哉の言葉に、紫は沈黙を貫いたまま敵を睨み続ける。

 ……逃がしたいのは山々だ、だが少しでも動きを見せればその瞬間に相手の一撃を許してしまう。

 たった一撃でも耐えられるのならばそれでもいい、しかし感じ取れる力の奔流でそれは困難だと理解できた。

 受ければ死ぬ、それが判っていて何故安易に動けるというのか……。

 

「自らを盾にして人間を守るなんて芸当、賢者様には到底できっこねえよなあ?

 そりゃあそうだ、そんな酔狂な事ができる存在なんざこの世の何処を捜しても居やしない。まあ……どっかの愚か者は例外だがな」

 

「っ、あなたは……」

 

「八雲紫、テメエが普段からこそこそと動き回り極力直接戦闘を避ける理由、それはテメエが正確には全力を出せないからだよな?」

 

「………………」

 

 その言葉を、紫は否定する事ができなかった。

 ――この幻想郷に展開されている結界を維持しているのは、博麗の巫女だけではない。

 “幻と実体の境界”、代々の博麗の巫女が管理する“博麗大結界”とは違うこの結界は、維持するだけで紫の力の多くを使用している。

 故に彼女は闇聖哉の言う通り全力を出す事ができない、それでも大妖怪故に大抵の相手には負けないが……今回は、あまりにも相手が悪すぎた。

 

「それが無くとも自分より下の人間を守ろうなどと本気で思ってないだろうがな、テメエは所詮自分と幻想郷が無事なら構わないんだろうさ」

 

 闇聖哉は自らの有利を微塵も疑わない。

 この場に居る誰もが自分に敵わず、そのまま蹂躙されるだけの存在でしかないと確信している。

 だから彼はここぞとばかりに余裕と慢心を見せつける、が。

 

――そんな怪物に真っ向から立ち向かう者が現れた。

 

「…………あ?」

 

「なっ!?」

 

 身体を震わせ、瞳には恐怖から涙を溜めながらも、皆を守るように一歩前に出て闇聖哉と対峙するのは……聖哉であった。

 

「……なんだ、そんなに早く殺されたいらしいな?」

 

「っ……」

 

 軽く睨みつけられただけで、聖哉は全身を委縮させ、より一層全身を震え上げさせる。

 ――それでも、この場から逃げようとしない。

 記憶を完全に失い、見た目も中身も何の力もない子供と同じになったとしても。

 

――彼は、犬渡聖哉は変わらず誰かを守ろうとその一歩を踏み出し前を見据えていた。

 

「これいじょう、みんなをいじめるのはゆるさない!!」

 

「……この世には正しいものしかないってツラしやがって、おめでたいガキだなテメェはっ!!」

 

「ぅ……」

 

「テメェに一体何ができる? 何の力もねえ、守られるだけのテメェはただ無様に震え上がってればいいんだよっ!!」

 

 力もないだけの無能、闇聖哉にとって今の聖哉はその程度の存在でしかない。

 そう思っている存在が、今にも溢れ出しそうな恐怖や逃げ出したい衝動すら振り払い、遥か格上の相手に立ち向かってくる。

 それが闇聖哉には許せず、先程まで見せていた余裕の色を完全に吹き飛ばし激しい憎悪と憤怒の表情を浮かべ漆黒のオーラを全身から立ち昇らせた。

 

「ひっ、ひ……ぅ……」

 

 圧倒的な威圧感、直接それを受けていない後方に居る人間達ですら、それに中てられ次々と意識を失っていく。

 だが、それでも――聖哉は、意識を失う事も逃げる事もせず、闇聖哉を真っ直ぐ見据え続けていた。

 

「ま、まけない……まけるもんかっ!!」

 

「――――」

 

 その姿は、あまりにも小さく、あまりにも愚かで。

 けれど彼女にとって――八雲紫にとってその姿は、決して失ってはならぬ尊き姿に映って。

 

(記憶を喪って、ただの子供になってもこの子は……皆の為に戦おうとしている……)

 

 無意味な行いだとしても、愚かな行為に過ぎないとしても。

 聖哉は、今の自分の成したいと願う想いの元に、戦おうとしている。

 

(なら、私は? 私は今、何をしている?)

 

 今の自分では闇聖哉に敵わない、そう判断して迷いを抱き何も出来ずにいる。

 

(――情けないっ!!)

 

 大妖怪であり幻想郷の賢者でありながら、己の立場と諦めの良さだけに囚われ、守らねばならない聖哉に守られようとしている。

 そんな事はあってはならない、紫は自らの愚かさに憎悪すら抱いた。

 くだらぬしがらみも、立場も、プライドも、今こそ総てをかなぐり捨てる時ではないのか?

 

 成すべき事を成し、この愛すべき世界を守る。

 かつて、まだ未熟だった幼年期に抱いたその願いを、紫は今一度思い起こし。

 

 

 

 

――小さな、しかし大切な一歩を踏み出した。

 

 

 

 

「――そうかよ。なら……さっさと死ねや」

 

 冷たく言い放ち、闇聖哉は動いた。

 彼にとって今の聖哉など塵芥当然の存在、少し撫でるだけでその命を奪えるだろう。

 だがそれでは我慢ならない、それ程までに聖哉の行動は闇聖哉の逆鱗に触れたものだったからだ。

 

 最大の力で、目の前の存在を一変残らずこの世から消滅させる。

 その為に闇聖哉は自身のオーラを最大限高め、右手から漆黒の大槍を生み出し、そのまま弾丸のように聖哉へと撃ち出して。

 

「なっ――」

「――えっ」

 

 聖哉の身体を貫き、消滅させるはずの槍が。

 2人の間に割って入ってきた紫が。

 彼を守る為に、その身を盾にして受け止める光景が……視界に広がった。

 

「っ、ご、ぶ……っ」

 

 吐血する紫。

 漆黒の槍は彼女が展開していた防御結界を容易く破壊しながらその胸を貫き、呪いに等しい黒きオーラが急速に彼女の命を蝕んでいく。

 膝を突き、自らの血で大地を赤く染めながらも、紫は倒れる事なく顔を上げ……闇聖哉を睨みつける。

 

「…………」

 

 ――無駄な行為でしかない。

 たとえ己を盾にした所で、闇聖哉が次の一手を放てばそれで終わり。

 八雲紫のこの行動は、あまりにも無意味で無価値なものだ。

 

 だというのに、闇聖哉は追撃を忘れ驚愕の表情を浮かべたまま紫を見下ろしていた。

 ……理解できない。

 彼女のこの行動が、あの八雲紫が自らの犠牲にしてまで他者を救おうとした事が……心底、理解できなかった。

 

「ゆ、ゆかりおねえちゃん!?」

 

「っ、せい、や……」

 

 自身を呼ぶ聖哉を安心させようと紫は笑みを浮かべようとするが……既に彼女の意識は薄れ始めていた。

 たった一撃、されどその一撃は彼女の内側を破壊するには充分過ぎた。

 それだけ闇聖哉の力は強大であり、そんな攻撃を無抵抗のまま受ければこうなる事は判っていた。

 

「ぐ、っ……神子っ!!」

 

 けれど、目的は果たせる。

 自己犠牲というおよそ八雲紫という存在が行わないであろう行動を起こし、闇聖哉の動きが止まった。

 その僅か数秒、その数秒が命運を分けてくれた。

 

「ッ、チィ――!」

 

 紫の真意に気づいた闇聖哉だが、時すでに遅し。

 彼女が血反吐を吐きながらも神子の名を呼んだ瞬間――闇聖哉以外の存在が総て場から消え去った。

 

「……成程な。保険を掛けてたってワケか」

 

 何も紫のスキマだけが、人間達を仙界に避難させる手段というわけではない。

 聖徳王である豊聡耳神子、彼女が仙界側からこちらへと干渉して闇聖哉以外をワープさせたのだろう。

 とはいえ数十人を一気に移動させるには時間が掛かる筈、故に当初は時間を稼ごうと思っていたようだが……。

 

「クッ……ククク……」

 

 逃げられたというのに、闇聖哉は愉しげに笑う。

 だってそうだろう? 何故なら。

 

 

 

 

 

「――哀れだな聖哉。テメエの無価値な偽善が、テメエを庇った八雲紫を殺す事になるんだ」

 

 彼は、しっかりと“呪い”を残していったのだから……。

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