狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第108話 それぞれの戦い~揺れる幻想郷~⑤

――幾度となく交差する二つの赤い閃光。

 

 一つは“原初の巫女”の幻影、博麗麗子。

 そしてもう一つは今代の博麗の巫女、博麗霊夢。

 

 麗子の持つ宝具“博麗の剣”と霊夢が持つお祓い棒、互いの獲物は互いの命を絶とうと情けなど微塵も無い一撃を繰り出し続ける。

 譲れない想い、負けられない意志をぶつけ合う両者の戦いは、大気を震わせ火花を散らせる。

 

「っ……!」

 

 宝具の一撃が、霊夢の守りを確実に削っていく。

 相手の攻撃は全て必殺の領域、生半可に受ければそれこそ終わりだと認識させられるものだ。

 かといって間合いを離し、霊夢が本来得意とする遠距離による攻撃に切り替えられる程、相手の攻めは甘くない。

 

「っ、ぐっ……!」

 

 堪らず、霊夢から苦悶が漏れた。

 霊力と体力の温存など考えないトップギアの状態でも、霊夢は麗子の攻撃を視認できなくなりつつあった。

 冗談だと思いたくなる速度と重さで放たれる一撃は、まさしく鬼神の一手か。

 

(“原初の巫女”は伊達じゃないって事ね……!)

 

 それでも、霊夢は食らいつく。

 既に攻める事はできず守りに専念させられていても、彼女は麗子の猛攻を捌ききっていた。

 博麗の巫女としての直観力、今までの異変解決によって培われた戦闘経験。

 その全てを総動員させ、霊夢は遥か格上の相手である麗子と戦い勝利しようと足掻き続ける。

 

 負ければ死あるのみ、そればかりか自身の身体を使われ麗子は幻想郷を憎む霊歌の力になるだろう。

 そうなればおそらく誰も止められない、自分を友人だと言ってくれた魔理沙も、友達になりたいと言った聖哉も。

 そして、幻想郷に生きる全ての人妖も……。

 

「っっっ……!」

 

 最低最悪の未来が頭に過った瞬間、霊夢はここで守りを捨て攻撃に転じた。

 上段から振り下ろされた宝具を、渾身の力を込めて弾く。

 

――お祓い棒が、砕け散る。

 

 それを投げ捨てながら、霊夢は麗子に密着できる程の距離まで踏み込んだ。

 右手を前に翳す霊夢、そこには既に紅白に輝く陰陽玉が現れており。

 

「陰陽鬼神玉――!」

 

 一瞬で超巨大な霊力弾と化し、麗子を呑み込みながら後方へと吹き飛んでいく……!

 数秒後、蒼白い爆発が巻き起こり煙が霊夢の視界を覆っていった。

 

「まだ……っ」

 

 まともに当てた、それでも霊夢は追撃の手を緩めない。

 相手は格上、こんな程度で終わる程甘いものではないと理解している。

 両手を左右に広げ、霊力を開放し――虹色に輝く霊力弾が八つ、彼女の周りに出現する。

 

「夢想――封印!!」

 

 未だ晴れぬ煙の中に、霊夢は夢想封印の霊力弾を撃ち込んでいく。

 情け容赦ない連撃、陰陽鬼神玉の一撃をまともに受けているのなら、この攻撃も防ぐ事など――

 

「…………っ!?」

 

 ――霧散した。

 夢想封印が煙の中へと入った瞬間、煙ごと一瞬で霧散して。

 

〈……〉

 

 その中央には、麗子が不動のまま霊夢を見据えていた。

 

「……」

 

 互いの距離は、八メートル程離れたか。

 それでも霊夢の頬には冷や汗が伝わり、一分の隙も見せるなと内側から警鐘が鳴り響いていた。

 

〈……才に溢れているわね。まだ子供なのにこれだけの力……霊歌以上かもしれない〉

 

「厭味?」

 

〈いいえ、純粋な評価よ。――けれどその才を扱いきれていない、修行をサボってるでしょ?〉

 

「……」

 

〈ふふっ、素直な子ね。そういう所も……似ているわ、霊歌に〉

 

 麗子は笑う、楽しそうに、懐かしむように。

 しかし彼女の内側から立ち昇る闘気は際限なく増している。

 

(次で決めるつもりね……)

 

 霊夢がそう理解した瞬間。

 麗子から放たれる闘気と霊力が、一気に臨界へと達した。

 その力は大気を凍り付かせ、呼吸さえ困難にさせる程の緊迫感を生んだ。

 

「終わりにしましょう、麗子」

 

 霊夢が麗子に掛ける言葉は、これで終わりだ。

 対する麗子は無言のまま、けれどその瞳に霊夢に対する最大限の感謝を意を見せながら。

 

「夢想――天生」

 

 刹那の時よりも速く踏み込み、博麗の巫女の最終奥義を叩き下ろす……!

 

「――――」

 

 それは、まさしく最高の一撃であった。

 高圧縮させた霊力を宝具に注ぎ込み、その総てを相手に叩き込む。

 あまりにも単純、けれど掛けられた力の奔流はそんな単純さなど軽く吹き飛ばすものだ。

 

 防御も、回避も、その総てを叩き潰す一撃。

 放てばそこで終わり、“原初の巫女”の全身全霊を懸けたソレを前に、生きる術など決してない。

 

「……」

 

 霊夢の時が止まる。

 逃れられぬ死を前にして、彼女はゆっくりと目を閉じる。

 死を受け入れた……わけではない、ただ己の内側へと意識を向け始める。

 

(麗子の夢想天生と私の夢想天生って、全然違うものなのね)

 

 博麗の巫女の最終奥義、『夢想天生』は只の秘術に有らず。

 術者の深層に眠る心の力――それを具現化させ、解き放つ術だと霊夢は先代の巫女や紫から聞かされている。

 だから、当初霊夢は自身の『夢想天生』を見て面食らったものだ。

 

(……これが、“原初の巫女”の『夢想天生』……)

 

 なんという圧倒的な力か。

 原初にして頂点、おそらく歴代の巫女が束になっても彼女の『夢想天生』の前には一蹴されるだろう。

 そう思い知らされる程の力だ、しかも“博麗の剣”によってその力は更に強化されている。

 

「……」

 

 ああ、確かに凄まじい力だ。

 だが――それがどうしたというのか(・・・・・・・・・・・・)

 

 相手の力がどうだろうと関係ない、敵であるのなら……自分の邪魔になるのなら叩き潰しておとなしくさせる。

 今までだってずっとそうやってきた、そしてこれからもその考え方は変わらない。

 焦りも、恐怖も、本来自分には無縁のものだった筈だ。

 

「……」

 

 異変解決は、博麗の巫女の務め。

 故に、今はただ目の前の敵を倒す為に。

 

「――――「夢想天生」」

 

 霊夢は、刹那の時よりも速い動きで。

 “原初の巫女”の一撃を、全身全霊を以て迎え撃った――

 

 

 

 

「………………変わらないのね、ここは」

 

 幻想郷の端、里から南東の方角に位置する博麗神社。

 そこへと続く獣道を抜け、境内に行く為の階段をゆっくりと上りながら、霊歌はぽつりと呟いた。

 

「……」

 

 そんな呟きを零した自分を嘲笑いながら、霊歌は歩を進めつつ己の霊力を開放していく。

 ――今度こそ、今代の巫女の息の根を止める。

 その為に彼女は博麗神社に赴いたのだ、霊歌の“勘”が……真っ先に彼女を始末しろ(・・・・・・・・・・・)と警鐘を鳴らしていた。

 

 とるに足らない相手、それは前の戦闘でよく理解できている。

 しかし自身の勘――博麗の巫女としての勘は決して無視できぬものでありそして。

 

 

「――来たな。紫の言った通りここで待ってて正解だったわけだ」

「よっ、はじめましてだね。過去の巫女さん」

 

 

 自分を待つように境内に立つ、2人の少女の姿を視界に捉え。

 この勘は、従うべきものだと霊歌は確信した。

 

「おっと動くなよ? 動くと……撃つぜ?」

 

 そう言って、霊歌に向かって自身のマジックアイテム“ミニ八卦炉”を翳す魔理沙。

 既に魔力は装填済み、少しでも相手が動けばすぐさま魔力弾を撃ち放つ準備は整っていた。

 そして魔理沙の隣に立つ鬼の少女――伊吹萃香も、気だるげな表情を見せながらもその実、一片の隙も見せていない。

 

「邪魔なんだけど?」

 

「当たり前だろ? 邪魔するつもりなんだからさ」

 

「……殺すぞ?」

 

「っ」

 

 霊歌の冷たい視線を一身に受け、魔理沙は思わず後退ってしまう。

 それ程までに彼女の目は冷たく……人には思えない程に恐ろしいものだった。

 

 しかし魔理沙は真っ向から霊歌を睨み返す。

 確かに恐ろしい、だが此方とて退けない理由がある。

 

 霊夢の修業が終わるまで、彼女を守ってほしいとあの八雲紫が頼み込んできたのだ。

 それを無碍にする事など魔理沙にはできず、更に彼女は霊歌と戦う“理由”があった。

 

「せっかく生き延びたのに、無駄に命を散らすのかしら? そっちの鬼ならともかく、貴女じゃ私の相手にはならないわよ」

 

「さーて、そいつはどうかな?」

 

「強がりなのがバレバレよ。――遅かれ早かれ死ぬから、もういいか」

 

 冷たく呟き、霊歌は両手を合わせ術を開放させる。

 解き放つのは“夢想封印・瞬”、里で見せたようにその術は疾く速く、魔理沙が意識する暇すら与えずに――

 

「……」

 

「少しも躊躇いがないとは恐れ入ったよ、その方がこっちもやり易いけどね」

 

 夢想封印の光球が、霧散する。

 ……先程まで沈黙していた鬼の少女、伊吹萃香が動いた。

 魔理沙と霊歌の間に割って入り、その剛力を用いて魔理沙に向かっていた夢想封印の光球を“殴り砕いた”のだ。

 

「っ、悪い萃香……」

 

「いいよいいよ。ただ魔理沙は接近戦を挑まない方がいい、今のが反応できないなら攻撃を仕掛けられた時点でおしまいだからさ」

 

「鬼が人間を庇うか……はっ、まさかまだ人間を盟友だと思っている馬鹿な鬼が居るとは思わなかった」

 

「盟友? 人が? 冗談でも笑えないよ、もうそんな時代遅れな考え方をしてる妖怪は……私の知る限り、“2人”しかいないさ」

 

「なら邪魔をしないで、私は今代の博麗の巫女に用があるの。――いるんでしょう?」

 

「いるよ、けど今は取込み中でね。このまま帰ってくれる?」

 

「……無駄な問答ね」

 

 その言葉が放たれると同時に、霊歌の姿が消えた。

 最速を以て一息で踏み込み、まずは邪魔になる存在と認識した萃香を滅しようと右手による掌底を放つ。

 

「おっと」

 

 それを右手で払い除けるように弾く萃香。

 すかさず追撃、続いて繰り出されるのは左足による踵堕とし。

 

「……」

 

「凄い威力だ、人間が放ったものとは思えないくらいにね」

 

 僅かに顔をしかめながらも、霊歌の一撃を萃香は左手で受け止めた。

 瞬間、その余波による衝撃で萃香が立っていた地面が大きく陥没し、土煙が舞う。

 

「っ」

 

 素早く箒に乗り、急速上昇しながら魔理沙は土煙に呑まれると同時に右手に持つ“ミニ八卦炉”を下へと構える。

 ――土煙から影が飛び出す。

 

「ドラゴンメテオッ!!」

 

 それを視界に捉えると同時に術式を開放、圧縮された魔力を乗せて巨大な砲撃が影に向かって放たれる……!

 極光は迷う事なく影を呑み込み、周囲の地面や木々をその衝撃と熱でまとめて吹き飛ばしていく。

 

「っ、く……っ!?」

 

 まともに当てられた、そう思うと同時に魔理沙は強引に魔力によるブースターを用いて真横へと移動する。

 

「――へぇ、今ので終わったと思ったのに」

 

 自身のすぐ横から聞こえる、霊歌の声。

 彼女は先程まで魔理沙が居た場所に蹴りを放ったままの体勢で、感心したような呟きを零していた。

 

「――」

 

 あのまま移動していなかったら、殺されていた。

 死神の鎌のような蹴りで、容易くこの首を胴体から切り離していただろう。

 その事実が魔理沙の思考を停止させ、当然そんな隙を見せる彼女を霊歌が見逃す筈もなく。

 

「私を無視するなんて、霊夢と同じくらい良い度胸してるよ」

 

「っ」

 

 視界がブレた。

 霊歌がそれを理解した時には、既に自身の右脚を掴み上げた萃香が勢いよく彼女の身体を地面に叩きつけた後であった。

 凄まじい衝撃が霊歌を襲い、息が詰まり口から血を吐き出す。

 

「ぬぅんっ!!」

 

 加減無し、全力の一撃を拳に乗せて霊歌の身体に叩き込む萃香。

 必殺の一手は見事霊歌の身体へと突き刺さり、光もかくやといった速度で吹き飛んでいき――爆撃めいた音を響かせながら森の中へと消えていった。

 

「……」

 

 萃香の隣に降り立つ魔理沙。

 

「やった……か?」

 

「……どうかね。手応えはあったけどさ」

 

 たとえ肉体的に頑強な妖怪であっても、粉々に吹き飛ぶ程の力は込めていた。

 それをまともに受けたのだ、通常ならば間違いなく生きてはいない……が。

 

「っ!!?」

 

 全身に悪寒が走り、魔理沙は“ミニ八卦炉”を前方に構える。

 瞬間、数本の大木が宙に舞う光景が前方に広がり、森の中から何かが飛び出してきた。

 

「魔砲――」

 

 何が、などと確かめる必要などない。

 ――まだ生きている。

 萃香の、鬼の四天王の全力を受けても尚、博麗霊歌は生きていた……!

 

「――ファイナルスパーク!!!!」

 

 “ミニ八卦炉”から放出される、極光の砲撃。

 霧雨魔理沙が出せる最大級の魔法は飛び出してきた何かを瞬時に呑み込んで。

 

「え」

 

 

――魔理沙は、己の死を当たり前のように理解した。

 

 

 ファイナルスパークの砲撃は、間違いなく影――霊歌の身体を呑み込んだ。

 だが、それだけ。

 ダメージを与える事も、足止めをする事もできずに、霊歌は砲撃の光の中で微塵も速度を落とさずに魔理沙へと向かっていった。

 そして彼女がそれに気づいた時には、霊歌は間抜けな呟きを零す魔理沙に向かって一手を繰り出していた。

 

「チィ――――!」

 

 萃香が動く。

 死を理解した魔理沙を庇うように前に出て、己の頑強な肉体を盾にする。

 

「あ」

 

 これはダメだ、前に出た萃香は己の愚かさに気づく。

 一撃ならどうにか耐えられる、鬼の頑強さは伊達ではないのだ。

 だから無茶とは理解しつつも萃香は魔理沙を庇う行動に出た、それは決して悪手ではない。

 

――だが、守れない。

 

 萃香自身は生き延びれる、大きなダメージは受けるが戦闘不能には陥らないだろう。

 しかし――後ろの魔理沙は助からない。

 霊歌の一撃は萃香の身体を通して、魔理沙にまで牙を向く程のものだ。

 

(これは……見誤ったね)

 

 もう、防御は間に合わない。

 

(魔理沙、ごめんよ。それと霊夢……魔理沙を守れなくて、ごめん)

 

「夢想封印――終」

 

 繰り出される霊歌の隼めいた横薙ぎの手刀。

 夢想封印の破壊力を手刀に込め、あらゆる名刀すら霞む程の一撃は、萃香の身体を薙ぎ払い後ろの魔理沙の首から上を消し飛ばそうと放たれる。

 

「っっっ!!?」

 

 

 

 だというのに。

 霊歌は、自らの意志で攻撃を中断させ、後方へと跳躍した。

 

 

 

「…………手間が省けたわ、自分から殺されに来るなんて思わなかったけど」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべながら、霊歌は上記の言葉を口にしながら。

 

「………………霊夢」

 

 現世へと戻ってきた、今代の博麗の巫女の少女と対峙した。

 

「魔理沙、萃香、大丈夫?」

 

 そう言って、霊夢は自分の後ろに居る2人へと向き直る。

 その無防備な姿は、霊歌にとって殺してくれと言っているような姿だ。

 

「……」

 

 だが、霊歌は動けなかった。

 彼女の“勘”が、今の霊夢に仕掛けるなと訴えたからだ。

 

(何を馬鹿な、あんな半人前に私は警戒しているというの?)

 

 先の戦いで、霊夢の力量は理解した筈だ。

 才に溺れただけの半人前、ただそれだけの筈だというのに……。

 

(それに、あの背中の物体は……)

 

 霊歌の視線が霊夢の背中――正確には彼女が背負っている、板状の物体へと注がれる。

 お祓い棒とは違う、けれど一目見ただけで判る程に洗練された霊具、否、“宝具”だという事が判る。

 それだけならば霊歌とて霊夢を脅威に感じなかっただろう、しかし……。

 

(数日前とはまるで違う、一体何を……)

 

「――ねえ、ちょっといい?」

 

「っ」

 

 霊夢の声で我に返る霊歌。

 そんな彼女に、霊夢はいつもと変わらぬ口調でこう言った。

 

「魔理沙と萃香の手当てがしたいから、帰ってくれない?」

 

「……なんですって?」

 

「お、おい霊夢。何言ってんだよ!?」

 

「決着なら近い内に着けられるでしょ? 今は2人の手当てと荒らされた神社の掃除がしたいのよ」

 

「命乞いならもう少し上手くやりなさい。勝てないと理解して切り替えられるのは賢いけど――」

 

 

「――帰らないなら、“退治”するだけだけど?」

 

 

 瞬間、場の空気が一変した。

 霊夢の身体から霊力が活火山のように噴き出し始める、その質量は今までの彼女とはまるで別人だ。

 これには抗議していた魔理沙も絶句し、萃香は無言のままとはいえ頬に冷や汗を伝わせた。

 

「アンタ、一体……」

 

「ある“約束”があるからここであんたを退治するつもりはないの。けど帰らないのならここで滅ぼすわ、私としてはそっちの方が都合が良いしね」

 

「……」

 

 霊夢のその言葉は、霊歌にとって挑発に等しいものであった。

 先の戦いで実力差を見せつけたというのに、自分の方が上だと思っているその姿に霊歌は怒りを露わにするが。

 

「…………いいわ。今は見逃してあげる」

 

 それよりも自身の“勘”による危険感知を信じ、その場から離脱する選択を選んだ。

 一瞬で神社から消える霊歌、そこから少しずつ場の空気が緩やかなものになっていき……。

 

「――このバカッ、なんでわざわざ逃がしたんだよ!!」

 

 開口一番、魔理沙の怒声が神社全体に響き渡った。

 

「うっさいわね、言ったでしょ? あんた達の手当てが先だって」

 

「アホかお前はっ。修行して強くなったなら勝てたんじゃないのか!?」

 

「心配しないで、負けないから。……けどね、死の恐怖を味わったあんたを放っておけなかったのよ」

 

「っ、な、なに……っ、こ、ばかぁっ!!」

 

「はいはい。まずは擦り傷切り傷をなんとかするわよ」

 

「ちょ、おい引っ張るなぁぁぁぁあぁぁぁ…………」

 

 とある理由で赤面する魔理沙の身体を掴み、ズルズルと引き摺りながら神社の奥へと向かっていく霊夢。

 その光景はある意味ではいつも通りの博麗霊夢と霧雨魔理沙の姿であり、数歩遅れて2人についていく萃香がおもわず苦笑してしまったのは言うまでもなかったとさ。

 

 

 

 

「――――ふざけるなぁぁっ!!」

 

 ――時を同じくして。

 仙界に存在する豊聡耳神子の屋敷内の一室にて、九尾の狐――八雲藍の怒声が木霊していた。

 

「ら、藍様……お、落ち着いてください……」

 

 主人の姿に橙もそう言って宥めようとするが、彼女の迫力に押されその声は小さい。

 一方、藍の怒声を受けた2人――神子とヴァンは対照的に冷静なまま、彼女が激昂した理由をもう一度口にした……。

 

「ふざけられるのなら、そうしたいものだ」

 

〈だがな狐のねーちゃん、これは事実だ〉

 

「っ、だ、だが……そんな事が……っ」

 

 藍の視線がある一点――目を閉じ、死んだように眠っている紫へと向けられる。

 聖哉達を守る為に己の身を犠牲にして闇聖哉の攻撃を一身に受けた彼女の治療はすぐに行われた。

 

 だが、その傷を治す事ができない(・・・・・・・・・・・・)

 

 如何なる傷も治せる秘術、霊薬や秘薬を用いても傷は塞がらず、寧ろ少しずつ大きくなっている。

 それが何を意味するのか……聡明な藍は理解しつつも認めようとせずしかし。

 

 

 

 

 

〈このまま放っておけば、八雲紫は死ぬ。オレの力の一端を得た闇聖哉から受けた傷ってのはな、呪いと一緒なんだよ〉

 

 重苦しい口調でそう言い放つヴァンの言葉によって、今度こそ藍は非情な現実を受け入れざるを得なくなってしまった……。

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