狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
今年も宜しくお願いいたします。
「……うっ……」
全身に走る鈍い痛みで、椛は意識を取り戻す。
次に感じたのは大きな倦怠感、まるで古い人形のように身体が思うように動いてくれない。
「椛、目が醒めたの!?」
「……イリスさん」
自分を心配そうに見つめるイリスを見て、椛はほっと息を吐いた。
生きている、それを確認できたのだから当然だ。
顔をしかめながら椛は上体を起こし、周囲を見渡して……驚愕する。
周囲に広がる瓦礫の山、断片でそれが紅魔館だったものだというのが理解できる。
しかし何故このような状況になっているのか理解できず、椛はイリスに説明を求めようとして。
「っ!!??」
思考が一瞬停止してしまう程の爆音と衝撃が襲い掛かった。
それによって発生した頭痛に再び顔をしかめながらも、何が起きたのか椛は上空へと視線を向ける。
「――――」
幾重にも交差する二つの影。
一つは金の髪に不可思議な羽を保つ吸血鬼、フランドール。
そしてもう一人、は……。
「…………旦那様?」
◆
「っ、くぅ……っ」
「どうしたの聖哉? 守ってばかりじゃ勝てないよ?」
迫る炎の剣――レーヴァテインの斬撃を、聖哉はどうにか捌いていく。
常に全開の力を用いたオーラの力を両腕に這わせ、嵐の如き猛撃を防ぐ彼の姿はフランの言う通り防戦一方であった。
「く、っ……!」
守ってばかりでは勝てない、そんな事わざわざ相手に言われなくても判っている。
それでも聖哉は反撃に映れない、それだけフランの攻撃には隙が無く、同時にその密度は凄まじい。
一度攻撃に移行すれば、その時が犬渡聖哉の最期になる。
「ううん、違うね……守ってるからこそ、まだ壊れないんだ」
フランが再び動く、それも先程より疾く速く。
(くっ……ヴァン、まだ寝てるのか!? 起きて俺に力を貸してくれ!!)
自身の内にそう叫ぶが、返答はない。
……戦いが始まったというのに、ヴァンの気配は消えたままだ。
今の不完全な状態では、彼のフォローが無ければフランを止める事はできない。
(どうしたんだヴァン……一体何があった……?)
何度呼びかけても、返答が返ってくる事はない。
彼に何かあったのか、そう考えた聖哉は意識を切り替える。
(いや、いくら本来の身体ではないとはいえ、ヴァンに頼るだけなんて情けないにも程がある……!)
彼は結果的とはいえ自分に戦える力と知識、そして経験を与えてくれた恩人であり……信頼できる“相棒”だ。
それに彼はこの沈黙に意味があると言っていた、ならばそれを最後まで信じていればいい。
「よし……っ!!」
(? 聖哉の雰囲気が変わった……?)
防戦一方だった彼が仕掛けてくる、そう思ったフランは間合いを詰めようとする動きを一瞬止めた。
「え――――?」
しかし、次の彼の行動は後方への移動――即ち後退であった。
彼は接近戦を得意とする筈、だというのにわざわざ距離を離すなど矛盾している。
「はああああああああっ!!!!」
猛る咆哮、それと同時に聖哉の身体から黒いオーラが湧き上がる。
それは消耗など微塵も気にしない力の解放、それが何を意味するかなどフランにはすぐに理解できた。
「フラン、悪いがかなり痛いぞ!!」
両手を天に掲げる聖哉。。
その中心に集まる黒いオーラは、瞬く間に漆黒に輝く光球へと姿を変え。
「だああああああっ!!!」
それを、フラン目掛けて投げつける……!
超高圧縮されたオーラの塊、それがフランへと迷う事無く命中した瞬間。
「っ、くぅぅ……っ」
凄まじい爆撃音と衝撃が、周囲のもの全てを破壊せんと巻き起こった。
全身に力を込め、どうにか吹き飛ばされないようにしながら両腕で顔を覆う聖哉。
暴風が木々を、瓦礫を、湖の水を吹き飛ばしながら少しずつその勢いを弱めていき……。
「…………」
立ち込めている煙が、晴れていく。
直撃した、命中する瞬間まで聖哉はフランの姿をこの眼で確認していた。
無論今ので決着が着いたなどという都合の良い事は考えていない、だが少なくとも確実なダメージは……。
「…………は、はは。まいったな」
掠れた笑い声が、出てしまった。
だが仕方がないだろう? 何故なら。
「――――凄い威力だね聖哉、それが奥の手?」
煙が完全に晴れたその先には。
驚いた表情を浮かべつつも、聖哉の全身全霊の一撃を受けても無傷のままであるフランが、“2人”も居たのだから。
「……フォー・オブ・アカインドか」
「正解。でも4人に分身したのにその内の2人が呆気なく蒸発しちゃうなんて思わなかった、防御に徹しなければそれで終わってたね」
「っ、ぐ、ぅ……」
視界が歪む、全身から力が抜けていくのを感じながら聖哉は地面へと降り立った。
「ハァ……ハァ……」
地に足を着けた瞬間、聖哉は思わずその場で座り込んでしまいそうになる程の倦怠感に襲われる。
どうにか全身に力を込めそれを防ぐが、膝はすっかり笑いまるで小動物のように弱々しく立っている事しかできなかった。
「どうやら相当消耗しちゃったみたいだね聖哉、もう戦えないかな?」
「ハァ……ハァ……」
「つまんないの。ねえフランドール……もう、壊しちゃってもいいと思うよ?」
分身であろうフランが、邪悪な笑みを浮かべながらフランへと残酷な進言をする。
だが。
「…………聖哉、これで本当に終わりなの?」
対するフランは、何故かレーヴァテインの炎を消しながら、聖哉に対しそんな問いを投げかけてきた。
「フラン……?」
「聖哉はわたしを止める為にここに来たんじゃないの? 戦えないお姉様の代わりに、そんな身体で戦おうと思ったんじゃないの?
それなのにもう終わり? そんなの駄目だよ聖哉、こんな所で諦めたら……自分だけじゃなくて、椛ちゃん達も壊されるんだよ?」
「……」
「フランドール、何を言っているの? そんなくだらない事を言っていないで早く次の遊び相手を捜しましょ?」
「うん、わかってる。大丈夫よ“私”、躊躇いは……ないからっ」
再びレーヴァテインに地獄の炎を展開させながら、フランはそれを上段に構える。
そこに込められているのは、次の一撃で聖哉の命を奪うという絶殺の意志。
「くっ……!」
先程の一撃で、聖哉には殆ど力は残されていない。
かといって回避も不可能、どう足掻いても聖哉に次のフランの一撃を乗り越える手段は存在せず……。
「――おいおい困るぜフラン、暴れるのは許したが……ソイツを殺すのは許さねえぞ?」
「……」
「――」
「…………あら、新しい玩具が自分から来てくれたのね」
第三者の声が、場に響く。
その声を聞いた聖哉とフランは固まり、唯一分身フランのみが口元に歪んだ笑みを浮かべつつ、その者を迎え入れた。
「オモチャ、ねえ……随分とデカい口を叩くんだなフランドール・スカーレット?」
「事実を言っただけよわんちゃん……いえ、闇聖哉って言った方がいい?」
「またそれか……まあ呼び名なんぞ今はどうだっていいけどな」
言いながら、全身から黒いオーラを噴出させる闇聖哉。
その瞳はただ冷たく、目に映るモノ全てを殺すと告げていた。
「どういうつもり? フランの“狂気”を完全に表に出したのは貴方よね?」
「ああ、そうだとも。壊れてるテメエがこの先どんなに暴れようが一向に構わなかったんだがな……さっきも言ったがソイツを殺す事だけは許さねえ。
ソレはオレの大事な“糧”であり“贄”だ、とはいえ「止めろ」と言っただけで止まるテメエじゃねえよなぁ?」
「だから殺すの? もう少し頭が良いと思っていたんだけど、所詮獣ね」
嘲る分身フラン、しかしそんな挑発にも闇聖哉は歪んだ笑みを浮かべるだけ。
その態度は魔獣と呼べるこの男にしてはあまりにも静かなものであり、逆に不気味さを際立たせる。
「っ……!」
全身に力を入れ立ち上がろうとする聖哉だが、消耗した身体がそれを許さない。
「………………驚いた。どうやらマジで精神が元に戻ってるみたいだな」
「これ以上、その力で誰かを傷つけるのは許さねえぞ……!」
「そんな状態でよく吼えるもんだ。――いいから黙って見てろ、この蝙蝠を喰った後は……テメエの番だからな」
そう言いながらも、闇聖哉の視線はフラン達に向けられたまま動かない。
尊大な口調ながらも、如何に闇聖哉といえども今のフラン達は警戒するに値する相手故か。
「さて……お喋りはここまでだフランドール・スカーレット。オレを殺したいんだろう? ならさっさとかかってきな」
「……」
あからさまな挑発、だがそれを前にしてもフラン達は動かなかった。
否、動かないのではなく
棒立ちの闇聖哉であるが、彼が身体から放っている黒いオーラの勢いは秒単位で増大している。
その力のなんと強大な事か、夜の王たる種族である吸血鬼であるフランですら戦慄する程であった。
だが、同時に“違和感”も覚えた。
これだけの強大な力の奔流、それを嵐のように放ち続けている。
それが、何故か――
「どうしたフランドール? まさかここに来てビビったのか?」
「……」
「待って“私”、不用意に攻撃しては駄目な気がするわ。何か……」
「……そうね“私”、フランも違和感があるけど……向こうが仕掛けてくるなら先に壊すわ」
フランに言いながら、分身フランはレーヴァテインを展開させる。
吹き荒れる炎の剣、それを右上段に構え分身フランは闇聖哉を睨む。
対する闇聖哉は挑発の意味を込めた笑みを浮かべるだけで、その場から動こうとせず。
「――――消えて」
背中の翼を大きく広げ、絶殺の意志を込めて地を蹴った……!
その速度は疾く速く、一息で踏み込んだ分身フランの一撃は迷う事無く闇聖哉の首を薙ごうと振り下ろされ。
「――蝙蝠風情が、オレを誰だと思ってやがる」
そう吐き捨てる闇聖哉の身体には――傷一つ付いておらず。
「…………ウソ」
攻撃を仕掛けた分身フランは、その可憐な顔を驚愕のものに染め上げ。
――闇聖哉によって、身体を二つに分けられ、消滅した。
「――」
聖哉もフランも、その場から動く事もできずに固まってしまった。
――見えなかった、闇聖哉の一撃が。
先に仕掛けたのは間違いなく分身フランの一撃だったというのに、後に動いたはずの闇聖哉の攻撃の方が速かった。
一体何をしたのか、それがまったく見えなかったのだから、2人が驚愕するのは当然であった。
「さて……」
「っ」
後退るフラン。
だが逃がさない、闇聖哉は右腕をフランに翳し、そこから大砲のような重さと速度を込めた黒いオーラを撃ち放った。
「フラン……!」
聖哉は動けない、そして闇聖哉の一撃はフランの身体に風穴を開け。
「っ、が、ぎ、ぃ……っ!!?」
「………………え?」
フランの身体が、赤い鮮血で汚れる。
だがその血は彼女のものではなく。
「――お、姉、様」
間に割って入った、レミリアのものであり。
「ご、ぶ……っっっ」
最愛の妹を守る為に己を犠牲にした彼女は、口から多量の血を吐き出し。
そのままゆっくりと、崩れるように倒れ込み……ピクリとも動かなくなった。
「どう、して……?」
掠れた声で、フランはどうにか上記の疑問を口にする。
自分を殺しかけた相手を、何故庇ったのかフランには理解できなかった。
溢れ出す“狂気”すら霧散する程の衝撃、それによりフランの瞳には正常の色が戻り始めていた。
「馬鹿な女だ、レミリア・スカーレット」
そんな彼女を、闇聖哉は失望と嘲笑を込めた声で侮辱する。
お前の行動は無意味だと、己の命すら懸けて家族を守ろうとしたお前は大馬鹿者だと、告げるように。
「…………」
自分と同じ姿で、同じ声で。
大切な友の一人であるレミリアを嘲笑する姿は、聖哉の視界を真っ赤に染め上げる程の怒りを湧き上がらせた。
……自分自身を、殺したくなった。
無様に倒れ、死に至ろうとしている友の姿を見ても、何もできない。
今の自分のすべき事をもう一度考え直して……彼は立ち上がる。
「っ、っ、……っ」
足が震える、気を抜かなくてもまた倒れてしまいそうだ。
それを、自分自身に対する怒りだけで耐える。
この結果は自分が弱かったから、情けなかったから起きたものだ。
もっと力があれば、心が強ければ、あんな獣に好き勝手されなかった筈だ。
だというのに未だ何もできないなど許されない、だから立ち上がる。
「? なんだ、まだ無駄な足掻きがしたいのか聖哉?」
闇聖哉が此方を向く、それには構わず聖哉はゆっくりと呼吸を整えていく。
……勝てるわけがない、そんな事は自明の理。
今の聖哉は気力だけで立ち上がってるに過ぎない、そんな無様な状態で神代の力を扱える目の前の獣を打倒できる手段は存在しない。
「憐れだな、守ろうとするから苦しむ。助けようと願うからこんな目に遭う。
お前は所詮白狼天狗、誰も守る事も助ける事もできやしない。そもそも……誰かを守ろうとする必要が一体何処にある?」
「…………」
その言葉で、聖哉は
「……何を笑ってやがる?」
「いや、少し“安心”したなって」
「なに……?」
「お前は俺の一部から生まれた存在だと言ったよな? だから俺がお前を殺して再び俺の中に取り込んだら……俺も、お前みたいな
だが、それは杞憂だと今の言葉で確信できた。
この男は犬渡聖哉ではない、ただ力に溺れただけの獣……否、それ以下の畜生風情だと。
「畜生、だと……?」
初めて、闇聖哉の聖哉を見る瞳に感情の色が宿った。
取るに足らない相手、死にかけた獣風情、きっとこの男は聖哉の事をそう思っていただろう。
だからこそ何の感情も抱かなかった、何があろうとも自身の目的の邪魔にはならないと思っていた。
だが、もうその認識は消え去った。
闇聖哉は、わずかにギリ、と歯を鳴らした後。
「――――先に死にたいなら、そうしてやるよ」
先に食い殺す標的を、聖哉へと変えた。
「っ……!」
打ち下ろされるオーラの黒剣を、咄嗟に同じく黒いオーラで作った黒剣で防ぐ。
甲高い音が響き、聖哉が作った黒剣が粉々に砕け散り、霧散する。
「ぐ、ぁ……っ!」
それで終わり、衝撃で吹き飛ばされた聖哉は背中から地面に強打し、勝負にもならない攻防は呆気ない幕切れを迎えた。
「ぅ、っ……」
もはや、指先すら動かない。
心が死ぬよりも先に力が限界を迎えてしまった、それでも聖哉は諦めず立ち上がろうと全身に力を込める。
「諦めの悪い男だ、その見苦しい姿をそれ以上晒すんじゃねえよ」
「ぐ、こ、の……っ」
闇聖哉を睨む、そんな僅かな抵抗すら許さないのか。
「叶う筈もない、薄汚い理想ばかり追い求める犬風情が。そんなに赤の他人を守りたいならよ……守ってみせろやっ!!」
「な――――」
闇聖哉の視線が、倒れたままのレミリアを茫然と見つめたまま動かないフランへと向けられる。
それが何を意味するのか聖哉は瞬時に理解し、けれどもはや手遅れ。
地を蹴る闇聖哉、その速度は光の如し。
瞬きする暇すらなく、魔獣はフラン達の命を奪おうとその腕を振り下ろした。
「―――――」
光が、奔った。
突如として降り注いだ巨大な黄金の光、それが2人の命を奪おうとした闇聖哉の身体を呑み込み、爆撃めいた衝撃を周囲に巻き起こす。
それによって聖哉達3人は吹き飛ばされ、地面を滑る。
痛みが全身に走るが、結果的に闇聖哉と距離が離れ呼吸を整える余裕が生まれてくれた。
(今の光は……?)
どうにか上半身だけ起き上がらせる事ができ、聖哉は何が起きたのか確認しようと視線を向け……驚愕する。
――地面が、
高熱を超えた超高熱、それが黄金の光の正体であった。
「グ、オォォ……ッ!!??」
しかし、それをまともに受けたというのに、闇聖哉は健在であった。
とはいえダメージは決して小さなものではなかったのか、全身を黒いオーラで防御しながらもその表情は苦悶に満ちている。
「……まさか」
超高熱の黄金の光、それは聖哉にとって見覚えのあるものであった。
そして。
「――――おにーさん、2人を連れてここから離れて。いますぐに」
漆黒の翼を持つ第三者が聖哉の前に降り立ち、自身の後ろに居る彼へそう告げた。