狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
――2つの嵐が、旧都に吹き荒れる。
「――うおおっ!!」
「――がああっ!!」
雄叫びを上げながら剣を振るう聖哉と椛。
その一撃一撃は雷光の如し、彼等の剣戟は旧都を蹂躙しようとした怪物達を、瞬く間に斬り捨てていく。
「ギギギ……!」
怪物達から発せられたのは呻き声か、それとも……悲鳴か。
電光石火の必殺剣、秒単位で消し飛ばされていく同胞達を見て、恐怖心が勝ったのか明らかに攻めあぐね始めている。
だが2人は容赦も躊躇いも無く、追撃の手を緩めない。
「ガアアッ!!!」
大口を開ける聖哉、そこから放たれるは漆黒の輝きを放つ雷のブレス。
触れるモノ全てを灰塵と帰す程の超高電圧のブレスは、一瞬で数十もの数の怪物達を消滅させる。
続いて聖哉は両手に持つオーラで生成した剣を投げ放った。
一瞬で最高速に達したそれは一直線に怪物達を貫いていく。
……既に、生きている怪物達は数える程になっていた。
この時点で決着は着いた、哀れな怪物達は2人の狼によって蹂躙される結果が残り。
「四の太刀――絶狼剣」
椛が放った横一文字の斬撃が飛び、残りの怪物達の身体を二つに分けた。
「よし……!」
“千里眼”を発動。
初めから全開の力で発動したお陰か、聖哉は瞬時に勇儀達の居場所を突き止める事ができた。
――既に、戦闘は始まっている。
(チィ………ッ!!)
とにかく、今は彼女の元に向かう事だけを考えろ。
そう自分に言い聞かせ、聖哉は一度“千里眼”を解除し、この場から駆けようとして。
――銀光が、奔った。
「っっっ……!?」
勇儀の元に向かう、それだけを考えていたせいか一瞬反応が遅れてしまう。
それは相手に致命的な隙を与える結果となってしまい、しかし。
「……」
鋼がぶつかり合う甲高い音が、周囲の空気を震わせる。
聖哉に向かっていた一撃――巨大な大太刀による斬撃は。
「ほぅ……?」
「椛……!?」
彼を守ろうとだけ考えていた椛の刀が、真っ向から受け止めていた。
「――旦那様、ここは私に任せて星熊様の所へ!!」
言いながら、鍔迫り合いになっていた相手を力任せに弾き飛ばす椛。
それによって両者の間合いはおよそ十メートル程にまで離れる。
一息……を吐く余裕はないものの、2人は相手を確認する事だけはできた。
「……女」
呟きは、椛の口から放たれる。
その言葉通り聖哉に一撃を叩き込もうとした者は、女性であった。
長身で細身ながらも、その鍛え上げれた肉体は鋼の如し研鑽さを見せつける。
不気味な輝きを放ち続けている黒い大太刀を両手に握りしめ、その鋭い視線は2人だけを狙う獣の如し眼光を放っていた。
「……椛、こいつは」
見ただけで判る、目の前の存在は人ならざるもの……しかし妖怪ではなく、闘争に包まれた魔界に生きる魔族の戦士だと。
そして紛れもない強者であるという事も理解してしまう、少なくとも一対一で戦っていい相手ではない。
「旦那様、ここは私に任せてと言った筈ですが?」
けれど、その事実を重々承知している筈だというのに。
椛は視線を相手に向けたまま、目の前の相手は自分だけで戦うと力強くそう告げた。
「椛、だが……」
「――
「……」
「それを旦那様は私以上に理解している筈、ならば御自身の御心のままに行動を」
だが、その為には目の前の存在が邪魔になる。
故に自身が残り、聖哉の障害となる者をここで討ち滅ぼす決意を固めたのだ。
「……無理は、するなよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返します。――まだ旦那様との子も成していないのに、置いていくような事はしないでくださいね?」
「はは……尚更無茶なんかできないな」
困ったように、けれど嬉しそうに笑いながら……聖哉は跳んだ。
それと同時に椛も地を蹴り、一息で障害――この場を離脱しようとしている聖哉を斬ろうと動く女性に向かって斬り込んだ。
「……」
「貴様の相手は私だ、旦那様の邪魔はさせない」
「犬風情が……たかだが白狼天狗の分際で、魔界一の剣豪と謳われたワタシに勝てるとでも?」
「だが魔界最強ではないのだろう? それに……私はお前よりも遥かに強く誇り高い魔族の戦士を知っている。それに比べればお前など」
――井の中の蛙同然の存在だ。
それが、本格的な戦闘の幕開けを告げる。
あからさまな挑発、しかしそれを無視する事ができなかった魔族の女性は左の大太刀を椛に向かって振り下ろす。
それを弾き、今度は右の大太刀が椛に迫る。
「……」
「ほぅ……?」
その攻撃も不発に終わり、後ろに跳躍した椛に女性は僅かに感嘆の言葉を零す。
「少しはやるな、犬風情にしてはだが」
「……こちらは失望した。井の中の蛙と評したが……それにすら満たない存在だとは、な」
「…………貴様」
「確かに剣の腕は優れている、だが
自らの力に酔いしれ、他者を見下し、確固たる信念も持たずに戦う貴様などとこれ以上遊んでいる暇はない!!」
もはや問答など不要、目の前の障害とこれ以上語る舌など椛には持てなかった。
一気に終わらせる為に妖力を全開で解放、それが白い輝きを放つ光の粒子となって彼女の内から溢れ出す。
「よくほざいたな犬、ならばこのワタシ――エステリア様との力の差に絶望しながら、あの世に行けっ!!」
(旦那様、少しだけ待っていてください……すぐに私も参りますっ)
◆
「っ、ぐ……っ」
これで何度目かに判らぬ苦悶の声が、セレナの口から吐き出される。
対するイリスは表情一つ変えぬまま、己が獲物であるランスの突きを嵐のように叩き込んでいく。
その度に、セレナの表情は険しくなり少しずつ確実に彼女の守りを崩す。
――戦いの天秤は、秒を追う毎にイリスへと傾いていた。
彼女の猛撃はただ速く、セレナですら視認する事が困難になってきてしまっていた。
迫り来る一撃の穂先だけに意識を集中させ、どうにか避けるか自身の戦斧で軌道を変える事しかできない。
「っ、っ……」
歯を食いしばり、相手の連撃に耐える。
……反撃になど移れない、既にセレナは防戦一方になりつつあった。
「こ、のぉ……っ!!」
このままではジリ貧だ、故に彼女は思い切って一歩を踏み込んだ。
頭蓋を砕かんと迫る突きを紙一重で回避……しきれず、頬に裂傷を刻ませ鮮血が舞う。
だが死んだわけではない、踏み込む事に成功したセレナはイリスの身体を粉砕する勢いで横殴りの一撃を放つ。
吸い込まれるかのように叩き込まれた戦斧はしかし、虚しく空を切るだけに終わり、同時にセレナの視界から相手の姿が消えた。
「――雷よ」
声は真上から。
全身に悪寒が走り、セレナは転がるように真横へと跳んだ。
「づ、ぅ……っ」
強烈な衝撃と痺れが、セレナを襲う。
攻撃は回避した、しかしイリスのランスは先程彼女が放った魔法を発動させる言霊によって帯電し、それがセレナの肉体にダメージを与えた。
それだけではなく、感電によって生じる痺れが一瞬とはいえセレナの動きを止める結果を生み出し。
「氷よ、穿て」
ランスを媒介にした氷の槍が、セレナを貫かんと放たれる……!
「っ、く、ぁぁぁぁぁ……っ!!!!」
死ぬ、当たり前のように自らの未来が閉ざされると理解した。
そう思った瞬間、セレナは絞り出すような絶叫を上げながら痺れた身体を強引に動かす。
――回避は、間に合わない。
「…………」
「はー……はー……」
火花が舞い散り、両者の身体が後退する。
……回避ができないと判断したセレナが、自身の戦斧で氷の槍を受けながら後方へと跳び、攻防は振り出しに戻った。
仕留められると思っていたイリスは忌々しげに顔をしかめ、対するセレナは自らの命がまだ残っている事に安堵しつつ乱れた呼吸を整えていく。
そうして、再び始まる戦いを前に。
「――まいったね、ホントに」
口調こそいつも通りながら、その声色に確かな驚愕と焦りを含ませた呟きを零した。
「ねえ、キミってこんなに強かったっけ?
いや馬鹿にしてるわけじゃないんだよ? なんだけどさ……こんな一方的に圧されるとは思ってなかったから、ショックというか驚いたというか……」
「……まあ、確かにアンタがそう思うのも無理ないわよ。
今の身体は元々の身体よりも強化されているし、この武器だって今までのものとは違うわ」
ベースはあくまでアリスが生成してくれた身体ではあるが、もはや細部は別物と言っても良い程に変わっている。
……地底での一件で己の力不足を嘆き、あの八雲紫の提案を吞み、イリスは文字通り生まれ変わった。
永き時を生きる彼女は数多くの古代の遺物を所有している、イリスの今の肉体も操る武具もその内の一つだ。
「いや、それだけじゃないよ。なんていうか……戦う意志の強さっていうのかな?
確固たる決意と願いを胸に抱いて戦ってる、そういうヤツってさ……自分の限界以上の力を出すんだよ」
だから強いと、セレナは断言する。
そんな彼女に対し、イリスは肩を竦めながら。
「確固たる決意と願いを抱いて戦ってるって……そんなの、当たり前じゃない。――負けられない理由があるのよ、こっちには」
何気ない口調のまま、はっきりと断言した。
「それって、聖哉絡み?」
「それ以外にあると思う?」
「おぉう、、言い切った……凄い忠誠心だねえ」
「忠誠? 違うわ、ワタシが聖哉の力になろうとするのはね……アイツが、ワタシにとってかけがえのない“家族”で、“総て”だからよ」
「総て……?」
「……ワタシはね、自然に生まれた存在じゃない。ある人形使いによって作られた人形でしかなかった。
自分で考えて行動する事も、確固たる意志も何もない、ただの人形」
それが歯がゆかったわけではない、そもそもそんな感情すらその時のイリスには無かったのだから。
だが聖哉と出会い、彼によって彼女は自らの意志を得る事ができた。
「成程、ある意味生みの親だから義理を果たそうと」
「それも違う、勿論それも理由の一つだけど……ワタシはね、アイツにワタシの総てを捧げても返せない恩を受けたの」
「えっ……」
「確かに聖哉のお陰でワタシは自分の意志を得る事ができた、でも……たとえそうだとしても、ワタシは所詮“作られた”存在には変わりない」
それがコンプレックスとなり、どうしてもイリスはそれを振り払う事ができなかった。
人形である自分が、聖哉達と同じように生きているなどと考えるのはおこがましいのではないか?
考えても無意味だというのはイリス自身も判っていた、だがどうしても上記の考えを拭い去る事ができなかったが……。
「――でもアイツは、聖哉はいつだってワタシを“
人形としてなんてただの一度も見ずに、ワタシをこの世界で生きている生物として当たり前のように見てくれたのよ。
アンタにわかるかしら? それがどれだけ嬉しくて……ああ、ワタシは生きているんだって救われたのか」
「…………わかる、なんて考え方自体おこがましいんだろうね」
けれどセレナは理解できた、犬渡聖哉という存在がイリスにとって言葉通り総てだという意味を。
それが彼女の戦う意味、彼女の決意、そして彼女の力であった。
「聖哉は幸せ者だね、だってキミみたいな凄い女の子に好かれてるんだから」
「アンタには居ないの? そういうヤツ」
「うーん……残念ながら、けど……」
瞬間、周囲の空気が一変した。
大気が軋み、セレナの肉体から溢れんばかりの魔力が具現化される。
それは今までの比ではなく、イリスが次の攻防によって決着が決まると理解すると同時に。
「――負けられないのは、こっちも同じだからさ。だから……もう決めようよ」
そう言い放ち、セレナは大きく後退した。
自ら間合いを離し、互いの距離は五十メートル弱まで広がる。
「……」
秒を追う毎に、セレナから溢れ出す魔力の奔流は濃く大きくなっている。
先程の言葉に偽りはない、彼女は自ら言い放ったように次の一撃で決めるつもりだ。
自然と、イリスの喉が鳴った。
それは恐怖によるものか、それはわからない。
だが自分のすべき事は理解している、彼女が次に解き放つ攻撃が必殺のものであるというのなら。
「――来なさい。真っ向から……打ち砕いてあげるわ」
こちらもまた、全てを解き放つ必殺の一手で迎え撃つ……!
「上等。――ならばこの一撃、見事打ち砕いてみなよっ!!!!」
刹那、セレナが奔った。
蹴った地面を砕き、彼女はたった一息で五十メートル弱という距離を一息で踏み込んだ。
その姿は突風、否、もはや閃光である。
戦斧は右上段に構えている。
次に放たれるのはなんてことはない、だだの振り下ろしによる攻撃であった。
だがそこには先程嵐のように溢れ出していた魔力全てが込められ、全身全霊を以て放たれるもの。
その威力は想像を絶する、単純だからこその必殺。
受けようとすればその防御ごと叩き潰し、躱そうとしても余波だけで砕け散る。
「……」
逃れられぬ死、それを前にしてもイリスの心は微塵も乱れてはいなかった。
何があろうとも、必ず勝って聖哉の元へと戻る。
ただそれだけを想い――イリスは、“真の力”を開放させた。
「――リミッター解除!!」
イリスの身体が輝き始める。
そして、セレナの一撃が彼女へと直撃する瞬間。
「はああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
輝きが消え、
先程の宣言通り、真っ向から打ち砕く為に彼女のランスがセレナの戦斧へと向かって解き放たれる……!
「なっ――――!!??」
激突する戦斧と槍。
あらゆる防御も回避も、突破せんとするセレナの必殺の一撃が……停止していた。
ぶつかり合った衝撃で周囲を削り飛ばしながら、彼女の戦斧はイリスのランスによって食い止められている。
それだけでも驚愕というのに、一瞬で成長を遂げたイリスの姿にセレナの思考は完全に停止していた。
ただ見た目が変わったわけではない、内から溢れる力も、放たれた一撃の重さも、今までのものとは比べものにならない程に強くなっている。
「っ、くぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!!」
だが、負けない。
全身から更なる魔力を放出し、戦斧へと込めていくセレナ。
このまま振り下ろせば自身の勝利、ならば出し惜しみなど不要。
「ぐ、く……っ」
少しずつ、けれど確実に圧され始めるイリス。
だが。
「負け、ない……負ける、もんかああぁぁぁぁぁっ!!!!」
今一度、自分の負けられない理由を思い返しながら。
裂帛の気合を以って、イリスは全身全霊の霊力をランスへと注ぎ込んだ――――!
「……」
静かにランスを下げ、イリスは目前のセレナを見下ろした。
……膝を突き、荒い呼吸を繰り返しているセレナは満身創痍となっている。
手に持っていた戦斧は地面に落とし、顔を上げる余裕すらないのか俯いたままだ。
「…………完敗、だね。その姿はキミの奥の手?」
「――ええ。“ヴァルキリー”モードって呼んでるわ」
「戦乙女……なるほどなるほど、確かにその姿はそう呼んでもおかしくはないね……」
そう言って、セレナは笑う。
……勝敗はここに決した、まだ動けるイリスと荒い呼吸を繰り返す事しかできないセレナ、両者の状態を見れば一目瞭然であった。
「そら、聖哉の所に行くんでしょ? なら……さっさとすべき事をしないと」
「……」
セレナに、抵抗の意志は見られない。
というよりも抵抗する余力など残されていないのだろう、そして……彼女は既に覚悟を決めていた。
――敵は、倒さねばならない。
聖哉の敵は自分の敵、ここで仕留めなければまたセレナは彼の邪魔をする。
――だが、どうやら余力が無いのは此方も同じらしい。
ポンッ、という間の抜けた音が場に響き……イリスの姿が元に戻る。
リミッター解除の恩恵が切れたようだ、それと同時に凄まじい倦怠感がイリスに襲い掛かった。
「っ、っ……」
両膝を突き、両手を地面に付ける事で倒れるのを防ぐ。
「ちょ、ちょっとちょっと……大丈夫?」
「……」
セレナの声が、よく聞こえない。
いや、彼女の声だけでなく周りの音全てが聞き取れなくなっている。
(ま、ず……ここまでの、反動、とは、ね……)
――この新しい身体は、八雲紫から譲り受けたものだ。
強くなりたい、だが今の素体ではどうしても上を目指せない。
だからこそあの時、紫の提案に乗りこうして新しい身体を手に入れ、一時的に劇的なパワーアップを可能とする能力を身につけた。
「ぁ……」
遂に両腕にも力が入らなくなり、地面に倒れ込んでしまった。
――ぱきん、何かが弾ける音が自身の内側から響いた。
(……まいった、わね……関節が、砕けた……)
「ねえ、大丈夫!?」
倒れた身体を、セレナに抱き起こされる。
(戦ってた相手を心配するとか……変なヤツ)
だが、不思議と安心できたのかイリスはそっと目を閉じ全身から力を抜いた。
……ああ、本当に眠い。
(ごめんセーヤ、ちょっとこれ以上は手伝えないみたい……でも、最低限役に立てたよね……?)
自分の不甲斐なさを詫びながら、イリスは沈むように眠りに就く。
その直前。
(……よく頑張ったって、褒めてくれたらいいな……)
そんな小さくささやかな願いを抱きながら。
イリスはそっと、意識を手放した……。