狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第115話 VSエステリア~旧都の激闘~②

 旧都から離れ、聖哉は勇儀の元へと向かう。

 ――辿り着いた場所は、地底に生きる者達すら近づかない、岩山が連なる危険地帯。

 そこから強い力のぶつかり合いを感じ取り、彼がそこへと到着した瞬間――爆撃めいた轟音が響き渡った。

 

「っ、勇儀!!」

 

「…………おや、遅い到着だね聖哉」

 

 そう言って聖哉の方へと向き直る勇儀の姿を見て、聖哉は息を呑んだ。

 ……全身が、血で真っ赤に染まっている。

 無事な箇所などただ一つとしてない、そう思えてしまう程の出血量。

 よく見ると周囲の地面や岩壁も同じように血で赤黒く変色しており、両者の戦いの悲惨さを物語っていた。

 

「勇儀、大丈夫なのか!?」

 

「ああ。――久しぶりだよ、こんなに血を流したのは」

 

 いつもと変わらぬ口調、しかしその呼吸は乱れ余力が無いのは明白であった。

 数多の妖怪の中でも圧倒的な力を持つ鬼、その鬼の中でも抜きん出た力を持った実力者である勇儀が、全力を出して尚これだけ追い詰められた。

 

 一方のイザナミは、近くの壁に叩きつけられていた。

 ぴくりとも動かず項垂れているその姿は、多大なダメージを負っているように見える。

 だがそれも当然だ、イザナミが相手にしたのはかの四天王、星熊勇儀なのだから。

 寧ろ原型を留めているだけ驚愕だと言えるだろう、尤もそれは。

 

 

「――いいタイミングだ聖哉、そろそろお前との勝負に集中したいと思っていた」

 

 

 相手が、常軌を超えた存在でなければの話だが。

 

「なっ……」

 

 驚愕の声は、勇儀から。

 

「星熊勇儀、さすが鬼の中でも四天王と呼ばれるだけの事はあった……お前の一撃一撃は、まさしく必殺のものであったのは確かだよ」

 

 称賛を送りながら、イザナミは床に落とした杖を拾いながらゆっくりと立ち上がる。

 ――勇儀から受けた傷は、既に跡形もなく消えていた。

 如何なる奇跡か、それとも魔法の類か。

 

〈うぉ……すげえ殺気だ、奴さん今回はマジで来るみたいだぜ?〉

 

 口調の中に確かな驚愕と恐怖の色を宿しながら、ヴァンが口を開く。

 神代の獣である彼が初めて見せる怯えの色を感じ取り、聖哉の頬に冷や汗が伝った。

 

――イザナミが、本気を出す。

 

 月での戦いはイザナミにとって戯れでしかなかった、だが今回は違う。

 犬渡聖哉という存在を初めて“敵”として認識し、明確な殺意の元にその命を奪わんとしている。

 

「……」

 

 それを前にして、聖哉は何故か視界をイザナミから外し……勇儀へと向ける。

 その行動にイザナミは眉を顰め、勇儀もまたどういうつもりなのだと視線で聖哉へと訴える中。

 

「おっ、おぉ……!?」

 

 聖哉は勇儀に向かって右手を翳し、その掌から黄金の光を発現させた。

 光は数秒も経たずに勇儀の身体を包み込み、ひと際発光した後に静かに消え去り。

 彼女の肉体を完全に癒し、消耗していた妖力と気力すら元に戻してしまった。

 

「こりゃあ……?」

 

「勇儀、これでまた全力で戦える筈だ。――悪いが、コイツを倒すのに協力してくれ」

 

「……聖哉」

 

「誇り高い鬼であるお前にこんな事を頼むのは気が引ける、けどコイツは……確実にここで殺しておかないといけない存在だ」

 

 だが、自分一人では仕留めきれない可能性がある。

 それ程までにイザナミから感じ取れる力は絶大なものなのだ、なりふり構ってなど居られない。

 

「…………意外だな、お前は一人で余と戦うと思ったが」

 

「卑怯だとは思うなよ?」

 

「何をもって卑怯だと思うのだ? 貴様は余を脅威だと認識し、確実に仕留める為に友の力を借りようとしているだけの事ではないか。

 寧ろ、お前程の男がこうも容易く他者の力を借りるという選択を選べる心の強さに、敬意を表したいものだ」

 

 妖怪としてのプライド、男としての誇り。

 そんなもの、自らの信念の前には無価値でしかない。

 そう思っているからこそ、聖哉は躊躇いなく勇儀に力を借りようとしている。

 

 しかしそれはそうそうできるものではない、永き時を生きる事のできる妖怪ならば尚更だ。

 だからイザナミは聖哉に対し惜しみない称賛の言葉を送ったのだ、尤も聖哉は敵から称賛されても複雑なのだが。

 

「しかし……そちらの鬼はその提案を呑むかな?

 その女は鬼の中でも特に秀でた力を有している、だが永い時を生き強い力を持つ妖怪というのは良くも悪くも自我が強い」

 

「……」

 

「目を見れば判る、星熊勇儀は余と一対一で戦いたいと訴えている。そんな女が――」

 

 

 

 

「――――いいよ聖哉。お前さんの願い、聞き入れた」

 

 

 

 

「…………」

 

 イザナミの表情が、固まった。

 勇儀の言葉があまりに意外だったからか、剥き出しの殺気すら霧散させ、イザナミは信じられないものを見るかのような目で勇儀へと視線を向ける。

 

「イザナミっていったね? お前さんの言う通り、本音を言えばお前さんとは一対一で喧嘩がしたいし、聖哉の言い分なんぞ“くそくらえ”って気持ちが強い」

 

 永い年月の中で、数え切れぬ死闘を繰り返してきた。

 確かに同族や仲間と共に戦った戦もあった、だが勇儀が強敵だと認識した相手とは必ず一対一で戦ってきた。

 それを邪魔する者はたとえ同族であっても許さないし、それが間違っているなど勇儀自身微塵も思っていない。

 

「――けどね、この子の戦いはあたし達みたいな喧嘩と違うんだ。

 守りたい者達の為に、支えたい世界の為に、己が総てを懸けて戦おうとしている。

 ――そんなヤツを、あたしは今まで見た事がない。

 だから聖哉の戦いが、この子の信念がどこまで行って……その先に待っているものが何なのか、あたしは見てみたいんだよ」

 

 おそらく、同じ事を考えているのは自分だけではあるまい。

 幻想郷に生きる大妖怪達、この世界のパワーバランスを担う強者達もまた、聖哉と彼を慕う者達の行く末を見てみたい筈だ。

 

「それにこの子はあたしの気持ちを汲んだ上で、謝罪しながらもあたしに頭を下げてるんだ。

 ――嬉しいじゃないか、“盟友”だと思っていたのは自分だけじゃないって判ったんだ。それだけで……充分なんだよ」

 

「……勇儀」

 

「聖哉、お前さんはお前さんの信じる道を突き進めばいい。

 精一杯その道を走って走って走り続けて……辛くなったら、今みたいに甘えればいい。

 お前さんの味方は沢山居る、力になりたいって思ってるやつもね」

 

「ああ……ありがとう、勇儀」

 

 それ以上の言葉は、もう必要なかった。

 イザナミに向かって身構える2人、対するイザナミはその場で立ち尽くしながら……口元に、歓喜の笑みを浮かべていた。

 

「ふっ、ふふっ……ふふふ……ふははははっ!!」

 

「……」

 

「いやまったく……随分と永い時を生きてきたが、貴様のような男は見た事がないぞ聖哉。

 自身よりも格上の大妖怪すら友にするその信念と心の強さ、あぁ……やはり、自身の欲を満たすために立ち塞がる壁は、貴様のように強大である程に愉しいものだ……!」

 

「……その気持ちは判らなくもないけどねぇ」

 

「イザナミ、何故支配を望む? 幻想郷も外の世界も……あらゆる世界を己の手中に収めて、何になる?」

 

「あらゆる世界、あらゆる存在が自分のモノとなる……その達成感と高揚感は、他では決して味わえぬものだろう?」

 

「――――」

 

 そう、ただそれだけだ。

 異常なまでの支配欲、それがイザナミの根底にあるもの。

 それは欲しいものをねだる子供と同じ……否、そんなものとは比べものにならない程に悪辣なものだ。

 

「――では、始めようか?」

 

「っ、勇儀、いくぞっ!!」

 

「応っ、遅れるんじゃないよ聖哉!!」

 

 両脚にしっかりと力を入れ、イザナミに向かって地を蹴る聖哉と勇儀。

 一息で相手との間合いを詰め、余力など一切考えない全力の一撃を――

 

「――――」

「まずは――“右腕”からか?」

 

 宙に舞う物体。

 それはイザナミに向かって放たれた勇儀の“右腕”であった。

 

 後手に回ったというのに、イザナミは右手に持つ杖を剣のように振るい、勇儀の腕を切り飛ばしたのだ。

 あらゆる名刀ですら傷つかぬ頑強な鬼の腕を軽々と両断され、勇儀の思考が停止する。

 

「そんな程度ではないだろう星熊勇儀、余の本気は……まだ始まったばかりだぞ!!」

 

 再び勇儀に向かって杖を振るうイザナミ。

 もはや打撃ではなく斬撃と化したその攻撃に、思考を停止させていた勇儀は反応に一瞬遅れてしまうが。

 

「っ、っっっ……」

 

「聖哉……!」

 

 聖哉が両手にオーラによる漆黒の剣を生み出し、左の剣でイザナミの一撃を受け止めた。

 

「ぬ、ぐ……うぉぉぉあぁぁっ!!!!」

 

 獣の咆哮と共に、銀光が奔る。

 右の剣による上段斬り、至近距離でイザナミへと放たれたそれは虚しく空を斬り。

 

――一瞬の静寂の後、周囲の地面と岩壁に底が見えぬ程の裂傷を生み出した。

 

「ほぅ、底が見えぬ程の威力とは……まともに受ければ余の身体とて斬られる斬撃よな」

 

「っ、勇儀!!」

 

 イザナミは攻撃を回避する為に聖哉達から距離を離し、その隙に聖哉は己の身体から漆黒のオーラを伸ばし、宙を舞う勇儀の右腕を回収。

 すぐさま彼女へとその右腕を繋ぎ、治癒の力にて治療を施した。

 

「……悪いね、助かった」

 

「気にしなくていい、だが……」

 

「ああ……正直、斬られるまで見えなかったよ、奴さんの動きが」

 

 如何に先程までの戦いが、イザナミにとって“遊び”でしかないと勇儀は心底思い知った。

 ――完全に、足手纏いと化している。

 鬼である自分が、盟友である聖哉の枷になっている……その事実に、勇儀は悔しげに表情を歪ませた。

 

「…………勇儀、力を溜めたまま少し待機していてくれないか?」

 

「? それは構わないけど……あたしじゃ、お前さんの助けには」

 

「なる。俺一人じゃイザナミには勝てない、勇儀の力が必要なんだ。

 今は俺を信じてくれ、この戦いは絶対にお前の力が必要になる」

 

 言うやいなや、聖哉は再びイザナミへと肉薄する。

 イザナミも同時に動き、両者の姿が消えると同時に――鋼がぶつかり合う音が周囲に響き、戦闘が始まった。

 

「……」

 

 その姿を、勇儀の視界は追いきれない。

 次元の違う戦いの目の当たりにするが、勇儀はゆっくりと右腕に力を溜めていく。

 

 ……介入した所で、勇儀は聖哉の力にはなれない。

 そればかりか彼に力を使わせ消耗させるだけ、それではイザナミに勝利する事はできなくなる。

 だからこそ、彼女は“待つ”事にした。

 

 聖哉は言った、勇儀の力が必要だと。

 それは文字通りの意味、“力”の勇儀と呼ばれるに相応しい破壊力に期待をしている。

 ならばそれに応えるために、全身全霊の一撃を放てるよう待機しなくては。

 

(信じるよ聖哉……あたしはあたしのできる事をするからさ……!)

 

 

 

 

「――どうした狗、防いでばかりでは勝てんぞ!?」

 

「……」

 

 嵐を思わせる猛攻が、椛の命を奪わんと襲い掛かる。

 魔界の女剣士、エステリアが放つ斬撃は大太刀の見た目通りの力任せなものであった。

 しかしそれで充分、余計な工夫も技術も、圧倒的な力と速度の前では必要ない。

 

「口だけの狗が、少しは攻めたらどうだ!!」

 

 嘲りの言葉を吐きながらも、エステリアの猛攻は微塵も衰えを見せない。

 一撃を放つ度に次の一手の速度と威力は増していき、既に両者の周囲はズタズタに切り刻まれていた。

 

「……」

 

 ざざざざ、と地面を削りながら押し戻される椛。

 一旦両者の間合いが離れたが、次の瞬間にはエステリアの踏み込みによって再びゼロへと戻る。

 追撃の一閃、それを受け止めようと椛は軌道を合わせ。

 

「っ……」

 

 爆撃めいた轟音を響かせながら、再び彼女は吹き飛ばされた。

 

「……」

 

 空中で体勢を立て直し、何事もなかったかのように地面に着地する椛を見て、エステリアは表情を歪ませる。

 ……違和感を覚えずにはいられないと、彼女は現在の状況の不可思議さに困惑していた。

 

 椛との戦いは、始終エステリアが押し続け有利に立ち回っている。

 相手からの反撃を許さず、攻め続けている時点で第三者が見てもどちらに勝利の天秤が傾いているかなどすぐに理解できるだろう。

 だが、他ならぬエステリア自身が今の自分が圧倒的に有利だと思えないでいた。

 

(なんだこれは……何故ワタシはあの狗を斬れない……?)

 

 彼女からすれば、未だに相手が生きている事自体異常な状況であった。

 攻め続けているのに、相手から反撃を許していないのに……勝利する自分をイメージできない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 そればかりか、少しずつけれど確実に自分が追い込まれている気さえ……。

 

(っ、何を考えている……あんな狗風情に、このワタシが追い込まれる筈がないっ!!)

 

 自らの脳裏に浮かんだ最悪な思いを振り払いながら、エステリアは再び地を蹴った。

 その踏み込みは先程より更に速く、彼女自身が出せる最高速度による一撃。

 

「……」

 

 迫る剣戟は、光の如し。

 ……エステリアという魔族は、間違いなく強者だろう。

 剣の腕は確かに大口を叩く事だけはある、現に椛もまったく手を抜かず全力で相手をしているからこそ斬られなかったのだから。

 

 だが――――もう勝負の終わりは視えた(・・・・・・・・・・・・)

 

「――――」

 

 甲高い音が場に響き、エステリアの剣が大きく弾かれる。

 おもわず後退するエステリア、地面に着地し……彼女は、剣を持つ右手が大きく震え痺れている事に気が付いた。

 

「な、に……?」

 

 ――何が起きた?

 自分は確かに次の一撃で相手を斬り捨てるつもりだった、だというのにそれは叶わず。

 そればかりか、こうも簡単に防がれ後退させられているこの状況に、エステリアの思考が追い付かない。

 

「貴様……一体何をした!!」

 

 再び踏み込むエステリア、対する椛は一歩も動かず不動のまま。

 繰り出されるは横薙ぎの一撃、風を切り裂きながら振るわれたそれは――――再びあっさりと弾かれる。

 

「な、ん……っ!?」

 

「――私にはまだやるべき事がある、これ以上貴様と遊んでいる暇はない」

 

 冷たく言い放ち、椛はエステリアを見据える。

 その瞳はただ冷たく……そして、絶殺の意志が込められたものであった。

 

「っ、遊びだと……!? 狗風情が、良い度胸だ!!」

 

 椛の言葉に激昂し、今まで以上の迫力と速度を以て、エステリアは再び攻め始める。

 上下左右、あらゆる方向あらゆる角度から放たれる剣戟は苛烈を極め、しかし椛には届かない。

 その全てを弾き、防ぎ、いなし、滑らせるように躱していく。

 

「ぎ―――ーっ!!??」

 

 そして、大振りを弾いた際の隙を逃さず、椛の刀がエステリアの肌を斬り裂いた。

 鮮血が舞い、怒りと苦悶、そして驚愕の表情を織り交ぜた顔で、エステリアは椛を見やる。

 

「馬鹿、な……!? 何故、ワタシが貴様のような狗に……」

 

「私が今までお前の好きに攻めさせていたのは、この“眼”でお前の動きを見切る為だ」

 

「千里眼……だ、だが貴様程度の能力でワタシの動きを見切るなど……!」

 

「確かに剣の腕は見事だ、大口を叩くだけの事はあった。

 だがそれだけだ(・・・・・・)、貴様など私が今まで旦那様と共に戦ってきた際に見てきたどの戦士よりも……弱い」

 

 他者を見下し、驕り高ぶった心ではせっかくの剣の腕も曇るだけだ。

 しかしエステリアはそれを理解できない、それを惜しいと思いつつも……椛は、この戦いに終止符を打つ事にした。

 

「さらばだ、魔界の剣士」

 

「ふ、ふざけるなああぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 エステリアが地を蹴る、凄まじい憎悪を力に変えたのか、その速度は今までのどの動きよりも速い。

 だが椛は動じない、静かに風王の切っ先をエステリアに向け。

 

「一の太刀――」

 

「あああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 振り下ろされる斬撃を、体勢を低くしながら回避し、同時に相手の懐へと踏み込み。

 

「――皇牙一閃突き!!」

 

 必殺の一撃を、エステリアの急所へと叩き込む……!

 

「っ、が、ぁ……」

 

 よろよろと後ろに後退しながら、エステリアは視線を下に……風穴を開けられた自らの身体に視線を向けた。

 同時に彼女の口からはポンプのような勢いで血が吐き出され、その顔からは既に生気を失い始めている事が窺えた。

 それも当然だ、椛の一撃はエステリアの核――魔族にとっての心臓である生命器官を貫いたのだ。

 強靭な生命力故にまだ生きてはいるが……終わりは近い。

 

「何故、だ……何故こんな……」

 

「……」

 

 勝者が敗者に掛ける言葉などない。

 それに戦いはまだ終わっていない、なので椛は今度こそ終わりにしようと風王を持つ手に力を込め。

 

 

 

―――期待外れだね、魔族。

 

 

 

 2人の頭上から、そんな呟きが聞こえてきた。

 

「――――」

 

 瞬間、椛は全力でその場から後方へと跳躍した。

 ここに居ては死ぬ、早く逃げろと本能が訴えた。

 しかしエステリアは動かない、いや、動けないだけか。

 そして、椛が跳躍したと同時に。

 

 

――無数の光の雨が、場に降り注いだ。

 

 

「っっっ……」

 

 それは、ほんの数秒程度の出来事であった。

 降り注いだ光の雨は、まるで矢のように標的へと舞い落ち、容赦なくその肉体を串刺しにする。

 ……もしも一瞬でも逃げ遅れれば、椛の末路は決まっていただろう。

 間一髪の所で彼女は命を永らえ、逃げられなかったエステリアは……既に事切れていた。

 

「……」

 

 光の雨は既に消え去り、残るのは地面を汚す赤い跡の中心に沈むエステリアの亡骸のみ。

 おそらく何が起きたかも判らないままその命を奪われたのだろう、彼女の表情は呆けたまま固まっていた。

 敵とはいえその憐れな姿を目の当たりにして、椛は表情に憤怒の色を浮かべながら、自らの前に降り立った者を睨みつける。

 

 黒い特別製の法衣に身を包み、右手には漆黒に輝く光の刀身を生み出す金剛杵を握り締めている女性は、椛に対して穏やかな笑みを浮かべていた。

 その笑みはどうしようもなく優しく、どうしようもなく恐ろしく、危険に満ちたものであった。

 だからこそ椛は目の前の存在を敵と認識する、それがたとえ見知った存在。

 

 

 

 

――聖白蓮であったとしても(・・・・・・・・・・・)

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