狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「……ふぅ~」
暖かな湯に全身を浸からせ、聖哉はついそんなため息を零してしまった。
お空に連れられやってきた温泉は、彼女が「絶対気に入るよ!」と自信満々に言うだけあって想像以上に良いものであった。
湯の温度はやや高めだがそれがまた良く、入っているだけで身体の疲れが抜け落ちていくような心地良さに包まれる。
まるでここだけ時間がゆっくり流れているかのように、のんびりとした空気に包まれ自然と聖哉の頬を緩ませていった。
……尤もここは旧地獄跡地、そこに沸き立つ温泉は決して良い点ばかりではない。
先程からそこら中にふわふわと浮かぶ物体、不気味な紫の炎に包まれた髑髏状のそれは“怨霊”と呼ばれるものだ。
生者に災いをもたらす地獄の霊、奴等は隙あらば生きている者の身体を乗っ取ろうと企んでおり、人間はおろか妖怪にすら嫌われ恐れられる存在である。
「……」
とはいえ、それは油断しなければの話。現に聖哉が一睨みすれば蜘蛛の子を散らすように怨霊達は周囲から逃げ去っていく。
不快なものが視界から消え去り、聖哉は改めてこの心地良い時間を満喫しようとしたのだが。
「――おにーさん、お湯加減はどう?」
「…………は?」
突然に、何の躊躇いもなく入ってきたお空の登場に、完全に思考が停止した。
一応バスタオルは巻いているものの、それ以外は何も着ずに入ってきたお空。
いや温泉なのだから服を脱ぐのは当たり前かもしれないが、問題なのはそこではない。
「お空、なんで入ってきた?」
「? おにーさんと入るためだけど?」
首を傾げ、何を訊いているのだとばかりの反応を返され、聖哉の方が反応に困ってしまった。
「……まさか、男湯と女湯を間違えたか?」
「ううん、間違えてないよ?」
じゃあなんで入ってきているんだお前は。
そんなツッコミすらできないくらいに、彼女の反応に聖哉は面食らってしまった。
しかしお空は聖哉の反応に首を傾げるばかりで、自分がしている事に対して理解していない様子であった。
「……お空、一部の例外を除いて普通男と女は一緒に温泉には入らないんだ」
「知ってるよ、さとり様やお燐から聞いてるもん」
「じゃあなんで一緒に入ってるんだお前は……」
駄目だ、会話がさっきからまったく成り立っていない。
彼女の精神は見た目と違って幼いものだという認識を抱いていた聖哉だったが、想像の斜め上をいっているようだ。
なるべく視線をお空から逸らす。成熟しきっている彼女の身体は男である聖哉にとって刺激的なものであり、凝視するのは色々と拙い。
「でも好きな人とは一緒に入っていいって、さとり様は言ってたよ?」
「……そうか、そう言ってくれるのは嬉しい。だがなお空……さとりはそういう意味でそう言った訳じゃないんだ」
好きな人とはこの場合、友人という意味ではなく所謂“恋人”とか“夫婦”という意味である。
「つまりだ、友達同士だとするなら異性が一緒に入るのは色々と拙いというわけでだな……」
「それってもしかして、交尾したくなるから?」
「ぶふっ」
あっけらかんと、あまり口にできない発言を軽々と放つお空に聖哉はおもいっきり噴き出してしまった。
「お前、それってどういう意味か……」
「……知ってるよ、だって“そういうの”……見た事あるし」
さすがにそれは恥ずかしいのか、お空は顔を赤らめ視線を逸らしながら答える。
……どうやら彼女のそういった事に関する知識は決して幼い子供と同じというわけではないらしい、それが判り尚更性質が悪いではないかと聖哉は嘆きたくなった。
まあつまりはそういう事である、万が一にも間違いを起こすつもりなどないが……精神的には決して宜しくはない。
「だったら尚の事一緒に入るのはおかしいと判る筈だぞ、なのにどうして……」
「えっとね、その……男の人の身体に、興味があったから……」
「……」
その発言で、今度こそ聖哉は頭を抱え何も言えなくなってしまった。
いくら人型とはいえ元は動物、だからこそこういった性知識に対する好奇心が旺盛なのは致し方ないことなのかもしれない。
現に白狼天狗の中にもお空のような考え方を持つ者は居る、動物的本能と呼ぶべきそれは本来子孫を残そうとする生物の当たり前の考え方なのかもしれないが……当然、全員が全員それに当て嵌まるわけでもなかった。
だからこそ聖哉は困ってしまう、彼もそういった面があるからこそお空のその好奇心には理解を示せるが。
「だったら同じペットの奴等のを見ればいいだろう? それとも人型になれるのはお前やあのお燐という子だけなのか?」
「そうじゃないけど……みんな身体がちっちゃくてよくわかんないんだもん。おにーさんみたいに逞しい男の人なんて居ないし……」
「お空、俺はお前の気持ちがわからんでもないし理解はできる。だが単なる好奇心で身体を見せるつもりはないんだ」
相手が単なる子供ならばともかくとして、性に対する知識や好奇心を芽生えさせているのならば、やはり“特別な関係”になった相手だけに留めておきたい。
本能だけで言えばお空の身体には興味がある、だがそれをただ表に出してしまうのは動物と何ら変わりはないではないか。
せっかく“理性”という能力を得る事ができたのだから、“本能”の赴くままにというのはできれば避けたい。
「なら、どうすればおにーさんは見せる気になるの? ゆーわくとかすればいいのかな?」
「しなくていい、しなくていいからバスタオルを取ろうとするのはやめろやめてくださいお願いします。
……古臭い考え方ではあるがな、俺は愛し愛される関係になった異性にしかありのままの自分を出したくないんだ」
言ってて恥ずかしくなってきた、それと同時に何で自分はこんな事を出会ったばかりの少女に話しているのだろうかと冷静になって気分が滅入ってくる。
とはいえ口に出すのは憚られる事態に陥るよりかはマシだ、一方のお空は聖哉の言葉を確かめるように耳を傾け……よくわからないといった表情を見せてきた。
「おにーさんは、私の事嫌い?」
「そんな事はないさ、まだ出会ったばかりだがお空が他者の事を考えられる優しい子だっていうのは知っているつもりだ」
「えへへ、ありがと。――私もおにーさんの事好きだよ、なんていうのかな……会ったばかりなのに、おにーさんと一緒に居るのが嬉しいの」
この感情は、他ならぬお空自身にもよくわからないものであった。
彼と同じ空間に居る事が嬉しいと、共に在るという事実が幸福だと感じている。
主人であるさとりや友人であるお燐と過ごす時間とよく似ているようで、どこか違うような感覚。
彼女もその感情の正体は掴めず、しかし単純で深く物事を考えないので「自分は彼を好いている」という事実だけで彼女にとっては充分だった。
「だからちょっと恥ずかしかったけど、おにーさんと一緒に温泉に入りたいって思ったし……一緒に居たいなって思ったんだ。これって何かの病気なのかな?」
「……さてな。だが会ったばかりで意気投合するという例はあるから、俺とお空は“波長”が合うのかもしれない」
「波長……? よくわかんないけど、私がおにーさんを好きでおにーさんが私の事を好きで居てくれているって事でいいのかな?」
「まあ……それでいいとは思うが」
「好き同士ならおにーさんの身体を見てもいいよね?」
「それとこれとは話が別だっ」
ああ駄目だ、話が冒頭に戻ってしまった。
単純な知的好奇心に近いのがせめてもの救いだが、かといって裸を見せるつもりなど毛頭ない。
というか見せたら見せたで大変な事態に陥る可能性だってある、しかしこれでは埒が明かないので聖哉は強硬手段に出た。
「……俺はもう上がるから、お空も女湯に戻れ」
「ええーっ!?」
「えーじゃない、お前が何と言おうと俺は裸を見せるつもりなんてないんだからな」
話は終わりだ、早々に切り上げ脱衣所に戻ろうとする聖哉だが……そうはさせないとお空は右手を伸ばし聖哉のある部分を隠すタオルを掴み出した。
「お、おいお空!!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!!」
「放せこのエロガラス!! そういうのはもっと大人になってからだ!!」
「私は充分に大人だよ、おっぱいだって勇儀姐さんに負けてないもん!!」
「そういう事を言っているんじゃないんだ!!」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぎながら、一枚のタオルの攻防を繰り広げる2人。
その声は周囲によく響き、結果……新たな招かれざる客達を引き寄せてしまう事となってしまう。
「――おや、なんだか男湯が騒がしいと思ったら……楽しそうな事をしているじゃないか」
「私たちもまぜろー」
「げっ……」
新たなに男湯へと侵入してきた2人の鬼、星熊勇儀と伊吹萃香の姿を見て聖哉はあからさまに表情を歪ませた。
というかなんで普通に男湯に入ってきているんだこの2人は、身体をバスタオルで巻いている辺りまだ良心が窺えるのがなんだか悲しい。
「なんだいなんだい、あんだけ楽しい喧嘩をした中だってのにその顔はなんだい聖哉」
「……星熊様、伊吹様、ここは男湯の筈ですが」
「そんな細かい事は気にしなくても大丈夫だよ、それにこの温泉には顔が利いてね。店主にはあたし達以外入ってこないように頼んでおいたさ」
いや、そういう問題ではないとツッコミを入れたい聖哉であったが、さっさと湯船に入り持ってきた酒を飲み始めた鬼2人を見て、無駄だと悟り口を噤む。
やはり鬼という種族は色々と豪快で面倒で……同時に、華やかな存在で。
ありのままの自身のまま生き、ありのままの自身のまま死ぬ、単純明快を地で行く彼女達は聖哉には少し……眩く見えた。
「遊んでないであんたらも入ったらどうだい?」
「……私は男なのですが」
「んなの見りゃ判る、一緒に入るぐらいで何をウダウダぬかしてんだい。それとなんでそんな畏まった物言いをしているんだい? 喧嘩の時のアンタは随分男らしくて威勢が良かったってのに」
「それは……申し訳ありません。鬼である星熊様に対する態度ではなかったと反省しております」
あの時は本当に聖哉自身も理解できないほどに、気分が高揚していたのだ。
白狼天狗でありながら鬼の、それもその中でも屈指の実力者である勇儀に対してあまりに無礼だと、冷静な今では後悔したくなるほどの態度だった。
そんな聖哉に勇儀は呆れたように肩を竦める、しかしそれは決して無礼な態度を働いた彼に対する怒りではなく。
「畏まる必要が何処にあるっていうんだい? あたしはアンタの事が気に入ったんだ、短い喧嘩だったけどあれだけ楽しい喧嘩は久しぶりだったからねえ」
「それは……光栄です」
「あたしにとってアンタはもう盟友だ、だから堅苦しくせずに“友人”として接してくれないかい?」
言いながら、手に持っていた盃を聖哉へと手渡そうとする勇儀。
……身に余る光栄だ、彼女ほどの実力者に盟友と呼ばれる事は誉れあるべきことである。
だが、先程のような態度を見せていながらこう考えるのはおかしいと思いつつも……聖哉はやんわりと、彼女から盃を受け取る事を拒否した。
「申し訳ありません星熊様、そのお気持ちは本当に嬉しいのですが……所詮私は白狼天狗、貴女様の沽券に関わるような真似はできません」
「……」
頭の固い男だ、僅かに失望の念を聖哉に向けながらも勇儀はより一層彼の事が気に入ってしまった。
自分がここまでの言葉を放ちながらも、あくまで天狗としての立場やこちらの立場を尊重して彼は盟友としての盃を断った。
あくまで自身ではなく他者のこれからを考え、安易な承諾を行なわない聡明さと胆力は、勇儀を、そして萃香に気に入られるには充分過ぎる。
「じゃあさ、盟友としてではなく単純に酒の相手をするのなら良いだろう? かつての上司の願いを聞くって事なら、お前さんも納得できるはずだ」
「はい、それでしたら喜んで」
「……ところでさ、“そっち”はほったらかしでいいの?」
「えっ?」
萃香の言葉に聖哉はキョトンとし、やがて自分に注がれている強い視線に気づき……しまったと口元に手を置いた。
「…………おにーさん、私だと嫌がるのに勇儀姐さんや萃香ちゃんのお願いなら聞くんだね」
唇を尖らせ、怒ってますとアピールするお空。
実際に彼女は今怒っている、何せ自分が言ったらあんなに拒否をしたのに、彼は勇儀や萃香の頼みを聞いて一緒の湯船に入ろうとしたのだから。
恨めしそうにこちらを睨みつけるお空の視線を受け、すっかり困り顔を浮かべる聖哉はどうにかこうにか彼女の機嫌を直そうと考えるが……。
「おにーさん、反省してる?」
「あ、ああ……悪かった、蔑ろにするつもりはなかったんだが……結果的にそうなってしまったのは謝る、ごめんなお空」
素直に頭を下げる、しかし聖哉はこの時気づかなかった。
お空がこっそりと、彼に向かってニヤリと笑みを浮かべていた事に。
「じゃあ私のお願い、聞いてくれるよね?」
「えっ、いや、それはだな……」
「傷ついたなー、おにーさんにほったらかしにされて傷ついちゃったなー」
「う……」
なんというわざとらしさか、しかし今の聖哉にそれを追求する事はできない。
お空の悪ノリに乗っかる形で、「一緒に入るぐらいいいじゃんよー」、「そーだそーだ、裸の付き合いって大事だぞー」と野次を飛ばす鬼2人が、更に彼から逃走経路を塞いでいく。
もはや逃げ場はなく、暫し葛藤した後……聖哉は諦めたようにため息を吐き出した。
「わかった、わかった……悪いのは俺だしな」
「やった。じゃあ早速そのタオルを」
「それは駄目」
一緒に入るのは許可したが、その一線だけは絶対に認められない。
その後、聖哉はお空達3人と酒を飲みながら楽しく温泉に浸かっていたのだが……隙あらば聖哉のタオルを奪おうと攻防が繰り広げられたのは、また別の話。
◆
地上に続く長い長い地底の穴を、ただひたすらに聖哉は昇っていく。
大変ではあったが地底での時間は終わってみれば楽しく、しかしいつまでもここには居られない。
そもそも地上と地底では互いに不可侵の条約を結んでいる筈である、如何に萃香に連れて来られる形になったとはいえ、これが紫辺りにバレてしまえば大変だ。
なので聖哉は尚も飲み交わそうとする勇儀達にそう説明しどうにか納得してもらった後、挨拶もそこそこに地上への帰還を目指していた。
(……お空には、可哀想な事をしてしまったかもしれないな……)
彼が地上へと戻る事に一番残念がったのは、お空であった。
地霊殿で一緒に暮らそうと言ってくれた彼女の気持ちはありがたいものだったが、山の天狗としてそれは許されない。
かといって容易に遊びに行く事もできず、結局「また会いに来る」とは言えなかった。
(万が一、八雲様にこの事が知られても口添えはすると伊吹様は仰られたが……大丈夫なのだろうか)
鬼は約束を破らない、しかし伊吹萃香という鬼は良い意味でも悪い意味でも鬼らしくない面がある。
いざという時に面倒がって簡単に聖哉を見捨てる可能性も否めず、ただただ祈ることしかできなかった。
「……?」
ある気配を察し、その場に止まる。
視線を下へ、自分と同じように地上を目指して昇ってくる存在に気づき……その姿はすぐに確認できた。
小さな少女だ、背丈はさとりと同じくらいの緑がかった灰の髪と緑の瞳を持ち、帽子を被ったその少女は聖哉の視線に気がついたのか、彼と同じ目線で止まり……暫し凝視するように聖哉へと視線を向けてきた。
何かを確認するように目をパチパチとし、辺りをキョロキョロと眺めてから……おかしな問いを聖哉へと投げかけてきた。
「あの……もしかしてあなた、わたしが見えているんですか?」
「……その質問の意味はよくわからないが、普通に見えているぞ?」
そう答えると、少女は目を大きく見開きひどく驚いた様子を見せる。
もしかしたら何か能力を用いて周りから見えないようにしていたのかもしれない、それならば少女の様子にも納得ができた。
「君はさとりの知り合いか? その第三の目……サードアイだろう?」
さとりと同じく胸元付近に浮かんでいるチューブ状の物体に繋がっている巨大な目、しかし彼女と違うのはその目が固く閉ざされている点か。
「お姉ちゃんを知っているんですか?」
「お姉ちゃん?」
「あ、わたしは古明地こいし。古明地さとりお姉ちゃんの妹なんです」
ぺこりと頭を下げながら、丁寧な自己紹介をする少女、古明地こいし。
聖哉もすぐに自らの名を明かしてから、先程の質問の意図はなんなのかと問いかけてみた。
「…………無意識を操る?」
「そうなの。つまりわたしの事は本来誰にも認識されない筈なのに……ねえ聖哉、どうしてわたしが普通に見えたの?」
「どうしてと言われてもな……」
聖哉としても、その問いには「普通に見えただけ」としか答えられない。
千里眼を用いたわけでもないし、しかし“無意識を操る”という能力を持つこいしを何の能力の加護も無しに見つける事など難しいはずだ。
その能力を用いた彼女は謂わば道端の小石も同然、誰も故意に意識しない存在を意識することなど本来ならば不可能だ。
他者からすればこいしの存在は初めから居ないという認識になるのだから、気配を読むなどといった手段でも彼女を見ることはできない。だからこそこいし自身も自分を発見した聖哉に驚いているのだから。
「不思議……聖哉にも何か無意識で発動してる能力があるのかもね」
「えっ」
「だってお姉ちゃんですら私の事を見つけられないんだよ? さっきまでずっと地底に居たけど誰にも見つからなかったし……だから聖哉にもそういうのがあるのかなって」
確証はないけどね、そう言ってこいしはどこか嬉しそうに笑った。
否、嬉しそうではなく……こいしの心は嬉しいという感情に包まれていた。
誰も気づかない自分に気づいてくれた、たったそれだけでも……こいしにとっては嬉しかったのだ。
「ねえ聖哉……また、会える?」
「……お前は地底の妖怪だろう? 地上と地底は互いに不可侵の条約を……」
「そんなの知らないわ。それにわたしの事なんて誰も認識できないのにどうやって捕まえるのかしら?」
「……」
何気ない口調、何気ない声で言った筈だというのに。
何故か聖哉には、そう言ったこいしが……悲しんでいるように見えてしまった。
――閉じた第三の目、そして覚妖怪でありながら心を読む能力ではなく無意識を操る能力を持つ少女。
それらを考えれば、どうしてそう見えてしまったのか……理解できてしまった。
「いくら周りに認識されないからって、あまり無茶はするなよ? それが約束できるのなら……いつでも遊びに来るといい」
「えっ……」
「本来ならお前を地底に戻さないといけないんだろうが、せっかく知り合えたこの縁を無駄にはしたくない。
だからこいし、お前が来たいと思った時に俺の所に来ればいい。ただ周りには見つからないようにな?」
さっきの条約云々の話など、もう忘れた。
本当は忘れてはいけないものだが、孤独の中で生きている目の前の少女の事を考えれば、優先順位など変わってくる。
「~~~~~~っ、ありがとう聖哉!!」
「うおっ」
飛び込むような勢いで抱きついてくるこいしをどうにか受け止める。
よほど嬉しかったのか、彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。
(……いつの間にか、色々と周りにバレてはいけない面が増えちまった)
まあ、目の前で喜んでいるこいしを見るとそんな問題など些細な事だなと思う、聖哉なのであった。
「じゃあ聖哉、早速だけどわたしを山の中で一番偉い天狗の所に連れて行ってっ」
「それは無理です」
【簡潔なキャラ紹介】
・古明地こいし
さとりの妹、覚妖怪ではあるが心を読む器官である第三の目を閉じているために他者の心を読めず、代わりに無意識を操る能力を手に入れた少女。
初対面の相手には丁寧に接し、場合によってはすぐに人懐っこくなる天真爛漫な子。
何故か認識できない自分を当たり前のように認識した聖哉を気に入ったようだが……。