狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
第15話 空と八咫烏~蠢く影~
ごうごうと、灼熱の炎が渦巻いている。
生物が生きる事などできぬ地獄の火、しかし地獄鴉である少女……霊鳥路空にとっては暖かなお湯の中に居るようなものであった。
与えられた仕事をこなし、さて自由時間だ遊びに行こう……と普段なら思うお空であったが、彼女はその場から動かずゆらゆらと揺れる地獄の炎をぼんやりと眺めていた。
〈お空、どうした?〉
そんな彼女に語りかける存在が居た。
揺らめく炎の中に光る赤い輝きを見せる瞳、実際の声ではなくお空の頭に直接話しかけるそれは、自らを“ヤタガラス”と名乗った。
彼をお空が認識したのはつい最近のこと。
最初は本当に驚いた、この場所……お空が今居るこの地獄炉で焼かれずに生きていられるのは地獄鴉である自分や友人のお燐しか居ない筈なのだから。
まるで初めからそこにいたかのような唐突さで話しかけられ、しかも自分を神様などと言うものだから当然お空は彼を怪しんだ。
しかし彼はこうしてお空に気さくに話しかけ世間話をする以外の事はしてこないし、炉の中に居る間は殆ど独りである彼女にとって良い話し相手になるのに時間は必要としなかった。
彼女が見えるのは炎の中で揺らめく瞳だけで彼の姿は認識できないが、不思議とお空は気にならず今では彼のことを友人とまで思うようになっていた。
「何かあったわけじゃないよ、ただ……さとり様が少し寂しそうにしてたから」
〈あー……そういや、妹さんがまだ帰ってきてないんだったな?〉
「うん……」
お空の主人であるさとりの妹、古明地こいしが自らの意思で第三の目を閉ざしてしまった時から、さとりは時折寂しそうな表情を浮かべるようになった。
覚妖怪としての能力を失い、無意識を操る能力に目覚めたこいしは気が付くとさとりの前から姿を消し、まだ一度も地霊殿に戻ってきていない。
「大丈夫よ。こいしはしっかりした子だから」
さとりは笑いながらそう言っていたけれど、それが本心ではない事ぐらいお空にだって気づける。
ずっと一緒だった、生まれた時から一緒に居てこれから先もずっと一緒に居る筈だった。
そんな相手が突然居なくなったのだ、平気でいられるわけがない。
それなのにさとりはお空達の前では優しい主で居ようとする、寂しいのに賢明に誤魔化そうとするのだ。
〈それは、辛いな……〉
「私は大丈夫だよ、でも……何もできないのって、悔しいよ……」
敬愛する主の助けになりたい、けれど自分では……知識も力もない自分では何もできない。
もっと力があれば、もっと知識があれば、さとりとこいしの力になれるというのに。
「強くなりたいなあ。さとり様もこいし様もお燐も……みんなを守れるくらい、強く」
そうすればきっとみんな元通りになる、だからお空はただ純粋に力を望む。
そんな彼女の無垢で優しい願いは、意外な存在の提案によって叶う事となる……。
〈――そんなに力が欲しいのか? それなら……くれてやってもいい〉
「えっ?」
〈オレの力、太陽の力をお前に与えてやる。実はこっちもちょっとした事情でオレの力を使えるヤツを捜してたんだが……お空、お前ならオレの力を与えてもいいと思ったんだよ〉
ちょっとばかり頭は弱いものの、彼女は無垢で優しく……他者を思い遣れる心がある。
そうでなければ彼の力、太陽に生きるヤタガラスの力を扱う事はできない。破壊衝動を持たぬ者でなければたちまち力に溺れ全てを焼き尽くしてしまう。
〈もちろん拒否する事だってできる。オレの力はそれこそとんでもない代物だからな、一歩間違えれば……お前が守りたいと思ったモンも全部焼いちまう。だから……〉
「力をくれるなら、ちょうだい?」
〈速っ!?〉
なんという気軽さか、まるで玩具を受け取るような口調のお空にさすがのヤタガラスも驚き苦言を呈した。
〈いいかお空? 決断の速さは確かに良い時もあるが今回は悪手だ、そんな簡単に決めて良いものじゃないってことをだな……〉
「でも強くなれるんでしょ? そうすれば……みんなを守れるんでしょ?」
〈……〉
それはあまりにも純粋で、疑う事など知らぬ子供の目であった。
なんという無垢な心か、虚言すら簡単に信じ込んでしまいそうな愚かさと浅はかさを見せながらも……眩いばかりの尊さが溢れている。
だからこそヤタガラスはお空に力を与えたいと思ったのだ、
「ヤタガラス、私に……力をちょうだい? どんなに危険な力でも、さとり様達を守れる力になるなら頑張るから」
〈……そうだったなお空、お前がそういうヤツだからオレも気に入ったんだ〉
瞬間、お空の周囲の炎がより一層激しく燃え盛る。
だがそれは決して彼女の身体を燃やさず、寧ろ包み込むような暖かさを与えていた。
そして、その炎の中から彼女に向かって伸ばされるのは……灼熱の炎が象った大きな翼。
〈さあお空、オレの手を取れ〉
「う、うん!!」
少しだけ躊躇いを見せつつも、意を決してお空はその翼を両手で触れる。
「っ!?」
刹那、その炎は瞬く間にお空の身体を包みこみ激しく燃え上がった。
先程とは違う、生物を燃やし尽くす炎に悲鳴すら上げられず、お空は苦悶の表情を見せながらその場で蹲った。
熱いなどという当たり前の感情はもう粉々に吹き飛んだ、既に五感は消え去り自身の身体がまだ存在しているのかすら曖昧だ。
「あ、ああ、あ、あ……」
〈焦るなお空、これはお前の命を奪う炎じゃない。お前の一部となりお前の力となる神の火だ〉
「っ、う、ぅ……うぅぅ……」
そうだ、これは自分の力になる火であり決して拒むものではない。
受け入れろ、受け入れろ、受け入れろ……!
身体を丸め、歯を食いしばり、お空はただひたすらに神の火を取り込んでいく。
――そして、彼女を包む炎が目も醒めるような蒼い輝きへと変化した瞬間。
「っ、はぁ……!」
お空は自らの変化に気づき、跳び上がるように立ち上がった。
全身を包む蒼い炎、それは全てを焼き尽くし同時に暖かく包み込む神の炎であった。
自身に起こった変化はそれだけではない、左足には小さな光球がゆっくりと回転を続け、右足はまるで象の足のような変貌を遂げている。
〈どうやら上手くいったようだな〉
胸元から、正確には胸元にいつの間にか取り付けられている赤い眼のような物体からヤタガラスの声が響く。
「ヤタガラス?」
〈おうよ。よく受け入れる事ができたなお空、これでオレの力はお前のモンだ。後は少しずつこの炎を慣れていかないとな〉
「う、うん……」
言われて初めてお空は気づく、自身の内側に溢れるヤタガラスの力に。
……なんという強大で凄まじい力か、意識するだけでもその力の大きさに思考が呑み込まれてしまいそうだ。
これが太陽の力、神の火であるヤタガラスの力か。ぞわりと身体が震えたお空だったが……不思議と恐怖心は生まれない。
「この力があれば、さとり様達をきっと……」
〈ああそうだ。だがまずはちゃんと完全にコントロールできるまでは安易に使うなよ? 一歩間違えれば全部燃やしちまうからな〉
「うん!!」
そんな事は許されない、この力を改めて目の当たりにできたからこそお空はヤタガラスの言葉を素直に心で受け止めた。
「頑張るぞー!!」と両手をグッと握り締め決意を新たにするお空に、ヤタガラスは苦笑しつつ……“異物”の存在に気がついた。
そしてお空もまたそれに気づき、握りしめた手を解きながらゆっくりと背後へと振り向き。
〈お空、ここならおもいっきりやっても大丈夫だ。相手が何者か知らんが……遠慮するな〉
「うん、わかってるよヤタガラス。なんだかアイツ……気味が悪い」
現れたのは1人の少女、当然ながらお空には面識のない存在であった。
だがそんな事はどうでもいい、この地獄炉に平然と存在している事も不気味だが……何よりも、自分を見つめる少女の目が、獲物を狩る“狩人”の目をしている事の方が不気味であった。
すぐに消し飛ばさなくてはならない、そんな強迫観念に突き動かされたお空は得たばかりのヤタガラスの力を解放する。
「……こりゃ凄い、さすが神の火」
力を開放したお空が右手に生み出した巨大な火球、もはや小さな隕石と見間違う程の質量と圧倒的な熱の塊を前にして、少女は驚いたように呟きを零す。
しかしその口調に絶望や恐怖といったものはなく、まるで珍しいものを見た子供のような無邪気さすら感じられる。
「っ、その余裕……後悔する事になるよ!!」
より一層の不気味さを少女に抱きつつ、お空は右手を大きく振り下ろす。
同時に火球が彼女の手から離れゆっくりとした軌道で少女へと向かっていき……けれど、少女はそこから一歩も動かない。
諦めたのか、余裕に満ちた笑みを崩さないままただ自身に向かってくる火球を見つめ続ける少女にお空は勝利を確信して。
「――決ーめた、テメエは今日から……アタシのペットにしてやる」
そんな呟きを、耳に入れたまま。
少女の身体が火球の中に呑み込まれる光景を、目にしていた……。
◆
「――はふぅ~、よいぞ~……いいですぞ~」
「早苗さん、そろそろ交代してくださいよ!!」
「あと五分……あとごふんだけ……」
「そう言ってもう二十分も経ってるじゃないですか、ずるいですよ!!」
「あのなぁ、お前ら……」
山の一角、玄武の沢に比較的近い小川が流れる岩場にて、聖哉は早苗と椛に囲まれる形で座り込んでいた。
そんな彼の尻尾を愛でる早苗、だらしなく緩んだ表情のまま感触を楽しむ彼女に、順番待ちをしている椛が抗議の声を上げている。
早苗は前々からそうだったが、椛も遠慮する必要がないと判断したのか今では周りなど関係なく聖哉の尻尾を愛でる行為に耽っていた。
「確かに触っていいと言ってるし遠慮するなとも言った覚えはあるが……少しは遠慮してくれないか?」
「無理です」
「無理ですね」
「……」
即答で返されてしまい、おもわず言葉を失ってしまった。
そうしている間にも早苗は「はふぅ……」と間の抜けた声を出し、椛は椛で「わう~……」と情けなく鳴いている。
手入れをしている尻尾をこうも気に入ってくれるというのは嬉しいものだが、ほぼ毎日のようにこんな事されるのはさすがに遠慮願いたい。
「だってすっごく気持ち良いんですよ? それも日を追うごとに毛並みや触り心地が向上しているんですから、毎日愛でたくなりますって」
「それはさすがに大袈裟じゃないか? 確かに手入れはしているが、そこまで変わるとは到底思えないが……」
「いーえ、間違いありません。私これでも外の世界では「もふりマスターサナちゃん」と呼ばれてたんですからっ」
「なんだその頭の悪そうな異名は」
「でも早苗さんの言う通り、先輩の尻尾……本当に良くなっているんですよ。何かしているんですか?」
してねーよ、椛にそう言いつつ聖哉は自身の尻尾へと視線を向ける。
そこにあるのは見慣れた漆黒の尻尾、白狼天狗のものとは思えぬ……闇の中に溶け込んでしまいそうな色をしているそれは、やはり何か特別変わった点は見受けられない。
「モテモテだねー、聖哉」
ちゃぷんという水音が小川から聞こえ、水の中から河童の少女……河城にとりがからかうような笑みを聖哉に向けつつ姿を現した。
「うるせえ、余計なお世話だ」
「そう怒らないでよー、ところでさ……今暇かな? 暇なら一緒に博麗神社に行かない?」
「霊夢さんの所、ですか?」
にとりが博麗神社に行こうと言うなど珍しい事もあるものだ、そう思う3人に彼女は話を進めていく。
「ほら、つい最近だけど神社の裏手に温泉が湧いたでしょ?」
「ああ……そういえばにとり達がその温泉の整備をしたんだっけ?」
今から数日前の話、幻想郷全体に響く地響きが起きた。
とはいえ揺れ自体はたいしたことはなく、怪我人もない小規模なものだったのだが……その揺れが収まった瞬間、巨大な湯柱が神社の裏手から沸き上がったのだ。
それが地下から流れ出る温泉だとわかった瞬間、博麗の巫女である博麗霊夢はそりゃあもう喜んだ。
彼女はすぐさま工業面での技術力を持った河童達に温泉の整備を依頼し、昨日その工事は終わったと聞いている。
「なんか霊夢が知り合いを呼んで整備の終わった温泉を堪能させてやろうと思ってるみたい、私達河童にわざわざ自分から誘ってきたんだ」
「へえ……霊夢さんにしては殊勝な心掛けですね」
「どうかなー……温泉に入るのに金取りそうだけどね、あの巫女の事だから」
肩を竦めつつ失礼な事を言うにとりだが、その場に居る誰もがその言葉を否定する事ができなかった。
あの神社は貧乏というわけではないが決して裕福というわけでもない、せっかく湧き出た温泉を
「でも温泉ですか……せっかくですからご一緒しますよ」
「そうこなくっちゃ。椛と聖哉はどうする?」
「先輩が行くなら行くけど……どうしますか?」
「そうだな……温泉に入るつもりはないが、どんな風なのか単純に興味はあるから行ってみるか」
幸いにも今日は休みだ、それに自分が行かないと言えば椛も行かないだろう。
普段の彼女は少々頑張りが過ぎる、温泉にゆっくり入って日頃の疲れを癒すチャンスをみすみす逃すのは勿体無い。
「よーし決まりだね、そんじゃ早速行こうか?」
「待ってください、家に戻って着替えを持ってこないと……」
「私も一度戻ります。それじゃあ先輩、また後で」
そう言って飛び去っていく早苗と椛、そんな2人の後ろ姿を眺めつつにとりはぽつりと呟いた。
「着替えを用意しなきゃいけないなんて面倒だね。私達みたいに風呂に入る時も脱ぐ必要の無い特別な作業服を常日頃から着ればいいのに」
「……普段から水の中で生活してる河童と一緒にするなよ」
【簡潔なキャラ紹介】
・ヤタガラス
ある“神々”に頼まれお空の前に現れた神の遣い。
カテゴリー的には神の一柱ではあるが、そんな風にはとても見えない程に気さくなあんちゃん。
ある目的とお空の「さとり達を守れる力がほしい」という願いを叶えるために、自らを取り込ませ彼女に太陽の力を与えたが……。