狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
地底へと続く大穴を、こいしと2人で下っていく。
妖怪の山とは違う場所にできたこの穴は、こいし曰く「山の方と同じく旧都に繋がっている」との事である。
疲れたのか背中にしがみつくこいしをおぶったまま、聖哉は地下世界を目指しながら……自然と表情を強張らせていく。
……胸騒ぎは、今も消えてくれない。
そればかりか際限なく膨れ上がっており、獣としての第六感がこれ以上進むなと警鐘を鳴らしている。
「……ちっ」
舌打ちを鳴らす、弱気になった自分を叱責したくなった。
たとえこの警鐘が気のせいだろうとそうでなかろうと進むしか道は無い、こいしの情報が正しいと信じるしかないのだ。
少し降りる速度を速める聖哉、と――彼の嗅覚がある存在を嗅ぎつけた。
「…………人間の、匂い?」
それも若い、少女くらいのものだ。
それと同時に下から感じ取れる高い霊力、その感覚に聖哉は覚えがあった。
「どうしたのー?」
「ちょっとな」
更に速度を速め……やがて地面が見えてきた。
それと同時に、紅白の巫女服と赤いリボンに身を包んだ少女と……その傍らで積み上がるように倒れているヤマメ達の姿も見えた。
「ん? あら……あんた確か、聖哉だったわよね?」
「……こんな所で何をしているんだ?」
「それはこっちの台詞よ、アンタこそなんでこんな場所に居るの?」
お祓い棒を肩で担ぎながら、博麗の巫女――博麗霊夢と対峙した聖哉達は、まず自分達の目的を簡潔に説明した。
続いて霊夢も地底世界に来た目的を話すが……その内容は、聖哉にとって驚くべき事であった。
「怨霊が、温泉から飛び出してきた?」
事の発端は先日の事、朝起きた霊夢が湧き出したばかりの温泉を満喫しようと入ろうとした矢先……湧き出す湯から突如として怨霊達が現れたのだ。
当然彼女はすぐに怨霊達を鎮めたまでは良かったのだが、その後も際限なく現れキリがない状態に陥ってしまった。
途方に暮れる霊夢だったが、まるで計ったかのようなタイミングで現れた紫から「この怨霊達は地底から溢れ出している」という話を聞き、これが異変だと認識した彼女は博麗の巫女として調査に乗り出し、今に至る。
「八雲様がそう言ったのか?」
『そうよー』
聖哉の問いに、霊夢ではなく彼女の周りに漂う陰陽玉が答えを返してきた。
その中から聞こえた声は多少のノイズがあるものの、間違いなく紫のものだ。
「……八雲様、ですか?」
『ええ。陰陽玉を通じて神社から声を送っているの。まさか聖哉まで地底に来るなんて思わなかったわ』
『その声は聖哉かい? やっほー』
どうやら通信機能が搭載された陰陽玉らしい、紫だけでなく萃香の声も聞こえてきた。
「…………八雲様、お訊きしたい事があります」
『何かしら?』
「睦月の件、八雲様が処理するという話だったのではないのですか? ヤツは俺達の前に現れ、椛を……」
『……ええ、その話は霊夢から聞いたわ。私も驚いているの』
「……」
その言葉とは裏腹に、紫の声はあくまで冷静なものであった。
それが聖哉には気に入らず、彼は自然と表情を険しいものへと変えていった。
彼女が言葉通り睦月を仕留めていれば、椛は傷つかずに済んだ……そんな言葉が、口から出てしまいそうになる。
「聖哉、悪いんだけど紫を追及するのは後回しにしてくれる? 私、先を急ぎたいのよ」
「……」
「どうせコイツはアンタが何て言った所で適当にはぐらかすだけなんだから、お互いの目的を果たすのが先決でしょ?」
「…………そう、だな」
霊夢の言葉を聞き、軽く深呼吸をして聖哉は冷静さを取り戻していく。
彼女の言う通り、今は先を急ぐのが先決だ。紫を追及したところで事態が好転するわけではない。
「すまん、霊夢」
「いいのよ別に、アンタと椛って仲良しなんでしょ? なら気持ちは判らないでもないから。
でもその睦月とかいうヤツが地底に居るとすると……もしかしたら、今回の異変に深く関わっている可能性があるわね」
まああくまで勘なんだけど、そう告げつつも霊夢はその勘が決して見当違いではないと本能で悟っていた。
博麗の巫女としての勘、それはただの勘ではなく一種の未来予知に近い精度を誇る。
その巫女の勘が告げているのだ、急げ、と。このままでは手遅れになると。
だからこそ霊夢は普段ののんびりとした面を完全に消し去り、異変解決に全力を注ぐ博麗の巫女となっていた。
「聖哉、アンタが睦月を追うのは勝手だけど邪魔だけはしないでよ?」
「それはこっちも同じ考えだ、だが協力できる所は協力し合わないか?」
「……そんな場面があるのならね」
そう言って、霊夢は移動を始めた。
聖哉もすぐにそれに続く……前に、彼女によってコテンパンにのされたヤマメ達の元へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「うぐ~……だ、大丈夫だよー。ヤマメさん達頑丈だから」
倒れたまま手をひらひらと動かし問題ないとアピールするヤマメだが、正直とてもそうは見えなかった。
意識があるのは彼女だけで、残りの釣瓶落としであるキスメと橋姫である水橋パルスィに至っては完全に気絶してしまっている。
命を奪わなかっただけまだ霊夢に慈悲の心があったという事なのだろうが、それにしたって容赦のない……。
(射命丸様から異変解決時の霊夢は問答無用だと聞いていたが、決して大袈裟な話じゃなかったんだな……)
邪魔をする者は、たとえ妖怪だろうが妖精だろうが叩きのめして先を行く。
ボロボロの状態で倒れているヤマメ達を見ると、その言葉の意味を真に理解できた。
「こっちは大丈夫だからさ。先を急ぐんだろ?」
「あ、ああ……」
「道中気をつけなよ? それと……なんかちょっと変な空気に包まれているような気がするから、用が済んだらすぐに地上に戻った方がいい」
「わかった、忠告感謝する」
少しばかり後ろ髪が引かれる思いはしたものの、ここは彼女の言葉に甘えて先を急ごう。
よくわかんないけど、頑張ってねー。力ない声で声援を送るヤマメの声を背中で受けながら、聖哉はこいしと共に霊夢の後を追いかけた。
◆
「――成る程、そっちの事情はよくわかったよ」
横に続く薄暗い洞穴を抜け、旧都へと辿り着いた聖哉達。
まずはこの旧都の事をよく知っている星熊勇儀を訪ねようと霊夢に提案し、3人は旧都の歓楽街へと赴いた。
予想通り、その一角にある居酒屋にて勇儀は他の妖怪達と共に酒盛りを楽しんでいるのを見つけ、勇儀もまた聖哉達の姿を見て陽気そうに酒盛りに加わるように声を掛けてきた。
旧都の珍しい酒が飲めると霊夢は嬉々として参加……する前に陰陽玉越しから紫の注意を受け、非常に不本意そうな表情のまま自分達の用件を話し、今に至る。
「けどおかしいねえ、こっちが睨みを利かせているからそんな勝手な真似はしないと思ったんだけど……」
「事実としてウチの温泉から飛び出してきてんのよ、いいから責任者を出しなさい!!」
「おお恐い、萃香からお前さんの事は聞いていたけど想像以上の威勢の良さだ」
霊夢の怒気にもからからと余裕の笑みを見せながら、愛用の盃にて酒を飲む勇儀。
その態度に霊夢はますます表情を険しくさせていき、場が一触即発の空気に包まれていく。
「お嬢ちゃんの威勢の良さに免じて協力してあげてもいいんだが……タダってわけにはいかないねえ」
「なによそれ、元はといえばそっちの落ち度で私が迷惑を被っているってのに……」
「元々地上とは不可侵の条約を結んでいるんだ、それを破ってるそっち側の我だけを通すわけにはいかないんだよ。示しがつかないんでね。
とはいえ話を聞く限りこっちにも非がある、だから条件次第で協力してやっても……」
――大砲じみた爆音が、店の中に響き渡る。
「……まどろっこしいのは嫌いなの、力ずくでやらせてもらうわ」
爆音を響かせた張本人である霊夢はそう言いながら、勇儀の腹部に叩きつけた右の拳に更なる力を込めていく。
白銀に輝く巫女の腕、そこに込められた霊力の高さはさすが博麗の巫女というべきか。並の人間を遥かに超越した放出量を誇っている。
それをそのまま打撃の威力へと変換し、強固な鬼の肉体など知らぬとばかりの破壊力で勇儀の身体を殴り飛ばした。
身体をくの字に折り曲げたまま、勇儀の身体は後方に吹き飛び店の外へと……。
「――旧都は、力が全てさ」
「っ」
完璧に入った、少なくとも霊夢にはそう確信できる一撃だった。
だが、その一撃を受けた勇儀はあっさりと衝撃を殺し、何事も無かったかのように地面へ降り立ち霊夢に不敵な笑みを返す余裕すら見せてくる。
「あたしに勝てたら協力してやるよ?」
「……星熊様、今はそのような状況では」
「アンタもだよ聖哉。――この間、果たせなかった喧嘩の続きをしようじゃないか?」
「……」
駄目だ、もう止められそうにない。
勇儀のこちらを見る目が変わってしまっている、戦いを好み相手を力で捻じ伏せる鬼の目に。
こうなってしまえば彼女を無視する事はできないだろう、それに霊夢に至っては手っ取り早いと思ったのか勇儀と共に店を出ようとしている。
「八雲様、よろしいのですか?」
ふよふよと浮かぶ陰陽玉に問いかける聖哉。
返ってきたのは仕方ないと言わんばかりの紫のため息であった、文句は当然あるが許容するしかないといった様子だ。
『旧都には旧都のルールがある、あくまでこちらは侵入者でしかない以上向こうの要求に呑むしかないでしょう』
「はぁ……まったく」
あの勇儀と勝負して勝つ、それがどれだけ無謀なのか霊夢はわかっているのだろうか。
これも博麗の巫女としての自信の表れか……そう思った聖哉に対し紫は「ただ面倒なのが嫌いなだけですわ」と告げ、再び彼にため息を吐かせた。
「……こいし?」
立ち上がろうとして、聖哉は漸くある事に気づく。
……背中にこいしの重さを感じなくなっている、そればかりか周囲を見渡しても彼女の姿が見えない。
すぐに“千里眼”を発動しても見つけられず、彼女がこの場から居なくなっている事がわかった。
無意識を操ってどこかに行ったのか、それとも姉であるさとりに会いに行ったのか……。
「おーい聖哉ー、何してるんだい?」
「すみません星熊様、実は――――――っ!!??」
自分を呼ぶ勇儀に返答しよう口を開く聖哉。
その刹那、彼は全身を震え上がらせ、すぐそこまで迫っている“死”を予感して喉が呼吸を忘れたかのように動かなくなった。
本能が、未来予知じみた“直感”が自身にここから逃げろと訴えてくる。
だが同時に、その直感に抗わなければならないという確証も脳裏に浮かんだ。
なんという矛盾か、ただこのまま地底から逃げても決してこの死の予感は消えてはくれないと理解して。
「っ、うっ……!?」
「おおっ、なんだい……!?」
瞬間、地底全体を大きく揺らす地響きでその場に居た全員が立っていられずにしゃがみ込み、中には倒れる者も現れる。
「ちょっと、何なのよこれは……!?」
「……」
霊夢の怒声を耳に入れながら、聖哉は目を閉じ精神を集中させる。
……この現象の正体を見つけなければ、一刻も早く。
ただその思いだけを宿し、心を無にしつつ自身の“直感”に身を委ねる。
当たり前のように、誰に教わったわけでもなく聖哉はその“能力”を使用する。
自分自身の異質さに気づかないまま、聖哉は。
「…………地霊殿?」
この現象の中心点、そして――迫る死の象徴が何処にあるのかを突き止めてしまった。
旧都の中心に建てられている地霊殿、正確にはその更に下から……何か、強大なものが蠢いている。
それがどうしようもなく恐ろしく、同時にこの世にあってはならないものだと当たり前のように理解した聖哉は、歯を噛み入口を蹴破らん勢いで外に出た。
「っ!?」
真横に跳び、地面を転がりつつ移動する。
店を飛び出し、そのままの勢いで真っ直ぐ地霊殿に向かおうとした聖哉へと――死の雨が降り注いだ。
それを咄嗟に回避し聖哉はすぐに立ち上がりつつ、自身の命を奪おうと攻撃を仕掛けてきた相手を視界に入れる。
「……」
上空から攻撃を仕掛けた来た相手が地面に降り立ち、無言のまま聖哉へと視線を向けてくる。
小柄な少女だ、聖哉の半分程度の背丈しかない童女のような外見。
燃えるような赤い瞳と光のない金の瞳、全身を包むローブのような黒い外套を纏うその少女の両手には、見慣れぬ獲物が握り締められていた。
(あれは……たしか、銃か?)
記憶を辿り、前に河童のにとりから見せてもらった銃という外の世界の武器に似ているのを思い出す。
ハンドガンのような見た目の先端には剣状の物体が装着されており、所謂“銃剣”に該当する武器なのだろう。
「お前は――」
身構えたまま問いかけようとする聖哉の視界から、少女の姿が消える。
真横に迫る殺気、それを感じ取った聖哉は咄嗟に頭部を守る為に左腕を上げた。
「っ」
左腕に走る鋭い痛みと、舞い散る鮮血。
一息で間合いを詰めた少女の斬撃が、聖哉の左腕に裂傷を刻ませる。
だが威力はたいした事はない、妖怪である彼にとってこの程度の傷など負っていないのと同じだ。
「この……っ」
右手を伸ばす。
攻撃してきた以上、相手は敵である。故に加減などしてやる道理はない。
今はとにかく時間が惜しい、すぐに黙らせようと聖哉は少女の身体を掴みそのままの勢いで地面に叩きつけようと試みる。
「っ、うっ……!?」
伸ばした右手に衝撃が走った。
――蹴り上げられた、それを理解した時には既に聖哉の脳天に少女の持つ銃口が向けられており。
「……」
死の弾丸が放たれるより速く、背後から迫る勇儀の拳に気づき少女はその場で跳躍し近くの家屋へと移動した。
目標を見失った拳はそのまま地面を殴り、爆音を響かせながら大きく陥没させ砂煙を巻き上がらせる。
「へぇ……なかなか速い」
「ちょっと、あれアンタ達の仲間じゃないの?」
「見ない顔だよ。聖哉は知っているかい?」
勇儀の問いに首を横に振って応えつつ、聖哉は此方を見下ろす少女を“分析”する。
妖力を感じ取る事ができる、だとするとあの少女の種族は妖怪だ。
それだけではなく、妖力の質をもっと深く分析すると……あの少女の種族が“河童”である事が判る。
「河童かい……天狗の聖哉と知り合いじゃないとすると、山の住人じゃないのかね?」
「それはわかりません。私も全ての河童と知り合いというわけではないので……」
「ごちゃごちゃ言っている暇はないみたいよ。アレ――こっちの殺す気満々みたいだから」
お祓い棒を構えつつ、少女を睨む霊夢。
状況は3対1、しかも此方は山の四天王の一角である鬼と博麗の巫女だ。
圧倒的なまでに有利、だというのに……聖哉の胸中には無視できない予感が渦巻いている。
すぐに決着を着け、地霊殿に向かわなければならない。
そんな強迫観念に突き動かされた聖哉は、最初から加減なしの全力で相手を叩き潰そうと内側の妖力全てを開放する。
吹き荒れる嵐、彼が開放した力が周囲の空気をビリビリと震え上がらせていく。
「なんだい聖哉、前よりも更に妖力が増しているじゃないか」
「白狼天狗とは思えない妖力量ね……」
彼の力に勇儀は楽しげに、霊夢は訝しげに呟きを零す中。
「…………あと、約二百八十秒」
ぽつりと、少女は誰にも聞こえぬ程の小さな呟きを放ってから。
ただ一直線に、聖哉達の命を奪おうと地を蹴った――