狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第19話 地霊殿~堕ちた太陽~

「お姉ちゃん、やっほー」

 

 地霊殿の主、古明地さとりは突然自室の扉をノックもせずに開いた自身の妹、古明地こいしのこれまた突然の帰宅に目を丸くした。

 にこやかな笑みを浮かべ、自分に向かってひらひらと手を振る妹に、さとりはぽかんとしたまま咄嗟に反応を返す事ができない。

 そんな姉の様子にこいしはきょとんと首を傾げ、対する姉は妹が自分の元に帰ってきてくれたという事実を自覚するのにたっぷり数十秒の時間を要した。

 

「…………こいし、なの?」

 

 漸く紡がれた言葉は、上記の問いのみ。

 こいしは姉のやや間の抜けた問いに「そうだよ~」と間延びした返答を返し、その返答で今度こそさとりは自分の妹が地霊殿に帰ってきてくれた事を理解して。

 

「――今まで何処に行っていたの!!」

 

「ぐみゅっ」

 

 立ち上がり、つかつかと妹に近づいて、容赦も遠慮もなく頭を引っ叩いた。

 スナップの利いたその一撃はこいしの後頭部に響き、まったく身構えていなかった彼女の口からはくぐもった悲鳴が零れる。

 何をするんだと涙目を浮かべ姉を睨むこいしだったが……その姉が自分を鋭い眼光で睨んでいるのが見え、一気に萎縮してしまった。

 

「お、お姉ちゃん……怒ってる?」

 

「これが怒ってないと思っているのかしら?」

 

「うっ……」

 

 静かで、感情の起伏があまり見られない声色ながら、その声は冷たく重いものであった。

 ますます縮こまるこいしだが、さとりの目は微塵も和らがず家出娘を叱る母親の如し厳しさを醸し出している。

 

――その後、さとりは項垂れるこいしに閻魔顔負けの説教を始めてしまった。

 

 連絡も寄越さないとはどういう事なのか、何故なかなか帰ってこなかったのか、一体今まで何をしていたのか……ガミガミガミガミと叱りつける。

 すぐに逃げたい衝動に駆られたこいしだったが、さすがの無意識娘もここで逃げれば拙いと理解したのか甘んじて姉の説教を受けていた。

 そうして10分近いお説教が終わりを迎え、続いてさとりは今までこいしが何をしていたのかを詳しく説明させる為に質問責めを開始する。

 ちょっと休ませて、控え目に進言したこいしの発言を一睨みで黙らせ、ここまでの経緯を訊き出したさとりは……疲れたような、安堵したようなため息を吐き出した。

 

「まったく……聖哉さんにまで迷惑を掛けて……」

 

「……お姉ちゃんも、初対面の聖哉に悪癖を見せたって聞いたけど?」

 

「そ、それとこれとは話が別よ!!」

 

 何が別なものか、そう言わんばかりの視線を送るとさとりはあからさまに視線を逸らしてしまった。

 だがこれで話を逸らす事はできただろう、姉の説教は長いのだ。

 

「とにかく聖哉さんは旧都に居るのね? それじゃあ挨拶しに行くからこいしもいらっしゃい」

 

「はーい。あ、お姉ちゃん」

 

「?」

 

 部屋を出ようとするさとりを、こいしは呼び止めた。

 言わなければいけない事があるのを思い出したのだ、小首を傾げるさとりにこいしは満面の笑みで。

 

「――ただいま、お姉ちゃん!!」

 

 最愛の姉に、ちゃんと帰ってきた事を改めて実感させる言葉を紡いだのだった。

 

「……ええ、おかえりなさい。こいし」

 

「えへへ……」

 

 お互いに微笑み合い、どちらからともなく手を繋ぐ姉妹。

 ……心が、魂が暖かいものに満たされていく感覚。それが自然と幸せを運んでくれる。

 だから姉妹はますます微笑みを深め、弾む気持ちを抑えながら部屋を後にした。

 途中でお燐と出会い合流し、3人は地霊殿の外へと出る。

 

「そういえばお燐、お空はー?」

 

「あー……それがですね、地獄炉から出てこないんですよ」

 

「えっ?」

 

 そういえば、彼女の姿を最近見ていないとさとりは気づく。

 まあ彼女は地獄鴉、地獄炉の炎が気に入って数日間入り浸る事だって今まで何度もあったのだ、気にする事でもない。

 気にする事でもないが、せっかく聖哉が地底に来ているというのならば彼女を呼んだ方がいいだろう。

 何しろあの子は聖哉に懐いている、きっと喜ぶ筈だ。

 

「お空ー、おーいお空ー!!」

 

「お空、ちょっと来てくれないかしらー?」

 

 地霊殿の庭の中にある、地獄炉に続く巨大な穴。

 3人はそこに立ち寄り穴の外から彼女の名を大声で呼んだ。

 炉の底はかなりの深さだが、外からでも呼びかけてもお空ならば気づいてくれる、筈なのだが。

 

「……おかしいですね、いつもならすぐに来るのに」

 

「……」

 

 ごうごうと、地獄の炎が渦巻く地獄炉の内部。

 その光景はいつもと何ら変わらない、そんな中で……さとりの持つ第三の目がある“声”を拾い上げた。

 

(これは……お空の声? いいえ、あの子のじゃない……?)

 

 軽いノイズのような、意識を集中させて漸く声だと認識できる程の小さな心の声。

 お空の声かと一瞬思ったが、聞こえてくるのは明らかに彼女のものとは違うものであった。

 それ以前に、聞こえてくるものがかろうじて声だと認識できるだけであって、それが本当に生物の声なのかどうかも判断が付かない。

 

「お姉ちゃん?」

 

「さとり様?」

 

 自分の名を呼ぶこいしとお燐に反応を返す事なく、さとりはサードアイを用いて自身の能力を最大限まで開放させる。

 聞こえてくるこの声のようなものは何なのか、把握する必要がある。

 

「っ」

 

 頭痛が走る、能力を開放した成果は早速現れてくれたようだ。

 ノイズのような声が段々とはっきり聞こえてくるようになった、だが何を言っているのかまではわからない。

 いや、それ以前にこの声に明確な意味など持っていないとさとりは理解する、そう……これはただの“叫び”だ。

 激情に駆られた獣の如し叫び、それが地獄炉の一番奥から絶えず放たれ続けている。

 

「――」

 

 それを理解すると同時に、さとりの身体が大きく震え上がる。

 この地獄炉の中には、何か得体の知れないモノが君臨してしまっている。

 出してはならない、在ってはならないモノが存在してしまっていると理解して、さとりは叫ぶように隣に居るお燐へと指示を出す。

 

「お燐、すぐにお空を地獄炉から連れ出して、早く!!」

 

「え、えっ……?」

 

「急いで、このままだと手遅れに――」

 

 

 

 

「――もう遅いんだよなぁ、これが」

 

 

 

 

 突如として背後に現れる気配と、人を小馬鹿にするような声。

 3人は同時に振り向き、旧都では見慣れぬ少女が此方を嘲笑うように見つめてくる姿を視界に捉えた。

 

「お初にお目に掛かります覚妖怪様とその他、アタシは睦月と申す者です」

 

「睦月……」

 

 芝居がかった態度が鼻につく、あからさまに此方を挑発している態度なのは明白であった。

 隣に立つお燐の表情が険しくなっていく、彼女は既に睦月という存在を自分達の敵だと認識したようだ。

 当然さとりもこんな失礼極まりない存在に友好的になるつもりはなく、トラウマを探ろうと能力を使って睦月の心を読み取ろうとして。

 

「…………えっ?」

 

 ()()()()()()事に、愕然とした。

 

「心が読めない覚妖怪なんざ、ただの雑魚以下同然なんだよなあ」

 

「貴女、一体……」

 

 ありえない、心を読む事ができない存在など居る筈がない。

 こいしのような例外はあるものの、たとえ自身よりも上位の存在であっても能力を開放すれば声を拾う事ができる筈だというのに……。

 

「あんた、一体何なんだい!!」

 

 フーッ、と威嚇しながら鋭く伸ばした爪の切っ先を向けつつ睦月に問いかけるお燐。

 その姿の何処に滑稽さを感じたのか、睦月は心底可笑しそうに歪んだ笑みを浮かべ笑い出す。

 

「何が可笑しいんだい!!」

 

「あー……悪い悪い、テメエ等の末路を考えるとおかしくておかしくてつい笑っちゃったんだよ」

 

「こいつ……!」

 

 もういい、コレは自分達にとって害しか与えない存在だ。それを理解したお燐は地を蹴った。

 右腕を振り上げる、後は鋭い爪でズタズタに斬り裂くだけだ。

 睦月は動かない、しかしそれはお燐の攻撃に反応できないからではなく。

 

 

 

「――出番だよ、アタシの可愛いペットちゃん」

 

 反応する必要など、ないからである。

 

 

 

 

 状況は圧倒的有利、それは誰の目にも明らかであった。

 ――だというのに、戦況はそれとは真逆のまま進んでいく。

 

「くっ……」

 

 風を斬り裂く鋭さを持つ蹴りを避ける聖哉。

 すかさず少女は逆の足で彼の首を薙ぐ勢いで回し蹴りを放つ。

 回避は間に合わない、なので聖哉は腕を挙げ頭部をガードする。

 

「っ、ぐぅ……っ!?」

 

 ミシッ、という骨が軋む音が響く。

 細い少女の足からは想像もできない衝撃が、防御など知らぬとばかりに聖哉の身体に突き刺さった。

 視界が混濁する、すかさず動きを止めた聖哉の身体に少女の蹴りが槍のように叩き込まれる。

 

「――――、かっ」

 

 二メートルを超える彼の巨体が吹き飛んでいく、時速二百キロは優に越えている速度で彼は後方の家屋に突っ込み……瓦礫の中に沈む。

 それを見届ける事などせず、少女は意識を眼前にまで接近を許してしまった霊夢へと向け右手に持つ銃を構えると同時に発射した。

 従来のものとは違い放たれるのは光弾、ただそれには高密度の妖力が込められており殺傷能力は十二分にある死の弾丸だ。

 それを六発、秒にも満たぬ速度で放たれたそれは至近距離に存在する霊夢に命中し――その全てが彼女の身体からすり抜けた。

 

「……」

 

 背後に殺気、振り返る事なく少女は右足を振り上げ、フルスイングで振るわれた霊夢のお払い棒による一撃を受け止める。

 

「分身……否、瞬間移動……?」

 

(コイツ……)

 

 霊力を込めたお祓い棒による一撃は、大木すら容易くへし折るほどの衝撃と破壊力を生む。

 それを少女は顔色1つ変えずに足一本で受け止めた、その光景に霊夢は僅かに驚きつつも次の一手を用意する。

 懐から取り出す退魔の札、瞬時に霊力を込め投げ放った。

 

 退魔の札が少女の身体に触れた瞬間、込められていた霊力と編み込まれた術式が作用し爆発が巻き起こる。

 巻き込まれないように後方へと跳躍する霊夢、入れ替わるように今度は勇儀が地を蹴り少女へと接近した。

 爆発の中から飛び出す七つの光弾、その全てが接近する勇儀の身体へと命中し――徒労に終わる。

 

「オラァッ!!」

 

 振るわれる鬼の一撃、その一撃は単純ながらもそれでいて“必殺”の領域へと達せる攻撃。

 まともに受ければ身体は砕かれ、防御した所でそれごと壊す、逃れられぬ怪力乱神の一手はしかし。

 

「……」

 

 地響きと共に殴りぬいた地面が隆起する。

 ……避けられた、一度ならず二度までも自身の攻撃が届かないという事実に勇儀は愉しげに口元を歪ませた。

 

「……っ、っ」

 

 とはいえ少女とて無傷ではない、既に勇儀との間合いは遠く離れ直撃を免れたといっても、その肉体には明確な傷が刻まれている。

 攻撃の余波だけでも充分に殺傷能力は存在する、それが山の四天王と謳われる鬼の力だ。

 防御も回避も、星熊勇儀の攻撃力の前には意味を成さない。

 

(さて、どうしたもんか……)

 

 このまま攻め続ければ間違いなく勝てる、それは自信の表れではなく確固たる事実だ。

 確かにあの河童の少女は得体が知れない実力者だ、それは認めるものの決して自分を超えているわけではない。

 それに傍らには人間とは思えぬ戦闘能力を持った巫女も居る、聖哉は……まだ崩れた家屋から出てくる気配はないものの、致命傷を与えられたとは考えにくい。

 結局3対1という状況を打破できる力をあの少女は持たない、ならば一気に勝負を決めてやるのが情けというべきか……。

 

「……?」

 

 僅かな違和感が勇儀に襲い掛かる、そしてそれは霊夢も同じであった。

 その違和感の先――聖哉が埋まっている瓦礫の中へと視線を向けた瞬間、それは一気に膨れ上がった。

 

 吹き飛ぶ瓦礫。

 パラパラと舞い散る木片に紛れながら、何事もなく立ち上がる聖哉を見て。

 

「っ!?」

「……」

 

 霊夢は目を見開き、勇儀はぶるりと全身を奮わせた。

 しかしそれも一瞬の事、視界に映るのはいつもと変わらぬ犬渡聖哉の姿。

 蹴り飛ばされた衝撃で額から血を流しながらも、さしたるダメージを負った様子は見られない。

 

「……」

 

 一瞬で消えた違和感、それを感じ取ったのは2人だけではなかった。

 敵である少女もまたその違和感をその身に抱き、そして同時にソレが自身にとって“脅威”となると本能で察知した。

 だから先に始末する、この得体の知れない白狼天狗の命を確実に消す為に少女は両の銃口を彼に向け。

 

「っ、時間……」

 

 しかし少女は何もせず、自らの意志で後退してしまった。

 同時に懐から何かを取り出し地面に投げつけ、周囲が白一色に染め上がる。

 閃光手榴弾と呼ばれるそれの光を受け、3人の視界が一時的とはいえ封じられてしまう。

 

「くっ、この……っ」

 

 勘に頼り、視界が働かないまま退魔の札を投げ放つ霊夢。

 だが所詮苦し紛れの攻撃、札は少女には届かず地面に突き刺さり、3人の視界が元に戻った時には……少女の姿は消え去ってしまっていた。

 

「あぁ、もぅ……!」

 

「おやおや、逃げられちまったねえ……」

 

 少々残念そうに、頭を軽く掻きつつ呟きを零す勇儀。

 まあ逃げられたものは仕方がない、なかなか楽しい戦いではあったが結果が見えたものにさしたる執着はない。

 ……それよりも、先程一瞬とはいえ感じ取った違和感の方に勇儀は興味を映していた。

 

「聖哉、大丈夫かい?」

 

「大丈夫です。御心配をお掛けしました」

 

「……いや、いいんだよ」

 

 ……やはりさっきのは気のせいだったのか、自分に向けて軽く頭を下げる彼の姿はいつもと変わらない。

 

「ちょっと紫、アンタなんで見てるだけでサポートしてくれないのよ!!」

 

『……もちろん援護しようと思ったわ。でも……私と萃香の能力がそっちに届かなかったの』

 

「はあ!?」

 

『さっきまであなた達が戦っていたあの河童に、私と萃香の能力が通用しなかった』

 

 普段とは違う、震えが混ざった驚愕に満ちた紫の声。

 その様子で彼女が決して嘘を言っているわけではないと理解し、霊夢は怪訝そうに眉を潜めた。

 ありえない事だ、あの紫の能力が通用しないなど、一体どんなカラクリが……。

 

 

 

「――知りたい? 知りたいよねえ?」

 

 

 

 場に響く声、同時に3人の目の前の空間が裂け始める。

 中から覗くのは無数の目、その空間は霊夢や聖哉にとって馴染み深い八雲紫のスキマ空間。

 しかし、その中から現れたのは妖怪の賢者ではなく。

 

「睦月ぃ……っ!!」

 

 聖哉にとって因縁の相手、得体の知れぬ妖怪である睦月であった。

 一瞬で聖哉の形相が鬼も恐れるほどのものへと変わる。

 睦月の姿を見た瞬間、噴火しそうなほどの怒りが彼の中に生まれ制御していた妖力が溢れ出した。

 

「相変わらず暑苦しいこって、そんなにあのわんちゃんが傷ついたのショックだったんでちゅかー?」

 

「殺す……!」

 

 爆撃めいた速度で、聖哉は睦月へと吶喊する。

 その姿を心底嘲笑いながら、睦月は自身の前にスキマを開く。

 

『っ、離れなさい聖哉!!』

 

「!?」

 

 紫の焦りを含んだ叫びを耳に入れ、聖哉は半ば無意識のうちに真横へと跳ぶ。

 瞬間、スキマから触れるもの全てを焼き尽くす熱線が放出され、地面を融かしながら後方へと飛んでいった。

 

「ぐ、くっ……」

 

 地面を転がり、体勢を整える聖哉。

 ……熱線の通っていった地面は、完全に溶けてしまっている。

 もしも紫の声が一瞬遅ければ、避けずに向かっていたままだったのなら、骨すら残さず塵に還っていただろう。

 

「紹介してあげるよ、アタシのかわいいかわいいペットちゃんだ」

 

 スキマから、誰かが現れる。

 背中に大きく立派な漆黒の翼を生やした、長身の少女。

 

「な、に……!?」

 

 右腕には巨大な棒状の物体を装着し、全身から高熱を発しているその少女、は。

 

 

 

 

 

「――――――お、空?」

 

 聖哉のよく知る、さとりのペットであり家族である地獄鴉。

 

 霊鳥路空が、無機質な瞳を此方に向けていた……。

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