狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「お空、お前……何を?」
「……」
茫然とする聖哉に、お空は何も答えずただ無言で右腕の棒を彼に向ける。
それが、今からお前を殺すと告げている事がわかり、聖哉の思考は停止した。
……違う、これじゃあ別人だ。
姿形は間違いなく彼女のものなのに、その瞳も雰囲気も何もかもが……聖哉の知っている霊鳥路空とは違っている。
「お空、やめなさい!!」
「っ、さとり……!?」
場に響くさとりの声に、全員の視線が彼女に向けられる。
しかし今の彼女は、右腕を庇い身体を至る所に火傷を刻ませている痛々しい姿を晒していた。
今も痛みが生じているのか、苦悶の表情を浮かべるさとりに……お空は信じられない言葉を放つ。
「……まだ生きてたんだ、さとり様」
「お、お空……」
「お燐が庇わなければ消し炭になったのに、中途半端に苦しむ事になって可哀想なさとり様」
無機質な瞳を、さとりに向けるお空。
今の彼女は主人である筈のさとりに対して何の感情も抱いていない、それこそ道端に落ちている小石程度の存在に成り下がっている。
聖哉に向けていた右腕を彼女へと向け、お空は先端に高熱の光球を生み出し。
「今度こそ焼き尽くしてあげるよ、さとり様」
それを、躊躇い無くさとりへと撃ち放つ……!
「さとり!!」
お空のその姿にショックを受けたのか、さとりはその場から動こうとしない。
このままでは迫る光球によって彼女は死ぬ、だから聖哉は叫びながら必死で地を蹴った。
お空の放った光球は骨すら融かし尽くす、地獄の業火すら生温い超高熱の塊だ。
今の彼女を守れる者は居ない、だから聖哉は形振り構わず彼女の元へと向かう。
「――――」
さとりの身体を抱きかかえ、彼女の身体を庇うように屈みながら横へと跳ぶ。
間一髪、お空の放った光球はそのまま2人の後方へと飛んでいき――何かに着弾したのか巨大な火柱を発生させた。
『聖哉!!』
「せ、聖哉……」
「……聖哉、さん?」
「……」
――熱い。
叫ぶように自分の名を呼ぶ勇儀達の声も、すぐ傍に居る筈のさとりの声も、よく聞こえない。
――熱い。
先程の爆音で耳をやられたのか、音が消えた。
消えたのは音だけではない、さとりを抱えている感覚はしっかりと感じ取れるのに……それ以外は全て曖昧になってしまっている。
「あ、あぁ……っ」
さとりが、目を見開き驚愕に満ちた表情で何かを見ている。
彼女の視線の先は自身の左腕、正確には身体の左側と言った方が正しいか。
何故彼女はそんな顔で自分を見ているのか、濁りきった思考で聖哉は考え……合点がいった。
――熱い。
まったく、驚かせてくれる。
……なんてことはない、ただ聖哉は間に合わなかっただけ。
間一髪などでは決してなかった、さとりを庇うのに必死になって自分の身体にまで意識が向かなかっただけ。
自身の左半身。
その全てが、先程の光球に触れて融けてしまっただけだ。
「――さとり様を庇うから、そうなるんだよおにーさん」
……お空が、何か言っている。
だが既に聖哉の意識は消えかけていた、半身を喪失した今の彼には生きる為に必要なものが殆ど零れ落ちてしまっている。
痛みはなく、茹だるような熱と喪失感だけは妙にはっきりと感じ取れていたが……終わりは近い。
(ああ……もう、眠い、な……)
かろうじて繋がっていた意識が、途切れていく。
眠れば終わりだ、きっともう二度と目覚める事はないだろう。
それがわかっているのに、聖哉の意識は闇へと落ち。
「聖哉!!」
その、最期に。
聞いた事がない紫の悲痛な叫びが、聞こえたような気がした……。
◆
「聖哉!!」
スキマ空間が開き、その1つが聖哉の身体を呑み込みすぐに閉じた。
それと入れ替わるようにもう1つの空間からは、金の瞳に鬼ですら震え上がらせる程の憤怒の色を宿した紫が現れる。
「これはこれは、自称賢者様ではありませんか」
「睦月ィィィィ……ッ!!」
「何をお怒りなのですかなー? ……テメエがアタシを見下して油断したから、あの駄犬は死んだんじゃないんですかねー?」
「っっっ」
地底世界全体が揺れる。
紫の妖力が一瞬で解放され、その放出だけで霊夢達は動けなくなった。
それでも睦月は紫を小馬鹿にしたような笑みは崩さず、その態度がますます紫の怒りを加速させていく。
左手に扇子を持ち、紫は睦月へと踏み込む。
既にそれには自身の妖力を込めている、一撃で静めようと紫は横薙ぎの一撃を放ち。
「――睦月様に手を出すのは、許さない!!」
彼女の一撃は、割って入ってきたお空によって阻まれてしまった。
「っ、どけぇっ!!」
「ぐっ……」
至近距離からの妖力弾で、お空の身体を吹き飛ばす紫。
更に追撃としてレーザー状の弾幕でお空の身体を釣瓶打ちにし、吹き飛ばすと同時に再び睦月の元へと踏み込んで。
「っ」
真横から殺気を感じ、紫は攻めるのを止め後方へと後退した。
ふわり、と緩やかな着地をした紫の右頬に刻まれている裂傷、赤い血が頬を伝い地面へと落ちる。
「さすが、元々の使用者故かこの手の攻撃には反応できるんだな」
少しだけ感心したような表情を見せる睦月、そんな彼女の近くの空間には裂け目が生まれ刀の切っ先が飛び出している。
この裂傷の正体はあの刀による斬撃によるものかと理解しつつ、紫の表情には先程とは違い怒りだけでなく困惑の色が見え隠れしていた。
「……貴女、一体何者なの?」
「しがない妖怪ですがなにか?」
「そんな戯言など求めていない。――その空間は私の能力、境界を操る能力によって生み出したスキマ空間よ。それを何故」
「なんででしょうかねー? まあ所詮他者を見下す事しか取り得がない自称賢者様に言った所で理解に及ぶとは思いませんから……言う必要なんかねえだろ?」
大妖怪と呼ばれる紫の全力を殺気を受けても尚、睦月の様子は変わらない。
それはあまりにも異常だ、たとえ同じ大妖怪と呼ばれる存在であっても八雲紫の“全力”を見せられれば多少なりとも萎縮する。
現に後ろで身構えている霊夢も勇儀も、紫と睦月の間に割って入ろうとする意志を見失っているのだから。
「まあ落ち着けよ。まだお空の調整は完全じゃないから、ここで決着を着けるつもりはないんだからさあ」
「ふざけた事を……貴女は誰を敵に回しているのか判っているのかしら?」
「……これだから大妖怪なんて呼ばれてる奴等はどいつもこいつもくだらねえんだ、なまじ力が強いからすーぐ昔の権威を取り戻そうと威厳を見せつけようとする。それが滑稽だってわかんないんですかねー?」
先程と同じような馬鹿にした口調。
だがその中に、今までなかった本気の失望と侮蔑の感情が込められていた。
「お前は可哀想なヤツだよ八雲紫、他者を利用する事しかできないからずっと孤独に生きていくんだ。誰もお前を理解できるヤツは居ない。
そうやって孤高のままでいようとするから足元を掬われる、その結果がこれだ」
「……貴女風情に言われたくない言葉ね」
「そうかー? 少なくともアタシの事を理解してくれるヤツはいるよ? けどお前は独りだ、お前の式もあの男も……いずれお前の傍から居なくなる」
それが可哀想だと、睦月は本気で同情の念を紫へと送る。
……気に入らない、本当に気に入らないと紫の表情が険しさを増す。
睦月は完全に自分を見下している、それだけでも屈辱だというのに……彼女は今、自分が孤独だと吐き捨てたのだ。
そして式である藍も、いずれ自分のものにする聖哉も居なくなると、この女は……。
「へえ、お前そんな顔もするんだ……ちょっと意外だな」
「黙れ……!」
ギチギチという不協和音が響く。
その音の出所である紫の表情は、彼女を知る者にとって信じられない程に恐ろしく……冷たい怒りが溢れ出していた。
いつもの常に思わせ振りな表情は完全に消え去り、余裕など微塵も感じられぬその姿はまるで子供のようだ。
少なくとも大妖怪としての威厳などは欠片も見られず、しかしその姿は睦月にとっては興味を示すものに映る。
「いいじゃんいいじゃん、今のお前なら結構好きになれそうだ。そんなに今の言葉が気に食わなかったのか? それとも……図星だったから焦ってるのか?」
「黙れ!!」
紫の周囲の空間が裂ける、その数は一瞬で百に届く程だ。
その中から溢れ出しそうな程の妖力は、全て睦月へと矛先を向けていた。
(流石にからかい過ぎたか……けどまあ、面白いものが見れたな)
あの八雲紫が、反則級の能力を持ち決して己を出さぬ彼女の激情に駆られた姿。
それを見れただけでも退屈は凌げた、ここらで一度幕を降ろさなければ。
「――八方鬼縛陣!!」
「うおっ!?」
黄金色に輝く結界が、柱となって睦月を閉じ込める。
「あー……八雲紫をからかうのに熱中してテメエ等のこと忘れてたわ」
これは拙い、強力な結界に阻まれて身動きがとれない。
少なくとも数秒間、睦月はこの場から動く事ができず……そしてその数秒で、詰みだ。
なので睦月はその場で紫の能力を用いてスキマを開き、遠くの壁の中で沈黙しているお空を回収した。
(これで
「――飛光虫ネスト!!」
力ある言葉を放ち、紫が展開したスキマから無数のレーザーが放出される。
数十、否、数百に及ぶ光の帯は霊夢が展開した八方鬼縛陣を容易く砕き、そのまま睦月の身体を貫いていく。
腕が吹き飛び、足が千切れ、頭部が蜂の巣になってもまだ紫の攻撃は終わらない。
「……」
絶え間なく響く轟音も、十数秒という時間が過ぎ小さくなっていき……やがて静寂が訪れる。
周囲はもうもうと立ち込める煙に包まれ、その発生源となっている地面は完全に破壊しつくされていた。
……当然、睦月の姿はない。あれだけの光線を一身に受けては肉片すら残す事などできなかったようだ。
だが、紫は自身の勝利を確信する事はできず周囲に警戒を送る。
あの存在は本当に得体が知れない、能力を用いて消滅させたというのに生きているばかりか……自らの能力を“模倣”してきたのだ。
仮に姿が見えないとしても安心などできるわけがなかった、しかし睦月の気配は既に存在していない。
それが逃げられたのかそうでないのか判断が付かぬまま、とりあえず彼女はそっと息を吐き僅かではあるが気を緩ませる。
「倒したと思う?」
「……」
そう訊ねてくる霊夢に、紫は何も答えない。
そんな彼女の様子にさして気にした様子もなく、霊夢もまた張っていた気を緩め軽く息を吐いた。
(なんだか神社に出てきた怨霊どころの騒ぎじゃなくなっちゃったわね……)
今回の異変は、今までのものとは違う。
スペルカードルールでは解決できない、かつての博麗の巫女達が解決してきた“命懸け”の異変だ。
(まったく……面倒ったらありゃしない……)
今頃ならとっくに縁側でお茶を啜るといういつもの日常に戻っている予定だったというのに。
とはいえいつまでも動かないわけにはいかない、まずは情報収集をしなくては。
「……お空、どうして」
「ねえあんた、さっきの鴉の妖怪みたいのと知り合いみたいだけど……説明してくれるかしら?」
「お空……一体どうしてしまったの……?」
「……」
声が聞こえていないのか、ブツブツとうわ言のような呟きを繰り返すさとり。
そんな彼女に、霊夢はつかつかと歩み寄って。
「痛……っ!?」
容赦なく、彼女の頭をお祓い棒でぶっ叩いた。
突然の衝撃と痛みで混乱するさとりだったが、霊夢はそのまま頭を押さえうずくまる彼女を強引に立たせる。
「悪いけど、こっちは状況が完全にわかってるわけじゃないの。ちゃんと洗いざらい吐いてもらえるかしら?」
「な、何なんですかあなたは――――痛いっ!?」
もう一度お祓い棒でさとりの頭をぶっ叩く霊夢。
涙目で彼女を睨むさとりだが……それで冷静さを取り戻せたのか、一度大きく深呼吸をして自らを落ち着かせた。
「……すみません、取り乱して」
「別にいいわよ。そんな事よりあれは何?」
「あの子は霊鳥路空といって私のペットである地獄鴉です。ですがあの子はあんな事をするような子じゃないんです、きっとあの睦月という者に操られて……!」
「わかったわかった。……その様子だとあの睦月とかいうヤツの事は知らないのね?」
頷くさとり、その様子からして嘘を言っているわけではないようだ。
「っ、そうだ……こいし、お燐!!」
「えっ、ちょっと!?」
突然走り出すさとり、一体何事かと霊夢達は後を追った。
向かった先は地霊殿の中庭、そこには……倒れたまま動かないこいしとお燐の姿があった。
「しっかりしてこいし、お燐!!」
「こりゃあ酷いね……」
2人の身体にはさとり以上に痛々しい火傷の跡が見られる、お空にやられてしまったのだろう。。
重傷だ、このまま放っておけばこの2人の命は……。
「……紫、竹林の医者の所に連れて行きましょ」
「致し方ありませんわね……アレ等に借りを作りたくありませんが」
放っておいても構わないが、目の前で泣きながら必死に名を呼ぶさとりの姿を見てしまえば、目覚めが悪くなる。
それに永遠亭の医者に借りを作ったとしても、この覚妖怪に対し貸しを作れるのは悪くない。
「勇儀、手伝ってくれる?」
「あいよ」
「ほらあんたも立ちなさい、怪我してるのは変わりないんだから」
「……すみません、博麗霊夢さん」
「あれ? あんたに名前……まあ今はいいか、えっと」
「さとりです。古明地さとりと申します」
「わかったわさとり、とにかく急ぐわよ」
お燐は勇儀が、こいしは霊夢がおぶり、紫が作ったスキマ空間の中へと入っていく。
「……八雲の、聖哉のヤツは」
「今は私の式に診てもらっていますわ。……彼ならきっと大丈夫、きっと……」
曖昧な返答、しかし勇儀はそれ以上何も言えなくなった。
唇を噛み締め、ギュッと自分で自分を抱きしめ震えを誤魔化す紫を見てしまえば何も言えなくなる。
――完全なる敗北だ。
確かに睦月は倒した、だがそんな結果など何の意味もないと全員が理解している。
お空は何処かに連れて行かれてしまったし、そのまま戻ってこないという事は……。
だから今回は自分達の敗北だと認めざるをえず、霊夢達は失意のまま永遠亭へと足を運ぶ。
近い内に、再び戦いが起こる事を予感しながら……。