狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第22話 里を襲うモノ~小さな太陽~

 灰色の空が、幻想郷を覆っている。

 遠くの空からは切れ間が見えるので、このまま行けばきっと晴れるだろう。

 

「……嫌な空ね、まったく」

 

 だが、博麗の巫女である博麗霊夢は縁側に座りつつそんな空を何か不吉なものを見るように眺めながら、呟きを零した。

 手にはお茶が入った湯呑みを持ち、暖かなお茶をゆっくりと飲みながら、彼女はため息を吐き出す。

 

「若いのになんだよ、そのため息はさ」

 

「うるさい」

 

 そんな彼女の隣に座る金の髪に黒い帽子を被った魔法使いの少女、霧雨魔理沙はからかうように意地の悪い笑みを見せる。

 腐れ縁、と呼べるくらいには親しい彼女の言葉を一蹴しつつ、霊夢は再びお茶を口に含み身体を暖めていった。

 ……またしてもため息が出そうになってしまった、気分を入れ替えようと霊夢は縁側から降り近くに立て掛けてあった箒を手に取る。

 神社の境内には多量の落ち葉がある、霊夢が掃除を怠ったというのもあるが、季節は冬に差し掛かっているというのもあるのだろう。

 

「寒くなってきたなー」

 

「そうね」

 

「あ、そういえばさ、私に黙って地底とかいう場所に行ったらしいじゃんか。なんで何も言ってくれなかったんだ?」

 

 不満そうな表情で抗議の声を上げる魔理沙。

 なんで彼女がそれを知っているのか、話せば絶対に今みたいな不満を言ってくるから黙っていたのに……そう思いながら、ちょうどいい機会だと霊夢は彼女に伝えたいと思っていた事を話し始める。

 

「魔理沙、あんた何処まで今回の“異変”の内容を知ってるの?」

 

「地底に行ったって事は知ってる、詳しくは知らん」

 

「……そう、なら言っておくことがあるわ。

 魔理沙、あんたは今回の事に首を突っ込まないで。死にたくないならね」

 

 いつもの口調、いつもの声色で霊夢は魔理沙にそう告げる。

 その結果、彼女がどんな反応を返してくるのか簡単に予想できるのに、この言葉が無駄になると判っているのに、霊夢は魔理沙に「関わるな」と告げた。

 そして、数秒の沈黙の後。

 

「――冗談じゃない。そう言われて私が「はいそうですか」と引き下がると思うか?」

 

 やっぱりというべきか、霊夢の予想通りの言葉が返ってきてしまった。

 

「思ってないわよ。でも今回のはスペルカードルールにおける異変とは違う、今までと同じ感覚で首を突っ込まれても迷惑なの」

 

「おいおい霊夢、随分私を見くびってないか?」

 

 魔理沙の口調に怒気が混ざる。

 実際に彼女の機嫌は悪くなり始めていた、先程のような冗談めかした空気は鳴りを潜め魔理沙の霊夢を見つめる視線には非難めいた色が込められている。

 今まで彼女と自分は多くの異変に立ち向かい、その全てを解決に導いた。

 それだけではない、異変にすらならないが魔理沙とて人間に害を与える妖怪を退治したり封印したりと、妖怪退治のプロとしての実績と自負を重ねてきている。

 

「別にあんたの事頼りにしてないってわけじゃないわ、あんたは妖怪退治のプロだって認めているもの」

 

 そう、認めている。

 普段は飄々としていたり妖怪を「たいしたことない」と豪語している彼女だが、本質はきちんと人間と妖怪の力関係を理解し負けぬように努力を重ねている事を。

 だからこそ彼女は人間にして“魔法使い”であり“異変解決のプロ”なのだ、それは霊夢も理解している。

 

「それでも今回は手を引けって言ってるの。相手が悪すぎるのよ、あの紫ですら……取り逃がした相手なんだから」

 

 睦月という妖怪にしては異質すぎる存在、この目であれが消滅した瞬間を目撃したが……彼女の勘が睦月の死を認めていない。

 あれはまだ生きている、紫に二度も命を狙われながらも生き延びているという予感があるからこそ、相手が悪いと魔理沙に告げていた。

 そして厄介なのは何も睦月だけではない、あの地底であった地獄鴉――霊鳥路空という存在が何よりも、霊夢としては厄介だと思えるものであった。

 

「だからこそ燃えるんだろ? それとも博麗の巫女様ともあろうものが、ビビッてるのか?」

 

「……そうね。そうかもしれないわ」

 

「な――」

 

 予想外の言葉に、魔理沙は霊夢に向ける不満が消え去る程の衝撃を受けた。

 彼女にとって博麗霊夢という存在は、決して弱音など吐かぬ何処か超然とした少女だった。

 その霊夢が弱音を吐いた、自分の皮肉に対する返しかもしれないが……確かに彼女は今回の相手に対して恐れていると言ったのだ。

 同時に、彼女にそこまで言わせる程の相手だという認識を、抱かざるをえない結果を生み、魔理沙は息を飲む。

 

「近い内に動くでしょうね、だからその時は……おとなしく自分の家に篭ってなさい、いいわね?」

 

「……」

 

 いつも通りのつっけんどんな口調、しかし長年の付き合いによりその中に自身を心配する彼女の優しさが汲み取れた。

 関われば死んでしまうかもしれない、死ぬ可能性の方が高いからこそ関わらないでほしい。

 霊夢なりの不器用な優しさ、それが魔理沙の心に響き普段の憎まれ口も叩けなくなるほどの衝撃を与えたのだが……。

 

「……悪いな、霊夢」

 

 帽子を深く被り直しながら、魔理沙は縁側から降り自身の箒へと跨り飛翔を開始する。

 

「そう言われて引き下がれるほど、霧雨魔理沙さんはおとなしくないんでね」

 

 どこか自分に言い聞かせるようにそう言って、灰色の空に向かって飛び去っていった。

 

「……まったく」

 

 やはり、言葉での説得は意味を成さなかったようだ。

 とはいえ霊夢はこれ以上魔理沙に対して何かしようとは思わなかった、必要最低限の警告はしたので……後は彼女自身の責任だ。

 妖怪という人間にとっての天敵が存在する幻想郷の中で生きるという事は、大なり小なり命の危険を常に晒されているという事。

 ましてや彼女は妖怪を退治する側の人間だ、結末がどんな悲惨な結果に終わろうとも甘んじて受けるしかない立場に立っている。

 

 ならば、後は彼女の好きにやらせるしかない。

 あくまで平静に、博麗の巫女として霊夢はそう決断を下し、中断していた掃除を再開した。

 

 

 

 

(ったく……霊夢のヤツ……)

 

 顔をしかめながら、魔理沙は幻想郷の空を飛んでいく。

 ……わかってはいるのだ、霊夢が自分を心配してあのような事を言ったのは。

 彼女はなんだかんだ言いつつ情が深い面があるし自分を友人だと思ってくれている、長い付き合いだからこそ魔理沙は霊夢の優しさを理解できていた。

 だがそれでも、いやだからこそ……友人と思ってくれているのなら、一緒に戦ってほしいと言ってほしかった。

 

(まあ、私の我儘でしかないんだけどな……)

 

 とはいえこのままおめおめと引き下がるという選択を選ぶほど、霧雨魔理沙という少女は諦めが良い人間ではない。

 とにかく睦月という妖怪を退治すればいい、見つけたら必殺のマスタースパークで消し炭にしてやろうと意気込みつつ――魔理沙は次の目的地である人里へと辿り着いた。

 そろそろ自宅の備蓄が尽きそうなのだ、何を買うのかを思い返しながら人里を歩く魔理沙に、買い物籠を持った銀髪のメイドが声を掛ける。

 

「魔理沙」

 

「ん? ああ、なんだ咲夜か」

 

 声を掛けてきた少女、十六夜咲夜に魔理沙はぞんざいな反応を返しつつ彼女の横を通り過ぎる。

 その反応に咲夜は少々頬を膨らませつつも、いつものうるさいくらいの元気がない彼女が気になり再び声を掛けた。

 

「どうしたの? なんだか元気がないようだけど」

 

「……別に」

 

「いつもそんな風におとなしいのなら、こっちも静かに暮らせるのだけれどね」

 

 からかう目的で咲夜は皮肉を放つが、魔理沙からの反応はない。

 どうやら本当に元気がないようだ、いつもならば数倍の皮肉を返してくるというのに。

 

「霊夢と喧嘩でもしたの?」

 

「……」

 

 ピクッと、ほんの一瞬だがその言葉に反応した魔理沙を見て、咲夜は内心苦笑を浮かべた。

 根が真っ直ぐなせいかどうも彼女はこうやって判りやすい反応を見せる時がある、そしてそれが咲夜には微笑ましいものに映るのだ。

 

「別に、喧嘩じゃないさ……ただアイツ、今回の件には首を突っ込むなって言うからさ……」

 

「今回の……たしか、睦月という妖怪が暗躍しているっていう……」

 

 詳細を知っているわけではないものの、ある程度の情報は文が発行した新聞によって紅魔館にも入ってきている。

 何よりも咲夜は博麗神社にてその睦月と対峙している、得体の知れない存在だとその時から思っていたがどうやら予想以上に厄介な存在のようだ。

 あの霊夢がわざわざ魔理沙に釘を刺している点からもそれが窺えるし、咲夜は主であるレミリアからある警告を受けていた。

 

『咲夜、あの睦月とかいうヤツと出会ったら必要以上に戦うのはやめておけ。いいな?』

 

 自信家で基本的に他者を下に見るあのレミリアが、睦月と不用意に戦うなと言った。

 それだけで咲夜にとってあの妖怪が警戒すべき相手という認識を抱くのに充分過ぎる、霊夢の警告の話を聞いて余計にそう思えた。

 

「それで魔理沙、あなたはおとなしくしているのかしら?」

 

「冗談。そんな事ができる魔理沙さんじゃないっての」

 

 でしょうね、心の中でそう呟きつつ咲夜はそっとため息を吐いた。

 時折紅魔館に訪れてはレミリアの客人であり魔法使いであるパチュリー・ノーレッジの魔導書を勝手に持っていって、気が向いたら返すというほぼ盗人のような彼女ではあるが、それなりの情は向けている。

 何か無茶をしてほしくはないが……一番の友人である霊夢の言葉でも止まらない以上、言葉での説得は無意味だろう。

 

「魔理沙、無茶だけはしないでよ?」

 

「わかってるって。……ありがとな、咲夜」

 

 ぶっきらぼうに、そっぽを向きながらも確かに魔理沙は咲夜に向かって感謝の言葉を口にする。

 聞こえないフリをする方が彼女にとっては良いだろう、なので咲夜は何も答えずただ心の中で「どう致しまして」と返事を返した。

 魔理沙の雰囲気もいつもの調子に戻ってきてくれたようだ、和やかな空気のまま2人は里の中を歩いていく。

 

 咲夜としてはもう自身の用事は済ませたのでこのまま紅魔館に帰っても良かったのだが、少しは元気になって溜まっていた鬱憤を思い出したのか、魔理沙は霊夢に対する愚痴を話し始めるものだからタイミングを逃してしまった。

 聴いてやる義理はないものの、ちょっとだけ彼女が心配になってしまった咲夜は、おとなしく彼女の愚痴に耳を傾けてやる事にした。

 紅魔館のメイド長は、吸血鬼の従者に恥じぬ完璧で瀟洒な存在なのである。

 

「……あら?」

 

「それでさー……って、どうしたんだよ咲夜?」

 

 歩を進めるスピードを緩め、ある一点へと視線を向ける咲夜に気づき、魔理沙も其方へと視線を向けた。

 その先にあるのは人里の八百屋、沢山の野菜が置かれ店主である中年の男性が意気の良い声で客引きを行なっている。

 別段注目する所などない、いたっていつも通りの光景だ。

 敢えていつもと違う点を言うならば……様々な野菜と睨めっこをしている、化け猫のおろおろする姿くらいか。

 

「あれは、橙だな」

 

「ええ、あの九尾の狐の式でしょう?」

 

 友人、というわけではないがあの化け猫の少女とは2人は知り合いであった。

 別に彼女が里に居る事は別段珍しい事ではない、主である八雲藍と共に買い物をしている光景を何度も目にしているし、まだ幼い彼女は里の守護者の1人であるとある女性が教師を務めている寺子屋にも不定期ながら通っている。

 だが、あのようにたった1人で買い物をしているという光景を目にするのは初めてであった、たまたまかもしれないが妙に2人にはそれが気になってしまう。

 

「おーい、橙」

 

「えっ……?」

 

 気になったので声を掛けてみる事にした、とりあえず先攻して魔理沙がぽんっと橙の肩を叩きつつ彼女の名を呼んだ。

 一瞬だけびくっと身体を震わせたが、2人へと振り向き知り合いだと判ると橙はすぐに身体の緊張を解いていく。

 

「あ、こんにちは……」

 

「はい、こんにちは。今日は1人で買い物?」

 

「今は紫様の屋敷で過ごしていまして、聖哉さんの分のごはんを用意しないといけないんです」

 

「聖哉?」

 

 橙の口から放たれたその名を聞き、魔理沙は首を傾げる。

 彼の事も魔理沙にとって知り合いという認識を抱いている、椛以上に厄介でよく山の侵入を阻まれる面倒な白狼天狗だ。

 だが椛ほど堅苦しいわけではないし、時折山の幸を恵んでくれるので付き合う相手としては良好な存在である。

 

「……どうして、聖哉様があの妖怪の屋敷に居るの?」

 

「えっと……」

 

 咲夜の問いに、橙は正直に話していいのかどうか迷い言い淀んだ。

 別に藍や紫から聖哉が八雲屋敷に居る事を他者に話してはいけないと言われているわけではない。

 とはいえむやみやたらと話して良いのかというと、判断に困る。

 

「主から答えるなと言い聞かされているのかしら?」

 

「そ、そういうわけじゃ……」

 

「なら話してくれる? 聖哉様は何故八雲紫の屋敷に居るの?」

 

「うぅ……」

 

 先程とは違う、迫力と重みが加えられた問いかけ。

 二又の尻尾を内側に隠し、縮こまる橙の目にはうっすらと涙が滲み始めていた。

 それに気づき、はっとした咲夜はすぐに謝るが……さっと避けられ魔理沙の背後まで逃げられてしまった。

 

「……」

 

 見た目が幼女の橙に涙目で逃げられ、咲夜撃沈。

 無表情ながらも他者が見ればあきらかにショックを受けているその姿は、おいそれと声が掛けられない哀愁に満ちていた。

 

「それで、話せないのか?」

 

「……そういうわけじゃないけど、というか魔理沙は聖哉さんの事を知らないの?」

 

「? それはどういう意味だ? 知り合いじゃないのかっていう意味なら答えはノーだけど」

 

「そういうわけじゃなくて……聖哉さんね、地底での件で身体が……」

 

「身体が、なんだ?」

 

「えっと、その………………左足と左腕が、なくなっちゃってるの」

 

 本当に言っていいのか、そんな迷いが込められているかのようにぼそぼそと話す橙。

 しかしその言葉は2人にしっかりと届き、同時に決して小さくない衝撃を与えた。

 

「……どういう事なの、説明しなさい」

 

「お、おい咲夜、落ち着けって……」

 

 先程以上の迫力を込めた咲夜を宥めつつも、詳細を知りたかった魔理沙も橙に説明を求めた。

 説明を求められた橙は一度迷ったものの、2人の視線に耐えられなかったのか今の聖哉の状態を説明した。

 それと同時に地底での一件も自分が藍から聞かされた限りの内容を話し、それを聞いた2人は……今回の異変の大きさを改めて自覚する事となった。

 

「つまり、睦月の近くにはよくわからん能力を持った地獄鴉が居るって事か?」

 

「うん、藍様と紫様が言うにはその鴉の妖怪には“八咫烏”っていう神様が憑依? してるんだって」

 

「神様、ね……」

 

 その八咫烏という神の事はよくわからないが、とてつもなく厄介な存在だというのは理解できた。

 何せ前に霊夢と共に解決した異変……その時戦った二柱の神も辛勝という形で終わったのだ。

 あくまで幻想郷での決闘であるスペルカードルールで、である。今回の相手はその決闘方法では止められない存在、となれば……脅威という点では前回以上である可能性が高い。

 

(霊夢が首を突っ込むなって言うわけだ……)

 

 まあ尤も、これだけの話を聞いても引き下がる気など魔理沙にはないのだが。

 ……と、魔理沙は隣で黙ったままの咲夜の様子がおかしな事に気がついた。

 瞳には憤怒の色を宿し、明らかに今の話を聞いて聖哉を傷つけたその地獄鴉に対する怒りを滲ませているのが判る。

 

(咲夜とアイツって、仲良かったんだな)

 

 ちょっと意外な交友関係に驚きつつ、魔理沙はさっきから自分の用事がちっとも進んでいない事を思い出す。

 これ以上橙と話しても有益な情報は得られない、聖哉の事はまあ……同情くらいはしているが、それだけだ。

 今は他人の事に神経を使っている余裕など存在しない、なので魔理沙はそのまま2人に別れを告げて自分の用事を済ませようとして。

 

 

「――ぎゃああああああっ!!」

「――た、助けてくれえええええっ!!」

 

 

 里全体に響くような巨大な悲鳴を、拾い上げた。

 

「っ!? 今のは……」

 

「悲鳴ね、それと獣の鳴き声」

 

「くそっ!!」

 

 すぐに箒に跨り、魔理沙は一気に浮上し声のした方向を特定しようと視線を泳がせる。

 

「咲夜、西エリアだ!!」

 

「わかったわ」

 

 咲夜の姿が消える、時を止めて先行したのだろう。

 魔理沙もすぐに魔力を放出させ、ブースターとなって高速で移動を開始する。

 最速を自負する鴉天狗には及ばぬものの、それでも人間にしては破格の加速。

 僅か数秒で魔理沙は悲鳴が響いた現場へと到着し……最初に、濃厚な血の匂いで鼻腔を刺激させられた。

 

「……」

 

 逃げ惑う人間達、泣き叫ぶ子供。

 さすが幻想郷の住人か、避難する速度は速くしかし、逃れられなかった者達も存在していた。

 その者達は既に骸と化し、それを貪ろうとしている獣達の姿が見えた。

 

 黒い、全身が漆黒の身体を持つ四速歩行の獣。

 まだ完全な実体を持っていないのかまるで影のように揺らめき、しかし口と思われる場所からは鋭い牙を覗かせている。

 その牙は赤く染まり、それが人間の――たった今まで生きていた里の人間の血であると理解すると同時に、魔理沙は右手に持つ八卦炉(はっけろ)に己の魔力を込めていた。

 彼女の高い魔力量によって炉は臨界に達し、主の攻撃を今か今かと待ち侘びている。

 

「グルルル……」

 

 だが魔理沙はまだ放たない、黒い獣達の中心に居る銀のナイフを持った咲夜の姿を確認できたからだ。

 怒りのままに魔法を放てば彼女も巻き添えになる、かといって魔理沙は咲夜にすぐに離れろとは告げなかった。

 何故なら、銀のナイフを構える咲夜の瞳は普段とは違い赤く染まり、無表情の中から見えるマグマのように湧き立つ怒りを感じ取ったからだ。

 

「……」

 

 ゆらり、咲夜の姿が僅かに揺れた……そう思った時には、既に全てが終わった後であった。

 舞い散る黒い血のような何か、唸り声を上げ咲夜に襲いかかろうとしていた黒い獣達が地面に倒れ伏す。

 その全てに無数の銀のナイフが突き刺さっており、まさしく針千本という表現が相応しい姿だ。

 

 ――獣達が、消えていく。

 流した黒い血も何もかもが霧散し、突き刺さっていた銀のナイフが渇いた音を響かせながら地面に落ちる。

 あまりに呆気ない、実体を完全に保った状態ではなかったからおそらくアレ等は妖怪に成り立てだったのかもしれない。

 

(だとすると、アレは何処から現れたんだ?)

 

 里の中でいきなり妖怪が生まれるなど、ありえない筈だ。

 人々の恐怖や噂から妖怪は生まれる、とはいえ実体化し意思を持つまでにはそれなりの時間を有する。

 しかし先程の黒い獣達は実体化すら完全ではなかったにしろ意思はあったし、身体からは妖力を感じ取れた。

 

(じゃあ……誰かが生み出した? あの場で、瞬時に?)

 

 考え難い、けれどそう考えれば辻褄が合う予想。

 力のある妖怪は新たな妖怪を生み出す事ができる、古い書物で見た記憶を思い出し魔理沙の頬に冷や汗が伝った。

 もしも、もしもだ――その書物の内容が真実であり、この予想が当たっているとするならば。

 今まさに、それだけの力を持った妖怪がその近くに居るという事に――

 

「っ!?」

 

 熱い。

 冬の寒さなど瞬時に消し飛ばす熱が、魔理沙の肌を刺激した。

 視線を真横へ、見つめる先は……人里の外。

 

「な、ん……!?」

 

 魔理沙の表情が固まる、視界に映る光景が信じられないとばかりに目が見開かれる。

 ……里の外に、()()()()()が浮かんでいた。

 そう思える程の絶対的な熱量、遠く離れているというのにここまで熱気が伝わってくるなどどんな炎属性の魔法でもありえない。

 

 その太陽の下に、見慣れぬ少女が存在していた。

 左手を掲げ、虚ろな目で人里を見る黒い翼を持った長身の少女。

 

「ばっ――」

 

 それが何を意味するのか理解し、魔理沙が声を張り上げようとした瞬間。

 

 少女は、掲げていた左手を無造作に降ろし。

 

 主の命に従い、小さな太陽がゆっくりと動き始める。

 

 

 

――人里全てを、その熱で焼き尽くす為に。

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