狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第26話 救出~優しき迷い~

 奔る閃光。

 霊力を込めた霊夢のお祓い棒と、お空の右手に装備された制御棒から伸びる光の刃が幾重にもぶつかり合い、確実に地獄鴉の少女を追い詰めていく。

 攻め手は緩めず、霊夢は素早く懐から札を取り出し投げ放った。

 

「くっ……!?」

 

 迫る札を光の刃で応戦するお空。

 大振りに振るった横薙ぎの一撃は、迫る五枚の札を蒸発させる。

 だが、霊夢の放った札は全部で七枚、全てを落とす事ができず――衝撃がお空に襲い掛かった。

 

「ぎ……っ」

 

 衝撃と激痛が右肩と左脇腹に刺さる。

 指で挟める程度の紙切れが当たっただけだというのに、時速百キロで投げられた鉄球が撃ち込まれたかのようだ。

 息が詰まりお空の動きが止まる、それを好機と取った霊夢は更に深く敵へと肉薄する……!

 

 繰り出される怒涛の連撃。

 反撃などさせぬと行き着く暇もなく放たれる攻撃に、確実にお空を追い詰めていったが。

 

「っっっ、だあああっ!!」

「くっ!!」

 

 自らを太陽の炎に身を包んだ彼女の行動によって、振り出しに戻ってしまう。

 後退する霊夢、先程とは違い今度はお空が彼女へと肉薄する。

 振るわれる光の刃、八咫烏の力が込められたその刃を霊夢はお祓い棒で弾く。

 

「っ……!」

 

 強い衝撃と共に、霊力で保護し強化したお祓い棒にヒビが入る。

 真っ正直には受けられぬ、そう判断した霊夢は続いて放たれる斬撃を躱す選択を選んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」

 

 十数回の攻防の後、互いに間合いを外し呼吸を整えていく。

 霊夢もお空も荒い息を繰り返し、けれど優勢なのは……お空の方であると霊夢は理解する。

 

(冗談じゃないわよ……アイツ、どれだけタフなんだか……)

 

 先の戦いから、お空は回復していない。

 対する此方は永琳の薬によって体力霊力共に全快であった、だというのに押し切れない。

 所持していた札も底をつき、獲物は壊れかけたお祓い棒のみ。

 常に全力で攻撃と防御に霊力を放出しているとはいえ、その消費量は彼女の予想を遥かに上回っていた。

 

(……修行不足のツケが、こんな所で出るとはね)

 

 博麗霊夢という少女は、歴代の巫女の中でも抜きん出た才能の持ち主である。

 それが故にたいした修行をせずとも妖怪相手に一歩も退かず、今まで幾度となく異変を解決に導いてきた実績があった。

 異変以外での妖怪退治でも、彼女は一度も失敗しておらずだからこそ“博麗の巫女”として認められていた。

 

 だから勝てると踏んだ、そしてその自信は決して間違いではなかった。

 しかし、今回ばかりは相手が悪すぎる。八咫烏という神をその身に宿したお空の力は本来人間が太刀打ちできるものではないのだ。

 それでもスペルカードルール上ならば、弾幕ごっこと呼ばれる今の幻想郷の決闘ルールならば霊夢に軍配が挙がっていただろう。

 けれど今の戦いは互いの命を奪い合う死闘、一昔前の人間と妖怪の戦いそのものだ。

 

「――息が、上がってるよ?」

 

 一足先に呼吸を整えたお空が、口元に笑みを浮かべながら口を開く。

 対する霊夢はまだ乱れた息のまま、しかし一歩も退かぬ気概で言い返した。

 

「なによその笑みは、もしかしてアンタ……もう勝った気でいるの?」

 

 言葉には余裕を見せるものの、事実として霊夢に余裕は存在していない。

 ――もう一度、里を消滅させようとしたあの攻撃が来たら終わりだ。

 だから敵に絶えず間合いを詰め、遠距離からの攻撃を出させないように攻め立てていた。

 

 それは戦術としてあまりに無茶、お空は近距離でも光の刃による接近戦が可能なのだ。

 かといってそれ以外の選択は選べない、だからこそ彼女は余力など考えずに猛攻を続けてきた。

 ……それが終わりに近づく為のものだとわかっていても、僅かな可能性を信じて彼女は最後までこの選択を選ぶ。

 

「勝てるよ、だって……もう殆ど力なんて残ってないでしょ?」

 

「それはアンタも同じじゃない、もう降参したら?」

 

「降参? そんな事するわけないよ、だって私には地上を灼熱地獄に変えるって役目を睦月様からいただいているんだから」

 

「……あんなワケのわかんない妖怪に尻尾を振って、前の主をおざなりにすることに一体何の意味があるのかしらね」

 

「――――」

 

 その言葉に、お空の身体が僅かに反応を見せた事を霊夢は見逃さなかった。

 前とは違う、さとりの事を話題に出したお空は今確かに今までとは違う反応を見せた。

 

「――なら、決定的な敗北を突き付ければあなたも満足するのね?」

 

 だがそれも一瞬。

 再び制御棒の先端に光の刃を展開し、更に左手には小石程度の――けれど込められた熱は相も変わらず高熱の光球を生み出すお空。

 

(…………来る)

 

 身構え直す霊夢。

 ……実を言うと、お空を打倒する手はあるのだ。

 何も考えず、彼女の命を奪い取るだけを考えるのならば、勝利する手は存在している。

 だがそれは選べない、選べないというよりも……霊夢自身がそれを拒んでいた。

 

(何を考えているのかしら私は、相手は倒すべき妖怪なのに……)

 

 ここでお空の命を奪ったとしても、霊夢に批難される謂れはない。

 博麗の巫女として、人間の脅威となる妖怪を退治するだけ。ただそれだけなのだが……。

 

 

――お空を、助けてください。

 

 

 どうしても、さとりのあの言葉が頭から離れなかった。

 妖怪の頼みを聞くなど巫女として失格だ、歴代の巫女が知ればありえないと罵倒される。

 博麗の巫女は妖怪を討ち、人間の守護者となり幻想郷の秩序を守る者。

 それは霊夢とて理解している、まがりなりにも博麗の巫女を名乗る以上最低限の自覚は持っている。

 

 ――だというのに、自身の心が納得を示さない。

 彼女の命は奪えない、奪うではなく倒す事に拘る霊夢に迷いが生じる。

 

「覚悟しろ、巫女!!」

 

 叫び、お空が接近する。

 

「――――っ」

 

 今は迷っている場合ではない。

 強引に思考を切り替え、霊夢は一瞬遅れて接近してくるお空を対処しようとし。

 

「――不意打ちクラッシュ!!」

「っ!?」

 

 突如として、真横から奇襲を仕掛けてきた美鈴によって、出鼻を挫かれたお空は後退する。

 一息で踏み込める間合いまで離れるお空、だが後退できたと彼女が思った時には。

 

「し――――!」

「が、っ!?」

 

 既に肉薄していた美鈴の裏拳を、顔面に叩き込まれた後であった。

 たたらを踏むお空、その隙だらけの身体に打ち込まれる掌底の一撃。

 くの字に曲がる彼女に肘鉄、後ろ回し蹴りの連撃を繰り出し。

 

「は――っ!!」

 

 左掌に生み出した虹色の気弾――星脈弾の一撃を当てお空の身体を吹き飛ばした。

 手応え有り、文句など付けようがない攻撃を叩きつけ勢いに乗っていた美鈴だったが、追撃はせずに身構えたまま背後に居る霊夢へと声を掛けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……アンタ、なんで」

 

「お嬢様と妹様の命令です、それにこのまま放っておいたら紅魔館にまで被害が及んでしまいそうですからね」

 

「礼は言わないわよ?」

 

「必要ないですよそんなの。……所で、あの子ってもしかして誰かに操られたりしていますか?」

 

「は……?」

 

 突然の発言に、霊夢の目が点になる。

 何故彼女がそれを知っているのか、お空が睦月によって傀儡と化している事を美鈴は知らない筈だ。

 

「あの子の身体の中に、何か禍々しい気を感じるんです。それが呪縛のようにあの子を縛っている……だから誰かに操られていると思ったんですよ」

 

「……そういえばアンタ、そういう“気”を感じ取る能力があるんだっけ」

 

 生物が持つ力、気の力を紅美鈴という妖怪は使用し扱う能力を所持している。

 そんな彼女がお空に攻撃を当てた際に、睦月による呪いにも似た“気”を感じ取った。

 だから彼女は追撃を止め、霊夢へと問いかけ、自身の予感が的中した事を悟った。

 

「酷い“気”です、真っ当な生き物が発するものとは思えないくらいに禍々しく、直視できない“気”を感じたのは初めてですよ」

 

「……それだけ睦月が下衆だって事でしょ。それよりアンタ、それができるのなら……どうにかあの馬鹿カラスを元に戻せないの?」

 

「………………可能では、あります」

 

 そう、可能ではある。

 お空を縛っているその“気”を自らの“気”を叩き込むことによって体外に放出し消滅させる。

 そうすればあの少女は元に戻るだろう、だが。

 

「そんな隙が無いんですよ。普通の“気”を乗せた攻撃じゃ届かない。溜めに溜めた“気”の攻撃じゃないと……最低でも数分間は必要です」

 

「数分……」

 

 それではダメだ、そんな隙を見せればとっくに灰も残らず消し飛ばされる。

 

(…………討つしか、ないのかもしれないわね)

 

 負けるわけにはいかない、こちらの敗北はそれこそ幻想郷の終わりに等しい。

 博麗の巫女に敗北は許されない、地上を灼熱地獄に変えられるくらいならばいっそ……。

 

「うぅぅぅぅぅ…………っ!!」

 

 お空の唸り声が響く。

 美鈴の攻撃によって蓄積していたダメージが限界に達したのか、その瞳には先程以上に生気がないものに変貌していた。

 左手が掲げられる、そこに生み出されるは里を消滅させようとした小さき太陽……!

 

「っ、どうやら本当に余裕がないみたいね。退治するわよ!!」

「……」

 

 僅かな迷いが、美鈴の中で生まれる。

 彼女は紅魔館にとって、仕えるべき主であるレミリアやフランにとって敵であることに間違いはない。

 だが本当にこれでいいのだろうか? あのような人形も当然の状態にされながらも、まだ彼女の心は決して……。

 

 

――パンッ、と。

  破裂音のようなものが、場に響いた。

 

 

「……」

 

 お空の右頬が赤くなっている。

 叩かれたのだ、しかし彼女に容赦なく平手打ちを叩き込んだのは霊夢でも美鈴でもなく。

 

「――お空、あんた何をやっているんだい」

 

 いつの間にこの戦場へ来ていたのか。

 瞳に涙を浮かべ、親友を睨む火車の少女――火焔猫燐の姿があった。

 声を震わせ、怒りを露わにしたお燐の静かな問いが、お空の心に突き刺さる。

 

「さとり様やこいし様を傷つけて、沢山の人に迷惑を掛けて……あんたは一体何をやっているんだい?」

 

「……」

 

「いい加減目を覚ましなお空、あんたの主はあんなワケのわからない下衆野郎じゃない。いつでもあたい達の事を考えてくれる優しいさとり様とこいし様なんだ。

 これ以上関係ない人達を傷つけたら、もう何処にもあんたの居場所はなくなっちまうんだよ!?」

 

 ポロポロと涙を流し、お燐は親友を責め立てる。

 だがそれは決して憎しみから来るものではなく、大切な友人にこれ以上罪を重ねてほしくないという友愛であった。

 ……彼女の行動は、あまりに愚かで無謀なものだ。

 今のお空に近づくことすら自殺行為だというのに、今のお燐は身を曝け出しあまりにも無防備である。

 

「――――う、うぅ」

 

 だが。

 睦月に操られ、他者を自らの力で焼き尽くす事になんの躊躇いも見せていなかったお空の動きが止まっていた。

 お燐の悲痛な言葉を聞きたくないと首を振り、辛そうに表情を歪ませるその姿は今までと明らかに様子が違う。

 

「……あの子の“気”が、大きく揺らいでいる?」

 

「えっ?」

 

「戦っている……己を縛る呪縛から逃れたいと、必死に戦っている……」

 

 度重なるダメージと、お燐の言葉がトリガーとなったのか。

 今のお空は、確実に睦月の呪縛が弱まりつつあった。

 

「元に戻ってよ、ちょっとおバカで天然だけど優しくて周りを笑顔にしてくれる、いつものお空に戻ってよ!!」

 

「あ、グッ……」

 

「みんな待っているんだ、またみんなで……地霊殿で暮らしたいよ……」

 

「グ、アァ……」

 

「お願いだよお空、お願いだから……元に戻ってよぉっ!!」

 

 心からの願い、聞くだけで心が締め付けられるような悲しみと想いが、木霊する。

 それを真正面からぶつけられ、揺らぎに揺らいだお空の心は不安定さを増していき。

 ――それが、最悪の結果を引き寄せてしまう。

 

「ア――アァァァァァァァァッ!!」

 

 我を忘れたような、狂った叫び。

 睦月からの呪縛、霊夢達から受けたダメージ、そしてお燐の涙の言葉。

 それらの要素が一気にお空の心に負担を掛け、結果――今まで以上の暴走が始まる結果を引き寄せてしまう。

 黄金の輝きを見せるお空の瞳、一瞬で彼女の身体には灼熱の炎が纏い、その熱が大気を焼き尽くしていく。

 

「お、お空……?」

 

「ウゥゥゥゥゥ……!」

 

 既に人語も話せないのか。

 お燐の言葉にも反応を返さず、唸り声を上げながら無尽蔵に力を放出していくその姿は……。

 

「っ」

 

 ダメだ、もう打つ手がない。

 今のお空には誰の声も届かない、このまま暴走を許せばこの土地は死を迎える。

 最悪の事態を避けるために、霊夢は今度こそ覚悟を決めた。

 ……お空を討つ、約束を違える結果となるが博麗の巫女としての責務を優先しようと、壊れかけたお祓い棒を強く握りしめ。

 

「――待ってください、霊夢さん」

 

 それを。

 力強い声を張り上げ、美鈴が止めた。

 

「もう無理よ、完全に暴走してるって見ればわかるじゃない!?」

 

「……いいえ、まだあの子の“気”は消えていない。負けるものかと抗っているんです」

 

「えっ……」

 

 そう、まだ完全に手遅れとなったわけではない。

 あの声は、お燐の涙と想いは消えかけていたお空の心にしっかりと届いていた。

 この暴走は謂わば睦月の呪縛が抗おうとする心を完全に消滅させるためのモノ、無論楽観視などできないが……まだ打つ手が無くなったわけではない。

 

「そこの猫耳の方!!」

 

 だから美鈴は、ある賭けに出る。

 

「数分間だけで彼女を抑えておいてください、そうすれば私と霊夢さんが必ず彼女を助けますから!!」

 

「ほ、本当に……? お姉さん達が、お空を助けてくれるの?」

 

「任せてください!! ですからあなたは――」

 

「っ、お燐逃げなさい!!」

 

 霊夢の叫びが放たれると同時に、お空の暴走が本格的に開始した。

 まずは手始めにと、一番近い位置に居るお燐へと攻撃を開始する……!

 お燐の反応が遅れる、そしてお空から放たれた熱線が彼女を容易く呑み込もうとし。

 

「――――危なかったぁ」

「なんとか、間に合いましたね……」

 

 すんでのところで、彼女の主達である姉妹が救出に来てくれた。

 

「さ、さとり様……こいし様まで……」

 

「もぅー、お燐ってばまだ怪我が治ってないのになんでこんな無茶するかなー?」

 

「そうよお燐、あなたは私達を庇って酷い怪我をしているのに……」

 

「す、すみません……でも……」

 

 でも、お空の為に何かしたかった。

 たとえ彼女自身の手で傷つけられたとしても、あれが彼女の意志ではないとお燐にはわかっていたから。

 彼女に戻ってきてほしかったから、痛む身体など知らぬとこの死地へと舞い降りたのだ。

 

――そしてそれは、この姉妹も同じだった。

 

「霊夢さん、それと……紅美鈴さんですね? 事情はあなた方の心を読んで理解しました。……お願いします」

 

「なんかよくわかんないけど、お空の相手をすればいいんだよね? 任せてよ!!」

 

「……はい、お願いします!!」

 

「ちょ、ちょっと美鈴……」

 

「霊夢さんも早く準備を進めてください、大技を一発放つ程度の霊力は残っているでしょう?」

 

「そりゃあ残ってるけど……」

 

「――私は正直あの方達の事はよく知りません、でも今こうして苦しんでいるお空ちゃんという子を心から助け出したいというのは、私でもわかるんです」

 

 だから助けたいと思った、力になりたいと願ったのだ。

 出会ったばかり、互いの事をよく知らないなど関係ない。

 家族なのだ彼女達は、それなのにこうして戦い合うなど馬鹿げている。

 一刻も早くこんな馬鹿げた争いを止めなくてはならない、その想いを胸に美鈴はある必殺の一手の準備に入った。

 

「……」

 

 美鈴の力が膨れ上がっていく。

 額には滝のような汗が滲み、次に放たれる力がそれだけ大きく負担になるものだと否が応でも理解させられる。

 

(馬鹿ね……お人好しにもほどがある……)

 

 赤の他人と言っても過言ではない相手のために、己の全てを引き出して助けになろうとしている。

 それも妖怪がだ、人を襲い人に恐れられる存在が……これでは、人以上に人ではないか。

 だがその姿はあまりに眩しく、尊く見える程に美しい。

 

「……そうね、きっと人とか妖怪とか……関係ないんでしょうね」

 

 生き方も価値観も、人と妖怪では違いすぎる。

 けれど真逆の関係というわけではない筈だ、普段は相容れずとも……互いに道が重なる時だってある。

 それがきっと今なのだ、お空の為に――ただその一心で今こうしてこの場に居る誰もが戦っているのだから。

 

 お祓い棒を投げ捨て、両手を羽のように大きく横に広げる霊夢。

 瞳を閉じ、心は無に。

 あまりにも無防備、ただ宙を漂っているようにしか見えぬその姿はしかし。

 

「れ、霊夢さん……?」

 

 誰よりも、何よりも神々しく……そして浮世離れした姿に見えた。

 否、今の彼女は“博麗霊夢”ではない。

 なにか別の、そう――博麗の巫女そのものといった存在と化していた。

 

「……」

 

 ゆっくりと、確かめるように瞼を上げる霊夢。

 その瞳に映るのはお空のみ、それ以外には何も映さず……霊夢は自身の周囲に蒼白い輝きを放つ陰陽玉を展開した。

 彼女を守護するように回転する八つの陰陽玉、少しずつ回転を速めるそれに比例して輝きも増していき。

 

――それが臨界に達した瞬間、静かにその技が放たれる。

 

「――――「夢想天生」」

 

 ぽつりと、呟くように放たれたその言葉と共に。

 周囲が、白い光に包まれる。

 純白の極光が、瞬く間に空を、大地を、世界を覆いつくす。

 

「これは、一体……」

 

 眩い極光はしかし、美鈴達に何の害も与えなかった。

 この光そのものが凄まじい力の奔流だというのに、呑み込まれても感じるのは心地よい暖かさのみ。

 さとり達もこの現状にお空の相手も忘れ、何事かと驚愕する。

 

「グッ、ガ、ガガッ……!?」

 

 だが、その中で。

 お空だけが、白き極光に包まれ苦しげな声を上げていた。

 ――光そのものに、押し潰されているかのようだ。

 このままでは拙いと暴走の中でも判断できたのか、お空は八咫烏の力を展開し極光を消し去ろうと太陽の炎を展開するが。

 

「ッ、ギ、ウゥ……!?」

 

 その灼熱の炎すら、白き極光は容易く呑み込んでしまった。

 凄まじい、という表現では足りない圧倒的な力。

 博麗の巫女が己にとって敵だと判断した者のみを選別し攻撃する、究極奥義。

 この極光に抗える者はおらず、故に博麗の巫女はこの幻想郷にて最強の巫女の立場に居るのだ。

 

 博麗霊夢の究極奥義、その名も――「夢想天生」。

 博麗の巫女が代々受け継ぐ、まさしく最強の名に相応しい秘術の中の秘術であった。

 

「…………カハッ」

 

 極光が、消える。

 その中で唯一ダメージを受けていたお空は、それに耐えきれず大きく身体を仰け反らせ地面に向かって落ちていく。

 

「お空!!」

 

 彼女を助けようとさとり達が動く。

 しかしその前に、美鈴が落ちるお空の身体を左腕で掴み上げ救出した。

 

「っ」

 

 お空の身体を見て、美鈴は僅かに表情を歪ませた。

 身体に刻まれた傷はどれも深く、無事な箇所などただの一つも存在していない。

 ここまでしなければ止まらなかった、だがそれでも……今の彼女の姿はあまりにも痛々しかった。

 

「…………すみません、あともう少しだけ耐えてください」

 

 そんな彼女に今から自分が行う事を謝罪しながら、美鈴は右手を天に翳す。

 瞬間、彼女の身体から生気が一気に放出され、それが巨大な光球となって翳していた彼女の右手に出現した。

 大きな生命エネルギーの塊、直撃を受ければもちろん只では済まないそれを。

 

「――――はぁっ!!」

 

 美鈴は、裂帛の気合を込めてお空の身体に叩き込む……!

 

「っっっ、が、は……!?」

 

「お空!?」

 

「な、何をしているんだい!!」

 

 美鈴の行動に当然ながらさとり達は驚愕し、怒声を放つ。

 しかし美鈴はそんな彼女達を手で制し、今度は淡い虹色の気を彼女に送り込んでいった。

 

「が、はぁっ!!」

 

 口を大きく開き、吐血するお空。

 その後も何度か咳き込み血を吐き出すが、それもだんだんと収まっていき。

 

「………………さとり、様?」

 

 次に目を開けた彼女の瞳と声は、霊烏路空のものに戻っていた。

 

「お、空……?」

 

「あんた……元に戻ったのかい!?」

 

「うにゅ……ごめん、なさい……」

 

 消え入りそうな声で、さとり達と視線を逸らしながら謝罪の言葉を口にするお空の姿は、悪戯をして怒られる時とまったく同じで。

 その姿を見て、今度こそ彼女が元に戻ってくれた事を理解して。

 

『お空!!』

「うにゅぅーーっ!?」

 

 さとり達は涙を浮かべ、一斉にお空へと飛びついたのだった。

 さりげなくそこから逃げながら、美鈴は霊夢の元へと向かう。

 ……既に、先程のような不可思議な雰囲気が消えていた。

 そこに居るのはいつもの博麗霊夢、ただ先程の技の消耗が激しいのか顔には疲れの色が見えている。

 

「器用ね、本当にできるとは正直思ってなかったわ」

 

「えへへ……結構賭けでしたけどね」

 

 実際に、この方法は賭けであった。

 それだけお空を縛る睦月の呪縛は強力であり、その“気”の大きさも尋常ではなかった。

 当然それを吹き飛ばすにはこちらも練りに練った“気”を叩きつけなければならず、お空に掛かる負担やダメージも大きい。

 かといって無傷の状態では美鈴の“気”は届かず、お空の生命力に期待するしかなかったのだ。

 

 だが、結果は成功に終わってくれた。

 涙を流しお空に抱き着くさとり達、そんな彼女達に号泣しながら何度も何度もごめんなさいと謝るお空。

 その姿を見れただけでも、自分のした事に美鈴は誇りが持てた。

 

「…………ふぅ」

 

 とはいえ、もう限界だ。

 さっきの“気”で殆ど体力を使い果たしてしまった、もう何もしたくないとさっきから身体が訴えてきている。

 

「霊夢さん、悪いんですけど私は…………って、あれ?」

 

 いつの間にか、霊夢の姿が消えていた。

 一体何処に……そこまで考えた美鈴だったが、遠くから感じる“気”のぶつかり合いで彼女が向かった先を理解する。

 ……まだ、戦いは終わっていないのだ。

 今も聖哉が睦月と戦っている、霊夢はその加勢に行ったのだろう。

 

 

 

 

 

(……無茶しないでくださいよ、霊夢さん。聖哉さんも……)

 

 今の自分が行っても足手まといだ。

 だから美鈴は、再び戦いの地へと向かった霊夢と睦月と戦っている聖哉に向かって、静かに無事を祈ったのだった……。

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