狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第28話 確執と和解~近づく心~

「――報告は、以上です」

 

 妖怪の山、天魔の屋敷。

 天狗の長である天魔と、大天狗の清十郎に聖哉は今回の件――既に四日前の出来事となった死闘の報告を告げる。

 

「うむ……しかし、正直お前が睦月を倒すとは思わなんだ」

 

「……それには、同意します」

 

「だが昨日八雲の遣い……九尾が来てな、お前とほぼ同じ報告をしてきた以上これは事実なのだろう。――よくやったぞ聖哉、大儀であった」

 

「もったいなき御言葉です……」

 

 一度大きく頭を下げてから、聖哉は立ち上がる。

 報告は終えた、ならばこれ以上ここに居る理由はない。

 行く場所がある聖哉は退室しようとして……天魔に呼び止められてしまった。

 

「待て聖哉、まだ褒美の話が終わっていないぞ?」

 

「褒美、ですか?」

 

「これだけの偉業を果たしたのだ、そんなお前に何も与えぬなどあってはならぬ。

 もちろんお前に拒否権などないぞ? それだけの事をしたのだ、お前の上に立つ者としてはできる限りの事はしてやりたい」

 

「……私には、その御心だけで充分なのですが」

 

 控えめにそう進言するが、天魔は聞く耳を持たず「いいから考えろ」とせっつかれる。

 ……困った、褒美と言われても急には思い付かない。

 そもそもそんなつもりで睦月を追っていたわけじゃない、ただ自分の我を貫くのと……報いを受けさせてやりたいと思っただけだ。

 

(というかこの状況、前にもあったな……)

 

 腕を組み、考える。

 そんな自分を何故かわくわくした面持ちで見る天魔に若干イラっとしながら……聖哉は口を開いた。

 

「――では、我等白狼天狗の地位向上をお願い申し上げます」

 

「……ほぅ?」

 

「天魔様もご存知の通りですが、現状白狼天狗の地位は決して良いものではありません。

 ――あまり申したくないのですが、同族である天狗にすら狗と馬鹿にする者も存在しています」

 

 だが、白狼天狗は天狗の中では一番の下っ端、そして山は上下関係が絶対という考えが浸透してしまっている。

 故に逆らえず、馬鹿にされてもその屈辱を甘んじて受け入れなければならないのが殆どだ。

 しかも一部の質の悪い天狗達はそれ以上に酷く、証拠はないが……ストレス発散の為に無意味に傷つけられた白狼も居るだろう。

 

「このままでは白狼天狗達の不満が溜まり、謀反を企てる輩が出ないとも限りません。

 それでは山の秩序が乱れます、ですのでどうか天魔様達上層部にはご一考願いたいのです」

 

「……聖哉、今回の願いとやらは前々から考えていた事なのか?」

 

「機会があれば、進言したいとは思っておりました」

 

「ほぅほぅ……」

 

 その言葉に、天魔の口元が楽しげに吊り上がる。

 同じ白狼天狗の中でも自身を蔑む者も居るというのに、彼は私情を殺しあくまで白狼天狗全体を考えている。

 それが天魔には面白いと思え、同時に自分達の認識を甘さを恥じた。

 

「あい、わかった。お前の願いはこの天魔の名に懸けて必ず叶えると約束しよう。

 じゃがすぐにというわけにはいかん、それはお前にもわかるな?」

 

「それは勿論です。一度浸透した考えを変えるには時間が必要ですから」

 

「結構。――では、改めてお前自身による褒美を決めようか?」

 

「え、いや、今……」

 

「お前自身の、と言った筈じゃ」

 

「えぇー……」

 

「えーじゃない。お前が望むのならわしの右腕としての地位も与えても良いし、なんなら次期天魔候補として推薦しても良いぞ?

 それとも女か? なんだったらわしが……」

 

 身体をくねらせ、頬を紅潮させながら熱っぽい視線を聖哉に向ける天魔。

 その姿はたいへん官能的であり、見る者を魅了する美しさがあった。

 だが、聖哉は天魔を美しいと思いつつも。

 

「いえ、そういうのは別に……」

 

 やんわりと、しかしはっきりと拒否の意を示した。

 

「べ、別にじゃと!? わしでは不服と申すか!?」

 

 これには天魔様、激おこ。

 とはいえショックの方が大きいのか、怒っているというより嘆いていると言った方が正しい様子なので恐ろしさは感じなかった。

 

「そういうことじゃなくて……」

 

「た、確かにわしはかなり長生きしておるし椛達に比べればピチピチではないかもしれんがな、わしだって……わしだってめくるめく出会いとか色々とな……!」

 

 屋敷全体が激しく揺れ動く。

 天魔の感情の高ぶりによって放出された豪風が、容赦なく聖哉達に襲い掛かった。

 瞳に涙を浮かべ、「出会いが~」とか「若い男とイチャコラしたい~」などのたまう姿に、当然ながら天魔としての威厳など欠片もない。

 しかし聖哉達にとってそれどころではなかった、天魔の起こす風は凄まじくまともに立っていられないどころか呼吸すらままならない。

 

「お、おちおち、落ち着いてください天魔様! 今度合コンをセッティングしますから!!」

 

「…………合コン?」

 

 天魔の嵐を思わせる風が収まる。

 ……山のように積まれていた書類や、重厚な机が見事に散乱してしまっている。

 これを片付けなければならないのか……そう思うと、聖哉は気が重くなった。

 

「マジじゃな?」

 

「マジです」

 

「この間のようなおっさんやチャラ男だけで構成されたメンバーは嫌じゃからな?」

 

「わ、わかりました……硬派な子が宜しいのですね?」

 

 散らかった部屋そっちのけで、合コンの打ち合わせを始めてしまう天魔とそれに巻き込まれ涙になっている清十郎。

 そんな彼に同情しつつさっさと退室したい気持ちをグッと堪え、聖哉はため息を吐きつつ部屋の掃除を開始したのだった……。

 

 

 

 

 掃除を終え、合コンの誘いをさりげなく断ってから、聖哉は荷物を持って迷いの竹林へと赴いた。

 向かう場所は竹林の奥にある永遠亭、要件は椛の見舞いと……もう一つある。

 強化された“千里眼”で複雑な竹林の中を迷わず進み、永遠亭へと辿り着いた。

 

「あ、先輩!!」

「……椛」

 

 中に入る……前に、聖哉は入口付近でこの竹林に住まう妖怪兎達と楽しそうに戯れている椛の姿を見やり、首を傾げる。

 はて、彼女はまだ永遠亭にて入院をしていた筈だが……立ち歩いて大丈夫なのだろうか。

 

「も、もしかして……私のお見舞いに来てくださったんですか?」

 

「ああ、そうなんだが……思ったより元気そうで良かった」

 

「もう大丈夫なんです、ですから明日からまた哨戒任務に……」

 

「椛、天魔様からの言伝だ。「もう一週間程休息し英気を養え」との事だ」

 

「……もう大丈夫なのに」

 

 不満そうに唇を尖らせる椛。

 天魔からの指示なので従うしかないが、これでは身体が鈍ってしまうではないかと愚痴を零す。

 

「まあそう言うな。天魔様も椛を気に掛けていらっしゃるからこそそう仰ったんだ、それはともかく……秋の神様から果物を分けていただいたんだ、食べるか?」

 

「はい、いただきます!!」

 

 手に持っていた籠から林檎を取り出し、椛に手渡す。

 見舞いの品として持ってきたものだが、拒否されなくてよかったと思いつつ何気なく聖哉はそのまま林檎を齧る椛を見つめる。

 肌の血色は良く、健康そのものといった様子だ。

 ……どうやら本当に無理をしているわけではないようだ、完治してくれた彼女にほっと息を撫で下ろす。

 

「ん……?」

 

 足元がくすぐったい。

 視線を下に向けると兎達が自分を見上げながら視線で何かを訴えていた。

 どうやら持っている果物に興味を示し食べたいらしい、いつもなら分けてやる所だが……。

 

「悪いな、これはあげられないんだよ」

 

 申し訳なさそうに言った聖哉の言葉に、兎達はガーンとわかりやすいリアクションを見せてきた。

 罪悪感が芽生えそうな反応だが、時折こちらをチラチラ見てくる辺りなかなか姑息である。

 

(この子達のボスの教育の賜物だな)

 

 ウサウサと意地悪く笑う兎の少女の姿を思い浮かべつつ、聖哉は心の中で皮肉を放つ。

 わらわらと集まる妖怪兎達を踏まないように気を付けながら、聖哉は永遠亭の中へと入り椛もその後に続いた。

 受付には誰もいなかったので、前回の記憶を頼りに奥へと進み……「診療室」と書かれた看板が取り付けられた扉の前へ。

 

「失礼する」

「――あら、いらっしゃいな」

 

 カルテとにらめっこをしている銀の髪を持つ女性、八意永琳は聖哉達の姿を見て椅子を座り直し彼等を招き入れた。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたわ。そこの白狼天狗の状態だけど、体力も妖力も完全に戻ったからもう退院してもいいでしょう」

 

「そうか……ありがとう永琳、本当に感謝する」

 

「いいのよ、こっちも仕事なんだから」

 

 深々と頭を下げる聖哉に、永琳は苦笑しつつ気にするなと手で制す。

 

「そう言ってくれるとこちらも助かる。それと――これは今回の代金だ、これで足りるか?」

 

 荷物の中から大きめの革袋を取り出し、机の上に置く聖哉。

 ジャラジャラと音を鳴らすその中身は、結構な額の金であった。

 

「これは多すぎるわ、こんなに掛かるものじゃないもの」

 

「椛だけでなく俺や霊夢達の分も入っている、それなら多くはないだろう?」

 

「あら、助かるわ。あの吸血鬼の所ならともかく、霊夢や魔理沙は代金を踏み倒しかねないでしょうから」

 

「……」

 

 とりあえず、口は禍の元になりかねないので今の発言にはノーコメントを貫く事にした。

 

「それにしても……あなたは幸せ者ね」

 

「はい?」

 

「だって、こんなにも優しい旦那様がいるんだもの」

 

「…………ふへっ!?」

 

 突然の永琳の発言に、椛は素っ頓狂な声を出してしまった。

 だがそれも致し方ないだろう、今のは完全に不意打ちだ。

 顔を真っ赤にし、あわあわと口を開け閉めするその姿は可愛らしく、永琳は失礼と思いつつもついつい口元を緩ませてしまう。

 

「そういう意地悪はやめてやってくれ、椛には免疫がないんだ」

 

「あら? もしかしてあなた、気づいていないのかしら?」

 

「何を……」

 

 言っているのか、聖哉がそう言い放つ前に永琳はちょいちょいと椛を指差した。

 

「旦那様……先輩が旦那様……えへへ……旦那様……」

 

「……」

 

 顔を赤らめながら、だらしなく口元を緩ませるその姿は、とても幸せそうで。

 その姿が何を意味するのか、彼女が自分にどんな感情を抱いているのか……わからないほど、聖哉は子供ではなかった。

 

「――応えられるのならば、受け入れてあげたら?」

 

 椛には聞こえないように、永琳は聖哉へと囁く。

 

(だが、それは……)

 

「……ほらほら、戻ってきなさいな」

 

「…………はっ」

 

 我に返る椛、どうやら無意識だったようで自分が何をしていたのか分かっていない様子だ。

 ……それが好都合だと思ってしまう自分が嫌になる、だが聖哉は強引に話題を変える事にした。

 

「永琳、霊夢達はまだ居るのか?」

 

「ええ、人間組はもう完治しているからさっさと帰ってほしいのだけれど、ただ飯をたかるつもりなのか帰らなくて困っているのよ」

 

「人間組……咲夜もなのか?」

 

「彼女は昨日紅魔館に戻ったわ、けれどさっき主を連れて戻ってきたけど」

 

「? 代金を支払いにか?」

 

「そういう様子じゃなかったわ、あのお子様吸血鬼ったら珍しく険しい顔つきで「鴉が居るだろ?」って言ってきたの。

 鴉ってまだ入院してる地獄鴉の事だろうから、見舞いならまあ自由にしなさいって通したわ」

 

「……」

 

 お子様吸血鬼とは、レミリアの事だろう。

 ただ、険しい顔つきというのは気になった。

 そんな彼女がお空に用がある……嫌な予感が胸を過ぎった瞬間。

 

――濃厚な魔力のうねりが、永遠亭を包み込んだ。

 

「っ」

「あら……やっぱりこうなったか。困ったわね、中で暴れられるのは困るのだけれど……」

 

 困る、などと言いつつも何処か呑気な事を言う永琳には構わず、聖哉は一目散に部屋を飛び出した。

 廊下を走り永遠亭の奥へ、魔力を感じられた部屋の前に辿り着きそのまま扉を開け。

 

「? ああ……聖哉か」

「お、おにーさん……?」

 

 赤い瞳を更に赤くさせ、明確な敵意を乗せた魔力を放つレミリアと。

 そんな彼女と対峙しながら、困惑した表情を見せるお空の姿を、見た。

 

 部屋の中には彼女達だけでなく、霊夢や魔理沙、咲夜に……さとりの姿もある。

 さとりはお空を守るようにレミリアを睨み、咲夜はレミリアの後ろで不動を貫き、霊夢と魔理沙は何も言わず事の成り行きを見守っている。

 聖哉が入ってきた事で部屋の空気が僅かに変化したものの、すぐにレミリアの魔力が重苦しい雰囲気を引き戻した。

 

「……レミリア・スカーレット、何をしているのですか?」

 

 頬に伝う冷や汗、対峙しているだけで身体が震え上がりそうな畏怖があの幼き少女から発せられている。

 

「別にたいした事ではないさ。ただそこの地獄鴉に受けた“恩”を返してやろうと思ってな」

 

 牙を覗かせながら笑みを作り、そんな事を言い放つレミリア。

 恩とは言うが、実際には……“報復”をするつもりなのだ。

 今回の件で彼女は両腕を失う程の傷を負わされ、紅魔館だけでなく咲夜も傷つけられた。

 如何に腕は再生し咲夜の身体も完治したとはいえ、いち組織を担う長として黙ってはいられないのだろう。

 

「……お前はわたしの心中を理解してくれているようだな。ならば介入するな、これはあくまで紅魔館とこの地獄鴉の問題だ」

 

 再びお空へと向き直し、レミリアは再生した両腕に赤き魔力を込めていく。

 さとりの表情が更に険しくなり、しかしそれを一身に向けられているお空は……それを受け入れている様子だった。

 

「お前のペットは報いを受けるつもりだぞ? それなのに邪魔をするのか?」

 

「今回の件は、お空とて被害者です。だというのにこれは……」

 

「そういう問題ではないよ。操られていようがそうでなかろうが、コイツはわたしを傷つけ咲夜を傷つけ、更に紅魔館の皆にまで危害を加えようとした。

 正直な話だけど、昼間のわたしじゃあのままやられていたでしょうね。殺されかけて「操られていたから仕方ない」で済ませられると思うか?」

 

「ですが……!」

 

「それにここで安易に許してしまえば他の勢力に甞められる、それはまがりなりにも“組織”の上に立つ者としてはあってはならん。

 古明地さとりといったな? お前も地底でそれなりの立場に居るらしいが……そんなお前ならば、わたしの言っている事は理解できるな?」

 

「……」

 

 その言葉に、さとりは何も言い返せなかった。

 紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットは自分を傷つけた相手すら安易に許し報復をしない。

 そのようなイメージが浸透してしまえば、他の野良妖怪達をのさばらせ調子付かせてしまう。

 それは幻想郷のパワーバランスの一角を担う者にとって、あってはならぬ事だ。

 

「――それでも、どうか許してはいただけないでしょうか?」

 

 それでも、それがわかっていても。

 さとりは一歩も退かず、あくまで温情を願った。

 家族を傷つけられたレミリアの気持ちは理解できる、だがそれは自分とて同じだ。

 このままではお空が傷つけられる、それがわかっていてどうして何もせずに居られようか。

 

「愚問だな」

「っ」

 

 だが無意味、言葉だけではレミリアは止まらない。

 ……されど、お空の温情を願っているのはさとりだけではなかった。

 

「レミリア・スカーレット。どうか矛を収めてはいただけないか?」

「……介入するなと、言った筈だがな」

 

 ぎろりと、割って入ってきた聖哉を睨むレミリア。

 これ以上邪魔をするのならまずはお前から片付けるぞ、瞳で訴える彼女に……聖哉は驚くべき行動に出た。

 

「な、に……?」

「お、おにーさん!?」

「聖哉さん!?」

「せ、先輩、何をしているんですか!?」

 

 レミリアに向かって頭を地面に擦り付け、許しを請う聖哉。

 その姿に誰もが驚愕し、レミリアですら放っていた魔力を霧散させる程の衝撃を受けた。

 

 ――誇り高き白狼天狗が、土下座をしている。

 躊躇いもなく、恥などかなぐり捨てて、お空の為に頭を下げる。

 それは妖怪という存在にとって絶対にありえない光景、それを見せられて驚くなという方が無理な話であった。

 

「この子は、操られていただけなんだ……自分の意志も何もなく、ただ振り回されただけなのです。

 家族であるさとり達を傷つけてしまった、関係ない者達の命を奪おうとしてしまった。その事実だけでこの子の心は深く傷ついてしまいました。

 ですから、どうか……どうか、これ以上この子を傷つけないでいただきたい!!」

 

 自分は何をやっているのか、あまりに馬鹿馬鹿しく愚かな行為だと自分で自分を笑いたくなる。

 妖怪の世界にこのような情けなどない、土下座程度でこの問題が収拾されるなどという都合の良い話はない。

 そんな事は聖哉だってわかっている、だから――彼は“対価”を差し出す事に決めた。

 

「あなた様のメイドである十六夜咲夜を傷つけたのはお空ではなく、我を忘れ暴走していた私です。

 ――ですので、今回はこの私の首を差し出す事でどうか矛を収めてはいただけないでしょうか?」

 

「っ!? 先輩、何を言っているんですか!!」

 

「お願い、致します……」

 

「……」

 

 なんだ、コイツは。

 何なのだ、この天狗は。

 レミリアの思考は驚愕に染まり、同時に目の前で情けなく頭を下げている聖哉を不気味に思えた。

 

(何故ここまでできる? 妖怪としての誇りを無視してでも、何故……)

 

 それが、レミリアには理解できなかった。

 彼に初めから誇りが無かったわけではない、それは前に会話した時にわかっていた事だ。

 だからこそ不可解だった、お空は自分の同族ではなくあくまで赤の他人。そんな彼女に何故ここまでできるのか……。

 

「――聖哉さん、顔を上げてください。その役目は本来私がする事です」

 

「いいんださとり、お前は地底で重要な地位に居る。そんなお前がこんな事をすれば色々と面倒なことになる。

 それにこれは俺の意思だ、誰かに強要されたわけじゃない……友人であるお空を助けたいと思ったから、守りたいと思ったからこうしているだけなんだ」

 

「おにーさん……私、私……」

 

「気にするなお空。――レミリア・スカーレット、夜の王である貴女に私風情の首では満足に値しないかもしれません。ですが……」

 

 どうか、許していただきたい、と。

 もう一度、聖哉はレミリアに向かって頭を下げた。

 

「――お嬢様、恐れながら申し上げます。もう……宜しいのではありませんか?」

 

「咲夜、あなたまで……」

 

「聖哉様は私のお友達です。そんな彼がそこの鴉さんの為にここまでの事をしているのですから、お友達として助けになりたいのです」

 

「う、む……」

 

 なんとも微妙な表情を浮かべ――――レミリアは高ぶっていた魔力を消し去った。

 

「わかった、わかったよ。……まったく、これじゃあわたしが悪者みたいじゃないか」

 

「違うのですか?」

 

「なんでそうだと思った? まあそれはともかく……今回は不問にしてやる、だが次に同じようなことをすれば如何なる事情があろうとも容赦はしない。

 たとえ聖哉が庇おうがどうしようが、庇った相手ごと滅してやる。それを肝に銘じておけ」

 

 そう言い捨て、レミリアはフンっ、と鼻を鳴らし部屋を出て行ってしまった。

 いたたまれなくなったのだろうか、そんな主に苦笑を送ってから「それでは失礼致します」と咲夜も一礼してから部屋を後にする。

 

「…………ふぅぅぅ」

 

 長い息を吐き出し、聖哉はゆっくりと立ち上がる。

 ……どうやら寛大な処置をしてくれたようだ、流石幼き見た目ながら五百年以上生きた吸血鬼か。

 彼女の懐の深さに感謝しつつ、聖哉は涙を流し此方を見ているお空へと向き直る。

 

「泣くなお空、お前は何も悪くないんだ」

 

「――おにーさん、さとり様……ごめんなさいぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 我慢の限界が訪れたのか、その場で座り込み子供のように泣きじゃくるお空。

 そんな彼女をさとりは優しく抱きしめ、背中を撫でてあげた。

 

「お前、妖怪なのに人間みたいだな」

 

「変な妖怪よね、アンタって」

 

「……否定はしない」

 

 幼年の頃から、人に興味を持ちその営みを眺めていたからか。

 霊夢と魔理沙が言ったように、聖哉の考え方は一般的な妖怪とはまるで違っていた。

 

「まあでもレミリアが暴れださないようにしてくれたのは助かったわ。――これで貸し借り無しね」

 

「は……?」

 

「どうせアンタの事だから、自分が暴走した時の事を気にしてるんでしょ?

 けどアンタは今レミリアの事を止めてくれたんだから、私がいらぬ苦労をせずに済んだ。これで貸し借り無しって言ったのよ」

 

 ちなみに拒否権はないからね、有無を言わさぬ霊夢の言葉に反論すらできない。

 だが、これもまた彼女なりの優しさなのだろう。

 なので聖哉はその言葉に甘えることにして、ただ一言。

 

「ありがとう」

 

 心からの、感謝の言葉を送ったのだった。

 

「あ、でも私への貸しは無くなってないからな?」

 

「……魔理沙、台無し」

 

 

 

 

「――なあ椛、何をそんなに怒っているんだ?」

「怒っていません」

(怒ってるじゃねえか……)

 

 永遠亭を後にして、聖哉は椛を連れて妖怪の山へと戻ってきた。

 報告を済ませ、時間が余った聖哉は釣りでもしようと麓へと流れる小川へと足を運んだのだが……先程から椛の機嫌が宜しくない。

 

「俺、お前に何かしたのか?」

 

「……先輩が何かしたわけじゃないです」

 

「だったら、どうしたんだ?」

 

「…………だって、あんな事をするから」

 

「?」

 

 それっきり、椛は黙り込んでしまう。

 はて、あんな事とは……そこまで考え、聖哉は何故椛が怒っているのかを理解する。

 

「もしかして、俺がレミリアに土下座したのが許せないのか?」

 

「……当たり前です。どうして関係ない先輩があんな事をしなければならなかったんですか? も、もしかして……あの霊烏路空さんって子の事、す、す……好き、なんですか?」

 

「え? いや違う違う、お空は友達だ。友達だからこそ……何とかしたいと思ったんだ」

 

「……」

 

 その言葉は、きっと真実なのだろう。

 だがそれだけではない、聖哉があそこまでお空を庇ったのはきっと……。

 

(家族が、居たからなんですね……)

 

 自分には居ない家族が、確かな絆で結ばれた家族が居るからこそ。

 その関係を壊したくない、無くしたくない一心で彼は動いたのだ。

 自分と同じ想いをさせたくなくて、その為ならば彼は簡単に自分の身を差し出す。

 そんな彼だからこそ、椛は尊敬しそして……。

 

「ごめんな、椛」

 

「え……」

 

「不甲斐ない姿を見せてしまったのは謝る、全く……俺は本当に情けない先輩だな」

 

 そう言って、聖哉は自嘲気味に笑う。

 

「ち、違います!!」

 

 それが、椛には許せなくて。

 気が付いたら、感情の赴くままに叫んでしまっていた。

 

「椛……?」

 

「先輩は、先輩は情けなくなんかありません!!

 いつだって優しくて、強くて、暖かくて……私にとって、先輩は……先輩は大切な――」

 

「――」

 

 椛の顔が、近づいてくる。

 瞳に涙を浮かべ、何かを訴えるように自分を見つめている。

 その姿が奇麗だと、ぼんやりと思いながら、半ば無意識のうちに聖哉も動いた。

 

「先輩、私……」

「もみ、じ……」

 

 近づいていくお互いの顔。

 これ以上進めば……ある行為に発展する。

 それがわかっているのに、理解しているのに……二人は引き寄せられるようにお互いの顔を近づかせ。

 

「っっっ」

 

 互いの吐息を感じられる程にまで近づくと同時に。

 聖哉は我に返り、逃げるように椛から離れた。

 

「…………先輩?」

「あ、いや……すまん椛、俺はなんて事を……」

 

 しようとしたのか、先程までの光景を思い出し聖哉は椛に背を向けた。

 

「……」

 

 そんな彼の背中を見て、椛は……顔を赤らめながらも、彼の背中に抱き着いた。

 

「お、おい椛……?」

 

「……少し、このままで居させてください」

 

「いや、それは……」

 

「お願いです。――今は、応えなくていいですから」

 

「…………すまない」

 

 その言葉の意味を理解して、聖哉は何も言えなくなった。

 ……背中越しに伝わる、椛の体温が心地よい。

 身体だけでなく心も暖かくなるような、不思議な感覚に沈んでいく。

 

――この感覚に、溺れてしまえばいいのに。

 

 そんな欲求すら芽生え始め――聖哉は己を律した。

 それはあってはならない、そんな事は望めないと自らに言い聞かせる。

 このような卑しい欲求を、彼女に知られたくはない。

 

 

 

 

 

 小川のせせらぎだけが、二人の耳に届く。

 邪魔する者は誰もいない、この時間がまだまだ続くように祈りながら。

 二人は暫し、この感覚に酔いしれていった……。




次回から暫し日常話になる予定です。
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