狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第3話 VS天魔~“外”からの来訪者~

 すぐに終わるだろう、訓練場に集まっていたほぼ全ての天狗達は同じ考えを抱いていた。

 白狼天狗である犬渡聖哉と天魔の模擬戦、勝敗など考えなくてもわかるカードだ。

 鬼に匹敵する実力者である天魔、対する聖哉は白狼天狗の中でも『強い』と称されているとしても所詮は白狼天狗である。

 

 彼を“中途半端”と蔑む者達はもちろん、純粋に仲間として認めている者も、彼が勝利する事はありえないと断言していた。

 心配をしている椛達も、彼には悪いが勝負はすぐに決まってしまうと思っていた。

 

――だが、目の前の光景は彼女達の予測を裏切るものであった。

 

「…………凄い」

 

 掠れた声で、上記の呟きを零しつつ両者の戦いを見やる椛。

 ……戦いは一方的な展開を見せている。

 

 上段から打ち込まれる聖哉の斬撃。

 それを天魔は彼の剣より遥かに細身な刀で軽々と弾いた。

 防がれた事に微塵の動揺も見せず、薙ぎ払いを放つ。

 

 弾かれる、更に返す刀で天魔の突きが聖哉の喉に迫る……!

 

「おっ……?」

 

 天魔の口から、僅かな驚きの声が零れた。

 加減はしている、それでも容易に視認できる速度ではない突きを防がれた。

 それだけではない、彼は天魔の攻撃を防いだだけでなく反撃までしてみせたのだ。

 

 鉄の塊のような大剣を、まるで棒切れのように振るい続ける聖哉の斬撃。

 上下左右、あらゆる角度から打ち込まれるそれを天魔が刀で受ける度に閃光が炸裂する。

 

 2人の周囲に衝撃が飛び散り、地面を削る。

 剣と剣がぶつかり合う度に風が吹き荒れ、天狗達に届く。

 

「は、は、はぁ……!」

 

 早くも息を乱しながら、それでも放たれる斬撃は一撃毎に重く速くなっていく。

 それを弾き、いなし、あるいは受け止めながら気紛れのように天魔は反撃の刃を奔らせる。

 加減した彼女の一撃はしかし、聖哉にとってこの身を容易く貫く死の一撃。

 

「っ、くぅ……!」

 

 それを防いでいく、苦悶の表情を濃くしながらも彼は確実に挌上の相手である天魔の一撃を防ぎきっていた。

 ……少しでも剣の道に携わっている者ならば、一方的な試合運びだと理解できる状況だ。

 聖哉は確かに天魔の一撃を防ぎ、可能であるならば反撃を繰り出している。

 だが彼の一撃は相手に届かず、涼しげにいなされていた。

 

 息を乱す聖哉とは違い、天魔は息一つ乱すばかりか楽しげに笑う余裕すら見せている。

 今はかろうじて聖哉が喰らいついているに過ぎない、勝敗など戦う前から決まっていたのだから。

 しかしそれでも、この場に居る誰もがここまで彼が持ち堪えるなど予想だにしていなかったのも事実だった。

 

「はぁ……はぁ、ぐっ……」

 

 もう何手放ち、何手防いだのか。

 肉体が削られるような衝撃に、終わりが近いと聖哉は理解する。

 天魔の放つ斬撃はあまりにも凡庸で、読みやすいものだ。

 けれどその速度と破壊力はあまりにも桁が違い過ぎる、身体をひねって回避しようものなら剣圧だけで身体が引き裂かれる。

 

 だから剣で受け止める以外の防御方法はなく、しかし受ける度に身体が悲鳴を上げていく。

 反撃も軽々と受け止められ、自身が放てる最高の速度で剣戟を繰り出しても意味がない。

 

「は、はぁ、っ、くそっ……!」

 

 わかっていた筈だ、初めから結果など見えていた。

 自分では天魔に敵う筈がない、勝機など存在するわけがないと自分でも理解していた。

 

 ただ、今の聖哉にはそれが堪らなく悔しい。

 手加減されているという事実が悔しい、自分の剣が届かないのがもどかしい。

 剣士としての彼が、この戦いが長く続かない事をどうしようもなく悲しいと思い始めていた。

 

 ◆

 

「ぐっ……!」

「ぬっ……」

 

 同時に後退する両者の身体。

 天魔に斬撃を大きく弾かれ、聖哉は体勢を立て直す為に背後へと跳んだ。

 

「はぁ……が、は……」

 

 肩を激しく上下させながら、呼吸を繰り返す聖哉。

 滝のような汗を流し、全身から熱を放出しながら彼は天魔へと視線を向ける。

 

「…………ふむ」

 

 互いの間合いはおよそ八メートルほどか。

 天魔はもちろんのこと、聖哉でも一息で踏み込める距離だ。

 これでは気を落ち着かせる事もできず、聖哉は歯噛みする。

 

「はー……はー……」

 

 少しずつではあるが、呼吸が落ち着いてきた。

 これならばまだ戦えると、聖哉は緩みかけていた手の力を強める。

 

 ……とはいえ、限界は近い。

 時間にして僅か数分、しかし互いに繰り出した斬撃は数百に達している。

 体力も妖力も大きく消耗しており、次の一撃を受けられるかも予想できないでいた。

 

「たった数分……しかし楽しめた、予想以上に食らい付いてきたのでな。少し力を入れすぎてしまったよ」

 

 一方、やはりというべきか天魔からは微塵も余裕さが失われていなかった。

 息は乱れず、しかもまだ全力すら出していない。

 あまりの実力差に、もはや笑えてくるほどだ。

 

「ここまでだ聖哉、これ以上はお前も限界だろう?」

 

「…………」

 

 限界だ、そう言われてしまえば否定などできない。

 ……それでも、聖哉はここで終わらせるつもりなどなかった。

 乱れた息を完全に整え、聖哉は剣を構えながら。

 

「天魔様」

 

「なんだ?」

 

「次の一撃を……受けてはいただけませんか?」

 

 最後の攻撃を、仕掛ける決意を天魔に向けていた。

 

「…………」

 

 聖哉の決意を肌で感じ取ったのか、天魔はなにも言わずに腰を落とし刀を構えた。

 勝敗は決まっている、だが――せめて一太刀与えなくては気が済まない。

 否、一太刀では彼の気は済まないと身体が訴えている、この圧倒的なまでの実力差を理解しても尚、勝利への渇望が彼の内側から溢れ出しそうになる。

 

 それはあまりにも無礼で恐れ知らずな考えだ。

 天狗の中で最も低い位の白狼天狗如きが、長である天魔にそのような事を考えるなどあってはならない。

 だというのに、獰猛な獣のような聖哉の視線を受けている天魔は、ただただ愉しいと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

 大妖怪であるが故に、真っ向から自身と戦おうとする者が現れなくなってどれほどの時が経ったか。

 かつて自分と拮抗できたのは山の支配者であった鬼のみ、しかし“彼女達”はもういない。

 だが、目の前のまだまだ“ひよっこ”と言える白狼天狗は、真っ向から自分と戦い勝利しようとしている。

 なんと命知らずな無礼者か、阿呆の極みではあるが……それが、天魔には堪らなく嬉しい。

 

「…………」

 

 生半可な一撃では届かない、だから聖哉は残された力全てを引き出す。

 残りカスのような妖力を用いて、彼は自らの両足に風を這わせた。

 鴉天狗が持つ風を操る力、しかしそれは傍から見れば笑ってしまう程に小さな“そよ風”であった。

 

 あまりに小さな力を前にしても、天魔の姿勢は変わらない。

 ただ静かに、目の前の戦士の全身全霊を受け止めようとその時を待つ。

 

 ◆

 

「っ……!」

 

 駆けた。

 爆発めいた踏み込みで、聖哉は天魔に向けて吶喊する。

 足に這わせた風によりその踏み込みは今まで以上に速く、瞬間的ではあるが文に匹敵する速度を放っていた。

 

 だが無意味。

 確かに速い、それに対し少なからず天魔は驚いた。

 ただそれだけ、驚きはしたものの決して反応できないわけではなく、彼女にとってはそれでも遅い。

 

「し……!」

 

 放たれる突きの一撃、それは寸分違わず彼の首を貫こうと迫り。

 

――天魔の背後から、奇襲が撃ち込まれた。

 

「っ、ちっ……!」

 

 天魔の身体をつるべ打ちにしようとしているのは、風で作り出された刃であった。

 その数七つ、その全てが矢のように放たれ――その全てが一瞬で砕かれた。

 

「――――」

 

 自身は囮、意識をこちらに向け無防備となった背後から予め作り出しておいた風の刃で奇襲を仕掛ける。

 残り少ない妖力を更に振り分け実行された聖哉の作戦は、呆気なく看破されてしまった。

 

 それだけではない、背後からの奇襲を防いだというのに、天魔に隙らしい隙は生まれなかった。

 風の刃を刀の一振りで斬り砕いたと同時に、返す刀で天魔は再び聖哉に向かって剣戟を放ってきたのだ。

 僅かに速度は先程よりも遅くなっているものの、それでも必殺の領域に位置する一撃。

 

 ……本当に怪物だ。

 背後からの奇襲を呆気なく防ぐ事は予期できた、けれど微塵も隙が生まれないとはどういう事なのか。

 そればかりか、踏み込んでいる自分よりも速い一撃を再び繰り出すなど極悪にも程がある。

 

「っ、はっ!!」

 

 けれど。

 天魔の一撃は、聖哉に届く事はなく不発に終わる。

 

「なっ……」

 

 剣を握る右腕に衝撃が走り、天魔は驚愕した。

 防がれた、けれどその方法が……()()()()()()であれば驚愕するのは当然だ。

 正確に、これ以上ないほどのタイミングで聖哉は右足で天魔の右腕に蹴りを打ち込んだ。

 結果として天魔の一撃は不発に終わったが、その反応速度は白狼天狗のそれではない。

 

(そうか、千里眼……!)

 

 聖哉には、椛と同じく“千里眼”という能力が備わっている。

 彼女のはあくまで遠くを見渡す能力であるが、聖哉のはそれに加え多くの物事をより鮮明に正確に観る事ができる一種の未来視に近い能力を持っている。

 故に彼は相手の攻撃の軌道を正確に読み取りながら、自身が培ってきた戦闘経験も用いて遙か挌上の天魔の攻撃を凌いできたのだ。

 

 そしてこの瞬間、彼はこの能力を限界まで引き上げ天魔の剣戟を正確に“視て”、見事に防ぎきった。

 それにより、今の天魔はこれ以上ない程に無防備な姿を彼に晒す事となり。

 

「はあっ!!」

「っ、甘いぞ聖哉ぁっ!!」

 

 それでも、聖哉の剣は相手には届かなかった。

 

「――――」

 

 時間が凍りついたような衝撃が、聖哉の全身を駆け巡る。

 完全に無防備だった、だというのに天魔は放たれた聖哉の剣を不完全な体勢ながら刀で受け止めたのだ。

 ……これで終わり、一秒後には天魔は完全に体勢を立て直し聖哉の敗北が決定する。

 奇襲に奇策を用いても、尚も天魔には届かない。

 

――けれど、彼の攻撃はまだ終わっていない。

 

「なっ……!?」

 

 それに気づいた天魔だが、一瞬遅かった。

 受け止めた聖哉の大剣、その刀身に宿る風の力。

 

 最初の奇襲、千里眼による奇策、そのどちらも布石の1つ。

 本命はこの風の力、刀身に這わせ物理的破壊力を増大させた一撃こそが、彼の最大の一手。

 

「はああああああっ!!!!」

 

 裂帛の気合を込め、聖哉は相手の刀ごと剣を振り下ろす。

 不安定な体勢では充分に力は込められず、天魔の身体は容易く弾き飛ばされ後方へと飛んでいった……。

 

 

 ◆

 

 

「かんぱーい!!」

 

「…………」

 

 文の楽しげな乾杯の音頭を聞きながら、聖哉は盛大に溜め息を吐き出した。

 数日前と同じメンバーで、同じように宴会が始まったのだが……疲労困憊な状態では、満足に楽しめるわけがなかった。

 

――天魔との死合(誤字にあらず)は予想が覆される事なく聖哉の敗北に終わった。

 

 最大の一手によって弾き飛ばされた天魔であったが、ダメージを与えるには至らず一気に妖力を消耗した聖哉はその場で気絶。

 戦闘不能だと判断した大天狗によって戦いは終わりを迎え、あからさまに不満そうな天魔も渋々了承してくれた。

 その後、さあ帰ろうとその場を後にしようとした天狗達を捕まえ、天魔は強引に宴会を開催したらしいが……その場からこっそり逃げ出した聖哉達の知った事ではない。

 同情はするが巻き込まれるのは御免だ、特に力の殆どを使い果たした聖哉からすればこれ以上天魔の相手をする元気はなかった。

 

「けど惜しかったねー」

 

「にとり、お前ちゃんと見てたのか?」

 

「先輩、あーんしてください」

 

 自分の口元に魚の煮つけを摘んだ箸を伸ばす椛の声に反応し、おとなしく口を開ける聖哉。

 

「けどあの天魔様に“両手”を使わせたんだから、たいしたものじゃないの」

 

「最後の最後だけですけどね、大体天魔様にはかなり加減してもらっていたのですから誇れる事ではありませんよ」

 

「先輩、あーん」

 

 最後の一撃、風の力を上乗せした斬撃を受け止める為に、あの天魔が両手を使った。

 その事実で周囲の天狗達は誰もが自身の目を疑ったのだが、どうやら聖哉はそれに気づいていないようだ。

 白狼天狗が、天魔に両手を使わせた。

 ただそれだけの事実が、周囲の天狗達にどういう意味をもたらすのか、まるで理解していない。

 

 しかしそれもまた面白いと、文達は内心ほくそ笑んだ。

 やはり彼を眺めるのは面白い、そして彼との友情を深めていく周囲の者を見るのも楽しい。

 

「あーんですよ、先輩」

 

「…………あのな椛、いくら疲れてるって言っても自分で食えるぞ?」

 

「駄目ですよ、先輩はゆっくり休んでください。はい、あーん」

 

 こちらに箸も盃も持たせるつもりはないようだ、観念して聖哉はおとなしく口を開いた。

 そこに嬉しそうに食べ物やお酒を注ぎ込んでいく椛、心なしか彼女の尻尾はゆらゆらと揺れているように見える。

 

「……文の言う通り、ホントに椛ってば忠犬みたいね」

 

「でしょう?」

 

「しかも聖哉もなんだかかんだ言いながら喜んでるみたいだしね」

 

 本人は否定するだろうが、この光景を見れば誰だってそう思うだろう。

 まったく可愛いものだ、だからこそ弄り甲斐……もとい、からかい甲斐があるというもの。

 微笑ましい光景に文達3人の口元は自然と緩み、穏やかな時が過ぎていく中で。

 

――()()は、唐突にやってきた。

 

「ん?」

 

「……えっ?」

 

「これは……?」

 

 聖哉、はたて、文の3人ははっとした表情を浮かべながら空を見上げる。

 3人の反応に首を傾げる椛とにとり、一体どうしたのかと問いかけようとした瞬間。

 

「きゃっ!?」

 

「ひゅいぃっ!?」

 

 風が、吹いた。

 しかしその強さはただの風ではない、台風を思わせるような轟風だ。

 腕で顔を覆い足に力を入れて踏ん張らなければ、たちまち吹き飛ばされるような嵐が、山を包み込んでいた。

 

「な、なんですか、これ……!?」

 

「くっ……!」

 

 呼吸すらまともにできない中で、聖哉は“千里眼”を発動させる。

 残り少ない妖力を更に消耗させる行為ではあるが、この風を生み出している存在を探る為には、そんな事は言ってはいられない。

 彼の行動を見て、椛も千里眼を発動し――2人は真上に視線を向け、そのまま固まってしまった。

 

「……なんだ、あれは」

 

 千里眼の先、妖怪の山の頂上を視て聖哉は掠れた呟きを零す。

 椛も彼と同じものを見たのか、その目は驚愕に満ち言葉を失っていた。

 

 ……風が収まる。

 それと同時に大きく深呼吸を繰り返す文達、だが聖哉と椛は固まったままその場から動かない。

 

「聖哉さん、椛、一体何を見ているのですか?」

 

「ちゃんと説明しなさいよ!」

 

 文達に詰め寄られる聖哉と椛であったが、2人もどう説明していいのかわからず困惑してしまう。

 ただこのままでは収拾がつかないと判断し、とりあえず聖哉は文達に自分の視たものを説明するのだが。

 

 

 

 

「…………山の頂上に、神社と湖が出現しました」

 

「………………はい?」

 

 その言葉に、文達は揃って素っ頓狂な声を出してしまうのだった。




次回から「風神録」編に突入致します。
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