狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
幻想郷には、“魔法の森”と呼ばれる広大な森が存在する。
一般的に幻想郷では森と言えばそこを差し、一年を通して湿気が多く生物にとっては決して良いものではない“瘴気”が渦巻いている。
しかしここには魔法薬の材料となる薬草やキノコ類が多数群生しており、“魔法使い”と呼ばれる者にとっては宝が眠る土地に等しい。
故に“魔法の森”と呼ばれる場所に、現在聖哉は足を踏み入れ奥地へと進んでいた。
(成程、身体には良くない場所だな……)
妖怪すらこの土地に住まう者は少ないと聞く、実際に足を踏み入れるとそれも確かにと納得できた。
漂う空気は重く、まるで身体に纏わりつくような不快感を放っている。
それに異臭ともとれる匂いが、絶えず発生しているという点も減点ものだ。特に聖哉のような鼻が利く者にとって長居したくはない。
(こんな場所に魔理沙は住んでいるのか、魔法使いとはいえ肉体はまだ人間だろうに……ある意味たいしたもんだ)
今回の目的は、この森に住まう人間の魔法使いの少女である霧雨魔理沙の“手伝い”をする事だ。
前の一件の貸しを清算するという名目で、今日は彼女が日頃行っている魔法薬の材料の採取を手伝うために聖哉はこの森へとやってきた。
発動させた“千里眼”によって鬱蒼と生い茂る木々を抜け真っすぐ彼女の住まう家へと向かう。
「……あれか」
やがて、一軒の家が見えてきた。
一人暮らしにしては大きく、蔦が所々に張り付いた小さな屋敷。
その周囲にはなんだかよくわからないものが珍雑に置かれており、傍から見て正直汚い。
「……「なんかします。霧雨魔法店」」
倒れている看板の文字を読む、どうやらここが魔理沙の家で間違いないらしい。
珍妙な看板にツッコミの一つでも入れたかったが、要件を済ませようと聖哉は入口の扉を軽くノックする。
待つこと暫し、中からガチャガチャという音が聞こえてから――扉が開き、金髪の少女が顔を出した。
「なんだ、お前か」
「なんだとはご挨拶だな、お前が呼んだんだろう?」
「そうだっけ? ……OK冗談だ、私が悪かったから睨むな。デカいから恐いんだよ」
「ならそういう余計な事を言うなまったく……」
呆れたように聖哉はそう言うが、魔理沙はどこ吹く風といった様子でまったく聞いていない。
妖怪を恐れぬ人間の少女、その胆力はたいしたものだと素直に褒めたくはなるが……やはり、彼女はあの巫女と同じく人間にしては“異端”だ。
「それより、俺は何をすればいいんだ?」
「ああ、そうだったな。それじゃあ早速行くとするか!!」
一度家の中へと戻り、ガサゴソという音を暫く響かせてから……魔理沙は巨大な背負い籠を持ってきた。
竹で編まれた丈夫そうな籠だ、目の前に突き出されたので背負えという事なのだろう。
籠を受け取り背中に背負う聖哉、すると魔理沙は再び家の中に戻り……今度は掌に乗せられる程度の大きさの瓶が詰まった箱を持ってきて聖哉の前に置いた。
「よし、行くぞ~」
「……これも持てって事か?」
「そうに決まってるだろ? 察しが悪いな~」
置いてくぞー、と言いつつさっさと森の中へと入っていく魔理沙。
(面倒な事になるとは思ったが…………いや、魔理沙には貸しがあるんだ)
こんな程度で精算できるのならば安いものだ。
自分にそう言い聞かせ、聖哉は地面に置かれた箱を持ち彼女の後を追ったのだった。
◆
「――ところでさあ、山の任務はいいのか?」
「人を小間使いにする為に呼んでおいて何を今更言ってるんだ? 心配せずとも、まだ先の一件での休暇中だ」
「いや、心配なんざこれっぽっちもしてないけどさ。あ、こいつは32の番号が書かれた瓶に入れてくれ」
そう言って、魔理沙は聖哉に雑草にしか見えない草を渡してきた。
彼女曰くこれも立派な薬草の一種らしい、なので聖哉なりに丁寧に瓶へと詰めていく。
既に背負っている籠の中には色とりどりのキノコがぎっしりと詰まっており、その全てが魔法薬の材料というのだから驚きである。
まあ、毒々しい紫色や漆黒のような色合いのキノコが、食用には見えないが……。
「いやー、やっぱ男手がいると沢山採取できて助かるなー。普段はさ、こんなにいっぺんに採れないから数回に分ける必要があって面倒だったんだ」
「それはなによりだ、しかしこんな事を普段からやってるのか?」
「魔法使いの研究は日々の積み重ねがモノをいうんだ、サボればサボった分だけツケが後から返ってくる。
……私は正直、アリスやパチュリーに比べれば魔法使いとして劣ってるからな。あいつらの何倍も努力しなきゃダメなんだよ」
「……」
アリスにパチュリーという名は聖哉も知っている、この幻想郷で生きる魔法使い達の名だ。
彼女達は人間である魔理沙と違い種族としての魔法使いである、当然彼女より永い時を生きているし蓄えた知識や経験は比べるべくもない。
だからこそ彼女は、追いつけるために努力を重ねているという事か……意外な彼女の一面に、聖哉は小さく感嘆の息を零す。
「努力家なんだな、魔理沙は」
「そ、そんなんじゃないっての。……なんで私、お前にこんな事言っちゃったんだろ」
自然と、当たり前のように口から出てしまったのだ。
魔理沙は努力家ではあるがそれを他人に言われるのを苦手としている、だって気恥ずかしいから。
だからおいそれと自分が努力している事など他者には話さない、だというのに聖哉には簡単に話してしまった。
「……悪かった」
「え?」
「少し、魔理沙の事を誤解していたよ。椛がよく勝手に山に侵入して困るという愚痴を放つものだから、身勝手な人間だと思っていた。
だがそれはちょっと違ったな、そういった面もあるが……根の魔理沙は努力家で真っ直ぐな人間だというのが、今の話で理解できた」
だからすまないと、聖哉は魔理沙に向かって小さく頭を下げた。
それは皮肉でも厭味でもない、心からの謝罪だった。
それで魔理沙は理解する、何故こうもあっさりと彼に周りに隠していた一面を話したのか。
彼は決して笑ったりからかったりしないと心の何処かで分かっていたから、ちゃんと素の自分を見てくれるから。
なんだかんだいいつつも、自分に甘く優しくしてくれる“アイツ”に似ているから……そこまで考え、気恥ずかしさからか魔理沙の頬が僅かに赤らむ。
「……今の話、霊夢達には言うなよ? からかわれるのが関の山だ」
「そうだな。あいつらなら間違いなくそうする」
それは流石に可哀想だ、今の話は胸の内に仕舞っておく事にしよう。
「頼むぜ………………って、おおっ!?」
「?」
突如として、上を見上げながら魔理沙は素っ頓狂な声を放つ。
何か変なものでも見つけたのか、彼女の視線を追い聖哉は視線を上に……正確には、斜め前方に生える巨木の枝分かれした部分へと向ける。
そこには小さな、エノキ程度の大きさの黄金色に発光するキノコが生えていた。
暗い森の中だからか淡いながらもその光は確かな輝きを放ち、素人目から見てもただのキノコとは思えなかった。
「聖哉聖哉、Gのラベルが貼られた瓶をくれ。早く!!」
「あ、ああ……」
なにやら興奮している魔理沙に面食らいつつ、聖哉は言われた通りの瓶を彼女に差し出した。
それをひったくるように受け取り、慣れた手つきで木を登っていく魔理沙。
「なあ魔理沙、そのキノコ……希少なものなのか?」
「希少も希少だ!! アレは“コンゴウエノキダケ”っていってな、上質で澄んだ魔力を蓄えたキノコなんだ」
「……エノキっていうのは、
しかし生えている木はまだまだ若々しい、冬だというのにまるで春のように葉を生い茂らせているし、そもそもこれは広葉樹ではない。
「それは普通のエノキダケだ。そもそもこの名称だってエノキダケに似てるからってだけで一般的に浸透してるエノキダケとは別もんだ」
「ああ、成程……」
「普段はなかなかお目に掛かれなくてな、ラッキーだ……」
これだけでも強力な効果を持つマジックアイテムが生成できる。
魔法使いにとってかなりレア度の高い材料だ、魔理沙も実は実際に目にするのは初めてだったりする。
(普段の行いが良いからな、神様がくれたご褒美って所か)
他者が聞いたら間違いなく首を傾げることを考えながら、魔理沙はあっという間にそのキノコの元まで登っていき。
――瞬間、ふわふわと降りてきた少女の姿をした人形が、目の前でそのキノコを抜き取ってしまった。
「はあ!?」
「……人形?」
エプロンドレスに身を包んだ可愛らしい西洋の少女を象った人形は、目の前で獲物を取られ茫然としている魔理沙に構わず、ふわふわと飛んでいく。
(人形、だよな? それにしては随分と精巧な……)
もう少し大きかったら、妖精か何かと勘違いしそうなほどの完成度だ。
一体あの人形は何なのだろう……と考えている聖哉だったが、無言のまま降りてきた魔理沙の様子を見て思考を切り替える。
「……アリス、出てこい!!」
がーっ、と怒鳴りながら八卦炉を取り出す魔理沙。
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわよ」
その声に反応して、木々の後ろから一人の少女が姿を現す。
短く切り揃えられた金糸の髪、右手には厳重に鍵を掛けた本を持ち、クールな表情はその整い過ぎていると言える美貌と相まって人形を思わせる。
美しい少女だ、そしてそんな少女の傍らには先程のキノコを抱えた人形がふわふわと漂っていた。
「どういうつもりだ?」
「どうって?」
「そのキノコは、私が先に見つけたんだぞ?」
「何をわけのわからないことを言っているのかしら? あれは前々からわたしが目を付けていたのよ」
「盗人猛々しいとはまさにこの事だな」
「……それはひょっとして、新手のギャグかしら?」
剣呑な雰囲気が漂い始める。
互いに睨み合う魔理沙とアリスと呼ばれた少女、このまま放っておいたら間違いなくひと悶着あるだろ。
止めるべきか、そう思い聖哉が無粋と思いつつも割って入ろうとして。
「――こうなったら、力ずくでそれを貰うぞ!!」
「まったく……これだから野良魔法使いは」
二人は同時に空へと飛び上がり、互いの獲物を相手に向け合った。
魔理沙は愛用の八卦炉を、そしてアリスは……剣や盾、槍や長刀を持った西洋風の人形達を。
その人形達を見て、聖哉は漸くアリスという少女の事を思い出す。
(アリス・マーガトロイド……魔法の森に住まう人形遣い……)
魔理沙とは違い種族としての魔法使いであり、日々人形を作っているという彼女の事を、前に文から聞いた事があった。
目では決して目視できぬ魔法の糸で人形達を操るその技量は、まさしく“芸術”であるとあの鴉天狗は純粋に褒めていた。
(成程、確かに射命丸様が掛け値なしに褒めるわけだ……)
既に空中では弾幕ごっこが展開されている。
得意の魔法を馬鹿正直に真っ直ぐ放つ魔理沙に対し、アリスは決して距離を縮めず人形達だけでそれを対処している。
まるで人間のような動きを見せる人形達を、たった一人で操る彼女の技術は確かに素晴らしいものだ。
(ただ……あんなに可愛らしい人形を躊躇いなく爆弾のように扱うのはちょっとな……)
中に火薬でも詰められているのか、それとも人形に爆発魔法でも込めているのか。
時折アリスはどこからか新たに取り出した人形達を魔理沙に投げつけ、その全てが爆発している。
人形遣いとしての攻撃手段なのだろうが……なまじ人形が可愛らしく完成度が高いだけあって、傍から見ているとなんだか微妙な気持ちになった。
……気のせいだろうか、近接武器を持っている人形達が恨めしそうにアリスを睨んでいるような。
「ん……?」
いつの間に近くに来ていたのか。
キノコを守るために、最初に見た人形が聖哉の傍らに浮かんでいた。
(? この子は、少し違うな……)
身に着けている衣服そのものは、現在アリスが使用している人形達と同じだ。
しかしよく見るとこちらの人形は向こうとは違いより精巧な作りだ、近くで見るとそれがよくわかる。
人形とは思えぬ肉質を感じさせる肌、表情の自然さも決して作られたものとは思えぬ自然なもの。
まさしく“生きた人形”と呼べる程の技術が込められた、快作に思えた。
「……」
「? もしかして、主人が傷つくのが心配なのか?」
そう訪ねてみると、なんと人形は同意の意を示す頷きを聖哉へと返してきた。
心配そうにアリスを見るその表情は、まるで母親の身を案じる娘のようにも見え、ますます人形には見えなくなっていた。
だからだろうか、気が付いたら聖哉は。
「大丈夫だ、いざとなったら俺が止めるから今は主人の好きにやらせてあげるといい」
そう言って、あやすように人形の頭を撫でてしまっていた。
当然の事だが、人形の方は吃驚した様子で聖哉に視線を向けている。
「あ……すまん、急に触ったりして悪かった」
慌てて手を離し、人形に向かって両手を合わせ頭を下げる。
その姿に人形――上海と呼ばれているその人形は、ますます驚いた。
人形相手に本気で謝罪しているのだ、これで驚かないわけがない。
「ア、ウ……」
「?」
「ダ、ダイジョーブ……アリガトウ……」
「……お前」
少し照れたように頬を紅潮させ、小さい声ながらも感謝の言葉を放つ上海に、今度は聖哉が驚きに満たされた。
(喋る事もできるのか……)
もしかしたら、この子は彼女にとって特別な人形なのかもしれない。
単純な好奇心と興味が、自然と聖哉の手を動かす。
そのままその手を伸ばし……壊れ物を扱うように、聖哉の右手が上海の頭に触れた。
「……シャンハーイ」
気恥ずかしそうに、けれど迷惑とは思っていないのか上海からの抵抗はない。
それを感謝しながら、聖哉は幼年期の椛をあやしていた時のように、優しくゆっくりと上海の頭を撫でる。
穏やかな空気に包まれていく、自然と口元に笑みが浮かんでいくのを聖哉に、上海も微笑み返す。
小さく可愛らしい人形と巨人のような青年が微笑み合うという、珍妙すぎる光景。
「……」
「……」
それに気づいた魔理沙とアリスは、弾幕ごっこを続けることも忘れ、ちょっと引いた様子でそれを眺めていたのだった……。
◆
「……もう一度確認するけど、あなたは本当に人形に性的興奮を覚える変態じゃないのね?」
「違うと言ってるだろ。何回繰り返すんだこのやりとり……」
「いやしょうがないと思うぜ? だってさっきの光景はそう見られて当然だったからな」
「魔理沙、次言ったら斬るぞ」
ある意味聖哉と上海のお陰で、魔理沙とアリスの弾幕ごっこは両者共に怪我を負わずに終了した。
一行は移動し、今はアリスの家にて彼女手製の菓子や紅茶を振舞われている。
だが……先程から聖哉に向けられているアリスの視線は、不審者に向けるそれなのは勘弁願いたかった。
魔理沙はというと、困っている聖哉を見て明らかに楽しんでいるのだからまったくもって腹立たしい。
「シャンハーイ!!」
「しゃ、上海……? もしかしてこの変態を庇ってるの?」
「だから俺は変態じゃないと言っているのに……」
こちらとしては、ほのぼのとした穏やかな時に身を委ねていただけだというのに、そのような誤解を受けるのは遺憾であった。
……だが、まあ、冷静に考えれば魔理沙の言う通り誤解を受ける場面だった事は認めざるをえない。
唯一の救いと言えば、上海が庇ってくれるという点か。
ごめんなさいと謝るように、肩をぽんぽんと叩いてくれる上海に聖哉はなんだか涙が出そうになった。
「おいアリス、上海を使って自演をするなら最初から許してやれよ」
「……自演なんかしてないわ、この子は今自分の意思で動いているの」
「はあ?」
その言葉に、魔理沙は首を傾げてしまった。
――人形遣いであるアリス・マーガトロイドの夢は、完全なる自立人形の作成である。
しかしその夢は遠く、今はあくまで彼女自身が魔法の糸で人形達を操らなければ動かすことなどできない。
だというのに、彼女は今「上海は自分の意思で動いている」などと言ったのだ。
まだ彼女は自身の夢は叶えていない筈、では今の言葉はどういう意味なのか……。
「……特殊な術式をこの子に刻み込んで、私の魔力をある程度渡しているのよ。
完全な自立じゃなくあくまで半自立程度ではあるけど……短い期間なら、こうして自分で考え行動する事ができるようになっているの」
「ほー……さすが年がら年中引き籠ってるだけはあるな」
魔理沙なりの賞賛の言葉には反応せず、アリスは肩を落とす聖哉を慰める上海に意識を向けていた。
確かにアリスは今あの上海人形に先程の魔法を施している、見る限りではきちんと自分の施した魔術式が正常に働いているのだろう。
ただ――その持続時間は、とっくに切れている筈なのだ。
あくまでアリスの予想での持続時間ではあるので多少の上下はあるものの、まだまだ実験段階に過ぎない魔法がここまで効力を発揮するなどありえない筈だ。
「……ねえ、あなた上海に何かした?」
「何もしてない。確かにこの子に触れたのは認める、だがそれは決してやましい気持ちがあるとかそういうわけじゃなくてだな……」
「アリスー!!」
いい加減にして、そう言いたげに主人に抗議の視線を向ける上海に、アリスはますます不可解そうな表情を深めていく。
(この男に魔法の知識はない、魔法使いとしての資質があるわけでもない以上、上海に施した魔法に干渉する事などできるわけがない)
だとしたら、この予想だにしていない上海の反応にはどう説明が付くのか。
……彼は普通の白狼天狗ではない、そんな話を魔理沙から軽く聞いていたとはいえ、どうやら自分の予想を遥かに超えた不可解さを持ち合わせているようだ。
「どうしたら誤解が解ける? 金輪際近づくなと言うのなら……」
「あ……いいえ、もう疑っていないわ。
ごめんなさい、少し神経を尖らせていたみたいで……不快な思いをさせてしまって、申し訳ないわ」
彼は話と実際に見る限り、少なくとも先程から遠慮なく菓子と紅茶をいただいている魔理沙よりはずっと誠実だ。
今言ったようにどうも神経を尖らせていたのは否めない、なので彼女は反省し心からの謝罪の言葉を放ちつつ彼に向かって深々と頭を下げた。
「誤解だとわかってくれたのならそれでいい。俺としても軽率な事をしてしまったから責任はある」
「……そう言ってくれるとこちらも助かるわ、本当にごめんなさい。
改めて自己紹介をしましょう。わたしはアリス・マーガトロイド。魔法使いよ」
「犬渡聖哉だ、耳は諸事情で無くなってしまったが白狼天狗だ。よろしく、マーガトロイドさん」
「アリスでいいわ。……それで聖哉、こんなにも失礼な態度を見せて勝手な話ではあるのだけど……あなたに頼みたいことがあるの」
「なんだ? 俺にできる事なら別に構わないが」
あっけらかんと、まるで当たり前のように此方の話を聞こうとする聖哉。
その態度に驚きつつ、アリスは。
「――少しの間でいいのだけれど、その子を一緒に連れまわしてほしいのよ」
彼の傍らに居る上海人形を指差しながら、奇妙な事を頼んできた。
「この子を、か?」
「ええ、少し確かめたいことがあって……ただ連れまわしてほしいだけなの、頼めないかしら?
初対面な上に失礼な態度をとったわたしが頼めることではないかもしれないけど……」
「……」
突拍子もない願い、確かに彼女の言う通り初対面の相手に対してするものではないだろう。
ただ、問いかけるアリスの表情は真剣で、聖哉としても上海を連れまわすだけでいいのなら別に支障があるわけではない。
「……それぐらいなら別に構わない、本当に行動を共にすればいいだけなんだな?」
「ええ、ありがとう。上海、彼の迷惑にならないようにね? それと一時的とはいえ彼があなたの主人になるのだから、ちゃんと言うことは聞いてね?」
「シ、シャンハーイ……」
突然の主人の指示に困惑しつつも、上海は素直に頷きを返す。
「よろしくな、上海」
「……シャンハーイ!!」
握手……は大きさの都合上できないので、聖哉は指一本で上海と手を重ねる。
「――何を企んでいるんだ?」
「人聞きの悪いことを言わないで」
それを傍らで眺めつつ、魔理沙は隣に移動してきたアリスに問いかけた。
「たしかあの人形、お前が一番最初に作った人形だよな? なんどか改修を繰り返した特別製の」
「……ええ、だからこそあの子が一番わたしの魔法に馴染んでくれている」
「そんな大事な人形を、どうして聖哉に預けるんだ?」
「確かめたいことがあるからよ」
それっきり、アリスは黙って聖哉と上海のやりとりを眺めていた。
確かめたいこととは何なのか、当然ながら気になった魔理沙は何度もアリスに問いかけるが、彼女からの返答はなかった。
(まあいいさ。教えてくれないのなら自分で調べればいいからな)
それにだ、今回得られたものがある。
……彼女の懐には、あの“コンゴウエノキダケ”が仕舞われていた。
どさくさに紛れてこっそり回収しておいたのだ、上海と聖哉の件でアリスはその事をすっかり忘れているようだ。
「じゃーな、私はそろそろ帰るぞ」
早口でそう言って、魔理沙はアリスの家から飛び去って行く。
(さーて、実験実験……)
懐にしまったコンゴウエノキダケをどう活用しようか考えつつ、彼女は帰路へと着く。
彼女の予想通り、アリスはその事をすっかり忘れてしまったままなので、何も言わず魔理沙を帰らせたのだが。
その数日後、それを思い出したアリスによって自宅を襲撃されるのはまた別の話である……。
【簡潔なキャラ紹介】
・アリス・マーガトロイド
魔法の森に暮らす“種族”魔法使い、様々な魔法を操れる実力者だが本人はあくまで人形に拘っている。
器用さでは幻想郷トップクラス、里で時折行われている人形劇は好評とのこと。
今回、一番古く愛着がある上海人形をある思惑もあり聖哉に預けたが……?
・上海
アリスが操る人形の名前、他にも蓬莱やらゴリアテやら色々な種類の人形が居るらしい。
魔法によってある程度の自立行動が可能であり、どういうわけかとっくに効果が切れている筈の魔法が持続したままという現象が起こったため、その原因であろう聖哉と行動を共にする事となる。
ある程度の会話が可能、得意技は剣や槍などの近接戦。