狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第31話 体験~一日執事~

「――ほーれ、きりきり働けー」

「働け―」

 

「……」

 

 後ろの声を無視しながら、聖哉は無心で目の前の調度品を磨いていく。

 年代物の壺だ、壊さぬように注意しつつ念入りに磨いていった。

 

「おい聖哉、主が話しかけてるのに無視とはどういう了見だ?」

「そーだそーだ!!」

 

「……申し訳ありません、お嬢様方」

 

 ひくひくと頬の筋肉を痙攣させながら、どうにかこうにか作り笑いを浮かべ聖哉は声の主達に頭を下げる。

 声の主達――紅魔館の主であるレミリア・スカーレットとその妹であるフランドールは、今の聖哉の姿に満足そうな笑みを浮かべた。

 

(…………なんでこんな事に)

 

 今の自分の立場を顧みて、聖哉は泣きたくなった。

 事の始まりは先日の事、哨戒任務へと戻った聖哉の元に一匹の蝙蝠が舞い降りたのだ。

 その蝙蝠はレミリアの身体の一部であり、「紅魔館へと来い」という簡潔なメッセージを伝え、蝙蝠は消えてしまった。

 

 詳細を話さず一方的な用件だけ告げる彼女にため息を吐きつつ、翌日に聖哉は紅魔館へと訪れた。

 そして、スカーレット姉妹に出会うなり。

 

「お前、ここで執事をやれ」

「あ、ちゃんと給与は払うから安心してね?」

 

 と、これまた一方的な事を言ってきたのだ。

 当然ながら聖哉はそれを拒否、山での任務があるというのに何故執事などしなければならないのか……。

 きっぱりはっきりそう伝えて帰ろうとしたのだが。

 

「お前、咲夜に対する貸しはまだ返していないのだろう?」

「咲夜が大変なのに、恩返しをしないなんて……あなたって不誠実な天狗なのね」

 

 聖哉にとって痛い所を突くその言葉で、彼は帰る事も拒否する事もできなくなった。

 こうして聖哉は紅魔館の見習い執事として、さっきからスカーレット姉妹の無用な野次に耐えつつ仕事をこなしているというわけである。

 

(まあ、恩を返す機会を与えてくれたと思えば……)

 

 咲夜自身は気にしてないから、返す必要などないと言ってくれた。

 しかし聖哉はそれに納得などできず、かといって無理やり返そうとするのは恩返しでも何でもない。

 さあどうしたものかと考えていたので、この姉妹の突然の提案には内心感謝はしていた。

 

 この紅魔館の雑務は、殆ど咲夜が一人でこなしている。

 妖精メイドは居るにはいるものの、その殆どは役に立たず咲夜の負担は決して小さくならないのが現状だ。

 ならば微力ながらもその手伝いができるという今の状態は、聖哉としても願ってもない事なのは確かである。

 

「ほらほら、手が止まってるぞ?」

「もっと手際よくやってもらわないとねー」

 

 ……ただ、この不必要な野次はなんとかならないものか。

 鬱陶しくて集中できない、かといって今の自分にとってこの姉妹は仕えるべき主達だ。

 逆らう事などできるはずもなく、こうして聖哉のストレスと疲労はすさまじい速度で増え続けていた。

 

「――聖哉様、図書館の方をお願い致します」

 

 音もなく現れる銀の少女、メイド長である十六夜咲夜が聖哉に新たな指示を出す。

 

「図書館での仕事は小悪魔の指示に従ってください」

 

「了解しました、メイド長」

 

「それと、そちらが終わったら休憩しても構いませんので」

 

 咲夜の言葉に頷きを返し、姉妹に一礼をしてから聖哉はその場を後にする。

 その後を追うスカーレット姉妹……だったが、咲夜がそれを阻止した。

 仁王立ちをして腕を組み、自分達を睨む咲夜を見て、少々からかいが過ぎたかと姉妹は反省するが時すでに遅し。

 

「……お嬢様、妹様、戯れが過ぎるのではありませんか?」

 

「えへへ……ごめんなさーい」

 

「だがな咲夜、提案したのは確かにわたし達だが最終的にそれを受け入れたのはあいつ自身だぞ?」

 

「だからといって、ここぞとばかりに弄ろうとする理由にはならないと思いますが?」

 

「しょうがないじゃないか。楽しいんだから」

 

 悪びれもせず、そんな子供のような事を言う主に咲夜はそっとため息を吐いた。

 

「咲夜とて、あいつが居ると助かるだろう?」

 

「……否定はしません」

 

 意外にも、聖哉は掃除等の家事はそつなくこなしてくれていた。

 さすがに料理は無理だったものの、洗濯に掃除といった雑務は初日とは思えぬ手際さで進めてくれている。

 おまけに体力もあり力仕事にも向いているため、まだ半日程度だというのに咲夜の負担は確実に減ってくれていた。

 

 ただ、やはり申し訳ないという気持ちが咲夜の中を占めている。

 確かに聖哉の暴走が止まらなければ命を奪われていたかもしれない、それで彼が責任を感じるのも理解できている。

 とはいえ、咲夜にとって彼は友人だ。実際には無事である自分に対し後ろめたさを感じる必要などない。

 

「あいつが好きでやってる事だ、お前が申し訳なく思う必要などないさ」

 

「……ですが」

 

「わたしとて何も一生あいつを執事としてこき使うつもりなどないさ、自由にやらせておけ」

 

 結果として、咲夜の負担が減るのだからレミリアとしては断る理由などないのだから。

 主にそう言われ、申し訳なさは残るものの咲夜は「わかりました」と頷き仕事に戻ろうとして。

 

「――お嬢様、妹様、聖哉様の邪魔をしないようにお願いしますね?」

 

 こっそりと図書館に向かおうとする姉妹に、しっかりと釘を刺すのだった。

 

 

 

 

「――失礼致します」

 

 紅魔館の地下の一角に、“大図書館”と呼ばれる部屋がある。

 その名の通り中には数十万を超える数の本で埋め尽くされており、古今東西さまざまな魔導書が存在すると言われている。

 魔法使いにとってここは宝物庫であると同時に、魔法の歴史を生み出してきた偉大なる先駆者の血と魂の結晶が眠る土地でもあった。

 

「……」

 

 聖哉には魔法使いとしての素質も知識も皆無だ。

 だが部屋に入った瞬間、この厳かな空気と目に見えぬ歴史の重みを肌で感じ取り、足を止め茫然としてしまった。

 

「――誰かしら?」

「っ」

 

 警戒を含んだ低めの少女の声を耳に拾い、聖哉は現実へと引き戻される。

 前方に紫の髪の少女が此方を睨むように見つめながら浮かんでいる、聖哉はすぐに佇まいを正し少女に向かって頭を下げた。

 

「申し遅れました、私の名は犬渡聖哉。わけあって現在この紅魔館にて見習い執事に就いている者です。

 メイド長の命によりこちらの仕事の手伝いにやって参りました」

 

「犬渡……? ああ、あなたが前にレミィが言っていた白狼天狗ね」

 

 どうやら此方の事はあらかじめ聞いてくれていたようだ、少女の目から僅かに警戒の色が解かれる。

 

「私の名はパチュリー・ノーレッジ、この大図書館を借りさせてもらっている魔法使いよ」

 

「ノーレッジ様、ですね?」

 

「パチュリーでいいわ、敬語もいらない……と言いたいけれど、今のあなたは執事の真似事をしているからそうもいかないでしょうね。

 ……それにしてもあなたも大変ね、どうせレミィの気紛れに付き合わされているのでしょう?」

 

「それは否定できません、ですがメイド長に対する貸しを返す事のできる機会と考えておりますので」

 

「それだって咲夜はちっとも気にしてないでしょうに……律儀なのね」

 

 くすっと小さく笑うパチュリー。

 今までの知り合いにはいないタイプだ、それが面白いと思い……僅かに興味が湧いた。

 

「でも手伝いに来てくれたというのなら助かるわ。――こあ、来なさい」

「はーい!!」

 

 パチュリーの声に反応し、上空から一人の少女が降り立ってきた。

 赤く長い髪、黒を基調とした衣服、頭と背に生えている黒い翼。

 そして内側から感じられる“魔”の気配、見た目も相まって彼女が“悪魔”の類だというのがわかる。

 

「私の使い魔の小悪魔、名前はないから“こあ”と呼んでいるわ。

 彼女と似たような子が他にも居るけど、今日の担当はこの子だから仕事内容はこの子に訊いてちょうだい。

 こあ、彼は犬渡聖哉。今日は図書館の整理の手伝いをしてくれるそうだから、遠慮なくこき使ってあげなさい」

 

「本当ですか? わー、助かります!!」

 

「よろしくお願い致します。小悪魔さん」

 

「こあ、で結構ですよ聖哉さん。それでは早速お願いしますねー」

 

 そう言って、こあは飛び立ち聖哉もその後を追う。

 ……移動の最中、視線を泳がせ聖哉は再び驚いていた。

 

「すごい本の数でしょう? 正確な冊数は私達にも把握できていないんですよ」

 

「……これだけの本の管理となると、大変そうですね」

 

「大変なんてものじゃないですよ、毎日毎日朝から夜までやってもやっても減らなくて……しかも中には開いた瞬間に襲い掛かってくる本もありますし……」

 

 その時の事を思い出したのか、こあは疲れたようにため息を吐き出した。

 それからも、案内しつつこあは聖哉に対し日頃の愚痴を吐き出していく。

 周りに吐き出す相手が居ないのだろうか……そう思うとなんだか可哀想なので、おとなしく聞いておく事にした。

 

「……あ、ごめんなさい。私ってば初対面の殿方にこんな事を」

 

 移動が終えて我に返ったのか、無造作に本が置かれた場所に着地すると同時に、こあは聖哉に対し頭を下げる。

 少しだけ気恥ずかしそうにする彼女に「気にしないでください」と返し、聖哉は視線を本の山へと向けた。

 ……どの本からも、普通の本とは違う“魔”の力が込められている。

 

(魔導書だけじゃないな……妖魔本も置いてあるのか)

 

 いずれも価値の高い本ばかり、それが無造作に地面に置かれている光景は、これらの価値が判る者にとって冒涜的に映るのだろうか。

 

「こあさん、とりあえずこれを空いている本棚に……」

 

 戻せばいいのですか、そう言いかけた聖哉が振り向いた瞬間。

 

「ふふっ……」

 

 眼前に、こあの妖しい笑みを見たと思った時には。

 彼の身体は本棚にくっ付くように動かされ。

 そんな彼を逃がさぬように、こあは自身の身体を聖哉の肉体へと密着させた。

 

「……なんでしょうか?」

 

「わかっているくせに。――逞しいですねこの身体、それに“精気”も若々しくて濃い……」

 

 口元に刻まれている、妖艶で美しく……けれど確かな歪みを感じられる笑み。

 胸元をなぞるように指を滑らせてくるこあの姿に、背筋をゾクゾクと震わせながらも聖哉はそっとため息を吐きながら、彼女の身体を引き離した。

 

「俺にはそんな趣味はないんだ、悪いが他をあたってくれ」

 

「いいじゃありませんか。必ず満足させてあげますよ? ……パチュリー様は確かに優れた主ではあるしこの職場も大変ではありますが楽しい場所なんです。

 ですが私は低級とはいえ悪魔、それも女ですからね……やっぱり、殿方を誘惑したいという衝動に駆られてしまうのですよ」

 

「……その気持ちはわからなくもない、それは本能のようなものだと聞いている。

 だがさっきも言ったように俺にはそんな趣味はないし、“そういった”事は好き合った者としたい」

 

「それだけの精気を持っているのに……ひょっとしなくても聖哉さん、童貞ですね?」

 

「そうだが?」

 

「はへ?」

 

 からかうつもりで言った問いに、即答で返されこあの表情が素っ頓狂なものに変わった。

 

「言った筈だ、俺はそういった事は好き合った相手としたいと。快楽に対して否定的なつもりはないが……それだけでは、寂しいじゃないか」

 

 独りだった時があるからこそ、繋がりを持ちたいと彼は思っている。

 それは犬渡聖哉という存在の自己満足に過ぎず、けれど曲げたくない考えの一つだった。

 

「要望に応えられないのは申し訳ないと思うが、俺がここに来たのはあくまで図書館の手伝いであってだな……」

 

「…………ふふっ、ふふふ」

 

 こあは笑う、けれどその笑みは先程のような悪魔的なものではなく……見た目相応の、少女としての笑み。

 

「可笑しな人ですね、普通こんな可愛らしい悪魔の誘惑を前にして、我慢するなんて変ですよ?」

 

「なんとでも言ってくれ。そんな事より俺はどうすればいいんだ?」

 

(……そんな事、ですか)

 

 ああまったく、これでは悪魔としてのプライドが傷ついてしまうではないか。

 本当に腹立たしい男だ、だが同時に……()()()()()()()と思ってしまった。

 こういう男を見ると悪魔としての血が騒ぐのだ、これだけの心の強さを持った存在が堕ちる姿は、一体どれだけのものなのかを……。

 

「エイッ」

「いたーーーーーいっ!?」

 

 頭に鈍痛が走り、両手で後頭部を押さえ蹲るこあ。

 一体何が起きたのか、瞳に涙を浮かべながら彼女が視線を後ろへと向けると。

 

「……」

「あれ? これって……」

 

 左手に盾、右手に槍を持つ西洋風の人形が浮かんでいる。

 この人形にはこあは覚えがあった、主であるパチュリーと同じ魔法使いであるアリスが所有している上海人形だ。

 しかし近くにアリスの姿はなく、そもそも今日は来客の予定は入っていない筈……。

 

「エイッ」

「あいたぁっ!?」

 

 ぶすり、と上海人形の槍がこあの頭に突き刺さる。

 さすがに低級とはいえ悪魔の肉体なので人間とは違い軽傷にしかならないものの、物凄い痛い。

 

「な、なにするんですかー!!」

 

「こら“イリス”、こあに謝るんだ」

 

「エー……」

 

「えーじゃない、ほらっ」

 

「…………ゴメンナサーイ」

 

 強めの口調で聖哉に咎められ、仕方なしといった表情を隠そうともせずイリスと呼ばれた上海人形はこあに対し頭を下げた。

 しかし当然ながらそこに反省の色は見られず、そればかりかこちらを容赦なく睨む人形の態度に、こあは額に青筋を立てる。

 

「何なんですかねえ、この人形は……」

 

「すまない、この子はイリスといってアリスの人形なんだが、わけあって行動を共にしているんだ」

 

「えっ、じゃあこの子はアリスさんが操作している訳じゃないんですか?」

 

「ああ、なんでも特殊な魔法を……」

 

「――使い魔を使役する為の契約魔法と、ゴーレムの技術を合わせつつオリジナルの術式を組み込んでいるわけね」

 

「あ、パチュリー様」

 

(……いつの間に)

 

「けれど使い魔やゴーレムとはまた違う、個としての意思がある人形だなんて……流石アリスね。だけど何故それをあなたが?」

 

「彼女は詳しく話してくれなかったもので、ただ共に居てくれれば良いと」

 

「ふーん……ところで、この子の事をイリスと呼んでいたけど」

 

「アリスが付けた名前です、今後私と行動を共にするのならば名前があった方が良いと」

 

「……あっそ」

 

 今日に無くしたのか、パチュリーは行ってしまった。

 

「さて……何やら脱線してしまったが、そろそろ作業に入るとしよう。イリスも手伝ってくれるか?」

 

「ハーイ!!」

 

「あ……で、ではまずこのラベルが貼られた書物はですね……」

 

 さすがにもう誘惑ができる空気ではないと判断したのか、それともこれ以上は主から折檻されると思ったのか。

 どこか釈然としない表情を浮かべながらも、こあは聖哉達に仕事内容を教え始めた。

 

「ところでイリス、俺がここで仕事を始めた時からいなくなっていたが……何処に行っていたんだ?」

 

「門番ト寝テター」

 

「……そうか」

 

 それを聞いて、聖哉はなんともいえない表情を浮かべる。

 これ以上深くは訊くまい、なんとなくオチが見えているから。

 ……どこかで女性の悲鳴が聞こえたのも、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

「――よし、なかなか良い仕事だぞ」

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 図書館での整理仕事に手伝った後、聖哉はイリスを連れて再び館の清掃作業へと戻っていた。

 そんな彼の元に再び現れ、まるで小姑のように窓の縁を指で触れ汚れていないか確認するレミリアに、聖哉は内心ため息を吐いた。

 

「初日でここまで働けるとは意外だな、もっと失敗すると思っていたからあの手この手で弄ってやろうと思ったのに」

 

 つまらん、とこちらを軽く睨むレミリアに聖哉は心の中ではなく実際にため息を吐き出した。

 

「どうだ聖哉、今後もここで働くつもりはないか?」

 

「せっかくの申し出ですが、私には白狼天狗としての責があります故」

 

「貴重な男手だ、咲夜も助かると思うんだがなあ……」

 

「そう仰ってくださるのは光栄ですが、お嬢様でしたら各々が背負うべき責任というものを理解できるでしょう?」

 

「……ふん、生意気な男だ」

 

 しかし惜しいと、レミリアは思った。

 本来ならば白狼天狗など吸血鬼である彼女にとって有象無象の一部でしかない、しかし彼は違う。

 あの紫が執着するだけの魅力がある、是非手元に置いておきたいと思える程に。

 

 そしてそう思っているのは彼女だけではないだろう、幻想郷の実力者ないし組織を組みしている者ならば……彼を狙っている筈だ。

 正確には彼の内に在る力を得たいと思っている、幻想郷のパワーバランスを崩すほどの力を。

 

「お前は単なる白狼天狗で終わっていい男ではない、この私がそう言っているのだぞ?」

 

「……過ぎた野心は、身を滅ぼしますよ。お嬢様」

 

「……」

 

 ギリ、と歯を鳴らす。

 

「幻想郷は今平穏を保っています。それを乱すような野心は……抱かないでいただきたいのです」

 

「白狼天狗が随分と上からものを言うのだな」

 

「平穏を願えばこそです。仮にもしもお嬢様がかつての紅魔異変以上の異変を起こそうとするのなら……止めなくてはならなくなります」

 

「止める? 貴様が、わたしを?」

 

 空気が変わる。

 レミリアの紅き魔力がうねりを上げ、周囲の壁にヒビが入った。

 

「思い上がるなよ白狼、霊夢でもあるまいし……よもや貴様、幻想郷を守護する立場であると勘違いしているのか?」

 

「そのような事はありません。ですが私は今の幻想郷が好きなのです、それを乱すというのなら……」

 

 レミリアの紅き魔力を呑み込むように、聖哉の身体から黒いオーラが立ち込める。

 二つの力は静かにぶつかり合い、今にも両者は本格的な戦闘へと発展しそうな雰囲気が漂い始めていた。

 暫し両者は睨み合い、それが永遠に続くと思われた矢先。

 

「――冗談よ、真に受けないで頂戴」

 

 意外にも、レミリアの方が先に折れる結果となった。

 魔力が消えたのを確認して、聖哉もオーラを消し去る。

 

「わたしも結構今の幻想郷は気に入っているの。そうそう異変を起こしたりしないわよ」

 

「そうですか、それを聞いて安心しました」

 

「フン…………仕事が終わったらもう帰っていいぞ、わたしは少し眠る」

 

「はい、おやすみなさいませ。お嬢様」

 

 頭を下げ、レミリアが立ち去るまでそれを見送る聖哉。

 ……先程のやりとりを思い出し、今更ながらに身体が震えた。

 

(冗談とは到底思えなかったな……)

 

 吸血鬼としての迫力、できれば二度と体験したくないと思えた。

 身体を小刻みに振るわせる彼に、イリスが心配そうに視線を向けているのが見え、安心させるように聖哉は彼女の頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。それより与えられた仕事をこなそう」

 

「ハーイ!!」

 

 

 

 

「――お疲れさまでした、聖哉様」

「いえ、メイド長」

「ふふっ、もう執事ではないのですから普段通りの話し方でいいんですよ」

 

 一日が終わりを告げ、それは同時に聖哉の一日執事も終わりを迎える事を意味していた。

 

「申し訳ありません。お嬢様も妹様も今夜は早く眠ってしまって……」

 

「別に構わないさ。しかし夜の王たる吸血鬼が朝早く起きて夜早くに眠るというのもおかしな話だな……」

 

「確かにそうですね。まあお嬢様方は今の生活を楽しんでいるので、結構ではありますが」

 

 そう言いながら、咲夜は懐から封筒を取り出し聖哉へと手渡す。

 

「お給金です」

 

「いや、今回は……」

 

「前の貸しを返すという名目ですが働いてくださったのは事実、ここで何も渡さず帰してしまえば私がお嬢様に叱られてしまいますので」

 

「……そういう事なら、ありがたく受け取っておくよ」

 

「はい、デートの費用にでも使ってください」

 

「そうか。じゃあ今度一緒に里に行こうか?」

 

「えっ……」

 

 突然の申し出に、咲夜はポカンと口を開いたまま固まってしまった。

 

「あ、すまん……ほんの冗談のつもりだったんだが」

 

「……冗談、ですか」

 

「本当にすまない。軽率に放っていい言葉ではなかったな」

 

 両手を合わせ、頭を下げる聖哉に咲夜は「気にしないでください」と返しつつ……自分が残念がっている事に気が付き、内心困惑していた。

 

(出会いがないからなあ……)

 

 咲夜とて人間の少女、殿方とのデートに少しばかりの憧れは抱いていた。

 だからだろう、デートの誘いが冗談だと言われて残念だと思ったのは。

 

「さっきのは忘れてくれ。これからは気を付けるよ」

 

「……」

 

 ……正直、興味があった。

 殿方とのデートとは一体どんなものなのか、単純な好奇心があった。

 なので、咲夜は。

 

「ダメです、忘れません」

 

 気が付いたら、そんな言葉を口走っていた。

 

「えっ?」

 

「なので聖哉様、今度私とデートしてください」

 

「いや、だが……」

 

「あら? そちらから誘ってくださったのに、私からでは不服なのですか?」

 

「そういうわけではないが……デートというのは本来」

 

「いいんです。じゃあ日時が決まったら連絡しますね」

 

 では、足早にそう言ったと思ったら……咲夜の姿が消えてしまっていた。

 時間を止めて紅魔館の中へと戻ったのだろう、一人残された聖哉は暫しその場で佇みながら。

 

「……悪いことを、してしまったな」

 

 先程の自身の軽率な発言に、反省していたのであった……。

 

 

 

 

「エイッ」

「痛っ、なんで刺すんだイリス!?」




【簡潔なキャラ紹介】

・パチュリー・ノーレッジ

紅魔館の大図書館を管理する魔法使い、喘息持ち。
常にテンションは低く自由気ままに行動する少女、しかし魔法使いとしての腕は超一流であり専門外である筈のアリスの人形に施された魔法式を理解できる実力者。

・小悪魔

愛称は“こあ”、彼女のような低級悪魔をパチュリーは交代制で契約している。
仕事は主に大図書館の整理整頓、低級とはいえ悪魔であり女なので男を誘惑するサキュバスめいた一面も。
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