狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第32話 突然の異変~落ちてくる“船”~

「待ちなさい、文様!!」

「あぶなっ!? ちょ、椛、本気で太刀を振るうのはやめてください!!」

 

 妖怪の山、中腹付近。

 その一角に流れる小川の近くで、聖哉達はいつものメンバーで小さな宴会を開いていた。

 そして今は怒った椛に追いかけれている文を眺めつつ、まあいつもの事だと全員が受け流している。

 

「助けてくださいって!!」

 

 割と本気な文の悲鳴に、しかし全員が無視。

 そもそも文が椛をおちょくって、酔っ払って気が短くなっている彼女を怒らせたのが原因なのだ。

 自業自得な彼女を助ける道理はなく、そればかりかそれを酒の肴に宴会を楽しむ始末。

 

「うえ~ん、聖哉さ~ん!!」

「おっ……?」

 

 胡坐を掻いて座っている聖哉の膝の上に、嘘泣きをしつつ飛び込む文。

 それを傍から見ていたにとりとはたては次に起こるであろう光景を理解し、そして。

 

「な、何をしているんですか!!」

 

 案の定、先程以上の怒りをその表情に見せた椛の叫びが木霊した。

 そんな彼女の姿を予想通りだとほくそ笑みつつ、文は更に弄ってやろうと両手を彼の背中へと回し軽く抱き着き始める。

 

「椛がいじめます~、なんとかしてくださ~い」

「な、な、な……!」

 

 完全に悪ふざけに入っている文だが、今の椛に冷静さは完全に消え去ってしまっていた。

 今にも斬りかからんとしている彼女の姿を見て、はたてとにとりはさりげなくその場から離れ。

 

「――射命丸様」

「へっ――あややっ!?」

 

 沈黙を守っていた聖哉が動き、あっという間に文を自身の両腕で包み込むように抱え出してしまった。

 突然の展開に全員が驚き、抱きしめられた文に至っては凍り付いてしまったのように動けなくなってしまう。

 

(か、顔……顔近いです……)

 

 文の眼前に広がる、聖哉の顔。

 漆黒よりも黒い髪が静かに揺れ、彫りが深めながらも整った男の顔に文の心臓が高まる。

 

「貴女様は我々白狼天狗よりも立場も妖怪としての格も上です、それは事実でしょう。

 ですが同時に女性でもあるのです、異性に対してあまり無防備な姿を晒してしまえば如何に射命丸様とて……このように不意を突かれてしまう危険性もあります」

 

「ひ、ひゃい……」

 

「……ご無礼をお許しください、ですが射命丸様はお美しい方ですので良からぬ事を企む輩も居る事をお忘れなく」

 

 文の身体を放す聖哉、しかし彼女は顔を真っ赤にしたままその場から動かない。

 ……胸の鼓動が煩いくらい早まっている、両手で胸を押さえても一向に変化してくれない。

 自身の今の状態に文は困惑し、しかしすぐに彼女は自身に向けられている明確な“敵意”を感じ取った。

 

「――文様、なんですかその反応は?」

 

「えっ、あ、いえ……そのですね、椛……」

 

 ヤバイ、さっきより怒っている。

 瞳の色は冷たく、ゆらゆらと小さく揺れながら一歩一歩踏みしめるように此方へと近づいてくる椛に、恐ろしさしか感じられない。

 

「先輩にぎゅっとされるなんて……許しません!!」

 

「それって私のせいじゃないですよね!?」

 

 飛び出す文、後を追う椛。

 速度でいえば鴉天狗である文の圧勝なのだが、どういうわけか両者の速度は互角であった。

 遠ざかっていく二人の姿、最後に聞こえたのは……文の悲痛な叫びであった。

 

「……もしかしなくとも、俺のせいか?」

「うん」

「でしょうね」

 

 はたて達に速攻でツッコミを入れられ、うなだれる聖哉。

 

(何か頼みの一つでも聞く事にしよう……申し訳ありません、射命丸様)

 

 心の中で謝罪をしつつ、聖哉は右手に持つ杯に入った酒を一気に口に入れるのであった。

 

 

 

 

「――なあ、椛」

「なんですか?」

「どうしてお前までついてくるんだ?」

「いいじゃないですか」

 

 そんなやりとりをしつつ、聖哉はイリスを頭の上に乗せ、妖怪の山の頂上にある守矢神社へと向かっていた。

 文の頼みを聞くと決めた彼は、翌日彼女にその旨を話した所……守矢神社に取材へ行ってほしいと頼まれたのだ。

 文曰く「新聞の締め切りが迫っているので取材に行けないんですよ……」との事らしく、代わりに行ってきてほしいというので聖哉はそれを快く承諾した。

 

 幸い今日は非番ではあるし、最近守矢神社に顔を出していないというのもある。

 都合が良かったという事もあり、迷惑を掛けてしまったお詫びにときちんと取材をしてこようと思ったのだが……何故か椛まで同行してきた。

 自分とは違い彼女は哨戒任務があるはず、その点を指摘すると彼女は。

 

「有休を使いました、それならば文句はありませんよね?」

 

 ……帰るつもりは毛頭ないらしい、貴重な有休を使ってまでついてくる彼女に聖哉は申し訳なくなる。

 元々今回の件は自分の軽率な行動が原因だというのに、彼女は気を使って自分の手伝いをしようとしてくれているのだろう。

 だからこそ申し訳ないと思いつつも、それを頭ごなしに反対するのは逆に失礼だと思ったので、聖哉はこのまま椛の同行を許す事にした。

 

「……バカジャネーノ」

「? イリス、それってどういう意味だ?」

「…………ヤッパリ、バカジャネーノ」

「???」

 

 何故か、イリスに呆れられてしまった。

 理由を問いかけても答えてはくれず、「自分で考えろ」と言わんばかりにそれっきり彼女は何も言わなくなってしまった。

 暫し首を傾げながら移動していると――いつの間にか山の頂上に到着していた。

 境内へと降り立つ聖哉達、そんな彼等を緑の髪を持つ少女が優しい笑みを浮かべながら出迎えてくれた。

 

「こんにちは聖哉さん、椛さん」

「こんにちは、早苗」

「早苗さん、こんにちは」

 

 出迎えてくれた少女、東風谷早苗と挨拶を交わし、聖哉は早速こちらの目的を話し始める。

 

「早苗、八坂様と洩矢様はいらっしゃるか?」

 

「神奈子様と諏訪子様ですか? 居る事は居るのですけど……」

 

「実は本日二柱の方々に射命丸様の代わりに取材をさせていただきたいと思ったのだが……大丈夫だろうか?」

 

「取材ですか? それは別に構わないと思いますけど……今はちょっと立て込んでまして……」

 

「そうか。では先に早苗の事に関して取材してもいいだろうか?」

 

「ええ、それは勿論――」

 

 いいですよ、と。

 早苗が聖哉に対しそう告げようとした、その時だった。

 

「――おにーさん!!」

「ん? ――ぐぼぁっ!?」

 

 神社の奥から聞こえてきた声に反応し、身体をそちらに向けた瞬間。

 聖哉の腹部に何者かが強烈なヘッドバッドを叩き込んできた。

 肺の空気を強引に吐き出され、一瞬だけ意識を混濁させる聖哉。

 それをどうにか耐えつつ、視線を下に向けた彼の視界に――漆黒の翼が見えた。

 

「…………お空?」

「おにーさん、久しぶり!!」

 

 奇襲攻撃を仕掛けてきた相手は、地底に住む地獄鴉である霊烏路空であった。

 思わぬ人物との再会に聖哉は驚き、そんな彼にニコニコと満面の笑みを浮かべながらお空はスリスリと頬を摺り寄せる。

 くすぐったさと痛みを感じつつ、聖哉はお空を引き離しつつ問うた。

 

「お空、どうして守矢神社に?」

 

「えっとね、ここの神様に修行してもらってるの!!」

 

「修行……?」

 

「――お空、急に修行をサボって何処にいくつもりだ?」

 

 神社の奥からお空を呼ぶ、長身の女性。

 美しく威厳のある顔立ちと背中に背負った注連縄が特徴的なこの女性は、この神社に祀られている軍神である八坂神奈子だ。

 

「ん? おお、聖哉じゃないか。久しいな」

 

「お久しぶりです、八坂様」

 

「先の件は聞いたぞ、素晴らしい活躍だったそうじゃないか」

 

「恐れ入ります。ところで八坂様、お空に修行を付けているという話を聞いたのですが……」

 

「ん、ああ……そうだな、キリもいいしここらで一度休憩でもするか。早苗、お茶を用意してくれるかい?」

 

「はい、神奈子様」

 

 奥で詳しい話をしよう、そう告げられ聖哉達は神奈子についていく事に。

 すると、歩き始めた聖哉の隣にお空は移動し……そのまま彼の腕に抱き着くように腕を絡めてきた。

 

「お空、どうした?」

 

「えへへ、おにーさんに会えたのが嬉しくて。だって全然地底に遊びに来てくれないんだもん」

 

「それは悪かった…………っ!?」

 

 背後から感じる殺気。

 まるで射抜くような視線が背中へと突き刺さっている、一体誰が……などと考えなくても聖哉には理解できた。

 

「……」

 

 数歩程遅れてついてきている椛が、お空に腕を絡められている聖哉を睨みつけているのだ。

 かといって何も言わず、ただ睨むだけだがそれが余計に恐ろしい。

 何か言わなくてはとは思いつつも、何を言っても今の彼女にとって言い訳にしかならないだろう。

 結局、何も言えず聖哉は暫し背中に刺さる視線に耐える事しかできなかった……。

 

 

 

 

「――というわけで、先の暴走を聞いてお空の中に居る八咫烏の力を制御できるように修行を付けてやることにしたんだ。

 八咫烏とは旧知の仲ではあったし、またあのような事が起こっても困るだろう? ……聖哉、聞いているのか?」

「……聞いています」

 

 客間へと聖哉達を招き入れた神奈子は、すぐに聖哉の問いに答えてくれた。

 八咫烏の暴走を二度と起こさないために、お空自身がその力を制御できるようにする。

 成程、それならば彼女が守矢神社に居た事も納得できる……が。

 

「ですが八坂様、何故お空に修行を付けるのです? お空の身体から八咫烏を取り出してしまえばそれで……」

 

「本人が望まなかったのだ。確かにその方法の方が安全ではあるのは認めるが、他ならぬお空自身が折れなくてな」

 

 だから、修行を付ける他になかったのだと神奈子は告げる。

 お空もそれが真実だと告げるように、何度も頷きを返しているのだからそれは間違いないのだろう。

 ……ただ、何かが引っ掛かった。

 

『良い勘だな、そうでなくちゃ面白くない』

「っ」

 

 突如として頭に声が響いた。

 誰だ、などと考えなくても判る。

 今も聖哉の中に眠っている正体不明の存在であり、あの力の源といえる声だ。

 

(今の今までだんまりだったのに、急に声を出すな)

『いいじゃねえか別に。ところでよぉ……そこの神さん、お前の思っている通り何か隠してやがるぜ』

(……八坂様も、お空の身体から八咫烏が居なくなるのは避けたいってことか?)

『そう考えるのが自然だろうなぁ。人間の信仰を得たい神にとって人間が住む地上に何かあれば困るだろうしな』

 

 まあオレには関係ねえけど、そう言ってその声は再び聞こえなくなってしまった。

 ……相も変わらず身勝手な事だ、内心ため息を吐きつつ聖哉は思考を切り替える。

 この声は誰にも聞こえないのだ、あまりこちらに意識を向けていれば怪しまれてしまう。

 

「んふふ~」

「……」

 

 それにである。

 さっきから自分の隣でご機嫌なお空と、そんな彼女と自分を睨みつける椛をなんとかしないと、色々と拙い。

 神奈子はこの光景をニヤニヤしながら見ているし、早苗は修羅場のような雰囲気に興味を示したかワクワクしているし。

 助けてくださいよ……とは言えなかった、この状況が自分の不手際が原因だと聖哉自身自覚していたから。

 

「お空、今日の修行はここまでにしよう。せっかく聖哉が来てくれたのなら遊んでもらえばいい」

 

「ホント!? やったぁっ!!」

 

(八坂様、何故火に油を注ぐような真似を……!)

 

「おにーさんおにーさん、何して遊ぼうか?」

 

「いや、ちょっと待って……」

 

「………………」

 

 空気が、重くなった気がした。

 呼吸をするのも憚られる程の重圧が、椛の身体から溢れ出している。

 完全に“おこ”というやつである、しかもそんな彼女の視線が聖哉一人に向けられているのだからたまったものではない。

 

「? ねえそこの天狗さん、どうしておにーさんを睨んでいるの?」

 

「……あなたには関係ありませんから」

 

 あくまで冷たく、遠ざけるような椛の言葉。

 その態度にさすがのお空もムッとした表情を見せ、声を荒げた。

 

「関係ないわけないよ。おにーさんを睨むって事は……天狗さんはおにーさんが嫌いって事でしょ?」

 

「っ、わ、私が先輩の事を嫌いだなんて天地がひっくり返ってもありえません!!」

 

「じゃあ、なんで睨んでたの?」

 

「そ、それは、その……」

 

 言えない、言えるわけがない。

 椛が何故聖哉を睨んでいたのか、その理由が――お空に迫られてるからなんて言えなかった。

 要するに嫉妬である、今更ながらに自分の態度が恥ずかしくなって椛の頬が赤く染まる。

 

「と、とにかくですね。あなたは先輩にくっ付きすぎなんです!!」

 

「? ダメなの?」

 

「ダメに決まってるじゃありませんか! わ、私だって……その、前にギュッとしただけなのに……」

 

「天狗さんもおにーさんに抱きつきたいの?」

 

「わふっ!?」

 

「ならこーやってギューって抱き着けばいいのに」

 

 言いながら、聖哉の身体に遠慮なく抱きつくお空。

 

「ほら、おにーさん優しいから抱き着いても怒らないよ? 天狗さんも早く早く」

 

「あ、う、う……」

 

 無垢な笑みを浮かべながらそんな事を言ってくるお空を見て、椛は謎の敗北感に打ちのめされた。

 なんという無邪気で純粋な姿だろうか、さっきまで嫉妬していた自分が情けなく思える程だ。

 

「……神奈子様、お空さんって凄いですね。色々な意味で」

「うむ……天然というのは恐ろしいものだ。しかし聖哉も色男になったものだな」

 

(聞こえるように言わないでいただきたい……!)

 

 キッと一歩引いた状態で此方を眺める神奈子と早苗を睨む聖哉。

 しかし無意味、そんな彼に対して神奈子はニヤニヤと笑い、早苗に至っては何故かグッとサムズアップを返してくる始末。

 

「我慢するのは大事だけど、我慢し過ぎるのは悪い事だってさとり様も言ってたよ? ほら、こっち空いてるし」

 

「…………ゴクッ」

 

「おい椛、なんで今喉を鳴らした?」

 

「……ハァ、ハァ」

 

「なんで息を荒くする!?」

 

 立ち上がり、ゆっくりとお空の反対側に移動し始める椛。

 その頬は赤く染まり、瞳は潤み、口は半開きになって表情に至っては恍惚なものに変わっている。

 非常に拙い事態に発展してしまいそうだ、何がどう拙いのか詳しく描写する事はできないがとにかく拙い。

 

「そうよ、我慢する必要なんかないんだから……今までだってずっと我慢してきたし……」

 

「待て椛、頼むから一旦落ち着いてくれ!!」

 

「おーい、ここ神社だから“そういう”事は自宅でヤッてくんないかなあ?」

 

「そう思うのならなんでいまだに傍観者になっているんですか八坂様!!」

 

 ダメだこの軍神は、ついでに顔を真っ赤にしながらもしっかり覗いている現人神も。

 力づくでという方法はとれない、かといって逃げようにも左側からお空に抱きしめられているこの状況ではそれも難しい。

 万事休す、既に椛は聖哉の眼前まで迫っており……。

 

「――おーい、なんかデッカイのが神社に向かって落ちてきてるんだけど~?」

 

 襖が開き、不思議な造形の帽子を被った幼い少女の見た目をした神、洩矢諏訪子が入ってくるなりあっけらかんととんでもない事を言ってきた。

 

「え……?」

 

「おい諏訪子、それはどういう……」

 

「だからさー、この神社なんか簡単に消し飛ばすようなデカい“船”みたいなのが落ちてきてるんだって」

 

 まるで世間話をするような気軽さで、しかし内容ははてしなく物騒な事を言い放つ諏訪子の言葉を聞き、場の空気が変化した。

 

「うにゅ!?」

 

 真っ先に立ち上がったのは聖哉、反動でお空がひっくり返ってしまったがそれには構わず、彼は一目散に外へと出た。

 境内に到着すると同時に空を見上げながら“千里眼”を発動、すると確かにこの守矢神社に一直線に向かってくる物体を捉える事ができた。

 それは諏訪子の言う通り、巨大な木造の“船”であり、それが空から落ちてくるという光景は幻想郷らしい非常識なものであった。

 

「誰の差し金かは知らんが……神社を襲うというのならば容赦はできんな」

 

 いつの間に隣に居たのか、神奈子はそう言い放ち背中の注連縄に御柱を装着した。

 これは彼女の戦闘態勢を意味するものであり、神奈子はすぐさま此方に向かって落ちてくる巨大な船を破壊しようと試みる。

 

「お待ちください、八坂様」

 

「待て、だと? そんな悠長な事をしている暇はないと思うが?」

 

 既に船は肉眼でも確認できる地点まで迫っている、それを見る限りでは船の大きさはかなりのものだ。

 少なくとも百人単位の人間を優に乗せられる程である、それだけの質量を持つ船が落ちてきたら神社はおろか山にすら大きなダメージを刻む事になるだろう。

 それは聖哉とて理解している、だが彼の千里眼が捉えたのは船だけではなかったのだ。

 

「船の中に人が居ます、妖怪である可能性もありますが……全員意識がない状態のようです」

 

「千里眼で視えたというわけか……だがな、あれだけの大きさの船の衝撃を殺すだけに留めるのは骨だぞ?」

 

「ええ、わかっています。ですが見捨てるわけにもいきません」

 

 事情は判らない、あの船に乗っている者達の素性も知れない。

 だが、今こうして命の危機に立たされている存在を黙って見捨てる事などできないのも確かだった。

 

「おにーさん、私も手伝うよ!!」

 

「お空……?」

 

「事情は聞きました。そういう事でしたら微力ながらお手伝いさせていただきます!! 神奈子様は万が一に備えて神社に結界をお願いします!!」

 

「早苗……」

 

 お空は制御棒を、早苗は大幣を構え迫りくる巨大船を見据える。

 

「お空と早苗の修行の成果を見るのにちょうどいいかもしれんな、破壊しないように力を調整して勢いだけを殺してみせなさい」

「頑張れー、早苗ー」

 

 言いながら、神奈子と諏訪子は神社全体を覆う程の巨大で強力な結界を展開する。

 どうやら好きにやらせてくれてるようだ、二柱の寛大な心に感謝しつつ聖哉も黒いオーラを全身に展開させ上空へと飛び立った。

 それに続くお空と早苗、船の落下速度は更に上がっており既に猶予はない。

 

「どうやって止めますか?」

 

「三人の力を合わせて船を押し返す、真っ向から受け止める事になるがそれが一番力の調整がしやすい筈だ」

 

「えっと……つまりどうすればいいのかな?」

 

「お空は俺とついてきてくれ、早苗は少し下がってあの船に向かって防御結界を最大出力で展開してくれればいい」

 

「わかりました。ではいきますよ!!」

 

 目を閉じ、早苗は意識を内側へと沈ませる。

 猛る霊力を開放し、その力を出し惜しみなどせずに早苗は一気に放出させた。

 空に浮かび上がる六芒星の結界、その大きさは迫り来る巨大船を真っ向から受け止められる程に大きい。

 

「っ、くぅ……っ!!」

 

 展開した結界と巨大船がぶつかり合い、それと同時に早苗の身体に凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 少しでも気を抜けば瞬時に結界が破壊され、自身の身体も大きく吹き飛ばされる衝撃に歯を食いしばって耐える。

 早苗の結界によって、僅かに巨大船の落下スピードが緩み――更に聖哉とお空がそれに続く。

 

「はああああああっ!!」

「やああああああっ!!」

 

 二人の身体からそれぞれ噴火のように黒いオーラと太陽の炎が噴き上がり、それを身に纏った二人は両腕を突き出しそのまま巨大船を受け止め始める。

 

「ぐ、うぉぉ……っ!?」

「うにゅ……ぐぐっ……」

 

 凄まじい衝撃と重量が身体に突き刺さり、二人の表情が瞬時に苦悶の色に変化した。

 だが力は緩めない、緩めれば巨大船に押し潰されながら落下しそれで終わりだからだ。

 

「うぐぐ……お、重いぃぃ……」

「が、頑張れお空……もう少しだ……」

 

 少しずつ、ほんの少しずつではあるが巨大船の速度は落ちていっている。

 ……しかし足りない、地面はすぐそこまで迫っていた。

 距離に余裕が無さすぎる、せめてもう少し上空で受け止め始めていればと思わずにはいられない。

 

「っ、がああああ……っ!!」

 

 そんなくだらぬ願望を振り払うように叫び、聖哉は更に力を放出した。

 

「う、ぐ……八咫烏様、私に力を……」

 

 お空の纏う炎が、更に燃え上がる。

 しかしそれは決して全てを灰塵にする炎ではなく、命を守る暖かき太陽の炎へと変貌していた。

 

「もう破壊しかできない炎なんていらないんです……さとり様達を、おにーさんを……みんなを守れる炎を私に分け与えてください!!」

 

 切なる願い、それは正気に戻った時からお空がずっと思っていたもの。

 もうあのような事はしたくない、みんなを傷つける炎ではなく誰かを守れる炎を得たい。

 そして今、その炎が必要な時なのだ。

 

 だからお空は願う、未熟でみんなに迷惑を掛けてしまった私だけど。

 それでも、この力を正しき事に使いたいと。

 

「……神奈子!!」

「おお……お空……っ!!」

 

 歓喜に満ちた笑みを浮かべる神奈子。

 それが何を意味するのか、彼女が口を開く前に――お空がそれを示してくれた。

 

「――リミッター、限定解除!!」

 

 真なる願いを解き放ち、そしてその声に八咫烏が応えてくれた。

 刹那、お空の身体から今までにない程の熱量を放つ炎が天に向かって噴き荒れる。

 凄まじい熱、けれど恐ろしさは微塵も感じられない。

 

「――わああああああっ!!」

 

 無尽蔵を思わせる熱を、お空は両手へと集めていく。

 高熱を超えた超高熱は破格のエネルギーを生み出し、落ち行く巨大船の進行を……完全に止めてしまった。

 そればかりか少しずつではあるものの押し返しており、如何に今のお空に流れる力が強大かを物語っていた。

 

「お空、そのままその船を神社の境内に降ろせ!!」

 

「は、はい!!」

 

 神奈子の声に反応し、お空は力の方向を変え巨大船をゆっくり守矢神社へと降ろしていく。

 聖哉も黒きオーラを巨大な腕に変え巨大船を掴み、彼女のサポートへと回る。

 そして早苗は六芒星の結界を地面に展開し、できる限り着地の衝撃を受け止める役目を果たし。

 

――見事、ほぼ無傷のまま巨大船は境内へと着陸させる事に成功した。

 

「…………やった、の?」

 

「ああ、よく頑張ったなお空」

 

 まだ信じられないのか、茫然としているお空の頭を聖哉は優しく撫でた。

 それで実感が湧いたのか、彼女は嬉しそうに……誇らしそうに、聖哉に向かって満面の笑みを見せる。

 

「よくやったぞお空、見事八咫烏の力をコントロールできたな」

 

「ありがとうございます!!」

 

「早苗もよく頑張ったね、結界のコントロールも一人前になってたし」

 

「ありがとうございます諏訪子様、なんとか成功できて良かったです」

 

 ただ、かなり霊力を消耗してしまったのか早苗の顔にはあきらかな疲れの色が見える。

 そしてお空もまたその場に座り込み、ほぅ……と安堵のため息を吐き出していた。

 

「椛、悪いが船の中に居る人達を救助するのを手伝ってくれないか?」

 

「……」

 

「椛?」

 

「あ、は、はい……わかりました」

 

(……椛?)

 

 なにやら、彼女の様子がおかしい。

 一体どうしたのだろうか、疑問に思った聖哉だったが今は船の中で意識を失っている者達を助けるのが先だと思考を切り替える。

 

 こうして、突然の異変は聖哉達によって未然に防ぐことができた。

 ……しかし、その場にいた誰もが気づかない。

 

 

 

 

「――妖怪共め、余計なことを」

 

 妖怪の山の遥か上空。

 雲の上から此方を冷たく睨む、青年が居たことに……。

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