狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第36話 捜索~仲間を求めて~

「……平和だねー、イッチー」

 

 そう言って足を小川に浸けている足を動かしチャプチャプという水温を鳴らす友人の船幽霊、村紗水蜜に「そうね」と相槌を打ちながら私――雲居一輪はぼんやりと前方を眺める。

 目の前に広がるのは妖怪の山の麓まで流れが続いている小川に入れている釣り針、気分転換も兼ねて釣りなんぞを始めてみたけど……これ、一体何が面白いのかしら?

 

「わたし達さー、こんなにのんびりしてていいのかなー?」

 

「……そう思うのなら、行動すればいいじゃない」

 

 村紗の呟きに答えたのは私ではなく、後ろの木の枝に座っている少女、封獣ぬえであった。

 表情はつまらなげに、その中に確かな焦りの色を滲ませながら彼女は言葉を続ける。

 

「ねえ一輪、どうして呑気に釣りなんかしてんの? 早く魔界に行って聖を助けなきゃ!!」

 

「そうは言うけど、聖輦船の修理が終わってない上に魔界に行くための法力が溜まっていない状態じゃ、私達にできる事なんてないでしょ?」

 

「そ、それは……だ、だったら星とナズーリンを先に捜しに行こうよ!!

 聖の封印を解くには聖輦船だけじゃなくて星が持つ毘沙門天の宝塔が必要なんでしょ?」

 

「そうだけど私達だけで勝手に山を降りるわけにはいかないわ。

 ぬえ、忘れているようだからもう一度言うけど私達はあくまで“監視対象”でしかないの。勝手な行動をすればたちまち山の連中を敵に回す結果になるのよ?」

 

 そのような事態はなんとしても避けなくてはならない、妖怪の山の組織力は伊達ではないのだ。

 仮に白狼天狗や鴉天狗単体と拮抗できたとしても数で押し切られれば終わりだし、何より鬼に匹敵する実力者である天魔まで動いたらそれこそ目的を果たせない。

 それにだ、そんな事をして……私達を受け入れてくれた“彼”や守矢の人達を裏切る真似はしたくなかった。

 

「けどこのままじゃ聖を助けられても、協力してやったからお前達の力を寄越せとか言われかねないよ? そうなったら本末転倒じゃない。

 守矢とかいう連中だって、単なる善意でこっちに協力してくれてるわけないし、天狗達なんかさっきからジッとわたしたちの事を監視しててホントに気分が悪くなるわ!!」

 

 チラリとある一点を睨むぬえ。

 ……気配を殺しているつもりのようだが、私達には此方を監視している天狗連中の気配ぐらいは察知できている。

 ずっとこんな調子だからぬえはずっと不機嫌さを隠そうともしないし、村紗も口にこそ出さないものの少しピリピリしているようだ。

 

 とはいえ、私達は妖怪の山にとって“異物”でしかない以上、この対応も致し方ないだろう。

 封印される千年以上前から妖怪の山の事は知っていたが、これだけの年月が経ってもまったく変わらないというのも珍しいものだ。

 ――だからこそ同時に、“彼”が天狗という種族の中で珍しい存在だと認識させられる。

 

「――小僧の事を、考えているのか?」

 

 私の近くで浮かぶ雲山が、私にそう問いかける。

 

「まあね。けど別に変な意味じゃないから勘違いしないでよ?」

 

「そうなのか? ふむ……ワシとしては漸く一輪に春が来たと思ったのじゃがのう……」

 

 残念そうにそう呟く雲山に拳骨を落とす。

 まったく、アンタは私のお父さんか。

 

 いや……その認識はあながち間違いではないかもしれない、なんだかんだ言いながら雲山って私のパートナーというよりはお父さんみたいな感じだし。

 まだ幼い人間だった頃に両親は流行り病で死んじゃったし、親戚なんてものも居なかったら雲山と出会うまでは独りだったのよね……。

 ふと昔を思い出して少ししみじみとした気分になっていると、今ではすっかり聞き慣れた“友人”の声が聞こえてきた。

 

「一輪、みんな、少しいいか?」

 

 私達の前に現れる長身の白狼天狗の青年、犬渡聖哉。

 彼の登場と共に私達を監視していた視線も何処かに消えてくれたので、内心ほっとしていると。

 

「聖哉、どしたのー?」

 

「……お前達が山を降りる許可を天魔様から貰う事ができた。俺と行動を共にしてもらう事になるが……他の仲間を捜しに行かないか?」

 

 彼は、私達にとって願ってもない事を言ってきてくれた。

 

「え、ホント!?」

 

「ああ、待たせてすまなかった。申請は前々からしていたんだが……」

 

「そんな事ないよ、ありがとね聖哉!!」

 

 嬉しそうに笑い、聖哉に感謝の言葉を告げる村紗。

 私も彼女と同意見だったので、最大限の感謝の意を示すために彼に「ありがとう」と告げながら深々と頭を下げた。

 雲山も私に続いて聖哉に頭を下げたけど……案の定と言うべきか、ぬえの視線は懐疑的だ。

 

「ぬえぬえー、その態度はないんじゃないー?」

 

「感謝するつもりなんかない相手に頭を下げる気なんて起きないわ」

 

「コラ、聖哉達が山の天狗達に色々便宜を図ってくれたから余計ないざこざが起こらなかったのに、それはないんじゃない?」

 

「それはコイツが勝手にやった事よ、私達が頼んだ事じゃないわ」

 

「コイツ……!」

 

「いいさ水蜜、ぬえの言っている事は合っているさ。こっちが余計な事態に発展させたくないからそうしただけだ」

 

 拳骨でも叩き込もうと思ったのか、拳を作る村紗を他ならぬ聖哉が止める。

 図体は相当大きいのに、腰が低いというのはなかなかに珍妙というか……彼は何故怒らないのだろうか。

 

「ごめんなさい、聖哉」

 

「一輪が謝る事じゃないさ、そんな事よりどうする? 今からでも捜しに行くか?」

 

「ええ、此方としても一刻も早く星達と合流したいわ」

 

 私の言葉に聖哉は強い頷きを返し、善は急げと私達はその場から飛び立った。

 ……ぬえは、一歩遅れて私達の後をついてきている。

 まったくあの子は……年齢的にも種族的にも大妖怪なのに、どうして見た目も中身も子供なのか。

 

「ところで聖哉は何処か当てはあるの?」

 

「……正直ないな。俺は二人の姿を知らない。知っているのならば“千里眼”を使えば見つけられるが、それには一度二人の姿を見なければいけないんだ」

 

「だとすると……しらみつぶしに捜すしかない、とか?」

 

 げんなりとした表情を浮かべる村紗、だがそれはあまりに非効率的だ。

 かといって他に手がないので仕方ないのかしら……そう思っていると、聖哉が何か考え込んでいる事に気づいた。

 

「……一輪、その二人は確かみんなと違って封印されたわけじゃないんだよな?」

 

「ええ、星は人間達にも信仰されていた存在だから私達と違って討伐されなかったし、ナズーリンも難を逃れていたから」

 

「その二人が一輪達を捜していると仮定すると、何かしらの目撃情報があるかもしれないか……」

 

「そうだとしても、あまり目立たないと思うわ。二人とも慎重な性分だしここには多種多様の強力な力を持った妖怪達が多数存在すると判れば、表立って活動するとは思えない」

 

 仮に二人が幻想郷に居た前提で考えると、住処は決して目立たぬ場所にしている筈だ。

 人里は勿論の事、妖怪が暮らす場所も極力避け……生き物があまり寄り付かない場所を拠点にしている可能性が高い。

 たとえ周囲に情報がないとしても、ナズーリンは手下のネズミを使っての諜報活動に優れた子だ、その力は自身が一歩も動かずとも欲しい情報を得られる程なのだから。

 

「だとすると、今は使われなくなった廃寺や廃村に隠れ住んでいる可能性がある、か」

 

「絞れ込めそうなのはこれくらいね……あとは村紗が言ったようにしらみつぶしに捜すしか……」

 

「……その前に、少し寄りたい場所がある」

 

「? それって何処よ?」

 

「ミスティア・ローレライ……夜雀の妖怪が経営している屋台があるんだが、そこには様々な人妖がやってくる。何かしらの情報があるかもしれない」

 

「屋台……」

 

 ごくり、自然と喉が鳴ってしまった。

 屋台、という事はである、そこには当然お酒なんかがあるのよね……?

 ……情報を得るついでに、ちょっと飲むのもアリかもしれないわね、うん。

 

 

 

 

「――というわけなんだミスティア、何か知らないか?」

 

 山を出て、とある森の中でミスティアの屋台は見つかった。

 聖哉達を見て元気よく「いらっしゃい」と挨拶してくるミスティアに、早速とばかりに聖哉は此方の要件を伝えたのだが……。

 

「あーっ、何か注文してくれたら思い出せそうな思い出せなそうな……」

 

 と、それはもう大根役者も真っ青なわざとらしい演技を見せられてしまった。

 ミスティア・ローレライ、よく鳥頭と呼ばれる彼女ではあるがまがりなりにも商売人なのである。

 意外としっかりしてるなと思いつつ、仕方がないので聖哉は人数分の酒とヤツメウナギの串焼きを注文した。

 余談だが、酒を注文した時の一輪の目がやけに輝いていたような気がした……。

 

「んくっ……ぷはーっ、おかわりっ!!」

 

「イッチー……ここに来た目的、判ってるよね?」

 

「わかってるわかってる。それよりおかわりーっ」

 

 僅か数分で四杯目の酒のおかわりを要求する一輪に、全員が冷めた視線を向けたのは言うまでもない。

 もう彼女は放っておこうそうしよう、そう思った聖哉達は改めてミスティアに問うた。

 

「見慣れない妖怪二人組ねー……うーん、居たような居ないような……」

 

「……鳥頭に訊いても無駄だったんじゃない?」

 

「なんですって!?」

 

「ぬえぬえちょっと黙ってて。……一人は長身で、もう一人は小柄な子でネズミの耳と尻尾が生えてるんだけど、どうかな?」

 

「そう言われても…………………………あ、そういえば」

 

「見たの!?」

 

「今思い出したんだけど、数日前に注文もしないで質問ばっかりしてた失礼なヤツが店に来たの。両手に変な棒を持ってて……うん、確かにネズミの耳と尻尾が生えていたわ」

 

 気分が悪かったから忘れていた、そう前置きしてからミスティアはその時の事を話し始める。

 数日前、その日は客足もあまり無く早めに店じまいをしようと思っていた日であった。

 そんな中現れたのが見慣れぬ妖怪の少女、いつものように笑顔で客として迎えたミスティアであったのだが……その少女は矢継ぎ早にこう問いかけてきた。

 

――「宝塔を知らないか」と。

 

 最初は何を言っているのか判らず困惑するミスティアにも、少女はあくまでその質問だけを投げかけてくる。

 それだけでも不快だったというのに、その物言いは尊大で完全にこちらを見下しているような空気だったから、ミスティアは無視してさっさと店を閉め始めたのだ。

 その後もしつこく問いかけてくるので怒って怒鳴り声を上げたら、その少女はわざと大きく舌打ちをして立ち去っていった。

 

「今思い出しただけでも腹が立つわ……」

 

「宝塔……ビンゴだね、イッチー」

 

「そうね……間違いなくナズーリンだわ」

 

「あなた達の知り合いなの? なら言っておいて、もう少し言葉遣いを気を付けた方がいいって」

 

「あははは……言っておくよ、ナズーってば自分が毘沙門天の弟子だからって偉ぶる一面があるからなあ」

 

 どうやら、千年経ってもそういった面は治っていないらしい。

 何はともあれ貴重な情報が手に入った、彼女達は間違いなく今この幻想郷に居るという確かな情報が。

 ただ、一つ気になる点も浮上した。

 

「宝塔を知らないかって訊くって事は……もしかして、星ちゃんってば宝塔無くしちゃったのかな?」

 

「それはないと思うわよ? 確かに星はおっちょこちょいな面はあるけど、いくらなんでも宝塔を無くすなんて失態は……」

 

「そんなの直接会えばわかるわよ、そうでしょ?」

 

「……そうだな。ぬえの言う通りだ、ありがとうミスティア、貴重な情報感謝する」

 

 ミスティアに礼を言いつつ、少し多めの金を店に置く聖哉。

 さて行こう、全員が顔を合わせ彼女の店を後にしようとしたのだが。

 

「待って」

 

「? イッチー、どうしたの?」

 

「…………あと一杯だけ、いい?」

 

「い、一輪……」

 

 まだコップに残っている酒を名残惜しそうに眺めている一輪に、全員が脱力したのだった……。

 

「イッチー……さすがにそれはどうかと思うよ?」

 

「ご、ごめん……久しぶりの酒だったものでつい……」

 

「ま、まあいいんじゃないか? それよりさっきの話だが、彼女達が宝塔を何らかの理由で手放している可能性があるのなら、俺達も彼女達を捜すがてら宝塔を見つけた方がいいんじゃないか?」

 

「簡単に言ってくれるね。それこそ当てなんかあるの?」

 

 ぬえの問いかけに、聖哉は腕を組んで思案に暮れる。

 毘沙門天の宝塔、それだけの希少な品ならばもし第三者が見つけた場合……手元に置いておくか、売るかするだろう。

 

(そういった普通の店で売っていないようなものが集まる場所………………そういえば魔理沙が、魔法の森近くに古道具屋があるって言っていたな)

 

 そこに宝塔が流れているにしろそうでないにしろ、その古道具屋は良い意味でも悪い意味でも普通の品は扱っていないと魔理沙は言っていた。

 ならば一度立ち寄ってみるのもいいかもしれないと聖哉は一輪達にそう提案し、彼女達もそれに同意したので今度こそミスティアの店を後にして魔法の森へと向かう。

 

 問題の店はすぐに見つかってくれた、魔法の森の入口……そこに様々なものが無造作に置かれている家屋が見えたからだ。

 一瞬ごみ屋敷かと勘違いしてしまう程に散乱した物を見て、聖哉達は入るのを少々躊躇ったが……覚悟を決めて入口の扉を開く。

 中は里でもよく見るような道具屋程度の広さだったが、外と同じく床にはこれでもかと物が散乱しておりその殆どがよくわからない代物であった。

 

(道具屋、なんだよな……?)

 

 表には「古道具屋 香霖堂」と書かれた看板があったので間違いはないだろうが……とてもそうは見えない。

 暫し入口で固まっていると、奥から白髪の髪の長身の青年が現れる。

 整った顔立ちに穏やかそうな表情、充分に女性を魅了できるその容姿はしかし、どうにも身体から放つ覇気の小ささで半減してしまっているように思えた。

 

 そう、目の前に現れた青年からは覇気というものがいまいち感じられない。

 なんというか、客を前にした商売人らしさというものが欠片も見受けられないのだ。

 いらっしゃいと一応は歓迎する言葉を放つものの、後は勝手に見てくれと言わんばかりに青年はカウンター近くの椅子に座り本を読み始めてしまった。

 

「すまない、少しいいか?」

 

「おや、何か入り用かな?」

 

「俺は犬渡聖哉、白狼天狗だ。今日は店主に訊ねたい事が……」

 

「あーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 水蜜とぬえの絶叫が、店に木霊する。

 キーンという耳鳴りを手で押さえつつ、一体何事かと睨むように彼女達へと視線を向けると、二人は戸棚に置かれた商品に目を奪われていた。

 

 ……それは、ガラクタばかりある場所には似つかわしくない、神々しい光を放つ物体であった。

 強くけれど決して眩いわけではない暖かな光を絶えず放つそれは、円筒形の輪部に平面方形の屋根を持つ一重塔をそのまま手の平サイズまで小さくしたような形をしている。

 芸術品などに疎い聖哉でも判る、これは人の手に余る代物だと。

 

「こ、これ……あれだよねぬえぬえ?」

 

「う、うん……星が持ってる“毘沙門天の宝塔”だよ!!」

 

「……店主、これを何処で?」

 

「拾ったんだ。たいへん貴重なものだと判断したんだが……君達の反応を見る辺り、どうやら当たりらしい」

 

「この宝塔は毘沙門天様の宝塔、私の仲間の持ち物よ。返してちょうだい」

 

 店主に詰め寄る一輪、だが店主は困ったように肩を竦め。

 

「それはできないよ、これはもう僕の物だ。それに非売品だから売る事もできないしね」

 

 だから諦めてくれと、聖哉達が到底納得できない事を言い放った。

 

 

 

 

 幻想郷には、幾つもの廃村や廃寺が存在する。

 まだ外の世界と隔離される前から存在するそれらは、荒れ果て今では野良妖怪の住処となっているものが大半だ。

 その中の一つの廃寺に、一人の妖怪少女が入っていく。

 

 ダークグレーの髪と真紅の瞳、頭に生えた鼠の耳と両手に持つ不思議な棒――ダウジングロッドと呼ばれるものが特徴的なこの少女の名は、ナズーリン。

 彼女こそ一輪達が捜しているかつての仲間の一人であり、そんな彼女は薄汚れた廃寺の奥へと進み……同じく一輪達が捜していたもう一人の仲間であると同時に、自身の主人である女性に声を掛けた。

 

「ご主人、帰ったぞ」

「おかえりなさい、ナズーリン」

 

 ナズーリンを優しい笑顔で出迎える長身の女性。

 金と黒が混じった髪を持ち、虎柄の腰巻を付け背中に白い輪を背負ったその姿は仏像を思わせる。

 ナズーリンにご主人と呼ばれたこの女性の名は寅丸(とらまる)(しょう)、虎の妖獣でありながら毘沙門天の化身である彼女は正座していた足を立ち上がらせナズーリンの元へ歩み寄った。

 

「それで、どうでしたか?」

 

「……宝塔は見つけた。だが質の悪い道具屋の店主が拾ったみたいでね、少々難航しそうだ」

 

「そうですか……ですがナズーリン、くれぐれも手荒な真似はしないでくださいね? 元はといえば私の責任とはいえ……」

 

「ご主人が悪いわけではないさ。この地に――幻想郷に来る際に立ちはだかった結界を突破するのに宝塔を用いたまではよかったが、その反動で何処かに吹き飛ばされるとは完全にわたしの誤算だった」

 

 甘く見ていたつもりはなかった。

 だがこの幻想郷と外の世界を隔てる結界、博麗大結界はナズーリンの思っていた以上に強力な結界だった。

 毘沙門天の宝塔の力を用いて結界を突破する事はできたのだが、その際に受けた衝撃によって宝塔を落とすという失態を招いてしまったのだ。

 

「まあとにかくご主人も宝塔の力を使って消耗してしまっているだろう? そちらの事はわたしに任せて今はゆっくり休んでいるといい」

 

 この周囲には人除けの結界を展開している、元より人間は好き好んでこの周囲にはやってこないし野良妖怪程度ならば突破する事などできないだろう。

 星はまず休ませて力を戻してもらわなければ、宝塔は毘沙門天の弟子であるナズーリンでも扱えるが……真の力を扱うには、やはり化身である星でなければ不可能だ。

 聖の封印を解くにはどうしても宝塔の力が必要となる、故にこのような面倒事は自分が担当しなければとナズーリンは改めて強く心に誓う。

 

「ありがとうございます、ナズーリンにはいつも助けられていますね」

 

「当然だよ。だって私はご主人の部下なんだから」

 

「それでもですよ。……早く一輪達と合流し、必ず聖を救い出しましょうね?」

 

「……」

 

 強い決意を、星の瞳から感じられた。

 千年以上前から少しも曇らぬその決意は、ナズーリンにとって美しく……同時に、疎ましく映る。

 文字通り星は白蓮の救出の為に身も心も削ってきた、それを間近で見てきたからこそナズーリンは思うのだ。

 

(もう、いいのではないですか?)

 

 これ以上あなたが苦しむ事はないと、自分を責める必要はないと届くのなら言ってやりたかった。

 だがそんな言葉は無駄でしかない、言葉程度で止まる決意ではないのだから。

 だからナズーリンは何も言わなかった、その代わり……止まれない星の負担を少しでも軽くしようと心に誓う。

 

「………………ところで、あなたは何者ですか?」

「え?」

 

 一瞬、星の言葉が理解できずナズーリンは間の抜けた声を出す。

 しかし、すぐに背後に自分達以外の存在を感じ取り後ろへと振り向いた。

 

 そこに居たのは、一人の若い男だった。

 僧侶が着用する袈裟で全身を包み、右手には二又に分かれた短い槍のような形をした法具、金剛杵(こんごうしょ)を握りしめている。

 一目見ただけで僧だと判る外見だが、ナズーリン達にとって男の容姿などどうでもよかった。

 

(人除けの結界を、音もなく突破したのか……!?)

 

 それだけでも驚くべきことであるというのに、この寺の至る所にはナズーリンの配下である妖怪ネズミ達がまるで監視カメラのように周囲を見回っている。

 万が一にも自分達以外の存在を見れば瞬時にその情報がナズーリンの元へと来るというのに、それすらもなかった。

 その二つの事実が、如何に目の前の男が異質だという事を物語っており。

 

「――畜生風情に話す舌など持たない。このまま……()ね」

 

 男は冷たい目と言葉で星達を射抜きながら、右手に持つ金剛杵から光の刃を生み出し。

 有無を言わさず、彼女達が身構える事すら許さないまま。

 

 

 その命を奪うために、肉薄した……。




【簡潔なキャラ紹介】

・村紗水蜜
船幽霊の少女、聖輦船メンバーの賑やかし担当。
よく他人に愛称を付ける癖がある、一輪には「イッチー」といった具合に。
元船幽霊とは思えぬ穏やかさと純粋さを持ち、聖哉ともすぐ仲良くなった。
しかし趣味は地底の血の池地獄巡りとやはり少々変わっている、本人曰く「女の子でも血の池地獄が好きだっていいじゃん」との事。女の子……?
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