狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第37話 廃寺の戦い~無慈悲な僧~

 男が肉薄する。

 二人に身構える余裕も与えず、一撃の元に斬り伏せようと間合いを詰めた。

 

「――」

「ナズーリン!!」

 

 反応できないナズーリンとは違い、星は激昂し強引に彼女の身体を真横へと突き飛ばす。

 滑るように転がっていく彼女に心の中で謝罪しつつ、星は既に眼前まで迫っていた光の刃を視界に捉え、無我夢中で身体を捻った。

 

「っ」

 

 間一髪。

 振り下ろされた光の刃は星の身体を両断する事なく空を切り。

 その剣圧で、底が見えぬほどの亀裂が地面に刻まれた。

 

「ぐっ……!」

「っ、ご主人!!」

 

 地面に倒れたナズーリンはすぐさま立ち上がり、主人の姿を見て大声を上げた。

 ――躱せた、筈であった。

 けれど男が振るった光の刃は星の身体を掠め、それだけで彼女の左腕には裂傷が刻まれてしまっていた。

 飛び散る鮮血、顔をしかめ苦悶の表情を見せる星に更なる凶刃が奔った。

 

「うっ……!?」

 

 激痛で止まった身体に活を入れ、星は再び身体を動かす。

 そこへ一閃される光の刃、今度は掠る事もなく回避し星は後方へと跳躍し男との距離を離した。

 

「っ……!?」

 

 だが、無意味。

 星が着地した時には、男は既に再び彼女へと肉薄していた。

 再び振るわれる剣戟に、星はどうにかこうにか食らいつき躱していく。

 

「ナズーリン、今すぐここから逃げなさい!!」

「な――――」

 

 何を、言っているのか。

 このような状況だというのに、1秒後の死が確実に迫っているこの状態で、星はあくまでナズーリンを優先させた。

 彼女の優しさによるものではあったが、そんなものは今の彼女にとって枷にしかならない。

 

「っ、がっ……!?」

 

 肺から空気を強引に吐き出され、身体をくの字に折り曲げる星。

 迫る光の刃を躱し隙を見せた彼女の身体に、男の肘鉄が叩き込まれたのだ。

 華奢に見える外見からは想像もできない程に速く、重い一撃はそれだけで星の意識を刈り取ろうとする。

 

 しかし、男の攻撃は終わらない。

 続いて裏拳を顔面に叩き込み、その後は横一文字に放った手刀を首へ。

 

「がっ、ごぼ……っ」

 

 おもわず咳き込む星の身体を男は左手一本で掴み上げ、そのまま地面に殴りつけるように叩きつけた。

 古い木の床が轟音を響かせながら割れ、その中に身を沈ませながら星は多量の血液を吐き出し――そのまま意識を失った。

 

「ご主人!!」

 

 その姿を見た瞬間、ナズーリンは冷静な判断力を失わせた。

 このままでは殺される、自身の目の前で主人である星の命が奪われると理解し、ナズーリンは走った。

 策などなく、ただ星を助けたい一心で彼女は走って。

 

「――――」

 

 光の刃が、視界に広がった。

 同時に身体に突き刺さる衝撃と熱、そして喪失感によってナズーリンは足を止める。

 

「囀るな鼠、視界に入るだけでも不快だというのに……おとなしく殺されるのを待っていればいい」

 

 冷たく自分を見下ろす男の視線など、気にならない。

 そんな事よりも、今もこうして感じているこの抗いようのない喪失感が何なのか……ナズーリンは理解しようとして視線を右へと向けた。

 

「…………ぁ」

 

 それで、漸く理解した。

 ……鮮血が、木の床を汚している。

 

 その出所は自身の腕、否、腕があった場所から零れ落ちていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ……無くなっている。

 本来ある筈のもの、自身の右腕がはるか後方の地面にゴミのように落ちている。

 

「ぁ、が、あぁ……」

 

 膝が折れる、今更襲い掛かってきた激痛が意識を混濁させる。

 斬り飛ばされた、右腕を、何の躊躇いも容赦もなく。

 その事実がナズーリンの思考を削り、今の彼女は殺される直前だというのに呻き声を上げる事しかできない。

 

「――――去ね」

 

 絶対零度の視線を向けたまま、男は光の刃を大きく振り上げる。

 微塵の迷いも見せず、ただ目の前の存在を殺す機械のような無機質さのまま、男は金剛杵を振り下ろし。

 

「……」

「………………ぁ、え?」

 

 目の前に自身に届いていない光の刃が見え、ナズーリンは我に返った。

 何故この男は殺そうとしていた自分を殺さないまま、明後日の方向に視線を向けているのか。

 男の不可解な行動に理由を求めたくて、ナズーリンは男の視線を追い……心底驚いた。

 

 ……見知らぬ男が立っている。

 巨人のような体格と、黒い尻尾が特徴的な天狗衣装に身を包んだ青年。

 しかしその青年の姿にナズーリンは驚いたわけではなく。

 

「……一輪、村紗、ぬえ……?」

 

 かつて別れた、そして会いたかった仲間達の姿があったからであった。

 

「ナズー!!」

「ナズーリン、星も……!」

「待ってて、今助けるから!!」

 

 千年以上経っても決して忘れなかった声、再会の喜びで痛みが薄れてくれた。

 二人の惨状を見て一輪達はすぐさま彼女達の元へと向かおうとするが。

 

「待て、これ以上前に行くな」

 

 青年――犬渡聖哉が、視線を男に向けたまま一輪達を制した。

 彼の行動におもわず文句の言葉を放とうとする三人だったが、すぐさまその考えを改める。

 何故なら、安易に前に出れば此方を睨む男に殺されると瞬時に理解したからだ。

 

 身構える一輪達、互いの距離は八メートル程離れている。

 それでも油断などできないと当たり前のように思い、同時に男の視線の冷たさを受けて自然と頬に冷や汗が伝った。

 まるで首元に鎌の切っ先を向けられているような、絶対的な“死”を目の前にしているような感覚に、一輪達は動く事も言葉を発する事もできなくなっていた。

 

「――畜生が増えたか」

 

 そんな中、男がぽつりと呟くようにそう言い放った。

 聖哉達を「畜生」と呼び、見るに堪えない汚物を視界に収めているような不快感を露わにしている。

 

 ……それが、どうしようもなく恐ろしいとこの場に居た誰もが思った。

 男の視線は本当に冷たく、見えるのは射殺すような殺意だけ。

 明確な殺意を向けられた事はあっても、これ程までに冷たく重いものは初めてであった。

 

「……一輪、俺が抑えている間にあの二人を連れて離脱しろ」

「えっ……」

 

 間の抜けた声が一輪の口から洩れる。

 言葉の意味が理解できないわけではない、どうして彼がそんな提案をしたのかが判らなかっただけだ。

 

 目の前の男は、強い。

 対峙するだけで判る、一対一では絶対に勝てないと戦う前から思い知らされる力がある。

 しかも、ただ強いだけではなく……男の肉体からは、凄まじいまでの法力を感じ取れた。

 名を馳せた高僧でも身に着ける事などできない凄まじい法力の大きさ、あの白蓮にすら匹敵……否、それ以上かもしれない。

 

「ダメよ、ここは全員で」

「そんな事をすればあの二人は殺されるぞ。――お前達の目的を忘れるな、何の為にお前達は今ここに居るんだ?」

 

 厳しい口調で、聖哉はあくまでも自分達の事を優先しろと一輪達に告げる。

 ここに居る意味、そんなのは決まっている。

 かつて別れた仲間と再会し、共に魔界へと封印された白蓮を救い出す。

 その為だけに生きてきた、ならば。

 

「そこでおとなしくしていろ。――コレを討った後に、すぐ始末してやる」

 

 男の腕が動く。

 振り下ろしかけていた腕を再び上げ、今度こそナズーリンを両断しようと試みる。

 

「っ」

 

 しかし、男の剣が彼女に届く事はなかった。

 

「一輪、水蜜、ぬえ、急げ!!」

 

 聖哉が叫ぶ。

 その声を受けて、弾けるように一輪達は一斉に地を蹴った。

 脇目も触れず、意識を星とナズーリンだけに向け彼女達を抱き抱える。

 

「――そうか。まずは貴様から死にたいのか、犬」

 

 先程よりも更に冷たい声で、男は呟き。

 絶殺の意思を目の前の白狼天狗へと向け、間髪入れずに地を蹴り踏み込んだ。

 わずか一息にも満たぬ合間に、必殺の速度で放たれた光の刃が聖哉を両断しようと奔る……!

 

「っ、なに……?」

 

 弾かれる、その事実に不可解さを覚えながら男は後退した。

 

「悪いが、こいつらに手出しはさせん……!」

 

 一瞬の攻防で聖哉は全身に黒いオーラを発動させ、男の剣を弾き飛ばす。

 その姿に、男の表情に憤怒の色が宿り。

 

「面妖な――おとなしく討たれるがいい、妖怪!!」

 

 全力で戦う意思を示すように、莫大な法力を開放した。

 

 

 

 

 死闘が、幕を開けた。

 その光景を、一輪達はナズーリン達の身体を支えながら茫然と眺める事しかできなかった。

 

 光の刃が、雷光じみた速度で放たれる。

 その一撃一撃はまさに必殺、目で追うのがやっとといった速さだ。

 離れた位置から見てもこれだ、至近距離で放たれれば反応できずに斬り捨てられるかもしれない。

 

 現に聖哉は、その稲妻そのものの剣戟に反応しきれていなかった。

 身体に纏った黒いオーラを鎧にして、かろうじて両腕を動かしガードしているだけに過ぎない。

 反撃など許さぬといった敵の攻撃に対処できず、防戦一方だ。

 

(拙い……このままじゃ……)

 

 しかし、何もできない。

 加勢に入ろうにも、あの速度の攻防に割って入れば即座に斬られる。

 そればかりか聖哉の足を引っ張りかねないこの状況で、どうして加勢に入れるというのか。

 

 火花が散る、ぶつかり合う度に耳障りな音が廃寺を揺らした。

 黒いオーラの防御力は凄まじく、両腕でのガードが間に合わずとも確実に男の刃を防いでくれている。

 ……だが、それがいつまで保つか。

 防御だけではいずれ崩される、男の刃は確実に聖哉が纏う黒いオーラを削り飛ばしていた。

 

「何をしてるんだ一輪、逃げろと言ったろ!!」

 

「えっ……」

 

「二人の傷は深いんだ、ここから出てとにかく山に向かって椛に迷いの竹林という場所まで案内してもらえ!!

 その中にある「永遠亭」ならば彼女の斬り飛ばされた腕を元に戻せるはずだ、速くしろ!!」

 

「……」

 

 何を、言っているのか。

 こんな状況だというのに、確実に追い詰められているというのに。

 彼は一輪達に、ナズーリンと星を連れて逃げろと告げてきた。

 

 しかし、彼の判断は正しい。

 今こうして戦闘を眺めるだけならば、二人の治療を優先した方がいいに決まっている。

 そう、一輪とて判っている、判っているが……。

 

「行かせると思うか?」

 

「思わないな!!」

 

 聖哉が初めて反撃に移った。

 右腕を伸ばし、男の放った光の刃を掴み上げる。

 

「ちぃ……っ!!」

 

「逃がすかよ!!」

 

 すぐに剣を引こうとする男に、聖哉は更に踏み込んだ。

 充分に間合いを詰め、まずは小手調べとばかりに聖哉は相手の身体に掌底を叩き込む。

 

(浅い……っ)

 

 手応えは、あまりない。

 命中する瞬間、男は自ら金剛杵を放し後ろに跳躍して聖哉の一撃の威力を最大限殺したのだ。

 だが今の男は無手となった、ならば反撃できると聖哉は再び間合いを詰める。

 

 右手を握り拳に、圧縮した黒いオーラを纏ったそれは勇儀の拳に匹敵する破壊力が込められている。

 殴り砕く勢いで聖哉は拳を真っ直ぐに放ち、まだ後退したままの体勢の男の身体に風穴を開けようとして。

 

「っ……!」

 

 自ら後退する。

 聖哉の第六感が、逃げろと全力で指示を放ったと同時に。

 

「ぐっ……!?」

 

 光の刃が、オーラごと聖哉の右手に斬撃を叩き込んだ。

 見ると、男の左手には先程とは別の金剛杵が握られており、そこから光の刃が発現している。

 

(迂闊な……!)

 

 相手の獲物が一つだけだと思っていた自分の未熟さを叱責しつつ、聖哉は後退する。

 そこへ。

 

「ぐ、が、ああぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 地面から噴き出した光の柱が、一瞬で聖哉の身体を包み込んだ。

 それに閉じ込められたと同時に、聖哉の全身は光による熱と衝撃に襲われ堪らず声を張り上げる。

 この光の柱は、相手を閉じ込めるような生易しい結界ではない。

 閉じ込めた相手に、法力による熱と衝撃を与えながら滅する、妖怪にとって一番効果的な“法術”であった。

 

「が、ぐ、ぐあぁぁ……っ!?」

 

 法力は、妖怪にとって毒と同じ。

 その力を編み込まれた法術は、退魔師が放つ術以上に妖怪の身体にダメージを与える。

 纏っていた黒いオーラの防御を簡単に貫き、絶叫させるほどの痛みを与えるこの光の柱に込められた法力は、尋常なものではなかった。

 

「聖哉!!」

 

「ぐ……逃げ、ろ……早く……!」

 

 混濁する意識のまま、聖哉はあくまでも一輪達に逃げろと告げる。

 男の狙いはこの場に居る全員だ、自分が倒れれば今度は一輪達が狙われる。

 それだけは阻止しなくては、痛みと熱で朦朧としながらも聖哉は己の力を開放させる。

 

「うっ……うおおおおおおおっ!!!!」

 

 猛る絶叫。

 後先考えずに力を放ち、聖哉の身体が漆黒に包まれていく。

 白銀の輝きを見せる光の柱を侵食し、やがてそれは硝子が割れたような音を響かせながら消滅した……。

 

「あ、ぐ、ぅ……」

 

 両手を地面につけ、どうにか倒れるのを防ぐ聖哉。

 白を基調とした天狗衣装は彼の血で赤く染まり、剥き出しとなった肌からは血が滴り落ち地面を汚していく。

 顔を上げる事も出来ず、傍から見れば男に頭を下げている彼の無様な姿に、男の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「妖怪が……存在自体が罪だというのに、それに抗うなど万死に値する!!」

 

 奔る光の刃。

 その場で荒い呼吸を繰り返す聖哉には、避ける事も防ぐこともできぬその一撃は。

 

「やめろおおおおおおっ!!」

「っ」

 

 場に割って入ってきた水蜜によって、不発に終わった。

 叫びながら、水蜜は自身の倍はあろう巨大な錨を男に振るう。

 それを跳躍して回避し、すかさず雲山の追撃の拳が男を襲った。

 

「ちっ……」

 

 躱せないと判断したのか、男は忌々しげに舌打ちをしながら光の刃を奔らせる。

 一閃、迫る雲山の拳を容易く両断し、何事もなかったかのように男は着地した。

 

「ぬえぬえ、聖哉の事をお願い!!」

 

「う、うん!!」

 

「ぐ……やめろ水蜜、そいつは……!」

 

「いいから!! ――今度は私が相手になるよ!!」

 

「……」

 

 自身を睨み、後ろに居る聖哉を庇うように身構える水蜜。

 そんな彼女を見て。

 男は何を思い出したのか、突如として激昂する。

 

「――なんだ、それは」

 

「えっ……?」

 

「妖怪風情が、人を仇なすだけの害悪が、他者を庇うなどという真似事をするな!!

 それは人が持つ素晴らしい善の行為、貴様等人ならざる者が行うなど……恥を知れ!!」

 

 男が踏み込む。

 怒りのままに、水蜜を切り刻もうと一瞬で間合いを詰めた。

 

「――――」

 

 水蜜は、反応できていない。

 他の者も、彼女の救助には間に合いそうにない。

 ……殺される、男の刃は船幽霊である彼女の霊体など簡単に滅する力がある。

 

 失われる、目の前で……自分の知る者が消されてしまう。

 その事実が、現実が、聖哉の思考を埋め尽くし。

 それと同時に、先程放った男の言葉が許せなくて、全身が砕けそうになる痛みも構わず、彼は動いた。

 

「…………えっ?」

 

 結果、男の刃は水蜜へと届く事はなく。

 彼女を守るために前に出た聖哉の左肩を、深々と貫く光景が広がった。

 

「っ、貴様、まだ……っ」

「――――取り消せ」

 

 すぐに刃を抜こうとする男であったが、どんなに力を込めても金剛杵は動いてはくれなかった。

 一体何が、疑問に思う男だったが聖哉が展開する黒いオーラが光の刃を喰らっている(・・・・・・)光景を見て、それが剣を動かせない原因だと理解する。

 

「人ではないものが、他者を庇う事が許されない事なのか? 恥ずべき事なのか?

 それは違う、誰かを守りたいと願う心に人間も妖怪も関係ない筈だ」

 

「世迷言を……!」

 

「恥を知れだと? ふざけるな、ただ昔のように家族となった者と生きたいと願う者達を無慈悲に傷つける貴様に……そんな事を言う資格などない!!」

 

 嵐が、廃寺を包み込む。

 凄まじい風の奔流が、聖哉の身体から溢れ出していく。

 それは鴉天狗の血を引く彼の能力……だけではなかった。

 

〈おっ、いいねいいね。そうやってどんどん怒りと憎しみを増大させれば、お前はもっと強くなれるぞ?〉

(うるさい、黙っていろ!!)

〈なんだよつれねえなあ。まっ……お前自身が否定しようが、お前がこの力に頼る限りはオレから逃げられないぜ?〉

(黙れと言ったぞ!!)

 

 心の中で一喝すると同時に、聖哉は右手にオーラで生成した黒い大剣を生み出す。

 漆黒の刀身には噴き荒れる風を纏い、既に臨界を迎えたそれは主人の命を今か今かと待ち望んでいる。

 

「きさ――」

「風よ――」

 

 男が動く、しかし聖哉の方が僅かに速い。

 

「――荒れ狂え!!」

 

 横一文字に振るわれる黒き大剣。

 そこから放たれる豪風が、逃げる隙も防御する暇も与えず男を吹き飛ばした。

 後方の壁を粉砕し、その余波で廃寺全てが砕け散る。

 

 それだけでは留まらず、男と共に放たれた風の剣は地面を一直線に削り、途中にある建物を容易く消し飛ばしながら尚消えない。

 そして、嵐もかくやといった風は遥か後方の山まで向かい――爆撃めいた音を響かせ、山の一部を抉り砕くと同時に漸く消え去った……。

 

「……」

 

 その光景を見ていた一輪達は、言葉を失った。

 凄まじい、などという表現では決して足りない圧倒的な力。

 およそ一個人が持つにはあまりにも大きく……同時に、悪寒を抱くような不気味さがあった。

 

「……は、ぁ」

 

 聖哉の身体が崩れ落ちる。

 両手を伸ばし倒れる事だけは免れたものの、彼の呼吸は乱れに乱れ危険な状態だと示していた。

 

「ぁ……聖哉!!」

 

 我に返り、一輪達は聖哉の元へ。

 

「……水蜜、大丈夫か?」

 

 このような状況だというのに、彼はあくまでも殺されかけた水蜜の心配をする。

 それに驚き、心配してくれた事を感謝すると同時に……水蜜は怒った。

 

「わ、私の心配よりも自分の心配をしなよ!! そんな状態なのに……」

 

「……俺は大丈夫だ。それよりあの二人をさっき言った「永遠亭」に連れて行こう、小さい子は酷い傷だからな」

 

 立ち上がろうと聖哉は両手に力を込める。

 だが支えるだけで精一杯なのか、震えるだけで一向に立ち上がる事ができない。

 そんな彼を――雲山がその大きな両手で抱きかかえた。

 

「雲山? 俺はいい、それよりあの二人を運んでやってくれないか?」

 

「星とナズーリンは私達で運ぶわ。自力で立てないのに、これ以上身体を酷使するような事はやめなさい」

 

「そうだよ! お願いだから……これ以上無茶はしないで」

 

 一輪に呆れたように睨まれ、水蜜に至っては涙目になっている。

 そんな二人の視線を受けてしまっては、聖哉としてもおとなしく従うしかなかった。

 

「…………その、大丈夫?」

 

「ああ。……意外だな、俺の事を信用してないと思っていたのに心配してくれるとは」

 

「うっ……それは、悪かったと思ってるよ」

 

 ばつが悪そうに視線を逸らすぬえに、聖哉は苦笑する。

 まるで悪戯がばれて怒られているような子供のように見えたのだ、つい笑ってしまうのは仕方がないだろう。

 けれど、何処か自分に壁を作っていた彼女が心配してくれたという事実は、素直に嬉しかった。

 

「雲山、助かるよ」

 

「……気にするな。お主は既にワシ達の友じゃ、友を支えるのは当然じゃろうて」

 

「…………ありがとう」

 

 力を抜き、身体を雲山の両手に委ねる。

 同時に倦怠感が身体に圧し掛かり、意識を失いそうになってしまった。

 

(反動が大きい……やっぱりこの力は、俺には過ぎた力なんだな……)

 

 だが、使わねば勝てなかった。

 所詮自分は白狼天狗、得体の知れないこの力が無ければまともに戦えぬ弱者でしかないのだ。

 ……それが悔しいと思うが、どうしようもない。

 

(……眠い、な)

 

 休みたいが、そうもいかない。

 沈みそうになる意識をなんとか引き上げながら、聖哉は一輪達に永遠亭へと続く道を案内し始める。

 そうして、聖哉達は戦いの余波で崩壊した廃寺を後にしたのだが。

 

 

 

 

 

「――まだまだ、“僕”も未熟だな」

 

 聖哉の直撃を受けた筈の男が。

 何事もなかったかのような姿で、去っていく彼等の後姿を追っていた事に彼等は気付く事はなかった……。

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