狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「………んんっ?」
瞼が重い、身体も鉛のように動かすのが億劫に思える。
自身の肉体の不調に戸惑いを覚えながら、ナズーリンは目を開ける。
「あっ、ナズーリン!!」
「…………ご主人?」
最初に彼女の視界を埋め尽くしたのは、涙目となり自身を安堵の表情で見つめている主人の虎丸星。
続いて見慣れぬ薬の臭いが鼻に付く部屋の中にあるベッドに自分が寝ていた事を理解し、ナズーリンは首を傾げた。
どうも記憶がはっきりしない、一体何故自分はこんな所で眠っていたのか……。
「……むっ?」
思い出そうとする彼女だったが、その前に更なる違和感に気が付いた。
着ている服も病人服に変わっているが、何よりもナズーリンが気になった事は……左腕から肩までをこれでもかとベルトで拘束されている自身の姿であった。
一人では決して脱げないようになっており、どんなに暴れても文字通り指一本動かせぬほどに固められている。
「……ご主人、これは一体なんだ?」
「あ、それはですね……」
「あら、目が醒めたの?」
と、部屋の中にナズーリンにとって見慣れぬ銀の髪を持つ女性が入ってきた。
僅かに眉を顰め警戒するナズーリン、そんな彼女を星はそっと手で制し「大丈夫ですよ」と彼女が敵ではない事を告げた。
「この方は八意永琳さんと申しまして、「永遠亭」という診療所でお医者様をしている方です。今回、私達の怪我の治療をそれはもう丁寧に行ってくれたのですよ?」
「…………怪我の、治療……?」
その言葉を聞いた瞬間。
ナズーリンは先の戦闘を思い出し、ベッドから飛び起きる勢いで声を上げた。
「ご主人、あいつは……!」
「落ち着いてくださいナズーリン、もう大丈夫ですから」
冷静な口調で言いながら、ナズーリンを落ち着かせる為に彼女の肩を掴み動きを止める星。
荒い息を暫し繰り返すナズーリンであったが、やがて脅威が去ったと自覚できたのか呼吸を整えていった。
「――さて、もういいかしらね?」
完全にナズーリンの様子が落ち着いたと判断し、永琳は彼女に近づき腕を伸ばす。
銀の医師はそのままベルトの拘束を慣れた手付きで外していき、その全てが外れた瞬間。
「なっ……!?」
ナズーリンの口から、驚愕に満ちた声が漏れた。
――斬り飛ばされた筈の左腕が、再生している。
今でも思い出せる激痛と熱はもう感じられず、何事もなかったかのように彼女の左腕は在るべき場所に戻っていた。
「ゆっくりでいいから、動かしてみてくれる?」
「……」
永琳の言葉を半ば無意識のまま聞き入れ、ナズーリンは言われた通りにゆっくりと左腕を動かし始める。
違和感は……なかった。
確かに斬り飛ばされた腕は依然と同じように動かせ、指も自身の意思通りに動いてくれる。
「どうやら成功したようね、まあ人間よりも頑強な妖怪の肉体だからこそ早く馴染んでくれたのでしょうけど」
「……これを、あなたが?」
「ええ、幸い斬り飛ばされた腕があったから後は神経の接続と細胞の結合程度で済む話だったからね」
「あ、ありがとうございます永琳さん。なんとお礼を言えばいいのか……」
深々と頭を下げる星に永琳は「気にしないで、仕事だから」とあくまで素っ気なく返す。
事実として永琳とっては単なる仕事の一環でしかない、代金を貰って希望する治療を施しただけだ。
ただ、まあ……こんな風に感謝されるのは少しばかり気恥ずかしいけど、悪い気分ではなかった。
「お礼なら“彼”に言いなさい。治療の手配と代金の支払い……全て彼がしてくれた事なのだから」
「……彼?」
「犬渡聖哉さん、私達を助けてくださった白狼天狗の青年ですよ」
「白狼天狗……」
記憶を思い返す。
……成程、確かにあの場には一輪達と共に見慣れぬ青年の姿があった。
彼がその犬渡聖哉という白狼天狗なのだろうと考えつつ、ナズーリンはベッドから降りる。
「ナズーリン、もういいのですか?」
「ああ、身体はだるいが許容範囲内だよ。もう出て行っても大丈夫なのだろう?」
「あらそう? ならあなた達のお仲間を呼んでくるからちょっと待ってて頂戴」
部屋を後にする永琳、ほどなくして彼女は戻ってきたのだが。
「ナズー!!」
「うぶっ……!?」
永琳が部屋に入る前に、水蜜が入ってくると同時に飛び込む勢いでナズーリンに抱きついてきてしまった。
身構えていなかったナズーリンはそのまま後ろに倒れ込み、後頭部に強い痛みを味わう羽目になってしまう。
「~~~~~~~~っ、いきなり何をするんだ!!」
「あべしっ!?」
怒りのままに水蜜の頬に平手打ちを叩き込み、彼女を引き剥がし立ち上がる。
「まったく……千年以上経っても君は本当に変わらないな……船長」
「えへへ……ナズーもね」
「そのナズーという略し方はやめろと……」
ああ、もう本当に昔と変わらない。
千年以上前も、彼女のこういった面を注意しては軽く受け流されて、それでますますヒートアップして。
長い月日が経ったというのに、深い深い地の底でずっと封じ込められていたのに。
今目の前で頭を掻きながら呑気に笑う水蜜も、そんな彼女を苦笑する一輪と雲山も、呆れたように眺めているぬえも。
何もかもが変わらなくて……どうしようもなく嬉しくなった。
「皆さん、お変わりないようで安心しましたよ」
「星達もね、なんだか慌ただしい再会になってしまったけど……」
「……ところで、犬渡聖哉という白狼天狗は何処に行ったんだ?」
まがりなりにも助けてくれたのだ、礼の一つでも言わなければ。
無論それだけで済ますつもりはない、尤も……相手が下賤な要求をしてきたらそれ相応の報いを受けてもらうつもりだ。
「少し用事があるって今は離れているわ。とりあえず彼が戻ってくるまでここに居るわよ」
「? それはどうしてだい?」
「今の私達、彼と行動を共にしないと妖怪の山の天狗達に狙われる羽目になってしまうからね」
「……それは、一体どういう事だい? 詳しく話してくれ」
妖怪の山の勢力に狙われる、そう聞いてしまえばナズーリンとて穏やかではいられない。
険しい顔つきで問いかける彼女に、一輪はそっとため息を吐きつつ――今までの経緯を説明した。
聖輦船が地底で起こった事件の影響で地上に飛ばされた事。
その際に山の頂上にある神社に墜落しそうになり、そこで聖哉とその神社の者達に助けられた事。
経緯はどうあれ山の侵入者になってしまった自分達を、聖哉が監視という名目で好きに動く事を許してくれている事。
「と、いうわけで彼は敵じゃないどころか恩人であり友人なわけ。だからそんな敵意剥き出しな視線を向けないでよ?」
「う、む……」
「そーだよ、聖哉ってばめっちゃいいヤツなんだからさー。ここの代金だって払ってくれたんだよ?」
「その点に関しては感謝しているが、安易に信用するに値する輩なのか? 此方に協力しているのだって山の連中が我々の力と聖輦船を自分達の物にしようと企んでいないとどうして言える?」
寧ろ、その可能性を考えない方がどうかしているとナズーリンは思う。
妖怪の山の組織力は妖怪の中では抜きん出ている、それは同時に完全なる上下社会を意味していた。
白狼天狗など山の勢力では下から数えた方が早い下っ端だ、そんな彼が仮に此方の味方だったとしても……それが山の総意であるわけがない。
それだけではない、話に聞いた守矢神社という組織とて同じことを考えている可能性は充分に考えられる。
安易に暴れずに尚且つ白蓮の為に行動している一輪達は流石と言えるが、かといってその白狼天狗を信じるその姿勢には苦言を呈したかった。
「……わたしも、ナズーリンと同意見だよ」
「ぬえぬえ?」
「だってそうじゃない。協力するフリをしてないってどうして村紗達は信じれるの?
聖輦船が完全に直ったら、そのまま奪い取る気なのかもしれないのよ? そんな事になったら、聖を救う事なんてできなくなるじゃない!!」
「そ、それはそうだけど……聖哉はそんなヤツじゃ」
「村紗はどうしてそんなにあの天狗を信じられるの? あー……わかった、惚れちゃったんでしょ?」
「なっ!? そんなわけないでしょ!! ぬえぬえ、それ以上言ったら怒るよ!!」
睨み合う水蜜とぬえ、周囲の空気が重苦しいものに変わっていく。
せっかく再会できたというのに、何故早速口喧嘩を始めているのか……。
二人の姿に星と一輪は呆れたようにため息を吐き、二人を止めようと声を掛けようとした時だった。
「――すまん。待たせたか?」
タイミングが良いのか悪いのか、聖哉が謝りながら部屋へと入ってきた。
全身の視線が彼に集中し、何故注目されているのかわからない聖哉は首を傾げる。
「ちょうどよかったわ、診療所で喧嘩する子供たちを引き取ってくれるかしら?」
「喧嘩?」
視線を彼女達に向ける聖哉、見ると視線を向けている中でぬえとナズーリンが自分を睨んでいる事に聖哉は気付く。
敵意、というよりこれは警戒心だろうか。
ぬえは前々からそうだったが、ほぼ初対面のナズーリンにまで向けられるのはどうした事か。
疑問に思いつつも、永琳が迷惑がっているのは確かなようだ、彼女の視線がどことなく棘が含まれている。
なので聖哉は彼女に一言謝ってから、すぐに星達を連れて永遠亭を後にした。
木漏れ日が差し込む迷いの竹林の中を歩く一行、その間にもぬえとナズーリンの視線が突き刺さる。
「……申し訳ないが、その睨むような視線を向ける理由を教えてはいただけないでしょうか? 正直な話、私には思い当たる事がありませんので」
「アンタを信用できないからに決まってるじゃない」
「ぬえ、なんて失礼なことを言うのですかっ」
「星こそどうして簡単に信用するわけ? こいつは所詮妖怪の山の下っ端天狗よ、上の連中がわたし達を始末しようとしたら簡単に敵に回るじゃない!!」
「……」
その言葉に、星はおろか一輪達も何も言い返せなくなった。
それは否定できない事実だからだ、それだけ山の組織力の高さは大きいものだから。
彼が真摯に自分達に協力しているのは十二分に判っているし疑うべくもない、しかしぬえの言う通り山の重鎮達が命じれば……。
「――お二人の気持ちは判ります、否定できないのも事実です。ですが……私は決して皆を裏切りません、どうかそれだけは信じてはもらえませんか?」
「そんな言葉だけで信じられるわけないでしょ? アンタさあ、私達の事を馬鹿にしてるの?」
「……そのような事はありません」
「だったら証拠を見せてよ、それができないくせに信じてもらうなんて虫が――」
「ぬえ」
一言、星が彼女の名を呼んだ瞬間。
空気が一変し、誰もが声を発せぬほどの息苦しさに見舞われた。
「あなたは恩を仇で返すのですか?」
「わ、わたしはただ本当の事を」
「黙りなさい」
静かに、しかししっかりと声に妖力を込めて星はぬえの言葉を遮る。
怒鳴ったわけでもないその一言だけで、ぬえは完全に委縮してしまった。
(毘沙門天の代理……肩書に相応しい威厳だな)
声こそ穏やかなものだが、そこに込められた迫力や威圧感というのは並の妖怪では出せぬ強さがある。
それも相手を押し潰さんとする強引さではなく、諭すような神々しさすら感じられるのだから流石というべきか。
「ナズーリン貴女もです、彼は私達の命を救ってくれただけでなく今もこうして協力態勢を築こうとしてくれている。そんな彼になんという態度をしているのですか?」
「……」
ナズーリンは何も言わない、自身の態度に対し反省の色は見せているが……否定する意思は見せなかった。
「寅丸様、そこまでにしませんか? せっかく再会できた家族だというのにそのような……」
「いえ、こうした事はきちんとしなければなりません。……ですが正直、失礼とは思いつつも私も気にはなるのです。
聖哉さん、あなたは何故そこまで私達に協力してくれるのですか?」
「……それは」
「まだ少ししかお話していませんが、あなたが心優しく善意で私達の力になろうとしてくれているのは判ります。
とはいえ純粋な善意だけとも思えずかといって先程ぬえの言ったように我々の力を利用しようとしているようにも見えない、なのでもし宜しければ教えていただけませんか?」
「……」
その問いに、聖哉は困り顔を浮かべる。
問いに答えられないわけではない、ただ……。
「もちろん話したくないのであれば構いません。どうあれあなたが私達の恩人であり友人である事に変わりはないのですから」
「寅丸様……」
純粋な眼差し、嘘偽りない星の言葉と瞳に聖哉はますます困ってしまった。
そのような事を言われてしまえば、話す事を躊躇っている自分がひどく滑稽に思えてしまうからだ。
「…………判りました。ではまず落ち着いて話せる場所に行きましょう」
「ええ、そうですね。一輪達もいいですか?」
「私は構わないわ。私も気になるから」
「私も私もー。あ、でもどんな理由でも聖哉が私の友達なのは変わりないからね?」
「ありがとな、水蜜」
「へへー……」
ニカッと微笑む水蜜に、聖哉も笑顔を返す。
……ナズーリンとぬえは何も言わないが、反対意見が出ないので聖哉は皆と共に竹林を抜けある場所へと向かった。
そこは……人里の中。
「聖哉さん、宜しいのですか? 妖怪である我々が人間の里に入っても……」
「騒ぎを起こさなければ大丈夫です。ここには妖怪の店もありますし……」
「おっ? お前さんは、もしかして犬渡の兄ちゃんかい?」
聖哉が星達に里の事を説明していると、突然中年ほどの男性が彼に声を掛けてきた。
顔を見るが聖哉にはその男性との認識は思い浮かばない、そもそもこの里に知り合いなどそれこそ阿求と慧音程度しか居ないのだ。
しかし男性は聖哉に対して有効的な、それでいて感謝を示すような柔らかな笑みを浮かべている。
「……確かに私は犬渡ですが、あなたは?」
「ああ、すまんね。俺は里の自警団の一員なんだが……この間の事、感謝したくてな」
「この間……」
頭を捻って記憶を遡らせる。
……そういえば、前に妖怪になりたての獣が里に入ってくる前に討伐した時があったが、その事だろうか。
聖哉がそう訊ねてみると、男は「そうそう」と嬉しそうに頷いた。
「ありゃあ兄ちゃんの手柄だってのに、俺達自警団の手柄になっちまったからなあ……悪い事をしたと思ってたんだ」
「いえ、そうしなければ余計な問題に発展していた可能性がありましたので私は気にしていません。ですのでお気になさらず」
「……お前さん天狗様なんだろ? 随分腰が低いなー、そんなデカい図体してんのに」
「はは……」
あなたも、天狗に対して馴れ馴れしいですねとは言わないでおいた。
畏まられるような立場ではないし、こうして人間に友好的に接してもらえるのは彼にとって嬉しい事だからだ。
その後も少し話をして、男性は去っていった。
しかしその後も里を歩いていると、様々な人間に声を掛けられその度に感謝されるという聖哉にとって予想外な出来事が起こってしまう。
阿求によって幻想郷縁起に自身の事が記載されている筈なのだから、こうして友好的に接するなどないと思っていたのだが……。
(阿求、ちゃんと書いたのか……?)
友好的に接してくれるのは嬉しい、だが自分はあくまで妖怪でしかない。
だから本来こういった関係は間違っている……そこまで考え、矛盾している自身の心に聖哉は呆れ返った。
人間と仲良くなりたいくせに、人と妖怪の本来の関係を望むなどあべこべではないか。
「……聖哉さんは、妖怪でありながら沢山の人に慕われているのですね」
「え、ええ……有難い事です。それが本当に正しいのかは別として」
「正しいと私は思いますよ、確かに人と妖怪の関係性は昔から変わらないかもしれませんが……聖が願う世界の縮図を、聖哉さんは見せてくださいました」
人も妖怪も種族関係なく、共に生きれる世界。
それが白蓮の、そして彼女を慕う星達の決して諦められぬ夢。
それを目の前の彼は完全ではないにしろ見せてくれた、それが星達の夢を強くさせる。
「……」
顔が熱い、見えないがきっと自分の頬は赤く染まっているだろう。
まったくもって毘沙門天の代理様は真っ直ぐ過ぎる、放つ言葉も向けてくる視線もだ。
今まで殆どの者が笑い飛ばし蔑んできたモノを尊いものだと信じ、感謝するなど……否が応でも「嬉しい」と思ってしまうではないか。
「……ねえナズーにぬえぬえ、本当に今も聖哉の事が信用できない?」
「……」
「そ、そんなの……」
信用できない、そう言いたいのにぬえもナズーリンもその言葉を放つ事ができなかった。
本物だった、人間達が聖哉に向ける視線が上辺だけのものではなく純粋な感謝と好意が宿っていた。
その光景を二人はかつて見た事がある、そう……白蓮と人間達とまったく同じ光景だった。
けれど……信用できるかどうかとはまた違う話だ。
己に言い聞かすように二人はそう呟くと、一輪と水蜜はそんな二人に聞こえるようにため息を吐き出した。
◆
一件の甘味処に、聖哉は星達を案内した。
あんみつに団子といった定番の和菓子を注文し、全員の口元には自然と笑みが浮かぶ。
「ねえ聖哉、ホントに食べていいの?」
「ああ、金の心配ならしなくていいぞ。遠慮なく食べてくれ」
聖哉がそう言うやいなや、早速甘味を口に運ぶ水蜜。
ぬえもその後に続き、その姿に苦笑しつつ一輪もそれに続いた。
一方、星とナズーリンは甘味に手を出さず……早速とばかりに先程の問いを切り出した。
「それでは聖哉さん、話していただけますか?」
「……笑いませんか?」
「勿論です。私は……いえ私達は決して笑う事も貶す事もしないと約束します」
「……」
星にそう言われ、聖哉は一度お茶を飲み喉を潤してから。
「…………私が何故ここまで寅丸様達に協力するのか、それは……あなた方が聖白蓮さんを助けられないままなのが、嫌だからです」
先程の問いに、答えを返し始めた。
「えっ?」
「何だと……?」
彼の言葉に、星達は怪訝な表情を見せる。
何故無関係である筈の彼が白蓮を助けられないままなのが嫌なのか、意味が判らなかった。
「あなた方の関係は一輪達から聞きました。白蓮さんを含め皆が同じ夢を抱く同志であり、友であり、そして……家族だと」
「はい。ですがそれだけの理由で……」
「私にとって充分過ぎる理由なのです。――家族が離れ離れなんていうのは、たとえ無関係の者であっても嫌だと思ってしまいますから」
「…………それは、何故だい?」
そう問いかけるのは、星ではなくナズーリンだった。
「私は白狼天狗と鴉天狗の混血児です、そして白狼天狗は同種の天狗以外の者とは子を成してはならないという山の掟があります。
私の両親はその禁忌を破っただけではなく、そのまま私を置いて山を降り……そのまま死に絶えました。
どうにか私は天魔様や清十郎様……大天狗様の庇護のお陰で山の白狼天狗として生きる事は許されましたが、その……そういった経緯でしたから、幼年期は孤独だったのです」
「……孤独」
「家族は居ませんでしたし、友人と呼べるような者達も……。
だからでしょうか、そういった者に今でも憧れを抱くと同時に……そんな家族が離れ離れになっているという事実そのものが、嫌だと思ってしまうのは」
家族は、強い“繋がり”に満ちたものだと聖哉はそう強く信じている。
だから嫌だった、認めたくなかった、このままでは許せなかった。
大切に想う家族を求める星達を、何が何でも助けたいと思うのは彼にとって“当たり前”の事だったのだ。
単なる自己満足、自分には家族が居なかったからという羨望の感情から来るものだと判っていても……抑えられなかった。
「互いを想う家族が共に生きられないなど悲しすぎます、そんなのは私は許せない。
……きっと、私のこの考え方はおかしいのでしょうね。
ただの自己満足に過ぎない……己が持ちえなかった繋がりを消したくないだけ、それでも……それでも、私は」
この感情を無視する事も、抑えきる事もできない。
今は友が居る、自分を好いてくれる者も居てくれる。
それがより一層聖哉に家族の“繋がり”に対するこだわりを強めていた。
「…………もう、いいよ」
「えっ?」
「もういいよ、判ったから!!」
そう言って勢い良く立ち上がるのは……瞳に涙を滲ませるぬえであった。
くしゃくしゃになった彼女の表情に、場に居た全員が驚いていると。
「ごめんね……今まで嫌な態度とって、本当にごめんねーーーっ!!」
彼女はその表情のまま、飛び掛からん勢いで聖哉の身体を抱きしめ始めた。
小柄な為に抱き着いているといった方が正しいかもしれないが、とにかく彼女の行動にまたしても全員が驚きを見せる。
「決めた、今日から私がアンタのお姉ちゃんになってあげるわ!!」
「えっ……えっ?」
「遠慮する事なんかないわ、私の方がすごい年上だし……これからは“ぬえお姉ちゃん”って呼んで構わないから!!」
「え、えぇー……?」
突然何を言い出すのだろうか、この娘は。
そう思った聖哉達であったが、ぬえの表情は真剣そのものであった。
どうやら彼女、聖哉の境遇を聞いて変なスイッチが入ってしまったようで。
彼女なりに考えた故の提案なのだろう、とはいえそれがかなりぶっ飛んだものだというのは否めないが。
「ほら聖哉、ぬえお姉ちゃんって言って?」
「で、ですけどね……」
「敬語なんていらないわ、今日からわたしはあなたのお姉ちゃんなんだから!!」
「……ぬえぬえが壊れた」
「いや、まあ……あの子なりの優しさなんでしょうけど、ね」
「う、うむ……そうじゃろうな」
よしよしと聖哉の頭を撫で、「ほーらお姉ちゃんに甘えなさいね~」と聖哉をあやすぬえの姿は、違う意味で正体不明の妖怪に見えた。
案の定と言うべきか、聖哉は若干引き気味の表情を浮かべ乾いた笑いを零している。
「……」
「ナズーリン、あなたの危惧する事はきっと正しいのでしょう。ですが山の妖怪は信じられずとも……彼は信じても良いのではありませんか?」
「…………善処するよ」
あくまでも考えを変えない彼女に、星は「頑固ですねえ」と呟きつつ苦笑する。
「ほら聖哉、ぬえお姉ちゃんって呼びなさい!!」
「あの……勘弁してくれませんか?」
「敬語なんかいらないって言ったでしょ? 遠慮なんかしなくて大丈夫だから!!」
「遠慮とかじゃなくてですね……」
その後、ぬえは聖哉が「ぬえお姉ちゃん」と呼ぶまで彼の身体から離れようとはしなかった。
巨人のような青年に小柄な少女が抱き着くという珍妙かつ怪しい光景に、悪い意味で周囲の視線は集まっていき。
それに巻き込まれた星達は、暫し居心地の悪い思いをしたとかなんとか……。
【簡潔なキャラ紹介】
・虎丸星
虎の妖獣にして毘沙門天の代理。
生真面目にして代理を務めるに相応しい人格者、ただちょっと抜けてる面もあり。
聖白蓮が居ない今では一輪達を纏めるリーダー的存在、毘沙門天の宝塔を持つ彼女の力はかなりのものだが直接的な戦闘はあまり得意ではない。
・ナズーリン
鼠の妖怪、星の部下だが本来の彼女は毘沙門天の部下である。
特技は部下のネズミ達を使った諜報活動、小柄な身体ながら態度は尊大で少々生意気。
しかし「賢将」と呼ばれるだけあって考え方は現実的で聖哉の事をあくまで「山の天狗」として見ているためにまだ信用していない。
・封獣ぬえ
通称「ぬえぬえ」「ちゃんぬえ」、千年以上生きる大妖怪だが見た目も中身も結構子供。
聖輦船メンバーの中では末っ子的ポジション、原作とは違い封印される前から聖達とは知り合いで仲が良い。
ナズーリンと同じく聖哉を信用していなかったが、今回の件で彼の境遇を知り孤独だった自分を重ねた結果、なんでか「姉」としての気持ちに目覚めた。
聖哉に自身を「ぬえお姉ちゃん」と呼ばせるように強要しているが、聖哉としては勘弁願いたいと思っている。
何故そんな事を思い付いたのかは一輪達曰く「末っ子だからお姉ちゃんぶりたくなったのだろう」との事。