狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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七七日も終わり、ひと段落着く事が出来ました。
投稿ペースを上げられるように頑張りますので、少しでも楽しんでいただけれると幸いに思います。


第40話 山の侵入者~再び現れし大僧正~

「ほら、じっとしてなさいって」

「ヤメテ! 私ニ乱暴スル気デショ!? エロ同人ミタイニ、エロ同人ミタイニ!!」

「…………ちょっと聖哉、この子に何を教えているのかしら?」

 

「誤解です。誤解ですから槍を持った上海達で囲まないでください」

 

 自分を絶対零度の目で睨み、槍の切っ先を突き付ける上海人形達を展開するアリスに聖哉は必死に弁明する。

 両手を上げて抵抗の意思がない事を示しつつ「私は無実です」と視線で訴えるが、アリス達の敵意はちっとも消えてくれなかった。

 

 今日はイリスの様子が見たいと言ったアリスの元へ出向いただけだというのに、何故変質者を見るような視線で睨まれなければならないのか。

 そもそもイリスが先程放った意味不明な言葉は一体どういう意味なのか、そのせいで槍を突き付けられるなど……泣けてくる。

 

「はぁ……あなたにこの子を預けたのは失敗だったかしら」

 

「だから誤解だって。俺はイリスに変な事なんか何一つ教えてない」

 

「じゃあ今の発言は何?」

 

「そう言われもな……」

 

「クッ、殺セッ!!」

 

 胸元を庇うように両手を交差させながら、またしてもよく判らない事を言い放つイリス。

 ……アリスの聖哉を見る目がより一段と冷たくなった。

 

「イリス、頼むからもう何も言わないでくれ……俺の冤罪がどんどん積み重なっていくから……」

 

「ソンナ……私トノアノ燃エ上ガルヨウナ夜ハ何ダッタノ!? 私トハ遊ビダッタトデモイウノ!?」

 

「話聞いてたよね? なんでそういうややこしくて誤解を招くような発言をするんだ!?」

 

「冗談デスゼ、旦那ァ」

 

 今度はへっへっへと怪しく笑いながら、揉み手を始めるイリスに聖哉はもう何も言えなくなった。

 そんな彼の姿に不憫に思ったのか、慰めるようにイリスはポンポンと彼の肩を叩き……。

 

「って、お前のせいだろお前の!!」

「フハハハハハッ!!」

 

「……」

 

 なんだこいつら、突然漫才を始めた二人にアリスは頭痛を覚えため息を吐き出す。

 巨人のような青年が小さな少女のような人形とギャーギャー騒いでいる光景は、ある意味恐ろしく映った。

 ただ、見ていて楽しくもあったし……何より、アリスにとってイリスという人形は最初に作成した思い入れのある子なので、そんな彼女が楽しそうにしている姿を見られるというのは嬉しく思う。

 ぎゃーすか喚く二人を暫し眺めていたアリスだったが、やがてため息を吐きながら魔力で生成した魔法の糸を操り……イリスの身体を拘束した。

 

「キャッ!?」

 

「おとなしくしてなさいっての。今からあなたのパーツの劣化具合を調べるんだから、動けなくなったら嫌でしょ?」

 

「緊縛プレイナンテ……アリスノ変態!!」

 

「はいはい」

 

 もう一々相手にするのも面倒といった様子で、アリスは拘束したイリスを無視しながらメンテナンスを開始した。

 如何に自我を持っているといっても身体は人形でしかないイリス。

 あちこち動き回って関節部等のパーツが劣化していないかチェックするアリスだったが……。

 

「……はい、おしまい」

 

「え、もう終わりなのか?」

 

 聖哉の予想に反して、メンテナンスはものの数分で終わってしまった。

 少しばかり手や足の関節部を見て何か魔力のようなものを送っただけで、修復作業といったものはしていない。

 なのでおもわず聖哉はアリスにそう問い掛けてしまった。

 

「ええ、前にも言ったけどこの子は私が最初に作った人形でね、他の上海達と違って使用しているパーツの質が良いものなのよ。だから少し魔力を送ってあげれば後は自動的に劣化具合を直してくれるの」

 

「フッ、上海トハ違ウノダヨ、上海トハ!!」

 

「あなたも上海人形でしょうに……本当におかしな子になっちゃったわね」

 

 最初に自分から喋り出した時は、少々引っ込み思案で奥手な感じだったというのに。

 

「まあ別に何か問題があるわけじゃないのならそれでいいさ、よかったなイリス」

 

「……オウヨ」

 

 自分に向かって笑顔を向ける聖哉から顔を逸らし、呟くイリス。

 その頬はほんのりと赤く染まり、照れているのが判り聖哉は一層彼女に優しい視線を送っていた。

 

(ただ、どうしてイリスが私の魔法無しで動けるようになったのかは、わからなかったけどね)

 

 今のイリスは既にアリスが所有している“上海人形”の一体ではなく、完全なる自立人形に近い存在に変化しつつあった。

 いずれはあの“メディスン・メランコリー”のように妖怪化する可能性もあり、そうなればもう自身の魔法も付与する事はできなくなるだろう。

 その原因が何なのか、元凶は赤くなったイリスの頭を優しく撫でている聖哉である事は間違いないのだが……どういう作用でこうなったのかは解明できていない。

 

(霊夢達の話では、彼には天狗はおろか並の妖怪にはない特殊な能力があるって話だけど……)

 

 はたして彼は一体何者なのか、それを知っているであろう八雲紫は春が近づいている今も姿を現してはおらず、謎は深まるばかりだ。

 それが解明できれば自身の夢――完全なる自立人形の作成という夢の実現に一歩近づくというのに……。

 

(……駄目ね、そんな考えは捨てないと)

 

 自分の夢は自分の力だけで叶える、そうでなければ意味はないとアリスは考えている。

 だからたとえ今のイリスの状態を理解できたとしても、その知識を自身の夢の為に使うわけにはいかない。

 どんなに遠い道のりだとしても、魔法使いとして自身が決めた到達点は自分の力だけで辿り着かなければ。

 

「わざわざ来てくれて悪かったわね。お詫びと言ってはなんだけど今からお茶とお菓子を用意するから食べて行ってくれる?」

 

「あー……すまんアリス、せっかくの誘いだがまた次の機会にしてくれるか?」

 

 椅子から立ち上がり、イリスを自身の頭の上に乗せる聖哉。

 

「何か用事でも?」

 

「……詳細は言えないが、数日前に山で異常があってな。突然空間が裂けたと思ったら見た事もない生物が現れたんだ。その件で調べたいと思っているんだよ」

 

「見た事もない生物? 妖怪ではないの?」

 

「おそらくは、な。巨大な目玉に翼が生えた異形の生物だった、妖力は感じなかったから妖怪ではないだろう」

 

「……翼が生えた、巨大な目玉?」

 

「? アリス、どうしたんだ?」

 

「……いいえ、なんでもないわ」

 

 急にアリスの様子が変化したことに気づいた聖哉は問いかけるが、明らかになんでもないわけではない反応を返されてしまった。

 顎に手を当て何やら考え込み始めてしまい、迂闊に声を掛けるのも躊躇われる。

 

(彼女は前に山に現れたあの生物の事を知っているのか……?)

 

「…………聖哉、その生物達をどうしたの?」

 

「え、あ、ああ……攻撃を仕掛けられたから応戦した。数は多かったが力自体はたいした事なかったからすぐに対処できたけど……」

 

「そう……。――おかしな事を聞いてごめんなさい、少し記憶を思い返してみたけどその生物に対して思い当たる事はなかったわ」

 

 力になれなくてごめんなさいと、アリスは謝りつつ申し訳なさそうに聖哉へ頭を下げた。

 

「いや、アリスが謝る事ない。こっちこそ変な事を言って悪かったな」

 

「いいえ。……でもあなたも大変ね」

 

「山の天狗として調べるのは当然だ。――それじゃあ、今日は失礼するよ」

 

 そう言って、聖哉はアリスの家をイリスと共に後にする。

 空を飛び妖怪の山方面へと進みながら、聖哉は先程のアリスの反応に僅かな違和感を覚えていた。

 

(アリスはああ言っていたが、本当に知らないのか?)

 

 嘘を吐いているようには見えないが、かといって真実を話しているようにも聖哉には思えなかった。

 確証を持てないから滅多なことは言えない、そんなアリスの心中が先程の様子から見え隠れしているようにも思えた。

 

「ッ、セーヤ!!」

「どうした、イリス?」

 

 突然頭を叩きながら大声を上げるイリスに、聖哉はその場で止まり問いかける。

 この慌てようはただ事ではない、彼女の様子からそう判断し身構えた瞬間。

 ぐらりと、彼の視界が揺れ異質感が漂い始めた。

 

(これは、あの時と同じ……!)

 

 数日前の異常、空が割れ異形の生物が現れた時の感覚だと聖哉が思うと同時に。

 あの時と同じように、硝子にヒビが入ったような音を鳴らしながら……空間に綻びが生まれ始める。

 文字通りひび割れていく空を睨みながら、聖哉はイリスに下がっているように言いながら力を開放し。

 

――ひび割れた空に向かって、複数の“札”がそれを塞ぐように展開された。

 

「えっ?」

「ナニ……?」

 

 霊力が込められたその札は、淡い光を放ちながら瞬く間に割れていく空を修復していく。

 まるで映像の逆再生を見せつけられているかのような光景に、聖哉とイリスは茫然と眺める事しかできず。

 やがて、何事もなかったかのように空は元に戻り役目を終えた札はその場で消滅した。

 

「はい、おしまい」

「……霊夢、か?」

 

 お祓い棒を右手に持ち、赤いリボンで長い黒髪を束ねた巫女服姿の少女。

 この幻想郷の番人の一人、博麗の巫女こと博麗霊夢は面倒そうにため息を吐きつつ、一瞬で異変を解決してしまった。

 彼女だけではない、霊夢の隣には猫又の少女、八雲藍の式である橙の姿もあった。

 

「お前、なんでこんな所に……」

 

「ちょっと藍に面倒事を頼まれてね」

 

「面倒事?」

 

「――さっきみたいな異常が、幻想郷のあちこちで起こっているらしいのよ」

 

 肩を竦め、霊夢は決して無視できない言葉を放つ。

 それを聞いて聖哉は当然驚きを見せ、そんな彼を見ながら霊夢は言葉を続けた。

 

「紫はまだ寝ているし、藍一人じゃ対処しきれないって事で私が駆り出されたのよ。わざわざ自分の可愛い式まで同行させてね」

 

(……山で起こった異常が、幻想郷の至る所で起こっているだと?)

 

 間違いなく、これは博麗の巫女が介入すべき“異変”と化している。

 それだけではない、もっと大きな……今の状態すら生ぬるいと思える程の異常が、この幻想郷に巣くっているようにすら思えた。

 

「霊夢、俺に手伝えることはないか?」

 

「悪いけど聖哉じゃ役に立てないわ。この空が割れる異変だけど……どうも、妖怪の仕業じゃないみたいだから」

 

「何……?」

 

 妖怪の仕業ではない?

 そんな馬鹿な、これだけの事をやってのける元凶が妖怪ではなく……人間だとでも彼女は言うのだろうか。

 

「犯人が何者なのかは知らないけど、この異常を引き起こしている箇所から“法力”の残滓を感じるのよ」

 

「法力……」

 

「妖怪には扱えない力、厳しい修行と徳を積み重ねた僧にしか扱えぬ光の力。まあ“僧侶憑き”みたいな例外はあるけど……私の勘は、犯人が妖怪じゃないって訴えているのよ」

 

「……」

 

 博麗の巫女の勘は、人間の勘ではないレベルで抜きん出た一種の能力である。

 時に未来予知に近い結果を文字通り身体で感じ取れるそれにより、代々の巫女は人の身でありながら数多の妖怪を抑え込めると聞く。

 

「まあそういうわけだから、妖怪である聖哉じゃさっきの現象に対応する事はできないわ。結界術に秀でた藍やその式である橙は例外だけど」

 

「……む」

 

 確かに、あの割れた空間を元に戻す技術は聖哉には無い。

 彼女の言う通り、今の自分では役に立てないと認めざるをえなかった。

 

「まっ、異変解決は私の仕事だからちゃんとやるわよ。心配しないでアンタは天狗らしく山に戻ってなさい」

 

「……そうだな。確かにそれが正しい選択だと――」

 

 思う、そう口にしようとした聖哉の全身に――悪寒が走った。

 周囲の空気は変わらず、気配だって聖哉達三人以外のものは感じない。

 

 だというのに。

 聖哉のその“眼”は、前にも味わった感覚と重圧を察知していた。

 

「……聖哉さん?」

 

 顔を険しくさせる聖哉に、橙が声を掛ける。

 対する彼は、一度小さく呼吸をしてから重苦しい口調で彼女にこう返した。

 

「橙、すぐにここから離れろ」

 

「えっ?」

 

「すぐに九尾様の元へ向かうんだ。いいか、振り向かずに全速力でここから逃げろっ!!」

 

「え、え、え……?」

 

 困惑する橙。

 突然の言葉に、当然ながら彼女の表情に困惑の色が浮かぶ。

 だが聖哉には説明する時間などなかった、すぐに地面に降り立ち戦闘態勢に入ろうと大きく深呼吸を繰り返す。

 

「――橙、聖哉の言う通りすぐにここから離れなさい」

 

「霊夢?」

 

「私達は離れろって言ってるの。説明する暇なんてないんだから、四の五の言わず行きなさいっ!!」

 

 叫ぶようにそう告げ、霊夢も聖哉と同じように地面に降り立つ。

 一体何なのかと尚も困惑したままの橙を、聖哉と霊夢はキッと睨みつけた。

 その視線を受け身体をビクッと震わせた橙は、漸くその場から全速力で離脱した。

 そうして、橙の姿が完全に二人の視界から消えたと思った瞬間。

 

「――驚いたね。完全に気配を消せていたと思っていたんだけど」

 

 鬱蒼と生い茂る森の木々。

 その隙間の縫うように、若い男が僅かに驚きながら聖哉達の前に現れた。

 

「な――」

 

 対峙した瞬間、聖哉の口から驚愕の声が放たれる。

 袈裟を身に纏った僧侶の出で立ちをした男。

 ……知っている、聖哉は現れた男と前に出会っていた。

 だが再び会う筈などありえない、何故ならその男は。

 

「生きて、いたのか……」

 

「? 聖哉、コイツ……知っているの?」

 

「……俺の友人達の命を狙った奴だ、だがあの時確かに……」

 

 その命を、奪った筈だ。

 風の剣をまともに受けた、あの場をすぐに離れたので遺体は確認していないが生きているとは到底思えない。

 

「生きていた、というのは違うよ。あの時の僕は確かに死んでしまったから」

「……?」

 

 違和感が、聖哉の脳裏に浮かぶ。

 出現した男は、確かにあの廃寺で戦った男と同一の存在だ。

 しかし今の言葉と、何より男が放つ雰囲気があまりにも前とは違い過ぎており、本当に同一人物なのかという疑問が生まれてしまった。

 

 感じ取れる法力の強さは前と同じだ、しかし男の物腰はただひたすらに柔らかく穏やかなものであった。

 前回の激情は全く見られず、射抜くような殺気も敵意も感じられない。

 まるで友人と対峙しているような、そんな錯覚に陥りそうになってしまい、聖哉はすぐさま我に返り男に問うた。

 

「お前、何者だ? この異変を起こしているのもお前なのか?」

 

「そうだよ。自分の力のコントロールを取り戻すために異界の扉を無作為に開かせてもらっていたんだ、その甲斐もあって漸く元に戻ってくれたよ」

 

 呆気なく、男は自らが元凶だと認める。

 その態度に聖哉は驚き、それと同時に霊夢が動いた。

 

 放たれる退魔の札。

 ノーモーションに近い速度で放たれたそれは、真っ直ぐ男へと向かい。

 

「っ」

 

 同じくノーモーションで、男は向かってきた札を光の剣で一閃した。

 

「躊躇いなど微塵も感じられない一手……まだ若いのに、君は退魔の巫女として十二分に経験を積んできたようだね」

 

「そういうのはいらないからさっさとやられちゃいなさいよ、こっちはさっさと異変を解決してのんびり過ごしたいの」

 

「……経験は積んでいるようだけど、まだまだ子供だね。内に眠る才能をまるで生かしきれていない」

 

 憐れむように、男は口元に笑みを浮かべる。

 それが気に食わないのか、霊夢の表情に険しさが増した。

 

「今のは挑発でも嘲りでもないよ。――君は巫女として非凡だ、けれどその気質が全てを台無しにしている」

 

「余計なお世話よ。アンタに何が判るの?」

 

「少なくとも、君にはまだまだ“覚悟”が足りないという事だけは判るよ。人間の巫女でありながら妖怪である天狗と行動を共にしている……人と妖怪の在り方をまるで理解していない半人前だ」

 

「……」

 

 空気が、変わった。

 今の言葉を、彼女がどう捉えたのかは判らない。

 だが、霊夢にとって男が放った今の言葉が決して許容できるものではなく。

 

「――なら、アンタ自身の命で試してみようか?」

 

 彼女の内側を刺激し、激昂させるには充分な意味があったようだ。

 

「人にとって妖怪は絶対的な“敵”だ、それは未来永劫変わらない在り方であり理でもある。

 ――だというのにこの世界はそれを破り、歪な形で留めている。そんな事は許されないんだ」

 

 霊夢の激昂によって変化した空気が、男の発言一つで凍り付いた。

 右手に持つ金剛杵から放たれる光の刀身が、より一段と輝きを見せる。

 それは明確に聖哉と霊夢の命を奪うと示しているようにも見え、けれど楽園の巫女は微塵も怯まない。

 

「邪魔はさせないよ、僕はなんとしても――――“あの人”を魔界から救い出さなければならない!!」

 

 駆け抜ける光。

 男は真っ直ぐに聖哉達二人を斬り伏せようと地を蹴った。

 

「ちっ……!」

 

 考え事をしていたせいか、一瞬だけ聖哉の反応が鈍る。

 しかし愚考を見せる彼とは違い、霊夢は自ら男との間合いを詰めるために獲物を強く握りしめ男の一撃を迎え撃った……。

 

 

 

 

「っっっ」

 

 “それ”は、突然の事であった。

 守矢神社の裏手、今は聖輦船が着水し河童達によって修理が行われている中。

 

「うわあっ!?」

「ひゃあっ!?」

「ひゅいっ!?」

 

 突如として、聖輦船に乗っていた河童達の悲鳴が湖に木霊した。

 それと同時に投げ飛ばされるように船から吹き飛ばされる河童達、

 一体何が起きたのか、離れた場所でそれを眺めていた一輪達はすぐさま聖輦船へと向かい。

 

「っ、お前は……!?」

「え、えっ……何で!?」

 

 かつて廃寺にて星とナズーリンの命を奪おうとし、聖哉によって倒された筈の男が船に乗っている光景に、目を見開かせた。

 しかしそれも一瞬、すぐに全員我に返り此方に背を向けたままの男の前に着地する。

 

「……なんで、アンタが生きてるのよ!?」

 

 ぬえの叫ぶような問い掛けが響く。

 彼女の反応も無理はない、今一輪達の前に居る男は聖哉の必殺の一撃を受けてそのまま……。

 

「見事な腕だね。河童の技術力は相当なものだという話は聞いた事があったけど……完璧に修理してくれているみたいだ」

 

 男は一輪達を認識していないかのように、聖輦船の船体に視線を向け呟きを零す。

 あまりにも隙だらけのその姿はしかし、仕掛ければ呆気なく返り討ちにされると全員が当たり前のようにそう認識してしまう。

 故に一輪達は男と対峙したまま動く事ができず、そんな彼女達の視線など微塵も気にせず男は暫し船の調子を確かめるように歩き回る。

 

「――うん。これならば大丈夫そうだ、思ったよりも早く……魔界にいけそうだ」

 

 そして、男がそんな呟きを放つと同時に。

 それを耳に入れた一輪達は、凍り付いていたかのように動かなくなっていた身体を動かした。

 

「魔界……? ねえ、今魔界って言ったの!?」

 

「……そうだよ、この船には異界に移動できる力がある。僕にはどうしても魔界に行かなければならない理由があるんだ、そこに封印されている人を……助ける為に」

 

「封印…………まさか、あなたの目的って……聖様を救う事なの?」

 

 一輪が問う。

 すると男は、彼女の問いかけに頷きを返しながら。

 

 

「肉親を、“姉”を救おうと考えるのは当然じゃないのかな?」

 瞬時に理解するには、あまりにも困難な言葉を吐き出した。

 

 

「えっ……」

「姉、ですって……?」

 

 理解が、できない。

 言葉の意味が判らないわけではない、男の放った言葉がありえないと思っただけだ。

 

 ――聖白蓮には、かつて弟が居た。

 彼女以上の法力の持ち主であり、僧としての師であり最愛の家族。

 白蓮が老いる事を恐れ、魔の道に進ませる切欠となった大僧正。

 

「あなたの、名前、は……」

 

 震える声で、一輪はどうにかそれだけを口にする。

 すると男は、初めて彼女達に視線を向けながら、懐から金剛杵を取り出し。

 

 

 

 

 

「――聖命蓮、君達が恩を感じている聖白蓮の、弟だ」

 

 光が奔る。

 男――聖命蓮は自らの名を明かすと同時に、金剛杵から光の刀身を生み出しながら。

 一輪達の元へと踏み込み、その身体を一閃しようと光の剣を振るい放った……。

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