狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第41話 VS聖命蓮~奪われし救いの手~

 光が奔る。

 命蓮の放った光の剣が、首を刎ねようと一閃する。

 

「っ、こんのおっ!!」

 

 ガン、という鈍い音。

 間一髪、一輪を狙っていた光の剣は真横から割って入った水蜜の巨大な錨に弾かれた。

 後退する命蓮、そんな彼に間合いを詰めるのは――三つ又に分かれた槍のような獲物を持つ、封獣ぬえ。

 

 放たれる突き、小柄な少女の細腕から繰り出されたとは思えない程に重く鋭い一撃。

 風を斬り裂きながら迫る突きを、命蓮は軽々と光の剣で弾き飛ばす。

 更に踏み込むぬえ、続いては下から掬い上げるかのような斬り上げを放った。

 

「っ」

 

 重い衝撃が、一時的にぬえの両腕を痺れさせる。

 追撃も弾かれ、更に相手は返す刀でぬえを両断しようと光の剣を振り下ろす。

 

「ぅあ……っ!?」

 

 無我夢中で後退し、難を逃れるぬえであったが。

 無傷とはいかず、左肩に裂傷を刻まれ鮮血が舞った。

 

「雲山!!」

 

 後退するぬえと入れ替わるように、命蓮に向かって放たれる雲山の拳。

 大岩も一撃で粉々に打ち砕く破壊力を持ったその拳を、機関銃の如し速さと密度で放っていく。

 

「何じゃと……!?」

 

 だが無意味。

 逃げ場など殆どないというのに、命蓮は最低限の動きで雲山の連打を全て躱してしまっている。

 凄まじいまでの動体視力と反射神経だ、人間の行える所業ではない。

 

「ぬうう……っ!!」

 

 困惑しながらも、雲山は攻撃の手を緩めない。

 とにかく相手に一撃を与えなければ、拳が命中すれば確実にダメージを与えられる。

 そうなれば、後は皆の一斉攻撃で一気に片を付ければいい、その判断は間違いではなかったが。

 

「ごっ――――!?」

 

 意識を刈り取りかねない衝撃が遅い、雲山の動きが止まった。

 何が起きた、彼が思考を巡らせる前に再び衝撃が走り雲山はそれで戦闘不能となった。

 

「雲山!!」

 

「ぬ、ぐ、ぉ……」

 

 主である一輪の声にも、雲山は低い呻き声を上げる事しかできない。

 ……彼の身体には、小さな槍のようなものが突き刺さっている。

 金剛の輝きを放つそれは、光の剣を放つそれとは細部が異なるが金剛杵の一種。

 先端が鋭く尖っており、投擲武器として改良されているのが見て取れる。

 

「ヴァジュラの光よ、我が法力に従い楔となれ」

 

 静かにそう告げながら、命蓮は一輪達に向かって雲山を貫いたものと同じ金剛杵を一輪達に投げ放つ。

 

「ぐっ……!?」

「うぁ……っ!?」

 

 それと同時に、ぬえと水蜜の悲鳴が木霊した。

 ――まるで閃光だ。

 相手が投げ放ったと認識した時には、既に金剛杵は一輪達の眼前まで迫っていた。

 半ば無意識のうちに身体を動かした一輪はどうにか難を逃れたものの、反応できなかった二人はそのまま吹き飛ばされ船体に磔にされてしまう。

 

「う、く……う、動けない……」

 

「く、くっそぉ……」

 

 金剛杵に込められた法術が二人を捕縛し、行動不能に陥らせる。

 

(なんてデタラメ……コイツ、本当にあの聖命蓮様だというの……!?)

 

 戦慄しながらも、一輪はそう認識せざるをえなかった。

 千年以上生きている水蜜達をこうも手玉に取り、拘束するなど並の実力者ではない。

 更に金剛杵に込められた法力の大きさは、一輪達が最高の僧だと信じている白蓮以上に感じられた。

 

「……」

「え……」

 

 一人でも戦う、そう決意した一輪の表情が固まる。

 何を思ったのか、命蓮は右手に持っていた金剛杵から光の刀身を消し去り、懐に収めてしまった。

 もう戦いは終わりだと、敵を前にして彼は信じられない愚行を犯したのだ。

 

「……何のつもり?」

 

「如何に妖怪とはいえ安易に命を奪いたくはない。無駄な殺生は望みじゃないんだ」

 

「何を……廃寺で私達を殺す気だったくせに!!」

 

あの時の僕(・・・・・)はまだ己自身を取り戻せていなかったみたいでね、怨霊に近い存在になっていたんだ」

 

 意味の分からない言葉を放ちつつ、命蓮は胸元付近で両手を合わせ祈るように目を閉じる。

 そのあまりに無防備な姿に、一輪は困惑すると同時に……強い怒りを覚えた。

 お前達など殺す価値すらないと、命蓮の行動がそう告げているような気がして、一輪は両手で拳を作り飛び掛かろうとするが。

 

「っ!?」

「……?」

 

 耳を塞ぎたくなるような轟音が響く。

 “それ”は瞬く間に聖輦船を覆い、完全なる密室を作り上げた。

 

「風……?」

 

 船を覆い尽くしたそれは、嵐と見間違うほどの風であった。

 ギシギシと船体は小さな悲鳴を上げ、長時間ここに居れば船はおろか自分達も跡形もなく粉々に砕かれるだろう。

 

「皆さん、大丈夫ですか!?」

「まったく……面倒な事をしてくれるものです」

「一輪、皆さん、遅れてしまい申し訳ありません!!」

 

 遥か上空から、三人の少女が聖輦船に降り立つ。

 

 一人は守矢の風祝、東風谷早苗。

 一人は鴉天狗、射命丸文。

 そして最後の一人は、毘沙門天の代理である虎妖怪、寅丸星。

 

 この風は早苗と文が協力して展開した一種の結界なのだろう、二人は僅かに息を切らしている。

 

「星、ナズーリンは!?」

 

「ナズーリンは外で待機させています、それよりも……」

 

 キッと、星はいまだに祈りを続けている命蓮を睨みつける。

 その視線に気が付いたのか、命蓮は眠りから覚めるかのようにゆっくりと目を開け。

 

「――思っていたよりも早かったですね、毘沙門天様の代理」

 

 命蓮は右手を動かし懐からあるものを取り出す。

 それを見て、一輪は目を見開き星は先程以上の怒りを込めた視線を彼に向けた。

 

 命蓮が取り出したものは、黄金に輝く神具。

 今は香霖堂にある筈の“毘沙門天の宝塔”であった。

 

「な、んで……」

 

「姉さんの封印を解くには聖輦船だけじゃなくこの宝塔も必要なのだから、用意するのは当然だよ。

 古道具屋の店主には悪い事をしてしまった……少しばかり強引な手を使ってしまったからね」

 

 とはいえ、命を奪うような真似はしていないさ。

 命蓮はそう告げるが、それで納得できる一輪達ではなかった。

 聖輦船と宝塔は、一輪達が白蓮を救い出すために集めていたものだ。

 それを、命蓮と名乗っている得体の知れない男に奪われるなどあってはならない。

 

「……姉さん?」

 

「毘沙門天様の代理、僕の名は聖命蓮……姉さんから僕の事はある程度聞いてはいませんか?」

 

「命蓮……? そんな馬鹿な、聖の弟は遥か昔に寿命で……」

 

「ああ、死んでいるよ。今ここに居る僕は正確には聖命蓮ではないんだ」

 

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 

「僕は聖命蓮という人間の精神の一部、のようなものなのかな?

 姉である聖白蓮を残して逝ってしまった事、そしてそれが遠因となって彼女を魔の道へと陥らせてしまった事による罪悪感が形に成ったもの、と僕は認識しているんだ」

 

 とはいえ、自分自身も正確に自らの正体を理解しているわけではないと命蓮は語る。

 

「では、怨霊の類だと……?」

 

「どうだろうね。確かにこの身体は法力を扱える人間の身体に乗り移って使わせて貰っているけど、幽霊かどうかは判らない。

 でもそんな事どうでもいいんだ、今の僕は姉さんが平和に暮らしてくれる事だけを願っているから」

 

「……でしたら、何故このような事を? 私達の目的は同じ筈、ならば協力して」

 

「そんな事はできない。人間にとって絶対的な悪である妖怪と協力なんて、何故できるというんだい?」

 

 瞬間、命蓮の周りに漂っていた空気が一変する。

 空気が張り詰め、おもわず喉を鳴らしてしまう程の緊張感に襲われた。

 

「人間と妖怪は決して相容れられない、それは古の時代から変わらない世界の理だ。

 だというのに姉さんはこの理を破り全てが平等な世界を目指しているそうじゃないか。……そんなもの、この世のどこにもありはしないのに」

 

 蔑むように、憐れむように命蓮はそう吐き捨てる。

 己の姉の夢を真っ向から否定し、間違いでしかないと断罪するその姿に一輪達は激昂した。

 

「ふざけないで……! 聖様は、本気でその世界を目指しているのに」

 

「そんな世界はどこにもないんだ。妖怪は人間に恐れられなければ生きていられない、妖怪である君達なら判っているだろう?」

 

「それを仏の道に進む事で回避しようとしているのです、誰もが平穏に生きる事のできる世界を目指す事に一体何の罪があるのというのですか?」

 

「その考え自体が罪なんだよ、姉さんだってそれは判っている筈なんだ……妖怪は人々から恐れられなくなればそのまま存在を消してしまう、それは死以上の苦しみだ」

 

 存在を消すというのは、単純な死ではなくそれこそ初めからいなかったと認識されるという事。

 故に妖怪達は人間を襲い人々にとって絶対的な敵として君臨してきた。

 白蓮の行おうとしているそれは救いではない、少なくとも妖怪にとって白蓮の“救い”は罪であり滅びへの道だ。

 

――そして同時にその救いとやらは、白蓮自身に対する滅びを意味している。

 

「姉さんは昔から自分より他人を慈しむ人でね、その慈愛の心を妖怪に向けてしまったのは、まあ仕方のない事なのかもしれない。

 だけどこんな事を続けていれば姉さん自身が幸せになれない、己を犠牲にして妖怪を存続させようとありもしない理想を目指してしまえば……待っているのは悲しい結果だけ」

 

 弟として、家族として、そのような結末は認められない。

 あの人は必死に生きてきた、早くに両親を失い縋る者が居なくなったというのに、弟である命蓮を生かすために常に己を犠牲にしてきたのだ。

 生活は貧しく、けれど今でも鮮明に思い出せる程に命蓮の人生は幸せに満ちていた。

 だからこそ、彼女には幸せになってほしいと死に至るその瞬間まで命蓮は強く願っていたのだ。

 

 だというのに、遺された彼女は人間である事を辞め魔の道へと堕ちてしまった。

 それだけならばまだ許容できる、若い身体を取り戻した彼女ならば自分のせいで失った幸せを掴める時間がある。

 けれど、彼女はその時間を自分以外の存在――それも妖怪の為に使用したのだけはどうしても受け入れる事ができない。

 

 自らの幸せを簡単に捨て、妖怪の存続と幸せの為に犠牲となった。

 その結果が、元々は同族であった筈の人間達による裏切りと封印に繋がったのだから、命蓮が許せないのは道理であった。

 

「もう充分に頑張った姉さんは、これからは自分の事だけを考えて生きてほしい。

 ――そんな姉さんが封印された原因であり、尚も縋ろうとする君達と相容れないのは当たり前じゃないのか?」

 

「っ、……」

 

 初めて、命蓮は一輪達に対して明確な怒りと敵意を露わにする。

 それのなんと恐ろしいものか、妖怪として永い時を生きてきた一輪達でも目にした事もない深淵の闇のような冷たさを感じさせた。

 

「――すみませんけど、もうよろしいですかねぇ?」

 

 そんな中。

 今まで沈黙を保っていた文が、いつもの口調のまま口を開いた。

 

「あなた自身は色々と新聞のネタになりそうなんですけど、天狗としてこの所業を見過ごすわけにはいかないんですよ」

 

「山の妖怪には手を出していないよ?」

 

「侵入しただけで充分罪なんですよねえ。先に言っておきますけど抵抗はしない方がいいと思います、この風の周囲には既に他の天狗達が身構えていますから」

 

 文と早苗による風の結界で聖輦船の動きを止め、その間に白狼天狗の部隊を展開し包囲網を形成。

 成程、流石は天狗だと周囲の気配を察知しながら一輪達は感心しつつ、磔にされたままの水蜜達を助け出そうと試みる。

 だが彼女達の身体を拘束している金剛杵に込められた法力の量は凄まじく、強引に外そうとすれば自分達はおろか水蜜達の身体にまで影響を及ぼしてしまうだろう。

 彼女達には悪いが、もう少しこのまま耐えてもらうしかないと一輪達が判断すると同時に。

 

「……これだけの騒ぎになりながらも、大天狗や天魔は表に出てこようとしないんだね」

 

 どこか呆れを含んだ口調で、命蓮はそう呟きを口にした。

 

「……」

 

「面倒事は下の天狗に任せて自分達は安全な場所で傍観……成程、組織力は高いが質は酷く悪いらしい」

 

「いやー…………まあ、否定はできませんけどね」

 

 そう、否定などできない。

 事実として大天狗達は傍観を決め込んでいる。

 天魔はこの男に対する危険性を察知したようだが、他の大天狗が彼女が動くのを許さなかったのだ。

 

 しかしその理由が、山の長である天魔が動けば他に示しが付かぬという体制だけを取り繕うとするものなのは、なんとも笑えないと文は内心上層部を嘲笑する。

 とはいえ文自身としても目の前の男は放っておけないし、何よりも。

 

「お願いです。もうこれ以上暴れまわるのは止めてもらいませんか?」

 

 自分の隣であくまでも説得を試みようとする早苗を、友人として放っておくことはできなかった。

 ――当初は文も、白狼天狗に任せて傍観を決め込もうとした。

 だが、山の同志である守矢神社の早苗が動く以上、傍観した事がバレれば自分の立場が悪くなる。

 それにだ、文にとって危なっかしくて放っておけない後輩である椛と聖哉の友人である彼女が傷つけば、あの二人の心が傷ついてしまうではないか。

 

 だから文は早苗と共にこの場へと現れた。

 ……新聞のネタが拾えると思ったわけでは、決してない。

 ないったらないのである、そこは勘違いしないでもらいたいものだ。

 

「……君は人間だね? 何故当たり前のように妖怪と行動しているんだい?」

 

「確かに、人間と妖怪は争い合っていた時代があると聞きます。妖怪が人間の恐怖心から生まれたものだというのも聞かされています。

 でも、だからって仲良くなれないわけじゃないんです。そして文さん達は私にとって良い妖怪で大切な友達なんです」

 

「友達……」

 

 余程早苗の言葉が意外だったのか、命蓮は間の抜けた表情を彼女へと向ける。

 

「君は……甘いね、妖怪を退治できる力を持ちながらそれを無駄に消耗させている」

 

「いくら昔に人間と妖怪が相容れなかったとしても、この幻想郷なら仲良くなれる可能性があるんです!!」

 

「それは君がいざとなれば戦える力を持っているからだ。牙を持つ存在が常に隣に居て「私は決してあなた方を襲いません」と口だけで証明して、戦う力のない人間はそれで納得できると思うのかい?」

 

「そ、それは……」

 

「あってはならないんだよ、そんな関係は。人間と妖怪が相容れる事など未来永劫ありえない。

 それにこの地にはあくまで妖怪にとって都合の良いシステムが組み込まれている、君はそれを理解しているのか?」

 

 早苗にではなく、文を初めとした妖怪達に問い掛けるように命蓮はそう口にする。

 そこにはこの幻想郷の地そのものに嫌気が差すような、侮蔑の色がありありと感じられた。

 

「この地は歪そのものだ。消えたくないと足掻き、縋っている妖怪達がいずれやってくる滅びを先延ばしにしているだけに過ぎない世界。

 ――僕達が相容れる事なんて絶対にある事はない。これ以上は話すだけ無駄だ」

 

 一層冷たい呟きを零してから、命蓮は懐に宝塔をしまい込み再び瞳を閉じ両手を合わせ祈りを再開させた。

 瞬間、懐にしまい込んだ宝塔が命蓮の法力に反応したのか淡い光を放ち始める。

 宝塔だけではない、船体――巨大な聖輦船そのものが黄金の輝きに包まれていく。

 

「これは……!?」

「っ、拙いですよこれは……」

 

 ぞわりと、文の全身が震え上がった。

 千の時を生きる彼女の第六感が、これ以上この場に居ては危険だと警鐘を鳴らす。

 すぐさま文はこの場に居る全員に離脱するよう声を張り上げるが。

 

 

「――聖輦船よ。今こそ聖命蓮の名の元に、その力を開放せよ」

 その前に、彼が放った言葉によって――聖輦船は真の姿を現してしまった。

 

 

「きゃあっ!?」

「おっとぉっ!?」

 

 風の結界が、粉砕される。

 視界すら遮る程の衝撃によって、一輪達の身体が聖輦船から弾き飛ばされた。

 どうにか空中で体勢を整いつつ同じく船から弾き飛ばされた水蜜達を受け止める一輪達。

 

 一体何が起きたのか。

 状況を理解しようと一輪達は一斉に聖輦船へと視線を向け、そのまま固まってしまう。

 

――目の前に浮かび上がる船は、もはや一輪達の知る聖輦船ではなかった。

 

 姿形は変わらずとも、内部に展開されている膨大な法力は感じるだけで圧倒された。

 船体は眩くも美しい黄金の光に包まれ、傷つく事などあり得ないと当たり前のように思わせる力強さを放っている。

 これこそが聖輦船、本来の持ち主である聖命蓮が扱う事で見せる真の船であった。

 

「っ」

 

 魅入っていた自分に喝を入れ、一輪は船の正面へと移動する。

 行かせるわけにはいかない、ここで命蓮を行かせてしまっては……もう魔界に行き白蓮を救う手立ては無くなってしまう。

 ……たとえ止められないと判っていても、このまま見過ごす事などできる筈もなく。

 

「邪魔をするのなら……押し通らせてもらうよ」

 

 けれど、かつての大僧正は情けなど微塵も見せる事などなく、目の前の存在を障害だと吐き捨てた。

 それと同時に、船体の一部が扉のように開き――砲台が出現する。

 一見するとただの筒のように見えるそれは、聖輦船に搭載された霊力を砲弾として打ち出す武装。

 

「一輪、逃げなさい!!」

 

「一輪さん!!」

 

 星と早苗が叫ぶが、もう遅い。

 

「――霊撃砲、斉射」

 

 命蓮の声が場に響くと共に。

 展開された砲台から、白い砲撃が拡散しながら放たれ。

 一輪はおろか、この場に居る全員に向かって、雨のように降り注いだ…………。

 

 

 

 

 両者の戦いが、終わりを迎える。

 魔法の森内部で始まった霊夢と男の戦いは、彼女の勝利で幕を閉じた。

 

「……」

 

 周囲の木々は根元付近から吹き飛び、地面に至る所には地響きでもあったかのようにひび割れている。

 それだけの戦いを行い、全身を焼かれ大の字のままピクリとも動かなくなった男を見下ろす霊夢は、息一つ乱していなかった。

 圧勝したわけではない、男の実力はあの時聖哉が廃寺で戦った時と同じく高かった。

 しかし、博麗の巫女はそれ以上の力で捻じ伏せ、最後は夢想封印による必殺の一手で男を骸へと変えた。

 

「……」

 

 聖哉もイリスも、無言で男の死体を見下ろす霊夢の背中を見ながら、戦慄した。

 これだけの力、さすが博麗の巫女であると思うと同時に……まだ少女と呼べる歳の彼女がこれだけの力を持つ事に驚きを隠せない。

 イリスに至っては恐怖すら覚えたのか、その小さな身体を震わせ聖哉に抱きつくように身を寄せている。

 

 無理もない、それだけの力を間近で見せられたのだ。

 もしも彼女が敵となり矛先を向けられれば、それだけで滅せられると錯覚してしまうだろう。

 イリスが恐がるのは当然であり、けれど聖哉は……今の彼女が少し小突いただけで折れてしまう程に弱々しく映っていた。

 

「霊夢」

「……」

 

 彼女からの返事はない。

 その場から動かず、ただ黙って視線を下に向けている。

 

「霊夢」

 

 もう一度名を呼ぶ、すると彼女はゆっくりと聖哉へと振り向いた。

 

「……」

 

 その顔は、勝利に酔いしれるわけでも面倒事を解決できた安堵のものでもなかった。

 ……今にも死にそうだ、本気でそう思える程に霊夢の表情は暗い。

 霊力の消耗による疲れではない、これは精神的な……先程の男の言葉が関係しているのかもしれない。

 そう思った聖哉は、深入りする事を内心詫びながら彼女へと問いかける。

 

「……さっきの言葉のせいか?」

「…………」

 

 返答はない、けれど今度は身体が問い掛けに反応を見せてくれた。

 

「もしかして、半人前って言われたのが気に障ったのか? だとしたら気にする必要なんかないさ。

 妖怪の俺が言うのもおかしな話かもしれないが、霊夢は博麗の巫女として充分に一人前だと思うぞ。少なくとも俺よりずっと強い」

 

 少しおどけた口調で、聖哉はそう口にする。

 一方、霊夢は聖哉に対し静かに首を横に振った。

 

「別に、そんな程度で腹が立ったわけじゃないわよ」

 

「……だとしたら、一体その顔は何だ?」

 

「ん……ちょっと、ね。嫌な事というか……自分の情けない頃の事を思い出しただけ」

 

 それっきり、霊夢は再び沈黙してしまった。

 今の言葉はどういう意味なのか、疑問に思う聖哉だが今の彼女に問いかける気にはなれない。

 ただ、今の彼女が何か心の傷を開いてしまったという事だけは判ったから。

 

「霊夢、お前は情けない奴なんかじゃない。俺にとってお前は博麗の巫女じゃなくて博麗霊夢という人間の友人だ」

 

「…………何よそれ。妖怪が人間を友達だなんて思うなんて、アンタって本当に変わってるわ」

 

 そう言い放った彼女の口調は、まだ少し元気のないものだがいつも通りのものであった。

 少しは気晴らしになってくれたのかもしれない、そう思うと聖哉は嬉しく思った。

 

 ……男の死体が、霞のように消えていく。

 まるで初めから存在していなかったかのように、風に吹かれ消滅していった。

 

「コイツ……一体何者だったんだ?」

 

「さて、ね……法力を使う以上妖怪ではないでしょうけど、人間にも思えなかったわ」

 

 そもそも遺体が消えてしまっている時点で、人間ではないだろう。

 だが仮に“僧侶憑き”に取り憑かれていたとしても、人間の亡骸は残る筈だ。

 という事は妖怪でもない、完全に倒したとはいえ……言いようのない不安と違和感は拭えなかった。

 

「っ」

「え、何……?」

 

 突如として、地面が揺れた。

 地震の類ではない、何か強い衝撃による揺れだと二人は判断する。

 それと同時に、強い法力を感じ取り二人は視線をある一点――妖怪の山へと向けた。

 

「……ちょっと、待ちなさいよ。今の法力……」

 

「――――」

 

 霊夢の呟きに、聖哉は反応を返す事ができなかった。

 感じ取った法力、それは前に聖哉が倒し、そしてたった今霊夢が降した相手と全く同じものだ……!

 

「っ」

「あ、ちょっと聖哉!!」

 

 霊夢の声を背中で受けながら、聖哉はイリスを連れ全力で飛び立った。

 向かうはもちろん妖怪の山、揺れの震源に迷う事なく向かっていく。

 自身が出せる最高の速度で飛翔を続け、一歩遅れてその後を霊夢が追う。

 

 誰にも邪魔される事などなく、聖哉の視界が妖怪の山を捉える。

 そうして、聖哉が山の中へと入ろうとしたその時であった。

 

「止まれ、犬渡」

 

 低く重い声に呼び止められ、聖哉はその場で止まる。

 現れたのは、聖哉に対し厳しい表情を向ける大天狗達であった。

 敵意すら感じ取れる程の視線を向けられ、聖哉は困惑しながらも姿勢を正す。

 

「貴様、山を離れ何をしていた?」

 

「……前に山で起こった異変の元凶と対峙しておりました。それより、山で何か起こったのですか?」

 

「何か起こった、だと? なんと間抜けな質問か……貴様は自身がどれほど愚かな事をしたのか理解していないようだな!!」

 

 大天狗達の表情がより険しくなり、憎悪すら滲み始めている。

 まるで天狗である聖哉を、自分達の敵であるかのように。

 

「何を……」

 

「フン、未だにわかっていないようだから教えてやる。――貴様が受け入れた者達によって、射命丸を始めとした多くの天狗達が負傷したのだ」

 

「なっ――」

 

「今回の件は、貴様があの空飛ぶ船の者達を受け入れなければ起こらなかったのだ!!」

「そうだ。貴様が招いた結果なのだぞ!?」

「幸い死者は出なかったが、これが外部に漏れれば山の恥だというのに……その間、貴様は山の為に何の役にも立てなかったというのか!!」

 

 口々に、責任は聖哉にだけあると言わんばかりに言及する大天狗達。

 

「犬渡、貴様はもはや我らと同じ天狗などではない!!」

「此度の責任は、貴様に取ってもらわねばならない!!」

 

 そして、彼等は。

 犬渡聖哉という存在に対し、白狼天狗として山の為に生きようとしている彼に対し。

 残酷で、無慈悲な現実を突き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「故に犬渡聖哉、山の秩序を乱し多くの犠牲を出した貴様を――追放処分とする!!!!」

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