狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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またしても更新遅れ、申し訳ありません……。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。


第43話 魔界への道~紅魔の協力~

 ……夢を、見ているようだ。

 聖哉がそう自覚できる程に、目の前に広がる光景はあまりにも非現実的で。

 どこまでも広がる闇の中、海の中を漂っているかのような不安定な感覚のまま、じっと暗闇の中を見つめていると。

 

「よお」

 

 犬渡聖哉(・・・・)が、歪みきった笑みを浮かべつつ現れた。

 ……こいつは聖哉ではない、見た目は同じだが中身は別物だ。

 いまだに名前はおろか、その目的も何故聖哉の肉体の中に存在しているのかもわからない、破壊の化身。

 

「ああ……お前か」

 

「なんだよその反応、ここは何処なんだ~って混乱しねえの?」

 

「お前みたいなわけのわからない存在が居るのに、一々驚いてられないさ」

 

 そう言うと、ソレはつまらなそうに肩を竦めた。

 大方、今の自分を笑おうと思って現れたのだろう、相手の事は何一つわかっていない聖哉だがそれだけは判る。

 

「それで? 一体いつ憎しみを発散させる気だ?」

 

「なにがだ?」

 

「とぼけんなよ。――自分をこんな目に遭わせた老害共が許せないだろう?

 それだけじゃねえ。関わったばかりに山を追放されたあいつ等が憎いんだろう?」

 

「……」

 

「お前の事ならなんだってわかるさ、オレとしてもお前がそうやって憎しみを募らせ開放してくれるのは嬉しいんでな」

 

 口元を歪みに歪ませ、ソレは言い放つ。

 一方の聖哉は、その言葉に否定の意を見せようとはしなかった。

 物言いは気に入らないが……目の前のソレの言っている事は正しい。

 聖哉は確かに憎んでいる、自分を山から追放した天狗の重鎮達を。

 

――そして、一輪達を。

 

「お前という存在を軽んじ、蔑ろにした連中に思い知らせてやりたいと思わないか?

 それだけの力と資格がお前にはある、失うものが何もないのならその憎しみのままに暴れまわってやればいい」

 

「…………そう、だな。それもいいかもな」

 

「そうだろ? もう良い子ちゃんでいなくていいんだよっ」

 

 笑みをますます深めながら、ソレは聖哉に囁いていく。

 思うがままに暴れ、邪魔する者は蹂躙すればいい。

 欲望に忠実になれと、まるで洗脳するように語りかけるが。

 

 

「――けど、やっぱり俺はそんな選択は選べないよ」

 

 

 少しだけ残念そうに。

 けれど確固たる決意を込めて、聖哉はそう口にした。

 

「……」

 

「お前相手に嘘は通用しないっていうのは何となく判る、だから俺が山の重鎮達や一輪達を少なからず憎んでいる事を否定しない。

 だけど、俺は一輪達と知り合い彼女達の助けになろうと選択した自身に後悔なんかないし、俺が山の天狗として何もできなかった事も事実だ」

 

 そして何よりも、まだ一輪達との約束を果たしてはいない。

 山の天狗で無くなったとしても、交わした約束を無碍にする事など聖哉にはできなかった。

 

「……どうして、そこまで他人の力になろうとする? それでお前に一体何の益があるっていうんだ?」

 

「損得勘定じゃない……と言いたいが、俺はそこまで高潔な考えなんて持つ事はできないよ」

「だったら、一体お前に何の得がある? 幼い頃から見下され続けながらも、山の天狗として認められようという目的を果たせなくなったのに、どうしてそこまでできるっていうんだ?」

 

 何か、得体の知れないモノを見るかのような視線を向けられ、聖哉は苦笑する。

 ソレの言い分は正しい、しかしその理由は決して美しくも尊くもない、単なる我儘でしかなかった。

 

「独りぼっちになるのが、嫌なだけだ」

 

「……あ?」

 

「独りになりたくないから、他者との繋がりが欲しいから自分のできる限りで力になろうとしているだけなんだ。

 せっかく友達になれたのに、繋がりを持てたのにそれを失いたくないから……俺は誰かの力になりたい」

 

 ただそれだけ、しかし犬渡聖哉という青年にとって何よりも大切な理由。

 孤独だった幼年期のような思いはしたくない、もう独りだったあの時には……。

 それが聖哉の他者の為に力を振るう原動力、まるで小さな子供のような我儘でしかない理由であった。

 

「笑えるだろ? もう二百年は生きているのに、俺はまだ子供の時の事を引き摺ってるんだ」

 

「……」

 

「にしても……こんな事、椛にだって話した事なかったのにお前相手にはすんなり話しちまうとは……不思議なもんだな」

 

 きっと、腹を抱えて笑い出すだろう。

 なんて情けないヤツだと、相手は罵るだろうと思っていた聖哉であったが。

 

「――孤独を嫌う事は、生きているモンにとっちゃ当たり前の感情だ」

 ソレは、今まで見せた事のないような表情と声で、そう言った。

 

「え……?」

 

「どこが笑える? お前は独りが嫌で、他者との繋がりを蔑ろにしたくないから前を向いて歩んでいる。

 それを笑うヤツなんざ、本当の孤独を知らないかただ恵まれているだけのクソ野郎だ」

 

「……お前」

 

「まあそれでも虫唾が走る程の甘ちゃんである事に変わりはねえが……そうか、そういう事なら仕方ねえのかもしれねえな」

 

 ソレは笑う、先程のような歪みきった邪悪な笑みではなく……初めて見せる優しい笑みで。

 

「まっ、精々孤独にならないように頑張ればいいさ」

 

「お前に言われなくてもそうするさ。……そういえばさ、お前……名前なんていうんだ?」

 

「あん?」

 

「いや、そういえばお前の事を何も知らないなって、知ろうともしなかったなと思っただけだ」

 

 なんだかんだと、目の前のソレの力に幾度となく助けられてきた。

 明らかに自身を利用しているのは聖哉とて判っているが、それでも知りたいと……あわよくば、友人になりたいと思ったのだ。

 今の笑顔だけで、なんとなくではあるが聖哉は目の前の存在が悪ではないと思えたから。

 

「あー……うん、名前かぁ……」

 

「? もしかして、言いにくいのか?」

 

「……オレの前の飼い主はよ、とんでもない力を持ちながらその性格も色々と規格外でな。オレの新しい名前を命名する際に魔術を使って名前を固定しちまったんだ」

 

「そう、なのか……」

 

「あのトリプルババア……幾らオレが生身の状態の時にちょっとばかし悪さしたからって、呪いみたいなものを刻まなくたっていいだろうに……!」

 

 嫌な事を思い出したのか、ソレの表情が怒りに満ち溢れたものに変わる。

 ただその表情に恐ろしさは感じられず、寧ろ親しみすら感じられた。

 得体の知れない存在である事に変わりはないが、ソレもまた自分と同じ生きている(・・・・・)存在だと聖哉は今更ながらに気づけたような気がした。

 

「けど、今のお前は俺の中に居るんだろう? だったら別の名前を名乗ったっていいんじゃないか?」

 

「あのババア達の魔術はそんな甘いもんじゃねえっての、オレ自身の魂に直接刻まれてるんだぜ?」

 

「……なら、せめてどう呼べばいいのかは教えてくれないか? いつまでも「お前」やら「おい」じゃこっちも困る」

 

「そうだな…………………………なら、“ヴァン”でいい」

 

「ヴァン?」

 

「ああ、その名称にはちょっとした縁があってな。少なくともこの魂に刻まれた名前なんぞよりよっぽどマシだ」

 

「……そんなに、変な名前なのか?」

 

「ああ……泣きたくなるくらいな」

 

 そう言って、ヴァンは力なく笑う。

 その姿は哀愁に満ち、興味本位で訊く事などできない雰囲気を醸し出していた。

 なので聖哉はそれ以上何も訊こうとはせず、そんな彼の優しさにヴァンは感謝の視線を送ったのだった。

 

「っと……そろそろ目を醒ました方がいい。――お前を待ってるヤツが呼んでるぜ?」

 

「俺を待ってるやつ?」

 

「お前にとって一番大切なヤツだよ。ああ、それと一つアドバイスだ」

 

「?」

 

 

「――魔界に行きたきゃ魔女を尋ねろ」

 

 

 その言葉を聞くと同時に、ぐらりと視界が揺れた。

 ……どうやら現実に戻るようだ、それを理解した聖哉はそっと瞳を閉じ。

 再び目を開けた時には、迷いの竹林の光景と。

 

「おはようございます、先輩」

 

 永遠亭の塀に背を預けたまま眠っていた自分を見つめる、椛の姿が視界に広がっていた。

 

「…………椛、お前、何で」

 

「山を降りました」

 

「はあっ!?」

 

 まだ半分寝ぼけていた聖哉の意識が、完全に覚醒する。

 すぐに立ち上がりどういう事だと詰め寄る聖哉に、椛はそんな彼とは違い冷静に天魔とのやりとりを説明した。

 

「お前、なんてことを……」

 

「後悔なんて微塵もありませんよ。――私の居場所は先輩の隣です、それは何があっても変わりません」

 

「だがな……」

 

「傍に居させてください、先輩の事を……支えさせてください」

 

 強い眼差しを向けられる。

 何があろうとも己の意見を変えぬという力強い意志が、その瞳の奥から見え聖哉は言葉を失ってしまった。

 

(……相変わらず、頑固だな)

 

 どちらかといえばおとなしめの彼女だが、譲れない事に対しては普段からは想像もできない程に頑固になる。

 こうなれば言葉での説得は叶わない、長い付き合いだからこそ聖哉はそう思い諦めるしかなかった。

 

(でも……)

 

 こんな事を考えてはいけない、そう思っても。

 椛の気持ちが、想いが、とても嬉しいと。

 彼女が自分の為にその選択を選んでくれた事を、感謝してしまう。

 

「椛」

「はい」

 

 だから、聖哉は新たな決意を抱いた。

 彼女は自分を傍に居たいと言ってくれた、支えたいと言ってくれた。

 ならば。

 

「――何があっても、俺はお前を守り支えるよ。お前が望む限り傍に居るから」

 

 彼女の想いに応えるように、聖哉はしっかりと椛を見てそう言った。

 

「……プロポーズですか?」

 

「え、あ、や、違うっ」

 

「違うんですか……先輩ってば、怖気づいちゃって」

 

「ぐっ……うるさいな……」

 

 視線を椛から外し、そこで聖哉はある事に気づいた。

 

「イリス……?」

 

 眠る時まで傍に居たイリスの姿が、見当たらない。

 屋敷の中に戻ったのだろうか、とりあえず“千里眼”でイリスの居場所を特定させた聖哉だったが。

 

(……アイツ、何でアリスの家に?)

 

 聖哉が眠っている間に移動したのか、現在イリスはアリスの家に居る事が判り首を傾げた。

 別にそれは構わない、勝手に居なくなった事には苦言を呈したいがそれよりも何故あの人形使いの家に行っているのだろうか。

 

「先輩、何を視ているんですか?」

「……いや、なんでもない」

 

 気にはなる、だが他にすべき事がある以上イリスの事は後回しだ。

 それに生みの親であるアリスの所に居るのならば心配する事もないだろう、そう判断した聖哉は椛と共に屋敷の中へと入っていく。

 

――そして彼は、星と椛を連れ紅魔館へと赴いた。

 

 先程のヴァンの言葉に従い、魔女……紅魔館の地下に存在する大図書館に居る魔法使い、パチュリー・ノーレッジに会うためだ。

 彼の言葉が真実ならば、魔界に行く方法をパチュリーが知っている可能性がある。

 他に手立てがないので星達も彼の意見に頷き、軽傷である星だけを同行させ大図書館へと向かう三人。

 早速とばかりに事情を説明し、それを聞いたパチュリーはその方法を知っていると言ってくれたのだが……。

 

「――期待に応えられなくて悪いけど、魔界へのゲートを開くつもりはないわ」

 そう言って、話は終わりとばかりに視線を手に持っている本へと移した。

 

「えっ……」

 

「どうしてですか!?」

 

「どうしても何も……こちらにそれを行うメリットが無いからよ」

 

 魔界への扉、通称“ゲート”と呼ばれるそれを開くには、膨大な魔力と道具、そして時間が必要だ。

 それだけの事をするというのに、得られるものが何もない以上協力するつもりなどパチュリーには毛頭ない。

 慈善活動などまっぴら御免だ、故に彼女からすればもうこの話は終わりであった。

 

「礼金ならばいずれ……」

 

「そういう問題じゃないの、魔法使いにとってお金なんてたいして価値のないものなのよ。

 ――魔女にお願いをするというのは、そういう事なの。

 通常の対価では釣り合わない、かといってあなた達に私が言う対価を払えるとも思えない」

 

 だからこの話はここまでだと、パチュリーはあくまで興味などないと言った口調で突っぱねる。

 

「……その対価とは、具体的にどんな内容なのですか?」

 

「聞かない方が身のためよ、それにさっきも言ったけどどうせ払えるものじゃ……」

 

「教えてください!! 私は……いえ、私達はどうしても魔界に行かなければならないのです!!」

 

 そう言って、星はその場でパチュリーに向かって土下座を始める。

 彼女の態度にパチュリーは目を見開き、けれどすぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ首を横に振りつつ言葉を続けた。

 

「あなたが本気で言っているのはその態度で理解できるけど……魔女の対価はね、魂の譲渡(・・・・)なのよ」

 

 すなわちそれは、自らの命を与えよと言っているに等しい。

 パチュリーとて悪意があるわけではない、だがそれだけ異界へと繋がるゲートを開くというのは大掛かりなものなのだ。

 ここで甘さを見せれば魔法使いとしての質が下がる、今以上の魔法使いを目指すパチュリーにとってそんな事はできなかった。

 

「……星、別の方法を探そう」

 

「しかし……」

 

「仮にその対価を支払うためにお前が犠牲になったとしても、それを知った白蓮さんは絶対に喜ばない筈だ」

 

「……」

 

「パチュリー、時間を取らせてすまなかった」

「いいえ……力になれなくてごめんなさいね」

 

 少し気まずそうにそう答えるパチュリーに、聖哉は感謝する。

 向こうにとって唐突な願いを持ってきたというのに、彼女は力になれない事を謝罪してくれている。

 その優しさに感謝しつつ、聖哉は二人を連れて図書館を後にしようとし。

 

「――パチュリー、そう言わずに協力してやったらどうだ?」

 

 いつの間に図書館の中に入ってきたのか。

 この館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットとその妹のフランドール。

 そして、イリスを連れたアリス・マーガトロイドが聖哉達の元へと歩み寄ってきた。

 

「レミィ? それにフランに……アリス?」

 

「ねえパチュリー、聖哉達に協力してあげてよ」

 

「……いくら親友の妹であるあなたのお願いでもね、こっちとしても無償でいうのは……」

 

「そう固い事を言うなよパチェ、フランだけでなく親友のわたしもお願いしてあげてるんだぞ?」

 

 ちっともお願いをしているようには見えない尊大な態度のまま、レミリアは言う。

 まあ彼女のこういった態度は今に始まった事ではないが、何故この姉妹は聖哉達の願いを聞き入れるように言ってきたのか。

 

「話は聞かせてもらったぞ聖哉。それでな……わたしとフランも魔界に行きたくなったんだ」

 

「えっ?」

 

「恥ずかしい話ではあるが、わたし達姉妹はまだ魔界に行った事が無い。お父様とお母様から聞いた事があるだけで前々から機会があれば行ってみたいと思っていたんだ」

 

「だからね、私達もパチュリーにお願いしようと思ったのっ」

 

「そういうわけだ。利害の一致というわけだから別に感謝は……してくれてもいいわよ?」

 

 不敵に笑うレミリアに、聖哉は苦笑する。

 彼女達の言っている事は本当だろう、ただそれだけではない。

 吸血鬼としてのプライドや誇りがあるからか、こういう形でしか優しさを見せられないのだろう。

 

「ありがとう、レミリア、フラン」

 

「ふん……」

 

「えへへ、どういたしましてっ」

 

「それで、アリスはどうしてここに?」

 

 視線をアリスに向ける聖哉、すると彼女は何故か彼を見てクスクスと笑い出した。

 

「?」

「あ、ごめんなさい。ただ……あなたって愛されてるのねって、思っただけよ」

 

 よく判らない事を言われ、聖哉は首を傾げる。

 するとアリスは、先程から自身の背中に隠れているイリスを強引に聖哉の元へと移動させた。

 

「この子ってば、早朝に私の所に来たと思ったら「聖哉の助けになってほしい」って言ってきたのよ?」

 

「えっ……」

 

「一生懸命な表情で、頭まで下げてお願いしてきたの。この子を造った身としては自分で考え行動してくれる姿を見せてくれた事が、本当に嬉しかったの」

 

 ただの人形だったイリスが、聖哉を想い力になりたいと行動する。

 それは人形使いである彼女にとって、この上なく幸福だった。

 アリス・マーガトロイドの夢の一部が現実となってくれた、それを見せられて協力しないわけがない。

 

「イリス……お前、アリスの家に行っていたのはそういうわけだったのか」

 

「……ウン」

 

「ありがとなイリス、本当に……ありがとう」

 

 慈しむように、イリスの髪を掬うように優しく撫でる。

 顔を俯かせ表情は窺えないが、彼女の口元には嬉しそうな笑みが浮かび上がっていた。

 

「……パルパルパルパル」

「……」

 

 視線が、痛い。

 振り向かなくても聖哉には判った、現在椛が自分を思いっきり睨んでいる事に。

 

「……フフン?」

「っ」

 

 イリスが勝ち誇ったような笑みを浮かべた瞬間、椛の視線の鋭さが増した。

 もはや突き刺さるといった方が正しい視線を背中に受け、聖哉の精神が確実に削れていく。

 

「感動的な光景じゃないか。――それで、これだけの美しい関係を見せられても魔女様は重い腰を上げないつもりかな?」

 

 わざとらしい挑発の言葉を放ち、レミリアはパチュリーを見やる。

 

「……レミィも異界のゲートを開く大変さはよく知っている筈よ、だというのに何の対価もなく協力できるとでも?」

 

 しかし日陰の魔女は動じない。

 あくまでも冷静に、安い挑発には乗らぬと表情を微塵も変えずに冷たく言い返す。

 

「なら対価は私が払うわ、パチュリー」

 

 そう言って、アリスはパチュリーの前に一冊の本を見せる。

 厳重に鍵を掛けられたそれを見た瞬間、パチュリーは先程以上の驚きを見せ跳び上がるように席を立った。

 

「あなた……これは」

 

 その本を、パチュリーは良く知っていた。

 いつもアリスが片時も離さず持っている、間違いなくレア度Sクラスの魔導書だ。

 厳重に魔法の鍵を掛けられ、持ち主である彼女以外決して読む事など許されない筈の一品。

 

「対価としては、充分だと思うけど?」

 

「……正気なの? 魔法使いがこうも簡単にこれだけ希少な魔導書を見せるなんて」

 

「それだけのものを見せてもらったのよ。――イリスはこれからも成長してくれる、聖哉のおかげでね」

 

 夢の続きを、彼等はこれからも見せてくれる。

 それだけでアリスにとっては充分過ぎる報酬であり、協力する理由にもなっていた。

 

「……………………はぁ、わかったわよ」

 

 日陰の魔女が、堕ちた。

 とてつもなく面倒そうに、完全に折れる形でパチュリーは聖哉達の願いを叶える選択を選んだ。

 その言葉を聞いて、星は顔を上げ瞳を輝かせる。

 

「ありがとうございます!!」

 

「はいはい。――こあ、アリス、決めたからにはさっさと始めるわよ?」

 

「はーい、パチュリー様ー」

 

「ええ、あまり時間もないようだから急ぎましょう」

 

「というわけだから、さっさと出ていきなさい」

 

 そう言って、パチュリーは強引にこあとアリスとイリス以外の面々を図書館から追い出していく。

 

「よかった……これで、魔界に行けるのですね?」

 

「パチェは優秀な魔法使いだ、信用してくれていい」

 

「なんとお礼を申し上げればいいのか……」

 

「構わないさ。――それより、聖哉」

 

 レミリアの視線が、聖哉へと向けられる。

 その何の変哲もない行動に、聖哉は当たり前のように無防備なまま視線を向け。

 

 

――同時に、風切り音が響き自身の眼前に閃光が迫る光景を目にした。

 

 

 咄嗟に腕を交差しながら、後ろに跳ぶ。

 瞬間、鈍い音と衝撃が両腕に響き聖哉の身体が後方へと吹き飛んでいった。

 

「先輩!?」

 

「聖哉さん!?」

 

「ぐっ……何のつもりだ?」

 

 僅かに痺れた腕を払いつつ、レミリアを睨む聖哉。

 その反応を満足そうに見つめつつ、レミリアは両手の爪を硬質化させ身構え始めた。

 同時に彼女の身体から紅い魔力が放出され、凄まじい重圧が場を支配していく。

 

 ――戦うつもりだ。

 何の意図か、レミリアは今まさに本気で聖哉と戦う意志を見せつけている。

 困惑しながらも聖哉は身構え、警戒しつつもレミリアへと問うた。

 

「いきなり何のつもりだ!?」

 

「なに。――山を追放されてしょぼくれているお前に、喝を入れてやろうと思ってな」

 

「っ」

 

「お前の運命を視て諸々の事情は理解している。だがな聖哉、気持ちは判るがそんな状態のお前を魔界に連れていくわけにはいかない。

 魔界にはスペルカードルールなど存在しない場所だ、間違いなく向こうの魔族と戦いになるだろう。無論弾幕ごっこではない、命の奪い合いが発生するのは明白だ」

 

 だというのに、久しぶりに会った聖哉の心は酷く揺らいでいた。

 このままでは危険だ、彼だけでなく同行する者達まで危険に晒してしまいかねない。

 

「だからゲートが完成するまでわたし達が鍛えてやる。それにわたし自身も最近は運動不足でな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。だからっていきなりそんな……」

 

「お前は犬走椛……だったか? 言っておくがお前も鍛えられる側だぞ?」

 

「えっ……」

 

「――そうそう。そっちのわんちゃんは私が相手になってあげる」

 

 場の重圧が、更に増した。

 レミリアとは違う魔力、どこか危険な色を宿すその力は……フランから放たれている。

 

「聖哉。今は何もかも忘れて暴れてしまえ」

「……」

 

「歩んできた道から外れる事に対する不安は正直わたしにはわからない。

 だが過ぎてしまった事をいつまでも心残りにしている余裕は無い筈だ、お前が自分で決めた道ならば今はそれだけを考えて前を向け。

 とはいえそれがすぐにできる程お前は器用ではなさそうなんでな、何も考えず暴れてしまえばすっきりするぞ?」

 

「レミリア……」

「まあお前に暴れる気が無いならそれでもいい。サンドバックにするだけだっ!!」

 

 レミリアの姿が、消える。

 吸血鬼の強靭な脚力で踏み込んだ速度は、鴉天狗を上回る程だ。

 振るわれる右腕、名刀もかくやという切れ味のそれをまともに受ければ、妖怪の身体とて両断されるは必至。

 

「…………そうこなくてはな」

 

 だが。

 レミリアの爪は、聖哉の右手一本で真っ向から受け止められてしまった。

 黒いオーラを展開し、完全に戦闘態勢に入った彼を見てレミリアの口元に笑みが浮かぶ。

 

「遠慮はしないぞ、レミリア」

「当たり前だ。このわたしに勝てると思うなっ!!」

 

 ぶつかり合う両者、完全に戦闘が開始してしまった。

 その光景に星は困惑し、対する椛は……静かに背中の大剣を抜き取る。

 

「よろしくお願いします、フランドールさん」

 

「フランでいいよ、犬のお姉さん」

 

「狼です。それと私の事は椛と呼んでください」

 

「わかったよ椛ちゃん、じゃあ……いっくよーっ!!」

 

 その言葉と同時に、椛とフランも地を蹴った。

 幾度となくぶつかり合う四名に、完全に取り残された星はただオロオロと事の成り行きを見つめるばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、聖哉と椛、スカーレット姉妹は周りなど関係ないとばかりに遠慮なく暴れ尽くした。

 それは騒ぎを聞きつけた咲夜が介入するまで続き、その後――それはもうこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

 けれど、聖哉の表情は不思議と晴れ晴れとしたものに変化しており。

 彼のその姿に、レミリア達は満足そうに頷いたのだった。

 

「お嬢様と妹様は、暫くおやつ抜きです」

「ええっ!?」

「さ、咲夜。それだけは許して頂戴!!」

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