狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「――始まったようね」
紅魔館の地下に存在する、大図書館。
地上で強い力のぶつかり合いを察したパチュリーは、呟くように上記の言葉を口にした。
「……セーヤ」
「大丈夫よイリス、聖哉達なら」
「そうよ、レミィも行ったみたいだし最悪の事態に発展する事はまずありえない。そんな事より私達は私達の仕事をこなすわよ」
そう言いながら、パチュリーは生成中の魔法陣へと視線を向ける。
直径十メートルはあろうその巨大な魔法陣は、言うまでもなく魔界へと繋げようと試みているゲートである。
僅か四日という短い期間でありながら、既にゲートはほぼ完成していた。
これも協力してくれたアリス達のお陰である、後は少しずつこれに魔力を込めていけば……ゲートは開く。
「……」
「御主人様、気持ちは判るが上の事は皆に任せればいい」
「ですがナズーリン……」
「奪われた毘沙門天様の宝塔は命蓮を名乗るあの男には使えない。故に御主人様が狙われる可能性がある以上、安全な場所に避難しているのは当然だ」
今は我慢しろと、ナズーリンは強い口調で星を律する。
……本当なら、今すぐにでも飛び出して皆の助けになりたい。
だが宝塔が無い星の戦闘能力は高くなく、かえって皆の足手まといになってしまうだろう。
それが判るからこそ、星はぐっと堪え皆の帰りを待つ事にした。
「さて……こんな所かしら」
「パチュリーさん、ゲートというのはあとどれくらいで完成しそうですか?」
「完成自体はしているのよ。アリスが協力してくれたおかげでずっと早く終わったわ。後はこの魔法陣に魔力を込めていけばゲートを開く事ができるわ」
とはいえ、丸一日魔力を注入していかなければゲートは開かないだろう。
もう少しかかる事を星達に言いながら、パチュリーは左手で魔導書を開き魔法陣に魔力を送り出そうとして。
――
「ちょっと……なんでゲートが起動してるの!?」
「え、えっ……?」
困惑する場、パチュリーとアリスはすぐさま我に返り魔法陣を調べ始める。
ゲート自体は完成している、後は魔力を送るだけで起動する状態だった。
つまり、この現象は
「みんな、すぐにここから離れなさい!!」
「え、どうしてですか……?」
「向こう側から一方的に此方のゲートを利用して何かが現れようとしているの、そんな輩が安全な存在なわけがないでしょう!?」
ましてや魔界側から魔力を送って強引にゲートを開くなど、並大抵の魔力量ではできない芸当だ。
間違いなく、単純な魔力ならば向こうの存在は自分達を上回っていると理解したからこそ、パチュリーは普段は決して出さない大声を張り上げて星達にそう告げたのだが。
「――良い判断だが、少々遅かったようだな」
そんな声が、場に響いたと気づいた時には。
パチュリーの眼前に、光が迫っていた……。
◆
ぴちゃり、という水音を立てながら、ネリアの骸が地面に倒れる。
石畳の上を赤く汚し、左右に分かれたそれは紛れもない死体だった。
「……」
両手から漆黒の剣を消し去りながら、聖哉は納得いかなげに立ち尽くす。
あまりにも呆気ない、あの自信に溢れていた言動とは裏腹の結果に気が削がれた。
「な、なんだ……弱いじゃん」
ぬえが呟く、しかしその口調は自分に言い聞かせているように聞こえた。
他の者達は無言のままネリアの骸を見つめている、聖哉の勝利を信じていないような目で。
「……」
立ち尽くしながらじっとネリアの両断した身体を見つめていた聖哉だったが。
何を思ったのか、右の掌に握り拳大の黒球を生み出し――自身の背後に投げ放った。
「――あらら、バレちゃってたの?」
黒球が、音もなく砕かれる。
聖哉の生命エネルギーが込められたそれを、あっさりと砕いたのは。
たった今両断した筈の、ネリアであった。
「嘘……なんで!?」
聖哉とレミリア以外の全員が驚愕する。
当たり前だ、この目で身体を左右真っ二つに斬り裂かれた者が生きており、しかも何事もなかったのように復活していれば驚きもしよう。
視線を地面に倒れたままの骸へと向けると、血溜まりを残しながらもソレは霞のように消え去っている。
「自分が所有する死体を用いてのカモフラージュか、身に纏う力まで似せられるとはたいしたものだな」
「ええ、だってワタシは超一流のネクロマンサーだもの。こんな芸当なんて朝飯前ってね」
誇らしげに胸を張るネリア、その隙だらけな状態のまま――彼女は次の一手を既に打ち放っていた。
「な、何……!?」
空気が、一変する。
纏わりつくような粘着性のある空気が、場に居る者達に無視できぬ不快感を与えていった。
それと同時に、風に乗って顔をしかめる程の腐敗臭が漂い始めていく。
「臭っ……なにこの臭い!?」
「臭いだなんて失礼ねー。こんなにかぐわしくて魅力的な臭いは無いっていうのに」
地面に浮かび上がる、魔法陣達。
そこから這い出るように現れたのは――身体の半分以上を腐らせた、死骸達。
ゾンビ、アンデット等と呼ばれるソレらは空洞となった眼でギロリとレミリア達を睨みつける。
「……鼻が曲がりそうだな」
「まあまあそう言わずに。どうせあなた達だってこの子達の仲間になるんだから」
次々と現れるゾンビ達、既にその数は百に迫ろうとしている。
中には全身を覆い尽くすようなフルプレートメイルで武装してる者もおり、剣や槍といった武器を所有していた。
「さあ、ワタシの可愛い作品達。まずは……そこの大男を仕留めちゃいなさいな!!」
明るい口調で、死体達に死の命令を与えるネリア。
次の瞬間、ゾンビの群れの視線が一斉に聖哉へと集まり、見た目からは想像もできぬ程の俊敏な動きを見せながら襲い掛かる……!
「聖哉!!」
ぬえが叫ぶ、反応を遅らせながらも聖哉を助ける為に動こうとして。
――肉片が、無残に飛び散る光景を視界に入れた。
「…………あらあ?」
「えっ……?」
目の前に広がる光景に、誰もが驚きを隠せない。
――百を優に超えるゾンビ達が、次々に宙を舞っている。
骨を砕かれ、腐肉を消し飛ばされ、全て一撃の元に
その中心に居るのは、無心のまま骸に攻撃を繰り広げる聖哉。
彼が拳や蹴りを放つ度に、憐れな死骸達は今度こそ死の世界へと旅立っていく。
数の差など関係ない、たった一人で彼は迫るゾンビ達を駆逐していっていた。
「おい美鈴、お前……聖哉に何を吹き込んだんだ?」
「人聞きの悪い事を言わないでくださいよ、お嬢様」
「そうも言いたくなる。わたしが相手をしていた時とはまるで別人だぞ」
そう、今の聖哉は明らかに動きが違って見えている。
あのゾンビ達はただの死体ではない、ネクロマンサーとしての能力によって大幅に強化されている。
ベースはあくまで人間の身体ではあるが、あのゾンビ一体一体の力は並の妖怪すら倒せる程の力を有していた。
それを何の苦もなく聖哉は蹂躙していっている、それだけならばレミリアも驚きはしない。
(力の使い方に無駄が無くなってきている……まだまだ粗削りだが今までとはまるで違うな)
あの力、レミリアですら判らぬ聖哉が使用するあの力の使い方が、格段に上達していたのだ。
だからこそレミリアは驚く、つい少し前まで無駄な使い方をしてすぐに疲れ果てていた彼とは思えない戦い方をしている。
〈どうしたよ? 今までとは全然力の使い方がちげえじゃねえか?〉
関心と若干の驚きを含んだヴァンの声が、聖哉の脳裏に響く。
(さっきの美鈴の“気”の使い方とアドバイスで、もう少し考えて戦おうと思ってな……だが、こうも上手くいくとは思わなかった)
見様見真似も馬鹿にはできない、先程の美鈴のように聖哉はあの黒いオーラを攻撃部分のみに展開して戦っていた。
たったそれだけ、たったそれだけの変更で目に見えてパワーに余裕が現れているのは、彼自身も驚いていた。
それでいて破壊力は変わっていない、美鈴の言う通り如何に今までの自分に無駄が多かったのかを思い知らされる。
〈元々お前の力量が増していたからな、あの中華ねーちゃんのアドバイスが切欠になって効率の良い使い方を本能的に察せられたって所か〉
(これならいける、このまま一気に押し込むぞ……!)
〈だからって調子に乗るなよ? 無駄が無くなったわけじゃねえんだからな〉
「――判ってる!!」
叫ぶと同時に、聖哉はその場で回し蹴りを放つ。
狙いを定めていないその一撃はしかし、蹴りの破壊力によって衝撃波を生み、骸達に名刀の如し一撃を与え両断した。
その衝撃波はそのままネリアの身体すら両断しようと迫り――彼女の眼前に展開した魔法陣がそれを霧散させる。
「とっておきの子、出てきなさーい!!」
「っ」
〈おっ、なんか出てくるぞ?〉
どこか楽しげなヴァンの言葉通り、展開された魔法陣から巨大な何かが姿を現す。
それは巨人、岩石のような肉体はところどころが先程のゾンビ達のように崩れ、動く屍だというのが判る。
「――オオオォォォォォォッ!!」
十メートルはあろう巨人の骸は雄叫びを上げ、聖哉を叩き潰そうと両腕を振り下ろす。
〈さっきの有象無象とは違うぞ? どうする?〉
「……決まってるだろ!!」
ヴァンの言葉に叫ぶように返しながら、聖哉は両手を天に向かって伸ばす。
何かを掴むように手を握りしめ、そこから漆黒の剣が現れた。
だがその長さは今まで彼が作ってきたものとは比べものにならぬ程に長く、天まで伸びる勢いで展開されていく。
〈いいじゃねえの。無駄が無くなった分かなりパワーが上がってるじゃねえかっ!!〉
「――うおおおおおおっ!!」
既に巨人よりも大きくなった漆黒の剣を、聖哉は裂帛の気合を込めて振り抜く……!
雲を斬り裂きながら、巨人に向かっていく黒き極光。
「オオオオオッ!!」
それを真っ向から叩き潰そうと、巨人が吠えながら両腕を振るう。
――だが、無意味。
剣戟が巨人の腕に触れた瞬間、あっさりとその腕を両断した。
それだけでは留まらず、剣戟は少しの勢いも衰えず――巨人の死肉を斬り裂いてしまった。
「……」
(今だ……!)
漆黒の剣を消し去ると同時に、両足にオーラを込め地を蹴ってネリアとの間合いを詰める。
相手の動きは止まっている、あっさりと巨人を倒した事実が信じられずに隙を生み出していた。
ならばここで終わらせる、相手は女だが……敵である以上、討たねばらならないと自分に言い聞かせ、彼はオーラを纏った右の拳を。
「ぐっ……!?」
衝撃と痛みが胸部に響き、聖哉は顔をしかめながら後退する。
一体何が起きたのか、痛む胸を押さえながら正面を見ると。
「――すまんな、ネリア。遅くなった」
いつの間に割って入ってきたのか、聖哉に向かって左手を翳す男の姿があった。
聖哉と同程度の長身に、それに似つかわしい筋骨隆々の肉体。
額から延びる三つ又の角と浅黒い肌が、男が人間ではない証だと示している。
「っ、星!!」
しかし、男の姿など聖哉達にとってはどうでもよかった。
――星が、男に担がれている。
気絶しているのかぴくりとも動かず、聖哉達の呼びかけにも反応を示さない。
「ゾアちゃんおそーい、でも助けてくれたから許してあげる」
「それはありがたい。――此方も目的を果たした、撤退するぞ」
「させるかっ!!」
「ハートブレイク!!」
聖哉が動くよりも早く、レミリアの一撃が繰り出される。
紅き魔力によって生成された深紅の槍を、吸血鬼の剛腕を用いてネリア達に向けて投げ放つ。
必殺には程遠く、けれど決して無視できぬその一撃を。
「――ぬうんっ!!」
低い唸り声を上げ、ゾアと呼ばれた男は右手だけで深紅の槍を受け止め、粉々に握り砕いてしまった。
「何だと……!?」
これにはレミリアも驚愕の声を上げ、今度は一輪と水蜜が動く。
左右に展開し、右から雲山の拳を、左から大錨による打撃攻撃を繰り出す二人。
だが。
「えっ!?」
「なっ!?」
攻撃は空を切り、更にゾア達の姿がその場から消え去ってしまう。
周囲を見渡すが姿を確認できず、聖哉はすぐに“千里眼”を発動させるが、それでも確認する事ができない。
……逃げられた、それだけではなく星を連れて行かれてしまった。
「嘘でしょ……星ーーーーーーーーっ!!」
ぬえの悲鳴じみた叫びが、虚しく響く。
「くそっ……!」
「……やられたな。しかしあの男……一体どこから」
「…………レミィ」
紅魔館側から聖哉達の元へ歩み寄ってくるパチュリー、しかし今の彼女の姿を見てレミリアは驚愕した。
「パチェ、その傷はどうした!?」
右肩を押さえ、所々から血を流し呼吸を荒くしているパチュリー。
倒れそうになる彼女をすぐに支え、レミリアは説明を求めた。
「やられたわ……魔界側から此方のゲートを使われたの。気が付いたら全員……」
「他の者は無事なのか!?」
「ええ、怪我を負っているけど命に別状はないわ。けど寅丸星を……」
「……ああ、まんまと連れて行かれたよ」
「って事は、星は魔界に連れて行かれたって事だよね!? だったらすぐにあたし達も……!」
「それは無理よ」
「どうしてさ!?」
「……向こうにゲートを使用された際に、ご丁寧に破壊していったの。また繋げるには一から作り直さないと……」
だが、今度は一体どれだけの時間が掛かるか判らない。
アリスの協力や図書館にあるマジックアイテムを駆使しても四日掛かったのだ、負傷し道具も使用してしまった今、今度は少なくとも倍以上の時間を有してしまう。
それでは間に合わないだろう、封印が解かれる自体は良くとも……用済みになった星は、殺される可能性がある。
「打つ手なし、か……」
「そんな!? そんなの……そんなの認めないっ!!」
「だけど、魔界に繋がる扉が無いんじゃ……」
諦めと絶望が、一輪達の身体に重くのしかかる。
「……」
そんな彼女達を暫し見つめた後……聖哉は背を向け飛び立ってしまった。
「聖哉……!?」
「ちょっと、どこ行くの!?」
一輪達の言葉にも反応を返さず、一気に速度を上げてその場から離脱する聖哉。
〈おい、もしかして諦めたのか? まっ、それもしょうがねえか〉
(諦めるわけないだろ、だがあの場に居ても事態が好転するわけじゃない)
〈ならどうするってんだ? まさかとは思うが……魔界に行く手立てがお前にあるってのか?〉
(……俺にはそんな芸当はできない。けど……それができる人を、俺は知っている)
そう返しながら、聖哉が赴いたのは……人里であった。
降り立った場所は中心部、ではなく人など存在しない路地裏の一角。
何の変哲もない、行き止まりに過ぎないそこはしかし――“ある場所”へと繋がっている。
(だが、俺に入れるのか?)
路地裏の奥へとゆっくり歩みを進めていく、すると。
「――紫様の言った通りだったな」
「っ、九尾様……」
突如、聖哉の目の前の空間が歪み――スキマ空間が現れた。
そのスキマから顔を出すのは、大妖怪八雲紫の式である八雲藍。
睨むように聖哉を見た後、彼女はただ一言「ついてこい」と告げ、スキマの中へと戻っていった。
それに続き、スキマの中へと入る聖哉。
「っ」
一瞬の浮遊感を味わった後、彼は“八雲屋敷”へと移動を完了していた。
先に到着していた藍に再び促され、彼女と共に屋敷の中へ。
そして連れてこられた客間にて、聖哉はこの屋敷の主と対面するのだが……。
「……八雲様、ですか?」
「ふふっ、やっぱり驚いた?」
彼の前に現れたのは、
目を見開いて驚く彼が滑稽なのか、紫はくすくすと笑う。
……その笑い方は、確かに八雲紫のものだった。
「何故、そのような御姿を?」
「今回は“眠りの時”が過ぎても起きていたでしょ? その反動なのか、身体が縮んじゃったのよ。
でも可愛いでしょー? ちょっと動きづらいけど結構気に入ってるのよ」
にこっと、見た目相応の無邪気な笑みを見せる紫。
さすが大妖怪というべきか、自分の身体に異変が起きても変わらない姿に不思議な安心感を覚えた。
ただ、自分はここに世間話に来たわけではないと、聖哉は表情を引き締める。
「……大体の事情は、察しておりますわ」
「えっ」
「今回、眠りから醒めたのはつい先程なのですが、あなたの事は藍に頼んで時々見守っておりましたから。
――そして、ここに来た目的も察しておりますわ。私の能力を用いて魔界に赴き攫われた友人を助け聖白蓮という僧の封印を解く手助けをしたいのでしょう?」
「…………流石ですね、八雲様」
八雲紫の能力、境界を操る能力ならばこの幻想郷と魔界を隔てる空間など簡単に突破できる。
本来ならば大妖怪である彼女に此方の身勝手な願いを頼むつもりはなかったが、こうなってしまえば背に腹はかえられない。
とはいえ、彼女があっさりと協力してくれるとは聖哉自身考えては……。
「いいですわよ」
「えっ?」
「協力してあげると言いましたの」
「……本当、ですか?」
あまりにも呆気なく、彼女は首を縦に振ってくれた。
この事に聖哉は驚きを隠せず、しかし。
「もちろん、条件がありますわ」
妖怪の賢者が、無償で力を貸してくれる筈がなかった。
「条件、ですか?」
「ええ、けれどそこまで身構えなくても結構ですわ。無茶な要求は致しませんから」
「……」
どうだろうか、何せ相手は八雲紫だ。
彼女にとって無茶ではなくても、此方からすれば十二分に無茶である可能性は考えられる。
警戒する聖哉に、紫はにっこりと……先程とは違う、妖怪らしい妖しく邪悪な笑みを浮かべ。
「条件はたった一つですわ、その条件とは――」