狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第46話 魔界~立ちはだかりし者達~

「――準備が整いました、紫様」

「はーい、ありがとう藍ちゃん」

 

 仕事の早い式を褒めながら、妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪――八雲紫は目の前に展開した術式を眺める。

 暫し見つめ、やがて満足そうな笑みを浮かべつつ……後ろに控えている、聖哉達へと視線を向けた。

 

「準備が整いましたわ。お望みとあらばすぐにでも魔界に行く事ができるでしょう」

 

「本当!? なら早速……」

 

 早速行こう、そう言いかけた水蜜の言葉を……レミリアが止める。

 

「その前に八雲紫、お前に訊ねたい事がある」

 

「あら、もしかしてゆかりんのスリーサイズ?」

 

「微塵も興味が湧かんな」

 

「ひどいっ」

 

 よよよ、と大袈裟なモーションで悲しむ素振りを見せる紫に、レミリアはわざと聞こえるように舌打ちを鳴らす。

 相も変わらず人を苛立たせるその立ち振る舞いは見ているだけで不快感を湧き上がらせる、身体が小さくなり愛らしくなってもそれが変わらないのだから相当だ。

 殴りかかりたい衝動をぐっと堪え、レミリアは問い掛けた。

 

「何故力を貸してくれるんだ? お前がこいつらに協力して得られるものなど何もないと思うが」

 

「そんな事はありませんわ。――人も妖怪も共に手を取り合って生きていく、そんな願いを抱く人を助けようとしているのでしょう? 賢者として、幻想郷に生きる者として協力するのは当然ですわ」

 

「……」

 

 嘘だ、八雲紫という女はそんな殊勝な心など持ち合わせていない。

 何か彼女なりのメリットがあるからこそ、こうして大図書館まで赴いてパチュリー達が作った魔界に繋がるゲートを自身の能力で作動させたのだろう。

 正直レミリアとしては、紫に対して貸しを作るのは御免被るが……魔界に行けるようになって勇み足になっている周りの空気に合わせるしかない。

 

「レミリア、大丈夫だ」

 

「聖哉……?」

 

「レミリア達に対して貸しなどは作らない、八雲様は約束してくださった」

 

 聖哉のその言葉に、レミリアは別の意味で眉間に眉を寄せる。

 

(こいつ……八雲紫と何かしらの契約を結んだな)

 

 彼女を連れてきたのは彼だ。

 そして先程も言ったように何かしらの益が無ければ紫は動かない、だとすると……彼と紫の間に何かあったのだと考えるのが自然だ。

 

「……聖哉、お前が八雲紫と何を話したかは知らないし教える気もないだろう。

 だがあの女に心を許すな、ましてやお前はどうもあの女に執着されているようだからな」

 

「………………さて、な」

 

 曖昧な返答をしつつ、聖哉は一歩前に出て皆に声を掛ける。

 

「みんな、準備はいいか?」

 

「うん、もちろんだよ聖哉!!」

 

 最初に声を上げたのはぬえ、それに続いて一輪達も力強く頷きを返した。

 

「咲夜、悪いがパチェ達の事は頼んだぞ?」

 

「畏まりましたお嬢様、妹様もお気をつけて」

 

「うん、ありがと咲夜!!」

 

「美鈴、お嬢様達の事は頼んだわよ?」

 

「わかってますよ、咲夜さん!!」

 

 ぐっと握り拳を作りながら、美鈴は言う。

 咲夜は先の襲撃にて負傷したパチュリー達の面倒を見る為、レミリアに同行するのは美鈴の役目となったのだ。

 

「イリス、アリス達とおとなしく待っててくれよ?」

 

「……ウン、ワカッタ」

 

 少し不満そうに、けれど納得したようにイリスは頷いた。

 

「椛、セーヤノ事……頼ンダヨ?」

 

「任せてください。先輩が無茶しないように常に監視してますから」

 

(全然信用ありませんね)

 

 そんな視線を椛達に向ける聖哉だが、すぐに二人からジト目を返されてしまった。

 どうやら不利なのは此方のようだ、そう思った聖哉はわざとらしく咳ばらいをしつつ二人から視線を逸らす。

 

「――では、行きましょうか。藍ちゃんはこっちに残って術式の維持をお願いするわ」

 

「畏まりました紫様。お早いお帰りを」

 

 わかっているわ、そう答えつつ紫はスキマを開きそこに藍が用意した術式を組み込んだ。

 瞬間、空間が捻じれ――スキマの奥に暗い世界が広がった。

 どうやら無事に魔界へと繋がったようだ、先行する紫に続いて聖哉達もスキマの中へと入っていく。

 

「……」

 

 魔界に突入した瞬間、まず一輪達は不快感を露わにした。

 周囲に広がるのは棘のように鋭い山々と、不毛な大地。

 太陽が存在しないのか空は夜のように暗く、所々には川のようにマグマが流れている。

 劣悪な環境、まさしく悪魔が住むに相応しい世界と言えるかもしれない。

 

「イッチー、魔界って……旧地獄と似てるね」

 

「確かにこの空気……似ているわね」

 

 しかし、ただ立っているだけで精気を奪われるこの不快さは旧地獄の比ではない。

 そう思っているのは一輪達だけではなく、椛も顔をしかめそれに抗っていた。

 

「そら、先を急ぐのだろう?」

 

「さっさと行こうよ」

 

 そんな中、レミリアとフランは魔界の空気に身体が馴染むのか、いつも通りの姿勢を崩さない。

 翼を広げ悠々と飛び立ち、そして。

 

「――行くぞ」

 

 聖哉もまた、魔界の空気に触れても一切気にした様子もなく、姉妹の後に続いていた。

 その姿に一輪達は驚きを隠せない、それだけ今こうして漂う魔界の空気というのは過酷なのだ。

 闇の中に生きる妖怪ですら、呪詛を囁かれているかのような負担が常に掛かっているというのに。

 

「ふふっ……」

「?」

 

 皆が疑問に思う中、紫は聖哉を見て小さく笑みを零した。

 それに気づいた椛は不審な目で紫を睨みつつ、問いかける。

 

「何が可笑しいんですか?」

 

「あら、何の事かしら?」

 

「とぼけないでください。先輩の様子を見て笑いましたよね?」

 

「……強い子になってくれたのですもの、嬉しくて笑みが零れてしまったのです」

 

 飛び立つ紫、椛もすぐに後に続き彼女の真横に追い付き睨みながら警告の言葉を言い放つ。

 

「これだけは言っておきます。――私は絶対に貴女を信用する事はできません、貴女は先輩にとって害のある存在ですから」

 

「まあひどい、聖哉の頼みを快く引き受けている私に対してなんて言い草なのでしょう」

 

「先輩は貴女に対して何も言いませんが、貴女が先輩の力を自分のものにしようとしている事は判っているんです。それが私には絶対に許せません、もし今後も先輩を利用しようとするなら……即刻斬り捨てる事を忘れないでください」

 

 椛の言葉はいつものように丁寧ながら、その瞳は完全に紫を己の敵と認識している厳しいものだった。

 それでも紫は動じない、そればかりかそんな椛の決意に満ちた顔を見てますます笑みを深めるばかり。

 その余裕の表れが椛の怒りを加速させ、二人の周囲には魔界の空気以上の重苦しい空気が漂い始めていた。

 今にも斬り合いが始まってしまうような、そんな不穏さはしかし。

 

「っ、止まれ!!」

 

 聖哉の声によって霧散し、同時に全員が前方から飛んでくる生物達を視界に捉えた。

 

「あれは……?」

「悪魔……?」

 

 魔界に住む生物、魔族。

 悪魔とも呼ばれ妖怪のように様々な姿形を持ち、その殆どが人型だが人とは違う肌や耳を持つ生命体だ。

 飛んでくる者達も皆褐色や緑といった肌を持ち、中には鬼のような角を生やした個体が居る。

 

「――ケケケ、見慣れねえやつ等が来やがった」

 

 魔族の一人が、ニヤニヤと笑いながら品定めをするかのように聖哉達に視線を向ける。

 他の魔族達も彼等を取り囲むように展開し、その誰もが下卑た笑みを浮かべていた。

 その態度に一輪達は顔をしかめ、椛は無言のまま背中の太刀に手を伸ばす。

 

「おっ、なんだ? おれ達とやろうってのか?」

「冗談キツイぜ犬のお嬢ちゃん、上級魔族のおれ達に勝てると思ってんのか?」

「冗談かどうか……試してやろうかっ!!」

 

 太刀を抜き取る椛、そして飛び掛かろうとして……聖哉に手で制されてしまった。

 

「先輩!?」

 

「椛、お前が手を出すまでもない。――時間が無いんだ、俺がすぐに片付ける」

 

「片付ける? おいおい、マジで言ってんのか?」

 

「テメエも人間じゃねえようだが、ガタイだけが取り柄のウドの大木に何ができるってんだ?」

 

 魔族達は一斉に笑い出す、聖哉の言葉が心底可笑しく馬鹿げていると言わんばかりに。

 それは明らかな挑発と嘲笑、しかしそれだけの傲慢さを表に出せる力を確かにこの魔族達は持っていた。

 しかも魔族側の数は十八にも及ぶ、数の上でも優位である以上この反応は致し方ないものと言えよう。

 

 だが、相手の力量を読めぬ者に未来はない。

 魔族達の嘲笑には微塵も介さず、聖哉はただ目的の為に邁進する。

 ここに来たのは、星を助けると同時に……友人達の願いを叶える為。

 ならばこのような所で無駄な時間を掛けているわけにはいかない、言葉で聞かぬ輩なら――力ずくで突破するまで。

 

〈いいね。お前もだいぶ物分かりが良くなってきたじゃねえか〉

 

(本意じゃないが、相手が邪魔をするなら仕方ない……!)

 

〈それがいいさ。魔界ってのは血で血を洗う修羅の世界だ、言葉での説得なんざできないと思えっ〉

 

「上等だ!!」

 

 一瞬で全身からオーラを吹き荒れさせる聖哉、加減など微塵もないそのパワーは大気を震わせる。

 

「なぁっ!?」

 

「な、なんだ……このパワーは!?」

 

「邪魔だっ!!」

 

 聖哉の姿が椛達の視界から消える。

 続いて聞こえてくる無数の打撃音、中には骨が折れる音も響き……既に彼は決着を着けた後であった。

 

「…………素晴らしい」

 

 見た目が子供の姿からは想像もできない、邪悪さを孕んだ笑みを口元に刻みつつ、紫は呟きを零す。

 ……彼は本当に強くなっている、“眠りの時”に入る前とは格段の進歩だ。

 上級魔族の強さは妖怪でいえば上の上、ピンキリではあるが大妖怪に匹敵する者も居る。

 それをたった一人で、数秒という短い時間で戦闘不能に陥らせた。

 

(欲しい……あの力があれば、幻想郷の安寧も……)

 

「悪女、といった面構えだな。紫」

 

「……酷い言いようね、紅魔館のお嬢様は口の利き方を学ばなかったのかしら?」

 

 いつの間にか隣に居たレミリアを睨む紫だが、そんな彼女をレミリアは瞳に魔力と殺気を込め睨み返した。

 その眼力におもわず一瞬だけ紫は言葉を詰まらせる、それだけの“敵意”が彼女の瞳に込められていたからだ。

 そしてそれはレミリアだけではない、彼女の妹であるフランもまた紫に冷たい眼差しを向けている。

 

「あいつを道具のように利用する事は止めておけ。――多くの人妖を敵に回すぞ?」

 

「そうそう。もちろん私とお姉様もあなたの敵になるよ?」

 

「まあ恐い。けど意外ね、誇りだけは一人前の吸血鬼が随分とあの子を買ってるじゃない?」

 

「だって、聖哉は友達だもん。わたし達紅魔館全員の」

 

「あいつは愚直なまでに真っ直ぐな心を持っている、妖怪にしては珍しいくらいのな」

 

 それがレミリアには好ましい、甘いと苦言を呈したくなる所もあるがそれもまた魅力の一つだ。

 妖怪としての質は確かに決して高いものではないかもしれないが、それを補って余りある“精神の強さ”を彼は備えている。

 だからこそレミリアは素直に聖哉を友人だと思えるし、フランもまた彼を好ましく思っている。

 

「お前は聖哉自身ではなくあいつが持つ力だけに固執している、それがわたし達には許しがたい」

 

「別に聖哉と仲良くなるななんて言わないよ? けどね……お姉様の言う通り、聖哉を道具扱いするなら……壊しちゃうから」

 

「……肝に銘じておきますわ」

 

 紫達がそんな会話を秘密裏に交わしている中。

 魔族達を地面に叩き落とし、周囲に敵意を持った者達が居ない事を確認してから聖哉と椛は“千里眼”を、美鈴は“気”の力で魔界の土地を探索し始める。

 無駄に動けば先程のような敵襲に遭いかねない、なのでまずは能力を用いて星達の居場所を探るのが得策だ。

 そう判断し、三人は全力で魔界を見渡し…………呆気なく、その姿を感知する事ができた。

 

――しかし。

 

「っ、お嬢様!!」

「判っているわよ美鈴。……当然、邪魔が入るか」

 

 美鈴の叫びに答えつつ、レミリアは呟く。

 それと同時に、彼女達の前に現れる一人の女性。

 幻想郷でも珍しい長い桃色の髪を持つ美女、浮かべているにこやかな笑顔は一見すると邪気などは感じられない朗らかなもの。

 だが、彼女の登場に全員が顔をしかめ身構える。それだけ目の前の存在が異常であるという共通の認識があるからだ。

 

「あらら、全員が追ってきてくれたと思ったら……でもでも、見慣れない美幼女が居るのはラッキーねっ!!」

 

 やや興奮した面持ちで、常軌を逸した言葉を放つ女性――ネリアは、ねっとりとした視線を紫へと向ける。

 そんな不気味な視線を受けても当然ながら大妖怪は動じない、それどころか敵を前にしても隙だらけな相手に侮蔑すら覚えていた。

 この女とはまともに話す価値などない、そう判断した紫はすぐに決着を着けようと能力を発動。自身の“境界を操る能力”を用いてネリアの存在の境界を消し去ろうとして。

 

「…………えっ?」

 

 相手の存在を司る境界が、視えない事に気が付いた(・・・・・・・・・・・)

 一転してその表情を驚愕に満ちたものに変える紫、何度も試そうとも結果は同じであり……ネリアに対し、自身の能力が通用しない事実だけを認識してしまう。

 

「ふふっ、どうして能力が通用しないのか吃驚してるんでしょう?」

 

「……あなた、一体」

 

「確かに普通ならあなたの能力に太刀打ちはできない、それだけあなたの能力は強大なものだもの。でもね、少なくともワタシ達にはその能力は通用しない」

 

「……」

 

 確かに、紫とて全ての境界を操作できるわけではない。

 自身よりも強大な存在、たとえば違う次元で存在している閻魔や神々といったものの境界は操作できないし、たとえできたとしても自身の寿命を縮めさせる自殺行為となる。

 しかしだ、目の前のネリアは確かに個としては強力な存在ではあるが決して能力が通用しない相手ではない。

 だからこそ解せないのだ、というよりもこれはネリア自身が原因というよりも……。

 

「能力が通じないからといって、それがどうしたというんだ紫」

 

 紫を小馬鹿にするような口調で言いながら、一歩前に出るレミリア。

 

「やる気満々ね、でも流石にワタシ一人じゃ大変だろうから……とっておきを出すとしますかっ」

 

 ネリアが両手を天に挙げる。

 すると、程なくして空から何かが降ってきた。

 それは黒い“棺”、死者を弔う為に使用する器が二つ、ネリアを挟むように現れる。

 

「貴様……!」

 

 その棺を見た瞬間、レミリアの表情が怒りに満ち溢れたものに変わった。

 そんな彼女を楽しそうに眺めつつ、ネリアは両手を動かし……棺の扉が開かれた。

 中から現れたのは二人の女性、そのどちらも金の髪を持ち顔立ちもよく似ている事から、双子なのかもしれない。

 全身を黒いマントで覆い、死んだように目を閉じているその女性達からは、生気を感じる事ができなかった。

 

「ワタシのとっておきのコレクション、今から七百年前に手に入れた吸血鬼の姉妹達よ」

 

「……殺しただけでなく、誇り高き吸血鬼の身体を死して尚弄ぶかっ!!」

 

 そう、この女性達は既に生きてはいない。

 ネクロマンサーであるネリアに殺され、哀れなコレクションと化してしまっているからこそ、レミリアは怒りに震えていた。

 誇り高き夜の種族である吸血鬼を、骸のまま操り人形にするなど許されるわけがない。

 

「聖哉……お前達は先に行け。この女はわたしが殺す!!」

 

「レミリア……」

 

「知らぬ相手とはいえ同族をこのように弄ばれて、黙ってるわけにはいかないのよ。そっちだっていつまでも足止めされてる場合じゃないでしょう?」

 

 だから手を出すなと、レミリアは既に紅き魔力を展開し臨戦態勢に入っていた。

 ……ここは彼女に任せよう、そう判断した聖哉達はすぐにその場を離脱する。

 追おうと一瞬考えたネリアであったが、少しでも意識を逸らせばその時には細切れにされるとレミリアの視線で気づき、仕方がないとため息を吐いた。

 

「……フラン、美鈴、お前達も行け」

 

「そういうわけにはいかないよお姉様、私だって結構怒ってるんだから」

 

「咲夜さんからお嬢様達を守るように言われていますし、いくらお嬢様でも一対三じゃ不利ですよ」

 

「なら二人はあの骸達を黙らせて。わたしは……あの女を殺す!!」

 

 叫び、一直線にレミリアはネリアへと向かっていく。

 猪突猛進な彼女に呆れつつも、ネリアと一対一で戦えるように、フランと美鈴は吸血鬼の骸達へと向かっていった……。

 

 

 

 

「……」

「……自分の能力が通じない事が、そんなにショックだったんですか?」

 

 聖哉達から少し遅れて移動している紫の横を飛びながら、椛はそう言い放つ。

 

「いいえ。私の能力とて全能というわけではありませんわ、ただ……あの程度の相手に通用しない程、落ちぶれてもいない筈です」

 

「それが虚言ではないのでしたら、何故?」

 

「さあ……ですがあの女、外部から何者かの干渉を受けていました。それが私の能力を遮断しているようなのですが……」

 

 だが、もしその予測が当たっているとすれば……事態はかなり拙いと言えるだろう。

 紫の能力に干渉し遮断するなどという芸当ができる存在など、そう多くはない。

 そんな存在が、今回の件に関わっている。その事実は決して無視できぬ大きなものだ。

 

「大丈夫ですよ、八雲紫さん」

 

「えっ?」

 

「先輩が居ますから、たとえ何があっても大丈夫です」

 

「……」

 

 力強い眼差し、その瞳には聖哉に対する絶対的な信頼が見えた。

 犬走椛という少女は心の底から聖哉を信頼し、そしてその信頼は決して揺るぎないものだと認識できる程だ。

 あまりにも一途で、おもわず笑ってしまうくらいに真っ直ぐな想いで。

 

――それがほんの少しだけ、羨ましいと紫は思ってしまった。

 

「っ」

 

 そんな会話が後ろで繰り広げられている事も知らぬまま、一番先を飛ぶ聖哉の表情が変わりその場で立ち止まる。

 一輪達もそれに続いて止まり、どうしたのかと彼に問いかける前に――自分達の前で仁王立ちする男の存在に気づき、一気に身構えた。

 額から生える三つ又の角、魔族らしいともいえる浅黒い肌を持った筋骨隆々の男。

 

「――まずは名を名乗ろう。オレの名は“ゾア”という、先日はまともな挨拶もできなかった事を詫びよう」

 

「何が詫びようだっ、星を連れ去っておきながら!!」

 

 今にも噛みつかん勢いで、ぬえが叫ぶ。

 彼女だけではない、一輪もぬえも雲山も、既に戦いの準備を終え飛び掛からんとしていた。

 しかしゾアは目の前で明確な敵意と殺気を向けられているというのに微塵も動じず、またそれができる程の覇気を身体から放っている。

 

〈へぇ、強いな……久しぶりに遊び甲斐がありそうな相手じゃねえか〉

 

 くつくつと笑いながら物騒な事を言うヴァン。

 今にも表に出てきそうな彼を制しながらも、聖哉は静かに右手に黒いオーラを集めていく。

 全身ではなく、部分的に力を込めるというのは難しく、まだ無駄な放出を招いているが負担は今までとは比べ物にならない程に小さくなってくれていた。

 

(レミリア達の相手や美鈴のアドバイスのお陰だな……)

 

「――先に行きたければ、通ればよい。命蓮達はここを真っ直ぐ行った先に居る」

 

「えっ……」

 

「……どういうつもりかしら?」

 

「既に十分な協力はした、これ以上あの男の手助けをする義理はない。それに――オレとて目的があるからこそ、協力したのだ」

 

 言って、ゾアは視線を聖哉へと向ける。

 敵意や殺意ではない、純粋な闘志を込めた視線。

 ……聖哉の戦士としての心が、揺さぶられる。

 そして同時に、次に相手が何を言うのかを理解して。

 

「――聖哉といったな。今ここでオレと勝負してもらう、それを受けるというのならばお前以外の者を通してやろう!!」

 

 ゾアは、予想通りの言葉を聖哉に向かって言い放った。

 

「はあっ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 

「元々オレがあの男に協力したのは、幻想郷と呼ばれる世界で生きる強者と戦うため。

 そして聖哉、お前こそがオレが打ち倒すべき強者だと判断したのだ!!」

 

「ふざけた事を……そっちの勝手な都合を言わないで!!」

 

「そうだそうだ、大体アンタは今の自分の状況が判ってんの!? これだけの数を相手にするなんて……」

 

「向かってくるのならば好きにするといい、だがオレと聖哉の戦いを邪魔するというのならば……たとえ相手が誰であろうと容赦はせんっ!!」

 

「……あ、う……」

 

 本気だ、この男は。

 これだけの相手を前にしても、本気で己の望みを果たそうとしている。

 そしてこの男ならばそれができると思えるほどの力が、既に溢れ始めていた。

 

「血で血を洗う修羅の世界である魔界でオレは戦い続けてきた。だからこそオレは強者との戦いを望むのだ、数多くの戦いを生き抜いてきたこの誇りを死ぬまで貫くためにな!!」

 

「……」

 

 なんという純粋で、荒々しい闘志の持ち主なのか。

 戦いの中で生き続けてきた生粋の戦士、それが目の前に居るゾアという男なのだと聖哉は否が応でも思い知らされた。

 くだらぬ策略も野心もない、ただひたすらに戦い続ける事だけを望むその姿。

 

「――八雲様、皆を連れていってください。こいつの相手は俺がします」

 

「聖哉!?」

 

「ちょっと何言ってんのさ聖哉、こんなヤツの言うことなんか聞く事ないって!!」

 

「判ってるよぬえ、だけど……まいったな、俺は俺自身が思っている以上に男だったみたいだ」

 

 そう言って、聖哉は右腕に更なるオーラを集めていく。

 ……この男とは、純粋な闘争ができる。

 敵意も悪意もなく、ただお互いの魂を凌ぎ合う戦いができる。

 それが判ってしまった瞬間、聖哉の中でゾアの勝負を受けないという選択は消えてしまっていた。

 

「必ず追いつく。だからお前達はこの魔界に来た目的を果たせ!!」

 

「だ、だけど……」

 

「八雲様、お願いします。椛もみんなを頼む!!」

 

「……では皆さん、行きましょうか」

 

 そう告げ、紫は尚も何か言いたげなぬえをスキマの中へと放り込みその場を離れ始める。

 一輪達も迷いを見せながらも、聖哉の言う通り魔界に来た目的を思い返しその後を追った。

 そして椛は……その場を離れる事はせず、かといって聖哉達の勝負の邪魔をしようともせず、黙ってその場に残る選択を選んだ。

 

「椛……」

 

「邪魔はしません。――この戦いを見るだけならば、結構でしょう?」

 

「……有難い。良いパートナーを持っているようだな」

 

 褒めるように口元に笑みを浮かべ、ゾアはゆっくりと降下していく。

 どうやら地上で戦うつもりのようだ、聖哉もそれに続き魔界の大地を踏みしめた。

 周囲には鋭く尖る山々、生き物の気配は自分達以外感じられずこの状況では好都合だ。

 

「……一つ、聞きたい事がある」

 

「何だ?」

 

「お前は俺を強者だと言ったな。だがあの場には俺よりも強者が……八雲様がいらっしゃった、なのに何故わざわざ俺を選んだ?」

 

「八雲紫……その名はこの魔界にも届いている、ヤツが持つ能力は大妖怪はおろか神々にすら匹敵する力だという事は、知っている」

 

「ならば、何故……」

 

「……フッ、フハハハハハッ!!」

 

 突如として、ゾアは大声で笑い出した。

 聖哉の問いかけの内容が心底可笑しいと、そう告げるかのように。

 

「フフフ……無知とはここまで可愛いものだとはな」

 

「何だと?」

 

「お前はお前自身の力をまるで理解していない。こうして対峙するだけでも判る、お前の中に眠る力の強大さをなっ!! それに比べれば八雲紫など、能力だけが優れた小娘に過ぎぬわっ」

 

「……」

 

「だからこそオレは貴様を選んだのだ、他の小娘では勝負になどなりはしないっ。――さあ、話はここまでだ」

 

 空気が変わる、全身に走る重圧感で動けなくなりそうだ。

 加減や温存などはできない、始めから全力でいかねば……殺されるのはこちらの方だ!!

 

「いくぞ聖哉、お前の力を見せてみろっ!!」

「――うおおおおおっ!!」

 

 同時に地を蹴る両者。

 互いに繰り出すのは右の拳、ほぼ同時に放たれたそれは互いの拳とぶつかり合い。

 一瞬とはいえ、魔界の大地を大きく揺らがす衝撃を撃ち放った……。

 

 

 

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