狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第48話 帰還~再会せし家族~

――魔界の空が、白い光に埋め尽くされる。

 

 飛び回るレミリアに向かって放たれる、ネリアの攻撃。

 それは一つ一つが彼女の半身を軽々と吹き飛ばす程の威力と大きさを持つ、光弾であった。

 雨のように降り注ぐその密度は凄まじく、まるで霊夢の弾幕のようだとレミリアは回避しながらそう思った。

 

 とはいえ、その光弾は弾幕ごっこのものとは違う。

 命を奪う殺傷能力が十二分に込められた、“遊び”ではない攻撃だ。

 まともに当たれば如何に吸血鬼としての再生能力を持つレミリアとて、深手は免れない。

 

「当たっちゃだめよー、できれば奇麗な状態で保存したいんだからー」

 

 呑気な口調で、末恐ろしい事を言い放つネリア。

 余裕を見せる彼女に舌打ちをしつつ、レミリアは右手に自身の魔力を込めていく。

 

「――シュート!!」

 

 避け切れぬと判断し、レミリアは魔力を込めた右手を横薙ぎに払う。

 そこから放たれるのは紅色の魔力弾、一つの大玉と複数の小玉で形成されたそれは迫る光弾の悉くを相殺していった。

 

「チッ……」

 

 だが、そんな程度では敵の猛撃には対応できない。

 魔力弾は絶えず放たれるネリアの光弾によって呑み込まれ、状況は振出しに戻る。

 相も変わらず降り注ぐ光弾の雨、その奥から垣間見えるネリアの挑発めいた笑みがまた腹立たしい。

 

「きゃっ!?」

「わああっ!?」

 

「っ」

 

 レミリアの動きが一瞬止まる。

 たった今聞こえた声、フランと美鈴の悲鳴に反応し彼女の視線が二人に向けられた。

 ……どうやら、思っていた以上にネリアのネクロマンサーとしての能力は高かったようだ。

 フランと美鈴が相手をしている吸血鬼達、既に息絶え傀儡と化している死体ではあるがなかなかどうして、強敵である。

 

「くっ、このおっ!!」

 

 フランのレーヴァテインが吸血鬼の一体に振り下ろされる。

 だが容易く躱され、反撃を受けてしまっていた。

 美鈴の方も殆ど同じだ、自身の攻撃は軽くいなされ、反撃を許し確実にダメージを与えられてしまっている。

 元々素体は強力な妖怪である吸血鬼とはいえ、ネリアの力で大幅なパワーアップを果たしてしまっているのか、相手はほぼ無傷の状態を保っていた。

 

(美鈴はこの魔界の空気であまり力が出せないとはいえ、フランは……普段から能力に頼っているからね)

 

 紫の能力がネリアに通用しなかった事から予想はしていたとはいえ、フランの能力も相手には通用しなかった。

 故に単純な戦闘で相手を倒そうとしているようだが、どうにも動きが悪い。

 まあそれも当然だ、レミリアとは違いフランには実戦経験というものが殆どなく、戦う機会があってもすぐに能力で決着を着けていたのだ。

 単純なパワーではレミリアを上回るフランではあるが、まだその力を無駄なく扱う事はできていない。

 

「っ、ちぃ……!」

 

 左腕に衝撃、痛みと熱がレミリアの身体に伝わる。

 ……少し意識を二人に割いてしまったせいか、光弾が左腕に命中してしまったようだ。

 見ると左肩から下が消し飛んでしまっていた、この程度ならすぐに再生できるが――その隙を、ネリアは見逃す事はしない。

 

「終わりぃっ!!」

 

 好機と見たのか、ネリアが叫びながら今までとは比べものにならない巨大な光弾を両手から撃ち放つ。

 矢のような速度で放たれたそれは、回避も防御も間に合わせずにレミリアの身体を容易く呑み込んでしまった。

 

「お姉様!?」

「お嬢様!!」

 

 二人が叫ぶ、同時に光弾はレミリアを呑み込んだまま大爆発を引き起こす。

 その威力は真下の大地を砕き、離れた位置にいたフラン達にすら衝撃を与える程。

 

「両手両足が無くなっちゃったかもしれないけど、おとなしくしてもらわないといけないからねー」

 

「こいつ……わっ!?」

 

 怒りの形相を浮かべネリアに向かおうとしたフランだが、そうはさせないと傀儡の吸血鬼達が再び襲い掛かってきた。

 レミリアの元へと行きたいのにそれが叶わない、そんな焦りの表情を見せる二人を見てネリアは楽しそうに笑みを深めていく。

 それは勝者の余裕、勝負が決まったと確信したからこその言葉と態度であった。

 

――だからこそ、彼女は気付かない。

 

「――お前、美しくないな」

 

 自分が相手をしていた存在の、本当の力を。

 あの小さな身体の中に眠っている、吸血鬼としての強大さを。

 

「えっ――」

 

 爆発によって巻き起こった煙の中から、何かが飛び出した。

 それが何なのか場の誰もが視認できぬ間もなく――傀儡の吸血鬼の一匹の首が、破裂音と共に跡形もなく消し飛ぶ。

 

「……お、お姉様?」

 

「所詮は死体、吸血鬼としての再生能力を完全に発揮できないか」

 

 右手に付着した血を払いながら、つまらなげにレミリアは言い放つ。

 既に消し飛んでしまった左腕は再生しており、そればかりか……あれだけの爆発に呑み込まれたというのに、衣服こそ焦げているものの彼女の肉体にはダメージを負った様子は見られない。

 如何に吸血鬼としての再生能力と強靭さがあったとしても、先程ネリアが放った攻撃をまともに受けて無傷など、ありえない筈だというのに。

 

「まだまだねフラン、単純なパワーならあなたはわたし以上なのよ? なのに能力に頼っているからあんな程度の相手に苦戦するの」

 

「お、お姉様……今のは」

 

「ああ、ちょっと待ってて。――もう一匹も黙らせるから」

 

 言った瞬間、フランの視界からレミリアが消え。

 次の瞬間、美鈴が相手をしていた方の吸血鬼の身体が、名刀で斬り刻まれたかのように細切れにされ消滅してしまった。

 

「美鈴、大丈夫よね?」

 

「どうして断言なんですか……」

 

「あなたは頑丈さだけが取り柄だもの、寧ろ大丈夫じゃなかったら叱ってる所よ」

 

「ひどいですよぉ…………って、お嬢様もしかして“あれ”を使ってます?」

 

 美鈴の問いに、レミリアは肯定するような笑みを浮かべてから再びフランの元へ。

 彼女を庇うように前に出て、静かにネリアを睨みつける。

 

「……ひどいなぁ、ワタシのコレクションの中でも上物だったのに」

 

「ならお前のコレクションとやらの質も、たいした事が無いようだな」

 

「フフ、でもさっきのよりもっと良いコレクションが増えるから別にいいんだー」

 

「ほぅ……これは驚いた、お前まだわたしに勝てる気でいるのか?」

 

 心底驚くように、嘲笑うように、レミリアは言う。

 

「お姉様、その力は……」

 

「はーいフラン様、お嬢様の邪魔になっちゃいますから離れてましょうね」

 

「わっ、美鈴!?」

 

 いきなり手を掴まれ、美鈴によってフランはレミリアから離されてしまう。

 当然抗議の視線を美鈴に向けるフランだが、すぐに彼女はレミリアから離れさせた理由を理解した。

 

「末端とはいえ誇り高き吸血鬼を死して尚弄んだんだ……お前には、相応の報いを受けてもらうぞ」

 

 大気が、震え上がる。

 見た目は十にも満たぬ幼き少女の身体から、地の底から響き渡る程の膨大な力が溢れ始める。

 ……フランは知らない、姉であるレミリアが今こうして発している力を。

 確かに彼女は吸血鬼としての力を有している、だがフランの記憶ではここまでの力は……。

 

「驚くのも無理はないですよ、お嬢様はフラン様に一度もあの力を見せた事がないんですから」

 

「……美鈴、あれは」

 

「お嬢様の真の力、まだ“弾幕ごっこ”なんてなかった闘争の時代……お嬢様のお母様であり最強の吸血鬼と呼ばれた奥様から受け継がれた力。

 絶えず噴き出す紅き魔力と、あらゆる者を破壊し蹂躙するその能力を以て名付けられたその力の名は……“スカーレット・デビル”」

 

 幻想郷に移り住み、スペルカードルールに乗っ取って決闘するようになってからは、一度も使う事はなかった他者の命を奪う為だけの力。

 レミリア・スカーレットの二つ名である『スカーレット・デビル』の本当の意味、それが彼女が発言している力の正体だった。

 美鈴も数える程しか見た事がないが、相も変わらず凄まじいという表現すら追いつけない力だと内心戦慄する。

 

「お姉様、凄い……」

 

 フランも初めて見る姉の力に、ただただ驚くばかりであった。

 だが、あの力は確かに凄まじいが……まだ身体が成長しきっていないレミリアには、負担が大きい。

 吸血鬼として成熟した彼女の母ですらあの力を使った後は消耗していたのだ、今のレミリアではまだ……。

 

「大丈夫だ、美鈴」

 

「お嬢様……」

 

「わたしは紅魔館の主、夜の王である吸血鬼だ。それにな……大事な家族(・・)を傷つけられて、黙っているわけにはいかないのよ!!」

 

 右手を天に掲げるレミリア。

 

「――紅き魔力よ。我が名我が命に従いその力を開放せん」

 

「ま、拙いかなー……!」

 

 ここに来て、漸くネリアが自分が狩る側ではなく狩られる側である事に気づく。

 すぐに己の全魔力を用いて、周りに高密度の魔力弾を展開。

 それは先程の弾幕の比ではない、彼女が繰り出せる最高峰の攻撃だった。

 

「いけえーーっ!!」

 

 放たれる弾幕の雨、それを見たレミリアは――口元に笑みを浮かべ。

 

「神槍――――スピア・ザ・グングニル!!」

 

 自身の魔力によって生成された巨大な槍を、力強く投げ放った……!

 

「え――――」

 

 その光景を、ネリアの目にはどう映ったのか。

 魔力弾の一つ一つは小さな山なら軽々と吹き飛ばす衝撃と破壊力が込められている。

 それが百にも迫る数で一斉にレミリア一人に対して放たれたというのに。

 

 レミリアの放った真紅の大槍は、その悉くをを粉砕し微塵も勢いを衰えさせることもなくネリアへと飛んでいった。

 その速度は光の如し、避ける事はおろか防御する事もできぬまま、ネリアの視界は真紅に染まり。

 

 ――大槍は、ネリアの身体を貫き。

 そのままの速度のまま魔界の空を消し飛ばしつつ、遥か後方へと消えていった……。

 

「……」

 

「ひぇー……あれはもう、生きてないでしょうね」

 

 直撃を受けたのだ、既にネリアの身体など原型を留めず消滅してしまっているだろう。

 おもわず敵に対して同情しながら、美鈴はすぐにレミリアの元へと向かい……彼女の身体を支えてあげた。

 

「……悪いわね、美鈴」

 

 謝るレミリアの額には多量の汗が滲み、呼吸も荒々しいものに変わっていた。

 やはり“スカーレット・デビル”の力は今のレミリアにとって負担が大き過ぎるようだ、こうして美鈴に支えられるがままである様子から否が応でも判る。

 

「お姉様、大丈夫!?」

 

「大丈夫よフラン、あなたの方こそ大丈夫?」

 

「う、うん…………ごめんねお姉様、私達が弱いから……」

 

「そんな事はないわ、フランはよく頑張ったもの。それにわたしと違って実戦経験も皆無だから致し方ない部分もあるわ、だから気にしないの」

 

 そう言って、レミリアは褒めるようにフランの頭を優しく撫でた。

 姉の優しさが嬉しいと思う反面、フランは自身の未熟さをただ恥じる。

 先程のレミリアの言葉通り、能力だけに頼っているからいらぬ苦労を掛けてしまったのだ。

 

「お姉様、私もっと強くなるよ」

 

「ふふっ……楽しみにしているわフラン、でも無理はしないでね?」

 

「うんっ!!」

 

 にこっと満面の笑みを見せるフランに、レミリアもまた優しい笑みを浮かべた。

 吸血鬼姉妹の仲睦まじい光景を間近で見て、美鈴は密かにほっこりしながら……前方からやってくる物体を視界に収める。

 それは空飛ぶ木造船――今回魔界に来る理由となった、聖輦船であった。

 

「お嬢様、フラン様、どうやら向こうも用事が終わったようですよ」

 

「そうみたいね。魔界観光でもしたかったけど……それはまた別の機会にしましょう」

 

「お姉様は早くゆっくり休んだ方がいいよ。でも今度はホントに観光しに来ようね?」

 

「ええ、勿論よフラン」

 

 

 

 

「……うっ、くっ……」

 

 目を開けると、ぼやけた視界が広がる。

 身体の痛みで意識はすぐに覚醒し、聖哉は倒れていた自分の半身を起き上がらせると。

 

「聖哉!!」

「ぐおっ!?」

 

 誰かにおもいっきり体当たりという名の抱き着き攻撃を受け、再び地面に倒れ込んだ。

 おまけに頭を強打し新たな痛みに襲われる始末、ズキズキと痛む頭を押さえながら再び起き上がった。

 

「よかった~、目を醒ましてくれて」

 

「……ぬえ」

 

「ぬえお姉さん、よっ!!」

 

 睨まれながら訂正され、聖哉はおもわず頷きを返してしまった。

 そのおかげかは判らないが聖哉は先程までの事を思い出し、急いで立ち上がる。

 だが周囲にゾアの姿は無く、そればかりか今自分が立っている場所が聖輦船の上だと気づき、困惑した。

 

「なんで、俺は聖輦船の上に……まさか」

 

「――ええ、その通りですよ」

 

 声を掛けられ、そちらへと振り向く聖哉。

 そこに居たのは見慣れぬ女性、聖母のような優しさと暖かみを宿す目を持つその女性を見て、聖哉は理解する。

 

「あなたが、聖白蓮さんですか?」

 

「はい、犬渡聖哉さん。あなたの事は星達から聞きました……今回の事で、本当に皆がお世話になったようで」

 

「……事の詳細を、教えてもらいたい」

 

……。

 

「そうか。白蓮さんを救う事はできたけど、命蓮は消えたのか……」

 

「今もこうして彼の法力を探ってはいるのですが、見つからない事を考えるともう魔界にはいないのかもしれません」

 

「……だけど、目的は達成できたんだ。今はそれで充分じゃないか?」

 

 そう言って聖哉は視線を星達に向けると、星達は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 ……その誰もが目を赤くさせている、おそらく再会できた事で泣いてしまったのだろう。

 

「そういえば、レミリア達は?」

 

「船内で休んでいます、どうやらかなり力を消耗してしまったようで……」

 

「そうか……でもレミリア達なら、大丈夫だよな」

 

 気になる点はあったものの、どうやら大団円(だいだんえん)を迎える事ができたようだ。

 その事実に聖哉はほっと一息つき、しかし彼女(・・)はこれで終わらせるつもりはなかった。

 

「――めでたしめでたし、というままにはしておけませんわねぇ」

 

「…………八雲様」

 

 場の空気が、緊迫したものに変化した。

 星達は一斉に表情を厳しくさせ、白蓮を守るように身構えながら紫を睨みつける。

 

「聖白蓮、あなたのおかげで幻想郷の地は荒れかけました。此度の責……どう清算するおつもりで」

 

「なっ、ちょっと待ってよ! 聖は何も……」

 

「彼女を助けるという経緯で多数の妖怪に被害が及びました、妖怪だけでなく人間達にも。だというのに、無罪放免にできると本気でお思いで?」

 

「うっ……」

 

 ギロリと、紫の視線が反論したぬえに突き刺さる。

 ただそれだけ、たったそれだけで鵺である彼女は言葉を失ってしまった。

 なんという恐ろしい眼力か、今度余計な事を言えば文字通り口を塞がれてしまうと本気で思えてしまう程だ。

 

「それは重々理解しているつもりですよ八雲紫さん、ですがどうかこの子達は見逃してくださいませんか?」

 

「聖様、何を言うのですか!?」

 

「彼女の言い分は正しい、一輪とてそれは判っているでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 何も言い返せない、一輪だけでなく他の誰もが。

 これまでの事を考えれば、自分達が間違っている事を理解できるからだ。

 ……だが、それでもせっかく再会できた白蓮を見捨てる事など、彼女達にはできない。

 

「罰は皆で受けましょう」

 

「星……」

 

「そ、そうだよ。聖にだけ負担を掛けさせるわけにはいかないって!!」

 

「ぬえちゃん……」

 

 二人だけでなく、一輪や雲山、水蜜も同じだと頷きを見せる。

 ……千年前と同じだ、変わらず彼女達は自分を慕ってくれている。

 その想いが、優しさがただ嬉しくて、白蓮はこんな時にと思いながらも嬉しさを隠し切れない。

 

「…………ふふふ」

 

「?」

 

「感動的な光景ね、長い年月が経っても決して揺るがぬ確かな絆……見ていて良いものですわ」

 

「馬鹿にしているのかしら? もしそうならたとえ協力者であっても……!」

 

「いいえ、そんなつもりは毛頭ありませんわ。――聖白蓮、あなたはまだかつての自分が望んだ夢を諦めていないのでしょう?」

 

 頷く白蓮、それを見て紫は満足そうに笑いながら。

 

「ならば聖白蓮。幻想郷はあなた方を歓迎します、どうかあなたの夢を実現してくださいな……それがあなたに科せられた責とします」

 

 そう言って、彼女は巨大なスキマを開き聖哉達ごと聖輦船を呑み込んだ。

 数え切れぬ程の目玉が展開された不気味なスキマ空間はすぐに抜け、聖輦船は――幻想郷の空へと戻る。

 

「では、私は疲れたのでここで失礼させていただきますわね」

 

「え、ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 スキマを開き帰ろうとする紫を、白蓮は慌てて呼び止める。

 当たり前だ、先程の言葉の真意を問いたださなければ納得できない。

 あれではまるで今回の責など無いと言っているようなものではないか、だが……。

 

「あなたの夢は遠く険しい、ですが実現できれば必ず幻想郷の益に繋がる。だからこそですわ、途中で逃げ出す事など許しません」

 

「……紫さん、あなたは」

 

「それに此方も得られるものがありますから、ね……」

 

 ちらりと、紫の視線が聖哉に向けられる。

 その瞳の奥からは、獲物を見つけた捕食者の色が見え隠れしていた。

 それを察した椛がすかさず割って入り、全力の威嚇を放ちながら太刀の切っ先を紫へと向ける。

 

「うふふふ……ではごきげんよう皆様、聖白蓮達には暫し監視をさせていただきますが……ご了承くださいましね?」

 

 そう言って、妖怪の賢者はスキマの中へと入り……そのまま何かする事もなく、消えてしまった。

 てっきり聖哉に対し何かアクションを起こすと思っていた面々は怪訝な表情を浮かべるものの、すぐに思考を切り替えた。

 

「とりあえず……悪は去った?」

 

「いやぬえぬえ、一応魔界に行く手伝いをしてくれたんだからその言い方は……」

 

「あんなの悪よ悪、聖哉の事を品定めするような目で見て……あたし、アイツ嫌い!!」

 

 頬を膨らませ、全力で嫌いアピールをするぬえ。

 ただそんな反応を見せたのは彼女だけでなく、一輪や水蜜も同意するように頷きを見せていた。

 特に椛に至っては、いまだにスキマがあった場所を親の仇のように睨んでいた。

 

「白蓮さん、まずはこれからどうするのですか?」

 

「……とりあえず、この聖輦船を私達の夢の続きの場所――命蓮寺へと変化させようと思います。そしてゆくゆくは人々や妖怪の助けになろうかと」

 

「そうですか……でしたらそれが整うまでは協力します、幸い人里には知り合いも居ますし」

 

「本当ですか? 何から何まで……」

 

「いえ、気になさらないでください。俺もその夢は叶ってほしいと思っていますから」

 

 種族の違う人間と妖怪、それだけでなく神々や妖精すら同じ立場で平和に生きる世界。

 それは聖哉にとっても理想の世界であり、叶えてほしいと願う夢であった。

 

「……」

 

 これからの事に心を躍らせる白蓮達から少し離れ、聖輦船の艦首へと移動する聖哉。

 ……幻想郷も少し暑くなってきた、もう少しで夏がやってくるだろう。

 いつもなら、そろそろ夏に向けて色々と準備に励んでいたが……今年からは、少々勝手が違う。

 

(山の外で生きなければならないんだ……山の天狗ではなく、犬渡聖哉として)

 

 だが、不思議と不安は存在していなかった。

 色々あったからか、それとも単純にまだ心が実感していないのか。

 

「先輩、どうしたんですか?」

「……いや、なんでもないよ椛」

 

 自分に駆け寄ってきた椛を見て、聖哉はきっと後者が理由なのだと理解する。

 そうだ、自分は独りではない、彼女が居てくれる。

 そう思うと、彼の中で不安が芽生える事はなく、そればかりか言いようのない高揚感が身体全体に伝わっていくのだった……。




これにて、この章は終わりとなります。
長々とお付き合いありがとうございました。
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