狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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~聖哉と椛の小さな旅路~
第49話 太陽の畑~幽香とリグルと聖哉達~ ※


 幻想郷に、夏が来た。

 日差しは暑く、照り付ける太陽年々その強さを増しているような気がする。

 

 そんな空の下、俺と椛はゆっくりとした足取りで歩いていた。

 人間には辛い日差しでも、妖怪である俺達にとっては少し暑い程度。危険というわけではない。

 ……今はゆっくりと幻想郷の地を旅しているのだ、飛んで移動するよりこうして歩いていた方がいい。

 

――俺達が魔界から帰還して、半月という時間が流れた。

 

 白蓮さん達は、人里の外れに聖輦船を降ろし今では船を「命蓮寺」という寺に変化させ夢の続きを追っている。

 立場の弱い妖怪も人間も快く受け入れ、両者の溝を少しでも無くそうと邁進しているそうだ。

 まだまだ再開したばかりだからなんともいえないが、是非成功してほしいと切に願っている。

 

 当初は俺達も共に寺で住まわないかと提案されたのだが、寺の戒律が性に合わないのと……何よりも、幻想郷の地をゆっくりと見て回りたいと思っていたから、丁重にお断りした。

 山の天狗では無くなった以上、いつかは定住する場所を見つけなければならないがそう焦る事もない。

 だから俺は椛と共に、責務にも時間にも囚われず旅を始める事にしたのだ。

 

「時々暇な時は“千里眼”で幻想郷の色々な場所を見た事がありますけど、実際に近くに行って見るのとはまた違いますね」

 

「そうだな。見た事のない植物や動物を見れるのは楽しいし、こうやってのんびり過ごせるだけでも楽しいもんだ」

 

 俺の言葉に椛は「そうですね」と返してきた、見る限りでは彼女もこの旅に不満はないようだ。

 ……正直、彼女には負い目がある。俺のせいで彼女は山を降りたのだから。

 けれどそんな事を言おうものなら他ならぬ椛自身に怒られてしまう、というか怒られた。

 

「私は私の意思で先輩の隣に居たいと思ったんです、ですから先輩がそんな事を考える必要なんかありません」

 

 はっきりと、力強い眼差しで上記の言葉を言われてしまえば、俺としても何も言えなかった。

 だから彼女にはただ感謝を、俺を想い決意を抱いてくれた彼女にできる限りの事をしてやりたい。

 

……。

 

「…………わぁ」

「……凄い、な」

 

 軽く会話を交えつつ歩き続け、俺達はある光景を目にして同時に感嘆のため息を零した。

 視界に広がる光景、それは黄色い絨毯だと錯覚する程に咲き乱れている向日葵の花々達だった。

 照り付ける太陽の恵みを一身に受け取り、力強く咲くその花達からは此方まで元気にある生命力に溢れている。

 それが数え切れぬ数で咲いていれば、歩を止め魅入ってしまうのも仕方がなかった。

 

「こんなに向日葵が咲いてるなんて……夏の風物詩にしてはちょっと変ですね、綺麗だからいいですけど」

 

 確かに、ちょっと咲き過ぎではある。

 いや、待て……この光景に思考を奪われていたから気づくのが遅れてしまったが、まさかここは。

 

「――あら、珍しい客ね」

 

 その声を聴いた瞬間、俺と椛は同時に身体を強張らせた。

 声だけで相手を委縮させる、それは即ち実力者の証であり、同時に俺達はこの声が誰であるかを悟った。

 ……迂闊だった、そういえばこの辺りは“あの妖怪”の縄張りのようなものだったな。

 それを忘れていた自分の馬鹿さ加減に呆れつつも、俺は視線を声のした方向へと向ける。

 

「…………風見、幽香」

 

 そこに居たのは、緑の髪と右手に持つ薄桃色の日傘が特徴的な長身の美女。

 花を何よりも愛し俺の知る限りでは星熊様に匹敵するほどの喧嘩好きな大妖怪、風見幽香であった。

 既に彼女は手にしている傘の先端を俺達に向けている、少しでも動けば消し炭にしてやろうと思っているのだろう。

 

「……ゥゥゥ」

 

 威嚇を込めた低い唸り声が場に響く、それを放つのは俺ではなく……背中の太刀を抜き取り一歩前に出る椛であった。

 

「あら、躾のなってないわんちゃんね。調教が行き届いていないんじゃないの?」

 

「何を言っているんですか。まだそんなプレイは早過ぎます」

 

「お前が何を言っているんだ?」

 

 表情は険しいのに、放たれた言葉はあまりにも頓珍漢だったものだからおもわずツッコミを入れてしまった。

 しかも“まだ”ってなんだ“まだ”って……。

 

「別に俺達はお前が育てている花達に何かするつもりも勿論お前に何かしようとも思っていない。立ち去ってほしいのならすぐに立ち去るから……」

 

「それは困るわ。――いつかの続きをしてほしいから、あなたの前に現れたのよ?」

 

 幽香の身体から“闘気”が溢れ出していく、いつかの続きって……前に椛と人里に行った時の事か。

 あの時はリグルが仲裁してくれたから何とかなったが、どうやらまだ諦めていないらしい。

 ったく、どうして幻想郷の実力者の殆どはバトルジャンキーじみた一面を持っているんだ。

 まだ人間が妖怪に対し恐れを抱いていた時代を生きていたからこそか、それとも単純に喧嘩が好きなのか。

 

「断る、と言ったら?」

 

「別に逃げたければ逃げてもいいわよ? 逃げられるのならねぇ……」

 

 逃がしてくれるつもりは毛頭ないらしい、こんな所で暴れたら自分の育てた大切な花畑も吹き飛ぶんじゃないのか?

 と思ったら、既に幽香は花達にだけ強力な結界を展開している事に気が付いた、用意周到な……。

 

「そっちのわんちゃんは手を出さないでね? 正直、邪魔なのよ」

 

「邪魔、だと? こっちがおとなしく先輩に手を出させると思うか?」

 

 椛も全身から“闘気”を出し、完全に臨戦態勢に入ってしまった。

 拙い、いくら椛でも風見幽香相手じゃ分が悪い。本意じゃないがここは俺が相手をするしか――

 

「幽香さん!!」

 

 一触即発の中、第三者の声が場に響いた。

 その声を耳に入れた瞬間、恐ろしいまでの闘気を放っていた幽香の身体がビクッと震える。

 声の主は地面に着地するやいなや、怒った表情を浮かべ一気に幽香かへと詰め寄った。

 

「何をしているんですか幽香さん、また聖哉さんに喧嘩を売ってっ」

 

「え、えっと……これはねリグル、海よりも深いわけが……」

 

「そんな深いわけがあるわけないでしょ!! 相手が望んでないのに喧嘩を売るのは良くないって言ったじゃないですか!!」

 

 がーっ、と風見幽香相手にも一切臆さず怒るのは、蛍の妖怪であるリグル・ナイトバグ。

 実力的には完全に風見幽香が上なのに、力関係は完全に逆転していた。

 相変わらずリグルには弱いようだ、さっきまでの悪鬼の如し表情はどこへやら、あわあわと困惑している風見幽香はある意味貴重な姿を晒している。

 

「聖哉さん、幽香さんがまたすみません……」

 

「いや、リグルが謝る必要なんかないぞ?」

 

「そうですよ。悪いのは醜態を晒しているそちらの妖怪なんですから」

 

「醜態、ですって? この犬……」

 

 椛を睨む風見幽香の瞳に、明確な敵意が宿る。

 

「幽香さん……」

「うっ……」

 

 しかしそれも一瞬、リグルにジト目で睨まれ一気に委縮してしまった。

 ……本当にリグルには弱いんだな、一体どういう経緯でこんな関係になったのか非常に気になるが、訊く勇気は俺にはない。

 下手にここで調子に乗ろうものなら、リグルが居ない場所で風見幽香に何をされるか判ったものではないからだ。

 

「ところで聖哉さん……と、そちらの方は?」

 

「はじめまして、犬走椛と申します。先輩のペッ……妻です」

 

「頼りになる後輩だ」

 

 というか椛、お前今何を言いかけた?

 

「天狗である聖哉さん達はどうしてここに?」

 

「……色々あってな、今は山を離れて幻想郷を旅しているんだ」

 

「そうなんですか…………あっ、でしたら今お時間あります? あるなら一緒にお茶会をしましょうよっ!!」

 

「俺は別に構わないが……」

 

 ちらりと、椛に視線を向けると「大丈夫です」という意味を込めた頷きを見せてくれた。

 続いて風見幽香へと視線を向け……とてつもなく不満そうな視線を向けられてしまった。

 まあ判っていた事だ、しかし風見幽香の視線に気づいたリグルが視線を向けると、渋々といった様子を見せるものの何も言ってはこなかった。

 

 せっかくの誘いだ、ここはリグルの言葉に甘えさせてもらおう。

 ただ風見幽香とお茶会か……想像もしていなかったな。

 

 

 

 

「――そんな事があったんですか。大変でしたね聖哉さん、椛さん」

 

「まあな。だがもう済んだ事だし、今はゆっくり幻想郷を見て回るのを楽しんでいるから大丈夫だ」

 

「私は山から殆ど出た事がありませんでしたから、新鮮な光景ばかりですっかり堪能しているんですよ」

 

 巨大な向日葵畑のちょうど中心に位置する、風見幽香の家。

 そこで俺達はお茶会を楽しみつつ、リグル達に今までの事を話す事に。

 

「相も変わらず、天狗というのは頭が固くて融通が利かない連中なのね。今も昔も変わらないのが笑えてくるわ」

 

「幽香さん、言い過ぎですよ」

 

「いいんですよリグルさん、風見さんの言っている事は決して間違いではないですから」

 

 椛らしからぬ、辛辣な言葉に少し驚く。

 それだけ俺に対する処分が気に入らないのか、判っていたけど……少し嬉しいと思ってしまうのは、やっぱり罰当たりだろうか。

 リグルも俺達の話を聞いて憤慨している様子を見せ、一方の風見幽香は予想通りの反応を見せている。

 

「じゃあ、住む場所は……」

 

「今はないな。まあ気ままに旅をしながら定住する場所を決めるつもりだから深く考えてないんだ」

 

「でもいずれは二人が住める場所を探そうと思っているんです。でないと…………ふふ、うふふふっ」

 

 な、何だろう、椛が顔を赤らめて意味深な視線を送ってくる。

 椛さん、一体貴女は俺に何を望んでいるんでしょうか?

 訊きたいけど、なんだか恐くて訊くのが躊躇われる……。

 

〈何言ってんだ。そんなの決まってんだろ〉

 

 ヴァン煩い、黙ってろ。

 ニヤニヤしているであろうヴァンに一喝しつつ、意識をお茶会へと戻す。

 

「聖哉さんと椛さんって……その、えっと、こ、恋人同士、なんですか?」

 

「違います。ペッ……夫婦です」

 

「先輩と後輩です。というか椛、今何を言いかけた?」

 

 俺の耳が腐ってなければ、ペットって言いかけなかったか?

 ってか妻でもないし、ほらリグルがなんともいえない表情をこっちに向けてるじゃねえか。

 風見幽香に至っては俺に汚物を見るかのような視線を向けてくるし、やっぱりさっきペットって言いかけたなコイツ。

 

「先輩、まだ覚悟を決めていないんですか?」

 

「覚悟って何だよ……」

 

「それは勿論、私を娶る覚悟ってヤツですっ」

 

 ふんすと鼻息を鳴らし、一瞬思考が停止するような事を言い放つ椛。

 娶るって……冗談、じゃないなこの眼を見るに。

 覚悟か……椛の事は好きだけど、その好きがどういうものかは……まだわからない。

 こんな気持ちのまま彼女の想いに応える事などできないけれど、この旅の中でちゃんと考えていかないとな……。

 

「健気ね。笑っちゃうくらいに」

 

「笑いたければ笑えばいい、花しか愛せないあなたには一生掛かっても判らないさ」

 

「あら判るわよ? だってある意味では私は聖哉を愛しているもの」

 

 さらりと、日常会話のような気軽さで爆弾発言を放つ風見幽香。

 だが決して驚かない、何故なら彼女の愛はラブロマンス的な愛ではないからだ。

 どうせ“殺したい程愛してる”的な意味なのだろう、“闘気”を込めた目で此方を見る所を見ると間違いではないと思われる。

 

「でも素敵ですね……椛さん、頑張ってください!!」

 

「ありがとうございます、リグルさん」

 

 うっとりした表情を浮かべるリグル、そうだよこれが正常な反応なんだよ。

 女の子らしいリグルの感性に内心感動しつつ、まだ先程の視線を向ける風見幽香を睨みつける。

 

「気づいていてくれたのね。嬉しいわ」

 

「やかましい。さっきリグルに釘を刺されたってのにまだ理解できないのかお前は」

 

「ふふっ……だってしょうがないじゃない。古代から生きる妖怪には大なり小なりこういった欲求が生まれてしまうのよ、天狗のあなたならそれは知っているでしょう?」

 

 確かに、そういった話は聞いた事がある。

 古代の時代は妖怪同士の抗争が絶えず起こり、そのせいか誰もが闘争本能を滾らせていたという。

 その時代に生きている古参の妖怪は、“強者と戦いたい”という欲求が時折生まれどうしようもなく暴れたくなるらしい。

 身近な例で言えばかつて天狗が仕えていた鬼や、天狗の長である天魔様がそれに該当する。

 

 だからこそ鬼は喧嘩を好み、風見幽香もまた執拗なまでに戦いを望む。

 仮説ではあるがスペルカードルールが設立された理由の一つに、そういった妖怪達の欲求を解消するという目的があると言われる程なのだ。とはいえそれが本当でもあまり意味がないようだが。

 妖怪は精神に依存する生命体だから、無理矢理感情で抑えつけるというのは良くないらしいが……涼しい顔をしているが、内心では風見幽香も苦しんでいるのだろうか?

 

「……風見幽香」

 

「何かしら?」

 

「約束する。今はまだ無理だが……近いうちに相手をする、必ずだ」

 

「先輩!? 何を言っているんですか、そんな約束なんて……」

 

 抗議の声を上げる椛を手で制し黙らせる。

 俺を心配してくれている彼女には悪いが、これは譲れない。

 

「どういう風の吹き回しかしら?」

 

「お前の言い分も理解できないわけじゃない、俺も妖怪だからな。それに……俺は今より強くならなきゃならない理由がある」

 

 いつか、あの男(・・・)との決着を着けなければならない時が来る。

 それだけじゃない、俺でも幻想郷を守れる力となれるなら……今よりも強くならなければ。

 とはいえ今はゆっくりと旅を楽しみたい、だから風見幽香の願望を叶えるのは後回しだ。

 

「……ふーん、あなたの理由なんてどうでもいいけど、その言葉を忘れないでね?」

 

「ああ、約束するさ」

 

「ふふっ、その時を楽しみにしているわ」

 

 そう言って、風見幽香は笑う。

 けれどその笑みは先程のような凶悪なものではなく、どことなく少女のような……純粋な笑みに見えた。

 

「さて、と……それじゃあ私とリグルは花の世話をしないといけないから、あなた達はさっさと帰りなさい」

 

「幽香さーん……」

 

「いいよリグル、あまり長居すると「気が変わった」とか言って襲われそうだ」

 

 立ち上がり、お礼を言ってから椛と共に風見幽香の家を後にする。

 再び始まる旅……なのだが、隣に並んで歩く椛の視線が少し痛い。

 

「あんな約束なんかして……」

 

「向こうも一度引き下がってくれたんだ、そんな意図が無かったとしてもな」

 

「だからって……相手は風見幽香なんですよ?」

 

「知ってるよ。――だからこそだ」

 

「…………もぅ」

 

 俺の心中を察してくれたのか、椛は呆れながらもそれ以上苦言を呈してはこなかった。

 そんな彼女に感謝しつつ、俺は相変わらず強い日差しに目を細めながら空を見上げる。

 幻想郷の夏はまだまだ始まったばかりのようだ、近いうちにおもいっきり水浴びでもしたいものである。

 

 

――さて、次は何処へ行こうか。

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