狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第51話 デート~精神鍛錬付き~ ※

 デート、それは好き合っている男女が互いの愛情を深めたり確かめたりする行為である。

 一部例外はあるものの、射命丸様の仰っていた事が正しいのならこの認識で間違いない筈である。

 どちらにしろ俺には縁のない話、だと思っていたのだが。

 

「それでは聖哉様、本日は宜しくお願い致します」

「あ、はい……」

 

 人里の入口前にて、俺に対して深々と頭を下げ上記の言葉を放つ銀髪のメイド少女。

 紅魔館のメイド長である十六夜咲夜に、俺は曖昧な反応しか返す事ができなかった。

 当たり前だ、霧の湖での「デートしてください」発言の次の日に、こうして実際に人里にデートしに来る羽目になればこうもなる。

 

 確かに元はといえば俺の軽率な発言が原因である。

 だけど、かといって彼女が本気で俺とデートする筈が無いと思った手前、この状況には困惑しか生まれない。

 勿論最初はやんわりと断った、経験は無いがデートというのは好き合った男女が行うものだという認識だったから。

 しかし咲夜は折れず、「前にした約束を破るのですか?」と言われてしまえば、俺に反論する事などできる筈もなく。

 

「……」

 

 先程から放たれている突き刺さるような視線で、背中が痛い。

 背後には半目で俺を睨む椛が居る、先のデート発言から彼女はずっと無言のままだ。

 針の筵とはこの事か、さっきから俺が何を話しかけても睨むだけで取り付く島もない。

 おかしいな、デートの前だっていうのに胃痛がしてきたぞ……?

 

「では参りましょうか、聖哉様」

 

「あ、ああ…………ところで咲夜、椛の事は……」

 

「ついてくるのならば勝手にすればいいではありませんか、関係ありませんわ」

 

「……」

 

 あ、なんか背中に受ける視線の冷たさが更に増した。

 ちょっと待て椛、今の発言は俺のせいじゃない。

 などという言い訳を口にできる俺ではなく、黙って咲夜と共に人里に赴く事しかできず。

 こうして、俺と咲夜の少し後ろに怖い顔のままの椛が居るという、よくわからない構図のデートらしきものが始まった……。

 

「聖哉様、何処か行きたい場所はありますか?」

 

「そ、そうだな……正直な話、俺にはこういうのはよく判らないから咲夜に合わせるよ」

 

 こういう時は男がリードするべき事なのだろうが、人里の事をよく判らない以上リードなどできるわけがない。

 正直まだ納得などできないが、自分の放った発言には責任を持たなくてはならない、こうなったら腹を括ろう。

 ……椛には、後で全身全霊を込めたフォローをしなければ。

 

「そうですね……では、まずはお買い物に行きましょうっ」

 

 そう言って、咲夜はどことなく楽しそうに笑い……自然と俺の左手を握りしめた。

 柔らかく、でもメイドとしての仕事のせいか少しごつごつした彼女の手。

 椛と同じ、日々努力を続けている女性の手だ。

 

「あ、も、申し訳ありません。いきなりこんな……」

 

「いや、いいんだ」

 

 放そうとする手を、少し強い力で握り返した。

 咲夜は当然ながら驚いていたけど、抵抗はしてこなかったのでそのまま俺達は歩いていく。

 

「……」

 

 あれ? 俺、どうしてこんな事してるんだろ?

 ただ、彼女から握ってきた手を放すのはなんだか変だなと思って、半ば無意識の内にこんな事をしてしまった。

 視線が痛い、なんか殺気のようなものも混じっているような気さえしてきた。

 咲夜は気にしていないのか、それとも俺に手を握られて驚いているのか、特に何も言わずに黙ってついてくるし。

 

 この珍妙な状態の俺達を見て、里の人達は案の定というか怪訝な表情を浮かべている。

 すみませんすみません、心の中で謝りつつ……調子を取り戻した咲夜に連れられやってきたのは、様々な野菜が陳列している八百屋であった。

 ……デートの最中なのに、八百屋?

 

「おっ、咲夜ちゃんじゃないかっ。今日も買い物……か、い……?」

 

 威勢よくも友好的なスマイルを浮かべ、八百屋の店主である中年男性が出迎えてくれたが、俺達を見て笑顔のまま固まってしまった。

 そりゃあそうだ、咲夜はともかくとしてその隣に巨人のような男とその後ろに殺気を込めた視線を浮かべる白狼天狗が居れば、固まりもする。

 しかし流石は商売のプロ、やや上擦った声ながらも「今日はどれにする?」と営業を再開する姿は素直に尊敬した。

 

「えっとですね……今日はナスと人参と……」

 

「……なあ、咲夜」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

「いや……俺達、デートをしているんだよな?」

 

「そうですよ、それに聖哉様が私に合わせると言ってくれたではありませんか。

 なのでこのチャンスに色々と買い溜めしておきたいと思いまして、中々こういった機会には恵まれませんから」

 

「……」

 

 んんん? と俺はおもわず首を傾げた。

 いや、確かに咲夜に合わせるとは言ったが、まさかデート中に八百屋で買い物をするとは思わなかったのだ。

 射命丸様の話によると、デートというのはもっとこう甘味処に寄ったり可愛らしい小物を買ったり……前に椛と一緒に人里に来た際の行動の方がデートと呼べる。

 後ろの椛も困惑しているのか、先程までの怒りはどこへやらといった様子になっていた。

 

「聖哉様、これを持ってくださいますか?」

 

 これでもかという量の野菜を詰めた鞄を手渡してくる咲夜。

 それを俺が受け取ったのを確認してから、「それでは、また」と店主さんに一礼して別の店に向かう咲夜を追いかける。

 

「やあ咲夜ちゃん、今日はどうし……」

 

 次に咲夜が赴いたのは、肉屋。

 八百屋の時と同じリアクションを見せる店主の女性に、咲夜は気にした様子もなく買い物を始めてしまった。

 

――その後も、咲夜は買い物を続けていく。

 

 買うものは食材や日用品といった、なんとも色気のないものばかり。

 既に荷物持ちになった俺と、困惑するばかりの椛は何も言えず彼女についていく事しかできない。

 ただ、さっきまで胃痛を伴うような殺伐とした雰囲気はすっかり消え去り、椛に至っては咲夜に色々と買い物のコツや家事の事を訊き始めている始末。

 

 あの、先程までめっちゃ怒ってませんでしたかね?

 そんなツッコミが頭に過ぎるが、流石の俺もそこまで空気が読めないわけじゃない。

 ……ただ単純に蚊帳の外になっているからではない、ええ決して。

 

〈おい聖哉、お前さんデートをしてたんじゃなかったのか?〉

 

 うるさいな、黙ってろよ。

 こうなれば俺は荷物持ちに徹した方がいいだろう、男というのはきっとこういう時そうするものだ。

 

 

 

 

「――ありがとうございます聖哉様、これだけの荷物を持つのは私一人では難しかったので」

 

「大丈夫だ。図体の大きさと力だけは自身があるからな」

 

 様々な買い物を経て、俺の傍には両手では数え切れない程の袋が積まれている。

 妖怪の俺としてはこの程度の荷物など重いとは思わないのだが、気を遣ってくれた咲夜の言葉に甘え甘味処で休憩する事に。

 

「……」

 

 周りからの視線が、少々居心地を悪くする。

 さっきは殺伐としていたから判らなかったけど、冷静に考えたら今の俺……美少女二人を連れてる大男なんだよな。

 ……嫉みの視線が混じっているのは、きっと気のせいではないのだろう。

 そういった事に鈍い俺でも感じ取れるのだから、敏感なヤツだったらいたたまれなくて身体を縮こませているかもしれない。

 

「でも咲夜さん、今咲夜さんは先輩とデート……しているんですよね?」

 

 すっかり咲夜側になった椛が、やや躊躇いがちに問う。

 まあ彼女の気持ちは判る、というか俺も同じ疑問を抱いていたので2人して視線を咲夜へと向けた。

 

「そうよ。デートって男性の方と一緒に買い物をしたり飲食したりする行為の事でしょう?」

 

 咲夜も咲夜で椛と仲良くなったのか、俺とは違いくだけた口調で椛の問いに答えを返した。

 

「そ、それはそうですけど……なんというか、仕事の延長線上みたいな買い物でしたから……」

 

「せっかく男手が居るのですから普段できない買い物をするのは当然よ、力仕事担当は美鈴が居るけど門を離れさせるわけにはいかないし」

 

 ぱくっと、あんみつを口に含みながら言う咲夜に俺と椛は苦笑した。

 いや、ホントに彼女は骨の髄まで紅魔館のメイド長らしい。

 主であるレミリアに絶対の忠誠を誓い、そして紅魔館の為に自分ができる精一杯の事を成す。

 それはデートというイベントの中でも変わらないらしい、だけどそれがなんとも彼女らしいと思ってしまう。

 

「けどいつもしている買い物も、誰かとするのは楽しいわね。――聖哉様だからでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

 意味深な言葉と視線を向けられ、上擦った声が出てしまった。

 ……あのですね椛さん、間髪入れずに俺を睨むのはやめていただきたいのですが。

 

「何か特別な事があるわけじゃない、でも自分の隣に誰か居てくれるという事実が嬉しいのねきっと。

 だけど何より……私自身が聖哉様の事を好いているからかもしれないわ」

 

「はあっ!?」

「うぇっ!?」

 

 好いてる、だと!?

 突然の発言に俺達は揃って驚き、そんな俺達を見て咲夜はくすくすと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ。あなたの大切な先輩を奪おうって思っている訳じゃないから」

 

「……うぅぅぅ」

 

 唸り声なのかよくわからない声を出す椛に、咲夜は更に可笑しそうに笑う。

 ああ成程、咲夜の好いているというのは異性に対するそれではないようだ、おもわず安堵のため息が零れた……。

 

「――――」

 

 安堵?

 俺は今、安堵したというのか。

 咲夜が俺を友達として好いていると理解して、どうして安堵したのか。

 

〈とっくにご存じだろ? まだ判らないフリをするのか?〉

 

 呆れと嘲笑を含んだヴァンの声が響く。

 いつもなら一喝してやる所だが、俺は自然とヤツの言葉に耳を傾けていた。

 

〈認めれば楽になるのによ、幸せが待っているってのになんで抑えつける?〉

 

 抑えつけるって……何を?

 

〈また判らないフリか。――そんな事をしてても、得られるモノなんざ何もないってのに〉

 

 癪に障る物言い、ヴァンは今まで見せた事のない本気の怒りを込めた口調で俺を責めた。

 いや、これは怒りというよりも……憐れみ、だろうか。

 ヴァンは俺自身も知らない俺を感じ取り、心の底から憐れんでいる。

 

〈判らないのなら一生判らないままでいいさ。お前は所詮オレにとってオレが表に出るまでのモノでしかないんだからな〉

 

 馬鹿野郎が、言葉には出さずにそう言ってヴァンの意識が消えた。

 アイツ、好き勝手言って勝手に引っ込みやがった。

 その態度に腹が立ったが、何故か俺はそれ以上ヴァンに対して追及する事ができなくて。

 

「先輩、ボーっとしてどうしたんですか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 それだけしか答える事ができなくて、俺は誤魔化すように熱いお茶を強引に飲み干した。

 喉を刺激する熱が今は心地良い、それだけに意識を向けられるから。

 ……さっきの事は一先ず忘れよう、俺の様子がおかしいと二人に心配をかけてしまう。

 

「ところで、次は何処に行くんだ?」

 

 仕切り直しとばかりに提案する俺に、咲夜は顎に手を当て「そうですね……」と思案する。

 と、後ろから店員の「いらっしゃいませ」という声が聞こえ。

 

「セーヤ」

 

 少し変わった、特徴的なイントネーションで俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 久しぶりに聞く声、魔界から戻り幻想郷を見て回るという俺達についていかず、とある事情の為アリスの元へと戻っていた上海人形――イリスの声だ。

 にこやかな笑みで久しぶりだなと言いつつ彼女の方へと振り返り……俺達は揃って固まってしまった。

 

「……ふふっ、あはははっ、セーヤってば変な顔ー」

「イリス、そんな事を言うものじゃないわよ?」

「アリスだって笑ってるじゃない、椛もぽかんとして変なのー」

 

 こちらを見て楽しそうに笑う二人の少女。

 一人は金糸の髪を短く揃え、まるで人形のような美しさを持つ魔法使い、アリス・マーガトロイド。

 そしてもう一人は……見た事のない小柄な少女であった。

 エプロンドレスのような衣服に身を包んだその少女は、暫し笑った後――自らの名を明かした。

 

「ワタシよワタシ、イリスよ」

 

「イ、イリスだって!?」

「イリスさん!?」

 

 同時に驚きの声を上げる俺と椛、けどそれも仕方がなかった。

 だって目の前の少女はどう見てもイリスには見えなかった、身体は大きくなっているしそもそも話し方だって流暢なものに変わっている。

 ただ、よく見ると確かにどことなく面影は残っている、だとすると本当に目の前の少女は彼女なのか……。

 

「どうしたんだ、その姿は?」

 

「あの身体じゃ窮屈だったからね、アリスに頼んで新しい身体を用意してもらったのよ。

 ……それで、どうなのよ? ワタシの新しい身体は?」

 

「えっ? ああ、凄い美人になったな。見違えた」

 

「ま、まあね。当然の反応だわ」

 

 そんな高飛車な事を言いながらも、イリスは口元に隠し切れない笑みを浮かべている。

 どうやら新しい身体になってもこういった所は変わっていないらしい、最初の頃はもっとおとなしかったのだが。

 けれどそれが不快というわけではない、寧ろ変わらずに居てくれて嬉しかった。

 

「それじゃあイリス、聖哉の迷惑にならないようにね」

 

「アリス、もう行くのか?」

 

「ええ、今度人里で行う人形劇の準備もしないといけないし……慌ただしくてごめんなさい」

 

 それじゃあと、軽く手を振りながら店を出るアリスを見送る。

 

「イリス、改めてよろしくな?」

 

「ええ、よろしくされてあげる」

 

 なんて言いながら、イリスは用意した椅子には座らず……俺の膝に乗っかり出した。

 前とは違い大きくなったとはいえ、体格でいえばさとりやこいし程度の大きさしかないので、乗っかるのは構わない。

 ただ、周りの視線に鋭さが増したのはいただけなかった。

 

 ……今の俺、傍から見ると怪しいよな。

 幼女を膝の上に乗せる大男だもんな、とはいえなんだか機嫌の良いイリスを降ろすのは憚られた。

 

「聖哉様、やりますね。私とのデート中に他の女性と仲良くなるなんて」

 

「お、おい咲夜……」

 

「そうですねー、先輩ってば女たらしで参っちゃいますねー」

 

「椛まで……」

 

 くそう咲夜の奴、完全にからかってるのが丸わかりだっての。

 椛、だからそう睨まないでくれ頼むからお願いします。

 

「~~~~♪」

 

 俺の心中などまるで知らないとばかりに、ご機嫌な様子のイリスにそっとため息を吐いた。

 周囲の、そして椛達の視線を一身に受け自然と縮こまる。

 結局それは店を出る前まで続き、休憩する為に入ったのに出た時にはすっかり憔悴してしまったのだった。

 

 

 このデートらしきもの、まだ続くのか……?

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