狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第52話 デート~賢者の一面~ ※

「…………はぁ」

 

 大きなため息が自然と口から零れてしまう。

 イリスと合流してからおよそ一時間が経過しただろうか。

 デートらしきものはいまだ続いており、今は両脇に荷物を抱えて留守番をしていた。

 

「うーん……こっちの服も良いかも」

「ええ? こ、これは少し派手なような……」

「何言ってるのよ、椛はいつも地味なんだからこういうのもいいじゃない」

「じ、地味……」

 

「イリス、この服はどうかしら?」

「……咲夜、アンタ素材が良いのにセンスは最悪なのね」

「えー……」

 

 現在、女子3人は露店に並べられた服を見ながら楽しい時を過ごしている。

 イリスが先導してあれやこれやと椛と咲夜に服を見せ、多少困惑しながらも楽しんでいる様子だ。

 見ていると自然と頬が緩んでしまう、完全にデートではなくなったが寧ろ良かったかもしれない。

 

 ……ああ、平和だな。

 きっと人間にとって今の俺達は何気ない日常の一部でしかないけれど、それがこんなにも尊くて幸せを感じられる。

 こんな考えを持つ時点で、俺は天狗どころか妖怪らしくないのだろう。

 だけどそれでも構わないと心の底からそう思える、今の時間が続いてくれればいいと自然に願えるくらいだ。

 

「セーヤ、アンタも男ならもう少し甲斐性見せなさいよね」

 

 と、イリスが此方を見てそんな事を言ってきた。

 これまた無茶振りである、俺にそのような事ができると思ってるのか。

 ……いや、微塵も思ってないな。からかうようなイリスの顔を見るとすぐにそう思い至った。

 

 さてどうしたものか、何も考えずに褒めた所できっと逆効果だろう。

 かといって他に良い言葉が思い付かない、やはり俺にはこういった事は向かないな。

 さっきまでのほのぼのとした空気は鳴りを潜め、どうにか言葉を濁そうと口を開こうとした時。

 

「――ご機嫌よう、聖哉」

 

 音を立てず、まるで初めからそこに居たかのような自然さで。

 俺の目の前に、妖怪の賢者――八雲紫様とその式である九尾様が立っていた。

 

「っ、八雲、紫……」

 

 俺を守るように身構え、八雲様を睨みつける椛。

 先程までの空気は完全に霧散し、一瞬でピリピリと肌を焼くような緊張感に包まれる。

 

「……」

 

 そんな椛を、九尾様が険しい顔で睨み返した。

 当然だ、式である彼女にとって椛の態度は主に対する敵対に他ならない。

 

「まあまあ、人里でそんな怖い顔をするものではありませんわ。藍ちゃんも落ち着きなさい」

 

 にこにこと微笑み、のんびりとした口調で仲裁に入る八雲様。

 その姿は相も変わらず美しく、見る者を魅了する確かな力があるが……。

 

「……まあ。警戒されてしまっていますわね」

 

 今の俺には八雲様という存在が、前以上に胡散臭く信用できないモノに映ってしまっていた。

 敵意を抱いているわけではないが、若干の警戒と苛立ちを覚えている。

 

――この方は、まだ真実を話していない。

 

 俺の中に在るヴァンの正体、そして俺自身を自分の所有物にして何を望んでいるのか。

 話すという約束をまだ果たされてはおらず、そして八雲様は決してこれから先もその約束を果たすつもりはないと自然と理解しているからこそ、俺は表情を強張らせ八雲様を見据えてしまっていた。

 しかしここは人里の中、あまり不穏な空気を醸し出したままでは駄目だ。

 

「椛、大丈夫だ。――八雲様、本日はどういったご用件でしょうか?」

 

 椛を下がらせながら一歩前に出て、八雲様と対峙する。

 比較的長身とはいえ俺よりも遥かに小さい八雲様を見下ろす状態になってしまうが、構わず彼女の言葉を待った。

 っ、やはり……今の彼女と対峙するとおもわず身体を強張らせてしまう。

 八雲様が向けてきている金の瞳、それに見つめられると全てを見透かされそうで不気味に思える。

 

「貴方の姿を見かけたから声を掛けた、ただそれだけですわ」

 

 にっこりと、一見すると友好的な笑みを浮かべそんな事を言う八雲様に俺は。

 

「――では、特に要件が無いのでしたら関わらないでいただきたい。私達は今楽しい一時を過ごしていますので」

 

 自分でも驚く程に低く、冷たい口調で上記の言葉を口にしていた。

 

「貴様……!」

 

 瞬間、後ろに控えていた九尾様が明確な敵意を込めた瞳を俺に向ける。

 だが俺は今の発言を撤回するつもりはなかった、たとえ相手が誰であっても。

 否、八雲様だからこそ……心の何処かでは信頼していた彼女のこの態度を、許容できるわけがなかった。

 

「あらあら、もしかして嫌われてしまいました?」

 

「……もしその自覚が無いのなら、あなたは相当な“うつけもの”ですね」

 

 ぽつりと呟くように、けれどはっきりと聞こえるように吐き捨てる椛。

 

「悲しいですわ、私は聖哉の事を本当に気に入っているというのにこのような誤解を受けるなんて……」

 

「あなたが気に入っているのは私ではなく私の中にある力でしょう?」

 

「確かに当初はそうだったと否定は致しません。ですが今は貴方自身を気に入っていますわよ?」

 

「たとえそれが事実だったとしても、私とて妖怪のプライドはあります。

 ――利用しようとしている者に尻尾を振る程、落ちぶれてはいませんので」

 

 なんという無礼か、白狼天狗が大妖怪八雲紫に明確な敵意を向け拒絶するなど本来ならばありえない。

 ……既に九尾様の敵意の目は殺意へと変化しつつあり、俺か椛が少しでも余計な事を言えば飛び掛かってくるだろう。

 そんな九尾様を椛は威嚇するように睨み、俺は黙って八雲様と対峙する。

 

「……」

 

 ?

 どうしたのか、八雲様からの反応が無い。

 てっきり受け流しいつもの調子で返してくるかと思いきや、八雲様は何故か悲しそうな目で俺を見つめていた。

 見た事のない表情、いつも飄々として胡散臭い笑みを浮かべる八雲様の、“弱さ”を浮き彫りにした顔。

 

「あのさ、セーヤを困らせたいのなら消えてくれない? せっかく楽しく買い物してたのに台無しじゃない」

「イリスの言う通りね。それとも賢者様なら何をしても許されると本気で思っているのかしら?」

 

 黙っているのが我慢できなかったのか、イリスと咲夜も前に出て八雲様を責め立てる。

 刹那、九尾様の身体から濃厚な妖力が溢れ出した。

 完全に臨戦態勢に入った彼女を見て、椛達もまた身構え一触即発の空気になりかける。

 拙い、人里でこんな騒ぎを起こしたら……!

 

「――藍ちゃん、帰りましょう」

 

 静かな声で、八雲様は言った。

 主の声を耳に入れたからか、放出していた妖力を一瞬で消し去り九尾様は驚愕の眼差しを八雲様に向ける。

 

「紫様、しかし……!」

 

「ここは人里よ藍ちゃん、それがわからないあなたではないでしょう?」

 

「ですが紫様、式として主を侮辱されて黙っているわけには……」

 

「先に先輩を侮辱したのはあなたの主だ。勘違いも甚だしい」

 

「貴様ぁっ!!」

 

「藍ちゃん」

 

 再び殺意を募らせようとする九尾様を制す八雲様。

 その言葉に先程のような余裕も元気も見られず、荒い息を放つ式を精一杯宥めながら。

 

「どうやらお邪魔のようですし失礼致しますわ。――聖哉、ごめんなさい」

 

 本当にあの八雲紫かと思えるくらいにしおらしく、悲しそうな声でそう言って。

 八雲様は、怒れる九尾様と共にスキマの中へと消えていった。

 

「……」

 

 周囲の視線が集まってきてしまっている、あんな空気を出せば当然か 

 残念ながら買い物はここまでのようだ、3人もそれを察したのか何も言わず俺と共にこの場を逃げるように後にする。

 そのまま里の外に出て、とりあえず一息つこうと立ち止まった瞬間。

 

「――あーもぅ、なんなのよあの女はっ!!」

 

 があーっ、という勢いを込めてイリスが叫んだ。

 余程腹に据えかねたのだろう、荒い息を繰り返し彼女は八雲様の愚痴を延々述べていく。

 

「妖怪の賢者だか何だか知らないけど、せっかくみんなに楽しく買い物してたのに台無しにした挙句逃げ出して……大妖怪だからって何でも許されるとおもってるのかしらねえっ!!」

 

「仕方ないわ、あの妖怪は最初に出会った当初からああだったから」

 

「そういう問題じゃないのよ咲夜っ。大体アンタはセーヤとのデートを邪魔されたのよ!?」

 

「結果的にそうなったかもしれないけど、私としてはもう充分だったから気にしてないわ」

 

「むぅ……」

 

 咲夜にそう言われたイリスだが、その表情は不満の色に満ちている。

 とはいえ彼女の怒りは尤もだ、3人の中では一番買い物を楽しんでいたようだし。

 

「ふふっ、本当は聖哉様の事でそんなにも怒っているのでしょう?」

 

「え、あ、う……」

 

 俯くイリス、その顔はほんのりと赤く染まっている。

 素体が人形とは思えない程に感情豊かな彼女に驚くと同時に、可愛らしい反応を見ておもわず頬を緩ませてしまう。

 どうやら彼女は俺の為にここまで怒ってくれているらしい。

 

「イリスさん、可愛いです」

 

「う、うるさいわねっ。セーヤの事で怒っちゃ悪いっての!?」

 

「そんな事ない。ありがとな、イリス」

 

「…………フン」

 

 そっぽを向くイリスに、俺達は顔を見合わせて苦笑する。

 

「――では聖哉様。本日は此方の我儘に付き合ってくださりありがとうございました」

 

「え、もういいのか?」

 

「はい。殿方とのデートはもう充分に体験できましたし、聖哉様達の旅の邪魔をするわけにはいきませんから」

 

 嘘をついているようには見えないが、正直デートしたのかと言えば疑問が残る結果ではある。

 けど他ならぬ咲夜自身がいいと言っているし、ここはその言葉を信じよう。

 

「椛、イリス、また一緒に買い物をしましょうね?」

 

「はい、是非」

 

「そうね。咲夜のセンスが最悪だっていうのが判ったから、これから鍛えないと」

 

 それに椛達はすっかり親友になったようだから、それだけでも今回の事に意味はあった。

 ただ――八雲様の事も気になった。

 あのお方が見せた寂しそうな顔、いつもとはまるで違う態度に何か引っ掛かりを覚える。

 

 少し、言い過ぎたのかもしれない。

 魔界での一件以来向こうからの接触は無く、約束を果たしていない事による不満からかつい棘のある言い方をしてしまった。

 もしかしたら傷つけてしまったかもしれない、八雲様が俺なんかの言葉で傷つくとは思えないが……。

 

〈いいんだよ。あんな女なんぞに情けなんか掛けるな〉

 

 嫌な言い方だなヴァン、お前は八雲様が嫌いなのか?

 

〈ああ大嫌いだねああいう女は、というか好きなヤツとか居るのか?〉

 

 九尾様は八雲様を尊敬しているし、友人もいるって話だぞ。

 

〈ほぅ……脅されてるんじゃねえか?〉

 

 凄まじいまでの辛辣な言葉に、正直驚いた。

 ヴァンは八雲様に対して強い嫌悪感を抱いている、小馬鹿にするような態度は今までだって何度も見てきたが、こんなのは初めてだ。

 なあヴァン、過去に八雲様と何かあったのか?

 

〈何もねえよ。だが聖哉、お前忘れてるんじゃねえか? あの女がオレを呼び覚ました事で今のお前の状況ができたって事をよ〉

 

 いや、それは……確かにそうだったかもしれないが。

 だけど、そのおかげで俺は今もこうして生きているんだ、お前の力があるからこそ戦えたんだぞ。

 

〈……本当に、お前は甘い野郎だな〉

 

 呆れと憐れみを込めた口調でそう言って、ヴァンはそのまま引っ込んでしまった。

 ……なんだよ、言い逃げみたいな事しやがって。

 こうなったら好きなだけ悪態を吐いてやる、どうせ聞いちゃいないだろうし。

 

「ちょっと、セーヤ!!」

 

「えっ?」

 

 イリスの声で我に返る。

 どうもヴァンと会話しながらもずっと移動を続けていたのか、いつの間にか人里からは遠く離れた平原に居た。

 傍には俺を呆れた表情で見るイリスと心配そうな椛…………あれ?

 

「咲夜はどうしたんだ?」

 

「やっぱり気づいてなかったのね……咲夜なら一足先に紅魔館に帰ったわよ。ったく……呼んでも返事しないんだから」

 

「あー……すまん」

 

「謝るのなら咲夜に謝りなさいっての、ホントにもう……」

 

 まあまあと椛が宥めるが、イリスの機嫌は良くならない。

 少しだけ肩身が狭くなった、とはいえ悪いのは俺だ。

 咲夜には今度謝らないとな……それとも、今すぐにでも。

 

「ああ、それと咲夜が「気にしなくていいので、旅を優先してください」って言ってたわよ」

 

「……」

 

 さすが咲夜、俺の心中なんて簡単にお見通しってわけか。

 ならばお言葉に甘えさせてもらおう、さてじゃあ次は何処に行こうか。

 

「2人は何処か行きたいと思ってる場所はあるか?」

 

「ワタシはセーヤについてくだけだから」

「先輩の行く場所が私の行く場所ですから」

 

「……ああ、そう」

 

 見事なハモリ具合である、お前ら本当は考えるのが面倒なだけじゃないのか?

 紅魔館や人里にはいったから……次は博麗神社にするか?

 ……いや、行ったら行ったで霊夢辺りに賽銭をねだられる可能性が高い。それに見るものなんて何もないし。

 

 だとすると迷いの竹林や永遠亭……無縁塚に魔法の森。

 幻想郷はあまり広い世界ではないけれど、意外と見る場所はあるものだ。

 でも、どうせなら珍しい場所に行った方がなんだか得した気分になる、そういえば命蓮寺の様子も気になるな。

 珍しい場所珍しい場所……………………あっ。

 

「よし、決めた」

 

「ん? どこどこ?」

 

「あー……ただな、椛は嫌がるかもしれないから、嫌なら嫌ってはっきり言ってくれよ?」

 

「? 先輩、何処に行くつもりなんですか?」

 

 首を傾げながら訊いてくる椛に、俺は苦笑しながら。

 

 

 

 

 

 

 

「――地底世界の、旧都だ」

 

 次の目的地になるであろう場所を、彼女に告げたのだった。

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