狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第53話 旧都へ~鬼の盟友~ ※

 地上の遥か地下深く、陽の光も当たらぬ世界の中で煌びやかな輝きを放つ場所がある。

 名を“旧都”、かつては地獄の一部であったそれは今では地上で見られない妖怪達が住まう地下の王国。

 

「……なあ、椛」

「な、なんですか?」

「そんなに掴まられてると、歩きづらいんだが……」

「が、我慢してください!!」

 

 ちょっと涙声になっている椛、実際に彼女の瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

 

「……イリス、頭に抱きつかれてると重いんだが」

「な、何よ。男なら我慢しなさいよね!!」

 

 椛と同じく涙声で文句を言うイリスに、俺はそっとため息をついた。

 とはいえ彼女達の気持ちは判る、何せ周りには如何にも(・・・・)な妖怪達が闊歩しているのだ。

 かつて人間達の間で恐れられた妖怪達の住まう土地、故に危険レベルも妖怪の強さも地上に比べ高い。

 

 それに……一部の妖怪達が、まるで品定めをするように椛とイリスに視線を向けている。

 俺が伊吹様に連れてこられた時と同じ、いやそれ以上に下劣な視線だ。

 いくらここに来る理由があったとて、少しばかり軽率だったかもしれないと後悔していると。

 

「――よお、聖哉じゃないか」

 

 喧噪の中でもよく聞こえる、凛とした力強い声。

 視線を右斜め前――繁盛している様子の居酒屋の一つに向ける。

 様々な妖怪達が楽しそうに酒を飲む中で、間違いなく場を支配しているであろう美しい長身の女性が、俺を射抜くように見つめていた。

 

「星熊様……」

「久しぶりだね聖哉、また会えて嬉しいよ」

 

 そう言って長身の女性、鬼の中でも特に秀でた力を持つ大妖怪、星熊勇儀様はからからと笑い右手に持っていた盃を傾けた。

 少し離れた位置でも判る程の濃厚な匂いを放つ酒を、まるで水のように飲み干していくその姿は流石鬼と言うべきか。

 他の妖怪達も視線を俺達に向けるが、皆気分が良いのか豪快に笑いながら此方を歓迎してくれた。

 

「おおっ、お前さんは確か前に姐さんとやりあった白狼の坊主じゃねえか!!」

「あの時の喧嘩は見てて興奮したぜ、姐さんとまともにやり合うなんざ萃香ちゃんぐらいだったからな!!」

「しかも今回は別嬪さんを連れてるじゃねえか、色男だねえっ」

 

「うっ……」

「ひっ……」

 

 こっちに来い、一緒に飲もうと誘ってくる妖怪達を見て椛とイリスの表情が強張っていく。

 そう恐がるなよ二人とも、まあ確かに見た目は妖怪らしくおどろおどろしいけどさ……。

 さりげなく距離を取ろうとする二人を無視して居酒屋の中へと入る、そして譲ってくれた席に座ると。

 

「まあまずは飲みなよ聖哉、あたしの奢りだ」

 

 そう言って、星熊様は俺達に木製の一升枡を用意しさっさと酒をなみなみ注いでしまった。

 まるで清水のような透明感、しかしその酒は先程星熊様が飲んでいた地上のものよりも遥かに強い酒だと判る。

 

「遠慮しなくていいよ、ほら」

「……では、いただきます」

 

 一升枡を持ち、そのまま酒を口に運ぶ。

 一口飲み込み、最初に訪れたのは強烈な苦みと喉を焼くような辛み。

 だが喉を通り過ぎると同時に不思議な清涼感が口内を包み、純粋な酒の旨味だけが残った。

 

「…………ふぅ」

 

「いい飲みっぷりだね、見ていて気持ちがいいよ」

 

「ありがとうございます、ですがこの酒はこの二人には少々強過ぎますので……」

 

「そうかい? ならもっと飲みやすいものを用意しようかね」

 

 店員を呼び、別の酒を用意してくれる星熊様。

 しかし入れる器は一升枡、鬼の基準で考えるのはちょっとやめてほしかった。

 

「……」

 

 案の定、注がれた酒の量に二人は完全に固まってしまっていた。

 なので2人にはそっと「無理して飲む事はないぞ」と耳打ちしておいた。

 

「ところで聖哉、萃香と天魔から聞いたんだが……そこの子と一緒に山を追い出されたんだってね?」

 

「…………ええ、まあ。ですが伊吹様はともかく何故天魔様がそれを星熊様に?」

 

「いつかお前さんが自分の意思で旧都に来ると思ったんだろうさ、その時は面倒を見てやってほしいってさ」

 

「天魔様が……」

 

 椛と2人で驚く、まさか天魔様がそんな事をしていたとは思っていなかったからだ。

 

「いい上司……と言いたい所だけど、お前さん程の男を守れないんだから情けない長だよ。

 天狗ってのは昔っから根本が変わらない、腐った性根ばかりの老害共の集まりってわけか」

 

「星熊様……それは」

 

「怒ったかい? けどね聖哉、それはあたしだって同じ気持ちだ。

 あたしはアンタの事を気に入っている、そんなアンタをくだらない理由で認めず迫害する天狗共を許せると思うかい?

 ――それにね、そう思っているのはあたしだけじゃなくてその子達もなんだよ聖哉」

 

 言って、星熊様は視線を椛とイリスに向ける。

 ……2人の表情は、星熊様の仰ったように怒りに満ちたものに変わっていた。

 星熊様の言葉に同意するように、山に対する明確な敵対心を露わにしていた。

 

「お前さんが中身の伴わない男ならその判断も間違っちゃいないさ。けどアンタは強い、力だけじゃなく心も。

 その上真っ直ぐな性根を持ってる、だからこそあたしや萃香はアンタを気に入っているしこの子達もアンタを慕ってるんだ。

 だからこそそんなアンタを自身の立場を守るためだけに認めようともせず、受け入れない輩は誰であっても許さないんだ」

 

「……そう仰ってくださるのは嬉しく思います、ですが私は“忌み子”でもありますので……」

 

「そんなモンは老害共が勝手に決めた掟だ。それが正しいわけでもアンタ自身が認められない理由にもなりはしない」

 

「それでも、たとえ仮初であっても“平穏”を維持するには必要なものだったのです。きっと」

 

 判っている、俺だって山の掟とか忌み子だとかが正しいと本気で思っているわけではない。

 だが“組織”を維持するにはどうしてもそういったものが必要になる、たとえ継ぎ接ぎだらけで形骸化したものだとしてもだ。

 山の組織力は妖怪の中でも群を抜いている、どうしても……“歪み”というものは発生する。

 

「それに俺は今の現状に不満を抱いているわけではありません、確かに悲しい事ではありますが……こうして今、俺を慕ってくれる椛とイリスと行動を共にし、私の事でそのように怒ってくださる星熊様と共に酒を交わす。ただそれだけで私は充分幸せなのですから」

 

「先輩……」

 

「セーヤ……」

 

 その言葉に、嘘偽りも強がりも存在しない。

 起きてしまった事は戻せないし、俺自身今更山に戻る気は既に無いのだ。

 幻想郷を見て回り、俺を俺として見てくれる人達と共に生きる。それは本当に尊いもので……幸せな事実なのだから。

 

「…………参った。あんな目に遭っても本気でそう言い切れるんだから、もう何も言えないじゃないか」

 

 呆れたように肩を竦め、酒を口にする星熊様。

 けれど俺に向ける視線は優しくて、都合の良い話だけど褒めてくれているような気がした。

 

「――よし、もう辛気臭い話はおしまいにしておもいっきり飲もうっ。みんな、今日はあたしの奢りだよ!!」

 

 店中に響き渡るように叫ぶ星熊様の声に、客全員が一斉に喜びの声を上げた。

 そして始まる宴会は先程以上の喧噪を生み出し、皆が皆好き勝手に浴びるように酒を飲んでいく。

 

「ほら聖哉達も、ぶっ倒れるまで飲んでもらうよ!!」

 

「え、ええっ!?」

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

「待つわけないだろ、ほらほら一気にいくんだよ!!」

 

 逃げようとする椛とイリスだが、星熊様から逃げられるわけもなく。

 強引に引き寄せられ、2人は浴びるどころか腹がパンクするような勢いで酒を飲まされたのだった。

 まあ椛は妖怪だしイリスは肉体が人形だから大丈夫……だろう、多分。

 

「あ、そうだ聖哉」

 

「?」

 

「アンタはもう山の天狗じゃないんだ。だから……もうあたし達の“盟友”になれるだろう?」

 

「……星熊様」

 

「勇儀だ、畏まる必要もない。アンタが少しでもあたしの事を友だと思ってくれるのなら……この提案を、受け入れてくれないかい?」

 

「……」

 

 ああ、本当に。

 この御方は、何もかも真っ直ぐだ。

 内に宿る力も、心も、何もかもが。

 

「勇儀」

 

「……ん、ありがとね聖哉」

 

 星熊様、否、勇儀はそう言って笑った。

 その笑顔はただ美しく、けれど同時に可愛らしく純粋なものだった。

 

「もがが……せ、先輩、助けてください……」

「セーヤ、助け……」

 

 ……すまん椛、イリス。

 これは勇儀なりの歓迎なんだ、だから今回だけは我慢してくれ。

 

 

 

 

 旧都の中を、目的なくのんびりとした足取りで歩く。

 人通りが少ない場所へと進んでいっているので喧噪は小さくなり、けれど聞こえなくならない辺り相当なものだと改めて思い知った。

 

〈おい、あの嬢ちゃん達を見捨ててよかったのか?〉

 

 人聞きの悪い言い方するなよな。

 椛とイリスは星熊様……勇儀が見てくれてるじゃないか。

 

〈それはそうだけどよ、あの鬼の姉ちゃんも容赦ないよな。あの酒、相当強いぞ〉

 

 ヴァンの言う通り、椛とイリスが強引に飲まされた酒は相当強いものだ。

 結果、2人はすぐにダウンし流石に申し訳ないと思った勇儀が自宅に連れて行き介抱すると言った。

 なので俺はその言葉に甘える事にして、せっかくの機会なので旧都の中を隅々まで見て回る事にしたのだ。

 それに身体の中の酒を抜きたいという理由もある、だからこうして人が少ない場所ばかりを歩いていた。

 

〈この後はどうするんだ?〉

 

 地霊殿に行くつもりだ、ヴァンも知ってるよな?

 

〈知ってる知ってる、お前の中で見てたからな。あの鴉の嬢ちゃん喜ぶぞー〉

 

 そう、かもな……お空に会うのも久しぶりだ。

 おにーさんおにーさんと俺を呼ぶ彼女の姿を思い出し、つい笑みが零れた。

 彼女だけじゃない、お燐やさとり、それにもしかしたらこいしにも会えるかもしれない。

 

〈遠距離恋愛してる恋人みたいな顔になってるな〉

 

 なんだその遠距離恋愛って。

 わけのわからない事を言うヴァンに意味を訊いてみるが、ヤツからの返答は返ってこなかった。

 コイツは時々……というより、しょっちゅうわけのわからない事を言うものだから会話にならん。

 

〈失礼なヤツだなー、オレの何処がわけわからないんだっての〉

 

 言わないと判らないから言ってるんだよ、まったく。

 

〈……完全に吹っ切れてたみたいだな、少し意外だったぜ〉

 

 何がだ?

 

〈山での事だ。……お前がどれだけ“山の天狗”に拘ってたのかは知ってるからな、正直もっと塞ぎ込むと思ってたよ〉

 

 その言葉を聞いて、自然と足が止まった。

 確かに、ヴァンの言っているのは尤もである。

 

 俺はずっとみんなに認められたかった、ただ認められたいのではなく……山の天狗として、認めてほしかった。

 忌み子として生まれ、迫害され、“中途半端”と貶された幼少期からの目標。

 成長して一部とはいえ認められたり受け入れられたりしたけど、天魔様や清十郎様を除いた山の重鎮達にはただの一度たりとも認められる事はなかった。

 

 それは悔しかったし実を言うと心の中でくすぶっていた。

 今だってその気持ちが無くなったわけではない、でも……ヴァンの言う通りもう吹っ切れている。

 起きた事は戻せない、それに今の俺には椛やイリス、他の皆に受け入れられている。

 つい先程だってあの勇儀からはっきりと“盟友”だと認められた、それだけで俺にとっては充分過ぎたのだ。

 

〈それがいいさ。勇儀の姉ちゃんも言ってたが老害共はお前がどんなに頑張ろうが結果を残そうが決して認める事も受け入れる事も無いしな。ああいう連中は死んでも性根が変わる事なんぞないのさ〉

 

 辛辣だな。

 

〈ちょいと昔に色々あってな、ああいう手合いは嫌いなんだ〉

 

 あんなのを好きになる方が珍しいさ。

 

〈おっ、言うねえ〉

 

 からからと笑うヴァンに、つられて笑う。

 今の会話のおかげでだいぶ酒も抜けてきてくれた、もう少しブラブラしたら戻るとしよう。

 

「ねえ」

 

 背後、それも耳元で響く声で身体が強張る。

 それも一瞬、驚きながらも身体は素早くその場を離れ身構えながらも後ろへと振り向いた。

 

「って……こいし?」

「えへへー、やっほー聖哉」

 

 にこにこと微笑みながら俺の名を呼んだのは、さとりの妹である古明地こいしであった。

 まったく気配を感じられなかった……どうやら彼女の能力によって知らぬ間に接近されていたらしい。

 

「驚かすなよ……」

 

「ごめんねー、でも聖哉が地底に居るなんて珍しいね。どうしたの?」

 

「……ちょっとな。それよりこいし、お前あれからちゃんと定期的にさとりの所に戻ってるのか?」

 

「えっ? …………うん、戻ってるよ」

 

「露骨に顔を逸らすな、わざと過ぎてどっちなのかわからん」

 

 だが恐らく戻ってはいないだろう、無意識に行動してしまう彼女には少しばかり難しいかもしれないが。

 でもきっとさとりはまた心配しているだろう、睦月との一件もあるからこそ前以上に心配症になっているかもしれない。

 

「こいし、地霊殿に行くぞ」

 

 そう言って、彼女の返事を待たずに手を掴み歩き出す。

 

「えっ、えっ?」

 

「こうしないとお前、またフラフラとどっかに行くかもしれないからな。……ちゃんと姉ちゃんに会いに行くんだ、せっかく地底に居るんだからな」

 

「聖哉………………うん、そうだね」

 

 どうやら納得してくれたようだ、彼女もまた歩を進める先を地霊殿に定める。

 まだ酒が抜け切れていないが仕方ない、このままこいしと別れたらまたすれ違いになるかもしれないからな。

 

「聖哉、ありがとう」

 

「ん……どういたしまして」

 

 こいしに視線を向ける、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 この子自身もきっとさとりに会いたいと思っている筈だ、けれど無意識の影響でそれも叶わない。

 どうにかできればいいんだが、何か良い方法はないものか。

 

 そんな事を考えながら、俺はこいしと共に地霊殿へと向かうのであった……。

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