狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第54話 温泉~女の敵?~ ※

「ただいまー!!」

 

 地霊殿のエントランスホールにて、こいしの声が響く。

 薄暗い照明だけの館内は、人の気配などあるわけがないが……。

 

「きゃーっ!?」

 

 代わりと言ってはなんだが、様々な種類の動物達が一斉に彼女に駆け寄り最大限の歓迎を行い始めた。

 ポピュラーな犬や猫はともかく、虎や猿、果てはサイに似た巨大生物までこいしに群がるものだから、傍から見ると補食されているようにしか見えない。

 

「こいし様、おかえりー!!」

「わぷっ……こらーっ、ペロペロしちゃダメ―!」

 

 動物達の中に混じって、犬耳と尻尾を生やした小柄な少年が満面の笑みでこいしの頬を舐め回している。

 もちろん人間ではなく彼も妖怪なのだが、人型だと途端にこう……怪しい感じになってしまうのは何故なのか。

 

〈なかなか背徳的な光景だな、カメラ持ってねえか?〉

 

 撮ろうと考えるな、馬鹿。

 ――それから数分後、どうにかこうにか解放されたこいしだったが、顔中ペット達の唾液でベトベトになってしまっていた。

 しかし彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべている、久しぶりにペット達と戯れて嬉しかったのだろう。

 それはいい、それはいいのだが……一部のペット達が俺に向かって冷たい眼差しを向けてくるのは何故なのか。

 

〈そりゃあお前、大好きな御主人様が男を連れて帰ってきたら気に入らねえだろ〉

 

 ……成程、納得。

 だけど俺とこいしはそんな関係ではない…………って説明しても、きっと通じないだろうな。

 

「お姉ちゃんは?」

 

「さとり様はお空さんとお燐さんと一緒に温泉に行きましたよ」

 

 先程の少年がこいしの質問に答える。

 そうか、さとり達は留守なのか……なら、俺は椛達の所に戻った方がいいな。

 そう思い、こいしに一言告げてから俺は地霊殿を後にしようとしたのだが。

 

「こうしちゃいられないよ聖哉、行こう!!」

 

 こいしに腕を掴まれ、いきなりそんな事を言われおもわず足が止まってしまった。

 

「行くって……何処にだ?」

 

「もちろん温泉にだよ、お姉ちゃん達と一緒に入りたくないの!?」

 

「……いや、なんで俺が入りたいと思ってる前提で話を進めるんだ? それと俺は男だぞ?」

 

「そんなの見れば判るよ、何言ってるの?」

 

 お前が何を言っているんだ。

 なんだかこういうやりとりに既視感を覚えつつ、俺はこいしに向かって首を横に振った。

 

「えー、聖哉はお姉ちゃん達と一緒に温泉に入るのイヤなの?」

 

「嫌とかそういう問題じゃなくてだな、色々と拙いだろ?」

 

「混浴OKなのに?」

 

「……そういう事じゃないんだよ、こいし」

 

 お空の時もそうだったが、どうして女の子なのに気にしないのか。

 とにかく駄目だと強い口調で言うと、あからさまに不満そうな表情を向けられてしまった。

 周りのペット達の視線も俺を責めるようなものに……って、お前等がどうしてそんな視線を向けてくるんだ。

 大好きな御主人様が男と一緒に入浴しようとしてるんだぞ? 止めようとは思わないのか?

 

「……しょうがない、聖哉がここまで頑固だとは思わなかったよ」

 

「なんで俺が悪いみたいな感じになってんだ」

 

 流石にちょっと注意してやらないと駄目だな。

 少し気が引けたが、怒ろうと俺はしっかりとこいしの目を見て口を開いた瞬間。

 

 

――気が付いたら俺は、湯気がもうもうと立ち昇る温泉の前で立ち尽くしていた。

 

 

「…………は?」

 

 ほんの僅かな硫黄の香り、間違いなくここは旧都にある温泉だ。

 だとしても何故俺はこんな所に居るのか、たった今までこいしと一緒に地霊殿に居た筈。

 しかも今の俺の恰好は裸……ではないがタオル1枚の姿になっている、これから温泉に入る気満々の状態だ。

 

「んふふ~、驚いた?」

 

「おいこいし、これは……っ」

 

 背後に気配を感じ、振り向き苦言を呈すると同時に、俺はすぐさま視線を逸らした。

 そこに居たのは悪戯っぽい笑顔を浮かべたこいしだったのだが……身体にバスタオルを巻いた姿で現れれば視線も逸らすというものだ。

 

「こいし、どういう事なのか説明してくれっ」

 

「私の能力は知ってるでしょ? それを使って聖哉の無意識を操作したの(・・・・・・・・・・・)

 

「なっ……お前、そんな事もできるのか!?」

 

 てっきりこいしの能力は、自分の無意識を操って周りから認識させないようにするとばかり思っていたのだが……。

 他者を強制的に無意識状態にさせて行動させるなど、さとりや八雲様並の能力じゃないか。

 

「誰にでもってわけじゃないよ、私に心を許してくれてる相手じゃないと無意識を操る事はできないの。つまり聖哉は私の事が大好きって事ね」

 

「むっ……」

 

 いや、確かにこいしの事は嫌いではないし友人だと思っている。

 だがこうも屈託なく言われると、ほんの少し恥ずかしいというかなんというか。

 否定するのもあれだったので、とりあえず適当に笑って誤魔化しておいた……んだけど。

 それにばかり意識を向けていたせいか、俺は今の自分の状態とここが何処なのかを忘れてしまい。

 

「――聖哉さんに、こいし?」

 

 気づいた時には、既に遅く。

 温泉から出てきたであろう、こいしと同じく裸にバスタオルを巻いただけのさとり、お燐、お空を視界に入れてしまっていた。

 湯の中にいたせいか頬は赤く染まり、唖然とした表情で俺とこいしを見比べるさとり。

 お燐も驚いているが、お空は何故か俺を見て表情を輝かせ。

 

「おにーーーさーーーーーん!!」

 

 両手をおもっきり広げ、吶喊する勢いで俺に向かってきた。

 

「うっ!?」

 

 すぐさま背を向け、ダッシュで逃げ出す。

 今の状態でお空に抱きつかれたら色々と拙い、というかこれが椛とイリスにバレたらホントにヤバい。

 こいしの能力で強引に連れてこられたとはいえ、そんな言い訳が通用する程現実は甘くないのだ。

 なので三十六計逃げるが勝ち、俺は一直線に脱衣所に続く出口へと向かい。

 

「――なんだい、騒がしいねえ」

「いいっ!?」

 

 扉を開けようとした瞬間、勇儀が入ってきてしまった。

 な、なんて間の悪い……ってかなんでタオルを巻いてないんだ!!

 

「んん? なんだ聖哉、堂々と女湯に入ってくるなんて中々豪胆じゃないか」

「違う、誤解だ!!」

 

 さすが姐さんと親しまれる勇儀、自分の裸を男に見られてもまったく動揺していない。

 仕方ない、こうなったら飛んでここから脱出するしか……。

 

「待ちなよ聖哉、前みたいに一緒に入ろうじゃないか。裸の付き合いは大事だよ?」

 

「そうだよおにーさん、前は入ってくれたでしょ?」

 

「無理だっての!!」

 

 こいつら、俺が人間でいう成人男性だと理解してないのか?

 こんな場所に居たら目のやり場に困るっての、ただでさえスタイルが凄まじいのが3人もいるんだからっ。

 

「ちょっと待ってください聖哉さん、それはつまり私とこいしのスタイルはたいしたことないと?」

 

「心を読むな!!」

 

 いや、まあ、確かにちょっと考えちゃったけどさ。

 そう思った瞬間、さとりの表情が一気に険しくなった。

 しまった、つい悲しい男の性が……。

 

「へぇー、聖哉ってばおっぱい星人だったのね。ちょっと幻滅しちゃったなー」

「ええ、本当に。所詮男性は胸の大きい女性が好きという事ですか」

 

「姉妹で睨んでくるな!!」

 

 ああ、もう、なんで俺が責められないといけないんだ。

 とにかく脱出だ、こうしている間にもお空と悪ノリし始めた勇儀が迫ってるんだから――

 

 

「――――先輩?」

「セーヤ、アンタ……何してんの?」

 

 

 その声を耳に入れた瞬間、思考が停止した。

 それでもどうにか視線だけは出口に向けると……そこに居たのは。

 

「も、椛……イリス……」

 

 俺を射殺すような視線を向けている、2人の姿が。

 ……ヤバい、本気で怒っていらっしゃいますよあの2人。

 誤解だ、とか、俺は被害者なんだ、とかそういう言葉を放とうとしても口が乾いて出てこない。

 それから数分、いや実際には数秒かもしれないが、俺にとっては長い長い沈黙が流れた後。

 

「――よし、殺す」

「ダメですよイリスさん、3分の2殺しくらいにしないと」

 

 何処から取り出したのか、裸にタオル状態だというのに2人はそれぞれ大剣と銀色に輝くランスを構え始めた。

 

「椛、3分の2殺しって殆ど殺してるよね!?」

 

「先輩が悪いんですよ、私の裸を見る前に他の女性の裸を見るから!!」

 

「そういう問題じゃ――ノォッ!?」

 

 光が奔る。

 それがランスによる一撃だと判り、咄嗟に顔を横に移動させた。

 刹那、先程まで俺の顔があった空間に銀のランスが通り過ぎ……。

 

「って、やり過ぎだろイリス!!」

 

 今の完全に殺意が乗せた一撃だった、当然のように抗議の声を上げるが。

 

「――なんで避けるの? 女の敵」

 

 今の彼女は、そんな声など届く精神状態ではなかった。

 すかさず地を蹴って間合いを詰めてくる2人。

 右からは椛の大剣、左からはイリスのランスが迫る。

 

「くっ!?」

 

 ダメだ、今の2人に言葉は届かない。

 とにかく一度おとなしくさせて、それから誤解を解く事にしようと、俺は臨戦態勢に入った。

 

「かあっ!!」

 

 両手に黒いオーラを宿し、迫る一撃をそれぞれ片手で受け止める。

 ……ってか重っ!? 椛もイリスも地味にかなりパワーアップしてるし。

 

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 

 受け取ると同時にそれぞれの獲物をしっかりと掴み、そのまま2人ごと勢いよく上空に投げ飛ばす。

 すまん2人とも、上空は見ないようにしながらとりあえず脱衣所へ向かう。

 

「おっと、そうはさせないよ聖哉!!」

 

「っ、おい邪魔するな勇儀!!」

 

 脱衣所に続く扉の前を陣取る勇儀に苦言を呈するが、彼女は楽しげな笑みを浮かべ身構えてきた。

 くそっ、こいつ俺と喧嘩したいだけじゃねえかっ。

 そのワクワクした顔はやめろ、あと素っ裸でファイティングポーズになるな色々と拙いから!!

 

「ぬんりゃあっ!!」

「くっ、このジャンキーが……!」

 

 迫る勇儀のラリアット、まともに受ければ骨どころか全身が砕け散る必殺の一撃。

 それをオーラ全開で真っ向から受け止める……って、両足が地面に沈んだんだけど!?

 

「っ、やるじゃないか聖哉……これでも全開なんだけどねえ……!」

「って事は、前の喧嘩の時ですら加減してたのかよ……!」

 

 ホントにデタラメだな鬼の腕力っていうのは、いや多分コイツが異常なだけか。

 

〈いや、それを真っ向から受け止めるお前も大概だぞ?〉

 

 うるせえ話しかけんな、気が散る。

 そもそもこんな芸当俺だけじゃできないって判ってるくせに言うなよっ。

 

「勇儀さん、喧嘩をするのは結構ですがこの建物を壊さないようにお願いします」

 

「止めろよ地底の代表者みたいなものだろさとり!!」

 

「あ、無理です。私かよわい少女ですから」

 

 こいつ、面倒だからって傍観者に徹するつもりだな。

 

「そんな事ありませんよ、人聞きの悪い」

 

 じゃあなんで温泉に入り直してるんだよ、説得力の欠片もねえじゃねえか。

 ああ、よく見たらお燐とこいしも観戦モードに、しかも湯船に酒を浮かべて……お前らもか!!

 ってかこいし、元はと言えば元凶はお前だろうに――

 

「隙ありっ」

「うおっ!?」

 

 背中に軽い衝撃と、柔らかな感触が伝わる。

 お空に背後から抱きつかれた、それも結構な力で。

 その為動きが止まり、離れるように言うがお空はこの状況を楽しんでいるのか離れようとしてくれない。

 

「えへへー、久しぶりのおにーさんの感触……」

 

「おやおや、見せつけてくれるねえ」

 

「勇儀もお空を放すの手伝ってくれ!!」

 

「そいつはお断りだ。この子が悲しむし……もう遅いさ」

 

「えっ……」

 

 それはどういう意味なのか、それを問いかける前に。

 

「天誅!!」

「女の敵!!」

 

 上空に投げ飛ばした椛とイリスの攻撃が後頭部に直撃し。

 俺は凄まじい衝撃と激痛に襲われ、そのまま前のめりにぶっ倒れ意識を失ってしまった……。

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「ワ、ワタシは悪くないんだからね!!」

 

 うん、椛もイリスも予想通りの反応ありがとう。

 痛む後頭部を押さえつつ、俺は結局皆と温泉に入る事になってしまった。

 正直落ち着かない、というよりこの状況が誰かにバレたらかなり拙いのでもう大人しくする事にした。

 

「全員タオルを巻いているんだから大丈夫ですよ聖哉さん、クンカクンカ……」

 

「……おいさとり、何してんだ?」

 

「はふぅ……湯で濡れた尻尾もまた独特な感触……これはイイ……イイですぞおおおぉぉぉ……」

 

 ――そうだった、コイツってこういうヤツだった。

 初対面の時の奇行を思い出し、たださっきのダメージでツッコミする気力もないのでもう好きにさせる事にした。

 ただなあさとり、見た目美少女が男の尻尾を嗅いだり頬擦りしたりするのは本当にヤバい光景にしか見えないから、公の場でだけは自重してくれよ?

 

「何を当たり前のことを言っているんですか、見くびられたものですね」

 

 絶賛奇行中だから釘を刺してるんだよ、判れよそれくらい。

 お前のペットのお燐もめっちゃ肩身が狭そうだぞ、お前のせいで。

 

「にしても聖哉、お前さん前より遥かに強くなってるね。こりゃあ全力のあたしでも勝てないかな?」

 

「よく言う、さっきのだって正確には“全力”じゃなかったくせに」

 

 確かに手は抜いていなかった、嘘を嫌う鬼だからこそ先程の全開発言だって偽りなしの事実だ。

 だけどそれはあくまで勇儀自身の腕力だけの話、彼女はまだ自らの能力を使っていなかった。

 

「鬼ってホントにデタラメなのね……」

 

「伊達の四天王は名乗っちゃいないさ、でも若くて強い男が育ってくれるのは本当に嬉しいねえ。楽しみが増える」

 

 そう言って勇儀は星熊杯と呼ばれる彼女の宝具に並々と注がれた酒を一気に飲み干していく。

 

「ねえおにーさん、今度はいつまでここに居られるの?」

 

「え、そうだな……特に決めてないぞ」

 

「じゃあさじゃあさ。暫く地底で一緒に暮らそうよ! さとり様、いいですよね?」

 

「ええ。聖哉さん達がよければ是非地霊殿に泊まっていってくださいな」

 

「それはありがたいが……」

 

 ちらりと、椛達に視線を向ける。

 

「ワタシはいいわよ別に」

「私も大丈夫です、先輩のお好きなように」

 

「……だそうだ。なら暫く厄介になろうかな」

 

「ホントに!? やったーーーっ!!」

 

 余程嬉しいのか、弾けるような笑顔を浮かべお空は俺に抱きついてきた。

 そこまで喜んでくれるのは嬉しいが、その……恰好が恰好だから落ち着かない。

 

「おや、お空に抱きつかれて欲情しているようですね」

 

「先輩……」

 

「セーヤ、まだ反省してないの?」

 

「さとり、ちょっとお前黙ってくれ頼むから」

 

 何故だろう、現在絶賛温泉堪能中なのに疲ればかりが溜まっていく。

 椛達の視線は痛いし、さとりは尻尾を愛で続けてるし、お燐は申し訳なさそうに見てくるし。

 

 ……もういいや、無視しよう無視。

 今の俺は独りで温泉を満喫している、そう思い込む事にした。

 

「おにーさん、ぎゅー……」

「お空さん、いい加減後退してください!!」

「そうよ、アンタちょっとムチムチボディだからってくっつき過ぎ!!」

 

 ……何も聞こえない。

 俺を囲むように3人が騒いでるとか、そんな光景は一切ありません。

 あー、温泉気持ちいいなー。

 

「お姉ちゃん、聖哉が現実逃避してるよ」

「こいし、そっとしておいてあげなさい。可哀想だからモフモフ……」

 

 そこのロリ姉妹は少し黙っていてください、頼むから。

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