狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第55話 九尾の怒り~小さな争い~ ※

「あの、藍様」

 

 洗濯物を少々不慣れな様子で畳みながら、私の式神である橙が問う。

 

「何だい? 橙」

 

「その……最近、紫様がお元気でないように見えるんですが……気のせいでしょうか?」

 

 自信なさげな口調で問う橙だが、残念ながら彼女の推測は当たっていた。

 この私、八雲藍の主人であり幻想郷の賢者のお一人である大妖怪、八雲紫様は数日前から調子を落としてしまわれている。

 傍目から見れば普段通り胡散臭く何を考えているのか読めない状態ではあるものの、紫様の事を多少なりとも知っている者からすれば一目瞭然だ。

 現に紫様が神社に遊びに行った時、霊夢から珍しく。

 

“……何か、嫌な事でもあったの?”

 

 と、面倒そうながらも心配する言葉を放ったくらいなのだから。

 とはいえ原因は判っている、だが……それを考えると、どうしようもなく苛立ちが募る。

 当たり前だ、その原因が……犬渡聖哉なのだから、苛立ちもするというもの。

 

 たかだか白狼天狗の分際で、紫様が気に掛けていらっしゃるという事実だけでも度し難いというのに。

 よりにもよってあの男は、人里で紫様に対し無礼を働いてきたのだ。

 式として、紫様に従う者としてあの男の態度と言葉は許せない、里である事も忘れて八つ裂きにしてやりたかった。

 しかしそれでも紫様は何も言わず、けれどしっかり心を傷つけてしまわれた。

 

「――あら橙、藍の手伝いをしていたの?」

 

 美しい音色のようなお声。

 いつもの服装の紫様が、私達の前に現れ橙に対し笑顔を向ける。

 

「は、はい」

 

「偉いわね橙、ならご褒美として今日のおやつは橙の好きなものにしましょうか」

 

「えっ、で、でも……」

 

「いいのよ橙。その代わり里に行って買ってきてくれないかしら?」

 

「はい、わかりました!!」

 

 紫様から財布を受け取り、橙は元気よく「いってきます」と行ってから里に向かって走っていった。

 おいおい、そんなに急いだら転んでしまうぞ? まったく……。

 まあ、そういう所も可愛いんだけど。

 

「藍ちゃん、にやけ顔」

 

「うっ……」

 

 いかんいかん、いくら橙が可愛いからって気を緩ませてはいけない。

 でも可愛いんだもん、素直だし良い子だし笑顔が素敵だし。

 

「ふふっ、藍ちゃんにこうも想われるなんて橙は幸せ者ね」

 

「あ、う……と、ところで紫様、今日は何処かにお出かけになるのですか?」

 

「ええ、気分転換に幽々子の所にでも行こうと思ってるの。――これ以上、藍ちゃん達に心配を掛けたくないから」

 

「……私も橙も紫様を支える為ならば微塵も負担など感じません、それより紫様の元気がないのはあの男のせいではありませんか?」

 

「あの男って、聖哉の事?」

 

「そうです。あの男は恐れ多くも紫様に対し暴言を吐き、そればかりか気に掛けていらっしゃる紫様に敵対心を……」

 

「それは私の自業自得。あの子の言っている事は正しいわ、悪いのは私」

 

「っ、何故紫様があの男を庇うのです!? 力だけを欲するのならばあの男の心情など気にする必要などないではありませんか?」

 

 そうだ、紫様が欲しているのはあの男の力だけ。

 あの男自体に価値など微塵もないのだ、だというのに紫様は何故こうも心を揺るがせているのか……。

 

「……そうね。前まではそうだったわ」

 

「前まで、は?」

 

「藍ちゃんは驚くかもしれないけどね、私……いつの間にか聖哉自身を気に入っちゃってたの」

 

「…………は?」

 

 その言葉に、私は間の抜けた声を出す事しかできなかった。

 紫様が、あんな男を気に入った?

 そんな事はありえない、あんな男の何処に紫様が気に入る要素があるというのか。

 

「私が時々あの子に会っていた事は知っているでしょ?

 その度に私はあの子を軽くスカウトしながらからかってた、悪い癖が出ちゃってたの。

 でもね、あの子は文句を言いながらも真っ直ぐ私を見てくれていたの。たったそれだけかもしれないけど……それが私には嬉しかった」

 

 紫様は幻想郷の賢者、つまりこの世界において誰よりも高い地位にいらっしゃる御方だ。

 それ故にこの方と対等に接する事などそれこそ霊夢や幽々子様ぐらいしかいない。

 だがそれは仕方ない事ではあるし大切な事でもあった、賢者としての立場が揺らいでしまうような事態は避けなくてはならない。

 無論、それが判らぬ紫様ではないが……この方は、時折人のような心を表に出す時がある。

 

「きっと藍ちゃんにとっては「たったそれだけ」程度の事だと思うわ、私だって初めは信じられなかったし認めたくなかった。

 でもね、あの子はただ私を私として見てくれただけじゃない……この幻想郷を、人を、妖怪を慈しみ愛してくれているの」

 

 それが、紫様にとってこの上なく喜ばしい事だった。

 この方は人間を愛している、妖怪でありながら……人と妖怪が共に生きれる世界を望んでいらっしゃる。

 たとえそれがどんなに困難な道であろうとも諦めず、誰かにそれを口には出さないし本心を曝け出す事もしないけれど……本気で願っているのだ。

 

「あんな子を私は初めて見た。天狗でありながら、妖怪でありながら人と共に生きる事を望み、人を愛し、尊い存在だと信じている。

 だから私は彼が欲しくなった、その力だけでなく彼自身が欲しくなったの。あの子なら……きっとこの夢の続きを見せてくれると思えたから」

 

「……」

 

 成程、私は漸く理解できた。

 確かにそれならば、紫様があの男を気に入る理由となる。

 この幻想郷を創る際に抱いた願い、その想いを抱く同志が現れれば気に入ろう。

 理解はできた、納得もできる。

 

――だけど。

 

――同時に、それがひどく気に入らない。

 

「? 藍ちゃん、何処に行くの?」

 

「用事を思い出しました。申し訳ありませんが、おやつは橙と二人で食べてください」

 

「…………藍ちゃん、あまり私を困らせないでね?」

 

「……」

 

 ああ、やはり紫様には敵わない。

 これから私が何処に行き、そして何を考えているのか理解した上で……お止めにならないのだから。

 自分の矮小さが嫌になる、これでも九尾の狐かと呆れたくなる。

 だけど、それでも私は止まれない。心に生まれた強い憤怒の感情を抑えられない。

 

「夕食までには、戻ります」

 

 スキマを開く。

 

 目指す場所は――旧都だ。

 

 

 

 

「っ」

 

 横になっていたベッドから飛び跳ねるように起き、持っていた本を棚の上に置いてから部屋を飛び出す。

 地底に来てから俺達はさとり達の厚意で地霊殿にて厄介になっていた、今日はさとりから御勧めの本を借りてゆっくりと部屋で読書を楽しんでいたのだが……。

 

〈すげえ殺気だな。しかもコイツは……あの式神のねーちゃんのだな〉

 

 ……やはりそうか、気のせいだと思いたかったんだがな。

 今、俺個人にこの地霊殿全体を揺るがす程の強い殺気を向けている存在が居る。

 それを感知したからこそ俺は急いで外に向かっているのだが、その殺気を放つ存在があの九尾様だというのだから混乱してしまう。

 

〈あのねーちゃん、お前が気に入らないみたいだからな〉

 

 だろうな、ましてや前に八雲様に対してあれだけの無礼を働いたんだ。

 心から八雲様を尊敬し、彼女の為に身を粉にして働く九尾様にとって、あの時の俺の態度は決して許せないものだっただろう。

 だが、まさかここまでの激情を見せてくるとは完全に想定外だった。

 

〈きっと独断だな。お前を気に入ってるあの主人が許すわけねえって〉

 

 八雲様が気に入ってるのは俺じゃなくて、ヴァンの力だろ?

 

〈……お前は本当に鈍い野郎だな。もったいねえ〉

 

 訳のわからない事を言うヴァンに首を傾げつつも、地霊殿の外へ。

 ……周囲に建物も誰も居ない場所まで誘い込んだのは、彼女なりの誠意か。

 旧都から離れ、周囲には剣のように尖った岩がそこかしこに存在する場所に、九尾様は居た。

 

「……九尾様」

 

「…………」

 

 っ、なんて冷たい目で睨んでくるのか。

 濃厚な殺気は肌を刺す痛みを与え、息苦しさすら感じる空気におもわず顔をしかめる。

 九尾様は無言のまま、けれど射殺すような視線は決して逸らさぬまま――妖力を開放した。

 

「っ、九尾様。これは一体どういうおつもりなのですか!?」

 

「黙れ」

 

 放つ声はただ冷たく、ただただ殺意だけが乗せられている。

 彼女が何を考えているのかまるで理解できないが、このままでは俺は間違いなく殺されると理解した。

 

「くっ……はあっ!!」

 

 いくらなんでもこんな訳のわからない状態のまま殺されるのは御免だ。

 向こうがやる気だというのならば迎え撃つ他ない、なので俺もすぐさま力を展開し。

 

「し――――!」

 

 たった一息で、九尾様は俺との間合いを詰め初撃を繰り出してきた。

 放った攻撃は右手による爪の一撃、赤黒い妖力が込められたそれはまともに受ければ容易くこの身を抉り斬る斬撃だ。

 九尾様、本当に本気なのか……!

 

「っ」

 

 右手首を両手で掴み、そのまま正面に放り投げる。

 すかさず地を蹴り追撃を仕掛けようと右足を振り上げ。

 

「くっ!?」

 

 左右から殺気を感じ、強引に攻撃を中断しながら後ろへと跳んだ。

 刹那、先程まで俺が居た場所に何かが矢のような速度で通り過ぎる。

 それは黄金色に輝く尻尾、九尾様の尻尾であった。

 

 攻守交替とばかりに、九尾様は己の尻尾を自在に動かし俺に攻撃を仕掛けていく。

 一つ一つが閃光のような速度、それでいて威力は必殺のそれを九つ。

 防御はできない、なので俺は全身にオーラを纏いつつ回避に専念する選択を選んだ。

 

〈そら避けろ避けろ、当たれば拙いぜー〉

 

 気が散るから黙ってろ、ヴァン!!

 だが確かにヤツの言う通り命中すれば拙い、それは堅い岩の壁や地面を砂のように容易く貫き風穴を開ける尻尾の猛撃を見れば否が応でも理解できた。

 流石九尾様だ、弾幕勝負ではなく単純な戦闘でも凄まじい力を見せてくる。

 

「――消えろ」

「っ、くぁぁっ!?」

 

 いつの間に接近を許したのか、眼前には俺を睨む九尾様の姿が。

 迫る爪の一撃、それを全開で展開したオーラを纏わせた両腕で受け止める。

 

「くっ、貴様……」

 

「……九尾様、俺を始末しろと八雲様に指示されたのですか?」

 

「貴様には関係のない事だ」

 

「では今回の事は独断というわけですね。一体なぜこのような事をなさるのです!?」

 

「黙れ!!」

 

 強い衝撃が両腕に伝わり、弾き飛ばされ背中を後ろの岩壁に強打する。

 息が詰まる、動きを止めた俺に九尾様が迫った。

 

「っ、なめるなぁっ!!」

 

 左腕にオーラを展開、迫る右の爪を力任せに弾く。

 すかさず右手の平にオーラを纏い、僅かに体勢を崩した九尾様の左肩に掌底を叩き込む。

 

「ぐぁ……っ!?」

「つぇいっ!!」

 

 吹き飛ぶ九尾様に左手を突き出し、そこから放たれる衝撃波で更に九尾様を吹き飛ばす。

 爆撃めいた音を響かせながら、九尾様の身体が岩山の中へと沈みパラパラと岩の欠片が宙を舞う。

 

〈……おい、なんで加減なんかしてんだ。相手はお前を殺すつもりなんだぞ?〉

 

 だからって九尾様を殺すわけにはいかない、八雲様の大切な式なんだぞ?

 

〈何を甘い事を……お前、呆れるほどの阿呆だな〉

 

 黙れ、それに俺は九尾様の真意を訊きたいんだ。

 俺がヴァンにそう答えた瞬間、爆音が響き岩山の一部が弾け飛んだ。

 そこから飛び出す一つの影、俺の前に着地したそれは服を汚し額から血を流す九尾様だった。

 

「……九尾様、もうここまでにしてはいただけませんか?」

 

「戯言を、まさかお前は私に勝つつもりでいるのではないだろうな?」

 

「勝つとか負けるとかではありません。これ以上戦えば……」

 

「どちらかが死ぬ、か? その考えこそ私を侮っている証拠だ、私を一体何だと思っている?」

 

 闘志を微塵も消さず、九尾様は一歩も退いてくれない。

 言葉での説得は不可能だと内心思っていたが、それでも俺は諦められなかった。

 

 九尾様はあの八雲様の式、故にこの幻想郷内でも相応の地位に存在する。

 だからこそこのような私闘を長引かせれば、他の妖怪を増長させる一因となりかねない。

 九尾様とてそれは十二分に承知している筈だ、だが今の彼女は完全に冷静さを失ってしまっている。

 

「九尾様が私を気に入らないのは判ります、敬愛する主に対しあのような態度を見せた私を許せないというのは理解できます。

 ですがだからといってこのような手段は悪手でしかないと判らぬ九尾様ではないでしょう?」

 

「……」

 

 九尾様は答えない。

 心なしか放つ殺気に勢いが無くなってきている、これならば……。

 

「私はあなたと命の奪い合いなどしたくありません、今は無理でもいずれは友として……」

 

「友、だと?」

 

 瞬間、空気が一変した。

 しまった、そう思った時にはもう既に遅く。

 

「貴様風情が。紫様に気に入られているというのにそのご厚意を無碍にする事しかできぬお前なんぞが……私と友になるなど、思い違いも甚だしい!!」

 

 霧散しかかっていた殺気が、先程以上に強く重苦しいものになってしまった。

 ……今のは完全に俺の選択ミスだ、もう俺の言葉は彼女には届かない。

 

〈説得なんぞ必要ねえさ。要するにこのねーちゃんは、お前さんに嫉妬してるだけなんだからよ〉

 

 嫉妬? 九尾様が、俺を?

 

〈今自分で白状してただろうが。自分の主に気に入られてるお前が気に入らないってよ、九尾の狐様ともあろう妖獣が随分と可愛らしいものじゃねえか〉

 

 からからと、ヴァンは完全に九尾様を小馬鹿にして笑い声を上げる。

 そうか……前々からの九尾様の俺に対する態度の意味は、そういうわけだったのか。

 今更ながらに気が付く自分自身の鈍感さが恥ずかしいというか、腹が立った。

 

「――はあああああっ!!」

 

 裂帛の気合を込め、再び力を開放する。

 戦いたくはない、だがこうなってしまった以上言葉での説得は不可能だ。

 それに俺とてむざむざやられるつもりはない、命を奪うつもりなど毛頭ないがこうなってしまえば力づくでおとなしくさせるしか……。

 

 

「はい、そこまで」

 

 

 その一声が、場に漂う殺気を一瞬で霧散させた。

 同時に俺と九尾様の間の空間が割れ、中から金の髪を持つ絶世の美女が姿を現す。

 

「ゆ、紫様……」

 

 九尾様の目が見開かれ、まるで悪戯のばれた子供のような表情を作る。

 しかしそれも無理からぬことだ、彼女は八雲様に黙って独断で俺に戦いを挑んできた。

 式として許されざる行為、それを主に知られてしまえばこうもなろう。

 

「……」

 

 八雲様の厳しい視線が、九尾様を射抜く。

 しかしそれも数秒、八雲様はそのまま視線を俺に向き直してから。

 

「――聖哉、今回の事は私の責任です。本当にごめんなさい」

 

 迷いもなく、躊躇いもせず。

 八雲様は、俺に対し深々と頭を下げてきた。

 

「なっ……」

「紫様!?」

 

 俺も九尾様も、八雲様の行動に開いた口が塞がらなくなる。

 まさかあの八雲様が頭を下げるなど、どうして想像できようか。

 

「でもどうかこの子の事を許してほしいの。全ては私がこの子を蔑ろにした事が原因だから……」

 

「違います紫様、これは私の独断で……!」

 

「いいえ藍ちゃん。だって私はあなたという式が居るのに聖哉にばかり意識を向けていた、それを蔑ろにしていないと何故そう言えるの?」

 

 だから謝罪するのは当然だと八雲様は仰られるが、九尾様としては当然納得できないだろう。

 しかしこのままでは話が平行線のまま一向に進まない、なので悪いとは思いつつも割って入る事にした。

 

「八雲様、頭を上げてください。九尾様の仰る通り貴女様が謝る必要などありません。無論、九尾様が謝る必要もありません」

 

「な、何……?」

 

「……それは何故かしら? あなたは殺されかけたのよ?」

 

「ですが私は生きています。ならば遺恨を残す必要などないでしょう?」

 

 俺の言葉に、二人は珍しいポカンとした表情を見せてきた。

 射命丸様辺りなら即座にカメラを構えるであろうその光景に、俺も内心驚きながらも言葉を続ける。

 

「……私はたとえ殺されかけたとしても、できる事ならば九尾様と友になりたいと願っているのです」

 

「お前は、まだそんな事を……」

 

「私風情がそのような事を考えるのはおこがましいのかもしれません、ですが……私は本当に欲が深い天狗ですから」

 

 今では俺にも友人が沢山居る、でも……足りないのだ。

 もっと沢山の繋がりを得たい、新たな友ができる度にその想いは強くなっていく。

 それと同時に、孤独になった時の恐怖感が増していくのだ。

 

「………………お前は、変わった男だな」

 

 呆れるように、九尾様は笑う。

 けれどその瞳は穏やかで、初めて見せる暖かみが込められていた。

 

「ふふっ……それじゃあ藍ちゃん、帰りましょうか? 傷の手当てもしたいし、おやつも食べたいから」

 

「判りました紫様。…………犬渡聖哉」

 

「はい、なんでしょうか九尾様?」

 

「今日は本当にすまなかった……この詫びは必ずするので、今日の所は許してほしい」

 

「いえ、ですから別に……」

 

「そ、それと……私と友になりたいと本気で思っているのなら、その……私の事は呼び捨てで構わない」

 

「えっ……」

 

 おもわず間の抜けた声を出してしまった。

 そんな俺に、九尾様は気恥ずかしさからか顔を赤らめ睨んできた。

 

「け、敬語も要らん……と、とにかくそういうわけだからなっ!!」

 

 一気にそうまくしたて、九尾様はスキマの中に飛び込んでいってしまった。

 呆気にとられる俺を、八雲様は何が面白いのかくすくすと笑っている。

 

「あの子ってば友達作りなんかした事ないから、あんな態度になっちゃってるけど許してあげてね?」

 

「いえ、それは別に構わないのですが……どういう心境の変化なのでしょうか?」

 

「さあねえ、私はあの子じゃないから判らないけど……きっと敵わないと思ったのではないかしら?」

 

「敵わない?」

 

 それは一体どういう意味なのか。

 八雲様に問いかけてみるものの、返ってくるのは意味深な笑みのみ。

 ……なんだかよくわからないけど、向こうが呼び捨てで敬語も要らないと言ってくれたのだから、次からはそうする事にしよう。

 

「聖哉、藍ちゃんと仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

「大丈夫です、八雲様」

 

「……きちんと、あなたとの約束は果たします。八雲紫の名に懸けて」

 

「……」

 

 八雲様の姿が消える、彼女もスキマを用いて帰っていったようだ。

 

〈お前って単純だよな。今の一言だけで完全にあのねーちゃんに対する不信感とか取り除いただろ?〉

 

 うるせえな、別にいいだろうが。

 それに、あんな真剣な表情で言うんだ、信じたくなるのも当然だろう。

 

〈それが単純だっていうんだよ。演技だって考えねえのか?〉

 

 ええい、うるさいっての。

 尚もうだうだ言ってくるヴァンの事を無視しながら、地霊殿へと戻っていく。

 

 

 

 

〈……だがまあ、今回の勝負は思わぬ収穫だったな〉

 

 ヴァンのそんな呟きに、首を傾げながら。

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