狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第57話 VS魂魄妖夢~新たな能力~

「先輩、頑張ってくらはい~」

「負けたら承知しないわよ~……ひっく」

 

「……」

 

 博麗神社のちょうど中央辺りにて、聖哉は盛大にため息を吐いた。

 目の前には聖哉と同じようにため息を吐いている冥界の剣士、妖夢の姿がありそんな彼等を周囲の酔っ払い達は思い思いに野次を飛ばしている。

 

「おにーさん、頑張れ!!」

「応援してるよ、お兄さん!!」

 

「聖哉ー、負けたら地霊殿のオブジェにするからね~」

「ちょ、こいし何を言っているの!?」

 

「聖哉さん、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫大丈夫、早苗は心配性だなー」

「お前達、観ていて楽しめる勝負をするんだぞ!!」

 

「神社を壊したら即刻退治するからね?」

「やれやれー」

 

「はぁ……」

 

 またしてもため息が零れた、というか止めろよお前達と聖哉達は心の中でツッコミつつ元凶である幽々子を睨んだ。

 対する幽々子はにこにこと微笑むばかりであり、隣に座る藍が苦笑しつつ聖哉達に対して両手を合わせている姿が見えた。

 彼女を止められなかった事を謝っているのだろう、そんな藍に2人は「気にするな」という意味のジェスチャーを返す。

 

「聖哉、妖夢さん。画になる勝負を頼みますよ~」

 

「……文のヤツ」

 

 パシャパシャというフラッシュ音を響かせながら、何の遠慮も許可もなくカメラを取り続ける文。

 この勝負を自身の『文々。新聞』のネタにするつもりのようだ、いつもならば椛辺りが彼女を止めるが酔っ払っている為それも叶わない。

 

(というか、椛はともかくとしてもどうして人形のイリスまで酔っ払うんだ?)

 

 さすが魔法使い製作の人形は一味違うという事なのか、頬を紅潮させ野次を飛ばすイリスは本当に人間のようだ。

 もしかしたら2人を助けなかったツケが回ってきたのか……そう思いながら、聖哉は腰に差している風王を鞘から抜き取った。

 逃げられない状況に追い込まれたから、ではない。

 

〈おやおや……ちょっとした余興、って顔じゃねえな〉

「……」

 

 聖哉の前で対峙する妖夢の目が、剣士のそれに変化していたからだ。

 刀のように鋭く、見るだけで息を呑む覇気に満ちた彼女を見れば、もはや外野の野次など気にもならない。

 既に聖哉の意識は妖夢一人に向けられ、そんな彼に彼女は口元に笑みを浮かべながらそっと右手で楼観剣を抜き取った。

 

「聖哉さん、準備は宜しいでしょうか?」

 

「ああ」

 

「幽々子様の戯れに巻き込んでしまってすみません。ですが……正直の所、この状況には感謝しているんです」

 

「?」

 

「――冥界での続きを、行えますから」

 

「……」

 

 ああ、成程。

 その言葉で、何故彼女がこうもやる気に満ちているのか聖哉は理解する。

 かつて冥界で彼女と剣を交えた、その時は幽々子のによって勝手に中断させられたが……。

 

「剣士として、再び聖哉さんと剣を交えたいと思っていましたから。

 もしかしたら幽々子様は、そんな私の心中を察していたからこそこの状況を作り出したのかもしれません」

 

「……それは、ありえるな」

 

「ええ。――では、時間も惜しい」

 

 参ります、妖夢のそんな声を耳に入れた時には聖哉の視界から彼女の姿が消え。

 真横から自身の命を刈り取る程の銀光が、迫っていた。

 

「っ」

 

 放たれる振り下ろしに、一瞬遅れたものの聖哉は反応し剣を振って弾く。

 すかさず横薙ぎの一撃が放たれ、返す刀で防ぎつつ後退する聖哉。

 距離を離そうとする彼に妖夢は地を蹴り間合いを詰め、閃光のような速度の楼観剣による突きを放つ……!

 

「っ……!!」

 

 驚きが、妖夢の口から零れた。

 後退中の不利な体勢だったというのに、聖哉は自身の突きを弾いたのだ。

 

(前よりも確実に強くなっている……まるで別人ね)

 

 日々の鍛錬を怠った事はない、こと剣に関してならば彼にも負けないという自負があった。

 しかしそんなものなど今の攻防だけで自惚れだと思い知らされる、彼もまた自分に負けぬ程の鍛錬と経験を積んできたのだ。

 

(でも……!)

 

 負けるつもりも、負ける気も毛頭ない。

 今のが防がれたのならばもっと速く、もっと強く打ち込むのみ。

 攻めに転じているこの状況を逃すまいと、妖夢は更に剣戟を放っていく。

 

「く、っ……」

 

 鋼と鋼がぶつかり合う音が、境内全体に響く。

 火花が散り、閃光が炸裂し、空気を震わせる衝撃が両者の身体を打つ。

 

(流石……!)

 

 歯を食いしばり身体全体で受けなければ、まともに対応できない妖夢の剣戟に、聖哉は驚く事しかできないでいた。

 攻めになど転じる事は許されない、まるで大人と子供の体格差だというのに完全に妖夢は聖哉を圧している。

 稲妻のように奔る刀、あらゆる角度から放たれるそれは前に冥界で交えた剣戟とは比べものにならない。

 

「っ、おぉ……っ!!」

 

 だが、此方とてこのまま猛攻を許すつもりなどなかった。

 上段から振り下ろされた一撃を真っ向から剣で受け止める聖哉、そのまま力任せに剣を振るい相手の一撃を横に弾く。

 その勢いに押されたたらを踏む妖夢に対し、すかさず反撃の一撃を与えようとして。

 

「ぐっ……!?」

 

 腹部に衝撃が走り、聖哉は息を詰まらせた。

 何が起きた、視線を下に向けると……妖夢の左肘が、自身の腹部に叩き込まれている光景を彼の目が捉えた。

 思わぬ攻撃に動きを止めてしまう聖哉へと、妖夢は更なる追撃を仕掛ける。

 まずは肘鉄からの派生で繰り出した掌底を顎に、衝撃で後退する聖哉に手刀横顔面打ちを叩き込む。

 

(このまま一気に押し通すっ!!)

 

 まだ聖哉は体勢を立て直していない。

 

「とった……!」

 

 下段から掬い上げるような楼観剣の一撃が聖哉に迫る。

 決まった、観戦者の殆どが勝負の終わりが来たのだと思う中で。

 

「っ!?」

 

 真っ先に、斬撃を放った妖夢が不発に終わると理解した。

 ――空を斬る斬撃。

 妖夢が楼観剣を振り上げきった時には、既に聖哉は彼女から数メートル離れた位置にまで後退していた。

 

(……あの状態から、回避するなんて)

 

 打撃によって相手の動きを止めたうえで放った斬撃を避けた。

 なんという凄まじい反射神経と俊敏性か、やはりあの時とは比べものにならぬと妖夢は改めて気を引き締める。

 とはいえ、状況は先程と変わらず妖夢の優勢のままだ。

 

「決めさせてもらいます、聖哉さん!!」

「っ……!」

 

 来るか、勝利の宣言を放つ妖夢に聖哉は急ぎ力を刀に集めていく。

 次に彼女が放つ一撃は必殺のものだ、生半可な事では防ぐことはできない。

 現に妖夢が両手でしっかりと握りしめている楼観剣の刀身には、強い力を放つ淡い輝く光が収束し始めている。

 

「断命剣―――」

 

 妖夢が剣を振り上げる。

 刀身に込められた妖力が緑色の光の刃となって伸び、臨界に達する。

 必殺剣である“断命剣”「冥想斬」の構えだ、威力はもちろんの事その発動の速さは敵に回避を許さない。

 

 受けるしかない、なので聖哉は同じように妖力を刀身に込めていく。

 ――だが、間に合わない。

 相手は既に発動を終えている、対してこちらはまだ準備を終えていない。

 

 こんな状態で受けた所で容易く弾かれ、両断される。

 しかし先程言ったように回避は間に合わない、完全に後手に回ってしまった。

 1秒後の敗北が迫る、どうすればいいと思考を全開にして打開策を。

 

〈――さて、そろそろ使ってみるか?〉

 

 ヴァンの声が、聖哉の頭に響き渡る。

 いつものような軽く楽観に満ちた声、しかし口調の何処かに歓喜の色を覗かせた声。

 

〈経験値は前の九尾のおかげで溜まってくれた、まだ“二つ目の枷”は外れねえが……新しい能力を使うのには絶好の機会だ〉

 

 一体何を言っているのか、聖哉が彼に問う前に。

 

「っ、が、ぁ……っ!?」

 

 脳を揺さぶるような衝撃と、知る筈のない知識が流れ込んできた。

 その不快感と衝撃たるや、まるで自分が得体の知れない存在に変えられているような錯覚すら生み出す程。

 

〈この黒いオーラはお前自身も同意、本来ならば単純な肉体強化だけに留まらず手足のように自在に扱える力だ。

 だからこそ、それを武器に纏わせる事もできる。

 だがそれはあの嬢ちゃんや殆どのヤツが行うような攻撃の強化とはちと違う、今回の件で言えば元からある刀身に更なる刀身を生み出し被せるのと同じだ〉

 

 武器に力を込めるのではなく、武器“そのもの”を強化する行為。

 それにより単純な武器の破壊力だけではなく、頑強さや扱いやすさ、全ての点が通常時よりも大幅に向上する。

 

〈これは誰もができる事じゃねえ、お前だけが扱える力だ。そしてこの力を使いこなせればお前は更に強くなる。

 ――守りたいモンが増えてるんだろ? なら……扱えるようになれるよな?〉

 

「っ、お前、は……っ、本当に嫌な野郎だ……!!」

 

 流れてくる情報量の大きさで、脳が焼き切れそうだ。

 それによって齎される頭痛に耐えながら、聖哉は悪態を吐く。

 

 あからさまな挑発、犬渡聖哉の「大切な者達を守りたい」という想いを蔑むように。

 けれど同時にその願いが叶うと信じるように言うものだから、悪態を吐きたくなるというものだ。

 

「――冥想斬!!」

 

 迫る光の刃。

 

「っ――――がああああああっ!!」

 

 猛る獣の咆哮。

 頭をかき乱す知識を引き出し、学習し、実行する。

 そして聖哉は剣を構え、妖夢の必殺の一撃とぶつかり合い。

 

 

 

――漆黒の光が、神社を包み込んだ。

 

 

 

「きゃっ!?」

「うっ……!?」

 

 視界を覆う光に、誰もが視線を逸らし目を庇う。

 同時に突風が吹き荒れ、どうにか身体が飛ばされないように全身に力を込めた。

 酒瓶や器がそこかしこに吹き飛び、それが当たったのか何処からか「いてぇっ!?」という悲鳴が響いた。

 

「お、おいおい……何が起きたんだよ霊夢」

 

「……」

 

「? おい霊夢、なに黙って……」

 

 視界が元に戻り、いつの間にか風も止んでいた。

 なので魔理沙は視界を聖哉達に向け……目を見開いたまま、固まってしまう。

 いや彼女だけではない、呑気に観戦していた者達は全員酔いが醒める程の衝撃を受けその光景を目にしていた。

 

「っ、ぐ、う、っ……」

 

「……」

 

 低い唸り声を苦しそうに上げながら、聖哉が刀を構えたままの状態で固まっている。

 そのすぐ傍には尻餅をついたまま茫然と彼を見上げる妖夢の姿があった。

 だがそんなものよりも、皆が注目したのは彼が持つ刀である風王の“刀身”であった。

 

「……なんだよ、あの馬鹿げた力は……」

 

「……さあ、ね」

 

 掠れた呟きを零す魔理沙に、霊夢は視線を風王から逸らす事なく返事を返す。

 だがそんな霊夢の声も僅かに震え、目の前で放たれ続けている力の奔流に目を奪われていた。

 

「え、えっ……? ちょっと椛、あれ……風王の刀身って、白銀だったわよね?」

 

「……はい。私の記憶が確かならばそうです」

 

「そうよね……だったら、どうして刀身が黒くなってるの(・・・・・・・)?」

 

「……」

 

 イリスの問いに、椛は答えを返す事ができなかった。

 ただ黙って聖哉の剣を、刀身が漆黒のような黒に変貌している風王を見つめる事しかできない。

 だが何より場の誰もが驚いている最大の理由は、変化した風王から放たれている強大な力の奔流であった。

 

 妖力や霊力、法力とも違う異端の力。

 そう、聖哉だけが扱うあの黒いオーラの力が刀身に宿っている、否、あれはオーラそのものが刀身に変化していると言った方が正しい。

 元々が妖刀として優れた剣だ、そこにあの黒いオーラが刀身となり纏われば凄まじい力を発するのは当然の話である。

 けれどそれだけではこの力の奔流の大きさには説明が付かない、あまりにも大き過ぎるのだから。

 

「ぐ、く……は、ぁ」

 

 ゆっくりと、聖哉は全身から力を抜いていく。

 すると風王の刀身が元の白銀に戻り、黒いオーラは完全に消え去った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

〈疲れるだろ? この能力は自分自身じゃなく武器にオーラを圧縮した状態で纏わせているからな、当然消耗も大きい〉

 

「は……はぁ、は……」

 

〈この力はお前の刀だけじゃなく物体なら何でも強化できる、覚えとけよ〉

 

 そう言って、ヴァンの意識が聖哉の中から消え去る。

 ……色々と問い質したいのを堪え、聖哉は剣を収めてから未だに座り込んでいる妖夢へと右手を差し出した。

 

「妖夢、大丈夫か?」

 

「え、あ……は、はい!!」

 

 自分が間の抜けた格好になっていると思ったのか、妖夢は顔を赤く染め上げ聖哉の手を借りずに慌てて立ち上がった。

 そんな彼女に苦笑しつつ聖哉は楼観剣を拾い、彼女に手渡す。

 

「勝負あり、ですね」

 

「えっ?」

 

「私の負けです。冥想斬を完全に弾かれ無効化された時点で」

 

「あ、いや……俺も無我夢中だったんだが……」

 

「……凄いですね」

 

 ――あの瞬間。

 加減もなしに放った冥想斬の一撃は、本当にあっさりと、容易く弾かれてしまった。

 あの黒い剣に受け止められただけで必殺剣が破られたのだ、こうまで圧倒的な結果を見せられると悔しいという感情すら湧かない。

 今妖夢の心中にあるのは聖哉の実力の高さに対する惜しみない称賛と、いつか超えてみせるという向上心と。

 

――あの力に対する、明確な“恐怖心”だった。

 

「……あらまあ、妖夢が負けちゃった」

 

「…………幽々子様」

 

「聖哉くんって本当に凄い子ね、紫が執着するのも判る気がするわ~。藍もそう思うでしょう?」

 

「ええ、ですが今のは……」

 

 知らない、あのような不可思議な現象の事を藍は紫から聞かされていない。

 それにあれだけの力、白狼天狗はおろか一妖怪が持ち得ていいものではないものだ。

 

(聖哉、お前は一体何者なんだ? そして紫様、本当に聖哉は……この幻想郷を守る存在となるのですか?)

 

 会場をめちゃくちゃにした事に対する霊夢の説教を正座で受ける聖哉をじっと見つめながら、藍は上記の疑問を心中に抱いた。

 ――あの力は、現世に存在していいものではない。

 九尾という最上級の妖獣としての第六感が、そんな不安を抱かせる。

 

 

 

 

 

 そして、そんな彼女の不安は。

 近い未来で、現実のものとなる……。

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