狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
第58話 命蓮寺~平穏の綻び~ ※
「おにーさん、何してるの?」
地下世界の一角、“旧都”から少し離れた場所に立つ俺の前に、お空が上記の問いかけをしながら降り立ってきた。
軽く手を振りながら「ちょっとな」と応えつつ、俺は真正面に向き直る。
視線の先にあるのは、山のように巨大な岩の塊。
その目の前に立っている俺を見て、お空は首を傾げた。
「おにーさん、こんな所で何をしてたの?」
「ん、ああ……少し“力”を試したくてな」
「力?」
「――下がってな、お空」
そう言いながら、俺は腰に差してある風王を抜き取る。
光の届かない地下世界でも、その刀身は美しい白銀の輝きを放っている。
妖刀の中でも間違いなく名刀と謡われるその刀に、俺は“あの力”を込めていった。
「――――ふっ!!」
刀を握る手に力を入れる。
刹那、その手からもはや見慣れた黒いオーラが現れ……纏わりつくように、刀身へと昇っていく。
黒き力は秒を待たずに刀身を包み、美しい白銀の光は消え禍々しい漆黒の光を放ち始めた。
一度小さく呼吸を放ち、刀を目の前の塊に向けて横薙ぎに振るう。
「わっ!?」
お空の驚いた声を共に、轟音が周囲を揺らす。
無造作に放った俺の斬撃は、目の前の岩を横一文字に斬り裂いた。
それだけでは飽き足らず、その後ろにある岩々をも斬り飛ばし土煙が舞う。
「……」
その光景を目にしながら、俺は風王に視線を向ける。
黒い刀と化したそれは不気味に輝き、当然の如く刃こぼれ一つしていない。
……元々妖刀としてとてつもない力を持っているとしても、やはりこの切れ味は異常だ。
先程の斬撃だって俺は棒切れを振るうような力しか出していない、たったそれだけでこれだけの破壊力を生み出した。
新しく使えるようになったこの能力は、今まで肉体に這わせ身体能力を強化してきたそれをそのまま武器に付与するという根本は変わらない能力だというのに、その力の質は今までとは比べものにならない程に強力なものだ。
殆ど力を込めなくてもこれだけの破壊力、全力を出してしまった時……一体周囲にどれだけの被害を齎すのか。
白狼天狗が、否、一妖怪という個人が持っていい力ではない、明らかにその範疇を超えてしまっている。
この力の根源は一体何なのか、そして……俺の中に存在するヴァンは何者なのかという疑問が改めて浮かび上がった。
しかしアイツは神社での一件以来無言を貫き、何度俺が問いかけても答えようとはしてこなかった。
――ヴァン、お前の目的は何なんだ?
何故俺にこれだけの力を与えるのか、最終的にアイツは俺に何を望むのか。
そんな疑問だけが浮かび、けれどヤツは決して答えない。
正直な話、俺は今アイツに対して不信感を抱き、そして自分自身に恐怖している。
これだけの力を有しているアイツの謎もそうだが、何故その力を単なる白狼天狗だった筈の俺が扱えるのか。
力には大なり小なり“反動”がある、力が強ければ強い程にその反動は大きくなるのが常識だ。
如何に天狗と言っても白狼天狗の肉体は妖怪の中では精々中堅程度の頑強さしかない、本来あれだけの力を使えばこの身体などその反動で消し飛んでしまう。
なのに俺は生きている、たった今あの力を使った反動で身体は軋んでいるものの、
「……何なんだろうな、俺は」
思わず、そんな呟きが口から零れてしまった。
確実に変わっていっている、得体の知れないナニカに。
それがどうしようもなく恐ろしい、いつか俺は……犬渡聖哉では無くなってしまうのではないかと。
「おにーさん」
「っ、お空……」
頬に柔らかな感触が伝わる、視線を向けるとお空が心配そうに俺の頬に手を添えながら見上げている姿を捉えた。
悲痛な表情で此方を見る彼女を見て、心配をかけてしまった事に漸く気づき己の浅はかさにため息が出そうになる。
「大丈夫だ。ごめんなお空」
「? なんでおにーさんごめんなさいしたの? おにーさん、何も悪い事なんかしてないのに」
「……ありがとな、お空」
「うにゅ?」
どうして感謝されたのかわからず首を傾げるお空の頭を優しく撫でる。
きょとんとしていた彼女だが、やがて心地よさそうに目を細め俺に身体を預けてきた。
弱気になるな、考えても解決しないならば余計なことは考えるな。
自分にそう言い聞かせ、そっと深呼吸をしていつもの自分を取り戻す。
「そういえばお空、地獄炉の仕事は?」
「終わったよー、だから今は散歩中だったの。そういうおにーさんは修行?」
「……まあ、そんなようなもんだ」
「わー、なんかかっこいいねー…………あれ? そういえば椛ちゃんとイリスちゃんは?」
「イリスはアリス……自分を作ってくれた魔法使いの所に行ったよ、なんでも人里で人形劇をやるからその手伝いだと。椛はちょっと用事があるって言うから別行動だ」
そういえば、一人になるのは随分と久しぶりな気がする。
俺の傍には常に椛かイリスが居たから、少し新鮮で……ちょっとだけ、寂しいと思ってしまった。
……相変わらず、でかい図体の癖に情けないな。
「じゃあ、今日はおにーさんと二人だけでいっぱい遊べるねっ」
「あー……悪いんだがお空、これから地上に行くつもりなんだ」
俺がそう言った瞬間、お空の表情があからさまに不満そうなものに変わった。
頬を膨らませ、露骨な不機嫌アピールを見せる彼女に苦笑しつつ、話を進めていく。
「地上に命蓮寺って寺があるんだが、そこの人達と知り合いでな。久しぶりに顔を見せようと思ってるんだ」
「むー……」
「……お空も一緒に行くか?」
「行くっ!!」
即答である、うーむ……そんなに俺と遊びたかったのか?
だとしたら少し罪悪感、けど命蓮寺が建てられてから一度も行ってないし、いい加減顔を出さないと水蜜辺りに怒られそうなんだよな。
単純に今の命蓮寺の状態を見てみたいという気持ちもあるので、今回お空には我慢してもらう事にしよう。
「それじゃあ、さとりに許可貰ってから行こうな?」
「うん、おにーさん早く早く!!」
翼を大きく広げ、一足先に飛び立ってしまうお空。
おーい、慌てて飛んでるとこの間みたいに岩にぶつかるぞー。
やれやれ、お空はいつも元気だな。
「ん……?」
彼女の後を追おうとした身体を止め、後ろを振り向く。
視界に映るのは真っ二つにした岩山だけ、当然ながら誰かが居るわけではない。
そう、居るわけがないのに……一瞬だけ、視線を感じたのだ。
「…………気のせいか」
周囲を見渡すが、やはり人影はもちろん気配も感じられない。
疲れてる、わけじゃないんだけどな……。
暫し首を捻っていると、ついてこない事に気づいたお空が戻ってきてしまった。
またも急かされたので「すまんすまん」と謝りつつ俺は今度こそこの場から飛び去ったのだった。
◆
お空と共に地上へと赴き、そのまま命蓮寺へ。
ここに来るのは大体二月振りか、みんな元気かな。
「お……」
視界に命蓮寺が見えてきたと同時に、俺はある光景を目にする。
――寺の中が、賑わっている。
喧騒に包まれているという程ではないにしろ、寺の境内にしては人が沢山居た。
子供達は楽しそうに笑い、その中心にはわたあめのような物体……雲山がもみくちゃにされている。
どうやら遊び相手になってあげているようだ、そしてその子供達の親らしき人達は少し離れた場所で話し込んでいるのが見えた。
「お寺って、賑やかな所なんだね」
「うーん……」
そういうわけじゃないんだけどなあ。
大人達の方へと視線を向ける、その中には里の人達の話を真摯に聞く白蓮さんと星の姿が見えた。
おそらくなにかしらの相談事をされているのだろう、その間子供達の世話は雲山がしているといった所か。
「聖哉じゃないか、久しぶりだね」
俺達の前に歩み寄り、声を掛けてくる一人の小柄な少女。
鼠の耳と尻尾を生やし両手には特徴的な棒を持った彼女、ナズーリンに俺は笑みを浮かべて返事を返した。
「ああ、久しぶりだなナズーリン。元気にしてたか?」
「見ての通りさ。そっちの子は君の恋人かい?」
「違うよ、この子は霊烏路空っていって俺の友人だ。
お空、彼女はナズーリンといってこの寺の関係者だ」
「はじめまして、霊烏路空っていいます。地底の地獄鴉です!!」
元気に挨拶をするお空に、ナズーリンはくすりと笑い「ああ、よろしく」と返す。
「随分人が居るんだな、寺って普段はもっと静かなもんだと思ってた」
「いや、聖哉のその認識は間違いではないよ。
ただ判る通り聖も御主人様も人が好すぎてね、今みたいに相談事を受け持つ事が多々あるんだ」
「ああ……成程」
予想が当たり、苦笑が浮かんでしまう。
肩を竦めるナズーリンを見ると、中々に大変だというのが伝わってきた。
……特に雲山が大変そうだ、好き勝手に触ったり引っ張ったりしている子供達に囲まれる姿を見ているとそう思わずには居られない。
頑張れ雲山、こっちに飛び火すると困るから助けないけどっ。
「あ、天狗様だ!!」
「あ」
薄情な事を考えていた罰なのか。
雲山“で”遊んでいた子供の一人がこちらに気づき声を上げ、他の子達の視線が一斉に集まってしまった。
瞬く間に子供達に囲まれてしまう俺とお空、すぐさま一緒に遊んでコールが飛んできて困ってしまう。
「いいよー、一緒に遊ぼうっ!!」
見た目は大人、中身は子供なお空がすぐに子供達と同調し、同意を求めるように俺へと視線を送ってきた。
あ、雲山があからさまにほっとした顔になってる、見てないで助けろよ。
「こらお前達、天狗様に対して無礼だろうっ」
白蓮さん達に集まっていた大人の一人が駆け寄り、子供達に注意する
しかし案の定子供達はその言葉を聞き入れず、ぶーぶーと文句や不満を口にし出した。
「大丈夫です。……じゃあみんな、何して遊ぼうか?」
「しかし天狗様……」
「そのように畏まらなくても結構ですよ。私は敬られるような者ではありませんから」
止めに来た大人にそう言って、視線を子供達に戻す。
鬼ごっこ、かくれんぼ、おままごとといった遊びをしようと口々に提案してくる子供達。
そしてそんな子供達に苦言を呈する先程の人物に苦笑しつつ……俺はある事に気が付いた。
そういえばこの人間、よく見たら里の自警団の一人だ。
この人間だけではない、白蓮さん達と話している者達の中にも自警団のメンバーがちらほら見掛けられた。
何かあったのだろうか……心なしか、白蓮さん達と話している人間達の表情が何処か不安そうな色を見せている。
「天狗様ー?」
「どうしたのー?」
「あ、いや……なんでもない。それより何をして遊ぶか決まったか?」
意識を再び子供達に向ける、しかしまだ決まらないのか口々にそれぞれが遊びたい内容を言うばかり。
このままじゃ喧嘩になるな……さすがにそれは拙いと思い、こちらが遊ぶ内容を決めようとした、その時であった。
「……?」
鼓動が早まる。
身体には悪寒が走り、ぶるりと震える。
周囲には自分を見上げる子供達と、隣に立つお空の姿しかない。
――見逃すな。
音が消える。
声が、耳に届かなくなる。
――見逃すな。
心が訴える。
見逃すなと、早く止めろと叫んでいる。
止める?
何を?
この平和な空間で、一体何故警鐘を鳴らす必要がある?
そんな必要などない。
だって自分の周りには遊んでほしい子供達の姿しかない。
後は白蓮さん達と話す大人達の姿だけで、おかしい所など何一つとして。
「…………」
何一つとしてない、そう思っているのに。
俺の視線は、まるで固まったかのようにある一点へと向けられる。
視線の先、ちょうど白蓮さんの背後辺り。
何の変哲もない、子供が一人、ゆっくりと彼女に近づいている。
――見逃すな。
警鐘が、大きくなった。
子供が近づく、白蓮さんは気付かない。
――止めろ!!
歩を進める、子供が自身の懐に手を伸ばす。
地を蹴って走る、子供の口元が歪に歪む。
煌めく刃、禍々しいダークグリーンに染まったそれを子供が静かに白蓮さんへと――
「やめろっ!!」
叫んだ瞬間、身体がそれに応えるかのように軽くなった。
手を伸ばす、すると右手は今まさに白蓮さんを背後からナイフで貫こうとした子供の手首を掴んでいた。
「え……!?」
「なっ!?」
俺の声で我が身に降り注ごうとした凶行に気づいたのか、白蓮さんが振り向き驚愕の表情を見せる。
星もまた彼女と同じく目を見開き、周りの人間達が何事かと騒ぎ出す。
息を呑む声と小さな悲鳴が境内に響く、それを聞きながら俺は子供の手を掴んでいる手に力を込めた。
「っ」
投げ飛ばす、前に掴んでいる感覚が消え去った。
掴む力に加減などしていない、だというのに子供はあっさりと俺の拘束から逃れ後方へと跳躍していた。
「ちっ……!」
その時点で、俺はソイツを子供だと認識するのを止め、踏み込んだ。
間合いを詰め、風王を鞘から抜き取ると同時に横薙ぎの一撃を放つ。
奔る銀光、俺の放った斬撃は地面に着地する子供の胴を真っ二つに両断しようとし。
「――おっと、危ない危ない」
硬い鋼に弾かれたような音と感触。
たった一瞬、刹那の間を経て子供はその小さな両手に大型の戦斧を生み出し俺の一撃を受け止めていた。
……その戦斧のなんという大きさか、俺ぐらいの巨体ですら両手で持っても余りある程に大きく重厚なそれを、子供はまるで棒切れのように扱っている事に戦慄する。
「うりゃっ!!」
「くっ……!?」
弾かれ、後退を余儀なくされる。
六メートルほど離れた距離に着地し、俺は改めてその子供の姿を視界に捉えた。
「っ、……っ」
瞬間、恐怖からか先程以上の震えに襲われた。
見た目は小さな子供、自身の背丈の四倍はあろう戦斧を振り回すその姿は確かに異様ではあるが、人外であるのならばさほど珍しい光景ではない。
俺が心底震えたのは――その子供、年端もいかぬ少女にしか見えないソレが浮かべる“笑顔”であった。
およそ人型が浮かべるものではない、能面にも似た無機質な笑み。
にこにこと、一見すると無邪気な筈のその笑みがあまりにも機械的で、直視できない残虐性を垣間見せている。
「白蓮さん、星!! すぐに他のみんなを連れてこの場から離れろっ!!」
堪らず叫ぶ、本能的に周囲の人間達を守りながら戦う事などできないと判断できたから必死に彼女達へと呼びかけた。
しかしそこは流石と言うべきか、既に白蓮さん達は周囲の人間達を連れその場を離れ始めていた。
「おにーさん!!」
「お空は子供達の傍に居ろ、何かあった時の為に守るんだ!!」
「でも……」
「心配するな、行けっ!!」
睨むように視線を向けると、お空は一度躊躇いながらもすぐに子供達と共に境内から離れていった。
残されたのは俺と少女だけとなり、相も変わらずにこにこと微笑むソレに俺は思わず問いかけを放つ。
「お前、何だ? 一体何が目的で……」
「まあまあ一旦落ち着いて、お互いに自己紹介もしてないでしょ?」
戦斧の刃を地面に突き立てる少女、あまりの重量に一瞬だけ境内が揺れた。
ふざけた態度だが、その身に隙らしい隙は見つからない。
「セレナ、それがわたしの名前だよ。種族は魔族、ここに来た目的は……この下にあるものを手に入れる為」
そう言って少女――セレナは地面を指差した。
「けど驚いたなあ、どうしてわたしがこの寺で一番強いあの僧侶を殺そうとしたのに気づいたの? 殺気も敵意も完全に抑え込んでいたのに」
「……さてな」
セレナの疑問は、敵ながら尤もなものだった。
確かにあの時、俺は敵意も殺気も感じられなかった。
ただただ平和な命蓮寺の空気に包まれる中、説明できない違和感を抱いただけ。
あれがなければ、白蓮さんは疑問も抱く事なくその命を奪われていたかもしれない、だがどうしてそれを俺が気づけたのか。
「白狼天狗なんてたいした事ないと思ってたけど、認識を改めないといけないかな?」
「勝手に改めてればいい、俺には関係のない話だ」
「そうだねー……けどちょっと拙ったかな、予定ではここで全員始末する筈だったんだけど……まあ、過ぎた事をとやかく言ってもしょうがないか」
地面に突き立てていた戦斧を掴み上げ、軽々と肩に担ぎながらセレナはにこやかな笑顔のまま。
「――まずは、得体の知れない天狗さんを始末しないと、話にならないよ」
鴉天狗をも上回る速度で踏み込み、戦斧の一撃を叩き込んできた――