狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「妖夢ー、お酒が無くなっちゃったわ~」
「はいはい……少々お待ちくださいね」
死者の世界、冥界にある白玉楼にて小さな宴会が催されていた。
参加者は冥界の姫と呼ばれる西行寺幽々子と、彼女の友人である八雲紫。
まあ要するにいつもの光景である、そしてそんな二人の従者である魂魄妖夢と八雲藍は遠慮なしに騒ぐ主人達のつまみやら酒やらを用意するのに奮闘していた。
「いつもの事とはいえ……お二人とも、どうしてあんなに飲んだり食べたりできるんですかね……」
「確かにな、もう少し遠慮してくれるとありがたいんだが」
「無理ですよ。あの二人の辞書には遠慮とか奥ゆかしさとかそういったものは書いてませんから」
「ははは。言うなあ妖夢殿」
二人が聞いたら怒られそうな事を平然と言い放つ妖夢に、藍はおもわず苦笑する。
とはいえ否定しない辺り、彼女も同じ事を考えているのだが。
いつもと変わらぬ時間、苦労気質の従者二人が自由な主に振り回されながらもそれすらどことなく楽しむ、いつもの光景。
しかし、今日はそんないつも通りで終わるわけではなかった。
「ん……?」
最初にそれに気が付いたのは、妖夢であった。
調理をしている手を止め、意識を白玉楼の正門へと向ける。
「……誰だ?」
彼女の一瞬後に藍も気付き、妖夢と同じく意識を外へと向ける。
――生者が、冥界へとやってきている。
春雪異変という過去の異変から、この冥界に生きた者が現れる事はそう珍しくもなくなってしまった。
だが、2人が感じた気配はいつもの紅白巫女や白黒魔法使いの類ではない、だからこそ僅かに身体に緊張を走らせつつ調理を中断し正門へと向かう事にした。
「むっ……?」
「あ、あなたは……」
正門前で2人が見たのは、一人の白狼天狗の少女であった。
背中に大太刀を背負い、不動のままその場に立つその少女の名は……犬走椛。
二人も見知った顔だ、しかし彼女一人でこの白玉楼に来るのは初めての事であった。
「こんにちは。いきなり押し掛けてしまい申し訳ありません」
「いえ、それで……今日は何用ですか?」
「……」
妖夢の問いに椛は無言のまま――静かに石畳の上に座り込んだ。
彼女の行動に首を傾げる妖夢と藍、そんな二人に椛は己の瞳に強い決意の色を宿し。
「お願いします妖夢さん。私に――剣を教えてください!!」
叫ぶようにそう告げ、地面に擦る程に頭を下げた――
◆
「――とりあえず、事情と私を訪ねてきた理由は理解できたわ」
そう言って、赤き館――紅魔館の地下に存在する大図書館で生きる魔法使い、パチュリーはため息を零した。
厄介事を持ち込んでくれちゃって、そんな視線を向けてくる彼女に俺は何も言えなくなった。
「それでパチュリー、この話を聞いて何か思い当たる点はないか?」
「姿形は勿論、身に纏う力すらもコピーする……ね。そんな魔法、存在しないわ」
はっきりと、相変わらずの抑揚のない声で彼女は否定の言葉を放つ。
半ば予想していた答えとはいえ、こうもはっきり言われると困ってしまう。
しかし、七曜の魔女は否定するだけでは終わらなかった。
「……魔法以外の手段なら、ないこともないわよ?」
「本当か!?」
「ええ。――ちょっと待ってなさい」
そう言って、パチュリーはせっせと本の整理をしている小悪魔を呼び出し、彼女に何か指示を出した。
仕事の邪魔をされたせいか露骨に嫌な顔をしながらも、小悪魔はふわふわと飛んでいき暫くして一冊の本を持ってきた。
それを受け取り机の上に開くパチュリー、そしてあるページに差し掛かった後、彼女はそこに描かれた絵を指差しながら口を開く。
「何もかもをコピーする魔法は存在しないけど、そういった効果のある“
「何だこれ……人形、か?」
本に書かれていた絵は、顔も髪も無い真っ白な人形だった。
一応人型の形ではあるがそれだけ、人形というより粘土細工を思わせる。
「この人形の名は“ダミードール”。数あるマジックアイテムの中でも特に希少性の高い……ラングA相当の魔道具よ」
「ダミードール……それで、これは一体どんな効果があるんだ?」
「これにコピーしたい相手の遺伝子情報……体液や髪といったものを埋め込み魔力を与えれば、たちまちこの人形はコピーしたい相手の姿を形作るわ。
それだけじゃない、姿形だけでなく性格や記憶、癖や声……更には、力の質までまったく同じになる。つまりこれは同じ生物を簡単に作る事ができる道具なのよ」
「――」
思わず、言葉を失ってしまった。
まがりなりにも妖怪である俺は、姿形を真似る術や技があるという話は聞いた事がある。
しかし、あくまでもそれは姿形だけ。性格や記憶といった本人以外知りえない情報まで得るなどという事は不可能だ。
「しかもダミードールで作られたモノは作成者の意のままに動かせる、たとえ遥か格下の相手が格上の存在を作り上げたとしてもその法則は決して破られない」
「……とんでもない、代物だな」
「そうね。魔法使いの間でも実際にこれを手に入れ使用したという例は殆どない、勿論私もね。
かつてまだ魔法が当たり前のようにあった時代、このマジックアイテムを得る為だけに一国を滅ぼそうと企てた魔法使いが居るなんて話も残っているくらいだもの。どれだけ希少で危険性がある道具なのかは魔法使いではない貴方にも理解できるでしょうね」
そう話すパチュリーの声は、僅かに震えていた。
魔法の才能など欠片のない俺ですら戦慄しているのだ、生粋の魔法使いである彼女からすればこの人形の存在自体が恐怖に値するのだろう。
「だけどこれが本当に使われたとは思えないわね。さっきも言ったけどこれは数あるマジックアイテムの中でも希少なもの、魔法使いの歴史上でも数える程しか出てきてない幻の一品よ?」
「だけど、さっきの話を聞く限りこれが一番可能性が高くないか?」
「それは……」
パチュリーはそこまで言いかけ、結局否定する事はなかった。
あの一輪と水蜜が、白蓮さんを見間違うとは思えない。
何よりその時の白蓮さんは最も得意とする身体強化魔法を使用したと言っていた、仮に姿形を真似たとしても彼女と全く同じ魔法を使えるとは思えない。
確かに可能性はゼロではないとはいえ、確率で言えばそっちの方が考えられないだろう。
「パチュリー、ダミードールで化けてるヤツを見破る方法はあるのか?」
「…………そんなものがあるのなら、幻の一品だなんて呼ばれないわよ。
力の質までコピー元とまったく同じになるんだもの、たとえ探知魔法を使ったとしても見破れない」
「魔法以外では?」
「無いわ。そもそもダミードールの詳細はその効果以外記されていないの、あまりに出回らないから」
「……まいったな」
あくまで勘ではあるが、白蓮さんの偽者はダミードールによるものだと思っている。
だというのにそれを見破る手段が無いのでは、手の施しようがない。
仮に命蓮寺以外で白蓮さんに会えば間違いなく偽者だと断定できるが、もしもダミードールが一体だけでなかったら?
いや、そもそもそれ以外の問題まで出てきてしまう……。
「っ、痛っ……」
「? 聖哉、どうしたの?」
「いや……ちょっと、目に痛みが……」
まるでナイフで刺されたような鋭い痛みが走り、けれどそれは一瞬で収まった。
……気のせい、だったのだろうか?
両目に意識を向けるが、当然ながら既に痛みなど微塵も感じない。
「助かったよパチュリー、ありがとう」
「感謝されるような事はしてないわ。……だけど、仮にあなたの推測が正しいとしたら相手は相当の力を持った存在よ」
「だろうな。俺が戦ったセレナという魔族も強い力を持っていた、おそらく白蓮さんの偽者を作り出したのはそいつが言っていた雇い主とやらだろう」
あいつが現れたタイミングを考えると、無関係だとは到底思えない。
あれだけの実力者を従える力を持った魔族、それが月を侵略しようとしている。
その過程で幻想郷を狙うなど……許容できるわけがない。
「それにしても月の侵略ね……また随分懐かしいわ」
「えっ?」
「前にね、レミィも月の侵略を企てた事があるのよ。かなりの無茶振りをされたものだわ」
「ああ……そういえば」
詳しくは知らないが、文からその話は聞いた事がある。
なんでも八雲様に囮として使われたレミリア達が、月に住む者達にそれはもうコテンパンにされたと。
結局、八雲様も月人に敗れ……しかし奇跡的に犠牲者は出なかったとか。
「……月の技術というのは、本当に凄まじいものなんだな」
何せそれだけ狙われるのだ、きっと外の世界すら超える技術が築き上げられているのだろう。
そう思うと、こんな時になんだが月に対する興味が湧き始める。
遥か空に浮かぶ巨大な星、そこで生きる月人とは一体どんな人達なのだろうか。
「ところで、あなたと一緒に調査している巫女と仙人はどうしたのかしら?」
「……二人とも、レミリアに連れられてお茶の最中さ」
神子はともかくとして、博麗の巫女はそれでいいのか?
俺が肩を竦めると、パチュリーは何も言わずただ黙って俺に同情の視線を向けてきた。
ありがとうパチュリー、でも悲しくなるからやめてくれ。
「そういえば聖哉、今日は椛とかいう白狼天狗と一緒じゃないのね」
「椛は用事があるからって別行動だ。……なんでそんな意外そうな顔で俺を見る?」
「あの子とは仲が良いというレベルを超えた親密さを感じたから、別行動するのが意外だと思った事よ」
「そうか? 驚かれるような事じゃないと思うが……」
「……傍に連れていないと、居なくなってしまうかもしれないわよ?」
「からかうなよ。……じゃあパチュリー、俺はもう行くよ」
そう告げ、大図書館を後にする。
霊夢達はまだお茶してんのか、まあパチュリーに話を聞くだけだから別に良かったけど。
彼女達の元に向かう途中、ふと椛の事を考える。
そういえば、山を追放されてからアイツと明確な別行動を取るのは初めてかもしれない。
それぐらい彼女は俺の傍に居てくれた、そう思うと……なんていうか、その。
「っ、何考えてんだ、俺は……」
今はそれどころじゃない、思っていた以上の事態なんだぞ。
自分に言い聞かせ、急ぎ足で霊夢達の元へと向かう。
――傍に連れていないと、居なくなってしまうかも。
だけど、暫くの間パチュリーの声が頭から離れる事はなかった……。
◆
その後。
霊夢と神子に、パチュリーとの話の内容を伝え、次にどうしようか決めようとしたのだが……。
「そういう事なら、こっちから動けるもんじゃないわね」
「確かに。後手に回ってしまいますが、相手の出方を待ちましょうか」
などと言い放ち、咲夜特製の菓子に手を伸ばしティータイムの続きをし始めたものだからまいった。
当然ながら抗議の声を放つが、二人は聞く耳持たず。
……神子はともかくとして霊夢、博麗の巫女がそれでいいのか?
「聖哉、うるさい。ぶつくさ言ってないでお前も参加しろ」
文句を言う俺が鬱陶しかったのか、レミリアがそう言った瞬間。
俺は咲夜が時止めで用意した席に座らされ、紅茶とケーキまで用意されてしまった。
いや、だからさあ……。
「じゃあ聞くけど、この後はどうするつもりなの?」
「それは…………わかんないけど」
「だったら英気を養うのも一つの手よ」
「……ものは言いようだな」
しかし、霊夢の言っている事も一理あるのも確かだ。
全開の“千里眼”を用いても、怪しい存在はこの幻想郷には見つからない。
ダミードールの事を考えると、誰が怪しいのかも判らなくなる。
「お前は真面目だな。そういう所は好感が持てるが、せっかく咲夜が用意してくれた紅茶を冷ますのは許さん。さっさと飲め」
「……」
「確かに霊夢は誰が見ても明らかな程に怠惰な巫女だがな」
「ちょっとレミリア、退治されたいの?」
「事実だ。――お前一人でなんでもこなそうとするな、たまにはその足を止める事も覚えろ」
「う、む……」
視線を紅茶とケーキに向ける。
イチゴのショートケーキに、たしかアールグレイとかいう紅茶だったか。
「……いただきます」
ケーキを口に運ぶ、強い甘味が口の中で広がるが決してくどくはない。
紅茶の味も引き立つ、流石咲夜の作ったものだなと思いながら……ほっと息を吐く。
本当なら、こんな事をしている場合ではないかもしれない。
白蓮さん達は寺から出られないようになっているし、偽者がまたいつ現れるかもわからない。
だけど今は、今だけは。
レミリアの言う通り足を止めて、この時間を大切にしよう。
「聖哉様、もしよろしければこのケーキを椛達のお土産に持っていってはどうでしょうか?」
「いいのか?」
「はい。そのつもりで少々多めに焼きましたから」
「ありがとう、椛もイリスも喜ぶよ」
気の利くメイド長に頭を下げる。
対する彼女は、相変わらず瀟洒な仕草のまま、「お気になさらないでください」と綺麗に笑った。
にしても本当に美味いなこのケーキ、きっと椛達も満足して……。
「っ」
脳天に響くような痛みが、目に走る。
まただ……なんだ、今の痛みは。
先程と同じように痛みはすぐに………………消えなかった。
じくじくとした痛みが絶え間なく続いている、流石にさっきの程ではないにしろ中々辛い。
「聖哉様、どうかなさったのですか?」
「ああ、いや……なんでもない」
「なんでもないようには見えませんが……目が痛いのですか?」
流石瀟洒なメイド、俺の異変を真っ先に感知してしまった。
皆の視線が一斉に集まる、どうにか誤魔化そうと思考を巡らせた瞬間。
――脳裏に、ある映像が浮かび上がった。
「……」
「ちょっと聖哉、どうしたのよ?」
霊夢の声が、何処か遠くから聞こえてくる。
目の痛みは激しさを増し、吐き気すら覚える程だ。
しかし、今はそんな痛みなどどうでもよかった。
紅魔館の外を睨む、霧の湖の更に先から――何かが来る。
この目はそれを既に捉え、気が付いたら俺は外に飛び出してしまっていた。
「聖哉様!?」
「おい聖哉、どうした?」
「――気になる事がある。俺の事は気にしないでくれ」
矢継ぎ早に言い残し、俺は全速力で飛んでいく。
紅魔館の門を抜け、霧の湖を通り過ぎ、尚止まらずに突風のように移動して。
「おや、聖哉さんではありませんか」
此方へと向かってきていた鴉天狗、射命丸文と対峙した。
俺の登場にやや驚きながらも、いつも通りの仕草と態度を崩さない文。
――目の痛みが、強くなった。
「文、何処に行くつもりなんだ?」
「紅魔館ですよ。霊夢さん達が居るという話でしたから、ちょっと取材をと思いまして」
「……」
「あややや……どうしたんですか聖哉さん、そんな怖い顔をして」
少し困ったような顔を見せながら、文は言う。
どうやら、俺は自分の思っている以上に
射殺すような目で文を睨みながら――俺は腰に差してある風王を抜き取る。
「……あの~、これは一体何の冗談ですか?」
当然ながら、文は困惑と不快さを込めた視線を俺に向けてくる。
いきなり刀を抜き取り切っ先を向けたのだ、彼女の反応は当たり前である。
それでもまあまあと宥めようとするのは、流石射命丸文というべきか。
「答えてください聖哉さん、私……あなたに刀を向けられる理由なんてないと思いますよ?
いくら冗談でもやっていい事と悪い事があるのはあなただって知っている筈です、いい加減にしないと私だって怒りますよ?」
「……」
ああ、そうだ。
文なら、俺の知っている射命丸文ならあくまで穏便に事を済まそうとする。
だから今の彼女の反応は俺の想像通りであり、本来ならばこのような奇行をする必要も意味もない。
これは“確認”、そうであってほしくないと思いながらも事実を事実のまま受け入れる為の確認だ。
「さあ聖哉さん、剣を収めてください。もしできないというのなら力づくで――」
「もういい、やめろ」
文の言葉を遮って、吐き捨てるように言い放つ。
……目の痛みは強くなる一方で、それは既に身体に訴える警鐘と化している。
そう、警鐘だ。だがそれは俺の身体に異常があるというわけではなく。
「――白蓮さんの次は文か。本当に厄介だな……ダミードールっていうのは」
俺の目は全てを見通すと、ヴァンは言った。
故に俺は知る事ができたのだ、紅魔館に向かっている目の前の文が。
本物の彼女ではなく、ダミードールによる複製された存在だという事に。