狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第62話 VS文もどき~魔獣、出現~

「……すみません聖哉さん、一体何を言っているのか私には理解できないのですが」

 

「芝居はもういい、そういう意味で言ったんだ」

 

「芝居? えっと……本当に理解できないんですよ聖哉さん、そちらだけで話を進めていないできちんと説明してくださいませんか?」

 

 そう問う文の表情は、本気の困惑が見て取れた。

 それは誰もが疑う事など微塵もしない、射命丸文そのものの姿に見える。

 無論俺だってそう思いたくなったが、しかし……今もなお続くこの目の痛みが、それを許さない。

 

 ヴァンの声が聞こえるようになり、あの黒いオーラを扱えるようになってから、俺の“千里眼”は異常な進化を続けている。

 元々あった遠くのものを見る能力は勿論の事、決して視る事などできないものすら視えるようになっている。

 そして今も、あのパチュリーですらはっきりと見破るのは不可能と言わしめたダミードールを見破ってしまった。

 全てを見通す眼、有難い能力だが……改めて、俺は恐ろしい眼を持ってしまったと内心戦慄する。

 

「お前の目的はなんだ? あのセレナという魔族の一味だとして、月の技術を奪うのが目的なら何故幻想郷で暗躍する?」

 

「……」

 

 文の表情が、消えた。

 スッと、能面のように無機質な冷たさを見せ、彼女は口を開いた。

 

「どうして判ったんですか? どんなに優れた魔法使いでも見破れないのがセールスポイントの一つだったんですけどねえ」

 

「……さあな。俺自身も理解できないんだから答えようがない、それよりもすんなり認めるんだな」

 

 最後まで誤魔化すと思っていたので、あっさりと白状したのは正直驚いた。

 

「私としては最後まではぐらかしたかったんですけどねー、そうすれば付け入る隙を与えられるかもしれなかったので。

 ですけど、それはできなかったんですよ。我々ダミードールは知っての通りコピー先の何もかもを模倣できるんですけどね……その本質もコピーしてしまうんです」

 

「本質?」

 

「つまりですね、射命丸文は心の底から犬渡聖哉という青年を気に入っているんです。だからこそ……貴方にはよほどの事が無い限り、嘘偽りを言いたくないと思ってしまっている。なので、コピーした私自身もあれ以上誤魔化す気が起きなかったというわけです」

 

 欠点の一つですねえ、肩を竦めながら文もどきは自身の性能に呆れたように言い放つ。

 ……成程、それは確かに欠点の一つと言えるかもしれない。

 誠実な人物をコピーしてしまえば、たとえどんなに優れた力を持とうとも今のような騙し討ちは叶わないという事なのだから。

 

「まあ、いいです。私の目的は博麗の巫女……つまり霊夢さんの始末なんですけど、その前に聖哉さんを消してしまえばいいだけの話ですから」

 

 瞬間、文の身体に風が纏わり始める。

 臨戦態勢に入った証拠だ、俺も改めて身構え警戒心を引き上げた。

 

「何故霊夢を狙う?」

 

「彼女は幻想郷の根底に組まれている大事なパーツの一つ、流石に命を奪った程度で幻想郷そのものを覆す事は叶いませんが……少なくとも混乱に陥れる事はできる。

 当初は私達も無視するつもりだったんですが、前に貴方達が魔界に来た際に私達の主が幻想郷の勢力は厄介だと認識してしまったようでしてね……邪魔されない為に、博麗の巫女を始末して幻想郷が混乱している間に月へ攻め込む……こういう手筈だったわけです」

 

「……」

 

「信じる信じないは、聖哉さんの勝手ですけどね」

 

「……文は俺に嘘偽りを言いたくないと思ってくれているんだろ? なら信じるさ」

 

「…………貴方がそういう子だから、射命丸文は本当に気に入っているんですよ。願わくば、そのままの貴方で居てほしい……そう言いたいですが」

 

 風が吹く。

 突風が吹き荒れ、瞬時にそれらは豪風となって大気を揺らす。

 

――話は、終わりのようだ。

 

「すみませんが、貴方も主に脅威とみなされているようなので……死んでもらいますよ?」

 

「上等だ……やってみろ!!」

 

 相手が文と同じ力を持つなら、加減などできない。

 だから俺は初めから全開のオーラを展開し、パワーで圧倒しようとするが。

 

「では――遠慮なく!!」

 

 相手の初撃を受け。

 その考えが、如何に甘かったのかを思い知る事になる……。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 パワーで一気に押し切る。

 そう思い踏み込もうとした聖哉であったが、そう思った瞬間、彼は全力で回避運動に入った。

 攻めれば死ぬ、そんな第六感が全力で働いた結果の行動。

 しかし、その行動は正しかった。

 

――空気を切り裂く旋風が、彼の真横に通り過ぎる。

 

 一体何が起きたのか、それの正体を彼は理解できず目を見開かせる。

 更に、今まで目の前に居た文もどきの姿は消えており。

 

「――よく避けましたね。勘の良い事で」

 

 背後から敵の声が聞こえ、彼はすぐさま振り向いた。

 少し意外そうな表情を浮かべる文もどき、彼女の右手には本物の射命丸文が愛用する天狗の扇が握られている。

 その扇には小さな竜巻のような風が宿り、触れた者全てを無慈悲に斬り裂く殺傷力を見せていた。

 

(……見えなかった)

 

 油断などしていない、“千里眼”の能力だってとうに発動していた。

 だというのに、聖哉は文が自分を攻撃しそのまま背後に回り込んだ姿も、捉える事ができなかった。

 速い、などという次元はとうに超えた神速。

 それをまざまざと見せられ、聖哉は攻める事も忘れ茫然と相手を見る事しかできなかった。

 

「生物には、本当の意味での全力を出せないように無意識下でのリミッターが存在しています。

 それが無ければどんな強固な肉体を持とうが耐えられないからです、ですが……我々ダミードールにはそんなものは存在しない。その意味……解ります?」

 

「――――」

 

 もう一度、聖哉は戦慄する。

 その姿を見た文もどきは、満足そうに笑みを浮かべながら。

 

「つまり――私は射命丸文本人すら出せない彼女の全力を、常に出せるという事です!!」

 

 一瞬すら超える神速で、聖哉の視界から消えながら。

 黒いオーラを身体に纏い防御力を高めていた彼の右腕に、風の刃による裂傷を刻ませた。

 

「ぐっ……!?」

 

 激痛と共に、彼の右腕から鮮血が舞う。

 ――またしても、見えなかった。

 痛みを認識するまで相手の攻撃を受けたという自覚すら出来ず、決して無視できぬダメージを負わされた。

 

「こいつ……!」

 

 右腕の痛みを無視しながら、上段から剣を振り下ろす。

 不発、それと同時に今度は右わき腹に激痛が走った。

 

「遅い遅い、欠伸が出てしまいますね」

 

「ぐぁ……っ!?」

 

 次の痛みを自覚する前に、更なる痛みが襲い掛かる。

 既に彼の身体の至る所には風の刃による裂傷が刻まれ、黒いオーラによる防御などまるで紙のように突破されてしまう。

 目に妖力を送り込み“千里眼”の質を向上させるが、それでも文もどきの身体を捉えられない。

 

 本来ならば、相手の戦法はまさしく“捨て身”、自らの命を削り取って放つ攻撃だ。

 本物の射命丸文ならば、おそらく既に自滅しているであろう。

 だが相手は生物ではないダミードール、捨て身の戦法を行ってもまったくのノーリスクなのだ。

 だからこそ聖哉は相手を捉えられず、確実にその命を刈り取られていた。

 

「ぐ、うぅぅぅぅ……!」

 

「たいした防御力ですよ聖哉さん、ですがどこまで耐えられますかねえっ!!」

 

(くそっ……このままじゃやられる……!)

 

 攻撃は当たらず、防御は貫かれる。

 まさに絶体絶命の中、それでも聖哉は活路を見出そうと全身に走り続ける激痛に耐えながら思考を巡らせる。

 

「っ、チッ……!」

 

 縦横無尽に飛び回っていた文もどきが、舌打ちをしながら聖哉から離れる。

 刹那、先程まで彼女の居た位置に数十ものナイフと札が通り過ぎた。

 

「聖哉様、ご無事ですか!?」

 

「咲夜、霊夢……」

 

「ちょっとアンタ、その血……」

 

 全身を自らの血で赤く染め上げた聖哉を見て、霊夢は表情を険しくさせながら文もどきを強く睨みつけた。

 

「文、アンタ……自分が何をしているのかわかってんの?」

 

「霊夢、違う……アイツは文じゃない。ダミードールだ」

 

「ダミードールって……さっきの話の?」

 

「誰かと思えば、獲物が自分から狩られに来るなんて……聖哉さんの優しさ、無駄になりましたねえ」

 

 肩を竦め、霊夢を小馬鹿にするような口調で言い放つ文もどき。

 

「獲物、ですって? 文の能力があるからって、アンタもしかして私に勝つつもり?」

 

「勝つ? ……驚いた、今代の巫女は本当に頭の中がお花畑なのね」

 

 文もどきの瞳に、冷たい色が宿る。

 それは霊夢に対する憐憫と、怒りが入り混じったものであった。

 

「偽者なら、即刻退治しても平気そうね」

 

「…………はぁ、本当に」

 

 ぐらりと、文もどきの身体が揺れた。

 そう思った瞬間、3人の視界から彼女の姿が消え。

 

「っっ!? が、ぁ……っ!?」

 

「身の程知らずもここまでくると、微笑ましいとも思えないわね」

 

 文もどきの右手が。

 霊夢の細い首を、万力のような力で締め上げてしまっていた。

 

「霊夢!!」

 

 すぐに二人の元へと向かう聖哉。

 しかしその刹那、霊夢達の姿が突如として現れた竜巻に覆い尽くされてしまう。

 近づく者全てを斬り刻むそれを前に、聖哉は己の命の危機を察し立ち止まる。

 

「聖哉さん、すぐ終わりますからおとなしくしててくださいよ」

 

「霊夢!!」

 

「が、ぐ、ぅ……」

 

 自身の首を掴む文もどきの腕を両手で掴み、どうにか引き剥がそうとする霊夢。

 しかし、その細腕からは想像すらできない程の剛力により、ぴくりとも動いてはくれなかった。

 そうしている間にも、腕の力は少しずつ強まっていき……霊夢の意識が霞み始める。

 

「霊夢さん、貴女は確かに歴代の博麗の巫女の中でも才能に恵まれています。

 ですがそれだけなんですよ貴女は、たとえどんなに優れた才能を持っていたとしても……貴女自身がその才能を殺してしまっている」

 

「ぐ、ぎ……っ」

 

「かつて人間と妖怪が争い合っていた時代、その激動の時代の中で生きてきた人間に比べれば……今の人間のなんて脆弱な事か。

 所詮弾幕ごっこはごっこ遊びに過ぎないんです、本当の命の奪い合いには程遠い」

 

「こ、のぉ……!!」

 

 既に視界も霞み、意識を保つのも苦しくなった霊夢は悪あがきとばかりに右足を振り上げる。

 それを軽々と左手で掴み上げ、文もどきは言葉を続けた。

 

「前に守矢との一件で、霊夢さんは私と弾幕ごっこを行って勝ちましたよね?

 あれは失敗でした、手加減なんて慈悲を与えずに完膚なきまでに叩き潰せば……こんな愚か者にはならなかったかもしれないのに」

 

「がっ……!?」

 

 ミシミシと、霊夢の首が軋みを上げる。

 

「さようなら今代の博麗の巫女、自分が弱者だと思い知りながら……死になさい」

 

「ぁ……」

 

 呼吸はとうに止まり、既に意識を保っている事も困難になった。

 糸の切れた操り人形のように、力なく両手をだらりと下げた霊夢は、そのままその若い命を散らそうとして。

 

「――おおおおあああああああっ!!」

 

 獣の咆哮と勘違いする程の、凄まじい雄叫びが周囲を震わせ。

 文もどきが生み出せる最大級の竜巻が、黒く輝く名刀によって斬り裂かれた。

 

「っ」

 

 斬撃が迫る。

 竜巻を斬ったその一刀はその勢いのまま、霊夢の首を掴む文もどきの右腕を斬り飛ばそうと奔る。

 おもわず文もどきは霊夢を放り投げるように離し、迫る斬撃をどうにか回避した。

 放り出された霊夢は既に意識を失っており、そのまま重力に逆らう事なく地面に向かって落下を……。

 

「霊夢!!」

 

 落下する前に、聖哉の左腕が彼女を抱きかかえる。

 呼びかける聖哉だが彼女からの返答はなく、一瞬思考が白熱するがすぐに彼は後ろに居る咲夜に向かって叫んだ。

 

「咲夜、霊夢を連れてすぐにここから離れろ!!」

 

「聖哉様、しかし――きゃっ!?」

 

 咲夜の返答は待たず、聖哉は心の中で謝罪しつつ霊夢を彼女に向かって投げ放つ。

 突然の事に驚きながらも、咲夜は反応し両手で霊夢を抱きかかえた。

 

「早く紅魔館へ戻れ、呼吸してない!!」

 

「え――」

 

 そこで漸く、咲夜は自分が抱き留めている霊夢の異常に気が付いた。

 ――動かない、全く、ぴくりとも。

 聖哉の言う通り呼吸はせず、そればかりか……。

 

「っっっ」

 

 脇目も振らず、咲夜は全力でその場から離脱する。

 混乱しているせいか時間停止の能力を使う事も忘れ、あまりにも無防備な背中を敵に晒す醜態を見せてしまうが、文もどきは追撃を仕掛けない。

 否、仕掛けないのではなく……仕掛けられないのだ。

 

「……フーッ……フーッ……」

 

 自分に向けて、凄まじい形相を向けている聖哉を前にして意識を別の所に向ければ、その瞬間に文字通り滅ぼされると理解したから。

 

「フーッ、フーッ……!」

 

 ギリ、と。

 聖哉は、己の歯を砕かん勢いで食いしばった。

 霊夢の命を奪おうとした相手に対する怒りは勿論の事、そんな相手にいいようにされた自分自身の弱さで気が狂ってしまいそうだ。

 

「何故そこまで憤るのです? たかだか人間の小娘一匹の命……白狼天狗である貴方にとって、取るに足らないものでしょう?」

 

「っ、取るに足らない……だとぉっ!?」

 

「……貴方は人間を美化し過ぎなんです、人間はただ数だけの多い生き物。我々妖怪が、ましてや貴方のような方が守ろうとする価値などないんですよ。

 それなのに聖哉さんは己の命も顧みず助けようとする、そんな事をしても得られるものなんて何もない。貴方が人間と共に生きられるわけじゃない」

 

「だったら何だ!! 得る者が無きゃ守っちゃいけないってのか!?」

 

「異常なんですよそれは。そんな事を続けた所で聖哉さんの事を利用する人間しか近寄ってこない、無償の優しさ程恐ろしいものはないんです」

 

「黙れっ!! お前なんぞに、文の形をしただけの人形なんかに言われる筋合いはない!!」

 

「…………私は射命丸文のダミードール、そして今の言葉は射命丸文が前々から貴方に伝えたくても伝えられなかった言葉。

 ですがやはり届かないようですね……だからこそ、射命丸文は決してこの事を口にするつもりもなかったようですが」

 

 その判断は正しかったと、文もどきは聖哉を見て確信せざるをえなかった。

 彼は言葉では決して止まらない、なんと哀れな事か。

 

(いけませんね……射命丸文としての内情が表に出過ぎてしまっている……)

 

 それだけコピー元の彼女が、犬渡聖哉という青年に対して情を向けているという事なのだろう。

 しかし己はあくまでも射命丸文のコピー、創造主の命には従わなくてはならない。

 そう己に言い聞かせ、文もどきは腰に差していた天狗扇を手に持ち背中の翼を大きく広げた。

 

「くだらない話は終わりにしましょう、申し訳ありませんが……邪魔をするなら、ここで殺します!!」

 

「っ」

 

 文もどきの姿が、再び聖哉の視界から消えた。

 そう思った時には既に彼の身体には複数の裂傷が刻まれ、鮮血が舞う。

 

(くそっ……駄目だ、目で追えない……!)

 

 身体を丸め、オーラを展開してどうにか致命傷を避ける事しか、今の聖哉にはできない。

 しかしこのままではいずれやられる、一撃ごとに意識を削り取られながらも、聖哉はどうにか打開策を見つけようとして。

 

〈あーあ、見ちゃいられねえぜ〉

 

 呆れたような、小馬鹿にするようなヴァンの声が頭に響いた。

 

(黙ってろ。今はお前なんかの相手をしている暇はないんだ!!)

 

〈んだよその言い方、随分と嫌われちまったようだなー〉

 

「黙れと……ぐぁっ!?」

 

 意識が断裂しそうなほどの衝撃と痛みで、聖哉は苦悶の表情を浮かべ動きを止めてしまう。

 ……既に彼の肉体には数え切れぬ程の裂傷が刻まれており、無事な箇所など存在していない。

 血も流し過ぎた、終わりは近い。

 

〈ったく……あんな程度の相手、お前の“眼”がありゃ簡単に捉えられるだろうによ〉

 

(ふざけた事を……)

 

〈お前は勘違いしてるんだよ。お前が持つ“全てを見通す眼”は眼にあらず。

 どうやら自分の強化された“千里眼”の事だと思っているようだがな、あんなものオレから言わせれば単なる不純物に過ぎねえよ〉

 

(なに、を……)

 

 言っているのか、そう問い掛けようとした瞬間。

 急激に、聖哉は自分の意識が薄れていく感覚に襲われた。

 失血のせいではない、これは……。

 

〈困るんだよ、あんな人形程度にこんな様じゃ。――今回は特別だぜ?〉

 

「――――、ぁ」

 

〈まあ、“第二の枷”も外れかけてるからな。そろそろオレも……身体を動かす感覚を取り戻さねえと〉

 

「…………」

 

 落ちていく、深い深い闇の中に。

 抗う事などできずに、聖哉はそのまま意識を失い。

 

 

 

 

 

 

 

「――――さーて、遊ぼうぜ? カラスちゃん?」

 

 聖哉の口から、彼ではない声が放たれた。

 その声を耳に入れた瞬間、先程まで攻め続けていた文もどきは瞬時に後退し“彼”から距離を離した。

 

「……聖哉さん、じゃないですね。あなた」

 

「ほーほー、流石それなりの年月を生きた鴉天狗のコピー。判るのか?」

 

 からからと笑う“彼”は、間違いなく犬渡聖哉その人だ。

 しかし違うと、文もどきは当たり前のように理解しぶるりと身体を震わせる。

 ――目の前のコレには、関わるな。

 たった今まで圧倒していた相手を前にして、逃げろと自分自身が警鐘を鳴らしている。

 

「あなた、一体……」

 

「テメエには関係ねえだろ? どうせここでぶっ壊すんだ、一々説明する必要はねえさ」

 

 そう言って“彼”は笑う、その笑みはあまりに歪で……見るだけで心が凍り付くような冷たさを孕んでいる。

 そしてその目は、この世全てを蹂躙する“捕食者”の目をしている。

 

「くっ……!」

 

 全力でその場から離脱する文もどき。

 そのまま相手に背を向け、与えられた使命も知らぬと逃走を図る。

 

――だが、無意味。

 

「ギャ……ッ!?」

 

「おせえよ、欠伸が出るな」

 

「ぎぃぃぃ……っ!?」

 

 文もどきの口から、聴くに堪えない断末魔の悲鳴が放たれる。

 血反吐を吐きながら痙攣する彼女を冷たく見下ろす“彼”の手の中には……漆黒の翼が握られていた。

 

「い、ぎ……か、鴉天狗の……翼、を……」

 

「いーい顔だ、さっきまで調子に乗ってたヤツが苦しむ姿はいつ見てもいいもんだなぁ」

 

 子供のように無邪気で、悪魔のような残忍な笑みを浮かべ、彼は文もどきの背中から力任せに引き千切った翼を無造作に投げ捨てた。

 鴉天狗の命ともいえる背中の翼を、この男は何の躊躇いもなく片手だけで引き千切りゴミのように放り投げた。

 その事実に文もどきは刺すような激痛も忘れ、名状し難い恐怖に襲われガチガチと歯を鳴らす。

 

「恐いか? けどしょうがねえよなぁ? テメエ、“本体”を消そうとしやがったんだ、なら逆に消されても仕方ねえよな?」

 

「あ……ぁ……」

 

「それによ。オレの“本体”はどうしようもない甘ちゃんだからな、たとえ偽者であっても知り合いを始末するのは抵抗があるみてえなんだわ。

 だからオレが代わりに始末してやろうと思ってな、いやー……オレってなんて優しいんでしょ」

 

 彼の手が、文もどきの頭を掴む。

 彼女は逃げない、否、もう逃げられないと悟ってしまった。

 

「……なんだよ、もう終わりか。こんなんじゃ準備運動にもなりはしねえが……聖哉のダメージも大きいからな、今回はここまでにしておくか」

 

 残念そうに、しかし何処か愉しそうに“彼”はそう言い放ち。

 

 そして少しずつ相手の頭を掴んでいた手に力を込め――

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