狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「月の都、だって……!?」
その言葉に、俺はおもわず大声を上げてしまった。
意味が判らない、何故俺がそんな場所に居るっていうんだ……!?
〈気持ちは判るが落ち着け〉
(そうは言うけど……! そうだ、霊夢達は)
〈だから落ち着け、お前がそんな状態じゃ説明できねえだろ〉
「……」
強めの口調でそう言われ、その通りだと俺は自分自身に言い聞かせる。
そうだ、まずは落ち着かないと……自分の身に何が起きたのか、この状況は何なのかを理解しなければ。
大きく深呼吸を数度繰り返す、荒くなっていた息遣いを元に戻してから、俺は改めてヴァンに問うた。
(……霊夢達は、無事なのか?)
〈ああ、問題ねえよ。あのゾアって野郎は幻想郷からいなくなった、お前と一緒にな〉
(そうか……それならよかった。だけど俺と一緒にって……)
〈あの時。お前とゾアがぶつかり合う瞬間――ヤツを中心に“転移魔法”が展開されてな。お前はそれに巻き込まれた結果、月の都に飛ばされちまったんだよ〉
(転移魔法?)
〈対象を自由に移動させる最上位魔法の一種だ。術者の力量次第じゃ異界から異界への移動も可能とする〉
そして、ゾアを転移させた存在は魔法使いとして凄まじい力量を持つとヴァンは続ける。
……そういえば、意識を失う前に聞き慣れない男の声が聞こえたな。
おそらくその声の主が転移魔法を使ったのだろう、そして俺の予測が正しければ……そいつこそ、今回の黒幕だろう。
(だけど、巻き込まれたって事はゾアも月の都に?)
〈いや、確認してみたが月の都には居ねえな。多分だが巻き込まれた結果座標が狂っちまったんだろう、だから本来入る事の出来ない筈の月の都に転移しちまったって所か〉
(俺が拘束されてるのは……)
〈そりゃあお前が地上の生物だからな。“穢れ”を嫌う月人共にとっては病原菌みたいなもんだ〉
(穢れって、神道における概念の一つか?)
〈よく知ってんなお前、だがちょいと違う。ここでいう“穢れ”ってのは生きる事と死ぬ事。
“穢れ”は生きとし生ける者全てに寿命を与え、永遠を剥奪する性質を持つ。かつて地上で生きていた者達の一部が穢れによる死を嫌い月へと逃げた……それが現在の月人の始まりだよ〉
(月人って、元々は地上の生物だったのか……)
〈まあ月の歴史についてはほどほどにして、つまり地上に生きる者は月人にとって“穢れ”に満ちた存在であり、ほぼ永遠に生きる月の民にとって明確な寿命を与えてくる罪そのものってわけだ。
だからこそお前は月の民によって捕らわれ、“穢れ”を纏った者達が収容される隔離施設へと押し込まれ監禁ってわけだな〉
(生きる事と死ぬ事が穢れ……生死そのものが月人にとって、穢れたものだというのか……)
正直、それを理解しろというのは難しい話であった。
生きとし生ける者にとって当たり前のように纏わりつく概念が、この世界では最大の罪であり誤りだというのだから。
しかし、今はそんな月人達の考え方なんてどうでもいいしこれからも興味が湧く話でもない。
(とにかく、すぐにここから脱出して地上に戻らないとな……)
ゾアが幻想郷から居なくなったというヴァンの言葉は信じられるが、かといってまた舞い戻ってこないとも限らない。
ならばいつまでもこんな場所で油を売っているわけにはいかない、俺はすぐに全身に力を込め拘束を強引に破壊しようとするが。
「月夜見様、何故このような場所に!?」
この部屋の外から、そんな声が聞こえてきた。
どうやら誰かがこの部屋を訪ねようとしているらしい、参ったな……。
〈……月夜見、マジかよ〉
(ヴァン?)
なにやら彼の様子がおかしい、呟いたその言葉の中に明確な焦りと……恐怖が入り混じっていた。
つまりヴァンはその月夜見とやらを恐れているという事なのだろうか、あの恐いもの知らずが?
そうこうしている内に――空気の抜けるような音と共に部屋の扉が開かれた。
「お主等は邪魔じゃ。少し離れていろ」
「しかし…………いえ、畏まりました」
二人ほど気配が遠ざかっていく、そして部屋の中に入ってきたのは……一組の男女。
女性の方は片側だけに翼を生やした白銀の美女、此方に対し何処か品定めをするかのような視線を向けてきている。
そしてもう一人の男……こっちが月夜見だろうか。
藍色の髪を後ろに長く伸ばし一つの束ね、東洋の鎧を身を包んだ長身の男性。
顔の所々に皺が見えるが、その眼力と纏う覇気はまるで若者――否、“怪物”を思わせる。
「……ぁ」
自然と、声が漏れてしまった。
……対峙したからこそ判る、あのヴァンが恐怖した理由が。
目の前の男は次元が違う、強いとか弱いとかそういった概念を突き抜けた存在だ。
戦いになれば絶対に勝てない、逃げる事も許されず蹂躙される結果しか残らないと当たり前のように理解する。
「感受性が高い小僧だ。そう恐れるなよ」
どこか感心したような呟きを零しつつ、月夜見と思われる男は俺を拘束しているベッドの近くにある何かを操作し始める。
すると、拘束が解かれ俺は自由の身になったが……俺はその場から動けず、どういうつもりなのだと男に視線で問うた。
「拘束された状態ではお前も警戒を消す事はできまい? 物事を円滑に進める為には一定の信頼は無いとお互いの為にならぬだろう」
「……月夜見様、地上の者との信頼関係など不要では?」
「お前は黙っていろサグメ、元々儂達も地上で生きていた生命だという事を忘れたか?」
女性に一喝してから、男――月夜見は再び俺に視線を向ける。
先程とは違いその視線は柔らかく、俺に対し「自分達は敵ではない」と告げているように見えた。
……いや、実際にこの男は少なくとも今は俺にとって敵ではないのだろう。
「――俺に、何を訊きたいのですか?」
だから俺も自分にできる精一杯の誠意を、相手に対して見せる事にした。
ベッドに座り直し、しっかりと相手を見て言葉を紡ぐ。
すると、月夜見は俺の態度の何が可笑しかったのか口元に笑みを浮かべ始めた。
「見ろサグメ、この小僧の方がお前より頭が柔らかそうじゃぞ?」
「……」
「あいたっ!?」
ジト目で月夜見を睨みながら、サグメという女性は無言で彼の足を蹴りつける。
結構いい音がしたから手加減せずに蹴ったのだろう、現に月夜見は瞳に涙を浮かべ蹲ってしまった。
「ぬぉぉ~……容赦ないのサグメちゃんや……」
「月夜見様、その呼び方は止めてくださいと言った筈では?」
「うっ……悪かった悪かった」
「……」
先程までの絶対的な強者の風貌はすっかり消え去り、なんだか孫娘の機嫌を直そうとしているおじいちゃんに見えてしまった。
「さて、話が逸れてしまったな……まずは名を名乗ろう。
儂の名は月夜見、そしてこっちが稀神サグメ。共に月の民じゃ」
「犬渡聖哉、地上の白狼天狗です」
二人に対して頭を下げながら、俺はヴァンに対し二人の素性を問いかけた。
〈どっちの月の重鎮だ。特に月夜見に至っては八意の姉ちゃんと同じく月の祖とも呼べる存在でな、事実上の月の都の支配者であり最強の月人だ〉
(最強、ね……)
成程、それならばあの覇気も納得できるというものだ。
それにしても、何故ヴァンはこうまで月の歴史に詳しいのだろうか。
〈一時期月人がオレの器だった時があってな、まあ実際に月夜見に会うのは初めてなんだが〉
そういう事か、それならばコイツが月に詳しい理由も判る。
器だった人物と会話ができなくとも外の光景を目にする事は当時からできたのだ、月に詳しくなるのも当然か。
「小僧、内側に面白いものを飼ってるな」
「っ」
「何故判ったのか、か? この程度判らんで、月の王はやってはおれんさ」
〈……このジジイ、マジで底が知れねえな……〉
本当に次元が違う、これが最強の月人……月の都を治める王か。
「では早速じゃが、お前がこの月の都に侵入した目的を話してもらおうか?」
「……」
ヴァンに助けてもらいながら、俺はなるべく詳細に事の成り行きを話す。
「……つまり、お前がこの月の都に来たのは偶然であり事故だと、そう言いたいのじゃな?」
「はい。信じてもらえないとは思いますが……」
「いや信じるとも。サグメもこの小僧が嘘偽りを放っているわけではないと判るな?」
「……」
言葉には出さず、しかし肯定するように頷きを見せるサグメさん。
「そんな簡単に信じるのですか?」
「この部屋は穢れを生み出す存在を押し込めておく特別製の部屋じゃ。他にも色々な機能が備わっているんだよ、色々とな」
「……」
その色々とやらはよく判らないが、なんとなく聞いてはいけないような気がしたので黙っておく事にした。
何はともあれ信じてくれているのだ、俺にとってはその事実だけで充分である。
「よし、そういう事ならお前は無罪放免にしよう。サグメ、小僧を地上に送り返す手続きをしておいてくれ」
「えっ?」
「……月夜見様」
俺はきょとんとし、サグメさんは再びジト目で月夜見を睨みつける。
当たり前だ、侵入者に対してあまりに甘すぎる、これが妖怪の山なら有無を言わさずに……いや、忘れよう。
「儂はこの小僧が気に入った。地上の者にしては一本筋が通った若者じゃないか、それに何より今の儂達は小僧一人にかまけている場合ではないだろう?」
「……」
「そういうわけで頼むぞサグメ、それと小僧は儂についてこい」
「月夜見様、まさかとは思いますが……この男を隔離施設から出すのですか?」
「なーに、小僧一人ぐらい外に出たところで都に悪影響が及ぶわけではないさ。前にも“依姫”が地上の巫女を連れ回しても影響は無かっただろう?」
「そういう問題では……」
「では頼むぞサグメ。ほれ小僧、さっさと来んか」
「うおっ……!?」
腕を掴まれ、引っ張られた。
軽く引っ張られているだけだというのに、まったく抵抗できず引き摺られるように連れて行かれてしまう。
たしかに月夜見も長身だけど俺ほどではないというのに、鬼の剛力に匹敵するぞこの力。
こうして俺は月夜見に引っ張られる形で施設を出て、途中でサグメさんと別れる事になった。
その時、サグメさんは何故か俺に対して同情的な視線を向けながら。
「――頑張りなさい、地上の民」
そんなよく判らない事を言われ、なんだか背筋が寒くなった。
あれ、俺って今から何処に連れて行かれるの?
サグメさん、どうしてそんな意味深な事を言って……ああ、気になるから詳細を言ってから別れてくださいって!!
「ほれほれ、時間が惜しいから行くぞ小僧」
「ちょ、俺って無罪放免になったんですよね!?」
「うむ。しかし今すぐに地上へ帰すというわけにもいかん、此方にも色々あってな。
だからその準備が済むまで儂に付き合え、拒否権はないぞ?」
「はあ……」
何に付き合わされるのかは不安だが、そういう事なら別にいいか。
それに限定的とはいえ月の都が見れるのなら、貴重な経験にもなるかもしれない。
〈おいおい、地上が心配じゃねえのか?〉
(心配だ。けど月夜見が言ってた通りなら待たないといけないだろ? 強引な手段を用いて月との関係を悪化させるのは得策じゃない)
ただでさえ俺は月人にとっていきなり現れた“侵入者”でしかないのだ。
正直月夜見が居なければ今も隔離施設に監禁されたまま、処分されていた可能性がある。
ならば余計な波風は立てない方がいいに決まっている、それに俺があまり心配をするというのもそれはそれでおこがましいではないか。
〈まっ、それが賢明か〉
「うむ、小僧は中々に頭が回るではないか」
「……いきなり会話に入られると、驚いてしまうのですが」
「おおっ、すまんな。しかしお前はそんな得体の知れないものを当たり前のように受け入れるのか」
「ヴァンは俺の大事な相棒であり友人です、確かに胡散臭い所もありますが過去に何度も助けられていますから……今は心から信頼していますよ」
〈…………やめろよ。そういう事を真顔で言うの〉
照れたのか、そう言い残してヴァンは引っ込んでしまった。
なんだかしてやったりな気分になり、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
「カカカ、お前は本当に面白いヤツだな。ますます気に入ったわい」
「……月夜見様は」
「月夜見でよい、確かに儂は月の王などと言われているが地上のお前にとってはどうでもよかろう。敬語もいらんさ」
「じゃあ…………月夜見は、どうして侵入者である俺を連れ出したんだ?」
「ついてくれば判るさ」
月夜見はそれしか言わず、なので俺はそれ以上は何も聞かず黙ってついていく事にした。
――月の都は、意外にも昔の中華風といった外装であった。
文明が地上よりも優れているという話だが、住人達が身につけている衣装は俺達とさほど変わらない。
しいて言うなら和服より洋服が多いくらいか、正直少し拍子抜けだが……親近感が湧いた。
――歩く事暫し、やがて大きな屋敷が見えてきた。
「儂の屋敷だ。――おーい、帰ったぞ!!」
「おかえりなさいませ月夜見様。――そちらは?」
「客人だ。とびきりの酒とツマミを用意して儂の部屋に持ってこい、それと“綿月”達を連れてきてくれ」
門番らしき人達にそう告げ、俺に屋敷の中へと入るよう促してくる月夜見。
……正直、俺達以外の周囲の視線が痛いが、黙ってついていく事にした。
天魔様の屋敷を思い出す東洋風の造りをした内部を歩き、月夜見の部屋へと招かれた。
そして暫し待っていると……屋敷で働く人達であろう月人達が、食べ物やら飲み物が入った瓶を持ってくる。
「ご苦労だったな。それでは暫し部屋に入るなよ?」
「……」
まさかとは思うが、月夜見が俺を自身の屋敷に連れてきた理由っていうのは……。
「よし小僧、飲むぞっ!!」
「えぇー……?」
やっぱり、だってこういう流れ天魔様の時にもあったしなー。
「独りで飲んでもつまらんし、他人と飲んでも儂に気を遣う輩ばかりでな。じゃがお前なら気兼ねなく飲めるではないか、ほれほれっ!!」
「……」
強引に盃を持たされ、これまた強引に酒を注がれる。
これは……逃げられないな、天魔様の時と本当に同じだ。
向こうがそう言っているんだ、俺があーだこーだと言っても無意味でしかない。
「判った。どうせならとことん付き合うさ」
「そうでなきゃ面白くない、では……乾杯!!」
「乾杯……」
こうして、月夜見との酒盛りが始まってしまった。
……霊夢達には謝っておかないとな、許してくれるかわからないけど。
あと椛、少し帰りが遅くなりそうだ……すまん。